著者
浅野 志津子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3, pp.230-240, 2006-12-20 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
3

本研究では,先行研究ですでに検討されている学習動機に加えて,どのような学習の楽しさが生涯学習参加の2つの側面,即ち,現時点での学習への意欲的な取り組み方をあらわす積極性と将来にわたって学習を継続しようという持続性に影響するのかを検討した。研究1では,放送大学学生365名に質問紙調査を行い,学習の楽しさ尺度(3尺度)を構成した。重回帰分析を行い,年齢別に検討すると64歳以下では知る楽しさ,65歳以上の高齢者では多様に思考する楽しさが生涯学習参加への積極性と持続性に影響していた。しかし,高齢者の「多様思考の楽しさ」が影響を及ぼす生涯学習の側面は教育年数によって異なり,高等教育修了者では持続性に影響し,初等・中等教育修了者では積極性に影響していた。研究2で,高齢の学生21名に面接調査を行い,その相違を検討した。その結果,高等教育修了者の「多様思考の楽しさ」は多分野の学問を次々に関連づけ,興味が広がる「拡大的多様思考の楽しさ」であるために持続性につながり,初等・中等教育修了者のそれはある課題に対して異なる視点を獲得して理解を深める「深化的多様思考の楽しさ」であるためにその課題に対する積極性につながるという傾向が窺われた。
著者
林 亜希恵 中谷 素之
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.55-66, 2020 (Released:2022-06-20)
参考文献数
39

高校生のメンタルヘルスを考える上で,援助要請は重要な方略であるが,学業のみならず,進路,自己,対人関係などのさまざまな悩みの領域があるなか,これまでに領域別に援助要請の質を検討した例はみられない。本研究では,高校生活における身近な悩みを反映した主要領域において,どのように援助を要請するのかについて,新たな領域別援助要請スタイル尺度を作成し,適応との関連を検討した。高校生453名を対象に調査を行った結果,作成された領域別援助要請スタイル尺度は,一定の信頼性と妥当性を有することが確認された。教師への自律的援助要請が高い生徒は全ての領域において,対応する領域の適応が高いことが示された。友人への自律的援助要請については,学業,自己,対人関係領域において対応する適応との関連が示された。自律的援助要請が適応的な方略であるとするこれまでの知見とほぼ一致すると考えられる。次に,依存的援助要請が適応に及ぼす影響については,学業および進路の領域において,友人への依存的援助要請が低い生徒は学習適応や進路適応が高いことが示された。そして,対人関係領域において友人への依存的援助要請が高い生徒は社会適応が高いという異なる傾向が示され,依存的援助要請も適応に効果があることが示唆された。また,対応する領域以外の適応においては,教師への自律的および依存的援助要請と学習適応との間に正の相関があることが示された。
著者
長谷川 智子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.384-394, 2012-12-20 (Released:2017-07-28)

本研究の目的は,食発達における貧しさと豊かさを論じるために,生態学的な視点からマクロ水準とミクロ水準における食の現状を検討することであった。マクロ水準では,世界における貧困と飢餓,飽食と肥満の現状をとらえた上で,世界的な規模のフードシステムが生みだしている貧困と肥満を論じた。ミクロ水準では,日本での個人の食卓において,主に食における相互作用の貧しさを検討した。これらのことを踏まえて,マクロ水準とミクロ水準での食の豊かさとは何であるかが議論された。すなわち,マクロ水準での食の豊かさとは,生産と消費がより民主化されること,消費者がフードシステムの現状を理解した上で主体的に食品選択ができること,食文化が新たに創出されることであった。ミクロ水準での食の豊かさとは,子どもが家族や仲間から人間として受容されながら共食をすることだけでなく,動植物の命をいただく感謝の気持ちをもち,家族や仲間と一緒に料理をして自分たちの食べ物を作り出すことである。このような豊かな食であれば,発展途上国の貧困な食においても家族や大切な人とのつながりのなか実現できることが示唆された。
著者
麻生 良太 丸野 俊一
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.1-11, 2010-03-20 (Released:2017-07-27)

本研究では,過去から現在への時間的広がりを持った感情理解の発達は,推論の仕方の発達的差異,すなわち現在の状況に依拠した推論から他者の思考に依拠した推論への発達的変化を反映していると想定した。(i)現在の状況に依拠した感情の推論とは,他者が過去に感情を帰属した手がかりが提示されることで,現在の他者の感情を,その手がかりから推論することであり,(ii)他者の思考に依拠した感情の推論とは,他者が過去で感情を帰属しなかった手がかりが提示されることで,現在の他者の感情を,「他者はその手がかりを見て過去を思い出している」という思考にもとづいて推論することである。この仮説を検証するために,3,4,5歳児を対象に,(i)と(ii)のどちらかの推論過程にもとづいて感情を理解する物語課題を提示し,現在の他者の感情を推論させると同時に,その理由を求めた。その結果,3歳児は(i)の推論過程でのみ,4,5歳児は(i)と(ii)両方の推論過程にもとづいた時間的広がりを持った感情理解ができることを示した。これらの結果は仮説を支持するものであり,時間的広がりを持った感情理解の発達変化は推論過程の変化に起因する,また,4歳頃を境として,状況に依拠した推論から他者の思考に依拠した推論へと変化することを示唆した。
著者
麻生 良太 丸野 俊一
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3, pp.163-173, 2007-12-20 (Released:2017-07-27)

本研究の目的は,現在の感情理解の発達を(i)感情を抱く主体の心の所在(自己か他者か)の広がり(参加者条件)の観点から,そして時間的広がりを持った感情理解の発達を(i)の観点と(ii)感情生起の原因となる対象(人か人以外か)の広がり(対象条件)の観点という2つから検討することであった。目的(i)(ii)を検討するために,実験1では3歳児15名,4歳児18名,5歳児24名を対象に,紙芝居を用いて感情の原因を推論させる課題を行った。その結果,各年齢での参加者条件,対象条件の課題通過率に差は見られなかったが,5歳児は3,4歳児よりも課題通過率が高いことが明らかになった。実験2では,実験1の問題点を改善し,目的(i)(ii)の再検討を行った。4歳児69名,5歳児64名を対象に,感情生起の原因となる対象を人と物とし,また,幼児自身が参加できるように,人形劇を用いて現在の感情の原因を推論させる課題を行った。その結果,各年齢での参加者条件の課題通過率に差は見られなかったが,時間的広がりを持った感情理解において,4歳児は,感情生起の原因となる対象が人の方が,物よりも先に理解することができ,5歳児では人と物では差がないことが明らかになった。実験1・2の結果から,感情理解には自他の関与に関係なく同時に発達することや,意図を持った対象(人や動物)との相互作用の中でのみ理解される発達段階があることが示唆された。
著者
中田 龍三郎 久保(川合) 南海子 岡ノ谷 一夫 川合 伸幸
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.133-144, 2018 (Released:2020-09-20)
参考文献数
42
被引用文献数
1

怒りを構成する要素である接近の動機づけが高まると,前頭部の脳活動に左優勢の不均衡状態が生じる。この不均衡状態は怒りの原因に対処可能な場合に顕著になる。これらの知見は主に脳波を指標とした研究で示されてきた。本研究では近赤外線分光法(NIRS)を用いて,脳活動に左優勢の不均衡状態が生じるのか高齢者と若齢者を対象に検討した。ドライビングシミュレータを運転中に渋滞する状況に遭遇した際の脳血流に含まれる酸化ヘモグロビン量(oxy-Hb)を測定したところ,高齢者では左右前頭前野背側部で左優勢の不均衡状態が顕著に認められたが,若齢者では認められなかった。自動的に渋滞状況と同じ速度にまで減速する条件では高齢者と若齢者の両者の脳活動に左優勢の不均衡状態は認められなかった。この結果はNIRSでも接近の動機づけの高まりと相関した脳活動の不均衡状態を測定可能であることを示しており,高齢者は思う通りに走行できないという不快な状況(渋滞条件)において,明確な妨害要因の存在が接近の動機づけ(攻撃性)を高めると示唆される。接近の動機づけ(攻撃性)には成人から高齢者まで生涯発達的変化が生じており,その結果として高齢者は若齢者よりも運転状況でより強い怒りを生じさせる可能性がある。
著者
大島 聖美
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.22-32, 2013

本研究では成人初期の子どもを持つ中年期の母親22名に半構造化面接を行い,母親の子育てに関する主観的体験を,グラウンデッド・セオリーの手法を援用し,検討した。母親はこれまでの経験の中で作り上げられてきた【理想の母親像】を基礎に,子に良かれと思いながら子育てを開始するため, 子本位の関わり】が多くなるが,時に【子育ての義務感】を感じ,【気づけば自分本位の関わり】をしてしまう時もある。そのような時ち,【身近な人からの子育て協力】を得ることとにより,【子から学ぶ】という体験を通して,子どもと一緒に成長していく自分を感じ,【離れて見守れる】するようになり,【心理的ゆとり】を獲得し,視野が家庭内から家庭外へと広がり,自分の生き方を模索しはじめる。以上の結果から,次のようないくつかの示唆が得られた。(1)母親はどんなに子に良かれと思って子に関わっていても失敗することがあり,その失敗の背景には【子育てへの義務感】がある場合が多いこと,(2)このような失敗を乗り越え,母親の成長を促進する上で,【子から学ぶ】体験が重要な役割を果たしていること,(3)【心理的ゆとり】だけではなく,【離れて見守れる】できるようになることも,母親としての成長であるということが示唆された。
著者
江尻 桂子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.21, no.4, pp.332-341, 2010-12-20 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
2

本研究では,幼児・児童が,いつ頃から,未知人物との接触場面における危険の可能性について認識できるようになり,その認識のもとに,適切な行動の選択ができるようになるかを検討した。実験では,保育園年中児,年長児,小学校1年生,2年生,あわせて166名を対象に,個別面接のかたちで紙芝居と質問を行った。紙芝居では,主人公の子どもがひとりで歩いて家に帰っているときに「よく知っている人」または「全く知らない人」に何らかの誘いを受けるというストーリーを読み聞かせた。そして,もし自分が主人公であったらどのように行動するのか,また,なぜそのように行動しようと思うのかを尋ねた。実験の結果,年中から年長(4〜6歳)にかけて,接近してくる大人が既知の人物であるか,未知の人物であるかによって適切な行動を選択できるようになることがわかった(e.g.,未知人物にはついて行かない)。しかし,その際の判断の理由をみると,年長児でも必ずしも適切な理由(人物の既知性や危険性)に基づいて行動を選択しているわけではないこと,そして,正しい認識に基づいた行動の選択ができるようになるのは,小学1年生(6〜7歳)以上であることが明らかとなった。本研究の結果をふまえ,幼児・児童における,発達水準に応じた安全・防犯教育のあり方について議論した。
著者
高崎 文子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.13-21, 2018 (Released:2020-03-20)
参考文献数
20
被引用文献数
1

他者をほめることが効果的であるとは限らない原因のひとつに,ほめられる側とほめる側のほめのとらえ方のズレがあると考えられる。本研究ではほめの機能や効果のとらえ方の個人差を「ほめへの態度」としてとらえ,その発達的変化と態度形成要因について検討することを目的とした。中学生,高校生,大学生,成人の計1058名を対象に,ほめへの態度とほめ/ほめられ経験に関する質問紙調査を行った。その結果,「ほめへの態度」は年齢とともに「承認重視」「用い方重視」の態度が強くなり,「基準重視」「表出躊躇」の態度が弱くなることが明らかになった。また「ほめへの態度」形成に影響を与えるほめ/ほめられ経験について検討した結果,ほめられた経験の量よりも,どのようにほめられたかという経験の質から直接影響を受けることが明らかになった。また,ほめた経験は,その頻度がコミュニケーション効果を媒介して態度形成に影響を与えることが明らかになった。
著者
菅原 ますみ 北村 俊則 戸田 まり 島 悟 佐藤 達哉 向井 隆代
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.32-45, 1999-05-20 (Released:2017-07-20)
被引用文献数
1

児童期の子ども (平均年齢l0.52歳) の間題行動発生に関わる先行要因について, 対象児童が胎児期より開始された縦断サンプル (約400名) を用いて検討をおこなった。10歳時の注意欠陥および攻撃的・反抗的な行動傾向 (externalizingな問題行動) の予測因子として, 子ども自身の乳幼児期からの行動特徴, 家庭の社会経済的状況, 親の養育など多くの要因が有意な関違を持っており, 多要因の時系列的な相互作用によって子どもの問題行動が発達していくプロセスが浮かび上がってきた。また, 発達初期に同じような危険因子を持っていたとしても, 良好な父親の養育態度や母親の父親に対する信頼感などの存在によってこうした問題行動の発現が防御されることも明らかになった。これらの結果から, 子どもの精神的健康をめぐるサポートの在り方について考察をおこなった。
著者
砂川 芽吹
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.87-97, 2015

自閉症スペクトラム障害(ASD)の女性は,知られている有病率の少なさと,ASDの症状が分かりにくいことから,これまで焦点が当たってこず,見過ごされている可能性がある。本研究では,①ASDの女性を見えにくくする要因は何か,及び,②ASDの女性は診断に至る過程のなかでどのように生きてきたのか,という2つの問いを明らかにするために,大人になって初めてASDの診断を受けた成人女性12名を対象としたインタビューを行い,GTAによって質的に分析した。その結果,【「大人しさ」のベール】,【就労状況のベール】,【家庭のベール】,【精神症状のベール】という,周囲からASDの女性を見えにくくする4つの社会環境的な要因が見いだされた。さらに,これらのベールの下で,ASDの女性が適応の【努力と失敗の繰り返し】から【社会適応のスキルを学習】することもまた,周囲がASDの女性を認識し難くなる要因となっていることが示唆された。一方で,ASDの女性は,診断に至る過程であらゆる失敗経験を〈自分に原因帰属〉しているために,【自尊心の低下】が起きていた。そのため,ASDの女性は表面的な社会スキルによってASDであることが周囲から見えにくくなっているが,自尊心が低く,支援が必要な状態だと考えられた。本研究を通して,ASDの女性が障害を持つことを見えにくくする要因と適応過程を見いだし,ASDの女性におけるアセスメントや支援についての示唆を得た。
著者
秋田 喜代美 佐藤 学 岩川 直樹
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.88-98, 1991-09-20 (Released:2017-07-13)
被引用文献数
16

Interest in carrer development of the professionals from a life-span perspective is on the increase. This study examined the growth of teachers' practical knowledge, focusing on their cognitive processes in an instruction situation. Five experienced and five novice teachers were asked to watch a video-tape of a teaching session and to comment on whatever topics that come to the mind (i.e.think-aloud method). Examining the protocols of these teachers, one common feature and four differences were found : (1) Both the novice and the experienced teachers attended to and commented on the instructor's questionings to the students. (2) Expert teachers were able to identify more cues from the viewing than the novice teachers. (3) Expert teachers not only commented on their impressions about the cues, but also made more inferences promptly. (4) The contents of inferences were concerned with the students' comprehension, with the adequacy of response to the students, and with the perspectives of the development of the instruction session. (5) The expert teachers evaluated students' speeches not only in terms of the correctness of the contents, but also the adequacy and relevancy in relation to the other previous speeches and behaviors during the lesson. These results suggest that experts teachers were able to make use of their practical knowledge more flexibly, according to situation.
著者
天谷 祐子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.15, no.3, pp.356-365, 2004-12-20 (Released:2017-07-24)
被引用文献数
2

「私はなぜ私なのか」「私はなぜ他の時代ではなく,この特定の時代に生まれたのか」といった,私そのものへの問い-自我体験-が,どれくらいの割合で,いつ頃見られ,どのような情動や行動を伴うのか,そして自我体験の内容について検討することを目的に,中学生から大学生881名を対象に,自由記述を伴った質問紙調査を行った。その結果,379名(43%)から自我体験が報告され,初発については,小学校後半を中心にややバラツキが見られることが示された。また,必ずしもきっかけがなくても生起し,他者への開示はあまり見られないことが示された。そして,自身の自我体験に意味を見出している人は少数派であったが,より年上の世代の方が,意味を見出している人が多い結果となった。本研究の結果,自我体験は一般に多くの人に共有されている問いであることが示された一方で,全ての人に見られる現象ではないことが示された。また子ども世代であっても,「私」について抽象的に考えることができる可能性が示唆された。
著者
垣花 真一郎
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.237-247, 2015 (Released:2017-09-20)
参考文献数
28
被引用文献数
3

幼児の仮名文字の読みの正答率に影響する文字側の諸要因を検討した。清音文字,濁音文字,半濁音文字の正答率のデータは3–5歳の183名のデータを用い,拗音表記の正答率のデータは3–6歳の277名のデータを用いた。検討した要因は,(1)文字別の出現頻度,(2)字形の複雑さ,(3)五十音図の掲載順,(4)母音,(5)類似文字の有無,(6)濁音規則の例外,であった。文字種ごとに,文字別の正答率を目的変数,各要因を説明変数とした重回帰分析を行った。清音文字については,(6)を除く要因を検討した結果,五十音図の掲載順要因が有意であり,出現頻度,類似文字の有無が有意傾向であった。濁音文字については,(1)~(6)を検討し,出現頻度が有意であり,五十音図の掲載順,類似文字の有無が有意傾向であった。拗音表記については,(1),(2)のみを検討したが,出現頻度のみが有意であった。本研究の結果は,仮名文字の習得過程には,文字の形態を識別する視知覚の発達といった言語普遍的な側面だけでなく,文字別の頻度や五十音図といった言語・文化固有の側面が関与していることを示唆している。
著者
小椋 たみ子 増田 珠巳 浜辺 直子 平井 純子 宮田 Susanne
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.153-165, 2019 (Released:2021-09-30)
参考文献数
39
被引用文献数
1

本研究は9,12,14,18,21,24ヶ月児の158名の母親の5分間の発話を分析し,対乳児発話の語彙面にあらわれた特徴を明らかにした。また,このうち127名の子どもの言語発達の追跡調査を33ヶ月時点で行い,対乳児発話がその後の子どもの言語発達へいかなる効果を及ぼすかを明らかにした。対乳児発話の種類を育児語(名詞系,動作名詞系,形容詞系,コミュニケーター系),オノマトペ,接尾辞の付加,音韻転化の4種類に分類し,タイプとトークンの発話単位頻度を算出した。観察時点ではオノマトペだけが年齢間で有意な差があった。各対乳児発話の語彙の内容を詳しくみると,オノマトペは反復,および特殊拍がついたオノマトペ標識の頻度が高かった。育児語は動作名詞系が有意に高かった。音韻転化は語の一部が拗音で発音されていた。対乳児発話のその後の子どもの言語発達への効果は,14ヶ月時点の母親の育児語が追跡33ヶ月の子どもの成人語表出語数を予測していた。育児語は,子どもが語と対象の間の恣意的な結びつきのルールを学習する足場づくりの役割をもっていることを育児語の類像性の観点から考察した。
著者
金丸 智美 無藤 隆
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.183-194, 2004-08-20 (Released:2017-07-24)

本研究の第1の目的は,母子葛藤場面における2歳児の情動調整プロセスを,子どもの不快情動変化として捉え,その個人差を検証することである。第2,第3の目的は,この個人差と,情動調整行動及び母子関係性,すなわち「情動の利用可能性」(emotional availability:以下EA)の葛藤場面前後の変化との関連性を検討することである。さらに第4の目的として,情動調整プロセスのタイプごとの母子相互作用の特徴を記述し,2歳児の情動調整の特徴を明らかにする。2歳前半の子どもとその母親41組を対象に,実験的観察を行った。その結果,不快情動変化タイプは,「継続型」・「沈静型」・「非表出型」に分類された。「継続型」の子どもは,不快情動の原因を除去する積極的な働きかけを行った。「非表出型」の子どもは,自ら気紛らわしや他の活動を行い,母親は子どもの自発性や能動性に寄り添っていた。「沈静型」の母親は子どもの不快情動を沈静するための積極的な働きかけを行い,sensitivityとstructuringが葛藤場面で高くなった。以上より,自律的な調整や,原因を除去しようとする能動性が可能になり始めるが,不快情動が沈静するには,母親の助けを必要とするという,自律性と他律性が混在する2歳児の情動調整の特徴が明らかになった。
著者
小田切 紀子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.14, no.3, pp.245-256, 2003

本研究の目的は,大学生男女646人を対象にして,離婚と離婚家庭に対する否定的意識の形成過程について検討することである。そのために,離婚観,結婚観,性役割観,育児観,家族の信頼感を尋ねる質問紙調査を実施した。その結果,離婚と離婚家庭に対する否定的意識の形成には,結婚と育児に対する意識が関与しており,「伝統的結婚観」,「結婚への期待」,「育児に対する拘束感」が強いほど,離婚と離婚家庭に対して否定的な判断をする傾向が明らかになった。また,離婚に対する否定的意識の形成過程には性差が認められ,性役割を受容していることが,男子の場合は「育児に対する拘束感」を介して,女子の場合は結婚,育児への肯定的意識を介して,離婚に対する否定的意識を強める傾向が明らかになった。以上から,結婚経験のない大学生は,将来の結婚や育児に対する期待や考えをもとにして,離婚に対する否定的意識を形成していることが明らかになった。このことは,離婚が思いこみや固定化されたイメージで判断されていると推測でき,離婚や離婚家庭の実情についてより深く理解することで,それらへの否定的意識が低減する可能性が示唆された。
著者
大泉 郷子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.133-142, 1997-07-30 (Released:2017-07-20)

空間探索においては, 水平面上でのずれと同時に眺めの高さのずれ, すなわち垂直方向のずれを補償することが必要とされる。本実験は上から見た眺めを真横から見た眺めに重ね合わせる心的操作がいつ頃から可能になるのかを吟味し, それにより幼児の空間認知の発達過程を明らかにすることを目的とした。実験1では2, 3歳児を対象に4つの筒を台上においた実験的な環境を上から眺めさせ, その後装置の周りを0度または180度移動して装置の上から, あるいは真横から4カ所の隠し場所を探索させた。その結果, 2歳児は眺めに変化のない, 空間記憶の条件でのみ有意に正答したのに対し, 3歳児は水平面上および垂直方向のずれを補償して探索することができた。実験2では実験1で空間記憶に基づく探索が完全にできた子どもを対象に, 眺めの高さがある時, ない時の90度と180度移動の効果の差を吟味した。水平面上のずれ, 眺めの高さのずれともそれぞれ補償は困難であったが, 垂直方向, 水平面上のずれがともに存在する場合は, ずれが一方だけの時よりもさらに補償が困難であることが明らかになった。また90度移動の方が180度移動の補償よりも困難であったことから, 視覚的イメージを操作する方略よりも空間を次元的に捉える方略が用いられたと考えられる。
著者
浜田 寿美男
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.20-28, 2009-04-20 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
2

発達心理学の研究はこの数十年で大きく躍進し,日本発達心理学会の会員数も設立時に比べて約10倍に達している。その背後で発達心理学に対する一般の期待が大きくなり,これを職業とする人が増え,それだけ発達心理学はこの社会のなかで制度化してきた。それは一面において歓迎すべきことであるが,他方において研究そのものがその制度化の枠に閉じることにもつながる。結果として,発達心理学がとらえるべき人間の世界が,その既成の理論と方法によって切りそろえられる危険性を抱えている。たとえば子どもたちの生きる生活世界がその個体としての能力・特性の還元されることで,その能力・特性の発達は見ても,その能力・特性でもってその子どもがどのような生活世界を生きているかというところに目がいかない。臨床発達心理士の資格化なども,この種の個体能力論を超える道を探ることなく,この枠組のなかで自足してしまえば,人間の個体化の波に飲み込まれて,人と人との本来的な共同性をそこなうものになりかねない。発達心理学における人間の個体化を乗り越えて,あらたな発達心理学のパラダイムを模索していくことが,いまこそ求められているのではないか。