著者
横山 真貴子 秋田 喜代美 無藤 隆 安見 克夫
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.95-107, 1998-07-30

本研究では, 保育の中に埋め込まれた読み書き活動として, 幼稚園で行われる「手紙を書く」活動を取り上げ, 1幼稚園で園児らが7カ月問に書いた手紙1082通を収集し, コミュニケーション手段という観点から手紙の形式と内容を分析した。具体的には「誰にどのような内容の手紙を書き, 書かれた手紙はどのようにやりとりされているのか」について, 収集した手紙全体の分析(分析1)と手紙をよく書く幼児とあまり書かない幼児の手紙の分析(分析2)から, 全体的発達傾向と個人差を検討した。主な結果は次の通りである。第一に, 幼児は主に園の友達に宛てた手紙を書いており, 手紙の大半には, やりとりに不可欠な宛名と差出人が明記されていた。このことから, 幼児は園での手紙の形式的特徴を理解していることが示された。第二に, 全体的には絵のみの手紙が多く, コミュニケーションを図ることよりも, 幼児はまず手紙を書き送るという行為自体に動機づけられて手紙を書き, 「特定の誰かに自分が描いた作品を送るもの」として手紙を捉えていることが示唆された。特にこの傾向は年中児で頭著であった。だが第三に, 年長児になると相手とのやりとりを期待する伝達や質問等の内容が書かれ始め, 手紙を書くことの捉え方が発達的に変化することが示された。また第四に, 手紙を書くことに興味を持つ時期が子どもによって異なり, 手紙が書ける園環境が常時準備されていることの有益性が指摘された。
著者
伊藤 裕子 相良 順子 池田 政子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.62-72, 2006
被引用文献数
1

本研究は,中年期夫婦を対象に,職業生活が夫婦関係満足度および主観的幸福感に及ぼす影響について,妻の就業形態により個人内と夫婦間で影響の仕方に差異がみられるかを検討した。妻フルタイム110組,妻パートタイム170組,妻無職106組の夫婦に,仕事へのコミットメント,夫婦関係満足度,主観的幸福感を質問紙により尋ねた。その結果,自身の仕事へのコミットメントが夫婦関係満足度に影響するのは妻のみで,夫では影響しない。しかし,夫の仕事へのコミットメントは妻の夫婦関係満足度および主観的幸福感にクロスオーバーな影響を及ぼし,夫の仕事へののめり込みの増大は妻の幸福感を低下させ,仕事満足感の増大は妻の夫婦関係満足度を高めていた。反対に,妻の仕事へのコミットメントが夫にクロスオーバーな影響をするのは妻がパートタイムの夫婦のみで,この場合,妻の仕事へののめり込みは夫の夫婦関係満足度を低下させ,仕事満足感の低さが夫の幸福感の低下を招くなど,夫は妻の仕事へのコミットメントの影響を受けやすい。妻の就業形態と収入,夫の分業観によって,職業生活が夫婦関係と心理的健康に及ぼすスピルオーバー/クロスオーバーな影響は異なっていた。
著者
伊藤 崇
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.63-74, 2011
被引用文献数
1

集団的な保育活動において一斉に着席する活動は,そこに参加する幼児自身によってどのように達成されているのだろうか。この問いに関し,保育所の3〜4歳児(年少児)クラスを対象として,自由に遊ぶ活動が終了してから,全員が着席し「お誕生会」が始まるまでの準備過程を,年少児が保育所に参入した直後の3ヶ月間に渡って検討した。「お誕生会」の映像をビデオで記録し,それが開始される直前の過程で年少児と保育者の行った発話およびイスへの着席行動を分析したところ,以下のことが明らかとなった。集団レベルで見ると,4月から6月にかけて起きた変化として,「お誕生会」の開始までに要する時間が短くなった。この変化は,少なくとも2つの変化によって生じていた。第一に,4月にはなかなか着席しなかった幼児が6月にはすぐに座れるようになること,第二に,4月には座ったり立ち上がったりを繰り返していた幼児が,6月には一度座った席から離れなくなったことであった。以上の結果から,一斉に着席する活動が,ただ単に「座ること」ではなく「立たずに座り続けること」によって実現されていたことが明らかとなった。この結果に関して,立つという行動が集団の中でもつ意味の変化という観点から検討した。
著者
亀井 美弥子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.14-27, 2006

本研究の目的は,正統的周辺参加の枠組みから,職場の新人の語りによって,職業参加におけるアイデンティティの変化と職場共同体における学びを構造化する諸資源との関連を,新人の視点から構成される「学習のカリキュラム」に焦点化し明らかにすることである。新卒の社会人23名に就職直後と5ヶ月後の2時点でインタビューを実施した。アイデンティティをとらえるための「新人としての自己の位置づけ」の変化のタイプと,職場の学習のための構造化の資源としての,1.新人への仕事の割り当て,2.教授-学習関係の安定性との関係を検討した。その結果,初期に葛藤を感じ,その後職業参加に肯定的に向かうタイプは多くが仕事の割り当てが「実践根幹型」であり,安定した教授-学習関係という職場の構造を持っていた。また,はじめから職業参加に肯定的で変化のないタイプでは新人の仕事が熟練と分けられている「新人-熟練分担型」であった。また,職業参加から離れていくタイプでは,実践の参加から疎外されているケースがあった。異なる変化をたどった3事例の語りを検討した結果,職場実践における学びを構造化する資源の多様なありかたが,新人のアイデンティティの変容過程や学習のカリキュラムの構成に相互に密接に関係すること,また,実践に参加することおよび現前の実践を意味づけるガイドの存在が学習のカリキュラムの構成に重要であることが示唆された。
著者
東海林 麗香
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.20, no.3, pp.299-310, 2009

本稿では,持続的関係で起こりうる「同じ原因の葛藤が未解決のままで繰り返し生じる事態」に焦点を当て,新婚女性による記述や語りから反復的葛藤の経過を縦断調査により追跡する中で,その意味づけプロセスについて探索的に検討することを目的とする。その上で,これまで不適応的であるとされることの多かった未解決であるという事態が持続的関係においてどのような意味を持つのかについて再検討する。回答者による解決必要性の認知と意味づけプロセスから未解決事態を分類したところ,解決しなくてもいいという認識の[解消型]においては,相手に対する熟知性や信頼感の高まりや,葛藤を反省的に捉えるようになるという意味づけプロセスが見られた。可能なら解決した方がいいという認識の[保留型]では,最初は混乱や結果への不満を示していたが,葛藤を客観的に振り返る機会をきっかけに[解消型]と同様の意味づけプロセスを経るに至った。解決すべき問題という認識の継続している[継続型]では,問題解決のための方法を模索している[積極継続型]と,解決したいと思いながらも行き詰まりを感じている[消極継続型]という2つのタイプのプロセスがあった。以上の結果により,未解決であることや解決を志向しないことにも異なるタイプがあり,関係性にも異なる影響を与えている可能性があることが示唆された。
著者
亀井 美弥子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.14-27, 2006-04-20 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
3

本研究の目的は,正統的周辺参加の枠組みから,職場の新人の語りによって,職業参加におけるアイデンティティの変化と職場共同体における学びを構造化する諸資源との関連を,新人の視点から構成される「学習のカリキュラム」に焦点化し明らかにすることである。新卒の社会人23名に就職直後と5ヶ月後の2時点でインタビューを実施した。アイデンティティをとらえるための「新人としての自己の位置づけ」の変化のタイプと,職場の学習のための構造化の資源としての,1.新人への仕事の割り当て,2.教授-学習関係の安定性との関係を検討した。その結果,初期に葛藤を感じ,その後職業参加に肯定的に向かうタイプは多くが仕事の割り当てが「実践根幹型」であり,安定した教授-学習関係という職場の構造を持っていた。また,はじめから職業参加に肯定的で変化のないタイプでは新人の仕事が熟練と分けられている「新人-熟練分担型」であった。また,職業参加から離れていくタイプでは,実践の参加から疎外されているケースがあった。異なる変化をたどった3事例の語りを検討した結果,職場実践における学びを構造化する資源の多様なありかたが,新人のアイデンティティの変容過程や学習のカリキュラムの構成に相互に密接に関係すること,また,実践に参加することおよび現前の実践を意味づけるガイドの存在が学習のカリキュラムの構成に重要であることが示唆された。
著者
浅川 淳司 杉村 伸一郎
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.130-139, 2011-06-20 (Released:2017-07-27)

本研究では,幼児68名を対象に計算能力と手指の巧緻性の特異的な関係について検討した。具体的には,まず,手指の巧緻性に加えて走る,投げる,跳ぶなどの運動能力も測定し,計算能力との関係の強さを比較した。次に,手指の巧緻性が他の認知能力と比べて計算能力と強く関係しているかを明らかにするために,言語能力を取り上げ手指の巧緻性との関係の強さを計算能力と比較した。さらに,言語能力に対応する運動能力としてリズム運動を設定し,認知能力に関係すると考えられる手指の巧緻性とリズム運動という運動能力間で,計算能力との関係の強さを比較した。重回帰分析の結果,全体ならびに年中児と年長児に分けた場合でも,計算能力に最も強く影響を与えていたのは手指の巧緻性であった。また,言語能力にはリズム運動が強く影響を与えており,手指の巧緻性は関係していなかった。以上の結果から,計算能力は運動能力の中でも特に手指の巧緻性と強く関係し,手指の巧緻性は言語能力よりも計算能力と強く関係することが明らかとなった。これらの知見に関して,脳の局在論と表象の機能論の観点から論じた。
著者
阿部 彩
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.362-374, 2012

日本の子どもの相対的貧困率は16%であり,約6人に1人が相対的貧困状態にあると推計される。しかしながら,この相対的貧困の概念については,研究者らも含め殆ど知られておらず,この数値の意味するところが理解されていないのが現状である。本稿では,子どもの相対的貧困率の現状と動向を把握した上で,「豊かさ」と「貧しさ」という観点から,相対的貧困と絶対的貧困の概念の違いを明らかにする。また,一般市民の貧困の概念が,絶対的貧困や物質社会に反抗する精神論に強く影響されており,それが現代における貧困(相対的貧困)の議論の本質を見えにくくしている点を指摘した。最後に,相対的貧困が,どのようにして子どもの健全な育成を妨げているかについて,一つは相対的貧困にあることが子ども自身の社会的排除を引き起こすリスクが高いこと,二つが,子どもが相対的貧困の状態であるということは,親も相対的貧困状況にあるということであり,貧困が親のストレスを高め,親が子どもと過ごす時間を少なくし,孤立させることにより,厳しい子育て環境に置かれていることを指摘した。「豊かさ」や「貧しさ」は相対的な概念であり,たとえ豊かな社会であっても相対的貧困にあることは大きな悪影響を子どもに及ぼす。
著者
坂田 陽子 口ノ町 康夫
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.133-141, 2014 (Released:2016-06-20)
参考文献数
39
被引用文献数
2

本研究の目的は,対象物の特徴を抽出する能力が人の一生涯にわたってどのように変化するのかについて,幼児,大学生,高齢者を対象に同一の課題を用いて組織的に検討することであった。刺激として形,模様,色から成る幾何学図形を用い,2個もしくは8個を同時に実験参加者に呈示し,刺激間の共通した特徴を抽出させた。共通特徴は,形もしくは模様もしくは色のいずれか一つのみであった。その結果,形特徴に関しては,年齢による抽出成績差はなく,生涯を通して高水準で抽出が可能であった。一方,模様と色特徴に関しては,年齢による抽出成績に差が見られ,模様特徴に関しては加齢に伴うなだらかな逆U字曲線が,色特徴に関しては加齢に伴う,模様特徴よりも鋭角な逆U字曲線が見られた。これらの結果から,抽出能力は対象物の特徴によって異なる生涯発達的変化を示すことが分かった。その全体像から,形特徴抽出のような幼児期初期にはすでに獲得されている能力は高齢期後期まで残存し,模様や色特徴抽出のような幼児期後期に獲得した能力は高齢期初期に衰退するという現象が明らかとなり,この現象に対して,“first in, last outの原理”を適用できるのでないかと考察された。
著者
藤崎 亜由子 倉田 直美 麻生 武
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.67-77, 2007
被引用文献数
3

近年登場したロボットという新たな存在と我々はどのようにつきあっていくのだろうか。本研究では,子どもたちがロボットをどう理解しているかを調べるために,5〜6歳児(106名)を対象に,2人1組で5分間ロボット犬と遊ぶ課題を行った。あわせて,ロボット犬に対する生命認識と心的機能の付与を調べるためにインタビュー調査を行った。ロボット犬は2種類用意した(AIBOとDOG.COM)。DOG.COMは人間語を話し,AIBOは電子音となめらかな動きを特徴とするロボットである。その結果,幼児は言葉をかけたりなでたりと極めてコミュニカティブにロボット犬に働きかけることが明らかになった。年齢群で比較した結果,6歳児のほうが頻繁にロボット犬に話しかけた。また,AIBOの心的状態に言及した人数も6歳児で多かった。ロボット犬の種類で比較した結果,子どもたちはDOG.COMに対しては言葉で,AIBOに対しては動きのレベルで働きかけるというように,ロボット犬の特性に合わせてコミュニケーションを行っていた。その一方で,ロボット犬の種類によってインタビュー調査の結果に違いは見られなかった。インタビュー調査では5割の子どもたちがロボット犬を「生きている」と答え,質問によっては9割を超える子どもたちがロボット犬に心的機能を付与していた。以上の結果から,動物とも無生物とも異なる新たな存在としてのロボットの可能性を議論した。
著者
伊藤 朋子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.20, no.3, pp.251-263, 2009-09-10 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
2

本研究では,中学生32名と大学生54名を対象に,サイコロふりに関する基礎的な確率課題を出題し,伊藤(2008)の確率量化操作の4水準の発達段階を理論的に発展させた3段階2水準の発達段階の妥当性を検証する調査を行った。その結果,確率量化以前の段階0,基本的な1次的量化が可能な段階IA,加法的合成を伴う1次的量化が可能な段階IB,基本的な2次的量化が可能な段階IIA,加法的合成を伴う2次的量化が可能な段階IIB,基本的な条件付確率の量化が可能な段階IIIA,ベイズ型条件付確率の量化が可能な段階IIIB,という確率量化操作の発達段階が見出された。中学生の多くは段階IAにとどまること,大学生の多くは段階II以上にあるが,段階IIBで必要とされる場合分けという第1の障壁のために段階IIAにとどまる場合があること,段階IIBに到達した大学生でも,思考の可逆性という第2の障壁のために段階IIIの到達には困難を要することが明らかになった。
著者
杉村 和美
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.87-98, 2001-07-15 (Released:2017-07-20)
被引用文献数
1

本研究の目的は,女子青年のアイデンティティ探求における関係性のレベルを縦断的に検討し,関係性のレベルの変化に関わる要因を明らかにすることであった。女子大学生31名に対して,Ego Identity Interviewを拡張した面接を,3つの時点(3年生前期・4年生前期・4年生後期)で実施した。領域は,職業,友情,デート,性役割の4つであった。職業,友情,デートの3つの領域において高レベルの関係性への有意な移行が示されたが,性役割においては有意な変化は示されず,低レベルヘ移行した者が高レベルヘ移行した者を上回った。変化の要因については,「就職活動・職業決定」が最も多く,高レベルヘの移行と低レベルヘの移行に共通に報告された。また,「友人・恋人との関係の変化」が,高レベルヘの移行に顕著に見られた。本研究の結果は,アイデンティティにおける関係性の側面を重視する最近の動向を支持するとともに,関係性の観点から見たアイデンティティ形成のプロセスについていくつかの実証的な証拠を提出した。
著者
杉本 英晴 速水 敏彦
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.224-232, 2012-06-20 (Released:2017-07-27)

青年期は職業につく準備期間とされ,とくに青年期後期に行われる進路選択は非常に重要である。しかし最近,大学生における進路選択の困難さが指摘されている。本研究では,仮想的有能感の類型論的アプローチから就職イメージについて検討することで,他者軽視に基づく仮想的有能感と進路選択の困難さに影響を及ぼす就職に対するネガティブなイメージとの関連性について検討することを目的とした。本研究の目的を検証すべく,大学生339名を対象に,自尊感情尺度,他者軽視尺度,就職イメージ尺度,時間的展望体験尺度から構成された質問紙調査を実施した。その結果,他者軽視傾向が高く自尊感情が低い「仮想型」は,他者軽視傾向が低く自尊感情が高い「自尊型」と比較して,就職に対して希望をもてず,拘束的なイメージを抱いていることが明らかとなった。また,「仮想型」の時間的展望は,過去・現在・未来に対して肯定的に展望していないことが確認された。本研究の結果から,肯定的な展望ができない「仮想型」は,他者軽視を就職にまで般化していると考えられ,「仮想型」にとって就職することをネガティブにとらえることは,自己評価を最低限維持する自己防衛的な役割を果たしている可能性が示唆された。
著者
一柳 智紀
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.20, no.4, pp.437-446, 2009

本研究では,物語文の読解授業においてテキスト理解を話し合う過程で,児童がテキストに書かれた言葉に着目しながら,どのように互いの発言を「聴き合い」,教師はそれをどう支援しているか明らかにすることを目的とした。小学校5年生2学級の国語授業を対象に,授業観察と直後再生課題を行い,授業中の発言および再生記述を,テキストや他児童の発言との関連から検討した。その結果,(1)話し合いでの児童による言及の多さや,発言回数に対する再生比率の高さから,テキストを引用した発言や他児童の発言に言及している発言が,テキスト理解の「聴き合い」を促進していること,(2)教師は,話し合いの中で音読やテキストに「戻す」問いかけを繰り返し行うことで,児童をテキストとの対話へと促していること,(3)テキストとの関連が不明確な児童の疑問を教師がリヴォイスすることで,読解の視点を多様にし,「聴き合い」を促進していることが明らかとなった。また,テキストを引用した発言や,他児童の発言に言及している発言は学級間で頻度が異なることから,話し合いのグラウンド・ルールの共有度が,談話のスタイルおよび「聴き合い」に影響していることが示唆された。
著者
三好 昭子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3, pp.286-297, 2011

本研究では,Eriksonの漸成発達理論における第IV段階の活力(virtue)である有能感(competence)について両極端な2つの事例から,有能感の生成要因を明らかにし,有能感がアイデンティティに基づいた生産性にどのように影響するのかを示した。明治時代の東京で,学童期から抜群の学業成績を収め,若くして小説家としての地位を確立した作家谷崎潤一郎と芥川龍之介の有能感の様相が対照的だったことを示し,同じような経歴を重ねながら,どうして有能感の様相が対照的であったのかという観点から比較分析を行った。谷崎の場合は無条件に愛され,寛大にしつけられた結果,第IV段階以前の活力を基盤とした確固たる有能感が生成された。それに対して芥川の場合は,(1)相互調整的でない養育環境と(2)支配的なしつけを受け,初期の活力の生成が阻害され,早熟な良心が形成された。その結果,芥川は(3)主導性を発揮することができず,目的性が過度に制限され,有能感の生成が妨げられたことを明らかにした。そして谷崎は作家としてのアイデンティティに基づいた生産性を発揮し続けたが,作家としてのアイデンティティを主体的に選択しえなかった芥川は,義務感によって生産に従事し続けたことを示した。さらに初期の発達段階における活力の生成を阻害されると,どんな才能・能力に恵まれても自分の才能・能力が何に適しているのかを見出すことができなくなる可能性を指摘した。
著者
長橋 聡
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.88-98, 2013-03-20 (Released:2017-07-28)

本研究ではVygotskyのごっこ遊び論をもとに,そこに空間構成という観点を加えて,幼児のごっこ遊びを分析した。S市内の保育施設をフィールドとして観察を行い,そこで2か月にわたって行われた協同的なごっこ遊び「病院ごっこ」の生成過程を検討した。同時に,子どもたちが「病院ごっこ」の遊びのために遊び空間を積木などで作っていく過程も微視的に分析した。初期の「病院ごっこ」には役の分担やストーリー性はみられなかったが,子どもたちが遊びの中で新しいモノを加えたり,「病院」内の空間構成を作り変えていったことによって,「病院ごっこ」での活動は複雑でストーリー性を伴ったものになっていき,子どもたちは「病院ごっこ」の遊びのシナリオのための役を演じるようになっていった。このことから,子どもたちが協同的な遊びでストーリー性のある行為展開をすることと,道具を使って「病院」としての遊び空間を作っていくこととは相互規定的な関係になっていることを議論した。
著者
松田 文子 田中 昭太郎 原 和秀 松田 伯彦
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.134-143, 1995-12-10 (Released:2017-07-20)

27名の児童が, 小学1年生から小学6年生まで, 毎年1回約30分, 時間, 距離, 速さの間の関係概念 (速さ=距離/時間) の形成過程を具体的操作を通して調べる縦断的研究に参加した。この児童達が小学5年生になって算数「速さ」を学習したとき, このような実験に参加しなかった児童と比較して好成績をあげたことから, その原因が探られ, そしてそれに基づいて, 一般に大変理解度が低いと言われている算数「速さ」の授業改善について, 若干の提言が試みられた。すなわち, (1) 文部省指導要領及び指導書の算数編におけるように, 異種の2つの量の割合として速さを提え, 単位時間当たりの道のりで表される, とするのではなく, 時間, 距離, 速さ, それぞれを1つの関係概念を形成する対等な3つの量として, それぞれに秒, m, m/秒, という計量単位を導入すること。 (2) 速さについての計量的な操作に入る前に, 具体的操作を通して等速直線運動を実感させ, (a) 時間, 距離, 速さの関係概念の論理構造と, (b) 同じ速さで走るということは, 時間や距離が異なっていても速さが同じなのだという速さの同値性に関する論理構造を, しっかり構成しておくこと。
著者
小川 真人 高橋 登
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.85-94, 2012-03-20 (Released:2017-07-27)

本研究では,「心の理論」とふり遊び,役割遊びの関係について実験的に検討した。モジュール説が想定するようにふりと「心の理論」が同一のメカニズムで説明可能であるとすれば,ふり遊びと心の理論との間に直接の関連が見られるであろうし,理論説やシミュレーション説が妥当であるとすれば,その間に直接の関連は見られないであろう。ただし,シミュレーション説による説明が妥当なものであるとすれば,ふり遊びは役割遊びを可能にすることを通じて「心の理論」の獲得を助けるであろう。本研究では,実験1において誤信念課題を実施し,あわせてふり遊びと役割遊びの課題を実施することで,「心の理論」とふり遊び,役割遊びの間の関係を実験的に検討し,実験2では,短期縦断的にふり遊びと役割遊びを子ども達に経験させ,それが子どもたちの「心の理論」獲得を助けることになるのか検討した。結果,実験1ではふり遊びと「心の理論」の関連は見られず,役割遊びにおいてのみ「心の理論」との関連が見られた。また,ふり遊びと役割遊びにおいても関連が見られた。さらに実験2ではふり遊び訓練の効果は見られず,役割遊びを訓練的に行うことで「心の理論」課題の得点が高くなった。本研究では,ふりにおける物の見立てや,現実とふりの区別と「心の理論」との関連は見られず,役割遊びにおいて他者の視点に立ち,そこで他者の感情や行動を考えることが「心の理論」と関連すると考えられた。
著者
秋田 喜代美 無藤 隆 藤岡 真貴子 安見 克夫
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.58-68, 1995-07-15 (Released:2017-07-20)

本研究は幼稚園年長, 年中, 年少児計129名に絵本を読んでもらう課題と内容の理解を問う質問を実施し, 課題の遂行を横断的比較と1年間の3期の縦断的比較によって検討したものである。その結果, 絵を見て話すことから文字を読むことへの変化は, かなもじ清音を約半数習得した頃から起こり, 文字を読む反応の初期には文字を指さすなどの補助的方略を用いる者が一部みられるが, これは読みの熟達と共に消失すること, 拾い読みから文節読みへと移行するにつれ話の筋の理解がよりできるようになること, ただし文字を読むようになっても挿し絵からも情報を得ていることが明かとなった。また文字は読めても縦書きの本を左から読む者がおり, この誤りは必ずしも読字数の少ない者に発現するわけではないことから, 本を読めるためには文字に関する知識のみではなく, 読書に関する慣習的な手続き的知識の習得が必要であり, 文宇知識と慣習的知識は独立に習得されることが示唆された。
著者
永瀬 開 田中 真理
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.35-45, 2015 (Released:2017-03-20)
参考文献数
23

本稿では自閉症スペクトラム障害(ASD)児・者におけるユーモア体験の特性について,構造的不適合の評価と刺激の精緻化の視点から,思春期・青年期のASD児・者19名と定型発達児・者46名を対象に検討した。検討の結果,定型発達児・者において概念レベルの構造的不適合とスキーマレベルの構造的不適合との間でユーモア体験の強さに差が見られたのに対して,ASD児・者において概念レベルの構造的不適合とスキーマレベルの構造的不適合との間でユーモア体験の強さに差は見られないことが明らかになった。この結果の背景として,ASD児・者における弱い中枢性統合の特徴による概念レベルの構造的不適合の評価の困難さ,スキーマレベルの構造的不適合における因果関係の自発的な推測,それぞれの構造的不適合における刺激の精緻化のしやすさの影響があることが考えられた。また刺激の精緻化については,ASD児・者は定型発達児・者に比べてスキーマレベルの構造的不適合において非社会的な情報に関する推測を多く行うことが明らかになった。