著者
伊藤 朋子 中垣 啓
出版者
Japan Society of Developmental Psychology
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.518-526, 2013

本研究では,課題解決におけるコンピテンスとして確率量化操作を想定する立場(e.g., 伊藤, 2008a)から,自然頻度表記版(Zhu & Gigerenzer, 2006),絶対数表記版,一部変更自然頻度表記版の3表記からなる「赤鼻課題」に対する中学生の推論様式を分析した。その結果,自然頻度表記版課題と絶対数表記版課題の正判断における推論様式は共通しており,両表記版の正判断率の間に有意な差はみられなかった。相対頻度表記が含まれている一部変更自然頻度表記版課題の正判断率は,自然頻度表記版課題や絶対数表記版課題の正判断率よりも有意に低く,相対頻度表記をあたかも絶対数表記であるかのように扱った推論様式が出現した。これらの結果から,自然頻度表記を用いれば子どもでもベイズ型推論課題が解けるというZhu & Gigerenzer (2006)の結果は,自然頻度表記版課題の構造が絶対数表記版課題の構造と区別されず,絶対数表記版課題と同じ考え方(基本的な1次的量化)に従って解答したからではないかと思われる。すなわち,ベイズ型推論課題は本来3次的量化操作を要求する課題であるにもかかわらず,自然頻度表記に書き換えることによって,基本的な1次的量化課題として解けるようになるために,見かけのうえでベイズ型推論が可能であるように見えるのではないかと思われる。これは,課題変質効果(中垣, 1989)の現れであるように思われる。
著者
蒲谷 槙介
出版者
Japan Society of Developmental Psychology
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.507-517, 2013

近年,アタッチメントの世代間伝達の枠組みの中で,母親がいかに乳児のネガティブ情動を共感的に映し出すかという調律的応答を重視する立場が台頭しつつある。本稿では,前言語期の乳児とその母親を対象とした相互作用場面の観察を実施し,母親が実際にどのような調律的応答を行うのかを検証した。回帰分析の結果,内的作業モデルが安定傾向の母親は乳児のネガティブ情動表出に対し「笑顔を伴った心境言及」を行いやすい一方,不安定傾向の母親は心境言及を行わない,もしくは心境言及を含まない応答をしやすいことが明らかとなった。また,気質的にむずかりやすい乳児と,内的作業モデルのうち回避の側面が強い母親の組合せでは,「笑顔を伴った心境言及」が特に生起しにくいことが明らかとなった。この応答はこれまでの理論的枠組みでは見逃されてきた調律的応答の一種と考えられ,子どもの社会情緒的発達を促進する一つの要因として今後着目すべきものである。
著者
佐藤 眞一
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.495-503, 2013

従来,老年心理学には2つの立場があるといわれてきた。すなわち,心理学において老化を含む人の発達的変化を扱う生涯発達心理学の立場と,加齢に伴う諸問題を解決するための学際的研究分野である老年学における心理学の立場である。この両者の立場を踏まえた上で,本論文では,まず,認知症に関する心理学的アプローチとして認知神経心理学的アプローチ,臨床心理学的アプローチ,および発達心理学的アプローチの3 つを挙げ,それぞれの研究内容について検討した。次いで,筆者らの研究グループがこれまでに行ってきた認知症にかかわる基礎と応用の研究を例として,情景画課題における視空間情報処理に関する視空間認知の研究,社会的認知機能としての他者感情の理解と認知の硬さの関連性,介護者の認知機能判断の誤りを背景とするコミュニケーションの研究,記憶の誤りとメタ記憶を研究の題材とした記憶愁訴の研究,および介護の臨床実践としてのパーソナルケア法に関する実践的研究について解説した。最後に,臨床知がもたらす新たなる基礎研究の例として,認知症の前駆症状であるMCI(軽度認知障害)における家族間コミュニケーション研究に関する課題を示した。
著者
浜谷 直人
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.484-494, 2013

巡回相談員として保育実践に関わってきた経験から,最近,保育現場では,子どもの生きづらさと育てにくさへの支援ニーズが高くなり,それに応じて,支援対象児個人の行動レベルから,関係性と意味レベルを志向する支援の必要性が高くなり,それに応えうる研究課題に取り組むことと,支援実践の必要性を指摘した。巡回相談における主訴から研究課題を立ち上げる例として,「場面の切り替えが難しい」を取り上げ,その構造を分析して仮説的なモデルを提示した。このモデルにおいて,子どもが遊びなどの活動の終了時点で気持ちに区切りが入ることが切り替えにおいて決定的に重要な点であり,単に行動レベルで行動を移行するような保育への支援に疑問を呈した。場面の切り替えの原型は,3項関係にあり,子どもが対象に出会った時の私的な認識や感情体験を対象化して,それを他者と共有することとして理解する必要があることを指摘した。その際,保育者から子どもへの言葉かけが,子どもの時間に区切りを入れて,物語を創りだす。また,保育支援においては,発達において何を価値とするかが問われ,発達心理学の研究者は,価値について自覚的に研究に取り組むことが豊かな保育実践に寄与できることを指摘した。
著者
小野寺 敦子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.474-483, 2013

本研究の目的は,家族とりわけ親子関係の基礎的研究と実践活動とのインターフェース(相互の連携)について検討することであった。まず,発達心理学の先駆的研究であるLevyの「過保護」の概念とSymondsの母親の養育態度の研究が,アメリカ社会のどのようなニーズから着想されたかを記述した。次にBowlbyの愛着理論とAinsworthのSSPが,「IWMの研究」「Dタイプの研究」「情動応答性の研究」「父子間の愛着研究」という4方向に分化・発展し,今日の臨床場面での実践活動とどのようなインターフェースな関係にあるかを概観した。さらに筆者のこれまでに行った基礎的研究と実践活動とのインターフェースの事例を示した。例えば,父娘研究や親意識の形成過程に関する縦断的研究の成果を育児や教育の雑誌を媒介として子育てに悩む親に伝え,特別支援教育巡回指導の中で保護者や先生方への支援活動で活用していることについて述べた。また,日本社会の高齢化にともない,親子である期間が伸長してきているため,両者の関係性の変化や葛藤を扱った新しい研究の必要性について言及した。今後,研究者は自らの着想のもとにオリジナリティある研究をし,その研究成果を平易な表現と的確な媒体(例:雑誌・書籍・講演・インターネット)を使って実践現場に積極的に伝達し,一方で現場の実践者たちは新しい研究知見を自ら学び吸収しようとする姿勢をもつことにより相互のインターフェースな関係は強固なものになるはずである。
著者
戸田 有一
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.460-470, 2013

本論では,筆者が様々な学校に関わる際に,①自分自身の研究関心が実践支援にどのような影響を与えているのか,及び②自分自身の実践支援が研究関心にどのような影響を与えているのかについて,論じていく。筆者の学校に関する研究関心は,いじめの本質理解についてであり,実践支援は,いじめ対策としてのピア・サポート実践などである。まず,問題を把握するための現場の用語での枠組みと研究用語による枠組みのズレの問題について述べる。次に,いじめ研究を中心とした筆者の研究関心と実践支援の相互の影響について述べる。その際に,いじめなどの関係内攻撃に関する見方,いじめのプロセスモデル,いじめ状況のアセスメントに関する提案をする。そのうえで,実践支援の中心となるいじめ対策プログラム導入のコンサルテーション活動を巡って考えてきたことをまとめ,最後に,いじめ研究の今後の課題について論じる。
著者
松嶋 秀明
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.449-459, 2013

わが国の発達心理学研究と,発達にかかわる臨床実践の双方がよりよい結びつき方になることを模索するために,著者自身が非行少年の更生をテーマとしておこなってきた2つの研究(松嶋,2005, 2012)を素材として紹介しつつ,それらが臨床実践に対してどのように寄与すると考えられるのかについて論じた。非行へのリスク因子として発達障害や被虐待体験に注目したこれまでの諸研究の流れをふまえながら紹介された2研究は,それぞれに共通する特徴として,(1)特別な治療的セッティングではなく,生活をともにすることで営まれている臨床実践であること,(2) 少年の「問題」を自明なものとせず,周囲との関係のなかでいかにそれが見いだされているのかを検討したものであることが挙げられた。これらの研究は,(1)質的研究の方法論をいかして実践を詳述することにより,実践者を疲弊させがちな「問題」状況の相対化をはかれること,(2) 協働性の基盤として機能しえる記述がえられることを寄与として挙げて考察した。
著者
藤野 博
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.429-438, 2013

心の理論(ToM)の発達に関する基礎研究は発達障害の臨床研究と実践に影響を与え,また臨床事例を対象とした研究はToMの発達基盤の解明に向けられた基礎研究の進展に貢献してきた。本論文では最初に,メタ表象操作に関わるToMの概念が自閉症スペクトラム障害(ASD)の社会性やコミュニケーションの問題を認知的な視点から説明できる可能性への期待が発達障害の臨床研究に与えた影響について展望するとともに,この概念が適用できる範囲について問題提起した。次いで,ToMのアセスメント・ツールとして藤野(2002,2005b)が開発した「アニメーション版心の理論課題」の妥当性について示し,これを適用して収集したデータに基づいて,学齢期のASD児におけるToMの発達過程,ToMの獲得と言語力の関係,ToMの問題に対する発達支援における2つのアプローチの有効性と限界,ToMの獲得と精神的健康の問題について論じた。そして最後に,ASD者の側から見たToM研究の問題点について批判的に検討した。
著者
本郷 一夫
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.417-425, 2013

本稿では,臨床発達心理士の専門性と役割について,大きく3つの観点から論じた。第1に,臨床発達心理士認定運営機構の歴史を振り返ることによって,臨床発達心理学における「臨床」の意味について検討した。第2に,臨床発達心理士の専門性の中核を成す「発達的観点」の意味について,発達アセスメントと発達支援の観点から検討した。第3に,東日本大震災後の支援を通して,東日本大震災の支援における臨床発達心理学と発達心理学の役割について考察した。また,発達心理学と臨床発達心理学における「基礎」と「実践」の循環性について考察した。これらの議論を通して,今後の発達心理学研究の方向性について提案した。
著者
無藤 隆
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.407-416, 2013

本論文は,発達心理学が実践現場に役立つ可能性を,保育を例として検討する。特に,その問題を,研究が実践にどう役立つのかというより大きな問題の一部としてとらえる。発達心理学を含めた研究の進展が,実践と研究の関連を変えてきている。その中で,エビデンスベーストのアプローチがその新たな関連を作り出した。また,実践研究の積み上げを工夫する必要がある。実践を対象とする研究として,実践者自身によるものと,実践者と研究者の協働によるアクションリサーチ,そして研究者が実践を観察し分析するものが分けられた。さらに,関連する研究として,子ども研究全般,カリキュラムや指導法に示唆を与える研究,社会的問題に取り組む研究,エビデンスを提供する研究,理論枠組みを変える基礎研究,政策へ示唆を与える研究などに分けて,各々の特質を検討した。実践現場から研究を立ち上げることが重要だと指摘した。最後に,研究的実践者と実践的研究者の育成を目指すことが提言された。
著者
瀬野 由衣
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.36-46, 2008-05-10

本研究では,相手によって知識の提供と非提供を使い分けられるようになる発達的プロセスを検討した。105名の幼稚園児(3〜6歳児)を対象に,隠し合いゲームを実施し,ゲームの流れの中で協力場面,競争場面を設定した。どちらの場面でも,子どもは宝物の隠し場所を見たが,協力相手,競争相手はそれを見なかった。協力相手に正しい知識を提供すれば,宝物は子どもの宝箱に人った。一方,敵である競争相手に正しい知識を提供すると,宝物は競争相手に取られてしまった。いずれの場面でも,協力相手,競争相手は,まず,子どもに「知ってるかな?」と尋ねた。その後,子どもが知識を提供しなかった場合は,「教えて」と尋ね,知識伝達を促した。その結果,年少児(3歳児)では,両場面で,「知ってるかな?」と質問された時点で隠し場所を指す,即時性の強い反応が最も多くみられ,この反応は年齢の上昇と共に減少した。一方,正答である競争相手には知識を提供せず,協力相手のみに知識を提供するという使い分けは,年齢の上昇と共に可能になった。さらに,上記の課題で知識の提供と非提供を使い分けられる子どもは,既知の対象に対する行為抑制が必要な実行機能課題(葛藤課題)の成績もよかった。以上から,相手によって知識の提供と非提供を使い分ける能力の発達に,既知の対象に対する行為抑制の発達が関連することが示唆された。
著者
浅川 淳司 杉村 伸一郎
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.20, no.3, pp.243-250, 2009-09-10

幼児は数を表したり数えたりする際に指を使っている。幼児の計算時における指の利用に関しては計算の方略という観点から研究が多く行われており,発達段階や課題によって指の利用頻度や用い方が変化することが明らかにされてきた。これらの結果は,計算において指の利用が重要な役割を果たしていることを示唆しているが,近年,指の認識の発達も計算能力に関係することが指摘されはじめた。そこで本研究では,指の認識過程において重要な役割を果たすと考えられる手指の運動に着目し,幼稚園の年長児48名を対象に計算能力と手指の巧緻性の関係を検討した。その結果,手指の巧緻性と計算能力との間には有意な強い相関がみられ,この関係は,月齢と動作性の知的発達得点や月齢と短期記憶容量の得点を統制しても,変わることがなかった。また,計算能力との相関は短期記憶容量よりも指の巧緻性の方が強かった。以上の結果から,就学前の子ども計算能力には,従来の知見から予想される以上に,手指の巧緻性が関係していることが示唆された。
著者
大杉 佳美 内山 伊知郎
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.193-201, 2013

本研究では,物理的概念のひとつである固体性の認識に関する課題において,3歳児から5歳児の探索行動が発達的にどのように変化するかを検討した。探索課題を達成するためには,装置に挿入されたボールの動きを止める板は一枚のつながった板であると判断し(対象物の単一性),ボールは板を突き抜けないという固体性の知識に基づいて探索すること,あるいは.板の形状を表象することが求められる。そこで本研究では,ボールの動きを遮る板に穴をあけ.ボールはその穴を通過して落下するが,あたかもその板がつながっているように見えるという探索課題を実施した。その結果,3歳児は,対象物の単一性と固体性の知識を用いてボールを見つけているが,表象しながら探索することが難しかったのに対し,4歳以降の子どもは,対象物の単一性と固体性の知識を用いることができるだけでなく,装置に挿入された板の形状を表象しながら探索することもできることが明らかとなった。つまり,板の形状を表象しながら探索することができるようになるのは,3歳から4歳にかけてであること,また,表象しながら探索するというスキルは,スクリーンの両端から見えている板に注目してボールを見つけることができるようになれば,獲得されるスキルである可能性が示唆された。
著者
山本 晃輔
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.202-210, 2013

本研究では,アイデンティティ確立の個人差要因が自伝的記憶の想起に及ぼす影響を意図的および無意図的想起の両事態から検討した。研究1では,313名を対象にアイデンティティ尺度(下山,1992)を実施するとともに,日誌法によって無意図的に想起される自伝的記憶の特性を評価させた。その結果アイデンティティ確立高群では,低群よりも重要でかつ感情喚起度が高く.鮮明な自伝的記憶が頻繁に想起されることがわかった。研究2では,114名を対象に研究1と同様のアイデンティティ尺度を用いて,意図的想起事態における実験を行った。その結果,研究1と同様の結果が示された。また,補足的な分析として,研究1と研究2を比較すると,意図的に想起された自伝的記憶は無意図に想起された自伝的記憶よりも鮮明でかつ重要であることが示された。これら一連の結果は,アイデンティティ確立度の個人差が自伝的記憶の想起に影響を及ぼす可能性を示唆している。全体的考察では,Conway & Pleydell-Pearce(2000)による自己-記憶システム(Self-memory system)による解釈が行われ,今後の課題について議論された。
著者
伊藤 大幸 辻井 正次 望月 直人 中島 俊思 瀬野 由衣 藤田 知加子 高柳 伸哉 大西 将史 大嶽 さと子 岡田 涼
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.211-220, 2013

本研究では.保育士が日常の保育業務の中で作成する「保育の記録」を心理学的・精神医学的観点から体系化した「保育記録による発達尺度(NDSC)」(中島ほか,2010)の構成概念妥当性について検証を行った。4年間にわたる単一市内全園調査によって,年少から年長まで,延べ9,074名の園児についてのデータを得た。主成分分析を行ったところ,9つの下位尺度が見出され,いずれも十分な内的整合性を持つことが示された。9尺度のうち,「落ち着き」,「注意力」,「社会性」,「順応性」の4尺度は月齢との関連が弱く,子どもの行動的・情緒的問題のスクリーニングツールであるStrengths and Difficulties Questionnaire(SDQ)との関連が強いことから,生来の発達障害様特性や不適切な養育環境による不適応問題を反映する尺度であることが示唆された。逆に,「好奇心」,「身辺自立」,「微細運動」,「粗大運動」の4尺度は,月齢との関連が強く,SDQとの関連が弱いことから,子どもの適応行動の発達状況を反映する尺度であることが示唆された。このようなバランスのとれた下位尺度構成によって,NDSCは,配慮が必要な子どもの検出と早期対処を実現するとともに,現在の子どもの発達状況に適合した保育計画の策定に貢献するツールとして有効性を発揮することが期待される。
著者
小澤 義雄
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.183-192, 2013

本研究は,健常な高齢者31名に家族についての語りを収集するインタビュー調査を実施し,正の遺産を受け渡す世代間継承と負の継承を分断する世代間緩衝の認識を伴う自己物語を表出した9名を対象に,その語りの類型化と各類型における世代間関係の秩序化の構造の分析を実施した。その結果,類型として「世代間継承成立型」,「世代間継承半成立型」,「世代間緩衝半成立型」の3つが抽出された。世代間継承の自己物語には,正の遺産の継承が成立した次世代やその一側面を称賛し,継承が成立しない次世代やその一側面を退ける対比構造が観察された。そこから,世代間継承の語りが自己経験に秩序をもたらす営みであることを指摘した。世代間緩衝の自己物語には,前世代との間に生じた苦難とその苦難を分断して育んだ次世代とを対比の中に,前世代との関係性に対する新たな発見や,断ち切ったはずの負の遺産の継承を次世代の中に発見することが観察された。そこから,負の遺産の分断を語ることが,自身の不運な幼少期の意味を塗り替える能動的側面と,不意に次世代の中に自身の負の遺産を発見するという受動的側面を併せ持つ営みであることを指摘した。
著者
高坂 康雅
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.33-41, 2013-03-20

本研究の目的は,恋人のいる大学生を対象とした3波のパネル調査によって,アイデンティティと恋愛関係との間の因果関係を推定することであった。恋人のいる大学生126名を対象に,多次元自我同一性尺度(谷,2001)と恋愛関係の影響項目(高坂,2010)への回答を求めた。得られた回答について,交差遅れ効果モデルに基づいた共分散構造分析を行った。その結果,恋愛関係からアイデンティティに対しては, Timel及びTime2の「関係不安」得点がTime2及びTime3のアイデンティティ得点にそれぞれ影響を及ぼしていることが明らかとなった。一方,アイデンティティから恋愛関係に対しては有意な影響は見られなかった。これらの結果から,アイデンティティ確立の程度は恋愛関係のあり方にあまり影響を及ぼさないとする高坂(2010)の結果を支持するとともに,Erikson(1950/1977)の理論や大野(1995)の「アイデンティティのための恋愛」に関する言及を支持するものであり,青年が恋愛関係をもつ人格発達的な意義を示すことができたと考えられる。