著者
栗山 絵理
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.423-437, 2023 (Released:2023-12-06)
参考文献数
16

2022年4月から全国の高等学校で「地理総合」が必修化された.それにともなって変わった学習内容や評価の在り方を踏まえ,初年度の実践に基づいて「地理総合」を通じて育成したいコンピテンシーを考察した.その結果,①地図や地理情報システムを的確に使いこなし,学習を通じて獲得した地図活用技能を,学習者が継続的に運用できること,②設定されたルートを正しく歩き,地理的観察によって得られた場所に関する特徴を的確な地名や数値を踏まえて文章で説明できること,③主題を設定して,課題を追求したり解決したりする活動を協働的な学習を通じて考察できること,の3つのコンピテンシーの育成に本授業実践は貢献できたと考える.
著者
原 裕太
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.70-86, 2021 (Released:2021-03-03)
参考文献数
50
被引用文献数
4 3

中国では,環境汚染,内陸水産養殖業の急速な発展にともなう水田環境の喪失,農村部の貧困問題を改善するため,新たな農業のかたちが模索されている.中でも近代的な稲作と水産養殖の統合は,地域経済を発展させつつ水田環境と生態系を保全するための有効な方法の一つとして注目を集めている.一方,多くの地域では,依然として水田養殖の普及率は低い.その要因として,野生種の生息域内外ではその動物の養殖業の競争力に地域差があること,養殖動物の消費需要の地域的偏りと生育に必要な気候環境が制約条件になっていること,都市部の消費者の間で,水田養殖に関する生態学的なメリットやブランドの認知が広がっておらず,付加価値の創出に課題を抱えていること等が挙げられる.加えて,今後の課題として,養殖に導入された種による陸水域生態系への影響と,食の嗜好変化によって伝統的な方法を維持する中国西南地域へ近代的な水田養殖が無秩序に拡大すること等も懸念される.
著者
横山 智 高橋 眞一 丹羽 孝仁 西本 太
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.291-308, 2023 (Released:2023-08-18)
参考文献数
38
被引用文献数
2

本研究は,ラオス北部の盆地に位置するラオ族が設立した2村において,人口動態と水田所有の変化を3世代にわたって明らかにした.1970年代以降,政府の政策により高地から低地への移住が進められたが,研究対象地域では新しく水田を造成する土地は限られていた.したがって,高地から移住してきた住民であるクム族の多くは,水田を得ることができず,高地に住んでいた時と同様に自給自足的な焼畑農業を継続していた.1970年代以降の水田所有の変化を追跡したところ,水田を入手する一般的な方法は,離村した住民から水田を購入することであり,多くの住民は,その機会を待ちながら,水田の購入資金を準備するために都市へ出稼ぎに行くことが常態化するようになった.このような低地の盆地農村における高地からの移住者は,水田の少ない盆地にとどまるか,都市に移住するかの選択を迫られており,また高地と都市との移住の中継点として盆地農村が機能している.
著者
中村 努
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.369-383, 2022 (Released:2022-11-25)
参考文献数
27

本稿は,地域福祉のニーズの変化とその対応を,ローカル・ガバナンスの構造に焦点を当てて検討した.製紙工場の集積地として栄えた高知県高知市旭地域では,1990年代後半以降,新住民を中心とする再開発地区と老朽木造住宅が混在する地域へと変貌した.他方,入浴難民,単独高齢世帯,生活困難を抱えた孤立世帯や子どもなど,環境変化にともなうさまざまな地域福祉ニーズが生じた.これに対して,①住民組織代表のリーダーシップ,②収益の改善,③他機関との連携,を特徴とする地域住民の主体的な対応を軸にしたローカル・ガバナンスがそのつど形成された.住民組織と行政との関係は活動の展開過程において,対立から相互協力的な関係性へと深化した.このように,行政の役割の再定義も含め,地理学の視点からマルチスケールでローカル・ガバナンスの再構築の過程を検証することが求められる.
著者
志村 喬 小橋 拓司 石毛 一郎 後藤 泰彦 泉 貴久 中村 光貴 松本 穂高 秋本 弘章
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.71-81, 2023 (Released:2023-04-11)
参考文献数
8

高校必履修科目となった地理総合が授業実践される直前の2021年10月から翌年2月にかけて実施した全国的なカリキュラム調査の結果を報告した.主要な知見は次の通りである.①1学年での必履修科目の設置率は,歴史総合の方が地理総合より高い傾向がみられ,兵庫県と私立学校では顕著である.②学校類型別では,専門学科系高校において地理探究(選択科目)は基本的に設置されておらず,地理学習は地理総合で終了するといえる.③4年制大学進学者が過半数を占める学科・コースにおいては,文系では地理探究は設置されない(選択できない)傾向,理系ではそれと逆の傾向がある.④これら実態の背景には,大学受験に対する高校での指導戦略,地理を専門とした教師の不足,過去のカリキュラム枠組(特に単位数)を変更することの困難さがあると推察される.
著者
相馬 拓也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.102-119, 2014-07-04 (Released:2014-07-10)
参考文献数
28
被引用文献数
1 1

モンゴル西部アルタイ地域(バヤン・ウルギー県)では伝統的な季節移動型牧畜活動が,アルタイ系カザフ社会の生産体系の根幹をなす.しかし遠隔地かつ少数民族社会であることから,同地域ではいまだ生活形態などの基礎的知見が確立していない.本研究では,同県サグサイ村ブテウ冬営地(BWP)の牧畜開発・地域支援を視座に,滞在型のフィールドワークを行った.長期滞在による参与観察やウルギー県統計局の内部資料を参照し,①世帯毎の所有家畜総頭数・構成率,②家畜飼養・管理方法,③季節移動の現状,についての基礎的知見を明らかとした.その結果,BWPでは6割以上が貧困層世帯であり,最低限の生活水準にあることが確認された.また計画的増産や日々の放牧への人的介入は行われず,牧畜生産性の停滞など,アルタイ系カザフ牧畜社会が抱える現状と課題が明らかとなった.
著者
沼畑 早苗
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.30-41, 2019 (Released:2019-01-29)
参考文献数
11
被引用文献数
1

高等学校の地理学習におけるフィールドワークが生徒にどのような影響を及ぼしたか,その効果を明らかにするとともに,新学習指導要領の「地理総合」,「地理探究」で求められている課題を追究したり解決したりする活動の実践例として提示することを目的とする.生徒はフィールドに出ることで,実際に現地を見なければわからないことがあると実感し,地域の特徴や実態を正確に踏まえた上で課題をとらえ直し,解決に向けた多面的・多角的な考察を行うようになった.また,一つの大きな課題が解決した地域であっても,全てがうまく行っているわけではなく,地域内において住民間の温度差や時には摩擦があることも見定めている.さらに,地域の人たちとのつながりや生徒間の議論を通して,コミュニケーション能力を向上させ,協働的に学ぶことの価値や社会に貢献する意義を理解し,課題探究・解決への意欲を高める効果があることがわかった.
著者
夏目 宗幸 安岡 達仁
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.189-199, 2020 (Released:2020-07-01)
参考文献数
35
被引用文献数
1 1

千町野開発は,武蔵野台地における初期新田開発の一例であることから,地理学上の新田開発研究のモデルケースとして,これまで種々の学説が提唱されてきた.それらの研究は,対象地の計画地割や土地利用,土地生産力,あるいは土豪名主の役割規定などの視点から千町野開発の実態を把握しようと試みているが,幕府の具体的関与の実態について言及していない.本研究はこの点に着目し,千町野開発におけるその実態を明らかにするために,千町野に移住した武家集団の詳細な来歴を調査した.その結果,千町野に移住した武家集団は,三つの職能集団すなわち,1)代官・代官手代の集団,2)鷹狩・鷹場管理を専門とする集団,3)測量・普請を専門とする集団に分類できることが明らかとなった.これにより千町野開発は,幕府技術官僚としての職能武家集団の関与によって遂行されてきたと結論付けた.
著者
多々良 啓
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.50-63, 2022 (Released:2022-04-02)
参考文献数
20

本稿では,北海道浦河町を事例に,地域おこし協力隊員とその経験者を対象に,隊員間で行われる支援に着目し,その実態を示すとともに,支援が生じる背景を関連するアクターの経歴をもとに考察した.その結果,先に着任した隊員が後輩隊員に対して,「人脈紹介」,「事業・活動の連携」,「相談役としてのサポート」を行っていることが明らかとなった.また,地域おこし協力隊員の中間支援に携わるUターン者や地域住民が,隊員間の支援の起点となり,サポートを受けた者が新たに着任した隊員をサポートする「支援の連鎖」が生じていることを示した.これらは地域おこし協力隊員自身の経験や, Uターン者,地域住民の経験から生じている.本稿では,「支援の連鎖」が生じている一例を示したが,これらを継続・強化するためには,支援に関わるUIターン者や地域住民のコミュニティを広げ,キーパーソンの負担を軽減することが必要だと考えられる.
著者
岩井 優祈 松井 圭介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.68-81, 2022 (Released:2022-04-26)
参考文献数
41

本稿は茨城県鹿嶋市における中心商業地を事例に,店主の経営をめぐる意識を明らかにしたものである.鹿島神宮に隣接する中心商業地では,地元客に加えて観光客の来訪がみられる.そのため本研究では,店主が重視する客層に着目しながら,彼らの経営をめぐる意識を分析した.その結果,店主の大半は依然として地元客を重視しており,その主たる背景には店主の高齢化および人手不足が関係していたことが判明した.一方で観光客対応に積極的な店主は,年齢が比較的若く,大型店の郊外進出に伴う中心商業地の衰退への危機感を抱いていた.観光客の往来が多い通りに店舗が立地することも,観光客対応を促進させる一因であった.一方,創業当時から地元の常連客を重視する店舗では,観光客の来訪は必ずしも望まれていなかった.商店会長らの経営をめぐる意識も踏まえると,鹿嶋市中心商業地では観光客よりも地元客に向けた経営が今後より一層優勢になると予想される.
著者
小泉 諒 杉山 和明 荒又 美陽 山口 晋
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.232-261, 2021 (Released:2021-08-03)
参考文献数
58
被引用文献数
3

本稿は,2018年の平昌冬季五輪で浮き彫りとなった五輪招致と南北関係,セキュリティ,環境問題,そして跡地や競技施設の利用にかかわる論点を,ボイコフの「祝賀資本主義」の議論を踏まえ検討した.平昌の五輪招致活動は3度にわたったが,会場計画を含めて,その時々の国内および国際的な政治状況に大きく左右されてきた.国家的なセキュリタイゼーションは平昌でも見られ,東京五輪の関係者による視察が行われたことから,レガシーとして引き継がれる点も多いと考えられる.また平昌冬季五輪開催において国際的な批判の対象となった環境問題は自然林の伐採であり,46年前の札幌冬季五輪と比較しても環境負荷には改善が見られない.長野では大会後の利用困難が見通されていたにもかかわらず競技施設の建設が進められ,平昌もまた同様の事態となった.