著者
堀 成美 大西 潤子
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.956-959, 2020-12-01

新型コロナウイルスに限らず,市中で感染症が流行すると,医療機関に必ず持ち込まれることになり,それをゼロにすることはできない.それでも,持ち込まれても拡大させないようにする有効な方法はある.それは,持ち込まれたことに気づいてから何とかする特別な方法ではなく,知らず知らずに持ち込まれたとしても広げない環境や予防の手技が実践されているかどうかにかかっている.本連載第3・4回は,感染管理の専門スタッフがおらず,手指衛生やマスク着用といった感染対策への協力が難しい患者が多い精神科病棟で広がった新型コロナウイルス感染症の対策のリーダーとなった武蔵野中央病院・大西看護部長にお話を伺う.
著者
今井 由美子
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.983-992, 2011-10-15

はじめに 2009年新型インフルエンザが発生し,今世紀初のパンデミックを引き起こした.このインフルエンザウイルス(H1N1)は弱毒型であったが,小児,あるいは肥満,糖尿病,喘息などの基礎疾患のある人を中心に重症化し,急性呼吸窮迫症候群(ARDS),心筋炎,脳炎などを引き起こした.重症例のなかには少数ではあるが,体外式膜型人工肺(ECMO)を必要とするような劇症型のものも含まれていた. 一方,世界中へ拡がりをみせている強毒型のH5N1鳥インフルエンザが,次の新型インフルエンザのパンデミックを引き起こすリスクは依然として続いている.インフルエンザウイルスがヒトにおいて強い病原性を発揮した場合は,ARDS,全身性炎症反応症候群(SIRS),多臓器不全(MOF)を引き起こし,集中治療室(ICU)において人工呼吸をはじめとした救命治療が必要となる.ARDSの病態は,制御範囲を逸脱した肺局所の過剰炎症で特徴づけられ,びまん性肺胞損傷(diffuse alveolar damage;DAD),サイトカインの過剰産生(サイトカインストーム),肺血管透過性の亢進による肺浮腫により,急激な酸素化の低下ならびに二酸化炭素の蓄積が引き起こされる1).北米・ヨーロッパコンセンサス会議(North American-European Consensus Conference on ARDS;NAECC)は,酸素化を指標に,P/F比=〔動脈血酸素分圧(mmHg)〕÷〔吸入気の酸素分率(%)〕が200以下をARDSの定義の一つに定めている2).胸部X線写真上びまん性の陰影を特徴とし,瞬く間に肺が真っ白になり,重篤な呼吸不全に陥る.インフルエンザに対してワクチンやオセルタミビル(タミフル®)などの抗ウイルス薬の早期投与が重要であるのは言うまでもない.しかし,重症化してARDS,SIRS,MOFを発症した場合は,ワクチンや抗ウイルス薬はもはや無効となり,残念ながら今のところ決め手となるような有力な治療法がない.ウイルスが侵入した宿主細胞では,ウイルスと宿主の相互作用から様々なシグナル伝達系が動き出し,これらがインテグレートされた形での生命現象を感染現象と呼ぶ.ウイルスの感染力が宿主の防御力より強くなった時,シグナルバランスが破綻し,病原性が発現し感染症が発症する.インフルエンザ重症例に対する有効な治療法を確立するには,ウイルスゲノムの複製や転写などの増殖機構,宿主域やトロピズムといったウイルス側の因子とともに,ウイルスに対する宿主応答機構の分子レベルの理解が重要であると考える. 本稿では,まずインフルエンザウイルスの構造やライフサイクルについて概説し,次いでRNAiスクリーニング,ヒトゲノム解析,マウスモデルを用いた研究などを中心に,ウイルス・宿主の相互作用,ARDSの分子病態に焦点を当てる.さらに,抗ウイルス薬,新しい治療薬の可能性について述べ,最後にARDS,SIRS,MOFからの救命に必須の人工呼吸に関して,肺保護戦略の重要性に言及したい.
著者
市原 真
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.55, 2021-01-01

緻密に計算されたコンテキストブックの真髄 手に取ったとき,とてもシンプルに見えた.タイトルも,表紙のデザインも,宣伝目的の帯でさえも.しかしパラパラパラと3めくりしたあたりで,おやっと思った.著者名や発行年月日などが載った「奥付」が冒頭に配置されていたからだ. 若すぎる顔写真に謎が深まる.来歴にもナニヤラ遊び心がにじむ.表紙から想像していた堅物な印象からの違和感に思考が衝突して,立ちすくむような気分になる.発行日欄の一行目は「第1版第1刷 2002年3月」,最終行が「第4版第1刷 2020年8月」.着実に版を重ねてきた名著である.それなのにこのノリはなんだ?
著者
大西 美智恵 山内 明子 「えひめ訪問看護研究会」
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.38-43, 2004-01-01

はじめに 午後9時過ぎ,訪問看護ステーションから,「お疲れさま! じゃ,また次回」という挨拶を交わしながら,数人の訪問看護師たちが帰って行く……。平成13年度から,訪問看護実践に役立つ感染防止マニュアルづくりのために結成された「えひめ訪問看護研究会・感染防止マニュアル作成プロジェクトチーム」の仲間たちである。5か所の訪問看護ステーションの訪問看護師と,元民間病院の在宅ケア顧問の看護師,大学の教員等,総勢9名のメンバーである。「現場で使える有益なマニュアルをつくろう」を合い言葉に,愛媛県内すべての訪問看護ステーションの協力を得て作業を進めてきた。今年中に愛媛の訪問看護師たちにマニュアルを届けるため,最終の作業に追われている。 まず最初に,「えひめ訪問看護研究会」(以下,「研究会」と略記)の現在の活動の一端を紹介した。本会はなにものにも束縛されない訪問看護師たちの自主的な会として平成8年に発足した。引き続きその轍を紹介したい。
著者
寺本 辰之 早田 亮 大森 眞由美 秦 恭裕 坂尾 良美 加藤 泉 松下 久美子
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.48-52, 2003-01-01

2001年2月9日(現地時間),太平洋ハワイ沖にて,愛媛県立宇和島水産高校実習船「えひめ丸」が,アメリカ合衆国海軍の原子力潜水艦「グリーンビル」に衝突され,沈没する事故が発生した.直ちに知事を本部長とする愛媛県対策本部が設置され,県精神保健福祉センターを中心としたケアが検討された.しかし,地元の被害者が多数いることから,保健所としても早急な対処が必要と判断し,支援活動を開始した. 「えひめ丸」には,生徒(事故当時2年生)13人,指導教官2人,乗組員20人の総勢35人が乗船していた.事故直後,26人が救助艇に避難したが,生徒4人,指導教官2人,乗組員3人が行方不明となった.10月の船体引き揚げ時に,行方不明者9人のうち8人の遺体は収容され,身元確認がされたが,残る生徒1人の遺体は発見されなかった.
著者
立石 潤
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.897-905, 1983-09-10

I.はじめに スローウイルス感染症または遅発性ウイルス感染症28)は,周知のようにアイスランドの獣医学者Sigurdsson44)により1954年に提唱された概念であるが,それ以前に北欧ではヒツジの慢性病が知られており,その1つのスクレピーscrapieについては実験的伝播も行われていた9).Sigurdssonの提唱した概念は,①数ヵ月から数年にわたる長期の無症状潜伏期間ののち,②徐々に発病し,③遷延性,進行性で,④予後が悪く,⑤感染が1種類の動物の,単一の臓器または組織に限定して起こることである.このうち⑤は彼自身予想していたように,その後の動物実験の結果からは削除するほうがよいと思われるが,自然感染においてはほぼ妥当する.このうち既知のウイルスによる神経系の遅発性感染として麻疹ウイルスによる亜急性硬化性全脳炎SSPE,パポーバウイルスによる進行性多発性白質脳症PML,アデノウイルス32型や風疹ウイルスによる亜急性脳炎が知られている.これらは個々のウイルスと宿主側の要因,特に免疫機構との組み合わせにより持続性感染persistent infectionの形をとることが多い. さらに全く原因不明の発病因子が徐々に増殖して発病する亜急性海綿状脳症の1群がある.その代表はクロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob病,CJDと略)であるが,動物への実験的感染とともに,人では臓器移植,手術,外傷などとの関連性が問題となっているので,以下この群を中心に述べる.
著者
吉田 眞理
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.419-427, 2004-06-10

Argyrophilic grain(AG)は,大脳辺縁系領域の灰白質のneuropilに出現する嗜銀性顆粒状の構造物で,Gallyas-Braak染色やタウ免疫染色に陽性を示す。痴呆を伴いAGが出現する病態は,argyrophilic grain dementia(AGD)あるいはargyrophilic grain diseaseと呼ばれ,タウ蛋白が神経細胞体とその樹状突起およびグリアに蓄積する4リピートタウオパチーである。AGは海馬CA1から嗅内野,経嗅内野に好発して,白質にはcoiled bodyが出現し,皮質にはリン酸化タウ陽性のpretangleがAGの出現領域を越えて広がり,ballooned neuronが観察される。AGDは加齢とともに頻度が増加し,高齢者の非アルツハイマー型痴呆の重要な疾患として認識されつつあり,その臨床病理学的スペクトラムの解析は今後の課題である。
著者
近藤 章久
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.382-388, 1970-05-15

すでに,森田は,対人恐怖の患者を精密に観察して次のように述べている。「対人恐怖は,恥かしがることをもって,自ら不甲斐ないことと考え,恥かしがらないようにと苦心する『負け惜しみ』の意地っ張り根性である」1)。すなわち彼によれば,対人恐怖は第一に,恥かしがる性格傾向を持ち,第二に,その恥かしがる傾向を抑圧,否定しようとする「負け惜しみ」の意地っ張りの傾向をもつものである。
著者
真鍋 重夫
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1581, 1990-10-30

克山病(Keshan disease)は,心筋障害を主徴とする中国の風土病の一つで,1935年,中国黒竜江省克山県で初めて発見され,地名にちなんで名づけられた疾患である.その後,中国の東北部から西南部にかけての細いベルト地帯での発生が確認された1).特に,山岳部や農村で発生し,小児や妊産婦での発生率が高い.また,克山病患者の大部分は,食物を自家産生する農家に発生し,その家庭の多くは経済的に貧困な農家である. 以前は,慢性一酸化炭素中毒とかウイルス性心筋炎などが疑われたが,その後の研究により生体試料中のセレン(Se)含量の低下が認められ,また発生地区の農作物や土壌中のSe含量が著しく低いことが明らかにされた2,3).このような事実から,克山病がSe欠乏を中心とする栄養障害によるものと考えられるようになった.この考えかたに基づいて克山病流行地域での大規模な亜セレン酸の予防的投与が行れ,著しい克山病の発生減少が認められた.しかし,この亜セレン酸の予防的投与(週1回,0.5~1mg経口投与)以外に,主食(キビやトウモロコシ)に大豆を加えたり,豆腐を配給したりしても,克山病の発生は減少しており,Se欠乏以外に全体的な栄養障害が克山病の原因とも考えられている4).
著者
山内 正雄
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.717-719, 2018-08-15

はじめに 世界理学療法士連盟(World Confederation of Physical Therapy:WCPT)の下部組織である世界徒手理学療法士連盟(International Federation of Orthopaedic Manipulative Physical Therapists:IFOMPT)1)は,徒手理学療法士(Orthopaedic manipulative physical therapist:OMPT)を神経筋骨格系疾患の患者を治療するための理学療法の専門領域として,クリニカルリーズニングに基づき,徒手的技術や治療手技を用いた高度で特殊な治療であると定義している.そして,理学療法士として登録後もしくは大学の理学療法専攻過程を卒業後に,スポーツ分野も含む整形外科領域において,IFOMPTが規定しているOMPTの厳しく専門的な教育プログラムを終了した理学療法士だけをOMPTとして認めている. この専門的な教育プログラムの内容は,IFOMPTの教育基準文書に掲載されていて,定期的にアップデートが行われている.この教育プログラムは,WCPTにも認められているため,このプログラムを終了することは,世界的にも認められた神経・筋・骨格系の疾患に対する理学療法のスペシャリストであると言える.なお,現在IFOMPTが正式な会員国(MO)と認めている国は世界でまだ22か国であり,準会員国(RIGs)は15か国である. 本稿では,現在の日本におけるOMPTの養成課程と,徒手理学療法の今後の課題について考えていく.
著者
尾野 恭一
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.122-125, 2021-02-01

■はじめに 筆者は現在,医学部長を務めているが,立場上地域の医療機関や行政の方々から日々支援を求められている.地方大学は,地域全体に医師を提供する役割をも担っており,その都度,医局に事情を聞きながら対応せざるを得ないのが現状である.また,秋田県の地域医療対策会議などを通じた地域医療構想の策定に関する種々の会議においても,地方においては「大学の役割=人材派遣」といった考え方が定着している.大学が,地方への医師派遣をその役割の一環として担っている以上,医局は必要不可欠である.本稿では,医局の役割,とりわけ地方において医局制度での医師派遣,医師偏在で果たす医局の役割について私見を述べる.
著者
寺本 民生
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.118-121, 2021-02-01

■はじめに わが国の医師には,医師免許取得後,2年間の臨床研修が義務化されている.しかし,その後は,各学会に所属して学会専門医を取得することは自助努力に任されていた.1962年に日本麻酔科学会により麻酔科の指導医制度が確立され,その後各学会がそれぞれの専門医を認定してきた.その結果,現在では100以上の学会認定専門医が存在し,その名称や診療内容が国民にとって分かりにくい(受診する判断材料となりにくい)制度となり,問題視されていた.この問題を解決すべく,1981年以降,学会としても第三者による専門医認定制度を創設する方向で協議会を立ち上げ,度重なる議論を重ねてきたが,学会から独立した組織にするということには,それぞれ意見の違いがあり,なかなか克服できない状態が続いた.厚生労働省もこの問題に取り組むべく「専門医の在り方に関する検討会」を2011年に立ち上げ,2013年に報告書をまとめた.一般社団法人日本専門医機構(以下,専門医機構)はその報告書に則り,2014年5月に発足した.その基本像は「①学会ではなく第三者機関として,制度の統一化・標準化を図る.②基本19領域を取得してからサブスペシャルティ領域を取得.③総合診療専門医を作り,基本領域に位置づける.④プロフェッショナルオートノミーを基本とする」とされた.
著者
古谷 伸之
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.114-117, 2021-02-01

■2004年の新医師臨床研修制度前後の動向 2004年に新医師臨床研修制度が開始されるまでは,臨床研修の多くは出身大学で行われており,その後も大学医局に所属する形でキャリア形成がなされていた.地域病院の多くは大学からの派遣医師により人材の充足がなされ,地域の中核大学医学部が地方の人材供給源となっていた.確かに,安定した人材資源の配分に寄与する構造ではあった一方で,大学を中心としたいびつな社会構造であったとも考えられた.新医師臨床研修制度では,2年間の臨床研修が義務づけられ,研修先も大学病院から一般病院へと徐々に移行し,現在では大学病院研修よりも一般病院研修の方が多数を占めることとなった(図1). 一方,大都市圏以外の大学では,都市部の大学や病院への人材移動が活発化したこともあり,人材資源が減少傾向となり,かつて大学が担っていた人材資源の再配分が難しくなった.そのために人材不足となる地域が顕著となっている.厚生労働省では,研修医の募集倍率を低くとどめたり,都市部の大学や病院の研修定員を減少させることで,大都市以外への地域への研修医の再配分を実現しようとしており,研修内容の改善と相まって,わずかに大都市圏以外の病院での研修医数は増加傾向にあったが,ここ数年は変化に乏しい(図2).
著者
松田 晋哉
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.162-166, 2021-02-01

■はじめに 筆者のように大学から給料をもらいながら安定した生活を送っている者が,日々の経営に心臓が締め付けられるような苦労をされている医療機関の経営者の方々に代わって経営を語る資格などないだろうことは十分自覚している.しかしながら,筆者のような制度(マクロ)研究を行っている者にとって,現場(ミクロ)を見学させていただき,マクロの政策がミクロの現場でどのような影響をもたらしているのか,そして現場で「すでに起こっている未来」を知ることは,制度研究の方向性を間違えないためにも重要であると考えている.また,訪問調査で得られた知見を整理して提示することは,現場の経営者の方々に何らかの役に立ちうるのではないかと思う.そこで,本稿ではこれまでの連載を通していろいろな組織を見学させていただいた経験をもとに,これからの病院の経営について私論を述べてみたい.
著者
黒田 岳志 河村 満
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1079-1088, 2014-09-01

マルキアファーヴァ・ビニャミ病はアルコール多飲者に生ずる脳梁の脱髄壊死を特徴とする稀な疾患である。確定診断には剖検が必須であったが,画像診断技術の進歩は生前診断を可能にした。脳梁病変の分布はさまざまで,時に脳梁外病変を伴い,アルコール非乱用者にも生じうることがわかった。今後,画像所見とともに臨床症状や病理所見を併せて検討していくことは,病態の解明および治療法の確立に寄与すると思われる。