著者
高根 務 Tsutomu Takane
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国立民族学博物館研究報告 (ISSN:0385180X)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.1-20, 2006

本稿では,独立期ガーナのココア部門とンクルマ政権の盛衰との関係を検討し,当時の政治経済状況の問題点を指摘する。注目するのは,政治・経済の両面で脱植民地化を目指した独立期のンクルマ政権が,実際にはその基盤を植民地期の遺産そのものに置いていた事実である。反植民地主義を掲げるンクルマが国家建設を進めるために採用した具体的な方策は,植民地期の遺産であるココアマーケティングボードを中心とした体制を利用し強化することによって,開発のための資金を調達し,また自らの政治基盤を農村部に浸透させることであった。本稿では経済・制度・政治のすべてが複雑に絡まって表出するココア部門とンクルマ政権の関係を明らかにすることにより,現代ガーナの諸問題の根源にある独立期ガーナの政治経済過程を再検討する。
著者
市川 彰
出版者
国立民族学博物館
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究の目的は、1)先古典期から古典期(紀元後100年から900年)にかけてのメソアメリカ太平洋沿岸部の製塩活動と社会の実態を解明すること、2)イロパンゴ火山噴火が沿岸部社会に与えた影響を解明すること、そして3)紀元後5世紀イロパンゴ火山の巨大噴火前後のメソアメリカ太平洋沿岸部の生業と社会の特質について考古学的に明らかにすることにある。本研究の遂行により、「沿岸部社会・塩・火山噴火」というメソアメリカ考古学研究において重要視されながらも研究の実現が困難であった、もしくは調査研究が不十分であった課題を克服することが可能となり、生業研究や災害考古学への貢献が期待できる。研究成果は以下のとおりである。ヌエバ・エスペランサ遺跡の考古学調査では、発掘調査に加えて大量に出土する粗製土器片に付着する白色物質の化学分析、土壌成分の分析をおこなった。その結果、エルサルバドル太平洋沿岸部では少なくとも紀元後100年頃にはすでに集約的な土器製塩活動が存在し、それらは植物質食料(C4植物)を中心として定住生活を営む社会集団による季節労働であると推察され、製塩活動以外にも黒曜石などを遠隔地から入手し、墓には往時の社会的地位などを反映させていたことが明らかとなった。またイロパンゴ火山灰との層位的関係・出土遺物の分析の結果、噴火年代は紀元後400から450年頃、噴火時に儀礼をおこなう時間が存在したこと、つまり避難する猶予が存在したことが明らかとなった。また、イロパンゴ火山灰との層位的関係の明瞭な遺跡から出土した土器の型式学的分析や放射性炭素年代測定によって、火口からの距離によって噴火のインパクトが異なることを明らかにし、先スペイン期の人々の多様な火山噴火への対応の一部を考古学的に明らかにした。
著者
Orbelyan Gevorg ゲヴォルグ オルベイアン
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国立民族学博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Ethnology (ISSN:0385180X)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.195-208, 2017

This paper presents discussion of a special temporary exhibition inMinpaku, Japan held during September 29–October 11, 2016. The exhibition,"The Story of Khachkar: Armenian Cross Stones," introduces and explainscultural and spiritual aspects of Armenia and Christianity to Japanese people.The process of planning and creating the museum exhibition are described.This exhibition offers visitors an opportunity to gain objective knowledgeabout the Caucasus region, specifically Armenia. Its several museumobjects and stories are displayed in a specific spatial arrangement to facilitatelearning. The description of the exhibition compares new and conventionalapproaches and analyzes principles underlying specific characteristicsof Christian culture through the exhibition.After consideration of the role of special exhibitions in museums, a discussionis presented of how museum exhibitions communicate with visitorsto deliver information simply, transmitting general knowledge to museumvisitors without using advanced technology of media communications.本稿は、2016年9月29日から10月11日まで国立民族学博物館(みんぱく)において開催されたイベント企画「ハチュカル―アルメニアの十字架石碑をめぐる物語」についての議論である。本展示は、アルメニアとキリスト教の文化的・精神的側面を日本の人々に紹介し、説明を与えるものであった。ここでは展示を企画し、作り上げた過程についても記述する。 本展示は、コーカサス地方、特にアルメニアについて客観的な知識を来館者が得る機会を提供した。複数の博物館資料や物語が、学ぶことを助けるように考えて空間的に配置された。展示に関する議論では、新しい方法と従来の方法が比較され、展示を通してキリスト教文化の諸特徴を強調する考え方が分析される。 博物館における特別展示の役割についての考察の後で、最先端のテクノロジーを使うことなく来館者に一般知識を伝え、単純な方法で情報を提供するには博物館展示が来館者とコミュニケーションをいかにとるべきかという議論を行う。
著者
後藤 明 Akira Goto
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国立民族学博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Ethnology (ISSN:0385180X)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.315-359, 2002-11-20

人工物(artifact)の製作技術の研究は,材料や製作用具の特定や,工程の同定に止まるものではない。製作者は材料や製作用具に関する詳細な知識をもち,また製作物の形態や構造に関するデザインを行う必要がある。しかし技術的な知識とは,具体的な行為の中で,材料と製作用具を工程に沿って操作するための実践的知識なのである。また結果として生み出される人工物は,「青写真的」デザインが単に物質に鋳型のように上乗せされてできるものではない。 製作者は組織化された身振りによって素材の性質と絶えず対話を行い,偶発的な問題に対応しながら,ある一定の範囲で目指す構造や形態にたどり着くのである。製作工程では種々の決裁(decision-making)ないし意志決定が行われるが,それにはほとんど無意識の体の反応から,意識的あるいは組織的な行動に至るまで多層的に階層化した構造が見られる。またその意志決定の階梯は人工物を作る素材や目指す製品の形態や構造によって異なってくることが予想される。 本稿で取り上げるソロモン諸島の貝ビーズ製作は,貝を削って行うビーズの製作という減算的過程と,ビーズを組み上げるという加算的あるいは構成的な過程の結合で成り立つ。人々は習得した身体技法を通して作業を行ってゆくが,今日,製作の各工程において,材料の貝殻や中間段階の貝ビーズの調達に複雑な流通経路が形成されている。人々はこのような経路を使って,さまざまな計画的ないし偶発的な需要に対して臨機応変な対応をしている。 このように,無意識的なあるいは条件付けられた身振りから,材料調達に関する組織的な発案に至るまで,総体的に見ることで初めて技術の動態が理解できる。技術とは社会的に蓄積された知識であり,製作者の技能の習得から,材料調達の仕組みに至るまで,一定の行動パターンを生み出す一種の制度と考えることが有効であろう。 操作連鎖論的モデルは人工物の製作工程研究にきわめて有効な方法であるが,狭義の「工程の記述」に矮小化せずに,上記のような制度的な側面を含めるべく拡張し,再構築すべきであろう。
著者
Wakana Okuda 奥田 若菜
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国立民族学博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Ethnology (ISSN:0385180X)
巻号頁・発行日
vol.43, no.3, pp.317-332, 2019-01-25

Language policy is a governmental intervention that assigns languages arelative status. One language can thus be given priority over others by anauthoritarian state, and this distinction reflects the political and social situationof the society. In this article, the author discusses the process ofestablishing the legitimacy of Portuguese as an official language in Timor-Leste and illustrates two pillars of the discourse upon which this legitimacyhas been built. The first pillar is the invocation of history and leaders’speeches about Portuguese during the struggle for Timor-Leste’s independence,and the second is the argued necessity for Timor-Leste to join theinternational community for greater development. Resting on these two pillars,Portuguese has begun to function as the national language in Timor-Leste.
著者
河合 洋尚 Hironao Kawai
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国立民族学博物館研究報告 (ISSN:0385180X)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.199-244, 2013

中国広東省・福建省・江西省の境界部に位置する山岳地帯は,世界中に散住する客家の故郷であり,そこの漢族住民のほとんどが客家で占められていると,一般的に考えられている。ところが,この「客家の故郷」における1980 年代以前のデーターを整理しなおしてみると,この地の漢族住民は必ずしも客家として記述されておらず,また,客家としての自己意識をもたない住民も少なくはなかった。この事実を踏まえ,本稿では,特に1980 年代以降の一連の空間政策により「客家の故郷」をめぐるイメージが形成され,ここの漢族住民が客家とみなされていったプロセスを明らかにする。The border district of Guangdong, Fujian, and Jiangxi province is generallyconsidered to be the "homeland of the Hakka" and the Han inhabitantsof this district are normally considered to be the Hakka. In fact, however,the inhabitants are not always described as Hakka in the documents of 1980sand after and they have recieved their particular identity as the Hakka onlyrecently. This paper aims to make clear the process by which the space policysince the 1980s has fabricated the image of the "homeland of the Hakka" andthe Hakka ethnicity.