著者
本郷 次雄
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.31-41, 1977

1976年11月10日より11月29日の間, 小笠原諸島の菌類調査を行なったが, そのさいの採集品のうち, 分類学的もしくは生物地理学的に興味深いもの10種をここに報告する。 1) Anthracophyllum nigrita (LEV.) KALCHBR.ネッタイカタハ(新称)だいだい色∿かば色, 皮質のヒラタケ型の菌で, ひだの組織はKOH液で青緑色に変わる。熱帯∿亜熱帯性. 2) Mycena chlorophos (BERK. & CURT.) SACC.ヤコウタケ熱帯∿亜熱帯性の発光菌である. 3) Xeromphalina tenuipes (SCHW.) A.H.SM.ビロウドエノキタケ(新称)ややエノキタケに似るが, 茎だけでなくかさの表面も微毛におおわれる。熱帯∿亜熱帯に広く分布。筆者は屋久島でも採集したことがある. 4) Lepiota subtropica HONGOムニンヒナキツネガサ(新種)ナカグロヒメカラカサタケL.praetervisa HONGOなどに近縁の小形種。 5) Ripartitella brasiliensis (SPEG.) SING.ニセキツネノカラカサ(新称)外観はカラカサタケ属Lepiotaに似ているが, 胞子が細かいとげ状突起におおわれる点, ならびにシスチジアがザラミノシメジ型である点はきわめて特徴的である。従来は北米∿南米からのみ知られていた種類で, 分布的にも興味深い。熱帯∿亜熱帯性。 6) Panaeolus tropicalis OLA'Hアイゾメヒカゲタケ(新称)子実体が帯緑青色に変色すること, および厚膜のシスチジアが存在することがいちじるしい特徴である。近縁のP. cyanescens (BERK. & BR.)SACC.に比し胞子が小形である。広く熱帯に分布. 7) Psathyrella stellatifurfuracea(S. ITO & IMAI) S. ITOキラライタチタケ故伊藤・今井両博士によって小笠原(父島)から記載された菌であるが, 原記載が簡単なためここに英文記載を補足した. 8) Rhodophyllus glutiniceps HONGOアイイッポンシメジ(新種)ウスムラサキイッポンシメジR. madidus (FR.) QUEL.に似るがずっと小形で, かさは粘液におおわれ, 茎は白い。 9) Suillus granulatus (FR.) O. KUNTZEチチアワタケリュウキュウマツとともに持ち込まれたもので, 本来の小笠原の種類ではない。 10) Lactarius akahatsu TANAKAアカハツ前種と同様にリュウキュウマツとともに移入されたものである。L. semisanguifluus HEIM & LECLAIRにきわめて近縁で, もし両者が同一種であることが判明すれば, 学名としては田中氏のものを用いるべきである。
著者
上宮 健吉
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.341-348, 2006

皇居,赤坂御用地,常盤松御用邸で篠永哲(2003-2004年)と上宮(2005年)により採集されたキモグリバエ科昆虫を分類学的に調査した.東京都下で記録されたキモグリバエ科昆虫はKanmiya(2005a)の報告により,それまで知られていた19種に8種が追加されて27種に達していた.しかし,この間に東京浅川からOscinella pusilla Mg.が記録された(Kanmiya, 2004)ので,合計28種が東京から記録されていたことになる.今回は上記3地域から20種のキモグリバエ科昆虫を採集した.その中には,東京からはじめて記録された種が7種,はじめて記録された属が2属含まれる.その結果,東京都下のキモグリバエ科は18属35種になった.これは関東圏で比較的よく調査されている埼玉県のキモグリバエ科(玉木,2000)の32種を超える種数である.今回,新しく東京都下から記録された属はConioscinella DudaとLipara Meigenで,新しく記録された種はLipara japonica Kanmiya, L. orientalis Nartshuk, Siphunculina nitidissima Kanmiya, Comoscinella divitis Nartshuk, C. frontella (Fallen), C. gallarum Duda, Thaumatomyia rufa (Macquart)である.この調査を含めて皇居,赤坂御用地,常盤松御用邸で記録されたキモグリバエ科は25種に達し,そのうちの20種がOscinellinae亜科,5種がChloropinae亜科に属する.Kanmiya (2005a)が述べたように,赤坂御用地ではOscinellinae亜科の方がChloropinae亜科よりも種数が多いのは,広葉樹林の林床が関係すると考えられる.Oscinellinae/Chloropinaeの種数の比を再び取り上げると,日本全種(Kanmiya, 1983)では1.31 (85/65種)であるが,東京都全体では2.5 (25/10種)となる.ところが,赤坂御用地(Kanmiya, 2005a)の場合は4.3 (13/3種),これに常盤松御用邸と皇居を含めた場合は4.0 (20/5種)となる.この数値は,種数が最も多い赤坂御用地(19種)を中心に考えると,ここの生物学的環境(植物,土壌など)が幼虫の食性を反映してOscinellinae亜科(多くは食腐性)の種構成を高くしたと説明できるのではないだろうか.今回の調査で,ヨシノメバエ属の2種が皇居吹上御苑の観瀑亭前流れの小規模の葦原に棲息していることが,ヨシの先端に形成された2種のゴールと,その中の幼虫で確認された.しかし,昭和天皇はすでにヨシの先端にゴールをつくるハエに気付かれており,長谷川仁氏(元北海道農業試験場長)に昆虫の種名をお尋ねになったと,氏から直接伺ったことがある.遡れば,入り江に面した江戸期の河口の葦原と皇居の内濠との隔離が成立して以降,この2種はずっと皇居に存続してきたと見なされる.なぜなら,ヨシノメバエ属はよく飛べないからである.観瀑亭前流れのヨシは,2005年10月4日に調査に赴いた時には全部刈り取られていた.刈られたヨシが他所に廃棄されたと仮定して,翌年生えたヨシに再びゴールが形成されたなら,最も近い距離の葦原(下道潅濠?)から成虫が飛来したと考えてよい.ヨシノメバエ属は,成虫が太いヨシを揺り動かして振動による交信を雌雄で行うことで知られている(上宮,1981).よく発達した飛翔筋が納まる異常に肥大した中胸部と短縮した翅は,このハエに長距離の飛翔能力を消失させた.なぜなら,飛翔は宿主である群生する葦原の範囲で行われればよく,ヨシを揺するだけの機能に特殊化したと解釈されるからである(上宮,2001).最後に,この特別なプロジェクトによって1997-2005年の間に得られたキモグリバエ科25種のうち,皇居から9種,赤坂御用地から19種,常磐松御用邸から7種を数えたものの,短時間の調査と,徹底したネットスイーピングが不足し,とくに皇居における筆者の2回目の調査日は降雨によってまったくできなかったので,ほかの昆虫相の記録と比較して不十分であると認めざるをえない.
著者
野村 周平 上條 哲也 市野 澤慎
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.187-240, 2006
被引用文献数
4

The air-floating beetle community was surveyed by flight intercept traps (FIT) for each of four stations in the garden of the Imperial Palace, the center of Tokyo, Japan. Three hundred and ninety-three species, 13,838 specimens in 61 families were collected in total, 45 species of which are going to be recorded from the Imperial Palace for the first time. The species diversities and their dynamics of the community of the superfamily Staphylinoidea and that of the other beetles were analysed by Estimates (Corwell, 2005), some diversity indices (Shanon-Wiener function H', J' and H'N), and similarity indices (Jaccard's CC, NSC, Pianka's α). As the result, the following three were pointed. 1) For one station the potential number of species (ICE) were estimated about 76 for Staphylinoidea and about 248 for the other beetles on average, however their percentages of clarification (Sobs/ICE) are low, about 70%. 2) The species diversity was generally high from March to July with large deviation, successively decreased in September, and very low in October to November. 3) Among the stations 1 to 4, the air-floating beetle fauna of St.4 was distinctly different from the other stations, probably because waterside beetle habitat was included only in St.4.
著者
加瀬 友喜 浜田 隆士 児子 修司
出版者
国立科学博物館
雑誌
Bulletin of the National Science Museum. Series C, Geology & paleontology (ISSN:0385244X)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.29-34, 1987-03
被引用文献数
1

Discovery of hyoliths from the Gedinnian bed of the Lower (to Middle?) Devonian Fukuji Formation in central Japan constitutes the first occurrence of this group from Japan. The operculum shows features much in common with Joachimilites MAREK, 1967 that was previously known only from the Ordovician bed in Bohemia. It now appears that the genus ranges from the Ordovician (Caradocian) to Early Devonian. The Fukuji species, Joachimilites fukujiensis, is described as new.
著者
田中 法生 福田 陽子
出版者
国立科学博物館
雑誌
筑波実験植物園研究報告 (ISSN:02893568)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.53-58, 1999-12

筑波実験植物園において,サクラソウの遺伝的多様性を維持できる自生地外保全のための基礎データを得るために,園内3カ所のサクラソウ個体群の自然交配による結果率,種子生産量を調査した。これらを自生地2カ所のデータと比較したところ,送粉者が制限され種子生産量が低いと報告されている田島ヶ原の個体群よりも多く,送粉者が多く種子生産量が高いと報告されている北海道の個体群と同程度であることが示された。園内での種子生産は,送粉者の豊富な自生地と同様の良好な状態と評価できる。また,園内において何らかのマルハナバチ類が頻繁にサクラソウを訪花したことが推測された。今回,サクラソウを訪花するマルハナバチ類は確認できなかったが,園内の他の植物に訪花する2種類のマルハナバチ,コマルハナバチとトラマルハナバチが観察された。
著者
福田 陽子 田中 法生
出版者
国立科学博物館
雑誌
筑波実験植物園研究報告 (ISSN:02893568)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.13-18, 2000-12

筑波実験植物園において,サクラソウの遺伝的多様性を維持できる自生地外保全のための基礎データを得るために,サクラソウの主要ポリネーターであるトラマルハナバチによる,春から秋にかけて園内で開花する植物への訪花状況を調査した。その結果,4月下旬から10月上旬までトラマルハナバチが利用する14種類の植物が連続的に開花し,花蜜及び花粉収集行動が観察されたことから,トラマルハナバチが恒常的に活動を行い,コロニーの生活史を全うするのに良好な環境であると評価できた。7月中旬から8月中旬の気温の高い期間に,マルハナバチの減少がみられたが,これは園内の花資源の不足ではなく,夏の高温が原因と考えられた。また今回,サクラソウでビロードツリアブによる花蜜収集が観察されたが,トラマルハナバチの訪花は観察されなかった。しかし花弁に見られた多数の爪痕はマルハナバチ類の訪花の可能性を示した。
著者
宮脇 律朗 松原 聰 橋本 悦雄
出版者
国立科学博物館
雑誌
Bulletin of the National Science Museum. Series C, Geology & paleontology (ISSN:0385244X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.27-33, 1997-06

Elyite from the Mizuhiki mine, Fukushima Prefecture, is found as fibrous crystal groups in tiny vugs of limonitic ore coposed of supergene galena and chalcopyrite. This is the first occurrence of this mineral in Japan. The averaged chemical analysis by EPMA gave PBO 80.49 CuO 6.71,SO_3 7.70,H_2O (by difference) 5.10wt%, yielding the empirical formula Pb_<3.99>Cu_<0.94> (SO_4)_<1.07> [O_<0.73>(OH)_<6.28>]_<7.01> on the basis of total cations=6 in anhydrous part. The X-ray single crystal study indicated elyite to be monoclinic P2_1/c with a=14.244(1), b=11.536(1), c=14.656(1)A, β=100.45(1)°.
著者
萩原 博光
出版者
国立科学博物館
雑誌
Bulletin of the National Science Museum. Series B, Botany (ISSN:03852431)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3, pp.83-100, 1992-09

As a result of the examination of 26 interspecific mixtures of 12 dictyostelid species, 12 mixtures showed some irregular phenomena among aggregating pseudoplasmodia. In 6 of them, including a mixture of Polysphondylium pallidum and P. violaceum, mutually overlapping pseudoplasmodia were found. In other 3,including a mixture of Dictyostelium delicatum and D. minutum, secondary pseudoplasmodia of D. minutum were sometimes observed to overlap the pseudoplasmodia of counterpart species. In the other 3 mixtures, i.e., Acytostelium sp.-1 and A. sp.-2,D. delicatum and P. violaceum, and D. microsporum and P. violaceum, abnormal pseudoplasmodia composed by the pairs were found. Such abnormal pseudoplasmodia were found in the mixture of D. delicatum and D. minutum besides overlapping pseudoplasmodia. These findings suggest that 1) P. pallidum may respond to a chemical substance different from the acrasin of P. violaceum, 2) the acrasin of D. delicatum, D. microsporum and D. minutum may be identical with or closely related to that of P. violaceum, and 3) in D. minutum, the acrasin promoting the primary pseudoplasmodia may differ from the chemical substance conducting the secondary ones.
著者
門田 裕一
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.51-61, 1990

国立科学博物館が実施した, 「日本列島の自然史科学的総合調査」に参加して, 1990年2月に奄美大島にてアザミ属の調査を実施した。本論文では, この現地調査と標本調査の結果をもとにして, 日本列島のアザミ属の分類学的再検討の一環としつつ, 南西諸島と小笠原諸島を中心としたシマアザミ群に関する分類学的解析の結果を報告する。これまで奄美大島にはアマミシマアザミCirisium brevicaule A. GRAY var. oshimense KITAMURA (1937)が認識されてきた。アマミシマアザミは, 基本変種のシマアザミに対して, 茎と葉の背軸面脈上が有毛である点で区別されてきた。この毛は多細胞の開出毛である。奄美大島の現地調査では, (1)アマミシマアザミはほぼ全島の沿岸に普通に見出され, (2)この茎や葉の有毛性には著しい集団内変異のあることが明らかとなった。すなわち, 1つの集団においても, 茎や葉に上述の開出毛があるアマミシマアザミの形, 無毛のシマアザミの形, そして葉の背軸面の全面が有毛のイリオモテアザミの形が混在するのである。これらの3種類は, 茎や葉の有毛性以外では有意に異ならない。したがって, 茎や葉の有毛性の違いにもとづいて記載されたアマミシマアザミやイリオモテアザミはシマアザミの異名として扱うのが適当と考えられる。また, 台湾南端の鷲巒鼻<鵝鑾鼻, がらんびOluanpi>産の個体にもとづいて記載されたガランビアザミC. albescens KITAMURA (1932)もシマアザミの異名として取り扱うのが正しい。シマアザミの分布域はFig.2に示した。分布域の北限は奄美大島で, 琉球諸島や先島諸島を経て, 台湾南部に分布する。シマアザミ群には, シマアザミの他に, オガサワラアザミ, オイランアザミ, ハマアザミの3種が認められる。これらの区別点については本文中に検索表として記した。
著者
Olson Storrs L. 長谷川 善和
出版者
国立科学博物館
雑誌
Bulletin of the National Science Museum. Series C, Geology & paleontology (ISSN:0385244X)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3, pp.137-140, 1985-09

A femur of early middle Miocene age (Hemingfordian correlative) of Honshu, Japan, that had previously been referred to the Phalacrocoracidae is here reidentified as that of a member of the Plotopteridae, an extinct family of diving birds belonging to the order Pelecaniformes. Because of the small size of the specimen it is assigned to the genus Plotopterum, heretofore known only from lower Miocene rocks of California, and it provides the youngest known occurrence of the family.
著者
松川 正樹 小畠 郁生
出版者
国立科学博物館
雑誌
Bulletin of the National Science Museum. Series C, Geology & paleontology (ISSN:0385244X)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.9-36, 1985-03
被引用文献数
7

This paper describes some imprints on the surface of a cliff of the Lower Cretaceous Sebayashi Formation at Sebayashi, Nakazato-village, Tano-county, Gunma Prefecture, Japan, and interprets the cause of the formation of imprints on the basis of thier morphology and distribution with reference to the sedimentary environments of the Sebayashi Formation. The imprints are made up of two groups : one consists of three deep imprints which stand in a row toward the strike in the central zone of the cliff surface (A group); the other consists of imprints of fairly shallow, depressive and various shapes which form a narrow zone from the lowest margin of the mid-breadth of the cliff to the right margin of the mid-hieght (B group). These imprints are interpreted to be dinosaur footprints on the basis of their morphology, size, development of cracks around imprints, resemblance to some iguanodontid footprints, and the regular space between two prints of the same kind and the width of the tracks. A few trackways consisting of these imprints are interpreted to be formed by three or more dinosaurs.
著者
内村 真之 Faye Etienne Jean 嶌田 智 小倉 剛 井上 徹教 中村 由行
出版者
国立科学博物館
雑誌
Bulletin of the National Science Museum. Series B, Botany (ISSN:03852431)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.129-150, 2006-09
被引用文献数
1

Halophila japonica sp. nov. is described from Japan. Although this entity has long been referred to as H. ovalis, data obtained from detailed morphological examination of field collections and herbarium specimens, geographical distribution records and ITS sequence analyses demonstrate that it is distinguishable from all other members of this genus and can be recognized as a new species. H. japonica is presently reported to occur from Ibusuki (Kagoshima Prefecture, Kyushu region, Japan) in the south, to Mutsu Bay (Aomori Prefecture, Honshu region, Japan) in the north. In order to better characterize H. ovalis materials from Japan, some observations on this species were also provided. As an outcome of this study, there are now four species of Halophila known from Japan: H. ovalis, H. euphlebia, H. decipiens and H. japonica.
著者
駒井 智幸 武田 正倫
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.71-144, 2006
被引用文献数
2

国立科学博物館調査プロジェクト「相模灘およびその沿岸地域における動植物相の経時的比較に基づく環境変遷の解明」の調査結果とりまとめにあたり,東京湾を含む相模灘海域より記録されるホンヤドカリ科ヤドカリ類のレビューを行った.本海域のヤドカリ相は本邦海域中でも最も調査が進んでおり,知見の蓄積が多い.特に,三宅(1978)によるモノグラフ「相模湾産異尾類」は,生物学御研究所に所蔵されていた相模湾産の材料を主に扱ったもので,相模湾だけでなく東アジア海域のヤドカリ類を研究する上での基礎資料として参照されてきた.しかし,近年の研究によりヤドカリ類の再検討が進められてきた結果,属レベルでの再編成,新種記載や既知種の再記載が活発に行われてきた.さらに既往の文献における多くの誤同定や分類学的混乱の存在が指摘され,改訂されてきた.本研究は,近年の分類学的知見を十分に反映した相模灘海域産ホンヤドカリ科のチェックリストを作成することを第1の目的とした.また,いくつかの種について,分類学的に不明確な点,あるいは問題点の解決を試みた.Catapagurus misakiensis Terao,1914は相模湾沖の瀬から採集された雄標本1個体に基づき記載された分類群であるが,分類学的な位置が不明確なままとされていた.三宅(1978)では明確な根拠は与えられていないが,Cestopagurus属として扱われている.本研究では,失われたと考えられるホロタイプが奇形個体であったと考え,タイプ産地にごく近い相模灘沖ノ山堆産の雄標本をネオタイプに指定した.ネオタイプ標本は,右精管の形態をのぞき寺尾(1914)の原記載によく一致し,さらにCatapagurus japonicus Yokoya,1933にも一致する.両分類群が同種である可能性はこれまでにも指摘されており(Asakura,2001),本研究の処置によりC.japonicusはC. misakiensisの主観シノニムとなる.和名は従来どおりミサキヤドカリを適用する.ジンゴロウヤドカリは,最近の研究により新しい属に移された(McLaughlin&Asakura,2004).しかし,当初提唱された属名Dofleiniaは刺胞動物のスナギンチャク属のホモニムであったため,置換名PagurodofleiniaがAsakura (2005)により提唱された.本研究により,McLaughlin and Asakura (2004)およびAsakura(2005)による属の標徴には誤りと考えられる点がいくつかあることが判明したので,修正を加えた属の標徴を与えた.カイガラカツギ属の2種(Porcellanopagurus japonicusカイガラカツギ,P. nihonkaiensisマルミカイガラカツギ)は相模灘海域から記録されていたが,形態に関する記載情報が十分でなく種の特徴に不明確な点が多かったので,再記載を行った.カイガラカツギは南半球産のP. tridentatusに酷似することが判明し,両分類群が同種か別種かの決定には今後の検討を要する.今回の研究で,以下の5種が相模灘海域から新たに記録された.いずれも本邦海域からは既に記録のあるものであるが,和名のないものについては新たに和名を提唱した:Anapagrides aequalisトリシマヒナヤドカリ,Decaphyllus spinicornisサツマヤドカリ,Nematopagurus kosiensisシンヨウイトヒキヤドカリ,Pagurus nigrofasciaヨモギホンヤドカリ,Solitariopagurus tuerkayiオニカイガラカツギ(新称).また,本邦周辺海域より記録されている属について同定を目的とした検索表を付した.本科ヤドカリ類では,雄の精管の発達や雌の有対腹肢の有無など性的に変異の生じる形質を重要な識別形質として用いるが,雄雌どちらかが標本に欠けていると同定が困難なことがある.その困難をできるだけ回避するために雌雄分けた検索表を作成した.さらに,これまで和名の提唱されていなかった以下の種について,新たに和名を提唱する:Bathypaguropsis carinatusケショウクロシオヤドカリ(新称),Bathypaguropsis forestiサガミクロシオヤドカリ(新称),Nematopagurus australisツメナガイトヒキヤドカリ(新称),N. richeriツブイトヒキヤドカリ(新称),Pagurus imafukuiイマフクツノガイホンヤドカリ(新称),Pagurus nipponensisシマハダカホンヤドカリ(新称),Pagurus similisヤマブキホンヤドカリ(新称).相模灘産種の生物地理学的観点からの組成であるが,東アジア固有要素が卓越していることが明らかであり,これは海域の地理的な位置からしても驚くべきことではない.また,寒流の親潮から派生した冷水が近隣の房総半島沿岸まで至り,動物相の形成に大きな影響を与えているが,相模灘海域では冷水域に主分布域を持つ種は1種のみであり,特に北太平洋に分布の中心を持つ種が欠如する.一方,黒潮の影響の強い伊豆大島や房総半島南部では熱帯・亜熱帯に起原を持つと考えられる種が潮下帯以深の浅海帯に多く出現し,特に伊豆大島ではその傾向が顕著である.また,相模灘海域のみから記録される種がいくつか存在するが,その多くは最近記載されたもので実際の分布については不明な点が多く,海域の固有種が存在するかどうかは現時点では不明である.