著者
佐藤 芳彦 SATO Yoshihiko
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
言語と文化・文学の諸相
巻号頁・発行日
pp.145-183, 2008-03-21

近代イギリス予算制度成立史研究の一環として,名誉革命(前後)期(1640年代から1714年アン女王の死まで)を考察対象として扱った拙稿1)においては,当該期における財政面での「立憲体制」の成立過程を総括的に論じることを意図したので,わが国において研究史が殆ど欠落している当該期における具体的な予算の審議過程2)については,冊子体での史料的制約もあり,殆ど全く言及しえなかった。本稿では,(その後に知った)Web上で利用しうる史料3)を利用して,近代イギリス予算制度の完成期(1860年代末)における予算の審議過程に至る歴史的・段階的な位置如何という観点から,「王政復古」Restoration期,とりわけ,その中でも「第二次オランダ戦争」Second Dutch War期(1665年~1667年)に限定して,(1)イングランド議会における予算の審議過程,及び(2)そのような審議過程を経て制定されたいわゆる「援助金及び議定費」法 Act of 'aids and supplies' において初めて導入されてくる4) 「借入及び割当条項」の内容を具体的に明らかにすることにしたい。
著者
北村 一親 KITAMURA Kazuchika
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
アルテスリベラレス (ISSN:03854183)
巻号頁・発行日
no.82, pp.17-42, 2008-06

本稿の標題は「障害者の権利に関する条約」Convention on the Rights of Persons withDisabilities 第2条の同条約における「言語」に関する定義の一部から採ったものである。この条約は2001年12月の第56回国際連合総会においてメキシコ合衆国提案の決議案を採択した決議 A/RES/56/168に基くもので,8回に亘る特別(アドホック)委員会を経て,2006年12月13日,第61回国際連合総会本会議にて採択されたものである。日本政府も2007年9月28日(現地時間)に署名したが,2008年1月現在,未だ国会には提出されていない。 この条約において「言語」とは次のように定義されている。"Language" includes spoken and signed languages and other forms of non-spokenlanguages即ち,signed language「手指によってなされる言語」も「言語」とするということが明示されているのである。 本稿は「手指によってなされる言語」,つまり「手話」sign languageに関して筆者が研究を行うに際してのprolegomenaとなるものである。
著者
小林 英信 KOBAYASHI Hidenobu
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
言語と文化
巻号頁・発行日
pp.165-182, 1993-03-20

この作品は1905年に書き上げられており,1906年フィッシャー書店刊行の文芸雑誌『ノイエ・ルントシャオ』の第十七巻一号に掲載される予定であった。既に,それは印刷も済んでいたが,作者トーマス・マンがある事情(これについては後で述べる)から,その発表を撤回する旨申し出た為にその紙面の大部分は回収,焼却された。この小説を掲載したまゝ出版されたのは全く僅かであったようだ。やがてこの作品は15年後,つまり1921年にミュンヘンのファンタズス書店から自費出版されることによって,陽の目を見ることになった。と言っても,その版ですら僅かに530部という限定出版であった。それは88ページ程度の小冊子で,一時作者マンが編集に携っていたことのある週刊誌『ジンプリツイスムス』の寄稿画家であり,表現主義の彫刻家でもあったTh.ハイネが挿絵を描いている(挿絵12,カット20)。その内の30部は特に皮製の豪華本で,親しい人たちに贈呈されている。又その30部には1906年の版と1921年の版との二つの版が併載されている。その二つの版を比較してみると,その違いが最後のジークムントの言葉だけであるということがわかる。
著者
加藤 宏幸 KATO Hiroyuki
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
言語と文化の諸相
巻号頁・発行日
pp.277-291, 1999-03-10

アンドレ・ジッドの『狭き門』は彼の作品の中でもっともよく読まれている。そして多くの人は、この小説は悲恋を扱った甘美な恋愛小説であると思っているのではなかろうか。そのような体裁をとってはいるが、ジッドはこの作品の中で非常に重要な問題を提起している。一方『背徳』について言えば、『狭き門』ほど読まれてはいないが、そこにもやはり重要な問題が提起されている。作者は問題を提起しただけで、それに対する回答は示していない。この2つの作品を対比することによって、その間題を明らかにしたいと思う。
著者
岡田 仁 OKADA Hitoshi
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
言語と文化・文学の諸相
巻号頁・発行日
pp.3-15, 2008-03-21

イェイツ(W.B.Yeats)の詩に対する情熱は徹底していた。新境地を求めて最後まで変遷を繰り返した。しかもその変遷の方向は定まることがなく絶えず揺れ動いていたように思える。むしろその揺れが詩の原動力となっていた感がある。安定した状態に収まることを自らに禁じて,功成り名を遂げた大詩人のマスクの下に,何か無理やりにとも見える精神の葛藤を作り続けた。その葛藤の一つは,悟りすました老人を目指すか,それとも癇癪老人となって好色と憤怒を露わにするかである。言い換えれば,生への執着を振り捨てようか,それとも出来るだけ持ち堪えてみせようかということだが,イェイツが最晩年に創り上げようとしたのは,この二つが二者択一としてではなく,二つながらに可能な微妙なバランスを保った詩の世界だったと言える。いわば,精神の高みから見下す眼差しと,下界の汚泥の中から見上げる眼差しが交差する場であったとも言える。この小論では,主に"Sailing to Byzantium", "Byzantium", 及び"News for the Delphic Oracle"を取り上げてイェイツ晩年の詩の世界の一画を望見してみたい。
著者
佐藤 芳彦 SATO Yoshihiko
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
アルテスリベラレス (ISSN:03854183)
巻号頁・発行日
no.83, pp.29-53, 2008-12

1 問題の所在2 仮議会[第1会期](1689年2月18日〜8月20日):1689年度予算審議3 仮議会第2会期(1689年10月19日〜1690年1月27日)及び第2議会第1会期(1690年3月21日〜5月23日):1690年度予算審議(以上,82号)4 第2議会第2会期(1690年10月2日〜1691年1月5日):1691年度予算審議(以下,本号)5 第2議会第3会期(1691年10月22日〜1692年2月24日):1692年度予算審議6 第2議会第4会期(1692年11月4日〜1693年3月14日):1693年度予算審議7 総活:名誉革命後における予算審議の歴史的位置
著者
成田 浩 NARITA Koh
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
言語と文化の諸相
巻号頁・発行日
pp.3-23, 1999-03-10

国際言語学者会議は、ハーグに本部を持つ言語学者常置委員会(comitié International Permanent des Linguistes: CIPL)を母体機関とし、第1回ハーグ(1928年)、第2回ジュネーブ(1931年)、第3回ローマ(1933年)、第4回コペンハーゲン(1936年)、第5回(第二次世界大戦のため中止)、第6回パリ(1948年)、第7回ロンドン(1952年)、第8回オスロ(1957年)、第9回ケンブリッジ[米国](1962年)、第10回ブカレスト(1967年)、第11回ポロニア(1972年)、第12回ウィーン(1977年)、第13回東京(1982年)、第14回東ベルリン(1987年)、第15回ケベック(1992年)、そして第16回パリ(1997年)で開催されている。米国のケンブリッジと唯一のアジアでの東京開催を除けば、全てヨーロッパで開催されてきた。この学会が印欧語の世界で生まれたものであることを思い知らされる気がする。参加国はおよそ50カ国から60カ国、参加者は、近年はおよそ700から1700名くらいである。会意は7日間の日程で、全体研究会議(Plenary Session Meetings)、一般研究部会(Section Meetings)、特別研究部会(Round Table Talks, Symposia)などから成る。
著者
海老沢 君夫 EBISAWA Kimio
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
Artes liberales
巻号頁・発行日
vol.19, pp.81-102, 1976-01-01 (Released:2016-05-18)
著者
藤原 暹 FUJIWARA Noboru
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
思想と文化
巻号頁・発行日
pp.159-172, 1986-02-05

S.スマイルズの著作について,柳田泉氏は次のように述べている。『自助論』の成功から,彼は伝記の外に,同種類の通俗倫理書を次々と出した。『人格論』(Character)1872,『節倹論』(Thrift)1875,『義務論』(Duty)1880,がそれである。この四部は恐らく新訳聖書の四福音書に擬して書かれたものではなかろうかと思うが,少なくとも,スマイルズの四部の修養書として数十年間四福音書についで重視されたことは事実である。……尚これら四部の書は明治の後期に新訳されて歓迎を新にしたものである1)。おそらく,柳田氏の指摘するように,『自助論』と並び『人格論』,『義務論』,『節倹論』の四書がいずれもキリスト教の「神」の摂理に基づく新しい産業社会人への福音書的役割を果たしたことは否めない事実であろう。しかし,スマイルズ自身が「本書は自助論,品性論の続編にして……幾多の新しさ例証を包含す」と述べ,更に「過度の頭脳的労働及び健康の要件の二章は……主として著者の経験を論拠とせり」2)と自負している『労働論』を無視していることは問題であるように思われる。しかも,この労働論』は後に詳述するように『自助論』が説く自立の為の勤労(Industry)を重視するというものではなくて,娯楽(Recreation)を自立の根拠においているのである。そこで,本稿においては,『労働論』の内容を『自助論』と対照しながら考察し,それが単なるスマイルズ個人の問題でなく,やがて生じてくる社会的弊害への警鐘であったことをみる。次にそのような『労働論』は如何に日本人に受け止められてきたのか(或いは,軽視されてきたのか)を考え,更にそのような状況は日本思想史上で如何なる問題をもっているのか,等について考察することにする。
著者
佐藤 芳彦 SATO Yoshihiko
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
アルテスリベラレス (ISSN:03854183)
巻号頁・発行日
no.82, pp.43-67, 2008-06

1 問題の所在2 仮議会[第1会期](1689年2月18日〜8月20日):1689年度予算審議3 仮議会第2会期(1689年10月19日〜1690年1月27日)及び第2議会第1会期(1690年3月21日〜5月23日):1690年度予算審議(以上,本号)4 第2議会第2会期(1690年10月2日〜1691年1月5日):1691年度予算審議(以下,次号)5 第2議会第3会期(1691年10月22日〜1692年2月24日):1692年度予算審議6 第2議会第4会期(1692年11月4日〜1693年3月14日):1693年度予算審議7 総活:名誉革命後における予算審議の歴史的位置
著者
小林 葉子 KOBAYASHI Yoko
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
アルテスリベラレス (ISSN:03854183)
巻号頁・発行日
no.86, pp.95-105, 2010-06

本稿1)では,外国語教育の目的である基礎的な外国語運用力(4技能)習得を長い間達成できずにいる日本の英語教育を見つめなおし,このような状況にも関わらず,新たに議論されている目標3つを整理し,そうした目標を必要だとする声の背景と,目標設定の問題点を明らかにする.具体的には,日本人に欠けている・磨かなくてはいけない能力として最近盛んに議論されている,異文化への寛容な態度,グローバル社会に対応できる英語力,そして自己表現力としてのコミュニケーション能力を取り上げ,そうした態度・能力を英語教育という授業の中で育成しようとする動きとその限界を議論していく.理論的枠組みとして,留学生教育,国際ビジネス,第二言語教育を含めた応用言語学,コミュニケーション学,文化心理学などの学問領域にその知見をもとめる.
著者
佐藤 芳彦 SATO Yoshihiko
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
言語と文化の諸相
巻号頁・発行日
pp.367-380, 1999-03-10

イギリスによるアイルランド統治史研究の一環として,本稿においては,いわゆる「アイルランド統治問題」の一応の解決策であると想定しうる1914年「アイルランド統治法」を取り上げ,従来の研究においては殆ど欠落していたところの,グレートブリテンとアイルランド間での財政関係史の観点から,同法成立のもつ歴史的意味を検討していきたい。予め,同法成立の直接的背景についていえば,1905年末に成立し,1906年総選挙で圧勝した自由党政権の下で,1907年恐慌を転換点として,1908年老齢年金導入等により社会政策費が増加し,同時に対独建艦競争により海軍費が増加し,そのために提案されたいわゆる「人民予算」(People's Budget)をめぐる1910年の総選挙で,アイルランド自治を要求する「アイルランド国民党」(Irish Nadonalists)が, (1885年, 1892年総選挙後に続いて)いわばキャステインヴォートを握ったので,新たな(第3次)アイルランド統治法案の作成が必要になり,また1911年「国会法」(Parliament Act)によって,その法案の成立が不可避である状況が出現したのである1)。
著者
金田 諦元 KANEDA Taigen
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
歴史と文化
巻号頁・発行日
pp.205-221, 1981-02-20

一九八〇年七月から二ケ月間、文部省短期在外研究員として西ドイツのミュンへン大学で研究資料調査に従事していたとき、たまたまドイツ語圏(西ドイツ、オーストリア、スイス)大学の全講義録が目にとまった。日本を離れてドイツという他国に身を置き、日本という国が今までにないはど強く意識されていたとき、ドイツ語圏の日本学教育の現状に強い関心が芽生えたのは、筆者が多年日本のドイツ語教育に携った一人であったからであろうか。ドイツの日本学研究者は日本学関係の新刊行物には絶えず注目し、講義の中でもそれに言及する時間を設定している。これは当然のことゝしても、われわれドイツ文学関係の翻訳の仕事に対しても注意しているほどであるから、日本人のわれわれ、特にドイツ語を理解するドイツ学関係者の誰かが、ドイツ語圏の日本学教育の現状に興味をおぼえても奇異なことではない。以下に記すものは一九七九年冬学期から一九八〇年夏学期に至る日本学教育の現状である。その前にドイツの日本学の学会についてのべる。
著者
佐藤 正恵 植田 映美 小川 香織 SATO Masae UETA Emi OGAWA Kaori
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
アルテスリベラレス (ISSN:03854183)
巻号頁・発行日
no.86, pp.27-40, 2010-06

2005年の発達障害者支援法制定や2006年の学校教育法一部改正に伴う通常学級での特別支援教育開始等に伴い,医療や教育,福祉,司法など多くの領域で注意欠陥・多動性障害(以下ADHD)や広汎性発達障害など発達障害への関心が広がっている。近年,こうした障害への気づきが早くなる一方,わが子に発達障害があると知らされた保護者のほとんどは戸惑い,対応に悩んでいるのが現状である。中でもADHDをもつ子どもは発達段階に不相応な多動性や衝動性,不注意ゆえに幼少期より社会適応や学業が妨げられやすい。そのため,保護者の中には子どもの生活上の困難に強い不安を抱いたり,ささいなつまずきを甚大に捉え自責感を強める,あるいは逆に子どもの行動を厳しくコントロールしようとする者もいる(田中,2007)。こうした場合,より良い親子関係が築かれにくく,親子ともども抑うつ症状をきたしたり,虐待などに至ったりする危惧がある。
著者
岡田 仁 OKADA Hitoshi
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
言語と文化
巻号頁・発行日
pp.117-132, 1993-03-20

イェイツ(W.B.Yeats)の詩集『塔』は1928年の出版で,主に1920年代に書かれた詩を集めている。これらはイェイツ60歳前後の作品ということになる。この頃イェイツは,内乱の危機を孕みながらもどうにかイギリスから自治権を獲得した新生「アイルランド自由国」の上院議員に選ばれ,翌1923年にはノーベル文学賞を受賞している。個人生活の面では,25年にわたるモード・ゴン(Maud Gonne)への求愛をついに諦め1917年に結婚した30歳近く年下の妻との間に一男一女を儲けて安定した家庭生活を送っていた。この家庭生活は二つの点でイェイツにとって非常に大きな意味を持つことになった。1914年出版の詩集『責任』の冒頭の詩で,イェイツは自分の祖先の血筋を誇り,それを受け継ぐ子供が自分にないことを祖先に詫びていた。1) イェイツにとって家庭を持つことは,文化的伝統の継承と言う意味でも,「責任」の一つだったのである。そして,結婚によって,イェイツは三つの重要な責任を全て果たすことができることになった。すなわち,アイルランド文芸復興を通じて行ってきた独立運動(また,上院議員としての活動)による国家に対する責任,一生続いた真摯な詩作活動(表面的には,ノーベル文学賞受賞)による文学に対する責任,そして家系に対する責任である。さらに,この責任の全うが,実は,「功なり名を遂げた」詩人の完成ではなく新たな出発であったところにイェイツの真の偉大さがあったと言えるだろう。