著者
菊池 哲平
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.90-100, 2006-03-30
被引用文献数
1

本研究は,3歳から5歳までの状況的手がかりからの情動推測能力の発達過程について,自己と他者という2者間の違いに焦点をあてて検討する。課題は,「喜び」「悲しみ」「怒り」の3情動が発動される状況文について適切な情動を答える課題からなっており,主人公が被験児自身の場合である自己情動条件と,架空の人物の場合である他者情動条件が設定された。その結果,3歳児においては,他者情動条件よりも自己情動条件のパフォーマンスが有意に低かった。それに対して4歳児および5歳児においては有意差が認められなかった。反応内容を吟味した結果,3歳児の回答においては,自らの特定の経験に基づいた回答が多く,それにより自己情動条件のパフォーマンスが引き下げられていることが示唆された。これらの結果から「時間的拡張自己」といった高次の自己理解の獲得と情動理解の関連が議論された。また,どの年齢群でも「悲しみ」と「怒り」を混同することが多く,情動を惹起する社会的な表出規則についての理解が未獲得であることが推測された。
著者
水野 りか
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.11-20, 1998-03-30

本研究の目的は, 反復プライミングの原理を応用して分散効果の再活性化説を検証することにある。この説の基本的仮定は, 後続提示時の作業記憶ないしは長期記憶の再活性化量(いずれかが再活性化されるかは提示間隔によって異なる)が分散効果の大きさを決定するというもので, この再活性化量は, 先行提示時に活性化された記憶が提示間隔内で減衰する分散提示で連続提示より大きくなるはずだからである。反復プライミングの原理とは, 後続刺激の処理時間は先行刺激の活性度と反比例するというもので, ゆえに, 後続刺激の処理時間はまさに再活性化量を反映しうると考えられた。提示間隔を独立変数とした実験では, 各刺激の語彙判断時間と自由再生率が測定された。その結果, 再活性化量の指標としての語彙判断時間と再生率には有意な相関があり, また, 提示間隔によって, 作業記憶が再活性化される場合と長期記憶が再活性化される場合があることが示された。これらの結果はみな再活性化説を支持するものであった。
著者
大内 晶子 長尾 仁美 櫻井 櫻井
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.414-425, 2008-09

本研究の目的は,幼児の自己制御機能を,自己主張,自己抑制,注意の移行,注意の焦点化という4側面から捉え直し,新たにその尺度を作成すること,また,4つの側面のバランスと社会的スキル,問題行動との関係を検討することであった。保育園と幼稚園に通う幼児452名の保護者に対し,子どもの自己制御機能に関する項目に回答を求めた。そのうち保育園の幼児262 名の社会的スキル,問題行動について,担任保育者から回答を得た。因子分析(主因子法・プロマックス回転)の結果,4下位尺度23項目からなる自己制御機能尺度が作成され,その信頼性と妥当性が確認された。次に,4下位尺度の標準化得点を用いてクラスター分析を行った結果,6つのクラスターが見出された。各クラスターの社会的スキル,問題行動得点を比較した結果,望ましい社会的スキルの獲得には自己制御機能の4つの側面が全て高い必要があること,内在化した問題行動の出現には4つの側面が全て低いことが関係していること,外在化した問題行動の出現には自己主張の高さと自己抑制および注意の制御の低さが関係していることが明らかになった。One of the purposes of the present study was to develop a scale of young children's self-regulation that measured 4 aspects of self-regulation: self-assertiveness, self-inhibition, attention shifting, and attention focusing. A second purpose was to examine the balance of those 4 aspects in relation to social skills and problem behavior. The parents of 452 preschool and kindergarten children rated their children on the self-regulation scale; in addition, the teachers of 262 preschool children rated those children's social skills and problem behavior. Factor analysis (using the principal factor method, Promax rotation) identified 4 factors or subscales, and 23 items. The reliability and validity of the overall scale were confirmed. Cluster analysis of standardized scores on the 4 subscales identified 6 clusters. A comparison of the scores on social skills and problem behavior in each cluster indicated the following: It is necessary for the acquisition of desired social skills that all 4 aspects of self-regulation have high scores. Low scores on all 4 aspects were related to internalizing problems; high self-assertiveness scores combined with low self-inhibition and attentional control scores were related to externalizing problems.
著者
都丸 けい子 庄司 一子
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.467-478, 2005-12-30

本研究の目的は, 中学校教師の対生徒関係についての悩みの内容を明らかにし, 悩みの程度と悩み後の教師の変容との関連を明らかにすることである。悩みによる生徒への見方・接し方の変化を教師の成長の可能性を孕むもの, つまり成長の契機と捉えた。さらに, 変化に関連する要因として, 先行研究でのストレスへの対処方略やソーシャルサポートの有効性等を踏まえ, 悩みへの対処, 悩みを抱く教師の支えとなるものについて検討した。「生徒との人間関係における悩み」尺度を作成し, 中学校教師290名を対象に調査を行った結果, 教師の生徒との人間関係における悩みは, 生徒への抵抗感, 指導上の困難感, 生徒からの非受容感, 関わり不全感の4因子から説明された。これらの経験後に教師に生じた生徒への見方・接し方の変化の程度には, 悩みの程度が関連することが示された。また, 悩みへの対処方略の「認知変容」が, 生徒への見方・接し方の変化に特に関連する要因として示された。悩むことがメンタルへルスを悪化させることも指摘される一方で, 悩みに対処し, 自分で, もしくは周囲からの支えを受けながら悩んでいく過程がその後の教師の変容と関連していることが示唆された。
著者
原野 広太郎 田上 不二夫
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.167-176, 1976-09-30

The purpose of the present study was to examine how the reading materials of the Japanese language and the delay time of delayed auditory feedback(DAF)influened reading rate and disfluency. Method The experiments cocsisted of two parts: the first experiment using familiar sentences and nonsense syllables as reading materials was made under 6 delay conditions of .00, .11, .15, .20, .25, and .30 sec : the second experiment using familiar sentences, nonsense syllables, and familiar words was done under 10 delay conditions of .00, .11, .15, .20, .25, .30, .35, .40, .45, and 50 sec.. Seven male undergraduate students(18-24 years in age)served as subjects of the first experment, and fifteen male undergraduate students(19-23 years in age)did as those of the second. The reading materials were placed at eye level immediately before the subject's head. The subjects were instructed to read the materials aloud at a usual reading and speaking rate. The apparatus producing DAF was a Sony taperecorder modified by the authors, and capable pf producing a wide variety of speech delays. The apparatus returned DAF channel speech of the readers to their ears with various delay times. The recorded speech under a normal condition and DAF conditions was caluculated, and analyzed by reading time and disfluency. Results (1) The greatest decrease of reading rate in the first experiment was found at the delay time of about .20 sec. in familiar sentences and nonsense syllables. (2) In the first experiment the reading rate of familiar sentences was remarkably faster than nonsense syllables, while the similarity of the pattern of reading rate over delay time was observed between sentences and nonsense syllables. (3) Reading rate under DAF condition in the second experiment was closely related to reading materials; sentences had much faster rate than familiar words or nonsense syllables. The effect of familiarity of reading materials on reading rate, however, could not be found. (4) The pattern of reading rate changes over delay time in nonsense syllables was much the same as the sentences in the first experiment, and that of the familiar words in the second, dependent upon the size(numbers of letters)of nonsense syllables. (5) The reading rate of sentences tended to be faster above delay time of .30, sec., while words typically were slower. (6) Disfluency of reading under DAF was most evident in nonsense syllables, somewhat more in familiar words. (7) The most outstanding effect of DAF upon disfluency in sentences and familiar words was obtained at delay time of .25 sec.. (8) Above delay time of .25 sec., sentence and familiar words produced an obvious decrease in disfluency, but nonsense syllables did not.
著者
高木 亮 田中 宏二
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.165-174, 2003-06-30
被引用文献数
2

本研究は公立小・中学校教師の職業ストレッサーにはどのようなものがあり,どのようにストレス反応を規定するのかを検討することを目的とする。欧米の先行研究における職業ストレッサーの体系的な分類を参考に我が国の教師に見合った職業ストレッサーに関する質問項目群を設定した。これにストレス反応としてバーンアウト尺度を加えた調査を小中学校教師710名を対象に実施し検討を行った。その結果,「職務自体のストレッサー」が直接バーンアウトを規定していることと,「職場環境のストレッサー」は「職務自体のストレッサー」を通して間接的にバーンアウトを規定していることが明らかにされた。また,「個人的ストレッサー」については相関分析で検討を行った。
著者
田中 浩司
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.212-223, 2010-06-30

本研究の目的は,集団に対する指導という観点から,保育者による鬼ごっこの指導の枠組みを明らかにすることである。対象者は,年長クラスにおいて継続的に鬼ごっこを指導した経験のある,幼稚園教諭と保育土,合計10名である。詳細な半構造化面接を行い,552分に及ぶインタビューデータを得た。修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を用いて分析した結果,14の概念と4つのカテゴリーが生成され,全てのカテゴリーと関連する「遊びの流れ作り」がコア・カテゴリーとして位置づけられた。保育者による鬼ごっこの指導は,次のようなプロセスによって構成されることが示された。保育者はまず,集団としての「遊びの流れ作り」を行い,その流れの中に子ども自身の意志で参加するように「主体的参加への誘導」を行う。その上で,子ども自身で遊びをコントロールすることが出来るようにする「自己メンテナンス化」に向けた指導を行っていた。また,子どもの遊び経験をつなぎ合わせ,経験に連続性を持たせる「経験の積み上げ」は,他の3つのカテゴリーをつなぐように機能していることが示された。
著者
田島 充士 森田 和良
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.478-490, 2009-12-30
被引用文献数
2

本研究では,日常経験知の意味を取り込まないまま概念を暗記する生徒達の,「分かったつもり」と呼ばれる学習傾向を改善するための教育実践である「説明活動(森田,2004)」の効果について検討した。本実践では,生徒達が教師役を担い,課題概念について発表会で説明を行うことになっていた。また残りの生徒達は聞き手役として,日常経験知しか知らない「他者」の立場を想定して,教師役に質問するよう求められた。この手続きを通し,日常経験知の観点を取り入れた概念解釈の促進が目指されていた。小学5年生を対象に実施された説明活動に基づく授業を分析した結果,以下のことが明らかになった。1)本授業の1回目に実施された発表会よりも,2回目に実施された発表会において,教師役の生徒達は,日常経験知を取り入れた概念解釈を行うようになった。2)聞き手役からの質問に対し,1回目の発表会では拒否的な応答を行っていた生徒達が,2回目の発表会では,相手の意見を取り入れた応答を行うようになった。これらの結果に基づき,本実践における,日常経験知との関係を考慮に入れながら概念の意味を解釈しようとする,バフチン理論のいう概念理解へ向かう対話傾向を促進する効果について考察がなされた。
著者
及川 昌典
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.14-25, 2005-03

動機づけや目標の非意識的な生起や追求に着目した近年の研究では, 行為者の自覚なしに生じる動機づけが行動や感情に影響を及ぼすことが示されている。これらの研究は環境による自動的過程の影響を強調しているが, 個人内過程の役割を十分に考慮していない。本研究は, 非意識的な達成動機の影響が個人の持つ知能観によって調整されることを検討した。研究1では, プライミングによって達成動機を活性化された参加者は, 統制条件の参加者よりも後続の課題の遂行が高まっていた。また, 課題遂行後の感情は, 参加者が持つ知能観によって異なり, 実体的知能観を持つ者は, 増加的知能観を持つ者と比べて否定感情を強く報告していた。研究2では, 参加者の持つ知能観と一致している目標と一致していない目標の活性化の影響を検討した。参加者が持つ知能観と一致する目標が活性化された場合には, 課題遂行の向上が見られたが, 一致していない場合には, この促進効果が見られなかった。よって, 個人の持つ知能観が, 達成動機と目標の連合を調整すると考えられた。個人の信念が非意識的な動機づけと目標の連合に影響するメカニズムについて論じる。
著者
大島 純
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.47, pp.178-187, 2008-03-30
被引用文献数
1

本稿では,現在初等教育から高等教育まで,その普及が著しいe-ラーニングについて,その効果的な利用のために展開されている認知心理学的研究の二つを概観する。その第一はe-ラーニング学習環境で学習者に要求される学習方略(自己制御学習)に関する研究である。この研究の成果は,e-ラーニング学習環境における学習成果を向上させる教育的支援のあり方(足場掛け)について有益な示唆を提供している。そして第二は,学習者の認知的アーキテクチャに言及した認知的負荷理論の発展である。e-ラーニング学習環境における課題要求と,それを実行するための学習者の心的資源の関係をシステマティックに分析する視座を提供してくれている。それぞれの研究潮流を概観した上で,そうした研究アプローチが今後のe-ラーニングにおいてどのような意味を持っているのかについて著者なりの考察を加える。