著者
金居 督之 井澤 和大 久保 宏紀 野添 匡史 間瀬 教史 島田 真一
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.91-103, 2019-09-30 (Released:2019-12-21)
参考文献数
73

本稿では,先ず海外の脳卒中患者における身体活動量研究の動向を病期別に紹介した。次に,我が国における身体活動量研究について現状と今後の課題について概説した。 脳卒中を発症しやすい集団は,発症前から不活動になりやすい。また,発症後のあらゆる病期においても同様に不活動に陥りやすい。更に,身体活動量や活動強度の目標値が示されているものの,脳卒中患者の多くはこれらを満たしていない。これらの対策として,身体活動促進や座位行動減少に焦点を当てたさまざまな介入研究が実施されている。主な介入方策としては,セルフ・モニタリングの指導,目標設定,言語的説得・奨励などの行動変容技法が用いられている。また,近年では,ウェアラブル端末等を利用した遠隔指導も注目されている。 我が国における脳卒中患者の身体活動量研究は,増加傾向にある。しかし,介入研究や長期的なフォローアップに関する研究は極めて少ない。したがって,今後は,脳卒中治療ガイドラインにおいても身体活動の重要性が提示されるべく,より質の高い介入研究が待たれる。
著者
藁科 侑希 笹井 浩行 中田 由夫 白木 仁
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.29-36, 2015-03-31 (Released:2020-04-10)
参考文献数
7
被引用文献数
2

目的:国内バドミントン競技者における肩関節痛の実態を記述疫学的に明らかにすることを目的とした。方法:対象は国内のバドミントン競技団体に所属する中学生,高校生および大学生とした。2011年10月~12月に関東近郊の中学15校,高校23校,大学16校,計1410名に対し質問紙調査を行い,1002名(中学生202名,高校生411名,大学生389名)から有効回答(71.0%)を得た。質問項目は,肩関節痛の既往,過去1年以内の痛みの有無,痛みによるプレーへの支障の有無とした。結果:過去に1度でも肩関節痛を有した既往者は53.3%(中学生58.4%,高校生38.2%,大学生66.6%)であった。過去1年以内に肩関節痛のある有痛者は46.0%(中学生50.5%,高校生32.6%,大学生57.8%)であった。有痛者461名のうち,プレーへの支障があると回答した者は48.4%(中学生41.2%,高校生50.0%,大学生50.7%)であった。結論:本研究により,国内バドミントン競技者の約半数に肩関節痛の既往があり,その割合に中学,高校,大学間で差のあることが示唆された。有痛者の中で,プレーへの支障がある者も約半数であった。こうした現状を踏まえ,プレーへの支障を来たす肩関節痛の予防に向けた対策を講じる必要がある。
著者
鈴木 康裕 中田 由夫 清水 如代 田邉 裕基 新井 良輔 羽田 康司
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.38-46, 2019-03-31 (Released:2019-06-14)
参考文献数
25
被引用文献数
2

目的:本研究は,ボートレーサーの競技成績(勝率)をアウトカムとし,年齢,性別,体重および動的バランス能力との関連性を横断的に検討することを目的とした。方法:研究対象者は日本モーターボート選手会に所属する137名のボートレーサー(年齢24~69歳,平均40.2±8.2歳,BMI 19.5±1.0 kg/m2)である。2016年5月~2017年4月に行われたレース結果の勝率をアウトカムとした。2016年6~10月に動的バランス能力の指標として,閉眼片脚立位時間と重心動揺計を用いた姿勢安定度(modified index of postural stability; mIPS)を評価した。勝率と年齢,性別,体重および動的バランス能力との関連については,強制投入法による重回帰分析を行った。結果:重回帰分析の結果,勝率は体重およびmIPSと有意に関連していた(p < 0.001)。一方,年齢,性別,閉眼片脚立位時間については,関連因子としての有意性は認められなかった。結論:ボートレーサーの競技成績は,年齢,性別,閉眼片脚立位時間とは関連せず,体重と動的バランス能力と関連することが示唆された。
著者
門間 陽樹 川上 諒子 山田 綾 澤田 亨
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
pp.2101, (Released:2021-01-29)

身体活動が健康の維持向上に寄与することは広く受け入れられており,国内外のガイドラインで身体活動の促進が推奨されている。一方,近年では,海外のガイドラインにおいて有酸素性の身体活動だけではなく筋力トレーニングの実施についても言及されるようになってきており,週2回以上実施することが推奨されている。このように,筋力トレーニングに関する研究は,スポーツ科学やトレーニング分野だけではなく公衆衛生分野にも広がり,健康アウトカムに対する筋力トレーニングの影響をテーマとした研究を中心に筋力トレーニングに関する疫学研究が報告されるようになってきている。そこで本レビューでは,新たな運動疫学研究の分野である筋力トレーニングに関する疫学研究について概説する。最初に,筋力トレーニングに関する用語の定義と整理を行う。次に,筋力トレーニングに関する歴史を紹介する。その後,死亡や疾病の罹患をアウトカムとした筋力トレーニングの研究を中心に解説し,最後に,筋力トレーニングの実施割合および関連要因について述べる。本レビューで紹介する研究の多くは海外からの報告である。日本で実施されている筋力トレーニングに関する疫学研究は,主に実施者の割合に関するものであり,特に,健康リスクとの関連に関する疫学研究は非常に限られている。今後,日本人を対象とした研究が数多く報告されることが期待される。
著者
笹井 浩行 引原 有輝 岡﨑 勘造 中田 由夫 大河原 一憲
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.6-18, 2015-03-31 (Released:2020-04-10)
参考文献数
63
被引用文献数
3

本総説では,加速度計の仕組み,国内の代表的な加速度計の特徴や妥当性を概説するとともに,加速度計を用いた身体活動増進介入研究を紹介し,今後の研究課題を展望することを目的とした。加速度計には計測本体である加速度センサに加え,時計,A/D変換器,プロセッサ,メモリ,電池などが内蔵されている。加速度センサの性能に加え,各機種が採用するデータ処理のアルゴリズムにより,機種間の違いがもたらされている。また,近年では腰部だけでなく手首や足首,大腿前面などに装着する機種も増えている。国内の加速度計については,二重標識水法やダグラスバッグ法などにより自由行動下および実験室にて妥当性が検証されている。今後は,年齢,職種など多様な生活様式を有する対象者にも適用可能な推定式の開発や,より洗練された統計モデルにより姿勢や行動様式を判別する研究が求められる。加速度計を動機づけツールとして活用した質の高い介入研究については,子どもから高齢者まで,年代にかかわらず十分でない。加速度計が一般消費者に普及しつつある現状を鑑みると,加速度計による身体活動増進介入は,新規性かつ意義のある研究分野であるといえる。
著者
足立 浩基 埴淵 知哉 永田 彰平 天笠 志保 井上 茂 中谷 友樹
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
pp.2018, (Released:2021-02-03)

目的:本研究では,iPhoneのヘルスケアアプリのスクリーンショット画像から日常生活上の歩数を得る遡及的調査方法を開発した。インターネット調査を利用し,COVID-19の緊急事態宣言下での歩数変化を例として本調査方法の実用性の検討を本研究の目的とした。 方法:調査会社の登録モニター集団から日本全国に居住する20~69歳のiPhoneの日常的利用者1,200名を抽出し,過去3カ月間のスクリーンショット画像を回収した。画像解析により歩数を読み取るツールを開発し,2020年2月中旬から5月中旬までの平均歩数の推移のデータを取得した。固定効果モデルを用いて緊急事態宣言前後の歩数変化を地域別・性・年齢階級別に推定した。 結果:約79.9%の画像が歩数データの計測に利用可能であった。エラーの要因は操作ミスや画像の低解像度化であり,調査事前に対策し得るものであった。分析の結果,1日あたりの平均歩数が緊急事態宣言後に減少していると推定され,首都圏における先行研究と整合する結果を得た。さらに地域および性・年齢階級による違いを観察し,三大都市圏20代の男性は約2,712歩減,女性は約2,663歩減と最も顕著な減少を確認した。 結論:インターネット調査でスクリーンショット画像を回収し,画像から歩数を読み取る方法は,歩数から推測される身体活動の変化を遡及的かつ客観的に把握する有用な方法として期待される。
著者
山田 綾 門間 陽樹 龍田 希 仲井 邦彦 有馬 隆博 八重樫 伸生 永富 良一 エコチル調査宮城ユニットセンター
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
pp.2020, (Released:2021-01-13)

目的:日本人女性を対象に,妊娠前および妊娠中,産後1.5年と3.5年の身体活動レベルの経時変化を記述することを主たる目的とし,さらに,産後1.5年と3.5年で低い身体活動レベルを維持してしまう要因について探索的に検討することを目的とした。 方法:子供の健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)の宮城ユニットセンター独自の調査に参加同意した女性1,874名を対象とした。身体活動はIPAQ短縮版を用いて,妊娠前,妊娠中,産後1.5年および3.5年に測定し,低身体活動と中高身体活動の2カテゴリーにそれぞれ分類した。さらに,育児期の産後1.5年と3.5年で低い身体活動レベルを維持してしまう要因については,出産時年齢,婚姻状況,学歴,就労状況,出産歴,再妊娠有無,非妊娠時BMI,過去の運動経験の有無,妊娠前および妊娠中の身体活動レベルを説明変数とし,ポアソン回帰分析を実施した。 結果:低身体活動に該当する女性の割合は,妊娠前で51.7%,妊娠中で64.5%,産後1.5年で92.0%となり,産後3.5年では65.3%であった(妊娠前の割合と比較してすべての時点でP < 0.001)。産後1.5年と3.5年で低身体活動を維持してしまう要因は,出産時年齢が高いこと,高学歴,産後の仕事の継続,休止および未就労,過去の運動経験なし,妊娠前と妊娠中の低身体活動レベルであった(P < 0.05)。 結論:妊娠~育児期における女性は低い身体活動レベルに該当する者が多く,産後1.5年で最も高い値を示した。育児期に低身体活動を維持してしまう要因は,高年齢,高学歴,産後の就労継続,未就労および休止,過去の運動経験なし,妊娠前および妊娠中の低身体活動レベルであった。
著者
鈴木 康裕 田島 敬之 村上 史明 高野 大 亀沢 和史 青木 航大 羽田 康司
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.57-69, 2021-03-31 (Released:2021-05-09)
参考文献数
25

目的:本研究の目的は,男性勤労者を対象に我々の作成したボード・ゲーム教材を用いた介入を行うことで,身体活動量が増加するかどうか,また介入終了後に維持されるかどうかについて予備的に検討することである。方法:筑波大学芸術系と共同開発した本教材は,プレーヤーが身体活動量を増やすことで有利に進めることができる。本研究の対象者は,地域の大学および大学附属病院にて勤務する男性職員11名[年齢24~48歳,中央値(四分位範囲)34.0(33.5,39.5)歳]であった。介入期間は6週間,全4回(1回/2週間,30分間/1回)のゲームを行った。介入開始前に2週間,介入終了後に12週間を設定し,最初の2週間をベースライン期間,介入終了後の12週間を介入効果の持越し観察期間とした。対象者は,介入群と対照群の2群に無作為に割り付けた。対照群は日常生活における身体活動量の増減をゲームのインセンティブとして与えなかった。身体活動量は対象者全員に3軸型加速度計を配布し測定を行った。結果:中高強度活動時間(中央値)の群間比較において,介入期間中の変化量は,対照群+0.2分/日に対し介入群+1.6分/日であった。経時的変化については,ベースライン期間と比べた介入12週間後の変化率は,介入群+48%,対照群+10%であった。結論:男性勤労者の身体活動量は,我々の作成した教材を用いた介入を行うことで増加し,また介入後も中期的に維持される可能性がある。
著者
小垣 匡史 伊佐 常紀 村田 峻輔 坪井 大和 奥村 真帆 松田 直佳 河原田 里果 内田 一彰 中塚 清将 堀邉 佳奈 小野 玲
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.5-12, 2020-03-31 (Released:2020-04-10)
参考文献数
28

目的:本研究の目的は,9~12歳の児童において日常的な外遊びと遂行機能の各項目(作業記憶, 認知柔軟性,抑制機能)の関連を性別で層別して調査することとした。方法:神戸市内の公立小学校2校に通う小学4年生から6年生314名を対象とした。作業記憶はDigit Span Test(DST),認知柔軟性はTrail Making Test(TMT),抑制機能はStroop testを用いて測定した。外遊びは自記式質問紙を用いてその頻度を測定し,週3日以上外遊びを行う児童を外遊び高頻度群,週3日未満外遊びを行う児童を外遊び低頻度群とした。児童期における外遊びの特性は性別で異なるため,解析は性別で層別して実施した。統計解析は,目的変数を遂行機能の各項目,説明変数を外遊びの頻度とし,学年で調整した回帰分析を実施後,交絡因子を学年,body mass index(BMI),身体活動量とした強制投入法による重回帰分析を実施した。結果:男児は女児と比べて身体活動量および外遊びの頻度が有意に高かった。男児において外遊びの頻度と遂行機能に有意な関連は認められなかったが,女児において外遊びの頻度と認知柔軟性にのみ有意な関連が認められた[偏回帰係数(B)=−8.90, 95%信頼区間:−16.97,−0.82]。交絡因子の調整後も女児において外遊びの頻度と認知柔軟性は有意な関連を示 した[B=−10.76(−19.42,−2.10]。結論:児童期後期において,女児の外遊びの頻度が認知柔軟性と有意に関連することを初めて示した。本研究は,特に外遊びが少ない女児において,遂行機能の一部と関連が示された外遊びが重要であることを示唆した。
著者
武田 典子 種田 行男 井上 茂 宮地 元彦 Fiona Bull
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.113-135, 2019-09-30 (Released:2019-12-21)
参考文献数
18
被引用文献数
2

目的:全国の都道府県を対象として,身体活動促進を目的とした行動計画の策定とその実施状況を明らかにすること。方法:Bullらが開発した「健康増進のための身体活動に関する国の政策を監査するためのツール(Health-Enhancing Physical Activity Policy Audit Tool; HEPA PAT)」を改変し,地方自治体向けの新たな政策監査ツール(Local PAT; L-PAT)を作成した。内容は,「身体活動促進に関する行動計画の策定」,「行動計画の策定における部門・組織間の連携」,「実際に行われた事業や活動」など11項目とした。研究期間は2015年8月から2016年3月であった。対象は全国47都道府県の保健,スポーツ,教育,都市計画,交通,環境の6つの部門で,合計282(47都道府県×6部門)であった。結果:全対象282のうち202から回答が得られ,回答率は71.6%であった。保健部門とスポーツ部門は,行動計画の策定率(それぞれ100%,97.6%)および実施率(それぞれ93.6%,100%)が他の部門よりも高かった。環境整備に携わる都市計画部門と交通部門においても行動計画が策定されていたが(それぞれ55%,30%),実施率は低かった(それぞれ13.6%,22.2%)。保健,スポーツ,教育の部門間には連携が認められたが,その他の部門との連携は不十分だった。結論:都道府県レベルの身体活動促進に関する行動計画の策定・実施は,保健部門とスポーツ部門を中心に行われていた。都市計画部門や交通部門においても関連する計画がみられた。今後は策定や実施の具体的内容および活動の効果など質的な検討が求められる。
著者
山形 菜々子 上地 勝 青栁 直子 引原 有輝 渡邊 將司
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
pp.2301, (Released:2023-04-21)

目的:幼児期における身体活動量と運動能力が横断的,縦断的にどの程度,またどのように関わっているのかを分析した。 方法:対象は2018年度から2020年度までに入園した66名の幼稚園児で3年間の追跡調査に参加した。身体活動量は加速度計を用いて評価し,中高強度身体活動(MVPA)を算出した。運動能力は,25m走,立幅跳,ボール投,捕球であった。因果関係の分析には,構造方程式モデリングを用いてパス解析をおこなった。 結果:横断的にみると,年中のMVPAと各運動能力はそれぞれ弱~中程度の相関が認められた(r=-.637~.450)。年長はボール投と捕球に相関が認められた(r=.294)が,それ以外では認められなかった。縦断的にみると,年少のMVPAは年中のMVPAに対して中程度の影響(β=.405)を与え,年長のMVPAに対しては弱い影響(β=.352)を与えた。また,年中の立幅跳は年長のMVPAに対して弱い影響を与えた(β=.317)。年中の各運動能力は,年長の各運動能力に対して弱~中程度の影響を与えた(β=-.280~.527)。 結論:年中の身体活動量と各運動能力は関連があった。年長はボール投と捕球以外で関連がなかった。年少の身体活動量は年中・年長の身体活動量に影響を与えた。遊びの内容や質が変化することで,運動能力は身体活動量に間接的な影響を与えていたと推察される。このような特徴を踏まえ,段階的なアプローチをおこなうことが求められるだろう。
著者
笹井 浩行 中田 由夫
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.104-112, 2015-09-30 (Released:2020-04-10)
参考文献数
16
被引用文献数
1

人が1日に使える時間は有限であり,その内訳である各行動は相互依存的に配分される。最近,この相互依存性を考慮した解析手法「isotemporal substitution(IS)モデル」を用いた運動疫学論文が増え,その有益性が示されている。しかし,我が国でISモデルを適用した論文や解説は皆無である。本総説では,ISモデルについて解説し,文献レビューに基づき今後の研究課題を提案することを目的とした。ISモデルは,「ある行動を等量の別の行動に置き換えたときの目的変数への影響を推定する手法」と定義できる。データセットは,全体の総和を表す変数とその内訳となる説明変数で構成され,解析では,内訳を構成する1つの変数を除く,すべての変数を回帰モデルに投入する。総和を表す変数が回帰モデルに投入されていることから,総和が統計学上固定されることとなり,ある変数を他の変数に置き換えたときの目的変数に対する「置き換え」効果の推定を可能とする。ISモデルの最大の利点は解釈が容易で,公衆衛生勧奨や健康運動指導との親和性が高いことである。2015年7月29日現在で,ISモデルを用いた運動疫学研究が12編報告されている。文献レビューにより,活動様式や姿勢を曝露変数とした研究や,有疾患者を対象とした研究,コホート研究が少ないことが明らかとなった。これらは今後の重要な研究課題となる。本総説を契機に,我が国でISモデルが積極的に活用されることを期待したい。
著者
天笠 志保 松下 宗洋 田島 敬之 香村 恵介 中田 由夫 小熊 祐子 井上 茂 岡 浩一朗
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
pp.2102, (Released:2021-02-10)

2020年11月に国際身体活動健康学会(International Society for Physical Activity and Health: ISPAH)は「身体活動を支える8つの投資(Eight Investments That Work for Physical Activity)」を出版した。これは,2010年に同学会が発表した「身体活動のトロント憲章」と2011年の「非感染性疾患予防:身体活動への有効な投資」のうち,後者を最新化するもので,世界保健機関(World Health Organization: WHO)の「身体活動に関する世界行動計画2018-2030」とともに身体活動促進のガイダンスとして有益である。身体活動の促進は人々の健康増進のみならず,より良い社会の実現,国連が定める「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)」の達成に資するとされている。その戦略としてはシステムズアプローチが重要であり,その考えに基づいて8つの領域にわたる対策を推奨している。8つとは,①「学校ぐるみ」のプログラム(whole-of-school programmes),②アクティブな移動・交通手段(active transport),③アクティブな都市デザイン(active urban design),④保健・医療(healthcare),⑤マスメディアを含む一般社会に向けた啓発(public education, including mass media),⑥みんなのためのスポーツとレクリエーション(sport and recreation for all),⑦職場(workplaces),⑧コミュニティ全体のプログラム(community-wide programmes)である。本稿ではその内容を概説するとともに,英語原本およびその日本語訳を要約し,紹介する。
著者
田中 千晶
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
pp.2306, (Released:2023-12-14)

目的:障害を有する子供・青少年の身体不活動は,深刻な健康問題を引き起こすリスクが高くなる。本研究の目的は,障害を有する子供・青少年の身体活動の評価方法に関する国際的な動向の概要をまとめることである。 方法:障害を有する子供・青少年の身体活動に関する国際比較を行った“Global Matrix of Para Report Cards on Physical Activity of Children and Adolescents With Disabilities”に参加した14の国・地域を対象とした。各国・地域のPara Report Cardにおいて,日常生活全般の身体活動量の等級付けの根拠となっている文献を収集することにより,各国・地域の身体活動量の評価法を整理した。 結果:14の国・地域のうち日常生活全般の身体活動量の等級付けが行われていたのは11の国・地域で,Health Behaviour in School-aged Children (HBSC)の質問紙が最も多く用いられていた(5か国:45.5%)。HBSCの質問紙を含め,「1日60分以上の中高強度身体活動を達成した頻度」を尋ねて日常生活全般の身体活動量を評価する質問紙を利用している国が多かった(8つの国・地域:72.7%)。質問紙と加速度計による客観的な方法の両方を用いて等級付けを行っていたのは,3か国と1地域であった(36.4%)。 結論:11の国・地域の中で,障害を有する子供・青少年における身体活動評価法として,日常生活全般の身体活動量を評価するために,「1日60分以上の中高強度身体活動を達成した頻度」を尋ねる質問項目や質問紙(例:HBSC)が,国際的に最も頻繁に用いられていた。
著者
大垣 亮 金 賢宰 小倉 彩音 中川 雄太 嶋崎 達也 竹村 雅裕
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
pp.2303, (Released:2023-09-30)

目的:本邦のラグビー競技では2022年8月に脳振盪後の段階的競技復帰(Graduated Return to Play,以下GRTP)プロトコルが改訂された。本研究は男子大学生ラグビー選手を対象に外傷・障害の発生状況を調査し,脳振盪受傷後のGRTPプロトコル改訂前後での脳振盪を含む外傷・障害の発生状況を比較することを目的とした。 方法:1チームに所属する男性の大学生ラグビー選手101名を対象に,GRTPプロトコル改訂前(2021年9月から12月)とGRTPプロトコル改訂後(2022年9月から12月)を調査期間として,脳振盪を含む全ての外傷・障害の発生件数,脳振盪受傷後から競技復帰に要した日数,脳振盪の再発件数を記録した。ラグビーの試合および練習での曝露時間を計算し,1000時間当たりの発生率(件/1000 player-hours: 以下,件/1000 h),95%信頼区間(95% CI: confidence interval),Rate Ratioを計算した。 結果:調査期間において146件の外傷・障害が発生した。全外傷・障害の発生率はGRTP改訂前(8.9件/1000 h; 95% CI, 6.9 – 10.9)と比べて,GRTP改訂後(6.2件/1000 h; 95% CI, 4.7 – 7.6)で有意に低かった(Rate Ratio = 0.67; 95% CI, 0.48 – 0.92)。脳振盪の発生率はGRTP改訂前(1.7件/1000 h; 95% CI, 0.8 – 2.6) と比べて,GRTP改訂後(0.7件/1000 h; 95% CI, 0.2 – 1.2)で有意に低かった(Rate Ratio = 0.41; 95% CI, 0.18 – 0.92)。脳振盪の再発の割合はGRTPプロトコル改訂前が18.7%であったのに対し,改訂後は0%であった。 結論:男子大学生ラグビー選手において脳振盪後の段階的競技復帰プロトコル改訂前後での外傷・障害の発生状況を調査した結果,脳振盪および外傷・障害の発生率の低下が観察された。
著者
足立 浩基 埴淵 知哉 永田 彰平 天笠 志保 井上 茂 中谷 友樹
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.172-182, 2021-09-30 (Released:2022-07-12)
参考文献数
19

目的:本研究では,iPhoneのヘルスケアアプリのスクリーンショット画像から日常生活上の歩数を得る遡及的調査方法を開発した。インターネット調査を利用し,COVID-19の緊急事態宣言下での歩数変化を例として本調査方法の実用性の検討を本研究の目的とした。方法:調査会社の登録モニター集団から日本全国に居住する20~69歳のiPhoneの日常的利用者1,200人を抽出し,過去3か月間のスクリーンショット画像を回収した。画像解析により歩数を読み取るツールを開発し,2020年2月中旬から5月中旬までの平均歩数の推移のデータを取得した。固定効果モデルを用いて緊急事態宣言前後の歩数変化を地域別・性別・年齢階級別に推定した。結果:約79.9%の画像が歩数データの計測に利用可能であった。エラーの要因は操作ミスや画像の低解像度化であり,調査事前に対策し得るものであった。分析の結果,1日当たりの平均歩数が緊急事態宣言後に減少していると推定され,首都圏における先行研究と整合する結果を得た。更に地域および性・年齢階級による違いを観察し,三大都市圏20代の男性は約2,712歩減,女性は約2,663歩減と最も顕著な減少を確認した。結論:インターネット調査でスクリーンショット画像を回収し,画像から歩数を読み取る方法は,歩数から推測される身体活動の変化を遡及的かつ客観的に把握する有用な方法として期待される。
著者
新村 直子 田島 敬之 齋藤 義信 於 タオ 吉田 奈都子 阿部 由紀子 新井 康通 小熊 祐子
出版者
日本運動疫学会
雑誌
運動疫学研究 (ISSN:13475827)
巻号頁・発行日
pp.2205, (Released:2023-04-21)

目的:85–89歳の地域在住高齢者の座位行動を客観的に評価し,テレビ視聴時間を含む関連要因について多面的に検討する。 方法:The Kawasaki Aging and Wellbeing Project(KAWP)のベースライン(2017–18年)調査の参加者1,026名に連続7日間の加速度計装着を依頼し,有効データ914名(女性473名)の座位行動を客観的に評価した。重回帰分析を男女別に行い,座位行動との関連要因を3領域(身体状況,社会経済状況,生活習慣)の24因子と年齢,計25因子から検討した。 結果:総座位時間・装着時間に占める座位時間の割合は男性1日平均(標準偏差)9.4(1.9)時間・67%,女性8.6(1.8)時間・59%と男性が女性より長く座っており,30分以上継続する座位時間の割合も女性より高かった。重回帰分析により座位行動と関連が認められた要因は,関連が強い順に,男性ではテレビ視聴時間・BMI(正),家事時間・園芸スコア・運動時間・歩行速度・握力・ADL(負),女性ではBMI・テレビ視聴時間(正),家事時間・睡眠時間・運動時間・ADL・外出スコア(負)であった。 結論:80歳台後半の地域在住高齢者の座位行動にはテレビ視聴以外に,BMI・歩行速度・握力・ADLなどの身体状況要因,家事・園芸・運動・睡眠・外出などの生活習慣要因が多面的に関連していた。