著者
森田 優己
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学人文学部研究紀要 (ISSN:13495607)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.65-77, 2003-03-31

グローバル経済化の進展によって,地方の公共交通は危機に瀕している。規制緩和政策の下,交通事業者の撤退をはばむものはなく,国民の交通権を守るべき国は後景に退き,その役割は,地方自治体に重くのしかかっている。地方自治体には,地域住民の交通権を守るべく,地域特性に応じた対応策をたてることが期待される。しかし,地方自治体には,地域交通政策の立案・実施に必要な権限も財源もないのである。このような状況下において,鉄道の活用を地域交通政策の柱として位置づけたのが,北勢線沿線自治体である。本稿では,近鉄による北勢線廃止の申し出から地方自治体による存続決定に至る過程を検証することによって,グローバル経済下における地方自治体の地域交通政策の課題を整理した。
著者
寺島 徹
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学人文学部研究紀要 (ISSN:13495607)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.254-242, 2006-03-31

従来、近世中期から後期の仮名遣い研究において、採り上げられることのなかった俳諧の仮名遣いについて、蕪村・暁台・也有の真蹟資料をもとに調査する。定家仮名遣い、歴史的仮名遣い、および近世通行の仮名遣いの観点から、それぞれの使用度を探ることで、江戸中期の俳人に共通する仮名遣いの規範意識の有無について考察し、その傾向について相対化する。当時は、国学研究が勃興した時代であったにもかかわらず、蕪村においては、歴史的仮名遣いとは異なる近世通行的な仮名遣いが行われていたことがわかる。一方、暁台は、俳諧活動をはじめた宝暦・明和期は、定家仮名遣いを使用する色彩がつよいものの、晩年の句合評や新出の折手本などの自筆資料を参看すると、天明期以降は、国学の気運の高まりの中、歴史的仮名遣いに近づく態度が看取される。作法に拘泥しない磊落な蕪村の志向と、世の趨勢に敏感な暁台の姿勢の一端が仮名遣いの側面からもうかがえる。
著者
堀 由里
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学保育学部研究紀要 = BULLETIN OF SCHOOL OF EARLY CHILDFOOD EDUCATION AND CARE OHKAGAKUEN UNIVERSITY (ISSN:13483641)
巻号頁・発行日
no.25, pp.173-178, 2022-03-15

コロナ禍でマスク生活が続く中、幼児はマスク有りの表情から他者の感情状態を正しく認知することができるのかを試行的に検討するため、マスクをした状態の保育者(写真)や他児(イラスト)の表情と感情音声をマッチングさせる課題を幼児に行った。その結果、8試行のうち正解は半分の4試行で、表情の種類は用意した全ての表情があてはまった。またイラスト刺激よりも写真刺激の方が高正答率であった。一方、表情刺激に対するラベリングを検討した結果、イラスト刺激には全4種の感情に正しいラベリングができていた反面、写真刺激は「怒り」のみ正答で、「喜び」「驚き」「悲しみ」は誤答であった。つまり、写真刺激は、音声刺激とのマッチングにおいては正しく回答できていたが、ラベリングにおいては難しさを感じていたようだった。子どもたちが日々の生活でコミュニケーションをとるのは、イラストで表現されたような分かりやすい表情ではない。そのため、実際の人間の表情を使用した方がより現実に近い状況でのデータを得ることができると考えられる。
著者
小柳津 和博
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学保育学部研究紀要 = BULLETIN OF SCHOOL OF EARLY CHILDFOOD EDUCATION AND CARE OHKAGAKUEN UNIVERSITY (ISSN:13483641)
巻号頁・発行日
no.27, pp.15-22, 2023-03-15

重症心身障害児を含む集団の保育として、すべての子どもたちが共に育つ上で必要な視点について先行研究を基に検討した。 集団を通した保育の視点では、子ども一人一人が違うことに保育者が価値を置き、同じ主題の中で個別に配慮する保育を子どもたちに提供していくことが必要であると考えた。多様性を前提とした保育の視点では、保育者が子ども一人一人の「今」の姿を正しく把握し、個別の目標設定を行うことで、多様な成功を認める必要があった。活動への参加の視点では、保育者がすべての子どもの意思を尊重し、すべての子どもたちが互いに影響を与え合えるような関係づくりをする必要があった。 障害児・周囲の子ども、両者の思いを保育者ができるだけ的確に把握し、わかりやすい内容・形に修正することによって、重症心身障害児を含むすべての子どもたちが共に育つことが示唆された。
著者
小柳津 和博
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学保育学部研究紀要 = BULLETIN OF SCHOOL OF EARLY CHILDFOOD EDUCATION AND CARE OHKAGAKUEN UNIVERSITY (ISSN:13483641)
巻号頁・発行日
no.23, pp.73-83, 2021-03-15

日本の特別支援教育と、イギリスのSEN(Special Educational Needs)における教育施策を比較・検討することで、わが国のインクルーシブ教育に関わる現状と課題を整理した。日本のインクルーシブ教育では「特別の教育的ニーズのある子ども」と「障害のある子ども」が切り分けて考えられていない点に課題があることが明らかになった。今後の日本型インクルーシブ教育システムの推進には、多様な学びの場の選択を保障するため、幼児期からの副次的な籍の活用が有効であると考えた。また、特別支援教育の自立活動と保育の5領域の親和性を活用し、発達初期から子どもの多様な教育的ニーズを満たすための学びの下支えをすることが、子どもたちの個別最適な学びにつながると考察した。
著者
嶋守 さやか 五郎丸 聖子
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学保育学部研究紀要 = BULLETIN OF SCHOOL OF EARLY CHILDFOOD EDUCATION AND CARE OHKAGAKUEN UNIVERSITY (ISSN:13483641)
巻号頁・発行日
no.23, pp.115-132, 2021-03-15

本稿では、彦坂諦さんからの「聞き取り」により得た内容(話された内容)と、行為としての「聞き取り」あるいは「対話」を通じて「わたしが記憶を受け継ぐ」とはどういうことかについて考察する。彦坂さんの問いは、ご自身が「どうして大日本帝國が喜ぶような純粋培養された愛国少年、軍国少年になっていたか」というものだった。彦坂さんはこの理由を知ろうとしてきたことが「私の生涯を決定した」とも語っている。彦坂さんへと問う私たち(嶋守と五郎丸)が、問い続ける彦坂さんとのやりとりによりいかに揺さぶられ、問い続けることになったのか。私たちの「記憶を受け継ぐ」プロセスを示していきたい。
著者
鈴木 哲
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学学芸学部研究紀要 = JSLA (Journal of the School of Liberal Arts) (ISSN:18849865)
巻号頁・発行日
no.13, pp.25-44, 2020-11-30

中島敦(1909-42)は格調高い表現,学識,厭世観を特徴とする東京生まれの小説家で(Kodansha, 1993, p. 1038),1951年以後高等学校国語教科書採用の「山月記」(1942)で知られる。夫人の中島(旧姓橋本)タカ(1909-84)は愛知県碧海郡依佐美村(1906-55)の出身である。本稿は敦が1931年と1942年に依佐美村大字高棚字新池(現安城市高棚町)のタカの生家を訪問したとする従前説を検討, 1933年3月と1942年8月であったことを明らかにする。また, 敦の万葉歌「あをみづら,よさみの原」 (7:1287)への関心,敦が依佐美の「無線電信の高い塔が立っている風景」にあったとする1942年8月のタカ回想を紹介する。タカが東京で33歳の小説家を看取ったのは里帰りの4カ月後である。
著者
松永 康史
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学保育学部研究紀要 = BULLETIN OF SCHOOL OF EARLY CHILDFOOD EDUCATION AND CARE OHKAGAKUEN UNIVERSITY (ISSN:13483641)
巻号頁・発行日
no.20, pp.159-174, 2019-11-30

本稿では、武富健治によるマンガ『鈴木先生』の第1,2話を対象とし、教師の「自己理解」を射程に入れた「子ども理解」について考察・教材化し、授業の構想を試みる。考察では、教師自身がこれまでの生活の中で築いてきた自分の見方や考え方があり、そのフィルターを通してしか子どもを理解できていないことを示し、教師の「自己理解」の必要性を記した。そのことを踏まえ、子ども理解と学生自身が自らを見つめ直す機会としての授業を構想した。
著者
森川 拓也
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学保育学部研究紀要 = BULLETIN OF SCHOOL OF EARLY CHILDHOOD EDUCATION AND CARE OHKAGAKUEN UNIVETSITY (ISSN:13483641)
巻号頁・発行日
no.22, pp.77-90, 2020-11-30

平成20年度版小学校学習指導要領において「伝統的な言語文化に関する事項」が新たに設けられ、現行の小学校学習指導要領でも「我が国の言語文化に関する事項」として、同じく3・4学年で俳句と短歌が取り扱われている。その内容は「親しむこと」が重視され、その作品の内容についての鑑賞・解釈という点は求めてはいない。しかし、それでは俳句本来の価値に触れることは難しい。つまり文学作品としての短歌や俳句は、短く少ない言葉に秘められた思い、奥深さ、言葉によるイメージの膨らみを得ることがその価値である。その価値に触れてこそ、より親しみを感じるのではないのだろうか。その見地に立ち、光村図書教科書4年上で扱われている「雀の子そこのけそこのけ御馬が通る」(小林一茶)の俳句を例に、児童が俳句の内容に迫る授業の可能性を、授業実践例から考察した。児童は、句の中の数少ない言葉の意味、その言葉から導き出されるイメージを駆使して、この句の内容に迫っていくことができた。その授業からは、言葉というはっきりした証拠をもって豊かに想像を膨らませることの可能性が示されたと言える。
著者
小柳津 和博
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学保育学部研究紀要 = BULLETIN OF SCHOOL OF EARLY CHILDFOOD EDUCATION AND CARE OHKAGAKUEN UNIVERSITY (ISSN:13483641)
巻号頁・発行日
no.22, pp.27-37, 2020-11-30

インクルーシブ保育において、重症心身障害児と障害のない周囲の子どもが関わり合い、育ち合うことの意義について検討した。重症心身障害児を含む集団において、関わり合い・育ち合う関係を継続させるには、子どもたちが互いに有益と感じる横並びの関係、仲間同士で共感できる関係、共に適応しあう関係を築くことが重要であると考えた。環境への接続が可能となるよう重症心身障害児の個の力を育てると同時に、接続できる集団を育てていく必要がある。互いに接続可能な状況を整えることによって、全ての子どもたちにとって個別最適な学びとなることが、インクルーシブ保育における関わり合いの持つ教育的価値である。
著者
辻岡 和代
出版者
桜花学園大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008

我々はこれまでに加齢によりタンパク質合成は低下するが食事の栄養価を改善することによってタンパク質合成が促進することを明らかにしてきた。またγ-アミノ酪酸(GABA)を添加することによって脳機能が改善することを報告した。しかしこれまで行ってきたGABAを用いた研究は幼若雄ラットを実験動物として用いており我々の研究を還元できる範囲としては若年層の男性に限られてしまう。ところが加齢に伴う機能の低下は男性特有のものでない。特に閉経を迎えた女性の体機能の調節は大きな社会的関心事のひとつであるにもかかわらず閉経後の女性を視野に入れた脳機能の調節において機能性食品成分の1つであるGABAがどのように関わっているのか詳細に検討した報告は国内外にも認められない。そこで本研究では,閉経後の女性の脳機能維持・改善を目的とし,機能性食品成分であるGABA摂取時の,脳タンパク質合成の解明や,女性ホルモンの変化,さらに,学習記憶活動の指標となる成分の測定を行うことによって,高齢女性の脳機能を維持する上での健全な栄養摂取について考察した。動物は,24週齢雌ラットを用い,Sham-operatedラット群,卵巣摘出ラット群,卵巣摘出+GABA摂取群の3群で試験食を10日間与えた。試験食としてSham-operatedラット群と卵巣摘出ラット群には20%カゼイン食を,GABA摂取群には20%カゼイン+0.5%GABAを用いた。血中成長ホルモンの測定においては,1日3時間のみ摂取させるmeal-feedingに慣れさせたラットに試験食を1回3時間のみ投与した。実験は,大脳,小脳,海馬,脳幹のタンパク質合成速度をGarlickら(2)の^3H-Phe大量投与法により決定し,あわせて血中成長ホルモン濃度,RNA/Protein,RNAactivityを決定した。(H20年度)また,学習,記憶の神経活動において重要なコリン作動性ニューロンの調節因子として知られている神経成長因子(NGF)について,大脳,海馬で検討した。(H21年度)その結果,大脳,小脳におけるタンパク質合成速度,血中成長ホルモン濃度,およびRNA activityは,20%カゼイン食摂取群に比べGABA添加食摂取で有意に増加した。RNA量は,各群において有意な差はみられなかった。このことから,GABA投与における脳タンパク質合成の促進は,RNA量ではなく,RNA activiyに依存していることが考えられた。またこれらの結果は,GABAによる脳タンパク質合成の調節メカニズムの一つとして,体内成長ホルモン濃度の関与を示しているものと考えられた。らに,大脳,海馬のNGF量は,20%カゼイン食摂取群に比べGABA添加食摂取で有意に増加した。従来からも,コリン作動性ニューロンの神経伝達物質であるアセチルコリンの合成や,ニューロンそのものの維持にNGFが寄与することが報告されており,閉経女性における脳機能の維持においてGABA摂取の重要性が示唆された。
著者
原田 明美
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学保育学部研究紀要 = BULLETIN OF SCHOOL OF EARLY CHILDFOOD EDUCATION AND CARE OHKAGAKUEN UNIVERSITY (ISSN:13483641)
巻号頁・発行日
no.21, pp.197-211, 2020-03-13

国際教養こども学科の1年生は夏に2週間、ニュージーランドの保育施設で保育実習を行う。その学生のレポートを中心に日本とニュージーランドの保育環境の違いを比較した。結論として、個々の玩具や遊具の機能的な違いはなかったが、その数や配置の仕方が大きく違っていた。それは遊びのとらえ方の違いや、保育の仕方の違いが大きいことが分かった。保育で何を大切にするか、日本の保育者にも求められることを考察した。
著者
酒井 倫夫 加藤 あや美
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学人文学部研究紀要 (ISSN:13495607)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.73-82, 2007

二十世紀半ばまで英文法の言語学に基づく研究は,出版された文献を資料として,記述的妥当性を中心に置いた所謂文献的(Philological)な記述を重視する研究であった。世紀半ばにNoam ChomoskyによりSyntactic Structures(1957:Mouton)が公刊されて以来,緻密で,より精緻な説明的妥当性を持つ文法研究が統語論的研究分野の中心に据えられ,文の生成の機序に関わる研究,つまり,生成文法理論に基づく研究が主流となっていった。本研究は,統語論研究分野のひとつの主題である動詞句に関わる動詞補文の構造を,精緻な生成文法理論的研究を中心にして考察しようとするものである。
著者
大澤 伸雄
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学人文学部研究紀要 (ISSN:13495607)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.29-39, 2006-03-31

この小論は,朝鮮日帝時代の宗教統制の一つとして,1937年に東学党系水雲教に対しての官憲の弾圧の一面を明らかにしようと試みたものである。弾圧の結果,水雲教は閉止させられ,そのまま日本の真宗大谷派東本願寺の末寺となるべく,強制転宗を強要されることになった。内外の資料をもってこの周辺の問題の整理を試みた。それによると,内鮮一体化,文化統治策の中にありながら,偽装改宗であるが,何故真宗大谷派であったのかという問いに対する答えの一端が明らかになった。
著者
白石 晃一
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学研究紀要 (ISSN:13447459)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.83-98, 1999-03-31

教育の量的拡大をなしとげた国々での重大問題である「教育の質」についての論議(definition of quality of education)と教育の質の向上を目指す「質の教育」(quality education)の計画と実践を,1980年代後半から90年代前半にかけてのイギリスの幼年教育(3歳〜7,8歳児の教育)について検討した。そして,ナショナル・カリキュラム(1988年)が幼年教育に悪影響を与えるとの批判を受けたため,ランボルド報告(1990年)によって本来の幼年教育とナショナル・カリキュラムとの調整がはかられたことを明らかにした。ランボルド報告の示す児童観(児童中心主義)と教育内容論(cross-curricular approachesの推奨)は,ケアと教育の分離不可能を前提とし,遊びを重視するなど,教科教育重視の傾向にある小学校教育に反省を迫るものである。なお,ランボルド報告にもとづく問題解決学習の事例としてマンチェスター・グループの実践をとりあげ,イングランドにおける改革に先立つ論議と計画についてスコットランドのストラスクライド地域の例をとりあげた。
著者
石月 静恵
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学研究紀要 (ISSN:13447459)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.195-210, 2002-03-31

大阪朝日新聞女性記者恩田和子は,1917年に入社し,1948年に定年退職した。恩田は,1918年に大阪朝日新聞が開催した第1回婦人会関西連合大会の準備に奔走し,その後も大会の継続をはかった。1923年の第5回大会で全関西婦人連合会と改称し,1927年からは同会の理事長として女性運動を担った。恩田は,退職後も朝日新聞大阪本社社史編修室に嘱託として勤務し,大阪朝日新聞が女性問題をどのように捉えてきたのかを明らかにしようとした。その恩田が残した生原稿を最近筆者が発見した。それを基にして,大阪朝日新聞と女性問題の関連を今後調査し,ジャーナリズムとジェンダーの関わりを研究したい。本稿では,恩田史料のうち,明治期の大阪朝日新聞と女性問題に関わる部分を紹介する。
著者
菊地 章太
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学人文学部研究紀要 (ISSN:13495607)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.247-256, 2004-03-31

聖母の「無原罪お宿り」の信仰は,その母アンナが肉のまじわりによらず神の恩寵によって,したがって原罪をはなれてマリアをみごもったとするもので,カトリック神学における重要な教義のひとつである。けがれのないマリアの聖性を主張するこの「無原罪お宿り」の信仰は,古くから教会暦のなかで大きな位置をしめていた。そのため人々の信仰生活に深くかかわり,宗教美術や文学にも多くの素材を提供しつづけたのである。聖母マリアの「無原罪お宿り」の信仰は中世にさかのぼり,対抗宗教改革の時代にフランスとスペインにおいてとりわけさかんであった。その萌芽というべきものは,東方正教会の典礼のなかに求めることが可能であろう。このように信仰としては古くから行なわれていたが,ローマ法王庁がこれを教義として正式に認可したのは,1854年のピウス九世の勅書によってである。この勅書が発布されてから,カトリック世界では聖母の出現をはじめとする奇跡があいついだ。1858年に南フランスのルルドにおいて,「無原罪お宿り」の聖母がひとりの少女の前にあらわれている。それ以来,この地はキリスト教における最大の巡礼地のひとつとなった。本稿は,このような聖母信仰の高揚をうながした勅書の意義をあきらかにしようとこころみたものである。
著者
菊地 章太
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学人文学部研究紀要 (ISSN:13495607)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.181-190, 2003-03-31

聖母の「無原罪お宿り」の信仰は,その母アンナが神の恩寵によってマリアをみごもったとするもので,カトリック神学における重要な教義のひとつである。けがれのないマリアの聖性を主張するこの「無原罪お宿り」の信仰は,古くから教会暦の中で大きな位置をしめていた。そのため人々の信仰生活に深くかかわり,宗教美術や文学にも多くの素材を提供し続けたのである。ローマ法王庁がこれを教義として正式に認可したのは,1854年のピウス九世の勅書によってであるが,その信仰はすでに西欧においては中世末期にはじまり,対抗宗教改革時代のスペインにおいてとりわけさかんであった。本稿は「無原罪お宿り」の信仰を考察するうえで基礎となる文献資料をもとに,スペインにおける聖母信仰の高揚のありかたを明らかにしようと試みた。