著者
本田 圭佑 東 昌樹
出版者
日経BP社
雑誌
日経ビジネス (ISSN:00290491)
巻号頁・発行日
no.1952, pp.64-67, 2018-07-30

自身3度目となるロシアW杯では持ち前の勝負強さを発揮し、日本代表をベスト16に導いた。経営するサッカースクール事業を拡大する一方で、投資家としても存在感を高めている。今回のW杯で区切りが付いたと話すが、後進の指導にも意欲を示す。
著者
石坂 誠
出版者
佛教大学大学院
雑誌
佛教大学大学院紀要. 社会福祉学研究科篇 (ISSN:18834019)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.81-98, 2018-03-01

現在も貧困は拡大し,深刻化し続けている。それに対して貧困・社会的排除に対する制度・政策とソーシャルワークは機能しているとは言えない状況がある。例えば生活保護受給を窓口で制限する等,「制度からの排除」が日常化しており,制度を利用する権利の擁護等,権利擁護の実践がソーシャルワークに求められている。こうした状況の中,ソーシャルワークは貧困・社会的排除にどう対峙していくのか,貧困・社会的排除に対峙するためのソーシャルワークの理論や方法とは何かについて論じた。研究の方法は,先行研究の検討,生活保護をめぐる2つの事件の分析と筆者が行ったグループインタビューの分析から行った。 結論として,貧困・社会的排除に対峙するためのアセスメントの不足,不十分な権利擁護等が明らかになった。そしてソーシャルワークにおいては,ケアではなくコントロールへの偏重があり,反抑圧主義の実践が重要であることが明らかになった。制度からの排除社会的排除権利擁護反抑圧主義の実践
著者
神林 ミユキ 大林 由美子 伊藤 正明
出版者
日本福祉大学社会福祉学部
雑誌
日本福祉大学社会福祉論集 = Journal social Welfare, Nihon Fukushi University (ISSN:1345174X)
巻号頁・発行日
vol.138, pp.151-165, 2018-03-31

多職種連携教育(IPE)と社会福祉士の連携教育が並行して実施する前に,次の2 点を明らかにする必要がある.1 点は社会福祉士の連携の特性が明確に把握されていることであり,もう1 点は医療系学部主導のIPE のカリキュラムにおける社会福祉士の連携力涵養の可能性である. 本研究では,この2 点の課題を検証するために,文献調査とIPE 実践調査をおこなった.結果は社会福祉士が学ぶ「連携」という用語は,IPE において活用される「連携」よりも広い意味をもつが,IPE において社会福祉士を目指す学生たちは,その概念を体現できておらず,ソーシャルワーク・アセスメントも行っていないことがわかった.調査の限界はあるが,連携の特性を明らかにするよりも共通点を活用することがIPE との並行に必要であること,社会福祉士養成に携わる教員がIPE カリキュラム作成に積極的に関わることが,間接的に社会福祉士の連携力の向上に有用であることを見出した.
著者
孫 希叔 ソン ヒスク Son Heesook
出版者
同志社大学社会学会
雑誌
評論・社会科学 = Hyoron Shakaikagaku (Social Science Review) (ISSN:02862840)
巻号頁・発行日
no.126, pp.51-72, 2018-09-30

論文(Article)困難に直面した新人ソーシャルワーカーは,他者の有する経験から導き出した判断や対処を,自分が直面している状況に意図的に関連づけ,実践の中での振り返りを行っていた。その過程は,新人ソーシャルワーカーの内面的変化に至る過程であり,それによって意識的に生成された知は,新たな状況に対する自己の行動様式として再構築され,より洗練された実践へと移行していることが示唆された。Novice Social Workers with neither enough empirical knowledge nor skills were puzzled by "the deviation from the image originally held" and were unable to stand the "imposition of different values," and they thus felt frustrated with the "lack of good experience." They were trying to resolve the anxiety arising from their immaturity and weak minds by "compromising with the thoughts of different perspectives." and "relying on others." However, if they encountered difficult circumstances again without having the opportunity to compensate for the "lack of experience sharing" or the "lack of the ability to reflect" due to the "absence of someone to consult or who can be a support," they became exhausted mentally and physically, thus causing a vicious circle of "negative self-evaluation."
著者
田村 省三
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.116, pp.209-234, 2004-02

本稿は、日本の近代化の先駆けであり、薩摩藩の近代科学技術の導入とその実践の場であった「集成館事業」の背景としての視点から、薩摩藩の蘭学受容の実際とその変遷について考察したものである。薩摩藩の蘭学は、近世における博物学への関心と島津重豪の蘭学趣味から出発し、オランダ通詞の招聘や蘭方医の採用をとおして、しだいに領内に普及していった。そして、蘭学が重用され急速に普及していったのは島津斉彬の時代であり、藩が強力に推進した「集成館事業」の周辺に顕著であった。しかし、藩士たちの蘭学の修得については、中央から遠く離れた地域性や経済的な困難もあって、江戸や大阪への遊学は他の地域に比べて少なかった。むしろ、中央の優秀な蘭学者を藩士に採用したり、蘭学者たちとの人脈を活用するという傾向が強かったと思われる。ただし長崎への遊学は、例外であった。薩摩藩の蘭学普及は、藩主導で推進されている。したがって地域蘭学の立場からすれば、同時代の諸藩とはその目的、内容と規模、普及の事情に相違がみられる。一方で、蘭学普及の余慶がまったく領内の諸地域には及んでいなかったのかと言えばそうではない。このたび、地域蘭学の存在を肯定することのできる種痘の事例を確認することができた。それは、長崎でモーニッケから種痘の指導を受けた前田杏斎の種痘術が、領内の高岡や種子島の医師たちに伝えられ実施されたという記録によってである。また薩摩藩は薩英戦争の直後、藩の近代化を加速するため、洋学の修得を目的とした「開成所」を設置する。ここでは当初蘭学の学習が重んじられていたが、しだいに英学の重要性が増していった。さらに明治二年、国の独医学採用に伴い、藩が英医ウィリアム・ウィリスを招聘して病院と医学校を設置してから、英国流の医学が急速に普及する。この地域が本格的に西洋医学の恩恵を受けるのは、以降のことである。This paper examines the situation surrounding the acceptance of Rangaku by the Satsuma feudal domain and the changes it underwent from the perspective of the Shuseikan Project, the site of the introduction of modern science and technology by the Satsuma feudal domain, which stood at the vanguard of modernization in Japan.Rangaku in the Satsuma feudal domain was started by an interest in natural history during the Early Modern Period and the interest in Rangaku by Shimazu Shigehide, and gradually spread within the domain through invitations to Dutch translators and the employment of physicians who practiced Western medicine. Rangaku became important and spread rapidly during the time of Shimazu Nariakira when it became prominent in connection with the Shuseikan Project undertaken with great vigor by the domain. However, the acquisition of Rangaku learning by the domain's retainers was less than that of retainers from other regions who went to Edo or Osaka to study, partly because of the distance between the domain and these centers of activity as well as economic difficulties. Instead, outstanding Rangaku scholars from the huge urban centers of Osaka and Edo were employed by retainers who made effective use of the personal connections they formed with these Rangaku scholars. Still, travel to Nagasaki to study there was the exception.The spread of Rangaku within the Satsuma feudal domain was driven by the domain's leadership. Therefore, viewed from the standpoint of regional Rangaku differences can be seen in the objectives, contents, scale and circumstances of its adoption by the Satsuma domain and other feudal domains during the same period. And it is not true that the benefits of this dissemination of Rangaku did not extend to every region within the domain. During the research undertaken for this paper it was possible to confirm examples of vaccinations, which in itself affirms the existence of regional Rangaku. This confirmation is found in records showing that the vaccination techniques of Maeda Kyosai, who received instruction in vaccination by the Dutch doctor Otto Mohnike in Nagasaki, was passed on to physicians working in Takaoka and Tanegashima, who then carried out vaccinations themselves.Immediately after the Satsuma-Anglo War the Satsuma domain established the Kaiseijo academy for the purpose of acquiring Western studies that would accelerate modernization within the domain. At first, Rangaku was given precedence at the academy, but factors such as world trends and relations between the Satsuma domain and Britain after the Satsuma-Anglo War saw British studies steadily gain more and more importance. Then, the invitation issued by Satsuma to the British doctor William Willis in 1869 to establish a hospital and medical school that accompanied the adoption by the Japanese state of German medicine resulted in the rapid adoption of British medicine. It was only after this that the region began to receive the full benefits of Western medicine.
著者
余野 京登 和泉 潔 坂地 泰紀
出版者
一般社団法人 人工知能学会
巻号頁・発行日
pp.2J102, 2018 (Released:2018-07-30)

日銀の金融政策決定会合議事要旨に対して、生成モデルおよび深層学習を用いることで、日銀のマクロ経済や物価等に対するトピック別のセンチメントを指数化を行う。
著者
角野 雅彦 カクノ マサヒコ Kakuno Masahiko
出版者
鹿児島国際大学福祉社会学部
雑誌
福祉社会学部論集 (ISSN:13466321)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.1-15, 2018-07-01

「保育相談支援」は、大学・短期大学などの保育者養成課程(幼稚園教員・保育士)に設置された必修科目の一つである。だが日本では、幼稚園と保育所の設置理念と発展経緯の違いから、相談支援の内容や対応が異なる。たとえば教育機関である幼稚園は、発達や学習の到達度、友人関係などを指導助言することが主で、保護者の精神疾患や貧困など、深刻な理由を背景とする相談支援は想定していなかった。一方、福祉施設である保育所は、さまざまな公的支援を必要とする家庭とその親を支えてきた長い経験を有している。所轄する文部科学省と厚生労働省の間でも「保育相談支援」の認識において隔たりがある。平成30年度以降の保育者養成課程幼稚園教員・保育士)のカリキュラム改正によって現在の「保育相談支援」は閉講となり、それぞれの課程で新科目が開設される可能性が高い。統合化が困難になった諸事情については今後も議論の余地がある。There are some different ideas in kindergarten and nursery school in the contents of counselling support from different of development process in Japan. For example, Parents of kindergarten's children have high income relatively, for that purpose kindergarten teacher often guides child's development and friend relation in parents and advises. Such advice is educational, not welfare-like. In fact, kindergarten teachers tend to provide support pointed after elementary school entrance. On the other hand, nursery school teacher has supported a difficult home with poverty and parent sickness. It's difficult to integrate a kindergarten and nursery school in teacher education. It's in the way to be different from concept and practice at kindergarten and nursery school in counselling support.
著者
古賀 政文 コガ マサフミ Koga Masafumi
出版者
鹿児島国際大学福祉社会学部
雑誌
福祉社会学部論集 (ISSN:13466321)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.17-30, 2018-07-01

知的障害特別支援学校の各教科は、従来、小学校等の各教科等とは異なり、知的障害の特徴や学習上の特性等に応じた目標や内容が示され、その障害に応じ、生活を重視した指導・支援が行われてきている。平成29年4月に告示された特別支援学校小学部・中学部学習指導要領(以下、新学習指導要領と表記)では、そのことを踏襲しつつ、小学校等の目標や内容等との連続性や関連性を整理し、育成を目指す資質・能力の三つの柱に基づき、目標や内容が構造的に示されている。ここでは、知的障害児教育における言語指導の重要性について改めて考察するとともに、育成を目指す資質・能力の中核となる言葉(国語)を取り上げ、育成を目指す資質・能力を踏まえた知的障害児の国語教育はどうあればよいかについて言及する。Subjects which composes the curriculum in special needs school for children with intellectual disabilities is different from subjects for an elementary school. It focuses on building up children's life experience. This report examined teaching of Japanese language based upon the capabilities required in the future for children with intellectual disabilities.
著者
口村 淳 クチムラ アツシ Kuchimura Atsushi
出版者
同志社大学社会学会
雑誌
評論・社会科学 = Hyoron Shakaikagaku (Social Science Review) (ISSN:02862840)
巻号頁・発行日
no.126, pp.1-13, 2018-09-30

論文(Article)本研究の目的は,他職種からみた生活相談員に対するイメージや期待する役割を把握した上で,生活相談員業務のあり方について検討することである。社会福祉法人A系列の特別養護老人ホームを調査対象にし,生活相談員以外の専門職から102通の回答を得た。分析の結果,生活相談員は他職種から,相談援助や連絡調整を中心とした役割を期待されている傾向があることが明らかになった。This study aims to examine residential social worker's expected roles from the other professionals viewpoints and to consider the direction of residential social work. The target of the questionnaire survey was a social welfare corporation affiliated special nursing home for the elderly, and 102 professions other than residential social worker responded. As a result of analysis, the following trend was revealed that residential social worker was expecting the role of consultation aid and coordination mainly from other professions.
著者
川村 潤子 / 原田 忠直
出版者
日本福祉大学経済学会
雑誌
日本福祉大学経済論集 = The Journal of Economic Studies (ISSN:09156011)
巻号頁・発行日
vol.57, pp.59-81, 2018-09-30

本論は,「子ども」を保育園などに預けることなく,母親たちの相互扶助システムのもと,新たな働き方を模索するNPO 法人マザーズライフサポーターの成立経緯や諸活動を紹介する.その上で,マザーズライフサポーターの運営方法(とくに経済活動)と中国の「包」的営みとの類似性から,その活動の社会的な意義を問い,「家族」にいかなる影響を与えるのかを考察する.
著者
西久保 智昭 小林 泰秀
出版者
自動制御連合講演会
雑誌
自動制御連合講演会講演論文集
巻号頁・発行日
vol.54, pp.50, 2011

本稿では柔軟片持ち梁のフィードフォワード外乱抑制制御系の設計問題において,指向性アクチュエータの効果を実験的に検証する.物理モデルおよび周波数応答実験に基づき以下の知見を得た:開ループのフィードバックパス伝達関数に対して位相遅れが増加する.次にモデル化誤差を考慮せずに求めたH∞補償器と仮想的補償器に基づき以下の知見を得た:補償器のピークゲインが抑制され,その数も少なくなる.