著者
上田紋佳 猪原敬介 塩谷京子# 平山祐一郎 小山内秀和 足立幸子# 服部環
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第58回総会
巻号頁・発行日
2016-09-22

企画趣旨 「現在の世代は読書をしているか」。このことについては,教育関係者のみならず,社会全体から強い関心が寄せられてきた。例えば,2012年のPISA調査では,「趣味としての読書をどのくらいしますか。」の項目に対して,「趣味で読書をすることはない」と回答した割合が日本は約44%であり,17か国中の2番目に高いという結果が報告されている(国立教育政策研究所,2010)。一方で,全国学校図書館協議会による児童生徒の読書状況についての調査では,小学生・中学生の読書量は増加傾向,不読率も減少傾向が報告されている(毎日新聞社, 2016)。これら読書についての実態調査から,私たちは「今の若者は本を読まない」「いや,不読率は下がってきている」などと議論するが,その内容は実態調査の結果の解釈に終始してしまい,現場における「読書と教育」の在り方に影響を及ぼすことは少なかったように思われる。実態調査から一歩踏み込み,現場のニーズに答える心理学的研究が,ぜひとも必要である。 そこで本シンポジウムでは,日本における読書研究の増加と質的発展を促すための視点を模索したい。具体的には,読書量の測定方法やその精度の問題,また読書の効果に関するプロセス,読書や読書教育の環境などの観点から掘り下げていく。話題提供の先生方には,学校教育における子どもの読書に関する現状を,実態把握調査や個々の研究データをもとに明らかにし,克服すべき課題を示していただく。指定討論では,足立幸子氏からは国語科教育・読書指導の観点から,服部環氏から教育心理測定の観点からコメントをいただき,建設的な議論のきっかけとしたい。本シンポジウムを通じて,研究者および現場の教員・司書などの教育関係者の間の議論が活発となり,学校教育における読書の在り方について考察を深めたい。話題提供国語科に位置付けられた読書活動の現状-文部科学省の調査から-塩谷京子(関西大学) 現行の小中高等学校の学習指導要領において,国語科は,「A話すこと・聞くこと」,「B書くこと」,「C読むこと」及び〔伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項〕の3領域1事項から内容が構成されている。読書は,このうちの 「C読むこと」に位置付けられている。 「C読むこと」の指導では,読む能力を育成するとともに,読書の幅を広げ,読書の習慣を養うことへの配慮の記述がある。例えば平成21年に告示された高等学校学習指導要領の解説国語編では,国語科改訂の要点の一つに「読書活動の充実」があげられている。学校図書館や地域の図書館などと連携し,読書の幅を広げ,読書の習慣を養うなど生涯にわたって読書に親しむ態度を育成することや,情報を使いこなす能力を育成することを重視して改善が図られた。 このように,読書は学校教育において児童生徒に身につけさせる態度や能力の側面から,国語科という教科の中で系統的に扱われている指導事項の一つである。 しかしながら,我が国で50年以上続いている読書に関する調査では,1ヶ月に1冊も本を読んでいない不読者の割合が問題になってきた。小中学校においては,朝読書が取り入れられてきた時期から不読者は徐々に減少傾向にあるものの,高等学校においては,その割合がおよそ50%に及び,長い間大きな変化はない。 読書が学校教育に位置付けられているにも関わらず,不読者があるという現状について,多方面から調査・分析が行われたり,対策が提案されたりしている。 本発表では,毎年実施されている全国学力調査と読書の関係や2016年度に行われた高校生への読書に関する意識調査結果をもとに,学校現場の現状を紹介しながら,今後どのような研究が必要とされているのかを提案し,読書教育推進に貢献したいと考えている。話題提供「読書量」という指標をどう扱うか-大学生の読書状況調査から考えたこと-平山祐一郎(東京家政大学) 大学生が学習を行う上で,不可欠なスキルのひとつとして,「読書」を位置づけることができる。そこで,大学生がどれだけ読書をしているのかを把握しようと試みたところ,読書離れが大きく進行している事実が見出された。しかしながら,読書離れを裏付けるための「読書量」という指標そのものが,多くの検討の余地を残していることが判明した。多くの読書調査では,月当たり,週当たり,一日当たりと時間を区切って,読書時間や読書日数,読書冊数を尋ねている。しかし,あくまでも自己申告(内省報告)であるので,社会的望ましさの影響も含めて,誤差の大きい回答になっていると思われる。そのため,読書に関する行動や読書時間帯,読書動機などの変数と関連付けると,解釈がかなり困難になることが多い。 読者に読書記録をつけてもらい(日誌法),読書量を推定する方法は,読書内容も含めて検討できるため,読書量に関して精度の高い推定ができることが予想されるが,そのコストはかなり大きくなるだろう。「読書量」そのものを検討するならば,そのコストは甘受しなければならないが,多くの調査や研究は「読書量」を利用した研究となっているため,「読書量」把握だけに力を注ぐことはできない。 では,ある程度の誤差を含み込んだ「読書量指標」をどのように扱えばよいのだろうか。また,「ほんの一工夫」することにより,少しでも読書量把握の精度を上げることができるか否かを考えてみる。話題提供データに基づいた知見の必要性-読書が言語力に及ぼす影響についての研究から-猪原敬介(電気通信大学・日本学術振興会) 「読書は児童の言語力を伸ばす」ことは,我が国における多くの教育実践者によって直観的,体験的に信じられている。心理学における科学的方法論に基づいた研究もこのことを概ね支持していることから,結果として,上記の主張と科学的エビデンスとは矛盾していない。しかし,矛盾がなければそれで良いだろうか。 本話題提供では,科学的エビデンスに基づかない「読書は児童の言語力を伸ばす」という主張の限界について議論し,データに基づく読書研究の必要性について考えてみたい。 具体的には,直観的・体験的な信念は,現象の過度な単純化を産み出し,効果的な読書教育につながらないのではないかと問題提起する。例えば,「読書は児童の言語力を伸ばす」というだけの単純なモデル(ある人の頭の中にある読書についての捉え方)では,児童の個人差(言語力や好み)や,その個人差が生み出す読書活動の変化 (読む本の難易度やジャンル)を考慮しないため,「どの児童にどの本を読ませても効果は同じだから,児童がどんな本を読んでいるかには注意を払わない」というような読書教育上の単純化を生み出し,読書教育の効果を小さくしてしまう。 一方で,過度なモデルの複雑化は,そのモデルの利用価値を下げてしまうことも事実である。本話題提供では,研究の背後に「適度な複雑さで,有用なモデル」を仮定する海外の研究について紹介し,まだまだ研究そのものが少ない我が国での研究の指針として提案したい。また,国内の研究事例として,話題提供者らが行った研究についても紹介し,我が国における優れた読書研究の推進に寄与したい。話題提供読書は社会性の向上に寄与するか?-物語読書量とマインドリーディングとの関連の検討-小山内秀和(浜松学院大学) 子どもの読書が推奨される根拠として,言語能力の向上とともに取り上げられることの多いのが,「読書は思いやりといった社会性の発達を促す効果を持つ」という主張である。巷間,そして教育現場などで,こうした指摘を聞くことは多い。しかしながら,読書と社会性との関連について実証データに基づいた議論がされることはあまり多くなく,実践現場の実感として語られることが多いという印象がある。 従来,読書と社会性との関連については,子どもや成人を対象に読書の活動調査を行うなかで,思いやりや積極性などとの関連を見るというかたちで検討されてきた。しかしながら近年,1) 読書のなかでも物語の読書に焦点を当て,2) 社会性のなかでも「他者の心的状態の理解」への効果に注目した研究が行われ,より実証的なデータが報告されるようになっている。こうした研究が可能となったのは,読書活動と社会性のそれぞれを客観的に測定する手法が少しずつ洗練されてきていることが大きい。読書活動についていえばさまざまな読書量推定指標が,社会性については他者の心的状態を推測する能力の個人間差を測定できる課題が,大きく貢献しているといってよいだろう。 本発表では,物語の読書と他者の心的状態を理解する能力である「マインドリーディング」との関連を扱った研究について,海外の研究成果を紹介しつつ,発表者が大学生と小学生を対象に行った研究についても報告する。それによって,読書の効果という教育上きわめて重要なテーマに対して,基礎研究がどのように貢献できるのかを考える一助としたい。引用文献国立教育政策研究所(2010).生きるための知識と技能4−OECD生徒の学習到達度調査(PISA)2009年調査国際結果報告書 明石書店毎日新聞社(2016).読書世論調査 毎日新聞社
著者
中原 健一 島田 史也 宮崎 邦洋 関根 正之 大澤 昇平 大島 眞 松尾 豊
出版者
人工知能学会
雑誌
2018年度人工知能学会全国大会(第32回)
巻号頁・発行日
2018-04-12

株式市場における売買審査業務をより効率的かつ合理的に行うために,定量的に見せ玉を検知する手法を提案する.本手法においては,教師ラベルを使用せずに相場操縦行為中に見られる不自然な取引履歴を発見するため,密度比推定による異常検知手法を用いた.東京証券取引所の上場銘柄の中より無作為に選択され,専門家チームによってラベル付けされた118 件の半日単位の一銘柄取引履歴による検証結果によると,見せ玉が疑われる事例の80%は,モデルが予測した異常度順にソートした事例の上位50%に含まれ,実務で使用されている単純な規則によるスクリーニングの結果と比較して更なる精緻化が達成できていることが示された.
著者
岡田有司 大久保智生 半澤礼之 中井大介 水野君平 林田美咲 齊藤誠一
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

企画趣旨 学校適応に関する研究は近年ますます活発になり,小学校・中学校・高校・大学と各学校段階における学校適応研究が蓄積されてきている。学校段階によって学校環境や児童・青年の発達の様相は異なるといえ,学校適応研究においても学校段階を意識することが重要だといえる。こうした問題意識から,企画者らは2017年度は小学校段階に焦点をあてて学校適応について検討を行った(大久保・半澤・岡田,2017)。本シンポジウムでは,中学校段階に注目し,主に友人関係の観点から学校適応にアプローチする。 先行研究では中学生の学校適応に影響を与える様々な要因について検討されてきたが,その中でも友人やクラスメイトとの関係は学校への適応に大きなインパクトがあることが示されてきた(岡田,2008;大久保,2005など)。 中学校段階は心理的離乳を背景に友人関係の重要度が増すとともに,同性で比較的少人数の親密な友人関係である,チャムグループを形成する時期であるとされる(保坂・岡村,1986)。そして,この時期の友人関係では,内面的な類似性が重視され,排他性や同調圧力が強くなるといった特徴のあることが指摘されている。このような友人関係を形成することは発達的に重要な意味がある一方で,中学校段階において顕在化しやすい学校適応上の諸問題と密接に関連していると考えられる。 以上の問題意識から,本シンポジウムでは友人という観点を含めながら中学生の学校適応について研究をされてきた登壇者の話題提供をもとに,この問題について理解を深めてゆきたい。中学生の「親密な友人関係」から捉える青年期の学校適応中井大介 近年,青年期の友人関係に関する研究では青年が親密な関係を求めつつも表面的で希薄な関係をとることや状況に応じた切替を行うといった複雑な様相が指摘されている(藤井,2001;大谷,2007)。その中で,依然として「親友」と呼ばれるような「親密な友人関係」が青年期の学校適応や精神的健康に影響することも指摘されている(岡田,2008;Wentzel, Barry, & Caldwell, 2004)。 一方で,このように重要とされている青年期の親密な友人関係であるが,そもそも青年にとって,このような親密な友人関係がどのようなものであるかを検討した研究は少ない(池田・葉山・高坂・佐藤,2013;水野,2004)。その中でこのような青年期の親密な友人関係をとらえる枠組みの一つとして,近年,青年期の友人に対する「信頼感」の重要性が指摘されている。 しかし,この青年期の友人に対する「信頼感」については,質的研究は行われているものの量的研究が少ないため未だ抽象的な概念である。この点を踏まえれば青年期の親密な友人関係について主体としての青年自身が信頼できる友人との関係をどのように捉えているのかを量的研究によって検討する必要があると考えられる。 加えて上記のように中学生にとって親密な友人関係が学校適応や精神的健康に影響を及ぼすことを踏まえれば,友人に対する信頼感と学校適応の関連を詳細に検討する必要性があると考えられる。しかし,これまで友人に対する信頼感が学校適応とどのような関連を示すかその詳細は検討されていない。そのため生徒の学年差や性差などによる相違についても検討する必要がある。 そこで本発表では中井(2016)の結果をもとに,第一に,「生徒の友人に対する信頼感尺度」の因子構造と学年別,性別の特徴を検討し,第二に,友人に対する信頼感と学校適応との関連を学年別,性別に検討する。これにより中学生の学校適応にとって「親密な友人関係」がどのような意味を持つかについて今後の研究課題も含め検討したい。スクールカーストと学校適応感の心理的メカニズムと学級間差水野君平 思春期の友人関係では,「グループ」と呼ばれるような同性で,凝集性の高いインフォーマルな小集団が形成されるだけでなく(e.g., 石田・小島, 2009),グループ間にはしばしば「スクールカースト」という階層関係が形成されることが指摘されている(鈴木, 2012)。スクールカーストは,生徒の学校適応やいじめに関係することが指摘されている(森口, 2007;鈴木, 2012)。中学生を対象にした水野・太田(2017)では学級内での自身の所属グループの地位が高いと質問紙で回答した生徒ほど,集団支配志向性という集団間の格差関係を肯定する価値観(Ho et al., 2012;杉浦他, 2015)を通して学校適応感に関連することを明らかにした。このように,スクールカーストに関する心理学的・実証的な知見は未だに少ないことが指摘されているが(高坂, 2017),スクールカーストと学校適応の心理的プロセスが少しずつ示されてきている。 また,個人内の心理的プロセスだけでなく,学級レベルの視点を取り入れた研究も必要であると考えられる。なぜなら,学校適応とは「個人と環境のマッチング」(近藤, 1994;大久保・加藤, 2005)と言われるように,個人(児童や生徒)と環境(学級や学校)の相性や相互作用によって捉える議論も存在するからである。さらに,近年のマルチレベル分析を取り入れた研究から,学級レベルの要因が個人レベルの適応感を予測することや(利根川,2016),学級レベルの要因が学習方略に対する個人レベルの効果を調整すること(e.g., 大谷他,2012)のように,日本においても学級の役割が実証的に示されてきているからである。 本発表では中学生のスクールカーストと学校適応の関連について,スクールカーストと学校適応の関連にはどのような心理的メカニズムが働いているのか,またどのような学級ではスクールカーストと学校適応の関係が強まってしまう(反対に弱まってしまう)のかを質問紙調査に基づいた研究を紹介して議論をすすめたい。友人・教師関係および親子関係と学校適応感林田美咲 従来の学校適応感に関する多くの研究では,友人や教師との関係が良好であり,学業に積極的に取り組む生徒が最も学校に適応していると考えられてきた。しかし,学業が出来ていない生徒や教師との関係がうまくいっていない生徒が必ずしも不適応に陥っているとは限らない。そこで,今回は学校適応感を「学校環境の中でうまく生活しているという生徒の個人的かつ主観的な感覚(中井・庄司,2008)」として捉え,検討していく。 友人関係や教師との関係が学校適応感に及ぼす影響については,これまでも検討されてきている (例えば,大久保,2005;小林・仲田,1997)。さらに,家族関係も学校適応感と関連することが示されており,学校適応について検討する際には家族関係やクラス内にとどまらない友人関係も考慮するという視点が必要であると指摘されている (石本,2010)。人生の初期に形成される親子関係は,後の対人関係を形成する上での基盤となることが考えられる。そこで,親への愛着を家族関係の指標とし,友人関係,教師との関係と合わせて,学校適応感にどのような影響を及ぼすのかについて検討した(林田,2018)。 その結果,愛着と学校内の対人関係はそれぞれに学校適応感に影響を及ぼすだけでなく,組み合わせの効果があることが示唆された。親子関係が不安定なまま育ってきた生徒であっても,友人関係や教師との関係に満足していることが補償的に働き,学校適応感が高められることや,友人関係や教師との関係に満足できていない場合,親への愛着の良好さに関わらず,高い学校適応感が得られにくいことが示唆された。つまり,学校適応感を高めるためには,友人関係や教師との関係が満足できるものであることが特に重要であると考えられる。 本発表では,親への愛着や友人関係,教師との関係といった中学生を取り巻くさまざまな対人関係が学校適応感にどのような影響を及ぼしているのかについて,研究結果を紹介しながら考えていきたい。
著者
加納 靖之 橋本 雄太 中西 一郎 大邑 潤三 天野 たま 久葉 智代 酒井 春乃 伊藤 和行 小田木 洋子 西川 真樹子 堀川 晴央 水島 和哉 安国 良一 山本 宗尚
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
JpGU-AGU Joint Meeting 2017
巻号頁・発行日
2017-03-10

京都大学古地震研究会では,2017年1月に「みんなで翻刻【地震史料】」を公開した(https://honkoku.org/).「みんなで翻刻」は,Web上で歴史史料を翻刻するためのアプリケーションであり,これを利用した翻刻プロジェクトである.ここで,「みんなで」は,Webでつながる人々(研究者だけでなく一般の方をふくむ)をさしており,「翻刻」は,くずし字等で書かれている史料(古文書等)を,一字ずつ活字(テキスト)に起こしていく作業のことである.古地震(歴史地震)の研究においては,伝来している史料を翻刻し,地震学的な情報(地震発生の日時や場所,規模など)を抽出するための基礎データとする.これまでに地震や地震に関わる諸現象についての記録が多数収集され,その翻刻をまとめた地震史料集(たとえば,『大日本地震史料』,『新収日本地震史料』など)が刊行され,活用されてきた.いっぽうで,過去の人々が残した膨大な文字記録のうち,活字(テキスト)になってデータとして活用しやすい状態になっている史料は,割合としてはそれほど大きくはない.未翻刻の史料に重要な情報が含まれている可能性もあるが,研究者だけですべてを翻刻するのは現実的ではない.このような状況のなか,「みんなで翻刻【地震史料】」では,翻刻の対象とする史料を,地震に関する史料とし,東京大学地震研究所図書室が所蔵する石本コレクションから,114冊を選んだ.このコレクションを利用したのは,既に画像が公開されており権利関係がはっきりしていること,部分的には翻刻され公刊されているが,全部ではないこと,システム開発にあたって手頃なボリュームであること,過去の地震や災害に関係する史料なので興味をもってもらえる可能性があること,が主な理由である.「みんなで翻刻【地震史料】」で翻刻できる史料のうち一部は,既刊の地震史料集にも翻刻が収録されている.しかし,ページ数の都合などにより省略されている部分も多い.「みんなで翻刻【地震史料】」によって,114冊の史料の全文の翻刻がそろうことにより,これまで見過ごされてきた情報を抽出できるようになる可能性がある.石本文庫には,内容の類似した史料が含まれていることが知られているが,全文の翻刻により,史料間の異同の検討などにより,これまでより正確に記載内容を理解できるようになるだろう.「みんなで翻刻」では,ブラウザ上で動作する縦書きエディタを開発・採用して,オンラインでの翻刻をスムーズにおこなう環境を構築したほか,翻刻した文字数がランキング形式で表示されるなど,楽しみながら翻刻できるような工夫をしている.また.利用者どうしが,編集履歴や掲示板機能によって,翻刻内容について議論することができる.さらに,くずし字学習支援アプリKuLAと連携している.正式公開後3週間の時点で,全史料114点中29点の翻刻がひととおり完了している.画像単位では3193枚中867枚(全体の27.2%)の翻刻がひととり完了している.総入力文字数は約70万字である.未翻刻の文書を翻刻することがプロジェクトの主たる目的である.これに加えて,Web上で活動することにより,ふだん古文書や地域の歴史,災害史などに興味をもっていない層の方々が,古地震や古災害,地域の歴史に関する情報を届けるきっかけになると考えている.謝辞:「みんなで翻刻【地震史料】」では,東京大学地震研究所所蔵の石本文庫の画像データを利用した.
著者
津島 俊介 尾方 隆幸
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
JpGU-AGU Joint Meeting 2017
巻号頁・発行日
2017-03-10

日本のジオパークにおいて大気圏および水圏の地球科学的事象が十分に扱われていないことを踏まえ,気象気候と水に重点を置いたジオストーリーと,それに基づくジオツアー用のガイドブックを作成した。大東諸島の気候は,地理的に太平洋高気圧の影響を受けやすいことに加え,地形による上昇流が発生しにくいこと,放射冷却による接地逆転層が形成されやすいことなど,環礁が隆起した特徴的な地形の影響も強く受ける。地表面はほぼ全てが第四系の石灰岩に覆われるため,陸面の水循環もカルスト地形に制約される。これらの大気水圏科学的な事象を,大東諸島に特有の地史と組み合わせることによって,地球科学的事象をシームレスに理解させる教材になるよう心がけた。さらに,南大東島には「南大東島地方気象台」があり,自動放球装置による高層気象観測も行われ,一般観光客の見学も多い。こうした施設をジオツアーに組み込むことは,最新の研究に直接触れることができる点で,教育的な意義も大きい。
著者
鈴木 康弘
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-03-10

1. 1980年以降の研究史Suzuki(2013)は、「日本の活断層」が纏められた1980年を「The remarkable year of 1980」と位置づけ、その後の1994年までの期間を「The matured period of active fault studies during seismic calm」とした。この間は「Excavation study of active faults」、「Analytical study of tectonic landform evolution based on dislocation models」、「Chronological studies supported by the development of dating techniques」、「Quantifying the rate of crustal deformation」、「Applied study to disaster reduction problem」によって特徴付けられる。さらに1995年~2005年は、「The decade after the great Kobe earthquake」であり、「Intensive investigation of active faults」、「Detailed large-scale mapping of active faults」、「Seismic reflection profiling of active fault」、「Long-term forecast of earthquake occurrence by active faults」、「Detailed study of flexural deformation and the 2004 Mid-Niigata earthquake」、「Overseas research on big earthquakes and active faults」が特徴的である。2006年以降は、「The period of rediscovery of active faults」であり、「Evaluating varieties of relation between earthquakes and active faults」、「Reexamination of active fault distribution」、「Relations between active faulting and geodetical movement」、「Considering interplate earthquake from the view point of submarine active fault」、「 Question posed by the 2011 East Japan huge earthquake」が今日まで続く検討課題である。2. 活断層をめぐる社会的問題1980年には「活断層発見の時代は終わった」とも評された。「日本の活断層」の刊行により全国的な活断層分布の概要が明らかにされた。また、松田(1975)やMatsuda(1981)によって、活断層情報からの地震規模がある程度推定できるようになり、また活動履歴情報から要注意断層を認定できるという概念が確立した。これは活断層研究の重要な到達点のひとつであり、1995年以降の地震発生長期予測を支えた。しかし一方で、原子力土木委員会(1985)により変動地形学的な活断層認定の有効性が否定された。その内容を改めて検証すると明らかな誤りが認められるが、その後の原子力発電所の耐震審査のための活断層調査に影響を与えた。当時、活断層研究者は原発耐震審査で何が行われているかに興味を示さず、反論もしなかった。1995年以降、阪神淡路大震災の反省から地震調査研究推進本部が発足し、直前予知に依存せず、長期予測を重視する方向性が示された。同時にハザード情報の公開が進み、国土地理院により「都市圏活断層図」の作成が進められた。トレンチ調査や反射法地震探査が重点的に実施されるようになり、通産省地質調査所(当時)に活断層研究センターが設置されたが、大学では活断層研究拠点は整備されなかった。「震度7」の強震動発生に関して成因論が巻き起こり、原発耐震の見直しにもつながった。強震動予測に社会的責任が重くなり、議論が複雑になった。1995年以降、地震予測手法(活断層評価および強震動レシピ)を確定する社会的要請が高まる中で、予測外の地震(2004中越、2005福岡、2007能登、2007中越沖、2008岩手・宮城)が多発した。活断層評価の信頼性に関して様々な議論も始まった。地震本部の長期評価に対して内閣府が確定度情報を付加するように求めることもあった。こうした中で原子力安全委員会においては2006年には原発耐震審査指針が改定され、2008年には活断層調査等の手引きも改定された。2011年の東日本大震災後、4月11日には福島県浜通りの地震が起きた。福島第一原発の耐震審査の際に活断層ではないとされた井戸沢断層が震源となったことが深刻な問題を提起した。原子力安全・保安院は、かつての活断層評価に問題があったとして、全国の原発に対して活断層の再評価を求めた。福島原発事故国会事故調はかつての原子力規制行政について「規制の虜」と批判し、2012年9月には原子力規制委員会および規制庁が発足した。こうした経緯の中で、原子力規制委員会は、安全と科学を重視する姿勢を明確に打ち出したが、その後も原発事業者や一部の研究者がこれを批判している。原理力安全委員会が2013年7月に決定した「原発安全規制基準」は、基本的に2006年のルールを踏襲したものである。活断層の定義も従来の「耐震設計上考慮する活断層」(=後期更新世以降の活動を否定できない断層)から基本的に変更はない。こうした30年の経緯において反省すべきことは、①原子力土木委員会(1985)に対して活断層研究者が何も対応しなかったこと、②松田(1975)の適用限界を超えた利用など、活断層研究の成果がいかに利用されているかに無関心であったことなどが挙げられる。こうした問題は「浅部は強震動を出さない」というモデルへの疑問や、「副断層が三十センチ以上動く確率は二十万年に一回より小さい」とする、「原子力発電所敷地内断層の変位に対する評価手法に関する調査・検討報告書」(JANSI一般社団法人原子力安全推進協会・敷地内断層評価手法検討委員会)http://www.genanshin.jp/archive/sitefault/data/JANSI-FDE-02.pdfへの対応などとして今日も残っている。原子力規制委員会の敷地内破砕帯調査において何が議論されているかについても多くの研究者が検証すべきである。文献:Suzuki(2013):Active Fault Studies in Japan after 1980. Geographical Review of Japan Series B, 86, 6–21.
著者
佐竹 健治
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-03-10

北海道東部沖の千島海溝ではM8クラスの大地震が約70年程度の繰り返し間隔で発生しているが,17世紀にはより大規模な地震が発生したことが,北海道東部の太平洋沿岸における津波堆積物調査から明らかにされている(Nanayama et al., 2003, Nature). 17世紀には北海道南西部の3火山,駒ヶ岳(1640年Ko-d, 1694年Ko-c2) , 有珠山(1663年Us-b),樽前山(1667 Ta-b, 1739 Ta-a)が一斉に噴火している.じっさい,17世紀の津波によって運ばれた砂層は,これらの火山灰層の直下に位置しており,海岸で標高約20 m(平川,2012,科学)に達したほか,海岸から数kmまで追跡された.17世紀に発生した巨大地震のメカニズムを調べるため,Satake et al. (2008,EPS) は プレート境界断層(深さ50㎞までと深さ85㎞まで)と海溝付近の津波地震モデルについて津波シミュレーションを行い,沿岸5か所の湿地帯における浸水域と津波堆積物の分布を比較した.その結果,十勝沖~根室沖の長さ300 km,幅100 km,深さ17-51㎞の断層面上で,すべり量は十勝沖で10 m,根室沖で5 mというモデル(十勝沖と根室沖のプレート間地震の連動モデル, Mw 8.5)が,津波堆積物の分布をほぼ説明できるとしたが,海岸での津波の高さは最大10m程度であった.Ioki and Tanioka (2016, EPSL)は,上記のモデルに加えて,海溝軸付近のすべりを25 mとすれば,沿岸での津波高さが20m以上になり,17世紀の津波堆積物をすべて説明できるとした.このモデルのMwは8.8である.北海道の沿岸部では,17世紀よりも古い津波によるとされる砂層が,10世紀の火山灰層(B-Tm)の上にもう1枚,B-TmとTa-c2(樽前火山の約2500年前噴火による火山灰)との間に3-4層あることから,17世紀と同様な津波はおよそ500年間隔で発生したとされている (Nanayama et al., 2003).Sawai et al. (2009, JGR)は,過去6000年間に発生した15回の津波の間隔が,平均約400年だが100-800年とばらつくことを示した.道南の3火山は,千島弧でなく東北日本弧に属することから,17世紀の一斉噴火に関連するのは,千島海溝の巨大地震ではなく,日本海溝の巨大地震かもしれない.日本海溝北部では1611年慶長地震が発生し,津波によって多くの死者が発生した.この地震による津波は三陸沿岸や仙台平野では2011年と同様な被害を生じている一方,地震動による被害は知られていないことから,津波地震であるとされている.しかし,他の津波地震(例えば1896年三陸津波地震)のように海溝付近のみで断層運動が起きた場合,それが火山活動に影響するとは考えにくい. 1611年慶長地震が17世紀の千島海溝の地震ではないかという考えもあるが,千島海溝の波源で三陸海岸や仙台平野の津波高さ・浸水域を再現するためには,上記のモデルの3倍程度のすべり量が必要である(岡村・行谷,2011,活断層・古地震研究報告).また,釧路市春採湖湖底コアの年縞からは,17世紀の津波の発生は1636年とされている(石川他,2012,連合大会).なお,北東北(盛岡や弘前)では,1650年頃からは藩の日記が残っており,千島海溝の地震は有感地震として記録されているはずである(佐竹,2002,歴史地震).17世紀の北海道南部の3火山の一斉噴火と千島あるいは日本海溝の巨大地震の関連性を議論する際,一斉噴火は過去数千年間で唯一の現象であるのに対し,津波堆積物をもたらした巨大地震はおよそ500年間隔で繰り返してきたことにも注意する必要がある.
著者
近藤 久雄 谷口 薫 杉戸 信彦
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2014年大会
巻号頁・発行日
2014-04-07

糸魚川-静岡構造線活断層系(以下,糸静線活断層系)は,1980年代以降に精力的に実施された詳細な古地震学的調査によって,近い将来に内陸大地震を生じる断層系の1つと考えられている(例えば,奥村ほか,1994;地震調査研究推進本部地震調査委員会,2003).糸静線活断層系におけるトレンチ調査等の地点数は約44地点にわたり,日本の内陸活断層帯の中で最も高密度に古地震学的調査が実施されてきた(例えば,糸静線活断層系発掘調査研究グループ,1988など).これらの成果では,断層系最北端を構成する神城断層から下蔦木断層に至る区間(北部-中部区間:奥村ほか,1998)の最新活動時期が約1200年前と推定され,西暦841年もしくは西暦762年地震のいずれかに対比されるものと考えられてきた.甲府盆地の西縁付近を延びる南部区間では約1200年前とは異なり,より古い活動時期が推定されている(遠田ほか,1995;2000).一方,上述の神城断層から下蔦木断層に至る区間が連動型の1つの大地震であったのか,という点については課題が残されている.横ずれ成分を主体とする中部区間の中で,断層系のほぼ中央部に位置する諏訪湖周辺では盆地縁辺部を限る正断層群が発達し(例えば,今泉ほか,1997),同断層系で最も大規模な構造境界をなす.この盆地の成因については議論があるものの,最近検出された横ずれ地形(近藤・谷口,2013)等から判断して,藤森(1991)が指摘したように左横ずれ断層のステップ・オーバーに伴い形成されたプルアパート盆地である可能性が高い.すなわち,諏訪湖堆積盆地が断層セグメント境界をなすと考えられる.その一方では,糸静線活断層系の最新活動ではいずれかの歴史地震において諏訪湖セグメント境界を乗り越えて破壊が進展したとみなされてきた.しかし,例えば,諏訪湖堆積盆地の南東を延びる茅野断層におけるジオスライサー調査では最新活動時期は約2300年前であり,約1200年前のいずれの歴史地震でも活動していない(近藤ほか,2007).そこで,この諏訪湖セグメント境界周辺の最新活動時期をさらに高密度に復元することにより,諏訪湖セグメント境界の連動性を古地震学的に再検討した.諏訪湖セグメント境界の北西側付近に位置する岡谷断層・郷田地点では,トレンチ調査の結果,過去4-5回の活動時期が明らかとなり,最新活動時期が1660+-30 y.B.P.以降と推定された(近藤ほか,2013).さらに,諏訪湖セグメント境界の北東側に位置する諏訪湖北岸断層群・四賀桑原地点においてピット掘削調査を実施し,正断層運動に伴うとみられる傾斜不整合イベントをみいだした.この傾斜不整合の年代は2490±30から7710±40y.B.Pに限定され,少なくとも約1200年前の大地震に伴うものとは考えられない.さらに,下諏訪町下山田地点において実施したトレンチ・ボーリング調査では,沖積扇状地面を切る比高約2mの低断層崖が1790+-30から6750+-30y.B.P.に形成された可能性があり,現在さらに詳細を検討している.これらの諏訪湖セグメント境界とその周辺の最新活動時期からみて,諏訪湖北岸断層群および諏訪湖南岸断層群では最新活動時期が約1200年前よりも古く,西暦841年と西暦762年地震のいずれにおいても活動していない.したがって,約1200年前の歴史地震に伴い神城断層から下蔦木断層に至る区間が連動して1つの大地震を生じたとは考えられない.すなわち,神城断層から牛伏寺断層ないし岡谷断層までを含む区間と,釜無山断層群から下蔦木断層までを含む区間が約1200年前にそれぞれ別々の大地震を生じた可能性が高い.歴史史料の制約から現状では断定できないが,前者の区間が西暦841年地震,後者の区間が西暦762年地震を生じたという対比,あるいはその逆の組み合わせの可能性もある.今後,緻密な年代測定等を実施することで,両地震の対比をより厳密におこなうことも重要である.さらに,最新活動では諏訪湖セグメント境界を破壊が乗り越えなかったと考えられるものの,そのような連動型大地震が過去に生じなかったとは言えない.例えば,約2000-2300年前の古地震イベントでは,牛伏寺断層や岡谷断層,茅野断層においても共通して見いだされており,活動時期のみからは連動した可能性は考えられる.ただし,地層の欠落や年代測定の推定幅によって完全な同時性があるとは言えないため,このイベントに伴う地震時変位量を復元して検討することが必要である.さらに,数値シミュレーション等により物理的な背景をもった再現性を検討する必要があろう.謝辞:諏訪湖周辺の現地調査は(株)ダイヤコンサルタントのご協力を得ました.記して御礼申し上げます.