著者
岡本 和磨 池田 陽子 甲斐 朱莉 末元 真子 水谷 晴香 米田 紗菜 池見 陽
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床学専攻
雑誌
Psychologist : 関西大学臨床心理専門職大学院紀要
巻号頁・発行日
vol.11, pp.11-19, 2021-03

PCAGIPとは、メンバー間の相互作用を通じて事例提供者に役立つ新しい取り組みの方向や具体策のヒントを見出すためのグループ体験であり(村山・中田,2012)、様々な分野で活用されている。しかし昨今の世界的な感染症の流行に伴い、オンライン上で行うなど方法上の工夫が求められている。そこで、本論文ではZoomを使用してPCAGIPを実践し、オンライン上で行うことのメリット・ディメリットについて検討した。また、事例提供者にとってどのような応答が役に立っていたのかについても検討を行った。実施の結果メリットとして、随時全員の表情を画面上で真正面から捉えることが出来るため、対面にはない臨場感のある体験が可能であることが挙げられた。ディメリットとしてセキュリティの脆弱性に対する5つの不安が挙げられた。しかし、Zoomのアップデートによりそれらの不安のほとんどが解消されているのではないかと思われた。また、PCAGIPにおいて役立つ応答を検討した結果、メタファー表現による自己理解の生成過程、及びメタファー表現との交差やメタファーを用いた相互の追体験が重要であると考えられた。
著者
竹内 千代子
出版者
関西大学国文学会
雑誌
國文學 (ISSN:03898628)
巻号頁・発行日
vol.91, pp.187-200, 2007-03-01
著者
笹川 尚紀
出版者
京都大学大学院文学研究科附属文化遺産学・人文知連携センター
巻号頁・発行日
2020-03-14

京都大学総合博物館 2019年度特別展 文化財発掘 VI 「幕末・近代の出土文字資料」関連講演会資料
著者
八杉 佳穂 Yoshiho Yasugi
出版者
大修館書店
雑誌
梶茂樹・中島由美・林徹編.
巻号頁・発行日
pp.576-579, 2009-04-20

事典世界のことば141
著者
加藤 薫 Kato Kaoru
出版者
神奈川大学
雑誌
麒麟 (ISSN:09186964)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.29-51, 2012-03-31
著者
内藤 裕貴
出版者
早稲田大学
巻号頁・発行日
pp.1-170, 2020

早大学位記番号:新8579
著者
籠谷 直人
出版者
京都大學人文科學研究所
雑誌
人文學報 (ISSN:04490274)
巻号頁・発行日
vol.110, pp.183-214, 2017-07-31

本稿の課題は, 1930年代のイギリス領インド(以下, 英領インドと略す)市場における日本の「綿製品」(以下, 「綿布」と表記する)を通して, 日本と英領インド, そしてイギリス本国との通商関係について分析することにある。とくに英領インド市場を舞台にした, 日本と英領インドの政府間間交渉であった「日印会商」(1933年9月−34年1月)を改めて取り上げたい。既存の研究は, 日印会商を通商摩擦の舞台とみなし, 日本の世界経済からの孤立の側面から議論してきた。しかしながら, 本稿では, 30年代の日本の綿布は, インド政庁にとっては輸入関税収入を確保するためには必要であった。輸入関税収入額は, 1930年度<「イギリス製品」から2000万ルピー, 「日本製品」から1800万ルピー>, 31年度<1700万ルピー, 2000万ルピー>, 32年度<3000万ルピー, 3600万ルピー>, 33年<2100万ルピー, 2500万ルピー>, 34年度<2900万ルピー, 2600万ルピー>, 35年<2300万ルピー, 3300万ルピー>, 36年度<1700万ルピー, 3000万ルピー>であった。輸入綿布への従価税率は, 1934年以降には日本綿布に50%, イギリス製品に25%という税率であったが, 関税収入額の側面からみると日本とイギリスの綿布は, インド政庁にとっては, ほぼ同額の関税収入を稼ぎ出していた。そして日本にいるインド人貿易商にとっても取引機会を提供した点で重要であった。そして, 「インド棉花」にとっても日本市場は重要であり続けた。30年代の日本の孤立ではなく, むしろ協調的関係を模索していた。もっともこうした通商関係の協調の模索は, イギリスから「満洲国」の承認をとりつけるねらいがあった。協調姿勢も「満洲問題の解決は予想外の好調に進み, 英米等の理解ある態度」を確保するためであったことにも留意したい。つまり広田広毅外務大臣は「満洲問題の完逐を図るために(中略)イギリスとの関係は, シムラ会議を纏めて, 両国の関係をよくするやうにして行くより方法がない」と述べていた。本稿では, 日印会商における日本政府側の代表のインド政庁にたいする通商的譲歩姿勢に注目しているが, こうした1930年代の日本の協調的経済外交は, 32年3月の「満洲国」の建国を対外的に承認させようとする政治的含意があった。33年3月に日本は国際連盟から脱退するが, イギリス領における政府間交渉の協調的外交は, そうした日本の対中国膨張策を補うことに狙いがあったことを看過してはならない。
著者
伊賀 文俊
巻号頁・発行日
no.1107, 1989