なぎさ (@nagisanoyuki)

投稿一覧(最新100件)

RT @IO266mPhru1xXCo: 陶淵明は隠逸として詠んだものが、明治の日本の「故郷礼賛キャンペーン」によって、望郷のイメージに変わったとのこと。 平安時代からの受容の経過も追われていて、とても分かりやすい論文。 CiNii 論文 -  日本における「歸去來兮辭」の受…

3 3 0 0 OA 皇室之藩屏

RT @quiriu_pino: まあ少なくとも江戸時代的な感覚だったら、エラい人の邸宅と菩提寺が個人情報なわけがないよな。 https://t.co/AqA0nSNkt5
RT @zasetsushirazu: 明治20年3月7日、黒田長溥が死去。薩摩藩主・島津重豪の子で、幕末の筑前福岡藩主。蘭癖と呼ばれた大名の1人。慶応元年に加藤司書や月形洗蔵らを弾圧した「乙丑の獄」について、西尾陽太郎「黒田長溥と筑前勤王派」(『史淵』98、1967年)をネッ…

15 0 0 0 OA 維新史料綱要

RT @itaru_ohyama: @darbyz80 @letrainblue811 慶応三年二月二十一日の「幕府、征夷大将軍徳川慶喜の音称『よしひさ』を布告す」 https://t.co/tIkthFsCtB これ「布告す」であって「改む」ではないところが味噌で、外国との書…

2 0 0 0 OA 鯨海酔侯集

ざまぁって言ってた漢詩ってこれかな。彦根の琵琶湖は犬豚に呉れてやれ、的な感じですかね…(漢詩苦手) https://t.co/ZOZEATdxvq https://t.co/7is8oSlzjT
@ambujam10 @mia66sa_ga なんか呼ばれた気が…(笑)ちなみに、「寧楽園歌伝純忠古川松根」という国デジで読める松根アゲの伝記があるのですが、閑叟さまは息子の直大公に「何でも譲るがひとつだけ譲れないものがある」と言… https://t.co/9TNAcwZfUa

7 0 0 0 OA 鯨海酔侯

駄菓子の話、出典は坂崎斌の「鯨酔酔侯」なんですけれど、これがいつ頃の話なのか、本当の話なのかは不明。 https://t.co/JwshEawmy4 https://t.co/rcQ47rv64k https://t.co/vOD0UrqXOk
RT @UTokyo_GenLib: 口上の部分を読んでみたい方は国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている『近代世相全史』(梅原北明 編)46コマ(36ページ)を参考にどうぞ! https://t.co/AqKIJ3Qn19
RT @merontomikan: なんかバズっている!300いいねを超えそう!Twitter始めて以来初めて

5 0 0 0 OA 続再夢紀事

@wadakogorou それが直接的な原因かどうかは分かりませんが、それも理由のひとつではないかと思います。蛇足ですが、高台寺が焼討ちされたときは春嶽公は過激派からは「朝敵」と呼ばれていました。それをもじって「暢迪」という戯号に… https://t.co/p2L72M2bap

10 0 0 0 OA 鍋島直正公伝

該当部分は国デジで読めますね。三者三様の言動が目に浮かぶようですが、老人云々の軽口を宗城公ではなく春嶽公が言い出してるあたり、この姻戚関係の気安さを伺える気がします。 https://t.co/xOcSBMupYt https://t.co/FrVXR3bUq1
後で読む。 薬酒の中医学的考察 (I) https://t.co/uBP6yoxcSP

1 0 0 0 OA 海舟全集

@draco_equus33 ありがとうございます。亡友帖は、宝福寺に16日の該当部分の写真と現代語訳が展示されてました。この部分ですよね? https://t.co/MGFwlWMaBc

6 0 0 0 OA 幕府征長記録

@sahasarinagara 私もまだちゃんと目を通して無いんですが、前半は尾張藩、後半は福井藩の征長記録という、私達向けとしか思えない本が国デジで読めますよ…(こっそり耳打ち) https://t.co/sgvgdefByr

15 0 0 0 OA 維新史料綱要

RT @itaru_ohyama: @darbyz80 @letrainblue811 慶応三年二月二十一日の「幕府、征夷大将軍徳川慶喜の音称『よしひさ』を布告す」 https://t.co/tIkthFsCtB これ「布告す」であって「改む」ではないところが味噌で、外国との書…
RT @zasetsushirazu: 明治42年11月14日、山川二葉が死去。会津藩士・山川尚江の娘で、兄弟姉妹に山川浩と健次郎、大山捨松がいる。会津藩家老の梶原平馬と結婚。東京女子高等師範学校で教育に携わった。文献に、遠藤由紀子「会津藩家老梶原平馬をめぐる女性」(『女性文化…
RT @zasetsushirazu: 安政6年10月6日(1859年10月31日)、三条実万(三条実美の父親)が死去。安政期の朝廷内で影響力があった。笹部昌利「幕末期公家の政治意識形成とその転回」(『仏教大学総合研究所紀要』8)曰く、息子の三条実美は実万の「体制改革意識の影響…
RT @T_urade1987: @nagisanoyuki 今思い出したんですがこの本ご存じですか? 福井の人物を調べておられる方なら使えるんじゃないかと思います。 https://t.co/jr2HxGLarQ
RT @T_urade1987: @09Kumano それは気になりますね。木戸の日記から明治初年までは存命だったことが分かり明治十五年の『内務省免許全国医師薬舗産婆一覧』を当たってみました。すると山口県に「尾崎文菴」という医者の存在が確認出来ます。改名したのか息子なのかと言っ…
RT @zasetsushirazu: 安政6年9月14日(1859年10月9日)、梅田雲浜が死去。安政大獄で最初に逮捕され、獄死。中島嘉文「角田家本梅田雲浜安政大獄吟味関係資料について」(『福井県文書館研究紀要』13)は、雲浜の取り調べ調書を分析し、「尊攘運動の理論的支柱」と…
RT @zasetsushirazu: 明治18年9月27日、都築温(都築荘蔵)が死去。慶応3年10月、大政奉還の趣旨が二条城で諸藩重臣に説明された際、宇和島藩代表として出席。将軍・徳川慶喜にも謁見。大政奉還が勅許されたことを帰国して報告(三好昌文「幕末期宇和島藩の動向(13)…

10 0 0 0 IR 林研海の生涯

RT @zasetsushirazu: 明治15年8月30日、医師・林研海が死去。幕末の長崎でポンペに学んだ後、榎本武揚や沢太郎左衛門らと同じ船に乗ってオランダ留学。帰国後の明治期に、静岡病院長、陸軍軍医総監などを歴任。高橋慎司「林研海の生涯」(『早稲田大学大学院教育学研究科紀…

10 0 0 0 OA 関西巡回記

前月には病気を理由に藩に辞表出して、でも受け入れられず、更には2月には参政に任命されてた。年譜を見る限り、この年(明治2年)は村田さん結構病気がち。 https://t.co/0SiMaNa66Y
RT @zasetsushirazu: 大正10年7月25日、佐藤進が死去。戊辰戦争で治療に従事した医師で、日本人初のベルリン大学卒業生。酒井シヅ「順天堂三代目堂主・佐藤進 (1845-1921), ドイツ留学から帰国まで」(『順天堂醫事雑誌』59-2)曰く、「明治,大正時代,…

9 0 0 0 OA 房総の偉人

RT @midnightexp2017: 出格至仁之 思召ヲ受ク、小笠原中務大輔ヘ永預仰付候事。」 https://t.co/gWOsGKdzxX (以上)
RT @zasetsushirazu: 明治15年7月23日、医師・佐藤尚中が死去。佐倉順天堂創始者・佐藤泰然の養子で、順天堂二代目堂主。また、明治期の東京で順天堂医院(後の順天堂大学)を開いた。小川鼎三「佐藤尚中伝 (3)」(『順天堂医学』18-3、1972年)は、幕末の長崎…

1 0 0 0 OA 人物偶録

唐突に熊本藩に興味を持ったので、細川護久・長岡護美兄弟について書かれてる本無いかな〜。とりあえず国デジで見つけたのは、護美公のふわふわ逸話。招待されたことはもちろん招待したことも忘れちゃう呑気ぶり(笑) https://t.co/qf9iyzWoOR
@shidacita64 ファミマネタ、私も笑いました。鮫さんのセンス最高ですよね(笑)そういえば、竹亭回顧録によると大雲院の隣の浄行寺にも泊まっていたんですかね?宗城公の在京日記で確認する必要はありますが、事前に知ってれば浄行寺… https://t.co/FQGUT1lqfG
@00srkw この次のページにありますが、「松堂」と書かれてますね。「新宮涼庭傳」によると、新宮涼庭が鯖江藩に五千両用立てたことや、詮房公が所司代の時に涼庭が招かれたことなど、2人の間に交流があったそうです。 https://t.co/1yDsPp8Xwg
半井澄の履歴。南禅寺天授庵にお墓があるらしいけど、探せるかな。 日本医史学雑誌 = Journal of the Japanese Society for the History of Medicine. 46(3)(1499)… https://t.co/FXdkPKhhX6
とりあえずチラ読みしたところ、前から気になってた春嶽公、宗城公、長知公の「順正黌」寄せ書きは、国デジ「順正書院記」で見られることが判明♪ https://t.co/EXz2D3iafG
RT @zasetsushirazu: 廣岡守穂「詩とは何か-幕末の漢詩と明治の新体詩から考える-」(『中央大学政策文化総合研究所年報』21、2018年)曰く、「詩は行動する者たちによって書かれ、心をつたえあい思想を共有する媒体として作用した」。特に、幕末期に至るまで読まれ続け…
「今日の大久保利通の手紙を読む」講座で読んだ「維新史」に、明治になって春嶽公が岩倉卿に対し、今後は中宮ではなく皇后と称すべきと建議したことが書いてあって、またひとつ春嶽公に関する蘊蓄を入手しました。 https://t.co/JbWlkNxeNp
RT @osho184064: 「江戸開城記念展覧会陳列目録」って国会図書館デジタルコレクションで見る事ができるんですね。 https://t.co/Fa58pZfQTe どんな書なのかが気になるし、どうしてこういう解説文になるのかも気になるところ。 https://t.c…

2 0 0 0 OA 春岳遺稿

今朝、私も加藤斌の「商家必用」の発行年月を知って惜しい…!!と思ったのよね。>RT ちなみに「商家必用」の序文は春嶽公によるもの。 https://t.co/js2znOStSI

7 0 0 0 OA 鯨海酔侯

鯨海酔侯に久しぶりに目を通して思い出した、この逸話がいつ頃のことなのか未だに手掛かりもなく不明。前後を文や供連れの少なさからすると、明治になってからのことなのかなあ。そして買い占めた容堂公は甘いものお嫌いだから、自分はひとつも食べ… https://t.co/YSOV2OeJrs

7 0 0 0 OA 鯨海酔侯

@bibliophilism @812donchan Eishunさん、ありがとうございます!!容堂公の瓢箪の話、坂崎紫瀾の「鯨海酔侯」にも書かれていました。 https://t.co/nFI5bljLjy 私、昔どこかで容堂公が… https://t.co/LZ8CDq38JL
RT @zasetsushirazu: 明治32年9月26日、大木喬任が死去。幕末の佐賀藩出身で、明治期に東京府知事、文部大臣、司法大臣などを歴任。湯川文彦「明治初年の民政改革における〈教育〉の台頭」(『日本の教育史学』58)は、学制公布時の文部卿・大木の、民政経験を活かした教…
RT @zasetsushirazu: 渡邊忠司「王政復古期の京都警固体制」(『鷹陵史学』40、2014年)は、慶応3年12月の王政復古で旧幕府の京都市中の治安維持組織が解体し、早急な対応を必要とした新政府の思惑と、「主君」を失った元与力・同心たちの求職意識が合致したことによる…
RT @fuyofuni: @nagisanoyuki ほう(°▽°) ただ関わるといっても、宮内省内匠寮頭(長官)として検分したということのようです。 とすると堤正誼は、在任中に同様に京都博物館も検分しているかも。 https://t.co/cJ3S7dHCbP
RT @lalan1858: 国立国会図書館デジタルコレクションから 小笠原島真景図1(父島、母島の測量図の画像はここから) https://t.co/hvEyEgVwPH #どん頃
岩佐純といえば、最近読んだ論文で一番面白かったもの。 CiNii 論文 -  明治維新期西洋医学導入過程の再検討 https://t.co/DDwUEd1L76 #CiNii
RT @zasetsushirazu: 梶原良則「安政期福岡藩における西洋軍法の導入と抵抗」(『福岡大學人文論叢』35-3、2003年)は、安政2年頃から福岡藩主・黒田斉溥は西洋軍法による軍事改革を企図し、徐々に成果を挙げたが、その方針に反対する家臣も多く、後の激しい政争の原型…

6 0 0 0 OA 復古記

RT @itaru_ohyama: 京に戻った西郷は「徳川公、大逆といへども、死一等を宥むべきか」と主張、木戸孝允はその機を捉えて「大議論を発し、寛典を弁明」した。『復古記』第三冊p24あたり https://t.co/hOiw6IL8R8

10 0 0 0 OA 関西巡回記

前もつぶやいたんですが、村田氏寿の関西巡回記は、彼の観察眼の鋭さや当時の武士の旅行の様子を知ることが出来る、とても興味深い内容だと思います。 https://t.co/ZUczbJ8JFz
RT @hakuboku0810: なお、三重津海軍所跡からは肥前焼の磁器が見つかってます。その産地を分析した論文がこちらです。かなり専門的な論文ですが、今はこのようにして磁器の産地を特定していくのだという参考として紹介 https://t.co/7HaTAqp6Le
RT @kouteipengin14: お陰さまでゲットできました! この紀要の主要な所蔵機関は https://t.co/LCGH2osH3f で確認できるし、「近くに図書館ない!」って方でも、頼めば郵送で送ってくれる図書館もあります。(その都道府県・市町村に住んでるなど条件…

14 0 0 0 OA 橋本左内言行録

RT @asahiji_myoko: なお、山田秋甫編著『橋本左内言行録』は国立国会図書館デジタルコレクションでもご覧になれます。https://t.co/GTdpeKOFxo
RT @8sk_kotetsu: #西郷どん で西郷吉之助が就いた「御庭方」という役職ですが、蜂須賀家にも同じ名前の役職がありました 13代藩主・蜂須賀斉裕公の御庭方が残したメモが東京の古本屋で売られており、それを入手した徳島関係者が翻刻した冊子が1972年に発行されています…
「田宮如雲は尾張藩主徳川慶勝と幕末浮沈の運命を共にし、その藩主への捨て身の忠誠心は岩倉具視や西郷隆盛らも一目置いたと言われる実力者」如雲のことは前から気になってるんですが、まつさんにも「慶勝と如雲は春嶽と雪江みたいな関係」と言われ… https://t.co/IOb4v1xdV9
RT @zasetsushirazu: 明治28年2月2日、林洞海が死去。幕末の蘭方医で、幕府奥医師。明治政府にも出仕。同門の先輩・佐藤泰然(順天堂創始者)の娘と結婚。樋口雄彦「静岡藩の医療と医学教育」(『国立歴史民俗博物館研究報告』153、2009年)は、林の静岡藩時代の日記…
RT @zasetsushirazu: 1894年1月22日、幕末の薩摩藩と縁の深いモンブラン(ベルギー貴族)が死去。1867年のパリ万博への薩摩藩の参加に協力。一時期、明治政府がパリの日本総領事に任命したこともある。宮永孝「ベルギー貴族モンブラン伯と日本人」(『社会志林』47…
RT @zasetsushirazu: 明治20年12月6日、島津久光が死去。薩摩藩主の実父という立場で、文久2年に率兵上京を実行。町田明広「幕末中央政局における「皇政回復」」(『佛教大学大学院紀要 文学研究科篇』38)の言葉を借りれば、「その後の幕末史の方向を決定付けた最も重…
CiNii 論文 -  高松凌雲の思想形成 : 春日寛平からの影響を中心に 次に国会図書館に行ったときに読む! https://t.co/d41BUp4jmK
RT @zasetsushirazu: 元治元年10月14日(1864年11月13日)、南里有隣が死去。佐賀出身の、国学者・歌人。鍋島閑叟の側近・古川松根と交流。主な研究に、村岡典嗣『日本思想史研究 増訂版』(岩波書店、1940年)など。三ツ松誠「南里有隣研究の回顧と展望」(『…
RT @zasetsushirazu: 佐藤理恵「維新期佐賀藩海軍とその終焉」(『佐賀大学地域学歴史文化研究センター研究紀要』12、2017年)は、長崎警備のため早くから西洋技術を導入して整備された佐賀藩海軍が、廃藩置県に向かう中央集権化の過程でどのように終焉したか分析。 ht…
RT @zasetsushirazu: 明治33年8月23日、黒田清隆が死去。薩長同盟の際、木戸孝允を上洛させた人だが、町田明広「慶応期政局における薩摩藩の動向」(『神田外語大学日本研究所紀要』9、2017年)によれば、西郷隆盛らの指示ではなく独断専行だった可能性が高い。 ht…

30 0 0 0 OA 勲章・褒章制度

RT @zasetsushirazu: 明治30年8月12日、幕末の幕臣だった向山黄村が死去。井田敦彦「勲章・褒章制度」(『調査と情報』829、2014年)は、慶応3年のパリ万博の際、薩摩藩が幕府に先駆けて「薩摩琉球国勲章」を作っていたことに、向山が危機感を抱いたと指摘。 ht…

4 0 0 0 OA 亡友帖

RT @FukuiHistory: 春嶽は大きな動きのないまま6月を過ごしましたが、いわゆる「船中八策」や薩土盟約など、土佐藩が積極的に動いています。「さよなら、江戸幕府」展では坂本龍馬筆「新政府綱領八策」の複製(国立国会図書館蔵)を展示しますhttps://t.co/NwcD…
RT @zasetsushirazu: 青山忠正「大政奉還後の政治状況と諸藩の動向」(『佛教大学歴史学部論集』7、2017年)は、大政奉還〜王政復古に至る政治動向を、主に新発田藩の史料から見る。大政奉還は薩摩、土佐、芸州、越前、尾張の朝廷工作の成果と見られていたらしい。 htt…
この本を見にきました。莫大な量の図案が載ってるんですが、全て松根作なのかがよくわからない…茶雨亭って書いてあるのは間違いなく松根のデザインだとは思うけど。 CiNii 図書 - 鍋島藩窯・古川松根篇 https://t.co/Wb48yEO5aY
古川松根の伝記で、私が松根ファンになったきっかけの本。閑叟公の葬儀委員長を務めてから殉死するまでの松根の姿がかなりドラマチックに描かれていて、涙無しには読めません…。 国立国会図書館デジタルコレクション - 寧楽園歌伝純忠古川松根 https://t.co/uAyIMFpTUi

10 0 0 0 OA 鍋島直正公伝

本日は閑叟公の旧暦の御命日ですね。鍋島直正公伝には、薨去から葬儀に至るまでの詳細が記されています。 国立国会図書館デジタルコレクション - 鍋島直正公伝. 第6編 https://t.co/ky1PgcxdqW

4 0 0 0 OA 小原鉄心伝

RT @3103_ky: 小原鉄心伝 https://t.co/VQEZKMTT6S 詩はここに載ってましたけど、印刷が悪いなあ > 松菊は欣然として咲を含み これを口語にすると「喜んでにこにこしていた」になるのか 地味に雪爪さんの反応がないのが気になる https://t.…

4 0 0 0 OA 広沢真臣日記

RT @3103_ky: @3103_ky 明治元年の3月の出来事なので、木戸さんの日記はないんですが… https://t.co/t9QcLz8ECa 三月廿五日「下り掛嵐山行一泊す」 三月廿六日「天気尤快晴今朝閑叟老公 山階宮其外堂上公家藩士等大集会実に大愉快」 広沢さんは…

7 0 0 0 OA 鯨海酔侯

フォロワーさんとのやり取りで出て来たお料理ネタで、容堂→春嶽宛のとある手紙を読み返してるのですが、何度読んでもこの手紙だけだとやっぱり意味がわからない。梶野さん(…誰?)が容堂公のところに卵焼きの作り方を聞きに来たってこと?? https://t.co/j0qLoWkOpT
RT @zasetsushirazu: 吉良枝郎「明治維新の際,日本の医療体制に何がおこったか」(『日本東洋醫學雜誌』57-6、2006年)は、英国公使館医ウィリスが戊辰戦争期に従軍医師として活動したことを皮切りに、維新期の日本に西洋医学が導入された経緯などを語る講演録。 ht…
RT @3103_ky: 竜渓矢野文雄君伝 https://t.co/uZX6DeqDVF 板垣「西郷の真意を知る者は自分一人である。」 方々から「あいつのことわかってるの俺だけ」みたいな発言される西郷さん・・・
RT @zasetsushirazu: 重松優「大木喬任と三好退蔵-伊藤博文の滞欧憲法調査一件を中心に-」(『社学研論集』9)は、大木喬任が部下をうまく使うことが苦手だったと指摘。その上で、今ではマイナーだが明治の法曹界を主導した大木の部下・三好退蔵の事績を分析する。 htt…
リンク貼り直し。 寧楽園歌伝純忠古川松根 https://t.co/YIopzupHz2

2 0 0 0 OA 鍋島直正公伝

閑叟公の詩筆の話、当然直正公伝にも載ってます。むしろこちらを先にご紹介するべきでした(^^; P563(305コマめ) 国立国会図書館デジタルコレクション - 鍋島直正公伝. 第4編 https://t.co/kYZMT0QlTR

18 0 0 0 OA 木戸孝允日記

RT @3103_ky: https://t.co/gAdu1fecKf 廣澤さん暗殺(明治4年1月9日(新暦2月27日))から五年後の明治9年2月27日の木戸日記 「青松寺に至り廣澤故参議の墓に詣す。今日満五年に当れり」 ちゃんと新暦に対応している木戸さんにちょっと驚き。
RT @zasetsushirazu: 印牧信明「福井藩の参勤交代に関する基礎的研究」(『奈良史学』29、2011年)は、松平春嶽の道中記録などを利用しながら、幕末の参勤交代の旅程や藩主の行動などを考察。参勤交代は、全国的交通網の整備や江戸の発展に寄与した制度だと指摘。 ht…
RT @3103_ky: 昼間のRT 大久保さん木戸さんと喧嘩でもしたのかなと思ったけど、解説読んだらそんな話ではなかった。というか御機嫌取りで贈るようなレベルのシロモノじゃないですね。 https://t.co/Y0nhkV7UIC
RT @tsukatetsu: 「士農工商」がえらく話題になっていたので,大島真理夫「「士農工商」論ノート」(『経済史研究』(大阪経済大)2号,1998年)を読み直してみた。その中で大島氏は,早くは西川如見が「士農工商」という言葉を用いていることを指摘する。→ https://…
RT @machi82175302: 拙稿「第一次長州征伐における薩摩藩―西郷吉之助の動向を中心に―」(『神田外語大学日本研究所紀要』8号、2016.3)がリポジトリで公開されました。ダウンロードも可能です。よろしければ、ご覧ください。 https://t.co/in1GB6Y…

7 0 0 0 OA 鯨海酔侯

フォロワーさんが坂崎斌「鯨海酔侯」に記載の、宗城公が容堂公のことを「酔狼君」と呼んだというエピソードを思い出してくださったので、該当部分を再読。結構真実味がありそう。 https://t.co/0b6wCbjbsY

16 0 0 0 OA 絵本明治太平記

RT @yamatosh: おお、西南戦争を描いた『絵本明治太平記』がデジコレに出てた! https://t.co/VG3cZczgNG
RT @zasetsushirazu: 岩崎孝和「名主日記にみる幕末の社会情勢」(『駒澤史学』53、1999年)は、武蔵国多摩郡小野路村の小島家の「小島日記」を分析素材とする。近世後期〜幕末期にかけて、小島政則や為政が村落指導者として如何なる未来を展望していたか検討。 htt…

7 0 0 0 OA 会津藩庁記録

RT @3103_ky: 会津藩庁記録. 文久3年 第2 https://t.co/Xd6aSGUV02 そして参照元列挙してくれてる4巻素晴らしい。でも変体仮名読みづらい。とりあえず桂さんはこの頃日焼けでもしてたんだろうか。外出多いし。
RT @3103_ky: 「国家を泰山の安に置く」とかいふ支那流で来て居る文句を「富嶽の安に置く」と改められた。(中略)木戸の意見のある所で日本の維新であるから余所の山を引用することはないといふのであつた https://t.co/nPBxDJFuBX 福岡さんの談話おもしろそ…
RT @zasetsushirazu: 中西達治「秋月胤永・手代木勝任の明治五年建白書について」(『金城学院大学論集 人文科学編』8-1、2011年)は、幕末期の著名な会津藩士で、左院少議生に任官していた秋月悌次郎と手代木直右衛門の、斗南藩士救恤のための建白書を分析。 htt…
晃親王の還俗に関しての論文を発見。 幕末期の山階宮晃親王の政治活動―主に還俗後について― https://t.co/3h4CCexhaV

4 0 0 0 OA 東京市史稿

RT @FukuiHistory: (承前)なお、この史料は『東京市史稿』遊園篇4に掲載されており、近代デジタルライブラリー(https://t.co/8Gr3AZWOFO )で見ることができます。行幸の詳細はこちらをどうぞ。
近代デジタルライブラリー - 鍋島直正公(閑叟公)実歴百話 密かに一昨日くらいから、佐賀に心を持って行かれてるので、つらつら読書中。佐賀旅行してからもうすぐ1年経つのね。 https://t.co/8Ffj1sYOhJ

10 0 0 0 OA 続再夢紀事

このやりとりは続再夢の慶應2年8月17日に記載あり。(187コマめ) https://t.co/jFC6FatOkX
RT @iga_iganao: 五代くんと渡辺昇の接点ぐぐってたらこのようなものに行き当たった。五代くんが持ちかけた商社計画に関して、木戸さんが昇をパシッている/CiNii 論文-薩長商社計画と坂本龍馬:坂崎紫瀾の叙述をめぐって(<小特集>江戸・幕末、近代の日本) https:…
RT @zasetsushirazu: 淺井良亮「有志大名の蘭書貸借活動-共有・互助・秘匿-」(『書物・出版と社会変容』16、2014年)は、「究極的には、有志大名とは何か、という問い」に対応するための一歩として、徳川斉昭・島津斉彬・伊達宗城らを中心とする蘭書貸借を検討。 ht…

1 0 0 0 OA 春岳遺稿

春嶽公の月見の和歌を探してたら、9月に大雨で墨田川が氾濫したのか、その時のことを詠んでる和歌を発見。ねえ、いくら雅な御方とはいえ、床上浸水のことまで歌に詠むの…?(笑) 近代デジタルライブラリー - 春岳遺稿. 巻3,4/コマ42 http://t.co/fQGASYern8
RT @yaduki_bm: http://t.co/GJZvR1h7ZB これ爆笑したんだけどなんで大久保さんの乗ってる汽車の中に木戸さん手紙投げ入れてんのwwww
こちらもいずれ読みたいところ。 CiNii 論文 -  福島県の歴史シリーズ(第7回)福島県の人物(2)戊辰戦争後の松平容保(かたもり) : 御小姓が記録した後半生 http://t.co/mXgbrPxFH2 #CiNii
浅羽忠之助は容保公の小姓だったため、日記の内容からは容保公の行動も伺い知ることが出来ます。更なる研究が待たれる資料。 CiNii 論文 -  浅羽忠之助(あさばちゅうのすけ)の生涯とその遺録 : 浅羽家寄贈史料から http://t.co/PidHSFVw9G #CiNii
RT @zasetsushirazu: 塩川浩子「維新前夜に、栗本鋤雲がパリで見たこと聞いたこと」(『共立女子大学文芸学部紀要』60、2014年)は、慶応3年9月から8ヶ月間、外国奉行としてフランスに滞在した栗本鋤雲が書いた「暁窓追録」を異文化理解の記録として読む試み。 ht…
RT @machi82175302: 最新拙稿「元治元年前半の薩摩藩の諸問題 : 小松帯刀の動向を中心に」「元治元年の中央政局と薩摩藩 : 禁門の変に至る道程」は、以下からダウンロードできます(^^) #花燃ゆ https://t.co/Fwf9La20Us https…
RT @machi82175302: 最新拙稿「元治元年前半の薩摩藩の諸問題 : 小松帯刀の動向を中心に」「元治元年の中央政局と薩摩藩 : 禁門の変に至る道程」は、以下からダウンロードできます(^^) #花燃ゆ https://t.co/Fwf9La20Us https…
RT @zasetsushirazu: 星山京子「徳川斉昭と「有志」大名の情報ネットワーク」(『国際基督教大学学報 3ーA アジア文化研究』25、1999年)という論文がある。従来の徳川斉昭研究が、政治舞台での言動の分析や評価が中心だったことを指摘し、「私」の部分に着目。 h…
RT @zasetsushirazu: 杉内つとむ「橋本左内についての覚書-その蘭語学習の方法と訳文について-」(『国文学研究』34、1966年)は、橋本左内の蘭学者としてのあり方を考察し、左内の蘭語学習における態度や学習方法・理解などを分析する。 http://t.co/N…

4 0 0 0 OA 小原鉄心伝

@1nu2o いえいえありがとうございます。古香公がもう少し細かく書いておいてくだされば良かったんですが(笑)ちなみに小原鉄心側の資料にも初めて雪爪と出会ったシーンがあって「閑叟公は(~中略~)鞭を鳴らして去る」の一文がすごく好きです。http://t.co/LroSEypT1U
RT @zasetsushirazu: 岡田精一「「佐佐木高行日記」と彼の人生観」(『東京音楽大学研究紀要』9、1984年)。 幕末の土佐出身者として、維新後は侯爵になった佐々木高行について、その日記などを通じて人生観を考察し、明治という時代を読み解く試み。 http://…

1 0 0 0 OA 魚水実録

@e3mib おはようございます。わわ、ありがとうございます。今調べてみたんですが、これでしょうか?注釈に文久2年春とありますがおそらく文久3年ですね。続再夢記事でふたりの面会日を調べてみます♪ 魚水実録. 上巻(コマ137) http://t.co/zilmhrRDuH

お気に入り一覧(最新100件)

明治12年4月1日、大原重徳が死去。文久2年に、勅使として島津久光を伴って江戸に赴き、幕政改革を要求した公家。外池昇「和宮降嫁と文久の修陵」(『人間文化研究』1)は、大原と一橋慶喜・松平春嶽の会談での、仁孝天皇17回忌のための和宮… https://t.co/fnmA0i7QYB
大正10年3月26日、沖野忠雄が死去。幕末の豊岡藩出身の土木技術者で、治水港湾工事の始祖と呼ばれる。松浦茂樹「沖野忠雄と明治改修」(『水利科学』 40-6)曰く、「事業の有利な進捗のためには法規一点張りの議論に耳を貸さず,内務省の… https://t.co/beax3v3OIz
@ambujam10 「伊達宗城とその周辺(続):岩瀬忠雲、永井尚志ほか 河内 八郎」https://t.co/jAGVvQCqrrの62ページから始まる「12、明治二十一年七月七日」です。それとは関係ありませんが61ページの明… https://t.co/z0ncNxdrKX

3 3 0 0 OA 皇室之藩屏

まあ少なくとも江戸時代的な感覚だったら、エラい人の邸宅と菩提寺が個人情報なわけがないよな。 https://t.co/AqA0nSNkt5

9 5 0 0 OA 谷干城遺稿

@history_916 干城本人が記していますが、ちょっと微妙な表現ですね。鍛冶橋土佐藩邸へ出向いて、お吸い物とお酒を貰ったのは干城ですが家老の「巳屋」へ出向いて暴行したのは「同様頂戴の徒数人」で干城本人は関わっていないのでは。… https://t.co/UmfyphiqWp
陶淵明は隠逸として詠んだものが、明治の日本の「故郷礼賛キャンペーン」によって、望郷のイメージに変わったとのこと。 平安時代からの受容の経過も追われていて、とても分かりやすい論文。 CiNii 論文 -  日本における「歸去來兮辭… https://t.co/VGMZK34lGV
明治20年3月7日、黒田長溥が死去。薩摩藩主・島津重豪の子で、幕末の筑前福岡藩主。蘭癖と呼ばれた大名の1人。慶応元年に加藤司書や月形洗蔵らを弾圧した「乙丑の獄」について、西尾陽太郎「黒田長溥と筑前勤王派」(『史淵』98、1967年… https://t.co/UwCbbA4x00
長谷川栄子「岩倉使節団成立過程の再検討-『岩倉具視関係史料』所収の新出書簡を用いて-」(熊本学園大学論集『総合科学』19巻2号 2013年) https://t.co/Fp7Dw3y0TB 2013年に刊行された『岩倉具視関係史… https://t.co/hu6E4dqZRw
CiNii 論文 -  明治維新と長州神道界 : 靖国神社成立の基層 https://t.co/8ZQsDAsT3o #CiNii 文久二年十月十七日の粟田山屋敷での松陰先生慰霊祭のことも靖国神社のルーツとして取り上げてるよ!!

10 0 0 0 OA 幕府衰亡論

時期はズレるけども https://t.co/zcU8myxlBF  幕末の賢吏小栗上野介は曾て幕閣を評して曰く一言以て國を亡ほすべきものありやどうか成らうと云ふ一言是なり幕府が滅亡したるは此一言なりと云ひたる事あり

15 0 0 0 OA 維新史料綱要

@darbyz80 @letrainblue811 慶応三年二月二十一日の「幕府、征夷大将軍徳川慶喜の音称『よしひさ』を布告す」 https://t.co/tIkthFsCtB これ「布告す」であって「改む」ではないところが味噌で… https://t.co/7X322v6m6p
明治42年11月14日、山川二葉が死去。会津藩士・山川尚江の娘で、兄弟姉妹に山川浩と健次郎、大山捨松がいる。会津藩家老の梶原平馬と結婚。東京女子高等師範学校で教育に携わった。文献に、遠藤由紀子「会津藩家老梶原平馬をめぐる女性」(『… https://t.co/swrL4Yseb7
廣岡守穂「詩とは何か-幕末の漢詩と明治の新体詩から考える-」(『中央大学政策文化総合研究所年報』21、2018年)曰く、「詩は行動する者たちによって書かれ、心をつたえあい思想を共有する媒体として作用した」。特に、幕末期に至るまで読… https://t.co/PtY5VRgO2S
「江戸開城記念展覧会陳列目録」って国会図書館デジタルコレクションで見る事ができるんですね。 https://t.co/Fa58pZfQTe どんな書なのかが気になるし、どうしてこういう解説文になるのかも気になるところ。 https://t.co/26poYe1jYv
「ヘダ号の奇跡 日本とロシア 幕末交流秘」拝見。面白かった。ちなみに、拙稿「安政東海地震とプチャーチン : ディアナ号の遭難と日露友好 」(日本研究所主催講演会 要旨)は以下でダウンロード可能です!https://t.co/4aFWiVFAYN
あまり知られていないけれど、鳥羽伏見で負けていたら、天皇を山陰道に逃がす手筈で、そのルートを確保しに行ったのは西園寺公望。彼の伝記には、ちゃんと山陰道鎮撫のことも載っている。 https://t.co/E21F7uLNPU
明治32年9月26日、大木喬任が死去。幕末の佐賀藩出身で、明治期に東京府知事、文部大臣、司法大臣などを歴任。湯川文彦「明治初年の民政改革における〈教育〉の台頭」(『日本の教育史学』58)は、学制公布時の文部卿・大木の、民政経験を活… https://t.co/1i0hpFW1Wf
渡邊忠司「王政復古期の京都警固体制」(『鷹陵史学』40、2014年)は、慶応3年12月の王政復古で旧幕府の京都市中の治安維持組織が解体し、早急な対応を必要とした新政府の思惑と、「主君」を失った元与力・同心たちの求職意識が合致したこ… https://t.co/DrE68ALjSB
須賀忠芳「ストーリー化された歴史観光素材の功罪をめぐって-「幕末会津」をめぐる言説を中心に-」(『観光学研究』17、2018年)は、白虎隊像などの「定番化された「幕末会津」をめぐるストーリー」に関する問題点を、大河ドラマ『八重の桜… https://t.co/H50ahrpy3q
『史学雑誌』の「回顧と展望」号が出たらしい。自分の関心ある分野で、前年にどんな研究書や論文が出ていたか概観する上で有用。ちなみに、古い号はネットに公開されているものもある。 CiNii 論文 -  二 幕末・維新期(近現代,日本… https://t.co/4GtJk058Y8
お陰さまでゲットできました! この紀要の主要な所蔵機関は https://t.co/LCGH2osH3f で確認できるし、「近くに図書館ない!」って方でも、頼めば郵送で送ってくれる図書館もあります。(その都道府県・市町村に住んでる… https://t.co/pNMipv6h3i

14 0 0 0 OA 橋本左内言行録

なお、山田秋甫編著『橋本左内言行録』は国立国会図書館デジタルコレクションでもご覧になれます。https://t.co/GTdpeKOFxo

22 0 0 0 OA 英国策論

アーネスト・サトウと徳島藩は、サトウの日本語家庭教師が徳島藩士の沼田だった繋がりです サトウの英国策論、日本語への翻訳を手伝ったのが沼田で、蜂須賀斉裕公が翻訳版英国策論を広めたそうです ※サトウは英国名字にあるサトウです https://t.co/fMehjwFu51
明治28年2月2日、林洞海が死去。幕末の蘭方医で、幕府奥医師。明治政府にも出仕。同門の先輩・佐藤泰然(順天堂創始者)の娘と結婚。樋口雄彦「静岡藩の医療と医学教育」(『国立歴史民俗博物館研究報告』153、2009年)は、林の静岡藩時… https://t.co/Iln1VSbk9v
明治20年12月6日、島津久光が死去。薩摩藩主の実父という立場で、文久2年に率兵上京を実行。町田明広「幕末中央政局における「皇政回復」」(『佛教大学大学院紀要 文学研究科篇』38)の言葉を借りれば、「その後の幕末史の方向を決定付け… https://t.co/cbMcGXIFbc
元治元年10月14日(1864年11月13日)、南里有隣が死去。佐賀出身の、国学者・歌人。鍋島閑叟の側近・古川松根と交流。主な研究に、村岡典嗣『日本思想史研究 増訂版』(岩波書店、1940年)など。三ツ松誠「南里有隣研究の回顧と展… https://t.co/vCQwmhCgWZ
佐藤理恵「維新期佐賀藩海軍とその終焉」(『佐賀大学地域学歴史文化研究センター研究紀要』12、2017年)は、長崎警備のため早くから西洋技術を導入して整備された佐賀藩海軍が、廃藩置県に向かう中央集権化の過程でどのように終焉したか分析。 https://t.co/aWJVu8VAFQ
大隈重信と江藤新平・江藤新作(星原大輔) https://t.co/qxbeeIJpEh 来月佐賀に行くので予習。我身の半分を形成する佐賀の血脈。史学出なのに幕末佐賀藩を殆ど勉強せずに来てしまったので反省の意味も込め自分のルーツを辿る旅。96歳の祖母に会いにいく時間も作りたいな…
明治33年8月23日、黒田清隆が死去。薩長同盟の際、木戸孝允を上洛させた人だが、町田明広「慶応期政局における薩摩藩の動向」(『神田外語大学日本研究所紀要』9、2017年)によれば、西郷隆盛らの指示ではなく独断専行だった可能性が高い。 https://t.co/rJFbXsrcBp

6 0 0 0 蜂須賀斉裕

昭和初頭、第13代徳島藩主・蜂須賀斉裕公に関する書籍が刊行されています 「蜂須賀斉裕」昭和18年 大政翼賛会徳島県支部 https://t.co/d1PaSoZjjR 「正三位蜂須賀斉裕公事蹟:御贈位記念」昭和4年 https://t.co/aqahdZqRlq
昭和初頭、第13代徳島藩主・蜂須賀斉裕公に関する書籍が刊行されています 「蜂須賀斉裕」昭和18年 大政翼賛会徳島県支部 https://t.co/d1PaSoZjjR 「正三位蜂須賀斉裕公事蹟:御贈位記念」昭和4年 https://t.co/aqahdZqRlq
青山忠正「大政奉還後の政治状況と諸藩の動向」(『佛教大学歴史学部論集』7、2017年)は、大政奉還〜王政復古に至る政治動向を、主に新発田藩の史料から見る。大政奉還は薩摩、土佐、芸州、越前、尾張の朝廷工作の成果と見られていたらしい。 https://t.co/ZGwkSMmKdi
拙稿「慶応期政局における薩摩藩の動向―薩長同盟を中心として―」(『神田外語大学日本研究所紀要』9号、2017年)が既にダウンロード可能となっていました(^^)https://t.co/A65OnLMHFg メチャ大部で恐縮ですが、どうかよろしくお願いいたします。
大正12年3月2日、何礼之が死去。長崎の唐通詞の出身で、明治期に外務省の官僚や貴族院議員などを務めた。また、モンテスキューの『法の精神』を翻訳。許海華「長崎唐通事何礼之の英語習得」(『関西大学東西学術研究所紀要』44)が履歴を紹介。 https://t.co/7krHvAgXob
吉良枝郎「明治維新の際,日本の医療体制に何がおこったか」(『日本東洋醫學雜誌』57-6、2006年)は、英国公使館医ウィリスが戊辰戦争期に従軍医師として活動したことを皮切りに、維新期の日本に西洋医学が導入された経緯などを語る講演録。 https://t.co/9WWkfnzlGi
https://t.co/lMhaLqMDfm この論文読んできたんですけど、今まであんまり語られてこなかった10代~の桂小五郎がしっかり考察されててすごく良かった……!こういうテイストで一冊読みやすい入門書というか簡易伝記みたいなのほしい!
【資料】CiNiiに、須藤茂樹氏の論考「海の大名行列 : 徳島藩を事例に」(交通史研究43 1999/5/15)がpdfで公開されています。興味のある方はぜひ https://t.co/4thEQAALvT
昼間のRT 大久保さん木戸さんと喧嘩でもしたのかなと思ったけど、解説読んだらそんな話ではなかった。というか御機嫌取りで贈るようなレベルのシロモノじゃないですね。 https://t.co/Y0nhkV7UIC
拙稿「第一次長州征伐における薩摩藩―西郷吉之助の動向を中心に―」(『神田外語大学日本研究所紀要』8号、2016.3)がリポジトリで公開されました。ダウンロードも可能です。よろしければ、ご覧ください。 https://t.co/in1GB6YkW2
沢 護「箱館戦争に荷担した10人のフランス人」(『千葉敬愛経済大学研究論集』31、1987年)は、榎本武揚の軍に加わり、「わざわざ蝦夷地まで向って官軍と戦ったフランス人」の、維新期の日本での動向を分析する試み。 https://t.co/ThWLZutMC0

16 0 0 0 OA 絵本明治太平記

おお、西南戦争を描いた『絵本明治太平記』がデジコレに出てた! https://t.co/VG3cZczgNG

58 0 0 0 OA 女子教育

あさちゃんが涙した、成澤さんの著作はこちらで全部読めます⇒ 成瀬仁蔵『女子教育』(国立国会図書館) https://t.co/Eryt6atFb5 #あさが来た #女子教育 #成瀬仁蔵 #広岡浅子

6 0 0 0 OA 会津藩庁記録

#醒めた炎二 幕府側は伏見に久坂等が潜伏してることを察知してたよ、の参照元 https://t.co/TZ9UmHwVO9 元治元年正月十三日の記事 「昨日申上候京師六條辺坊主義、当地長州屋敷へ相越候趣、猶又探索仕候処右坊主ハ久坂と申ものの由」久坂この時坊主なの・・・??
吉田幸弘「「我友山本覚馬」-廣澤安任の遺した資料-」(『同志社談叢』34、2014年)は、青森県三沢市先人記念館の所蔵資料の多くが、幕末の会津藩士だった広沢安任の家から寄贈されたものであるとし、特に山本覚馬との交友を示す史料を紹介。 https://t.co/H0gOjL84Pb
五代くんと渡辺昇の接点ぐぐってたらこのようなものに行き当たった。五代くんが持ちかけた商社計画に関して、木戸さんが昇をパシッている/CiNii 論文-薩長商社計画と坂本龍馬:坂崎紫瀾の叙述をめぐって(<小特集>江戸・幕末、近代の日本) https://t.co/YwOaOalKLK
中西達治「手代木勝任について-戊辰戦争後の幽囚時代を中心に-」(『金城学院大学論集 人文科学編』6-2、2010年)は、幕末の会津藩士・手代木勝任(直右衛門)が、戊辰戦争後に美濃高須藩にお預けとなっていた時期の動静を考察する。 http://t.co/6btNgwR4TM
http://t.co/GJZvR1h7ZB これ爆笑したんだけどなんで大久保さんの乗ってる汽車の中に木戸さん手紙投げ入れてんのwwww
最新拙稿「元治元年前半の薩摩藩の諸問題 : 小松帯刀の動向を中心に」「元治元年の中央政局と薩摩藩 : 禁門の変に至る道程」は、以下からダウンロードできます(^^) #花燃ゆ https://t.co/Fwf9La20Us https://t.co/o22fx6oXZL
最新拙稿「元治元年前半の薩摩藩の諸問題 : 小松帯刀の動向を中心に」「元治元年の中央政局と薩摩藩 : 禁門の変に至る道程」は、以下からダウンロードできます(^^) #花燃ゆ https://t.co/Fwf9La20Us https://t.co/o22fx6oXZL
CiNii 論文 -  萩藩南苑医学校飜訳掛青木周弼 http://t.co/wBMXyZCxpU #CiNii 和田文景さんのこと検索してたら、面白い論文あったのでメモ
最新拙稿「元治元年の中央政局と薩摩藩 : 禁門の変に至る道程」(『神田外語大学紀要第27号』所収、2015.3)は、以下でリポジトリ公開されています。 https://t.co/o22fx6oXZL
下記リンクから、歴史家・家近良樹氏の、「敗者の側から幕末維新史を振り返る-会津藩や徳川慶喜はなぜ敗れたのか-」という講演録を読める。『経済史研究』18(2015年1月)に掲載されたもの。自身の研究生活の思い出も交えて語っていて面白い。 http://t.co/jWu3jzYGZ2

5 0 0 0 OA 木戸孝允文書

あと、某サイトさまで紹介されてた手紙で出てました。 http://t.co/Q0r5Ur4ox7 慶応四年年四月八日 お母さん「聞多は短急な性質ですので、存分に叱ってください ><」

1 0 0 0 OA 松菊遺稿

私が無知だから存在を知らなかっただけかもしれないけどちょっと今この本の存在を知ってものすごく驚いてる http://t.co/NlBAoPAecG

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RT @zasetsushirazu: 1865年4月2日、リチャード・コブデンが死去。英国の政治家で、熊谷次郎「『書簡集』にみるコブデンの急進的自由主義(上)」(『桃山学院大学経済経営論集』60-4、2019年)曰く、薩英戦争で鹿児島の市街を砲撃した点について「恐ろしい残虐行…
1865年4月2日、リチャード・コブデンが死去。英国の政治家で、熊谷次郎「『書簡集』にみるコブデンの急進的自由主義(上)」(『桃山学院大学経済経営論集』60-4、2019年)曰く、薩英戦争で鹿児島の市街を砲撃した点について「恐ろし… https://t.co/4LveS1xXmv
RT @zasetsushirazu: 明治12年4月1日、大原重徳が死去。文久2年に、勅使として島津久光を伴って江戸に赴き、幕政改革を要求した公家。外池昇「和宮降嫁と文久の修陵」(『人間文化研究』1)は、大原と一橋慶喜・松平春嶽の会談での、仁孝天皇17回忌のための和宮上洛問題…
RT @zasetsushirazu: 明治12年4月1日、大原重徳が死去。文久2年に、勅使として島津久光を伴って江戸に赴き、幕政改革を要求した公家。外池昇「和宮降嫁と文久の修陵」(『人間文化研究』1)は、大原と一橋慶喜・松平春嶽の会談での、仁孝天皇17回忌のための和宮上洛問題…
明治12年4月1日、大原重徳が死去。文久2年に、勅使として島津久光を伴って江戸に赴き、幕政改革を要求した公家。外池昇「和宮降嫁と文久の修陵」(『人間文化研究』1)は、大原と一橋慶喜・松平春嶽の会談での、仁孝天皇17回忌のための和宮… https://t.co/fnmA0i7QYB
高木不二「黎明期の日本人米国留学生」(『近代日本研究』34、2017年)は、幕末維新期に米国留学した横井左平太と津田静一を紹介した講演録。前者は横井小楠の養子で、勝海舟と何礼之に師事。後者は「アジア・ヨーロッパ・アメリカによる世界… https://t.co/ZrplNHQ0UG
天保2年2月18日(1831年3月31日)、オーストラリアの捕鯨船レディロウエナ号が蝦夷地に来航。2週間ほど滞在し、松前藩士と若干の銃撃戦もあった。村上雄一「オーストラリアの捕鯨船と日本」(『行政社会論集』11-4)曰く、船長ボー… https://t.co/ila2hukAAj
馬部さんに初めてお会いしいたのは2007年。坂上田村麻呂の墓として京都の西野山古墓が注目された際、大阪にはアテルイの墓があると聞いて取材したところ、その市の嘱託職員だった馬部さんにきっぱり否定されました。最近、その墓を巡る議論につ… https://t.co/UjtBLnmcpD
RT @geihanshi: 藝藩志の中に「吉川周旋記」の引用があった。 https://t.co/rlDvVFEpGx
RT @Fransisco1530: ネットで読めるオススメ資料 今後いい感じの資料に出会ったら検索しやすいようにこのツイートのリプに追加していきます。 皆さんもオススメ論文等あればこちらに追加していただけると助かります!! (サンプル) 1 「足利一門再考 : 「足利的秩…
@rising315 やっぱり一番のメジャーどころは歴史人口学の分野みたいですが、東北をフィールドに飯盛女を研究されてる方がちょくちょく取り上げてらっしゃるみたいです。こんなのとか https://t.co/eXjnYBvbkJ

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RT @RASENJIN: トールキンが『指輪物語』を各国語に翻訳される際に注意点を書いた「『指輪物語』の名前のための手引き」なるものがあるのですね。へえー(浅いトールキンファン)。そして瀬田貞二がそれを踏まえていたかは不明だが、固有名詞に関してはトールキンの指示通りだったと。…
RT @zasetsushirazu: 1865年4月2日、リチャード・コブデンが死去。英国の政治家で、熊谷次郎「『書簡集』にみるコブデンの急進的自由主義(上)」(『桃山学院大学経済経営論集』60-4、2019年)曰く、薩英戦争で鹿児島の市街を砲撃した点について「恐ろしい残虐行…
1865年4月2日、リチャード・コブデンが死去。英国の政治家で、熊谷次郎「『書簡集』にみるコブデンの急進的自由主義(上)」(『桃山学院大学経済経営論集』60-4、2019年)曰く、薩英戦争で鹿児島の市街を砲撃した点について「恐ろし… https://t.co/4LveS1xXmv
RT @zasetsushirazu: 明治12年4月1日、大原重徳が死去。文久2年に、勅使として島津久光を伴って江戸に赴き、幕政改革を要求した公家。外池昇「和宮降嫁と文久の修陵」(『人間文化研究』1)は、大原と一橋慶喜・松平春嶽の会談での、仁孝天皇17回忌のための和宮上洛問題…
RT @zasetsushirazu: 明治12年4月1日、大原重徳が死去。文久2年に、勅使として島津久光を伴って江戸に赴き、幕政改革を要求した公家。外池昇「和宮降嫁と文久の修陵」(『人間文化研究』1)は、大原と一橋慶喜・松平春嶽の会談での、仁孝天皇17回忌のための和宮上洛問題…
RT @zasetsushirazu: 明治12年4月1日、大原重徳が死去。文久2年に、勅使として島津久光を伴って江戸に赴き、幕政改革を要求した公家。外池昇「和宮降嫁と文久の修陵」(『人間文化研究』1)は、大原と一橋慶喜・松平春嶽の会談での、仁孝天皇17回忌のための和宮上洛問題…
明治12年4月1日、大原重徳が死去。文久2年に、勅使として島津久光を伴って江戸に赴き、幕政改革を要求した公家。外池昇「和宮降嫁と文久の修陵」(『人間文化研究』1)は、大原と一橋慶喜・松平春嶽の会談での、仁孝天皇17回忌のための和宮… https://t.co/fnmA0i7QYB
RT @dellganov: 地域別だと、図書館の指定管理については栃木県がめっちゃ多くて、これはこれで特殊なんだけど。 桑原芳哉「公立図書館における指定管理者制度導入の実態」尚絅大学研究紀要 A.人文・社会科学編 47(0), 15-27, 2015より20p https:…
5).#安積疏水と開墾 の貢献者福島県令 #安場保和 について一部掲載されている。長谷川栄子「岩倉使節団成立過程の再検討-『岩倉具視関係史料』所収の新出書簡を用いて-」(熊本学園大学論集『総合科学』19巻2号 2013年)… https://t.co/WzmXq8mtRM
高木不二「黎明期の日本人米国留学生」(『近代日本研究』34、2017年)は、幕末維新期に米国留学した横井左平太と津田静一を紹介した講演録。前者は横井小楠の養子で、勝海舟と何礼之に師事。後者は「アジア・ヨーロッパ・アメリカによる世界… https://t.co/ZrplNHQ0UG
天保2年2月18日(1831年3月31日)、オーストラリアの捕鯨船レディロウエナ号が蝦夷地に来航。2週間ほど滞在し、松前藩士と若干の銃撃戦もあった。村上雄一「オーストラリアの捕鯨船と日本」(『行政社会論集』11-4)曰く、船長ボー… https://t.co/ila2hukAAj
RT @NDLJP_en: Learn about the history of robots and how they evolved: https://t.co/s3ERrOzCpj #ndldigital https://t.co/i7knKG43Pf
RT @washou3956: 智積院聖教については『智積院聖教における典籍・文書の基礎的研究』(平成20年度~平成22年度科学研究費補助金基盤研究(B)研究成果報告書、課題番号20320067、研究代表者宇都宮啓吾、2011年)に詳しいので、一読を推奨したい。https://…
RT @washou3956: PDF公開。宇都宮啓吾「智積院聖教における「東山」関係資料について:智積院蔵『醍醐祖師聞書』を手がかりとして」(『智山学報』65、2016年)https://t.co/4KnQZdOw29
RT @washou3956: PDF公開。宇都宮啓吾「智積院蔵『醍醐祖師聞書』について:―意教上人頼賢とその周辺を巡って」(『智山学報』64、2015年)https://t.co/bODWJkK4jL #CiNii
RT @washou3956: PDF公開。大谷由香「日宋交流と鎌倉期律宗義の形成」(『智山学報』67、2018年)https://t.co/RBSibxIt4M #CiNii

1253 124 65 0 OA 殖民地要覧

RT @annamdohophu: フォロー外から失礼します。 あなたの教科書への「訂正」に何点か誤りがありますので,指摘いたします。 ①「植民地」について 朝鮮および台湾は戦前の日本政府も植民地としてあつかっていました。 外地統治を担当した拓殖局が発行した『殖民地要覧』(…

1253 124 65 0 OA 殖民地要覧

RT @annamdohophu: フォロー外から失礼します。 あなたの教科書への「訂正」に何点か誤りがありますので,指摘いたします。 ①「植民地」について 朝鮮および台湾は戦前の日本政府も植民地としてあつかっていました。 外地統治を担当した拓殖局が発行した『殖民地要覧』(…
RT @geihanshi: 藝藩志の中に「吉川周旋記」の引用があった。 https://t.co/rlDvVFEpGx
RT @washou3956: CiNii 論文 -  戦国期武田家文書での「一統」の語義と機能 https://t.co/82eW4Dbk62 #CiNii
RT @washou3956: PDF公開。伊藤拓也「戦国期寺尾諏訪氏の基礎的分析」(『横浜商大論集』53-2、2020年3月)後北条氏の家臣で、武蔵国寺尾郷の領主だった諏訪氏。史料的制約が大きいことから、著者も断りつつ、近世地誌を用いての分析が多い。https://t.co/…
RT @manju1635: 「1970年代には中国の各時代を研究する必須条件として「秦漢=才能、魏晋南北朝=センス、唐宋=常識、明清=体力、近代=イデオロギー」という学説?がまことしやかに囁かれていた」(山本英史「中国明清史料収集活動史」) https://t.co/OyGw…
RT @Fransisco1530: ネットで読めるオススメ資料 今後いい感じの資料に出会ったら検索しやすいようにこのツイートのリプに追加していきます。 皆さんもオススメ論文等あればこちらに追加していただけると助かります!! (サンプル) 1 「足利一門再考 : 「足利的秩…
@rising315 やっぱり一番のメジャーどころは歴史人口学の分野みたいですが、東北をフィールドに飯盛女を研究されてる方がちょくちょく取り上げてらっしゃるみたいです。こんなのとか https://t.co/eXjnYBvbkJ