著者
山崎 正勝 栗原 岳史 中尾 麻伊香
出版者
東京工業大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2012-04-01 (Released:2013-05-31)

1954年3月の米国のビキニ水爆実験によって、第五福竜丸の乗組員が放射線被害を被った。その実態は、自らも調査に関わった当時大阪市立医科大学助教授だった西脇安によって各国に伝えられた。本研究では、遺族から提供された資料などの分析で、次のことが明らかにされた。(1)1954年の西脇の欧州訪問は、大阪の原水爆禁止運動が財政的に支えたこと。(2)訪欧中のジョセフ・ロートブラットとの出会いが、1955年の「ラッセル・アインシュタイン宣言」の重要なきっかけを与えたこと。(3)1957年のソ連及び東欧訪問でその影響が広がったこと。(4)1959年の訪米によってライナス・ポーリングの反核運動を支えたこと。
著者
中尾 麻伊香
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010 (Released:2010-12-03)

本年度は研究目的のなかでも原爆投下以前から以後にかけて言説がどのように引き継がれ変容していったかという点を考察し、原爆投下以降を扱った先行研究との議論の接続を試みた。具体的には以下のように検討をすすめた。(1)原爆投下以降の原爆/原子力に関する言説を検討した。新聞や雑誌から、原爆/原子力に関する記述を調査し、その変遷を捉えた。この内容を2011年12月に東工大の火曜ゼミで「核をめぐる言説と日本の科学者:戦時中から戦後にかけて」というタイトルで報告した。(2)原爆調査に関する先行研究を整理し、原爆調査の歴史研究における課題を検討した。この内容を2011年9月に生物学史研究会夏の学校で「放射線をめぐる言説:原爆調査からビキニ事件まで」というタイトルで報告し、『生物学史研究』に投稿した。また、長崎原爆資料館、永井隆記念館、長崎大学医学部などで資料調査を行った。(3)1940年代後半の全国紙と地方紙にあらわれた原爆症に関する言説を検討した。原爆被害をめぐる言説が全国紙と地方紙で異なることを確認し、その背景にある力学を分析した。この内容を2012年3月にAssociation for Asian Studiesの年会で"Radiation Sickness, Popular Medical Discourse, and Social Discrimination in Early Postwar Japan"というタイトルで報告した。(4)研究目的の一つに挙げていたアーカイブへの貢献については、故・西脇安(放射線防護)の資料整理を行い、資料のアーカイブ化に尽力した。国際シンポジウム「核時代の記憶と記録-原爆アーカイブズの保存と活用-」に参加し、日米のアーキビストとの交流をはじめた。以上の研究と平行して、これまでに得られた成果をまとめ博士論文の執筆を開始した。