著者
森田 敦郎
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.76, no.1, pp.33-52, 2011

本論文では、19世紀フランスの社会学者ガブリエル・タルドに着想を得た「モノ」への新しいアプローチを構想を試みる。近年、タルドへの関心が人類学で復活しつつある。この関心は、人間の行為の所与の条件となる単一の「自然」と、人間の創造的行為の産物である多数の「文化」の二項対立という従来の枠組みを乗り越える方法を模索する中から生まれてきた。そこで暗示されているのはモノについての言説ではなく、その構成そのものに焦点を当てた人類学の可能性である。本論文では、「相互所有」というモノ相互の特異な関係に注目したタルドの現代的な意味を確認した後、タイにもたらされた日本製の農業機械の事例を取り上げて、モノの内側にどのような関係が取り込まれており、それが移動の過程をへていかにして展開するのかを考察する。この事例では、設計の段階で機械に刻み込まれた日本の環境との関係が、タイの環境との不適応をとおして人々の前に浮かび上がってきた。このようにモノがその内に含み込んだ潜在的な関係を顕在化するプロセスを考察することは、人類学の鍵概念である比較や文脈といった概念に新しい角度から光を当てることでもある。
著者
Gergely Mohacsi 森田 敦郎
出版者
三田哲學會
雑誌
哲学 (ISSN:05632099)
巻号頁・発行日
vol.125, pp.263-284, 2011-03

特集 : 人間科学投稿論文科学技術が日常生活にますます浸透しつつある現代世界において, 多様な見方を同時に生きることは, 当たり前だといえる. その結果民族学の基本的な手法とされてきた. 「比較」は, 客観性を思考する人類学者が俯瞰的に対象を眺める視点に属するのではなく, 移動し, 差異を認め, そこから知識を生み出そうとする人々が行う実践の中の一要素となってきた. 本稿が焦点を当てるのは, こうしたグローバル化する科学技術に従う比較の氾濫である. 一方, 日常的に生きられる比較のあり方を, 多様な事例研究を踏まえて描き出すことで, いわゆるポストプルーラルの世界を把握しようとする. さらにこれを, エンジニアリングと医療という「日々の通約」の二つの事例をとおして, 人類学者のフィ ルドワークにおける比較と併置し 存在論的な展開を図るための方法論を提案する. Anthropologists, in the field, work to recognize differences through continuously contrasting their findings with the cultural and other kinds of knowledge they bring from home or elsewhere. They keep comparing in order to make sense of the links between the particular and the general. On the other hand and this has been studied less thoroughly so far , such comparative work is also part and parcel of the very practices under study in anthropology. It is this implicit interplay between different scales of comparison that we want to reflect upon in this article. Through two short case studies of engineering in Thai and medical technologies in general we argue that the increasing mobility of scientific ideas and technological innovations is generated by practices that accumulate comparisons and contrasts on many levels. This will lead us to challenge ethnographic methodology from the vantage point of a post-plural understanding of the world.
著者
森田 敦郎
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.71, no.4, pp.491-517, 2007-03-31

第二次大戦後、タイでは地元の機械工や農民たちによってさまざまな農業機械が開発されてきた。本論文ではこの技術発展とその担い手となった機械工集団の形成の相互的な関係を記述するとともに、実践と社会性に関する人類学的概念の再考を試みる。タイの農業機械は輸入された機械類を環境に合わせて修理・改造する中から生み出されてきた。輸入された機械類が先進国と異なるタイの環境のもとで稼動し続けるためには、部品交換や修理、環境に合わせた改造などが必要であった。こうした需要に応えるために農村部では独学の修理工たちが誕生し、彼らの実践はその間を流通する人工物によって都市部や海外の工場と結び付けられたネットワークを形成してきた。タイの農業機械は、このネットワークで行われる修理や改造を通して発展してきた。ここでは、修理や改造を依頼した農民と機械工の間で機械の不具合をめぐる交渉が行われ、両者の知識が結び付けられることによって地域に適応した機械が生み出されてきた。さらに、この技術的実践は独学で技術を学んできた多様な人々の間に共有された次元を生み出し、社会集団としてのまとまりを作り出してきたのである。本論文では、近年の実践理論の展開とエスノメソドロジーおよびウィトゲンシュタインの後期哲学の知見に依拠しながら、このような技術的実践を通した社会性の生成のプロセスを考察していく。この考察を通して筆者は、実践に先立って存在する社会関係が実践を社会的にするのではなく、実践を構成する異種混交的な要素のつながりの中から社会性が生成することを明らかにする。技術的実践が社会性を生み出しうるという本論文の主張は、技術と社会の二分法だけでなく、従来の実践と社会性の関係をも問い直すものとなろう。
著者
影山 芳之 町田 洋子 森田 敦
出版者
東海大学
雑誌
東海大学紀要. 開発工学部 (ISSN:09177612)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.47-51, 2005-03-31
被引用文献数
1

要介護度1以上の高齢者が入所する特別養護老人ホームでは, 看護師やヘルパーが24時間体制で介護を行っているが, 夜間は監視体制が不十分になるために, 時として徘徊等から転倒事故が発生しているのが現状である. 夜間の転倒事故を防止するためには, 人感センサ等を部屋に設置し, 行動を監視することが考えられる. そこで本研究では, 簡単な構造の人体検出装置を介護施設に設置し転倒事故を防止するとともに, その有用性について検討した. 特別養護老人ホームにて夜間転倒事故を起こす入所者の部屋に人体検出装置を設置し, 観察を行った. 軽度の痴呆症状を呈する入所者の部屋に, 赤外線センサによる人体検出装置を設置し, 夜間に人体を感知すると既存のナースコールを鳴らすようにした. 人体検出装置設置後は, 介護者により入所者を観察, 記録した. 記録には, ナースコールの時刻とその時の入所者の状況, 排尿の有無, 睡眠時間や日常生活動作の変化などを記入した. また, 夜間巡回時に特に変化がある場合は, その状況も記録した. 結果, 月平均2件の転倒事故が, 取り付け後0件に減少した. また排尿が集中している時間帯が明らかになり, 検出装置取り付け以前の排尿誘導時間に1〜3時間のずれが生じていることも判明した. 検出装置取り付け後は, (1) 安心して睡眠が取れるようになった, (2) 昼夜逆転していた生活リズムが正常に戻った, (3) 表情が明るくなり活動的になった, などの変化が入所者に見られた. 今回使用した赤外線センサを利用した人体検出装置は, 簡単な構造で設置も誰にでもでき, しかも安価で維持費も安いという特徴を持っている. したがって今後, 特別養護老人ホームや医療施設などでは非常に有用であると思われる. しかも高齢者の行動を把握するだけでなく, 介護者の負担の軽減とそれに伴う安心感, 介護方法の改善などに大いに役立つと考えられる.
著者
松岡 由幸 庭野 敦也 森田 敦
出版者
一般社団法人 日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.47, no.5, pp.65-72, 2001-01-31 (Released:2017-07-21)
参考文献数
14
被引用文献数
3

座り心地の向上を目的として, 尻滑り力を防止するシートスウィング機構が注目されている.しかしながら, この尻滑り力防止に関する力学的解明がなされていないため, シートスウィング機構は的確な設計が行われておらず, その機能が十分に発揮されていない.そこで, 本研究では, 人体モデルを用いて力学シミュレーションを行い, 導出した設計解をもとにシートスウィング機構の設計を行うことを目的とする.本研究では, まず, 人間工学的, 解剖学的な見地から人体モデルを構築した.つぎに, そのモデルを用いて尻滑り力の推定式を立て, 尻滑り力の力学シミュレーションを実行することで最適なバックアングルとクッションアングルの関係を導出した.その結果, バックアングルが45°付近でクッションアングルが最大値をとる尻滑り防止曲線を導出した.さらに, 導出した尻滑り防止曲線をもとに, シートスウィング機構に対する各構成要素の仕様を決定し, 同機構の設計を行った.
著者
森田 敦郎 小森 大輔 川崎 昭如
出版者
東京大学生産技術研究所
雑誌
生産研究 (ISSN:0037105X)
巻号頁・発行日
vol.65, no.4, pp.491-496, 2013

本稿は,チャオプラヤ・デルタにおける水管理の変遷と社会の関係を描き出す試みである.20世紀前半の開発は,デルタ全体を一つの灌漑システムへと再編するものであった.このシステムは,雨季の灌漑(水の均等な配分),乾季の灌漑(選択された地域への給水),雨季の洪水防御(指定氾濫地域への導水)という三つの目的を持つ.これらの三つの機能は,それぞれ絡み合いながら歴史的に発展してきた.だが,1990年代に進行した農業変化と産業化にともなって,三者の葛藤は顕在化しつつあり,水管理に新たな課題を突き付けている.
著者
森田 敦郎 小森 大輔 川崎 昭如
出版者
東京大学生産技術研究所
雑誌
生産研究 (ISSN:0037105X)
巻号頁・発行日
vol.65, no.4, pp.491-496, 2013-07-01 (Released:2013-12-24)
参考文献数
13

本稿は,チャオプラヤ・デルタにおける水管理の変遷と社会の関係を描き出す試みである.20世紀前半の開発は,デルタ全体を一つの灌漑システムへと再編するものであった.このシステムは,雨季の灌漑(水の均等な配分),乾季の灌漑(選択された地域への給水),雨季の洪水防御(指定氾濫地域への導水)という三つの目的を持つ.これらの三つの機能は,それぞれ絡み合いながら歴史的に発展してきた.だが,1990年代に進行した農業変化と産業化にともなって,三者の葛藤は顕在化しつつあり,水管理に新たな課題を突き付けている.
著者
春田 祐輔 森田 敦 大槻 光彦 中園 陽子 中山 秀幸 八ヶ代 一郎 内川 貴志
出版者
日本法科学技術学会
雑誌
日本法科学技術学会誌 (ISSN:18801323)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.123-132, 2017 (Released:2017-07-27)
参考文献数
12

Several synthetic cannabinoids such as AM-2201 contain the 3-carbonyl-N-fluoropentylindole structure. This structure has fluorine positional isomers on the alkyl chain. In most cases, legal controls are placed only on the 5-fluoro analogue. Thus, differentiation of isomers is a significant issue in forensic science. In this study, we developed a method for the differentiation of positional isomers of 3-carbonyl-N-fluoropentylindole derivatives utilizing multiple-stage mass spectrometry using an ion trap tandem mass spectrometer. In addition, the analogues whose fluorine atom was replaced with a chlorine atom or hydroxyl group were also examined.  With respect to each positional isomer of fluorine and chlorine, the ion at m/z 232 or m/z 248, obtained by MS2 analysis of [M+H]+, were selected as the precursor ions for MS3 analysis. The ion at m/z 232 and m/z 248 corresponded to the 3-carbonyl-N-fluoropentylindole and 3-carbonyl-N-chloropentylindole structures. Furthermore, the ion at m/z 212, corresponding to the de-halogenated fragments of the 3-carbonyl-N-fluoropentylindole- and 3-carbonyl-N-chloropentylindole-structures, was selected as the precursor ion for MS4 analysis. Consequently, combination of these MSn analysis achieved differentiation of all the positional isomers.  With respect to positional isomers with the hydroxyl group, however, the fragment ion at m/z 212 was not observed from the MS3 analysis of m/z 230, which corresponds to the 3-carbonyl-N-fluoropentylindole structure. Therefore, differentiation of each positional isomer was not achieved by MSn analysis.  This method is useful for the differentiation of positional isomers of 3-carbonyl-N-fluoropentylindole and 3-carbonyl-N-chloropentylindole derivatives.
著者
森田 敦郎 木村 周平 中川 理 大村 敬一 松村 圭一郎 石井 美保
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2012-04-01

本プロジェクトは、地球環境の持続的な管理に向けての試みに焦点を当てて、インフラストラクチャーと自然環境の複雑な関係を解き明かすことを目的としている。本研究が取り上げる事例は、インド、カンボジア、日本(東北地方)などの多様な地域におよぶ。これらの事例を通して、本プロジェクトは、物理的なインフラストラクチャー(堤防、コンビナートなど)と情報インフラストラクチャー(データベース、シミュレーションモデルなど)が、いかに現地の自然環境および社会関係と相互作用するのかを明らかにした。その成果は英文論文集、国際ジャーナルの3つの特集号およびおよび多数の個別論文、学会発表として発表された。
著者
春日 直樹 小泉 潤二 中川 敏 栗本 英世 田辺 明生 石井 美保 森田 敦郎 中川 理
出版者
一橋大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

本研究は「社会的なもの」の構築過程をラディカルに再検討して、社会的なものと自然的なものとを同一水準で論じる方法を探求した。「社会」と「自然」が概念と実在としていかに一緒に構築されていくのかを問い、因襲的な二分法を超えるような諸関係と状況について、またそうした状況下でさまざまな存在がいかに生成するかについて、明らかにした。本研究は最終的に、人類学・科学技術研究・科学史・哲学が融合する次元を提供し、それによってあらたな実在の可能性と生成に寄与することを目指した。