著者
岩田 康男 立石 博臣 楊 鴻生 厚井 薫 福西 成男 今村 史明
出版者
一般社団法人 日本臨床リウマチ学会
雑誌
臨床リウマチ (ISSN:09148760)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.37-41, 2010-03-30 (Released:2016-02-26)
参考文献数
9

目的:外来通院中の関節リウマチ(以下RA)患者の喫煙状況を調査した. 対象・方法:RA患者115名,変形性関節症(膝)(以下OA)患者59名で,調査項目はRA罹患前や罹患時の喫煙歴,現在の喫煙習慣,喫煙量,その期間や検査データ(リウマトイド因子(RF),CRP,ESR,WBC,Hb)などである.喫煙者の定義はSmokers(以下S群)は罹患時に1日に少なくとも1本以上喫煙していた患者,Never smoked(以下NS群)は過去,現在を含めて全く喫煙をしていない患者,Ex-smokers(以下ES群)は罹患時に6ケ月以上喫煙を中止していた患者とした. 結果:RA患者は女性92例,男性23例,OA患者は女性50例,男性9例であった.性別に見てみるとRAではS群は女性で92例中11例,12.0%,ES群は5例,5.4%であり,男性でS群は23例中15例,65.2%,ES群は13.0%であり,男性ではS群とES群を合わせると78.2%を占めていた.リウマトイド因子は男性RA患者のS群で平均210.0U/ml,NS群で21.5U/mlと有意にS群において高値であった. 結論:男性RA患者の65.2%は罹患時に喫煙者であり,国民栄養調査結果と比較して高率であった.男性RA患者では喫煙者で有意にRFが高値を示した.男性喫煙者ではRAに罹患するリスクが高まっている可能性がある.
著者
立石 博高
出版者
公益財団法人 史学会
雑誌
史学雑誌 (ISSN:00182478)
巻号頁・発行日
vol.88, no.7, pp.1134-1154,1208-, 1979

La revuelta de las ciudades castellanas, que comenzo en Toledo en abril de 1520, y termino en la batalla de Villalar en abril de 1521, es conocida con el nombre de las "Cmunidades". Suponemos que la tarea aclaratoria de esta revuelta constituye la premisa fundamental para la comprension de las caracteristicas estructurales de la sociedad moderna castellana. Porque despues del fracaso de esta, Castilla se subordino a la politica exterior de la monarquia absoluta de los Austrias que sacrificaba el pais considerandolo como mero arsenal de hombres y materiales, y no acontecio ningun alzamiento grave durante el Antiguo Regimen. En el capitulo primero estudiamos, para conocer las aportaciones historiograficas anteriores sobre el tema, las interpretaciones de las Comunidades segun las diferentes etapas hasta nuestfos dias. En la primera mitad del siglo XIX, predomino la interpretacion liberal, la cual valoraba la revuelta como un movimiento precursor de la libertad y al mismo tiempo, nacional contra el absolutismo "foraneo". Sin embargo, desde mediados de ese siglo, aparecen criticas contra esta interpretacion, cuyas corrientes se cristalizaron en la tesis de G.Maranon caracterizada como el "culto al Imperio". El considero la revuelta como medieval y feudal contra el poder absoluto moderno y unificador del pais. La revaloracion de la revuelta de las Comunidades comenzo a finales de la decada de 1950 por J.Vicens Vives, E.Tierno Galvan, etc. Y en la del '60, J.A.Maravall presento una valoracion completamente opuesta a la de Maranon. Segun el, las Comunidades fue la primera "revolucion moderna". Los aspectos economicos de la revuelta fueron analizados por J.Perez, historiador frances, que vio en el fondo de la revuelta, los conflictos economicos existentes entre los productores de panos y los exportadores de lanas. J.I.Gutierrez Nieto presto atencion al movimiento antisenorial acaecido en el mismo periodo y lo considero como el factor determinante, tanto en el desarrollo de la revuelta como en la formacion del bando realista. Ademas, el insistio en que el enfrentamiento basico se dio entre la nobleza territorial y las ciudades en torno al regimen senorial. En el capitulo segundo, examinamos las interpretaciones recientes y presentamos varias dudas sobre estas. Estamos de acuerdo con J.Perez en considerar la revuelta como la crisis economica y social de la epoca, pero no podemos aceptar los intereses opuestos en el conflicto de las lanas como la causa fundamental del movimiento. Tampoco aceptamos la interpretacion de Gutierrez Nieto, porque no suponemos que las ciudades eran tan marcadamente antisenoriales, aunque reconocemos que hay que profundizar bien el aspecto antisenorial en los senorios y su influencia en el movimiento. Pensamos que las causas sociales de la revuelta habria que encontrarlas, ante todo, en la transformacion sufrida por las ciudades castellanas situadas entre el Duero y el Tajo, despues de la Baja Edad Media, y por eso, se presento como un movimiento de "le caractere communautaire" (P.Chaunu). En cuanto al caracter ideologico de la revuelta, aceptamos que fue un movimiento progresivo, constitucional y democratico, pero no admitimos que fuera esa "revolucion moderna" de que hablan algunos historiadores, puesto que la idea politica de los sublevados no sobrepaso las restricciones de la sociedad estamental. Creo que se impone, ante todo, una aclaracion detallada y concreta de lo acontecido en las ciudades, desde antes de la revuelta.
著者
古谷 大輔 立石 博高 大津留 厚 小山 哲 中本 香 中澤 達哉 後藤 はる美 近藤 和彦
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010

本研究は、近世ヨーロッパ周縁部の国家編成に見られた地域統合の方法と論理に着目し、戦争・内乱などの背景に立ち現れる普遍的な秩序観や君主観の存在、そうした観念に基づいて実践された統治者と地域社会の交渉、その結果としての多様な結合関係を比較した。その結果、普遍的な秩序観や君主観を脊柱としながら複数の地域が集塊する、近世ヨーロッパに普遍的な国家の輪郭を、「礫岩国家」として結論づけた。
著者
中塚 次郎 竹中 克行 横山 正樹 ヒガ マルセーロ 立石 博高 金七 紀男 山道 佳子 宮崎 和夫 川上 茂信 砂山 充子
出版者
フェリス女学院大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

地域の形成にはたんに経済的要因や地理的要因だけではなく、その地域に流入してきた人間集団の存在や、そこから出ていった移民たちの意識などが重要な役割を果たしている。たとえば、EU内を移動しそこを生活空間とする一方で、EU外の集団との差異を経験することで、人々はEUをひとつの「地域」と認識する、といった具合にである。このことは、国家内の「地域」にもあてはまる。本研究は、こうした観点を生かしながち、イベリア半島を対象にして、「ヒトの移動」と「地域」形成の関係を、歴史的に分析しようとするものである。共同研究の前提として、まず、大西洋をはさんだ、現代におけるイベリア半島とアメリカ大陸間のヒトの移動を中心にして、統計的な研究、地域意識の形成、移民先での移民の社会的地位といったテーマについて検討した。その後、対象を近代以前にまでひろげ、さらに移動の地域をピレネー山脈をはさんだ、イベリア半島とほかのヨーロッパ地域とのあいだの人の移動にまで拡大して、宗教意識の変容や言語の変化を含む、幅広い視,点から検討を行なった,また、強いられた移動である「亡命」についても、人々の帰属意識の変化の側面から分析を進めた。共同研究の最後に、アジアにおける人の移動を比較検討の対象としてとりあげ、いかなる分析方法が地域研究にとって有効であるか、といった総括的な作業を行なった。
著者
大月 康弘 加藤 博 坂内 徳明 中島 由美 齊藤 寛海 立石 博高 長澤 栄治 大稔 哲也 三沢 伸生 亀長 洋子 堀井 優 竹中 克行 松木 栄三 三浦 徹 栗原 尚子 臼杵 陽 勝田 由美 黒木 英充 堀内 正樹 岩崎 えり奈 青山 弘之 飯田 巳貴
出版者
一橋大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2008

地中海世界の歴史において人びとの活動の重要拠点となった「島嶼」に注目し、自然・生態環境に規定された人々の生活・経済空間としてのマイクロエコロジー圏、および当該マイクロエコロジー圏が対外世界と切り結んだ経済社会ネットワークの構造分析を行った。政治的、人為的に設定され認知されてきた「地域」「海域」概念、および歴史的統一体としての地中海世界の存在論にも批判的検討を加えた。
著者
立石 博高 相馬 保夫 佐々木 孝弘 金井 光太郎 鈴木 茂 鈴木 義一 新井 政美 藤田 進
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2005

本研究の目的は、文明の「辺境」と「マイノリティ」の生成を、近代ヨーロッパにおける市民社会の形成のメカニズムと関連させながら歴史的に解明することにある。平成17年度は、文献資料・文書館資料の収集(アメリカ合衆国、中東地域)、国際ワークショップ(イタリアの研究者)、および国際シンポジウム(アテネ、ポーランド、エストニア、デンマークの研究者)を共に東京外国語大学において開催し海外の研究者との研究協力関係の構築に努めた。平成18年度は、前年の研究成果にたち各種の研究会、国際シンポジウム(チェコ、ウクライナ、ポーランドの研究者)を東京外国語大学で開催し、また、およびチェコ・プラハで国際ワークショップを開催し、現地の研究者とともに、本科研研究代表者・分担者が報告等を行う同時に同地での文献資料・調査研究を精力的に行った。平成19年度は、本科研最後の年にあたるため、それまでの研究成果をまとめ、さらにそれを発展させるために、東京外国語大学海外事情研究所において市民社会論に関する研究会を開催し、国内から二名研究者を招請、ヨーロッパ市民社会とその周縁に存在する諸社会との比較・再検討が今日的視点から行なわれた。またスペイン・バルセローナとポンペウにおいて国際ワークショップを開き、「近現代ヨーロッパとアメリカ・ロシアの『市民権』」「ヨーロッパの国民形成と『市民社会』」等のテーマに関して本科研のメンバー及び同地の研究者が報告、議論するとともに、資料収集と現地調査を行った。また11月から2月にかけ本科研の成果である『国民国家と市民』(山川出版社、2008年11月出版予定)の準備研究会を東京外国語大学海外事情研究所で行った。これらの研究報告会、ワークショップ、シンポジウムなどは、本課題を解明し、検討・発展させるための有意義な場となり、その成果は、各年度の海外事情研究所『クァドランテ』(No.8〜10)成果報告書ならびに上記の論集で示されるであろう。
著者
船場 貢 松原 功 立石 博 三好 祐二
出版者
日本作物学会
雑誌
日本作物学会九州支部会報 (ISSN:02853507)
巻号頁・発行日
no.56, pp.21-24, 1989-12-25

8月中旬までの収穫を目標に,移植期と苗の種類を組み合わせて,出穂・成熟期の早進化程度及び生育・収量について検討し,下記の結果が得られた。1.中苗を4月中旬に移植すれば8月15日までに収穫でき,生育・収量も4月下旬植稚苗に比べて大差はない。また活着及び減数分裂期の不稔についても問題はない。2.4月上旬植は,4月中旬植より更に早進化するが,その程度は小さく,年により晩霜や低温のために減収する危険性がある。3.現在作成中のメッシュ気候図を利用することにより,地域の気象条件に応じた移植時期を設定することが必要である。