著者
関 哲行 豊田 浩志 多田 哲 三浦 清美 大稔 哲也 長谷部 史彦 根津 由喜夫 松木 栄三
出版者
流通経済大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

平成15年度は初年度でもあるので、研究会全体の方向性を確認しつつ、研究分担者と外部報告者による研究会を組織した。研究会のうちの1回では、ロシア人研究者を招聘してシンポジウムを開催し、ギリシア正教を含む比較宗教学の視点から、巡礼の歴史的意味を考察することができた。平成16年度の研究会では文化人類学や四国巡礼に関する報告も組み込み、地中海世界の巡礼研究との異同を確認した。豊田はサンティアゴ巡礼路を自ら徒歩で歩む一方、多田はイギリスの国際学会での報告を行った。平成17年度は豊田が聖地イェルサレムを訪れ、イエスゆかりの聖所についての現地調査を実施した。関と大稔は国際シンポジウム「四国巡礼と世界」に参加し、アジア諸国の巡礼との比較研究の上で多くの知見を得た。平成18年度は科研の最終年度であるので、研究の総括に取り組み、おおよそ以下のような研究成果を確認できた。(1)キリスト教、イスラム教、ユダヤ教という地中海世界の三つの一神教には、教義や教会組織(教団)などの点で相違点が見られる一方で、巡礼については親近性が少なくない。(2)巡礼は教会や教団により敬虔な宗教的営為とされる反面、民衆信仰の要素を常に包摂しており、教会や教団による保護と統制を必要とした。病気治癒に代表される民衆信仰こそが、多くの民衆を巡礼に駆り立てた主要因の一つであった。(3)ユダヤ教がキリスト教やイスラム教の母体となっていることから、三つの一神教に共通する聖地や聖人は少なくない。(4)差別と緊張を孕む地中海世界の総体的把握には、教会や教団の言説だけでなく、民衆信仰の表明としての巡礼にも目を向けなければならない。(5)研究者自身による現地調査や巡礼体験の重要性も、再確認できた。これらは今後の巡礼研究の動向に、影響を与えるはずであるし、その一端が各研究者の著書や論文に垣間見られる。
著者
甚野 尚志 大稔 哲也 平山 篤子 踊 共二 三浦 清美 青柳 かおり 太田 敬子 根占 献一 関 哲行 網野 徹哉 大月 康弘 疇谷 憲洋 皆川 卓 印出 忠夫 堀越 宏一
出版者
早稲田大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2013-04-01

我々のプロジェクトは、中近世のキリスト教に関わる諸問題をさまざまな視角から分析することを目指した。それも地域的には、ヨーロッパ世界に広がったキリスト教の問題だけでなく、布教活動とともにキリスト教化した他の世界の諸地域も対象とした。これまでの研究は主として、中近世キリスト教の非妥協的態度、迫害社会の形成、異教徒との対決の視点から研究がなされてきたが、我々は最近の研究動向に従い、中近世キリスト教世界の多様性やことなる宗教の共存に光があてつつ研究活動を行ってきた。この間の多くのワークショップなどの成果に基づき、各分担者が論文などで中近世のキリスト教史の新しいイメージを提示できた。
著者
大月 康弘 加藤 博 坂内 徳明 中島 由美 齊藤 寛海 立石 博高 長澤 栄治 大稔 哲也 三沢 伸生 亀長 洋子 堀井 優 竹中 克行 松木 栄三 三浦 徹 栗原 尚子 臼杵 陽 勝田 由美 黒木 英充 堀内 正樹 岩崎 えり奈 青山 弘之 飯田 巳貴
出版者
一橋大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2008

地中海世界の歴史において人びとの活動の重要拠点となった「島嶼」に注目し、自然・生態環境に規定された人々の生活・経済空間としてのマイクロエコロジー圏、および当該マイクロエコロジー圏が対外世界と切り結んだ経済社会ネットワークの構造分析を行った。政治的、人為的に設定され認知されてきた「地域」「海域」概念、および歴史的統一体としての地中海世界の存在論にも批判的検討を加えた。
著者
内田 九州男 竹川 郁雄 寺内 浩 山川 広司 加藤 好文 川岡 勉 加藤 国安 小嶋 博巳 河合 真澄 関 哲行 弘末 雅士 稲田 道彦 大稔 哲也 野崎 賢也 伊地知 紀子 松原 弘宣 西 耕生 田村 憲治 神楽岡 幼子 黒木 幹夫 菅谷 成子 若江 賢三 藤田 勝久 高橋 弘臣 吉田 正広 木下 卓 矢澤 知行 岡村 茂 石川 重雄
出版者
愛媛大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2007

シンポジウム・研究集会を3年開き31本の報告を実現、各発表は報告書に掲載した。巡礼の諸相の解明では、日本の四国遍路、熊野参詣、西国巡礼、海外では10巡礼地を調査し、キリスト教世界(古代東部地中海、中世ヨーロッパ、スペイン中近世、イギリス中世・現代)、古代ギリシア、アジア(中国中世、韓国現代、モンゴル中世、エジプト中世、ジャワ中世)の巡礼で実施。国際比較では、日本の巡礼とキリスト教巡礼での共通性は中近世では来世での霊的救済と現世利益の実現を願うことであることを示した。