著者
中村 治 古川 彰 鳥越 皓之 松田 素二 西城戸 誠 土屋 雄一郎
出版者
大阪府立大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2006

水害現象を水害文化として長期的で経験論的かつ価値論的な視野からとらえることによって、総体としての日常生活世界の中で、水害被災当事者の生活の視点から捉え直し、生活再建や地域社会の再生のプロセスを環境社会学的に明らかにした。また、文書や写真などの水害記録を発掘し、聞き書きにより経験者の記憶を生活史として再構成しながら、これを災害教育としていかに次世代につなぎ水害文化の継承を図るか、その社会学的手法の開発に取り組んだ。
著者
杉浦 和子 水野 一晴 松田 素二 木津 祐子 池田 巧
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2015-04-01

1.白須淨眞氏を講師として招き、20世紀初頭のチベットをめぐる緊迫した国際情勢と大谷光瑞とヘディンの関係についての研究会を開催した。ヘディンのチベット探検に対して、大谷光瑞が政治的・財政的な支援を行ったこと、ヘディンの日本訪問には大谷光瑞へ謝意を伝える意味があったことを確認できた。2.チベットでの撮影を写真家に委託した。第3回探検でヘディンが踏査したルートの文物、風俗、風景、建造物等を撮影してもらった写真家を講師として招き、画像上映と現地の状況説明を聴くための研究会を開催した。1世紀の時間を隔てて、変化したチベットと変わらないチベットの諸要素を確認した。3.公開国際シンポジウム「近代日本における学術と芸術の邂逅―ヘディンのチベット探検と京都帝国大学訪問―」(京都大学大学院文学研究科主催)を開催した。6人による報告を通じて、ヘディンの多面的な才能、チベットという地への好奇心、絵という視覚的な媒体といった要素が相まって、学術や芸術のさまざまな分野を超えた出会いと活発な交流を刺激したことが明らかにされた。シンポジウムには学内外から80名を超える参加があった。4.展覧会『20世紀初頭、京都における科学と人文学と芸術の邂逅―スウェン・ヘディンがチベットで描いた絵と京都帝国大学文科大学に残された遺産』(文学研究科主催、スウェーデン大使館後援)を開催し、2週間の会期中、2100名を超える来場者があった。新聞4紙でも紹介され、近代日本におけるヘディン来訪の意義を伝えることができた。会期中、関連の講演会を開催し、40名を超える聴衆が参加した。5.報告書と図録の刊行に向けて、論文執筆や解説等、準備を進めた。
著者
関根 康正 野村 雅一 松本 博之 小田 亮 松田 素二 小馬 徹 野村 雅一 小田 亮 松田 素二 小馬 徹 KLEINSCHMIDT Harald 松本 博之 棚橋 訓 鈴木 裕之 GILL Thomas P. 加藤 政洋 島村 一平 玉置 育子 近森 高明
出版者
日本女子大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2006

ストリートの人類学は、流動性を加速させるネオリベラリズムとトランスナショナリズムが進行する再帰的近代化の現代社会に資する人類学の対象と方法を探求したものである。現代の「管理社会」下ではホーム・イデオロギーを逸脱したストリート現象の場所は二重の隠蔽の下にあるので、画定しにくいがゆえにまずは正確な対象画定が重要になる。系譜学的にそれを掘り起こしたうえで、そのストリート現象についてシステム全体を勘案した体系的なエスノグラフィを書くことを試みた。この<周辺>を<境界>に読み替えるというネオリベラリズムを適切に脱却する人類学的な新地平を開拓した。
著者
和崎 春日 上田 冨士子 坂井 信三 田中 重好 松田 素二 阿久津 昌三 三島 禎子 鈴木 裕之 若林 チヒロ 佐々木 重洋 田渕 六郎 松本 尚之 望月 克哉
出版者
中部大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2007

「グローバル化時代における中下層アフリカ人の地球的移動と協力ネットワーク」現代社会において、グローバライゼーションを生きるのは、北側社会や特別なアフリカ人富裕層だけではなく、「普通の」アフリカ人たちが、親族ネットワーク等を駆使して、地球を広く縦横に生き抜いている姿が、本共同研究から析出された。その事実を基礎にした外交上の政策立案が必用になってくることを、本共同研究は明らかにした。
著者
松田 素二
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.247-270, 2004-09-30

20世紀の最後の10年間、自由は、現代世界における究極的価値としての地位を独占するようになった。「個人の自由」は、個々の社会的行為を支配する最終審級となったし、政治や経済の自由化は、武力介入さえ正当化できる「正義」となった。こうした状況の出現に対して、それを自由のアナキズムと批判して、何らかの歯止めをかけようとする動きが出てくるのもうなずける。無制限な自由の膨張に対する、もっとも強力な歯止めは、共同体からの規制であった。諸個人を共同体の文脈に位置づけ直して、自由の行き過ぎを規制し、社会の秩序を回復するという志向は、自由主義に対する共同体主義として定立されてきた。この二つの志向のあいだの論争は、1980年代以降、コミュニタリアン・リバタリアン論争として知られているが、本論の目的は、こうした論争における共同体の議論の不十分点を、人類学的思考で補うことにより、個人の自由と共同体という問題構制にに、新たな視角から光をあてることにある。これまでの共同体に関わる議論には三つの不十分点があった。第一には、生活論的視点がまったく欠如していた点であり、第二には、共同体を固定的な実体として自然化するか、もしくは、それと正反対にたんなる構築物として言説世界に還元してしまう平板な認識図式にとらわれていた点である。第三には、こうした個と共同体のアポリアを解決するため考案された創発的連帯モデルの限界に無理解だった点もあげられる。そこで本論においては、共同体の内外で生成される生活組織の多層で変異する態様を明らかにする。それを通して、共同体の外延(境界)をそのままにして、生活の必要に応じてうちから融通無碍に変質していく過程を、ナイロビにおける社会秩序の生成を題材にして分析することを試みる。
著者
松田 素二
出版者
日本アフリカ学会
雑誌
アフリカ研究 (ISSN:00654140)
巻号頁・発行日
vol.1983, no.23, pp.1-33, 1983-05-28 (Released:2010-04-30)
参考文献数
72
被引用文献数
1

African urban studies of Anthropology have their origin in one ideal model, the dyachronic detribalization model. This model assumes that African urbanization can be regarded as a gradual process of detribalization in consequence of direct contacts with heterogeneous and powerful Western cultures. In the 1950's, members of the Rhodes-Livingstone School such as Gluckman, Mitchell and Epstein advocated a new approach for African urban studies on the basis of their field researches of copperbelt towns in Northern Rhodesia (now Zambia). They criticized the detribalization model and put forward the situational approach, which emphasized synchronic social relations. According to this approach, the social relations of African rural-urban migrants are in some situations based on their traditional tribal norms but in others are based on urban norms. The situational approach is a very useful one because it highlights the migrants' personal strategy in situational selections. It cannot, however, explain the retribalization phenomenon which prevails in the African metropolises today. Those urban migrants who come from rural areas do not break away from tribal social relations but on the contrary reorganize these tribal relations in order to live a stable life in the urban environment. The situational approach cannot explain the paradox of the retention of tribal relations in a strikingly urban context.This paper tries to resolve the problems of retribalization by analysing a re-organization process of social relations by the Maragoli migrants from Kerongo village, Western Kenya in Kangemi, a poor housing area in Nairobi. Kangemi, located in the northwest area of the city, is an urban colony for the Maragoli migrants. We can observe an actual re-organization process of various kinds of social relations there. In order to elucidate this process, this paper adopts the following procedures.1. Firstly, several social situations, where social relations are developed and organized, are chosen from the daily life of the migrants from Kerongo village in Kangemi. This paper extracts empirically eight situations, namely, (1) securing the first accomodation, (2) seeking permanent employment, (3) borrowing or lending money, (4) borrowing or lending daily goods, (5) drinking beer or local alcohol, (6) exchanging messages and information with their home village, Kerongo, (7) participating in church activities, (8) carrying the body of a migrant back to the home village and preparing and performing a ritual of “ilisyoma” in Nairobi.2. Secondly, the forms of re-organizing social relations in each situation are examined. The forms can be sorted into two types, network type and group type. According to the former type, whenever they confront difficulties in some situations of their daily life, the migrants set up a kind of association to deal with the difficulties. When they do not form an association but extend their personal social networks, this form is called the group type.3. Thirdly, the principles of re-organizing social relations are verified in each situation. The clan-lineage principle, the village-home-boy principle and the urban neighbourhood-locality principle are presented here. Thus, the migrants from Kerongo village living in Kangemi re-organize their social relations by using different forms and different principles in each situation.4. Although most parts of these re-organization processes can be presented as retribalization phenomena, this paper pays much more attention to a process organized by the home-boy principle. The study fourthly examines how the home-boy principle, which has been developed recently in town, is embedded and reinterpreted in a traditional and dominant ideology of unilineal descent. In order to provide the home-boy principle with legitimacy in the framework of the ideology of unilineality, the Kerongo villagers have adopted two stages
著者
永原 陽子 浅田 進史 網中 昭世 粟屋 利江 石川 博樹 今泉 裕美子 大久保 由理 愼 蒼宇 鈴木 茂 難波 ちづる 中野 聡 眞城 百華 溝辺 泰雄 飯島 みどり 松田 素二 上杉 妙子 丸山 淳子 小川 了 ジェッピー シャーミル サネ ピエール テケステ ネガシュ
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2011-04-01

本研究は、20世紀の戦争において植民地と他の植民地との間を移動した人々(兵士・軍夫、軍に関連する労働者、「売春婦」等の女性)に着目し、とくに世紀転換期から第一次世界大戦期を中心に、これらの人々の移動のメカニズム、移動先での業務と生活の実態、様々な出自の人々との接触の内容、移動の経験が帰還後の出身地社会においてもった意味、などについて検討した。その結果、植民地の場における労働と戦争動員との連続性(「平時」と「戦時」の連続性)、兵士の動員と不可分の関係にある女性の自発的・強制的な移動の事実、さらに従来の研究の中心であった知識層の経験とは大きく異なる一般労働者・女性の経験が明らかになった。
著者
松田 素二
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.78, no.1, pp.1-25, 2013-06-30 (Released:2017-04-03)
被引用文献数
4

現代世界が経験している激動は、人類学者のフィールドとそのフィールドで暮らしている人々に直接的な影響を与えている。内戦と殺戮、開発と環境破壊、移民と排除、貧困と感染症の蔓延、といった「問題」は、たんなるローカルな「問題」にとどまらず、グローバルな依存関係のなかで「地続き」に現象する。また人類学者自身が、暴力的衝突や内戦に巻き込まれたり、環境破壊や大規模開発、あるいは環境保全や開発反対運動に関わったりすることは、今やフィールドの日常となりつつある。こうした状況に直面した人類学は、これまでのフィールドにおける中立性と客観性を(建前上)強調する立場から、対象への関与と価値判断を積極的に承認する立場へと移行していくことになる。現代人類学は「人権尊重」「地球環境保全」「民主的統治」などをグローバル化時代の普遍的価値基準として承認し、異文化への介入を試みてきた。だがこのような普遍主義的傾向の肥大化は、さまざまな疑問や反作用を生み出している。その核心は、フィールドへの「関与」「介入」を正当化する論理の根本は何かという問題だろう。本論は、この「普遍主義」の勃興の様相を明らかにした上で、それがもつ必然性と危険性を検討し、相対主義的な世界と新たに登場した普遍主義的な世界認識をこれからの人類学はどのように位置づけ関係させるかについて考察を試みる。ただしその試みは、普遍主義的思考を拒否して、相対主義を復活させるという単純なものでも、その逆に相対主義的思考を放逐し普遍主義的価値基準を学的核心にしようというものでもない。本論文の目的は、この二つの世界認識を現代人類学はいかにして接合し、錯綜する現実に対処する方向性を定めるのかについて日常人類学の生活論に基づいた一つの回答を提出することにある。
著者
竹沢 泰子 斎藤 成也 栗本 英世 貴堂 嘉之 坂元 ひろ子 スチュアート ヘンリー 松田 素二 田中 雅一 高階 絵里加 高木 博志 山室 信一 小牧 幸代
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

本研究は、京都大学人文科学研究所における定期的な共同研究会と2002年に国際人類学民族学会議において東京と京都において行った国際シンポジウムをもとに、推進してきた。共同研究では年間13日間開催し、毎回5時間以上かけ2人以上が報告を担当した。これまで検討してきた人種の概念に加え、人種の表象と表現に焦点を当てながら、人種の実在性についても、発表や討議を通して研究を発展させた。本研究の最大の成果は、2002年に国際人類学民族学会議において東京と京都において行った国際シンポジウムをもとに、学術研究書をまもなく刊行することである(竹沢泰子編 人文書院 2004)。この英語版も現在アメリカ合衆国大学出版局からの出版にむけて、準備中である。本研究の特色のひとつは、その学術分野と対象地域の多様性にある。さまざまな地域・ディシプリンの人種概念を包括的に理解する装置として、編者(研究代表者)は、小文字のrace、大文字のRace、抵抗としての人種RR(race as resistance)を主張する。それによって部落差別などの意見目に見えない差別の他地域との共通性が見えてくる。さらに、それぞれの三つの位相がいかに連関するかも論じた。また人種概念の構築や発展にとって、近代の植民地主義と国民国家形成がいかに背後に絡んでいるかも考察した。具体的には、まず広告、風刺画、文学作品、芸術作品に見られる人種の表象、アフリカや南米でのアフリカ人の抵抗運動、言説分析、ヒトゲノムや形質(歯や頭骨)からみたヒトの多様性なである。地域的にも、琉球、中国、インド、ドイツ、フランス、アフリカ、アメリカ、南米などにわたった。
著者
松田 素二
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:00215023)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.205-226, 1997

文化相対主義は, 異文化と向き合うための強力な実践的行動指針を私たちに提供してきた。それは, 異文化接触の現場において, 私たちが「非人間的」であると感じる慣習に直面しても, それを無条件に容認すべきという不干渉の哲学であり, 異文化の慣習に直面した個人は, 理性的であるならば受容的に反応すべきという寛容の道徳としてあった。この寛容と不干渉の道徳律を支えてるのが, 共約不可能性のテーゼであった。自文化と異文化のあいだに, 普遍的心性とか人間本性という絶対項を設定することなく, 二つの文化を共約することは不可能なのだろうか。これに対して, 「可能である」という実践をしていたのが, 日本の初期アフリカニストたちであった。彼らは, 異なった者同士がその垣根をそのままにして, その間を跳躍して通交できるという実感をもった。彼らの「実感による通交」論は, いっけん極めて粗暴な議論にみえる。それは丸山真男が批判した, 日本文化の伝統に付随した「合理的ロゴスへの直反発と感覚的なるものへの傾斜」そのものだからだ。しかしながらこうした「実感信仰批判」にもかかわらず, 実感的異文化通交の可能性は指摘できる。一つは, 共約不可能性から出発しても両者の会話を促進することができるという認識である。しかしそれはたんに, 切断された二つの世界の住人が, 相互に語りの主体となって対話を積み重ねる過程にとどまらない。初期アフリカニストが強調したのは, 二つの世界の住人が生活の構えを共有しながら, 日常的思考の共鳴のなかで実感的に通交していくことなのである。こうした実感による異文化通交の認識を語ることは, じつは強大な近代の認識支配の様式とその実践過程に対する, 日常からの微細な抵抗の戦術に他ならないことも最後に指摘される。
著者
松田 素二
出版者
公益財団法人 日本学術協力財団
雑誌
学術の動向 (ISSN:13423363)
巻号頁・発行日
vol.18, no.7, pp.7_62-7_66, 2013-07-01 (Released:2013-11-01)
参考文献数
3
著者
松田 素二
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.247-270, 2004-09-30 (Released:2017-09-27)
被引用文献数
1

20世紀の最後の10年間、自由は、現代世界における究極的価値としての地位を独占するようになった。「個人の自由」は、個々の社会的行為を支配する最終審級となったし、政治や経済の自由化は、武力介入さえ正当化できる「正義」となった。こうした状況の出現に対して、それを自由のアナキズムと批判して、何らかの歯止めをかけようとする動きが出てくるのもうなずける。無制限な自由の膨張に対する、もっとも強力な歯止めは、共同体からの規制であった。諸個人を共同体の文脈に位置づけ直して、自由の行き過ぎを規制し、社会の秩序を回復するという志向は、自由主義に対する共同体主義として定立されてきた。この二つの志向のあいだの論争は、1980年代以降、コミュニタリアン・リバタリアン論争として知られているが、本論の目的は、こうした論争における共同体の議論の不十分点を、人類学的思考で補うことにより、個人の自由と共同体という問題構制にに、新たな視角から光をあてることにある。これまでの共同体に関わる議論には三つの不十分点があった。第一には、生活論的視点がまったく欠如していた点であり、第二には、共同体を固定的な実体として自然化するか、もしくは、それと正反対にたんなる構築物として言説世界に還元してしまう平板な認識図式にとらわれていた点である。第三には、こうした個と共同体のアポリアを解決するため考案された創発的連帯モデルの限界に無理解だった点もあげられる。そこで本論においては、共同体の内外で生成される生活組織の多層で変異する態様を明らかにする。それを通して、共同体の外延(境界)をそのままにして、生活の必要に応じてうちから融通無碍に変質していく過程を、ナイロビにおける社会秩序の生成を題材にして分析することを試みる。
著者
太田 至 島田 周平 池野 旬 松田 素二 重田 眞義 栗本 英世 高橋 基樹 峯 陽一 遠藤 貢 荒木 美奈子 野元美佐 山越 言 西崎 伸子 大山 修一 阿部 利洋 佐川 徹 伊藤 義将 海野 るみ 武内 進一 武内 進一 海野 るみ
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(S)
巻号頁・発行日
2011-04-01

現代のアフリカ諸社会は、紛争によって疲弊した社会秩序をいかに再生させるのかという課題に直面している。本研究では、アフリカ社会には人々が紛争の予防や解決のために自ら創造・蓄積し運用してきた知識・制度・実践・価値観(=アフリカ潜在力)が存在すること、それは西欧やイスラーム世界などの外部社会との折衝・交渉のなかで不断に更新されていることを、現地調査をとおして実証的に明らかにした。本研究ではまた、「紛争解決や共生の実現のためには民主主義や人権思想の浸透がもっとも重要である」といった西欧中心的な考え方を脱却し、アフリカ潜在力は、人々の和解や社会修復の実現のために広く活用できることを解明した。
著者
松田 素二 鳥越 皓之 和崎 春日 古川 彰 中村 律子 藤倉 達郎 伊地知 紀子 川田 牧人 田原 範子
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2009

現代人類学は、これまでの中立性と客観性を強調する立場から、対象への関与を承認する立場へと移行している。だが異文化のフィールドへの「関与」を正当化する論理は何なのだろうか。本研究は、生活人類学的視点を樹立してこの問いに答えようとする。そのために本研究は、日本・東アジア、東南アジア、南アジア、アフリカの 4 つの地域的クラスターと、自然・環境、社会・関係、文化・創造という三つの系を設定し、それぞれを専門とする研究者を配して「生活世界安定化のための便宜」を最優先とする視点による共同調査を実施した。
著者
小倉 充夫 井上 一明 島田 周平 青木 一能 遠藤 貢 松田 素二 児玉谷 史朗
出版者
津田塾大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1999

冷戦の終焉とアパルトヘイト体制の崩壊は南部アフリカ地域に政治的、社会的、経済的変動をもたらし、民主化、経済自由化、地域協力の進展を促した。1990年代初頭において多くの人々はこの地域の将来に楽観的であった。しかし変革からおよそ10年後の今日、南部アフリカ諸国は失業率の上昇などの経済的苦難、犯罪や感染症の増加など深刻な問題を抱えている。構造調整政策の導入は経済危機を克服するために導入されたが、多くの都市住民の生活を一層困窮させることになった。こうした状況が人々の移動のあり方ばかりでなく、政治意識・政治行動にも影響を与え、農村社会を変化させた。これらの問題を各分担者等はそれぞれの研究領域と対象地域において調査しまとめた。具体的には、ザンビアにおける民主化と非政府組織、ジンバブエからザンビアへの移住農民の生活、ザンビア東部州からの移動と農村社会、ジンバブエにおける農村・都市間移動と反政府運動、植民地時代モザンビーク農村における人口移動、モザンビーク・南アフリカ間の労働移動、アパルトヘイト後の南アフリカにおける和解、ユダヤ人移民差別、中国人労働者導入問題などである。南部アフリカ諸国は南アフリカを中心として相互に密接な関係を発達させてきた。それはアパルトヘイト時代においても継続していた。したがってこの地域においては、一国的な分析は多くの場合限界があると同時に、歴史的な背景と変化のなかに位置づけて現状をとらえる必要がある。それ故、本研究では歴史的分析を重視し、その成果は報告書にも反映された。
著者
荻野 昌弘 古川 彰 松田 素二 山 泰幸 打樋 啓史 今井 信雄 亀井 伸孝
出版者
関西学院大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2005

本研究は、太平洋戦争とその敗戦が戦後の日本社会およびアジア太平洋地域の形成に与えた影響における「負」の側面と、忌まわしい記憶として現在も残る戦争の記憶とを一括して「負」の遺産と捉え、調査研究することを目的としている。この目的のため、太平洋戦争時における日本国内および旧植民地、および中国大陸、太平洋諸地域など関連地域に関する調査を実施し、戦争に関する関連研究機関との協力関係の構築、図書館、博物館など資料の所在確認と基礎的データの収集に努めた。本研究の成果は次の三つの点にある。1戦後の日本社会の変容と太平洋戦争との関係-戦争が戦後の日本社会にいかなる影響を与えたのかという点に関して、空間利用という観点から分析した。具体的には、旧軍用地や戦争被害に遭った地域などがいかに変容したか、それが戦後日本の社会の構造変動にいかなる影響を及ぼしたかを考察した。このアプローチは、日本のみならず、太平洋戦争や第二次世界大戦に関係した地域,国家全体にも応用可能である。2戦争に関連した地域と観光開発-1のアプローチから、かつて戦場であった太平洋の地域を捉えると、その一部が、観光地になっていることが明らかとなった。かつての戦場は、いまや観光開発の対象であり、またグアムやサイパン、パラオのように、観光地としてしか認識されていない地域も存在する点に十分に留意する必要がある。3戦争が生み出した文化-太平洋戦争開戦から一年は、日本軍が勝利を収めていた。したがって、1942年の段階では、日本は一種の沸騰状態にあった。こうしたなか、思想や文化の領域においても,アメリカに対する勝利の事実抜きにしては、考えられなかったような新たな試みが生まれる。
著者
和崎 春日 松田 素二 鈴木 裕之 佐々木 重洋 田渕 六郎 松本 尚之 上田 冨士子 三島 禎子 若林 チヒロ 田中 重好 嶋田 義仁
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2004

科研共同研究の最終年度にあたり、報告書に向けての総括的なまとめ討論をおこなった。とくに、日本における第1位人口をしめるナイジェリア人と第2位人口のガーナ人の生活動態については、この分野の熟成した研究を共同討論のなかから育てることができた。日本への来住ガーナ人のアフリカ-日本-アフリカという、今まであまり報告されていない新しい移民動態の理論化(若林ちひろ)や、日本に来住したナイジェリア人の大企業従業員になろうとするのではない、起業活動に向かう個人的・野心的なアントルプルヌーシップについての新規な理論化(川田薫)と、まったく情報のなかった、その日本における協力扶助と文化維持のアソシエーション活動の詳細な記述報告(松本尚之)、さらには、アフリカ-日本-アメリカという地球規模のネットワーク形成がナイジェリア人によってなされている動態を、アフリカ移民論のまったく新しい指摘として提示しえた。また、アフリカ人の芸能活動についても、ギニア、マリ、セネガルといった西アフリカ・グリオ音楽文化の「本場」とされる地域からの日本への来住アフリカ人の活動調査と、そのアフリカの母村での活動状況の調査の両方を行い、それをめぐる、やはり新規性に富む、日本ーアフリカ間の何層からもなる往来活動を抽出し、指摘・一般化することができた(鈴木裕之、菅野淑)。こうしたポジティブな活動側面のほかに、ネガティブなHIVをはじめとする病気の実情とそれにむけるホスト社会側からの協力の可能性についても重要な研究糸口を提案している(若林ちひろ)。1年後に『来住アフリカ人の相互扶助と日本人との共生に関する都市人類学的研究』と題して報告書を出版し、この共同研究の成果と今後の継続的発展について、アフリカ学会における集中発表でも熱い期待と高い評価を得た(2008年5月於・龍谷大学)。