著者
浅川 淳司 杉村 伸一郎
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.130-139, 2011-06-20 (Released:2017-07-27)

本研究では,幼児68名を対象に計算能力と手指の巧緻性の特異的な関係について検討した。具体的には,まず,手指の巧緻性に加えて走る,投げる,跳ぶなどの運動能力も測定し,計算能力との関係の強さを比較した。次に,手指の巧緻性が他の認知能力と比べて計算能力と強く関係しているかを明らかにするために,言語能力を取り上げ手指の巧緻性との関係の強さを計算能力と比較した。さらに,言語能力に対応する運動能力としてリズム運動を設定し,認知能力に関係すると考えられる手指の巧緻性とリズム運動という運動能力間で,計算能力との関係の強さを比較した。重回帰分析の結果,全体ならびに年中児と年長児に分けた場合でも,計算能力に最も強く影響を与えていたのは手指の巧緻性であった。また,言語能力にはリズム運動が強く影響を与えており,手指の巧緻性は関係していなかった。以上の結果から,計算能力は運動能力の中でも特に手指の巧緻性と強く関係し,手指の巧緻性は言語能力よりも計算能力と強く関係することが明らかとなった。これらの知見に関して,脳の局在論と表象の機能論の観点から論じた。
著者
阿部 彩
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.362-374, 2012

日本の子どもの相対的貧困率は16%であり,約6人に1人が相対的貧困状態にあると推計される。しかしながら,この相対的貧困の概念については,研究者らも含め殆ど知られておらず,この数値の意味するところが理解されていないのが現状である。本稿では,子どもの相対的貧困率の現状と動向を把握した上で,「豊かさ」と「貧しさ」という観点から,相対的貧困と絶対的貧困の概念の違いを明らかにする。また,一般市民の貧困の概念が,絶対的貧困や物質社会に反抗する精神論に強く影響されており,それが現代における貧困(相対的貧困)の議論の本質を見えにくくしている点を指摘した。最後に,相対的貧困が,どのようにして子どもの健全な育成を妨げているかについて,一つは相対的貧困にあることが子ども自身の社会的排除を引き起こすリスクが高いこと,二つが,子どもが相対的貧困の状態であるということは,親も相対的貧困状況にあるということであり,貧困が親のストレスを高め,親が子どもと過ごす時間を少なくし,孤立させることにより,厳しい子育て環境に置かれていることを指摘した。「豊かさ」や「貧しさ」は相対的な概念であり,たとえ豊かな社会であっても相対的貧困にあることは大きな悪影響を子どもに及ぼす。
著者
坂田 陽子 口ノ町 康夫
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.133-141, 2014 (Released:2016-06-20)
参考文献数
39
被引用文献数
2

本研究の目的は,対象物の特徴を抽出する能力が人の一生涯にわたってどのように変化するのかについて,幼児,大学生,高齢者を対象に同一の課題を用いて組織的に検討することであった。刺激として形,模様,色から成る幾何学図形を用い,2個もしくは8個を同時に実験参加者に呈示し,刺激間の共通した特徴を抽出させた。共通特徴は,形もしくは模様もしくは色のいずれか一つのみであった。その結果,形特徴に関しては,年齢による抽出成績差はなく,生涯を通して高水準で抽出が可能であった。一方,模様と色特徴に関しては,年齢による抽出成績に差が見られ,模様特徴に関しては加齢に伴うなだらかな逆U字曲線が,色特徴に関しては加齢に伴う,模様特徴よりも鋭角な逆U字曲線が見られた。これらの結果から,抽出能力は対象物の特徴によって異なる生涯発達的変化を示すことが分かった。その全体像から,形特徴抽出のような幼児期初期にはすでに獲得されている能力は高齢期後期まで残存し,模様や色特徴抽出のような幼児期後期に獲得した能力は高齢期初期に衰退するという現象が明らかとなり,この現象に対して,“first in, last outの原理”を適用できるのでないかと考察された。
著者
藤崎 亜由子 倉田 直美 麻生 武
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.67-77, 2007
被引用文献数
3

近年登場したロボットという新たな存在と我々はどのようにつきあっていくのだろうか。本研究では,子どもたちがロボットをどう理解しているかを調べるために,5〜6歳児(106名)を対象に,2人1組で5分間ロボット犬と遊ぶ課題を行った。あわせて,ロボット犬に対する生命認識と心的機能の付与を調べるためにインタビュー調査を行った。ロボット犬は2種類用意した(AIBOとDOG.COM)。DOG.COMは人間語を話し,AIBOは電子音となめらかな動きを特徴とするロボットである。その結果,幼児は言葉をかけたりなでたりと極めてコミュニカティブにロボット犬に働きかけることが明らかになった。年齢群で比較した結果,6歳児のほうが頻繁にロボット犬に話しかけた。また,AIBOの心的状態に言及した人数も6歳児で多かった。ロボット犬の種類で比較した結果,子どもたちはDOG.COMに対しては言葉で,AIBOに対しては動きのレベルで働きかけるというように,ロボット犬の特性に合わせてコミュニケーションを行っていた。その一方で,ロボット犬の種類によってインタビュー調査の結果に違いは見られなかった。インタビュー調査では5割の子どもたちがロボット犬を「生きている」と答え,質問によっては9割を超える子どもたちがロボット犬に心的機能を付与していた。以上の結果から,動物とも無生物とも異なる新たな存在としてのロボットの可能性を議論した。
著者
伊藤 朋子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.20, no.3, pp.251-263, 2009-09-10 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
2

本研究では,中学生32名と大学生54名を対象に,サイコロふりに関する基礎的な確率課題を出題し,伊藤(2008)の確率量化操作の4水準の発達段階を理論的に発展させた3段階2水準の発達段階の妥当性を検証する調査を行った。その結果,確率量化以前の段階0,基本的な1次的量化が可能な段階IA,加法的合成を伴う1次的量化が可能な段階IB,基本的な2次的量化が可能な段階IIA,加法的合成を伴う2次的量化が可能な段階IIB,基本的な条件付確率の量化が可能な段階IIIA,ベイズ型条件付確率の量化が可能な段階IIIB,という確率量化操作の発達段階が見出された。中学生の多くは段階IAにとどまること,大学生の多くは段階II以上にあるが,段階IIBで必要とされる場合分けという第1の障壁のために段階IIAにとどまる場合があること,段階IIBに到達した大学生でも,思考の可逆性という第2の障壁のために段階IIIの到達には困難を要することが明らかになった。
著者
杉村 和美
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.87-98, 2001-07-15 (Released:2017-07-20)
被引用文献数
1

本研究の目的は,女子青年のアイデンティティ探求における関係性のレベルを縦断的に検討し,関係性のレベルの変化に関わる要因を明らかにすることであった。女子大学生31名に対して,Ego Identity Interviewを拡張した面接を,3つの時点(3年生前期・4年生前期・4年生後期)で実施した。領域は,職業,友情,デート,性役割の4つであった。職業,友情,デートの3つの領域において高レベルの関係性への有意な移行が示されたが,性役割においては有意な変化は示されず,低レベルヘ移行した者が高レベルヘ移行した者を上回った。変化の要因については,「就職活動・職業決定」が最も多く,高レベルヘの移行と低レベルヘの移行に共通に報告された。また,「友人・恋人との関係の変化」が,高レベルヘの移行に顕著に見られた。本研究の結果は,アイデンティティにおける関係性の側面を重視する最近の動向を支持するとともに,関係性の観点から見たアイデンティティ形成のプロセスについていくつかの実証的な証拠を提出した。
著者
杉本 英晴 速水 敏彦
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.224-232, 2012-06-20 (Released:2017-07-27)

青年期は職業につく準備期間とされ,とくに青年期後期に行われる進路選択は非常に重要である。しかし最近,大学生における進路選択の困難さが指摘されている。本研究では,仮想的有能感の類型論的アプローチから就職イメージについて検討することで,他者軽視に基づく仮想的有能感と進路選択の困難さに影響を及ぼす就職に対するネガティブなイメージとの関連性について検討することを目的とした。本研究の目的を検証すべく,大学生339名を対象に,自尊感情尺度,他者軽視尺度,就職イメージ尺度,時間的展望体験尺度から構成された質問紙調査を実施した。その結果,他者軽視傾向が高く自尊感情が低い「仮想型」は,他者軽視傾向が低く自尊感情が高い「自尊型」と比較して,就職に対して希望をもてず,拘束的なイメージを抱いていることが明らかとなった。また,「仮想型」の時間的展望は,過去・現在・未来に対して肯定的に展望していないことが確認された。本研究の結果から,肯定的な展望ができない「仮想型」は,他者軽視を就職にまで般化していると考えられ,「仮想型」にとって就職することをネガティブにとらえることは,自己評価を最低限維持する自己防衛的な役割を果たしている可能性が示唆された。
著者
一柳 智紀
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.20, no.4, pp.437-446, 2009

本研究では,物語文の読解授業においてテキスト理解を話し合う過程で,児童がテキストに書かれた言葉に着目しながら,どのように互いの発言を「聴き合い」,教師はそれをどう支援しているか明らかにすることを目的とした。小学校5年生2学級の国語授業を対象に,授業観察と直後再生課題を行い,授業中の発言および再生記述を,テキストや他児童の発言との関連から検討した。その結果,(1)話し合いでの児童による言及の多さや,発言回数に対する再生比率の高さから,テキストを引用した発言や他児童の発言に言及している発言が,テキスト理解の「聴き合い」を促進していること,(2)教師は,話し合いの中で音読やテキストに「戻す」問いかけを繰り返し行うことで,児童をテキストとの対話へと促していること,(3)テキストとの関連が不明確な児童の疑問を教師がリヴォイスすることで,読解の視点を多様にし,「聴き合い」を促進していることが明らかとなった。また,テキストを引用した発言や,他児童の発言に言及している発言は学級間で頻度が異なることから,話し合いのグラウンド・ルールの共有度が,談話のスタイルおよび「聴き合い」に影響していることが示唆された。
著者
三好 昭子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3, pp.286-297, 2011

本研究では,Eriksonの漸成発達理論における第IV段階の活力(virtue)である有能感(competence)について両極端な2つの事例から,有能感の生成要因を明らかにし,有能感がアイデンティティに基づいた生産性にどのように影響するのかを示した。明治時代の東京で,学童期から抜群の学業成績を収め,若くして小説家としての地位を確立した作家谷崎潤一郎と芥川龍之介の有能感の様相が対照的だったことを示し,同じような経歴を重ねながら,どうして有能感の様相が対照的であったのかという観点から比較分析を行った。谷崎の場合は無条件に愛され,寛大にしつけられた結果,第IV段階以前の活力を基盤とした確固たる有能感が生成された。それに対して芥川の場合は,(1)相互調整的でない養育環境と(2)支配的なしつけを受け,初期の活力の生成が阻害され,早熟な良心が形成された。その結果,芥川は(3)主導性を発揮することができず,目的性が過度に制限され,有能感の生成が妨げられたことを明らかにした。そして谷崎は作家としてのアイデンティティに基づいた生産性を発揮し続けたが,作家としてのアイデンティティを主体的に選択しえなかった芥川は,義務感によって生産に従事し続けたことを示した。さらに初期の発達段階における活力の生成を阻害されると,どんな才能・能力に恵まれても自分の才能・能力が何に適しているのかを見出すことができなくなる可能性を指摘した。