著者
安松 啓子 多田 美穂子 永井 由美子 中田 悠
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.21, no.7, pp.261-268, 2021 (Released:2021-07-02)
参考文献数
48

脂肪の検出に味覚器が関与する証拠が2000年前後から相次いで報告され,舌の味覚器に脂肪酸トランスポーターをはじめとする受容タンパクの発現検索,そして続いて機能証明が多角的になされている。筆者らはGPR40(FFAR1),GPR120(FFAR4)がマウスの舌に発現し脂肪酸の情報を脳に伝えること,GPR120は鼓索神経領域で長鎖脂肪酸を受容伝達して,他の味との弁別に役立っていることを報告した。さらに舌咽神経領域におけるCD36の嗜好性の脂肪酸情報の役割も現在解明中である。GPR120は消化管で最初に機能が報告されたが,脂質による腸管ペプチドGLP-1を通じてインスリン分泌や満腹感などにも関与し,胃のグレリン分泌を抑制することで食欲を抑える機能も最近明らかになっている。味覚による脳相反応によって,消化吸収の準備が始まり,満腹感にまで影響を与える可能性が大きい。味覚と疾患の関連として,肥満・糖尿病患者は味覚感受性が低下しており,さらに脂質や調味料を摂りすぎる危険性がある。味覚は今や摂食調節や生活習慣病と密接にかかわることが明らかで,美味しさ・不味さの解明は全身とのつながりにおいても重要である。
著者
丸山 武紀
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.13, no.6, pp.259-266, 2013 (Released:2016-02-01)
参考文献数
19
被引用文献数
2

トランス脂肪酸を摂取すると心疾患のリスクが高くなることが明らかになってきた。そのため,米国などではトランス脂肪酸を表示している。デンマークやスイス,オーストリアでは使用を規制している。 我が国では,食品安全委員会が日本人の摂取量はWHOが勧告した量を下回るので,通常の食生活では健康への影響は小さいと発表した。これにより国民のトランス脂肪酸に対する関心は薄らいだ。しかし,すべてが解決したわけではないので,本報告はトランス脂肪酸の現状を解説した。

4 0 0 0 OA 泡の化学

著者
小山内 州一
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.1, no.8, pp.863-870, 2001-08-01 (Released:2013-04-25)
参考文献数
25
被引用文献数
4 6
著者
山口 進
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.12, no.7, pp.283-288, 2012 (Released:2015-02-01)
参考文献数
20

最近のいくつかの研究はアラキドン酸(AA)が食品の美味しさを向上させる効果があることを示唆している。少量のAA含有油脂を植物油脂に添加し,コロッケや炒飯,野菜スープの調理油として使用したところ,それらの食品は通常の植物油脂で調理した時と比べ,うま味やコク味や後味が向上した。 また,鶏肉の味はその鶏にAA を給餌することよって改良できる。鶏肉中のAA含量はその鶏に給餌する餌中のAA含量に比例して増加し,餌によってAA含量が異なるように調製した鶏肉を官能評価したところAA含量の高い鶏肉は低いものより,うま味やコク味が高まった。このようなAAによる食品の美味しさ向上効果のメカニズムを考察するため,本総説ではAAが味覚感知に影響を及ぼすことを示す研究例をいくつか紹介した。その1つとして,マウスを用いた実験によりAA酸化生成物がうま味成分であるグルタミン酸ナトリウムや甘味成分であるショ糖に対する味覚感受性を増強したことが示されている。これらの研究成果は油脂や脂肪酸が食品の味を感じる上で果たす役割の理解や,より美味しい食品の開発への応用に有用であると考える。
著者
池本 敦
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3, pp.107-112, 2018 (Released:2019-09-02)
参考文献数
12

アケビ種子油はかつて秋田で作られていた伝統的食用油であり,主成分が1,2-ジアシルグリセロ-3-アセテート(DAGA)であるという特徴を有する。通常の植物油の主成分であるトリアシルグリセロール(TG)と比較して,DAGAはリパーゼによる加水分解効率が低い。このため,消化・吸収されにくい性質を有し,体脂肪がつきにくく太りにくいという優れた特性がある。アケビ種子油の実用化には,原料の確保のためにアケビ栽培を拡大させる必要がある。また,種子のみでなく実や果皮を利用し,アケビを丸ごと活用することが必要であり,現在これらの課題に産学官連携で取り組んでいる。
著者
沓名 弘美 沓名 貴彦
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.18, no.10, pp.507-513, 2018 (Released:2019-09-02)
参考文献数
29

臙脂は,紀元前2世紀に西域より中国にもたらされた赤色の色料である。初期の臙脂は,ベニバナを原料としてつくられた化粧品であった。7世紀頃には,ラック色素を円形の薄い綿に染みこませた綿臙脂がつくられるようになった。綿臙脂は,近代に至るまで,化粧品,医薬品,美術工芸の色料として用いられていた。現代では,綿臙脂の製造が廃れ,製法も不明である。しかし,古典的な美術工芸や文化財の保存修復では,臙脂は重要な材料であり,その再現が強く求められている。筆者らは,文献の研究,実地調査,科学分析と実験によって,綿臙脂の再現を目指している。唐代の医学書の『外台秘要方』には,綿臙脂の詳細な処方が記載されている。その処方に基づき,筆者らは,各材料の同定,分量の解明をすすめ,紫鉱(ラック)と数種の漢方の薬種を用いて,臙脂の試作を行った。本稿では,臙脂の歴史的な変遷を解説し,試作の過程について報告する。
著者
西田 奈央
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.69-75, 2021 (Released:2021-02-04)
参考文献数
50

脂質二重膜で包まれた小胞であるエクソソームは,細胞同士の比較的新しい情報伝達ツールとして注目を集めるようになった。エクソソームに含まれる脂質成分は,エクソソームの中身と外界の境界線を形作るのに必要不可欠であるとともに,最近の研究ではエクソソームの形成過程や取り込み,細胞間シグナル伝達にも関わることが分かってきた。エクソソームに含まれる脂質成分は,基本的に細胞膜と似ているが一部組成が異なり,目的をもって選択的にエクソソームに搭載されていると考えられる。しかし,脂質分析やメカニズムの解明には技術的な課題も多く,理解も進んでいない。本総説では,エクソソームに含まれる脂質成分とその機能について,現在の知見と課題をまとめて紹介する。
著者
浅井 知浩 出羽 毅久 奥 直人
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.16, no.6, pp.271-278, 2016 (Released:2019-02-01)
参考文献数
14

小分子RNA(small interfering RNA(siRNA)やmicroRNA(miRNA))を用いたRNA干渉療法は,疾患関連遺伝子の発現を選択的に抑制する治療法であり,がんなどの遺伝子発現異常に基づく疾患への応用が期待されている。しかし,RNAは生体内で分解され易く,細胞膜をほとんど透過しないため,医薬品化にはdrug delivery system(DDS)技術が必要である。核酸医薬開発においてDDS技術の重要性が一段と増す中,脂質ナノ粒子を用いたsiRNAデリバリーシステムは実用化に向けた研究がかなり進んでいる。本稿では,イントロダクションとしてRNA干渉療法の基礎とsiRNA医薬の特徴について記した後,脂質ナノ粒子を用いたsiRNAデリバリーシステムについて概説する。その後,我々が開発を進めている脂質ナノ粒子を用いたsiRNAデリバリーの研究成果を要約して紹介する。これまでに我々は,siRNAデリバリーのために複数のポリカチオン脂質誘導体を設計・合成し,様々な脂質ナノ粒子を調製した。そして,遺伝子のノックダウン効率を指標にしたスクリーニングを行い,脂質ナノ粒子の処方を決定した。さらに我々は,腫瘍へのターゲティングを目的として,ポリエチレングリコールで被覆した脂質ナノ粒子の表面をペプチドで修飾した全身投与型siRNAベクターを開発した。この全身投与型siRNAベクターを用いてがんの増殖に関与するmammalian target of rapamycin(mTOR)に対するsiRNAを担がんマウスに静脈内投与したところ,siRNAが選択的に腫瘍に集積し,有意ながん治療効果をもたらした。このことから,我々が開発した脂質ナノ粒子は,全身投与による腫瘍選択的siRNAデリバリーに応用可能であることが示唆された。
著者
杉林 堅次
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.17, no.11, pp.549-558, 2017 (Released:2019-08-05)
参考文献数
23
被引用文献数
1

簡便なDDSとしての外用剤と経皮吸収型製剤(TDDS)を今後さらに開発・発展させていくためには,皮膚の構造について理解し,薬物の経皮吸収について十分理解することが必要である。ここでは,経皮吸収経路とその速度論について,さらには特に外用剤の評価で重要となる皮膚中濃度動態について解説した。また,実用化に当たって重要である吸収促進剤の利用や外部エネルギーを利用した製剤化に関しても説明した。今後は,AIやIoTの発展に伴い全く新しいタイプのTDDSが世に出ると期待される。今はまさに将来のために過去を振り返る時であると思われる。
著者
林 雅弘 松田 綾子 東海 彰太 受川 友衣乃 宇髙 尊己
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.65-72, 2023 (Released:2023-02-04)
参考文献数
32
被引用文献数
1

様々な微細藻類の社会実装が検討される中で,独立栄養か従属栄養かの選択,太陽光による光合成への日周サイクルの影響,培養密度と光合成効率のバランス,培養液中の炭素源濃度の影響,培養槽の形状や機能の問題,目的物の抽出残渣処理,株の育種や無菌化など,実用化に向けてクリアすべき問題は多い。微細藻類の中でもユーグレナは特徴的な培養特性を持ち,光合成による独立栄養培養,光合成に加えて有機炭素源を利用した光従属栄養培養,光を利用せず培地中の有機炭素源を利用する従属栄養培養のいずれの培養による増殖も可能である。いずれの培養様式もそれぞれ特徴を持ち,目的や規模に応じて使い分ける必要があるが筆者らのグループは従属栄養培養に焦点を絞り,ユーグレナの工業レベルでの大量生産を行っている。本稿では筆者らが行っているユーグレナの工業レベルの大量培養を1つの題材に,微細藻類の社会実装に向けた大量培養技術について考える。
著者
藤木 哲也 三木 康弘 松本 圭司
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.10, no.6, pp.215-219, 2010-06-01 (Released:2013-06-01)
参考文献数
4
被引用文献数
1 1

ポリヒドロキシアルカン酸 (Polyhydroxyalkanoate) は, 多くの微生物が菌体内に蓄積する熱可塑性高分子であり, かつ環境中の微生物により水と二酸化炭素にまで分解されることから環境調和型プラスチックとして種々の応用が期待されている。ポリヒドロキシアルカン酸の1種であるPHBHはR-3-ヒドロキシブタン酸 (3HB) とR-3-ヒドロキシヘキサン酸 (3HH) から成る共重合ポリエステルであり, 植物油や脂肪酸等を炭素源として微生物によって生産される。PHBHはその3HH組成比によって硬質から軟質の幅広い物性を示すため広範な用途が期待されることから, われわれは工業規模での生産研究および加工研究を行ってきた。
著者
寺田 新
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.18, no.8, pp.367-373, 2018 (Released:2019-09-02)
参考文献数
26
被引用文献数
1 2

多くのスポーツ選手は,脂質を体重増加につながりやすく,なるべく摂取すべきではないものとして捉えている。しかしながら最近,脂質によって運動後の筋グリコーゲンの回復が促進されることや,不活動に伴う筋萎縮が一部抑制されることが報告されており,脂質によってアスリートのパフォーマンスが向上する可能性が示されつつある。本総説では,スポーツ栄養における脂質の活用法に関する最近の知見を解説させていただく。
著者
大石 勝隆
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.21, no.4, pp.121-127, 2021 (Released:2021-04-06)
参考文献数
27

健康の維持増進を目的とした従来の栄養学は,食品の栄養成分に焦点を当てた,食事の質と量に関する研究が中心であった。一方,食物の消化,吸収,代謝機能には日内リズム(サーカディアンリズム)が存在し,睡眠覚醒リズムや体温のリズムなどとともに,体内時計によって制御されている。従って,これらのサーカディアンリズムの乱れは,睡眠障害や生活習慣病などの様々な疾患を引き起こすことが知られている。最近になって,時間栄養学という研究分野が注目されている。時間栄養学とは,食品の機能性を利用した睡眠の改善や,生体リズムを利用した食リズムの改善などによって健康機能の向上を目指す学問のことである。本稿では,時間制限摂食による糖尿病や肥満症などの生活習慣病の改善効果について最近の知見を紹介する。
著者
東西田 奈都子 齋藤 明良
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.14, no.11, pp.473-477, 2014 (Released:2017-02-01)
参考文献数
17

アルキルグルコシドは親水基ユニットとして糖骨格を有する天然原料由来の非イオン性界面活性剤である。一般的な非イオン性界面活性剤であるエチレンオキサイド付加型の界面活性剤に比べて,非常に高い起泡性を示し,これは相状態の観察や気液界面での表面圧測定の結果より,親水基である糖骨格構造に由来する分子の配向のしやすさが影響していると考えられる。また,アルキルグルコシドは蛋白質や肌に対してマイルドであり,水生環境に対しても適合性の高い基剤であることから,安全性や低環境負荷への要求が高まる現況において注目すべき基剤である。本稿では,アルキルグルコシドの物性および特徴的な性能ついてご紹介する。
著者
高木 周
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.10, no.9, pp.317-322, 2010-09-01 (Released:2013-06-01)
参考文献数
11

水中に存在する微細な気泡は, その比表面の大きさおよび液中での停留時間が長いことから気液反応の促進を目的とした化学反応器や水処理の曝気槽などで有効に利用されている。また, 医療応用と関連した分野では, 直径5ミクロン以下の微細なマイクロバブルは, 静脈への注射を通して超音波血管造影剤としてすでに利用されており, 最近では, このマイクロバブルに改良を加え, 血1流を利用したドラッグデリバリー担体としての利用も考えられている。本稿では, マイクロバブルに関する研究について最近の研究動向を紹介した後, 気泡サイズや発生数などの制御性に優れ, 将来の医療応用も期待できるマイクロチャネルを利用したマイクロバブル生成法について紹介する。
著者
加藤 知 中沢 寛光
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.15, no.11, pp.503-510, 2015 (Released:2018-02-01)
参考文献数
39

皮膚の最表層にある厚さ10 μmほどの角層は,異物や細菌の侵入を阻止したり,体内からの水分蒸散を制御するなど物質の透過を巧妙に制御している。これらの角層の機能とその微細構造の関係は精力的に研究されているが,まだ未解明の部分が多く残されている。ここでは,角層の構造と物質透過の関係を解明するために,我々の研究室で開発してきた手法について紹介する。非侵襲的に採取した角層試料の電子顕微鏡観察では,簡便に凍結薄切片を作製する方法と細胞間脂質層内の脂質分子充填配列を解析する電子線回折法について解説する。また,物質透過と構造変化を同時測定できる斜入射セルを用いた放射光X線回折実験および脂質組成を簡単に制御できる人工モデル脂質膜を用いた実験手法についても紹介する。
著者
加藤 俊治 乙木 百合香 仲川 清隆
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.22, no.6, pp.287-295, 2022 (Released:2022-06-07)
参考文献数
24

質量分析においてエレクトロスプレーイオン化(ESI)法は,汎用性の高いイオン化法の一つである。ESIの特徴の一つとして,イオン源において様々な付加体を形成しやすい点があり,一般的に[M +H]+,[M+NH4]+,[M+CH3COO]-などが分析に用いられる。一方で,試料などを由来とする金属イオンも容易に目的化合物に配位し,[M+Na]+や[M+K]+などの金属イオン付加体を形成する。こうした金属イオンの配位はcation-π電子相互作用によるものと考えられ,配位箇所はH+やNH4 +などと異なる。加えて,金属イオンの配位によってもたらされる原子間距離や水素結合の変化もH+やNH4 +などによる変化とは異なり,それゆえ金属イオンに特徴的なフラグメンテーションが引き起こされる。興味深いことに金属イオンの種類によってもフラグメンテーションは異なり,本原理を用いたユニークな構造解析法がいくつか報告されている。本総説では先ず化合物と金属イオンの付加原理について述べ,次に金属イオン付加体を活用した脂質の構造解析例について紹介する。
著者
望月 和樹 木村 真由 川村 武蔵 針谷 夏代 合田 敏尚
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.18, no.8, pp.375-381, 2018 (Released:2019-09-02)
参考文献数
26
被引用文献数
2 2

中鎖脂肪(MCT)は,中鎖脂肪酸とグリセロールによって構成される。MCTは,小腸において脂肪酸に素早く分解され,その後長鎖脂肪と比較してエネルギー源として素早く代謝される。これは,MCTの消化吸収には胆汁によるミセル化のステップが必要ないことや,小腸で消化された中鎖脂肪酸は,中性脂肪に再合成されることなく,ミトコンドリアのβ酸化の律速ステップである脂肪酸とカルニチンとの結合が必要ないことによる。加えて,MCTを動物モデルに投与すると,β酸化,解糖系,クエン酸回路,電子伝達系,脂肪酸合成経路といったエネルギー代謝経路の遺伝子発現や酵素活性を増大することが明らかとなっている。また,MCTの摂取は,インスリン抵抗性や低栄養を有する動物モデルにおいて,インスリン作用を増大させることがわかっている。これらの結果は,MCTは,エネルギー源としてだけではなく,律速酵素の活性や発現を増大させることによって積極的にエネルギー代謝を活性化する作用を有することを示唆している。さらに,近年の研究によって,β-ヒドロキシ酪酸やクエン酸のようなMCTの代謝産物は,エピジェネティックメモリーの一つであるヒストンアセチル化修飾を増大させる能力を有することがわかってきた。我々は,中鎖脂肪酸であるカプリル酸は,小腸において脂肪や糖質の消化吸収関連遺伝子だけではなく,転写因子であるペルオキシソーム増殖因子活性化受容体やヒストンアセチル基転移酵素であるCBP/p300の遺伝子発現を増大させることを明らかにした。これらの研究成果は,MCTは,代謝関連遺伝子やヒストンアセチル化修飾を誘導する遺伝子の発現を増出させることによって,代謝や栄養素の消化吸収を増大しうることを示唆している。
著者
吉村 芳弘
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.18, no.8, pp.383-391, 2018 (Released:2019-09-02)
参考文献数
39

サルコペニアは加齢や低栄養,低活動,疾患などが原因で,骨格筋量の低下とともに握力や歩行速度の低下など機能的な側面を含む概念である,サルコペニアの診断は,四肢骨格筋量に加えて,握力,歩行速度などの身体機能の評価を含めて行われるが,世界的には複数の診断基準が提唱されている。予防や治療の中心は栄養と運動である。サルコペニア高齢者への中鎖脂肪酸の治療可能性が指摘されている。中鎖脂肪酸は炭素鎖8-10の脂質であり,エネルギー効率が高く,すぐにエネルギー源として利用される特徴がある。摂食量が減少した低栄養やサルコペニアの高齢者には極めて有用な栄養素の1つであると考えられる。最近の研究で,中鎖脂肪酸の経口摂取でグレリンの活性化を促すことが判明しており,食欲亢進の点からも中鎖脂肪酸は注目されている。
著者
大久保 剛
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.19, no.7, pp.279-284, 2019 (Released:2019-09-25)
参考文献数
25

日本は世界的に見ても不眠大国である。社会構造が常に複雑になり,人手不足や長時間労働などの問題により,睡眠時間を確保することが難しくなっている。このため,何らかの方法で睡眠の質を向上させることが重要になっており,我々はヒトの食事に着目した。特にオメガ3系脂肪酸,リン脂質やコリン化合物などの脂質は中枢機能に関わりがある。本総説において,筆者の研究を交えて脂質摂取と睡眠の関係について紹介する。