著者
吉田 一彦
雑誌
人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.186-175, 2008-06-25
著者
貴田 美鈴
雑誌
人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.83-97, 2007-12-23

本稿は、里親制度不振をめぐる従来の議論への再考を目的とし、社会福祉の政策展開に着目して、政策主体による里親制度の位置づけとその意図を検討した。1960年代には、政策主体は里親制度の意義を強調するも、その運用方法を図りかね、里親施策はほとんど進展しなかった。一方で、政策主体は養護施設の規模縮小など見直しに対する反対運動を受けるなか、1960年代末には、里親制度重視の方向性を弱めていった。また、1973年に東京都で「養育家庭制度」が開始され、要養護児童サービスにおいてコミュニティケアの具現化が提起されたが、政策主体は里親施策に反映させることはなかった。1974年以降には、社会情勢に即応した里親制度の効果的な運用として短期里親を新設したが、里親委託を全国里親会によって展開させ、公的責任を希薄にしていった。短期里親の運用は養護問題に対する政策主体の表向きの対応を示したに過ぎなかった。1983年以降、社会福祉政策に民間活力やボランティア活動が導入され、社会福祉が拡大されると、里親制度をボランティア活動と明言したのである。また、里親委託促進を全国里親会の役割に位置づけ、公的責任を縮小させている。すなわち、1960年代から1980年代の政策主体による里親制度の位置づけは、養護問題や運動に基づくものとはいいがたく、大筋では社会福祉の政策展開に連動したものであった。
著者
森 哲彦
雑誌
人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.1-18, 2007-06-23

カント著書『純粋理性批判』を解読するに際し、カント哲学前批判期をどう取り扱うかについて、二つの問題が見られる。その際、まずカントのどの著作から取り扱うべきか、これが第一の問題である。さてカントは1781年のヘルツ宛の手紙で、批判期の『純粋理性批判』にあっては「(1770年著作)『可感界と可想界』という標題のもとで私たちが一緒に論究した....研究の成果を含む」とする。また1783年のガルヴェ宛の手紙や同年のメンデルスゾーン宛の手紙でも『純粋理性批判』について「少なくとも12年間に渡る反省の所産」であるとする。このことから『純粋理性批判』解明のための有効な方途として、前批判期を狭義には1770年著作『可感界と可想界』をもって始めるとする論者もある。 しかし広義に考えれば『純粋理性批判』で、認識対象でなく方法が重視される点は、早くもカントの1747年処女作『活力測定考』に見られるところである。また神の存在証明の問題も1755年著作『天界自然史論』に伺える。このことから本論では、広義の観点から解明する。この広義の立場を取るものに、例えば、カッシーラー(1918)、シュルツ(1965)、カウルバッハ(1969)、浜田義文(1967)、高橋昭二(1969)の諸研究がある。次に1755年著作『形而上学的認識の第一原理の新解明』は、大半が矛盾律、同一律、決定根拠律という形式論理学を論述するものであり、『純粋理性批判』の内容に直接的に関連しないためか、従来論評されることは少ない。例えば、カッシーラーやカウルバッハは、他のカントの著作に比してこの著作を簡単に取り扱う。これが第二の問題である。 しかしこの著作はカントの最初の形而上学の可能性を論究したものであるゆえ、本論では他の著作を同様に取り上げる。なおヤスパース(1957)は、カント哲学前批判期の諸著作のうち、この著作から論評している。
著者
成 玖美
雑誌
人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.43-56, 2005-01-14

アメリカの大学が地域サービスを重視しながら大学エクステンションを発展させてきたことはよく知られている。しかし南部黒人集住地域の地域開発に寄与した黒人大学のエクステンションについては、従来、等閑視されてきた。本稿は19世紀末から20世紀にかけてのタスキーギ学院におけるエクステンション活動を、地域開発教育の視点から検討するものである。タスキーギ学院は、タスキーギ黒人会議および地区会議ネットワーク、および数種の農業技術指導講習会を通して、農村生活改善に尽力した。また家庭を支える女性の役割を重視し、母親集会やセツルメントなどを通して、女性の意識向上に努めた。さらには地域図書館設立や農村公立学校の改善指導など、さまざまな形で地域開発教育を展開した。こうした実践は、学習機会が圧倒的に乏しく、差別の厳しい環境における切実な地域開発教育実践として評価されると同時に、体制内改良主義的教育としての限界をも持つ。それは現代多文化主義教育が構想される以前の、「近代」マイノリティ成人教育の光と影を示していよう。一方で、タスキーギ学院のエクステンションは、大学の専門性の地域還元という性格だけでなく、より幅広い対象へのアプローチを展開させており、地域開発の総合的教育機関としての役割を担っていたとも解される。地域開発を梃子として人種の地位向上を目指した、南部農村地域における黒人大学エクステンションの歴史的性格を、検討する。
著者
楢﨑 洋一郎
雑誌
人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.129-143, 2010-06-30

日本の指導要録・調査書の開示請求をめぐる議論に、アメリカ合衆国の「家族の教育上の権利およびプライヴァシーに関する法律」いわゆる「FERPA」が影響を与えた。本稿では、まず、FERPAについて解説を付し、次に、「教育記録」の定義と第三者開示が争点となったファルヴォ事件連邦最高裁判所判決(Owasso Independent School District No.I-11 v. Falvo(2002))の全訳を示した。最高裁判所判決の最大の意義は、学校で教員が用いる教育学的な根拠のある教育方法が、プライヴァシーの権利の概念から過度の制約を受けないように配慮したことである。近代以降の学校教育は集団で行われてきており、その教育学的な意義・効果にも十分留意せねばならない。
著者
鈴木 順子
出版者
名古屋市立大学
雑誌
人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.113-126, 2007-12

現代の家族を特徴づけるものは核家族である。戦後の高度経済成長は急激な工業化や都市化を招き、都市への人口集中をもたらし、またその都市化の進行は家族形態を大家族から核家族へと移行させた。近年、それに加え、少子化傾向が見られ、政府はこの状況に対し、様々な子育て支援策を講じてきたが働く母親や育児負担を抱えている母親にとって充分な施策が行われているとはいえない。本稿では、この中で自治体の取り組みの一つであるファミリー・サポート・センターに焦点を当てる。このファミリー・サポート・センターが少子化対策の一つとして、また子育て支援システムの中でどのように子育てを支援し、位置づけがなされているか、実践報告を基に検討することで、ファミリー・サポートの住民相互援助という新しい形態が今後の子育て支援に重要な役割を果たしていくと考えている。
著者
三浦 哲司
雑誌
人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.1-18, 2014-07-31

わが国の大都市では現在、小学校区や中学校区において、地縁団体関係者とともに市民活動団体関係者が参加する地域住民協議会の設立が進んでいる。大阪市でも2012年度から、本格的に市内全域で大阪市版の地域住民協議会である「地域活動協議会」の設立を進めてきた。しかし、性急な協議会設立のうごきに対して地域の側の理解が深まっておらず、大半の協議会が試行錯誤している状況にある。そのようななかで、鶴見区の緑地域活動協議会は自主財源を確保しながら多面的な活動を実践している。そこで、この協議会について検証したところ、1)協議会設立以前からの地域活動の蓄積が協議会活動のあり方を左右する、2)活動の持続性向上には自主財源の確保が求められる、3)必要に応じた外部主体との連携が地域住民協議会にとって有効となる場合もある、という示唆を抽出することができた。今後の研究では、他事例との一致比較や差異比較を視野に入れながら、引き続き協議会活動の活性化要因の解明を進めていきたい。
著者
久田 健吉
出版者
名古屋市立大学
雑誌
人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.61-75, 2003-01-10

この研究は、ヘーゲル研究にとって画期をなすものと自負する。本論末尾の「緒論攷」でまとめたように、『人倫の体系』は難解な書、挫折の書、シェリング哲学残滓の書とされ、イエナ実在哲学との関連で、そういうものだろう程度の研究しかなされていない。しかし人倫の体系は、挫折どころか、ヘーゲル哲学の根幹をなす研究をなしている。ヘーゲルはこの書物で問題にしたのは、人間による「絶対的人倫の理念の認識」だった。この認識に至る道は概念の絶対認識を通してであって、この認識を通して民族(国家)を自覚し、人間は民族(国家)を形成するとする。そしてこれを可能にするものこそは「直観と概念の相互包摂」である。直観とは人間の主観性、概念とは客観世界。人間は己を貫こうとして、客観世界に己を対置する。 しかしこの時、真に己を貫こうとしたら、客観世界に即して己を貫くのでなければならないことを知る。これが「直観による概念の包摂」から「概念による直観の包摂」への逆転であって、こうあることが直観による概念の真の包摂だと人間は自覚する。これが人倫の体系で問題にされたことであった。ヘーゲル哲学は精神の哲学と言われる。この研究の上に立つなら、精神が実現してきた世界理性をわがものとしてこそ真の実存、真の哲学と説いていることがよく分かる。私はヘーゲル研究において、新たな地平を提起したと自負する。
著者
伏見 嘉晃
出版者
名古屋市立大学
雑誌
人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.155-168, 2004-01-10

個人の「自由」、そして「自立」、これらは所与のものなのであろうか。近代以降、それらは個人が他者との関係のうちでみずから形成獲得してきたものである。こうしたことを考えると、各人が己の「自由」や「自立」を求めることは、他者との関係を必然的なものとして捉えることにつながると考えられる。このようにして「人間関係」、つまり個人と個人との関係(繋がり)を基礎とする社会は構築されると考えられる。すなわち、これが近代以降みられる「共同性」のあり方であると思われる。しかし、この「共同性」は漠然としたもしくは強制的な「人間関係」によるものであってはならない。諸個人が相互に尊重しあう関係を必然とする「共同性」でなくてはならないと思われる。なぜならば、「人間関係」のうちに諸個人の「自由」と「自立」が保障される必要があるからである。以上を考慮に入れると、「自由」と「自立」そして「共同性」を解明することは、諸個人がどのように他者との関係を形成するのか、ということの検証であろう。こうした理由により、諸個人間に展開される「承認」のあり方の考察の必要性が浮かび上がると思われる。以上の理由から、若きヘーゲルが本格的に検討をはじめた『イェーナ体系構想』に見られる「承認論」の考察を試みたいと思う。この考察により、「市民社会(社会一般としての)」の本性の一端も明らかになるであろう。
著者
村井 忠政
出版者
名古屋市立大学
雑誌
人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.49-69, 2006-12-24

1965年のアメリカ合衆国の移民法改正は、それ以前の人種差別的移民制限法の下で保たれてきていたエスニック集団間の均衡を突き崩すという結果をもたらした。65年移民法体制の下、1970年代の合衆国は合法移民、「不法」移民、そして難民を合わせて恐らくは毎年100万を越えると推定される新しい移民の波に見舞われ、ラテンアメリカからのヒスパニックや従来ほとんど認められていなかったアジア系移民の激増を見ることとなったからである。1970年代以降、20世紀初頭の第一の移民の大波に次ぐ第二の大量移民時代にアメリカ合衆国が突入したことを受けて、アメリカの移民研究は現在新しい段階に入っている。本稿では、現代アメリカ合衆国のラテンアメリカとアジアからの「新移民」の同化をめぐる社会学的実証研究に精力的に取り組み、目覚しい成果を挙げているキューバ系アメリカ人社会学者アレハンドロ・ポルテスに着目し、彼の移民の同化をめぐる議論に焦点を当てることにする。本稿のねらいは、(1)アメリカ合衆国における20世紀初頭の新移民と現代の「新移民」の比較考察をすることで、現代の「新移民」の同化が持つ多様性、独自性を明らかにすること、(2)さらに、これら「新移民」の第二世代に当たる子どもたちが、現代アメリカ社会に適応し、社会経済的地位を向上させていくためには、いかなる条件が必要とされるかを明らかにすることにある。
著者
やまだ あつし
雑誌
人間文化研究 = Studies in Humanities and Cultures (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
no.38, pp.149-166, 2022-07-31

台湾大学にある田代安定の蔵書と手書き資料は現在、田代安定文庫として外部公開されており、手書き資料はWEB 上の画像として閲覧することができる。しかしながら田代の筆跡は読み辛く、従来の研究は手書き資料群をまとまって読み解いてはいない。本論は、田代の台湾総督府民政局殖産部拓殖課での活動でも、特に『台東殖民地予察報文』と関係の深い台東について記載された、19 世紀末作成の手書き資料群をまとまって読み解く試みである。それによって、田代の調査と報告書編集の過程、そして成果物である『台東殖民地予察報文』の問題点を明らかにする。本論に関係する田代の手書き資料群は、フィールドノートと収集文書に分かれていた。フィールドノートは、台東に居住するピュマ族やアミ族等の言語に関する語彙ノートの系統と、調査日誌の系統とに分かれる。収集文書は、当時の台東の民政機構が収集した資料を田代らが書き写したメモと、田代自ら収集し分析した調査データ、および報告書類がある。収集文書のデータは後に報告書類とともに『台東殖民地予察報文』としてまとめられたが、当初の調査の重要部分であった「原野」の記述が『台東殖民地予察報文』ではばっさり削られるなど、手書き資料群が『台東殖民地予察報文』にまとめられるまでに大幅な改編があった。『台東殖民地予察報文』で述べられた構想に限らず、田代の構想が当時の台湾総督府首脳部に取り上げられることは少なかった。『北海道殖民地撰定報文』など同種目的の報告書と『台東殖民地予察報文』の細部とを読み比べると、田代の計画の細部は、現実の殖民地開拓では成功し得ない構想が多い。それが恐らくは田代の構想が首脳部に取り上げられなかった理由であろう。
著者
野中 壽子
雑誌
人間文化研究 = Studies in Humanities and Cultures (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.77-84, 2019-01-31

保育内容や保育者の資質が同等と思われる同一市内の公立保育所のうち、園庭の広さが顕著に異なる2園について、幼児の身体活動量や活動内容及び運動能力を3歳から5歳まで縦断的に比較し、空間的環境が身体発達に及ぼす影響について検討した。午前中の活動中における1 時間あたりの平均歩数は、園庭の広い園が有意に多く(p<0.01)、3期を通してその傾向は変わらなかった。運動能力テストで両足跳びこしは有意差がみられたが、運動能力の両園の差は顕著ではなかった。しかし、園庭環境は運動能力に顕著な差はもたらしてはいないが、多様な動きの獲得に影響を及ぼすことが示唆された。
著者
有賀 克明 水野 恵子 山田 美香
雑誌
人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.171-183, 2006-12-24

香港の幼児教育改革で特徴的なのは、幼保一元化(調和)が行政レベルでは既に2004年から開始されていることである。現在の就学前教育・保育は、教育統籌局Education and Manpower Bureauの管轄の幼稚園Kindergarten、社会福利署管轄の幼児園・幼児センターChildcare centerに二分される。2005年9月に両者の行政組織を調和harmonizationさせた。質の高い幼稚園は当然人気が高い。しかし多くの家庭はメイドを雇っていて、その数は20数万人にものぼるため、幼児園(幼児センター)等の役割は相対的に低く、政府による就学前教育への投資は抑制しがちになる。メイドの平均月給は3,500香港ドル(以下、ドルと略称、1ドル=16円程度)前後で、全日制幼児園の平均的な学費2,000数百ドルより高いが、メイドが家事全般をこなしてくれることを考えると割安と言えるので、幼児園よりメイドを選ぶ家庭が多くなるのも当然であろう。
著者
鋤柄 増根
雑誌
人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.31-46, 2006-01-10

性格記述用語(136語)の反対語を大学生177名に調査した.その結果,相互に反対語どおしの関係にある対と,反対語がなかったり,拡散してしまうものがあった.この結果は,性格記述用語が表すと考えられる性格特性次元が双極性か単極性かに関連しており,反対語どおしの関係にある対は双極性を表す性格次元であり,反対語のない刺激語が表す次元は単極性であるといえる.この結果は性格次元の構造を明らかにするのに利用できるだけでなく,質問紙法で反応の偏りである黙従傾向を防ぐのによく使われる逆転項目の作成にも利用できるものである.
著者
手嶋 大侑
雑誌
人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
no.23, pp.38-58, 2015-03-30

「三宮」は通常、太皇太后・皇太后・皇后の総称とされているが、史料を見ると、太皇太后・皇太后・皇后を指していない事例に多く出会う。この問題を解くために、各時代の史料を検討した結果、「三宮」の語は時代によって概念が変化していたことがわかった。すなわち、藤原威子の立后以前においては「三宮」は「三つの宮」の意で使用されており、「宮」と称されるものは「三宮」に含まれることがあった。そして、威子の立后以降、「三宮」は徐々に「三后」と同意語であるとの認識が浸透していき、十五世紀には完全に定着した。また、「三宮」概念に関連して、「准后」と「准三宮」も考察し、封千戸を与えることは「准后」に付随し、年官年爵は「准三宮」に付随することも指摘した。
著者
日沖 敦子
出版者
名古屋市立大学
雑誌
名古屋市立大学大学院人間文化研究科人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
no.10, pp.338-332, 2008-12

国立歴史民俗博物館蔵『久修園院縁起』(写本一冊)、および、福岡県八女郡大光寺蔵『飛形山大光寺縁起』(写本一冊)の二種の寺社縁起を翻刻紹介する。いずれも、藤原山蔭関連の寺社縁起である。藤原山蔭の説話・伝承を踏まえ、本尊の由来を説いた寺社縁起は複数確認でき、未紹介のものも少なからず存在する。近世前期には縁起絵巻も制作されており、本誌第四号では、大阪府茨木市常称寺が所蔵する『総持寺縁起絵巻』を紹介した。また、第七号では、天理大学附属天理図書館が所蔵する『新長谷寺縁起』を紹介した。今回紹介する、『久修園院縁起』は、かつて星田公一氏により紹介されたもの(『久修園院所蔵本カ)であるが、国立歴史博物館蔵本とは、若干字句に異同があり、『飛形山大光寺縁起』と併せて翻刻することにした。『飛形山大光寺縁起』は近世中期のものであるが、未紹介の寺社縁起である。内容の詳細については、後稿に記したい。
著者
浅岡 悦子
出版者
名古屋市立大学大学院人間文化研究科
雑誌
名古屋市立大学大学院人間文化研究科人間文化研究 = Studies in humanities and cultures (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
no.27, pp.68-44, 2017-01

卜部氏の職掌は亀卜を行うことだけではなく、大祓にも従事していた。卜部氏の氏文である『新撰亀相記』では卜占の起源のみでなく、大祓の元となったスサノヲ追放神話を詳しく述べ、卜部氏の関わる祭祀の起源を説く。亀卜・大祓などの神祇祭祀に供奉していた卜部氏は、『新撰亀相記』や『延喜式』によると伊豆・壱岐・対馬の三国の卜部氏から取られた卜部である。この三国の卜部氏の系譜には異同や混同が含まれるが、概ね中臣氏と同祖と見て問題ない。宮中の卜部は宮主―卜長上―一般の卜部という昇叙形態をとっており。『養老令』の段階で宮主三人、卜長上二人、一般の卜部最大十五人が取られていた。『新撰亀相記』では卜部の他に中臣・忌部などの祭祀氏族がわずかに確認できるが、『新撰亀相記』に記される神話の殆どが、卜部が関わる神祇祭祀について触れたものである。
著者
谷口 幸代
出版者
名古屋市立大学
雑誌
名古屋市立大学大学院人間文化研究科人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
no.10, pp.354-340, 2008-12

大正七年自費出版の『愛の詩集』、『抒情小曲集』が認められ、室生犀星は詩壇に登場した。そして長い放浪生活から抜け出て、東京に居を構える。新進詩人はその翌年に「中央公論」に投稿した『幼年時代』など三作が認められ、一躍、文壇に登場した。以後、詩、俳句、短歌、小説、随筆、童話と、多岐にわたる足跡を残すことになる。その犀星の十五冊の日記は現在、新潮社版の全集別巻一、二に収められている。日記には原稿料や印税がそのつど丹念に書き込まれており、昭和時代の一部には原稿料を受取るまでの経過や交渉の事情まで書き留めているものもある。この原稿料授受の記録を注解しながら、筆一本の売文生活の実態と文士気質を明らかにすることが、小稿の目的である。犀星が文壇に登場した大正時代は、新聞の発行部数が飛躍的に増え、雑誌界では各種の女性誌が次々に創刊され、原稿料が飛躍的に上がった時である。総合雑誌の「中央公論」と「改造」というライバル雑誌での犀星の評価は原稿料ではかることができるほどである。昭和時代は円本ブームで始まり、戦時中に戦費調達のため源泉徴収制度が施行され、昭和二十年代は、敗戦直後の物資不足と激しいインフレによる原稿料の急騰、新円発行の金融緊急措置令による不況のため、支払の遅延や未払いの様が書き込まれている。昭和三十年代の週刊誌ブームの頃、創刊間もない「週刊新潮」の目玉だった谷崎潤一郎『鴨東綺譚』がモデル問題で中絶したとき、ピンチヒッターとして立ったのが犀星だった。円地文子は「原稿を書くことは文学者の生命なのだから、それによつて得る報酬もなおざりに考えてはいけないというお考えだつた」と回想する。