著者
金澤 裕之
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.47-53, 2007

近年、主に話しことばで、例えば「多くの方が来ていただき…」というような、「○○(=相手)が△△していただく」という表現をよく耳にする。授受を表わす部分が「てくださる」ではないこの表現は、現在一般に「誤用」と考えられているが、使用場面の急速な広がりの背景には、これまでの言語ルールを超えた何らかの理由があるように感じられる。本稿では、話しことばの実際の用例において、「てくださる」と「ていただく」の両者が入り得る場面でも「ていただく」の方が遥かに高い割合で選択されていることを確認しつつ、そうした現象の背景にあるものとして、現代人の敬語意識における一つの心理的な傾向について考察し、併せて、複雑な体系を持つ日本語の授受表現における単純化の方向への一つの兆しが、こうした現象に現われているかもしれない可能性について言及する。
著者
高田 三枝子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.34-45, 2006-04-01

本研究は語頭有声破裂音のVOTに注目し東北から関東にかけての地域,また話者の生年との関係を分析した。資料は1986〜88にかけて全国統一的に収集された録音資料を用いた。その結果東北と関東の間で大きな地域差が見られ,東北では話者の世代(生年)に関わらずほとんどの場合VOT値がプラスの値をとること,一方関東では世代差がみられ,生年の遅い話者ほどプラスの値をとる割合が高いことを明らかにし,さらに北関東(茨城・栃木)内を詳細に検討することによりここに見られる東北・関東間の境界が,先行研究で指摘されてきた東北的な音声音韻に関する現象の境界とほぼ一致することを指摘した。
著者
松森 晶子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.1-17, 2017-01-01 (Released:2017-07-01)
参考文献数
30

首里方言の「iːʧi息, uːʃi臼, wuːki桶」に代表されるように, 北琉球(奄美大島から沖縄本島まで)の各地には, 一部の2音節名詞の語頭音節の母音が長くなっている体系がある。この長音節の出現にアクセントが関与していることは, 服部(1932)によってはじめて指摘された。さらに服部(1979)は, その長音節が日本祖語(本稿の日琉祖語)の段階から存在していたことを論じた。本稿は, この2音節名詞の語頭に見られる長音節は, (日琉祖語ではなく)北琉球祖語の段階であらたに生じた, という仮説を提示する。本稿では, この長音節発生の原因は北琉球祖語のアクセント体系に求められるとし, これは(1)同じ体系内の単独形が似た他の型との区別のため, そして(2)体系内の同系列の3音節名詞と同じ型を内部に実現させるため, という2つの理由により生じた, という仮説を提示する。
著者
又吉 里美
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.49-64, 2007-01-01

本稿は、沖縄津堅島方言の手段表示機能を有する格助詞を取り上げ、構文論的な分析を行い、助詞の意味機能を見出そうとするものである。本稿の結論は以下の三点である。1.津堅島方言の手段表示機能を有する助詞には〓i、〓ka、karaの三つの助詞があることを見出した。2.三つの助詞は承接する名詞、結合する動詞によって使い分けられる。動詞の性質との関わりに注目すると、特に「動作行為、変化、移動」の性質を持つ動詞と結合し、これらの動詞の性質によって取りうる助詞が異なる。その対応関係は次の通りである。〓iは動作行為/状態変化の動詞と対応する。〓kaは位置移動/形質(状態)変化/状態変化の動詞と対応する。karaは移動動作/情報発信/情報獲得/生成の動詞と対応する。3.〓ka、karaと結合する動詞は動作行為、状態変化の中でもより限定された性質を持つ。その結果、承接する名詞も自ずから限定される。しかし、〓iはこのような限定の制約がない。その結果、〓kaやkaraの意味機能を獲得しつつあり、使用範囲を拡張しつつある。
著者
ローレンス ウエイン
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.30-38, 2011

琉球のいくつかの方言にみられる希求形式の使用状況から、琉球方言の=イタシ系の希求形式は生理的に不随意の身体機能を表す動詞のみと共起し、必要性を訴えるのが古い使用法であると考えられる。この=イタシは「痛みを感じるほど痛烈に感じる状態に達する」という意味から発達したとみられるものである。本土日本語の=イタシも、「甚(イタ)シ」からではなく、琉球方言と同じ文法化の経路をたどって、希求形式になったと思われ、その文法化の出だしは日琉祖語の時代に遡ると推測される。
著者
竹田 晃子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.101-117, 2015-04-01

国語調査委員会による「音韻口語取調」は明治末期に実施されたが,第二次取調は関東大震災で焼失したとされ,全国的に集約して学問的かつ学史的に検討されることがなかった。本論では,2回にわたって実施された「音韻口語法取調」を取り上げ,調査の全体像を把握し,残された第二次取調の報告類があることを明らかにした。また,岩手県の第二次取調の稿本を取り上げ,現代的視点から後代の研究成果と比較し,近代方言の資料としての価値があることを明らかにした。さらに,過去の方言調査資料を言語研究に有効に利用するために,調査目的や資料の成立背景などを方言学的・社会言語学的に把握する必要があることを指摘した。
著者
山本 佐和子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.29-44, 2012-01

助動詞「ベシ」は本来ク活用だが,中世室町期にはシク活用化したものが見られる。本稿では,シク活用化が「ツ+ベシ」である「ツベイ」でのみ起きることに注目し,「ベシ」の意味の二面性とモダリティ体系の史的変遷との関わりから,その要因を考察する。「ベシ」の意味は,状態・性質を表す〈事態的意味〉と,話し手の判断作用を表す〈認識的意味〉とに大別される。「ツベシ」「ヌベシ」は,中古から〈事態的意味〉専用の形式として存しており,「ツベシ」が「可能」,相補的に「ヌベシ」は「潜勢状態」を表す。室町期に,「ツベイ」から「ツベシイ」が生じたのは状態を評価的に表すためで,当期にク活用形容詞からシク活用形容詞が派生した現象と一連のものと捉えられる。また,当期には「ウズ」が,「ベシ」の〈認識的意味〉を担って,「ベシ」は文語化する。〈事態的意味〉を表す「ツベイ」は,「ベシ」より長く口語に残り,後代,「サウナ」等が発達するまで命脈を保ったものと考えられる。
著者
伊藤 雅光
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.112-129, 2008-01

小稿の目的はフロッピー版『古典対照語い表』を資料にして,語彙の量的構造史モデルを提案することにある。見出し語の使用頻度と時代的使用範囲を基準にした量的語彙構造分析法により,上代,中古,中世の各時代の語彙構造の二次元モデルと,それをさらに抽象化した語彙構造の一次元モデルとを構築する。各レベルの共時態を時系列順に並べることにより,各レベルごとに語彙の量的構造史が構築されることになる。それにより,語彙の量的構造史自体が抽象レベルの違いによる多層構造になると解釈した。
著者
劉 志偉
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.1-16, 2009-07-01

中世のテニヲハ研究の専門書を代表するものに「姉小路式」と呼ばれる一群の秘伝書が挙げられる。本稿では「姉小路式」の「かなをやすむる事」の巻を取り上げ、テニヲハ意識の展開を促したとされる「休めの類」について考察を行った。その結果、「姉小路式」を中心とする中世の「休めの類」は中古のそれを拠り所としながらも、完全に一致するものではないことが分かった。そして、それはその背後に進行していた当時の日本人の歌に対する接し方の変化やテニヲハ意識の深化によるものと考えられる。つまり、「休めの類」は、中古では歌語や古語解釈の一原理として用いられたのに対し、中世になると和歌の作法の修辞表現法として認識されるようになったのである。
著者
衣畑 智秀 岩田 美穂
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.6, no.4, pp.1-15, 2010-10-01

本稿では,現代日本語に見られる,カの名詞句位置の用法のうち,特に選言,不定の成立過程を明らかにした。カは中古まではほぼ疑問の助詞として用いられていたが,覚一本平家物語に文末で選言と意識される用法が見られ,その後15世紀以降名詞句の位置で選言の用法を発達させていく。不定は従来江戸後期から見られるとされていたが,本稿ではその前段階として副詞的な不定の用法が見られることを示した。従来の歴史変化の記述は,ある特定の用法が特定の時代にあるかないかを問題にするものが多かった。それに対し本稿では,用法は突然発生するものではなく,漸次的に成立していくものであることを,構文的観点から再現性の高いデータを提示することで示した。また,以上と間接疑問を含めたカの歴史は,名詞性の獲得と疑問詞との共起性という点から記述できることを論じた。
著者
山田 昇平
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.33-47, 2014-10-01

本稿では「言便(ごんびん)」を扱う。「言便」は中世中期の義源撰『法華経音義』で発音に関する事柄を広く指すのに用いられる。しかし中世後期には口語的資料の上で発音の良し悪しに関する用法に多く使用される。この用法は「音便」にもみられるが,「音便」は言語事象を説明する文脈に多用され,両者には用法による棲み分けが確認される。また「言便」は,「ゴンビンザワヤカ」の形で多用されるが,近世初期にはこの形が「ゴンビザワヤカ」へと変化した。これにより「言便」は使用の場を狭める。一方で近世中期になると学術的文脈で「言便」が確認されるが,これは先の事情により従来の「言便」が使用されにくくなったため,新たに生じたものと考える。本稿では特に「言便」と「音便」との用法による棲み分けに注目し,学術用語「音便」の成立には,この語の俗語的な側面を「言便」が担っていた背景があると考える。
著者
上野 和昭
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.4, pp.16-30, 2009-10-01

中世後期から近世前期の複合名詞(和語{2+3構造})アクセントを、『平家正節』と「近松世話物浄瑠璃譜本」をもとに調査し、その結果を分析してみたところ、古代からの伝統をひくHHHHL(H4)型とHHLLL(H2)型とを基本とする体系から、近世前期にはH2型に統合しつつあったことがわかった。この段階では、複合名詞と前部成素との間の「式一致」はほとんどあらわれておらず、後部成素による複合名詞アクセントへの関与も認められない。このような同時代的要素が複合名詞アクセントに明確になるのは、史的変遷の過程としてみれば、「近松」の段階よりも後のことである。それ以後については、近畿中央式諸方言とも関連づけて、中世後期以降現代京都にいたる複合名詞アクセントの史的変遷を追ってみた。
著者
神永 正史
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.12, no.4, pp.52-68, 2016-10-01 (Released:2017-04-03)
参考文献数
21

中古中期の仮名散文における「~てあり」の例文には,変化の結果状態を表すものとして,「(変化)主体+自動詞+てあり」と,「(動作)対象+他動詞+てあり」の形態を示す二つの構文がみられる。この「~てあり」の二つの構文と,「~たり」のもつ同じ二つの構文との比較を試みた。その結果,「~たり」には,主体の自発的変化,動作的変化,因果的変化の結果と,対象変化の結果を表す用法があるが,「~てあり」には,主体の因果的変化の結果を表す用法がないことを明らかにした。「~たり(たる)」は中世後期には衰退していき,その各用法は「~てある」や「~てゐる」に継承されていくが,その継承において,「~てある」や「~てゐる」構文の主語が,動詞「ある(在る)」「ゐる(居る)」の主語の性情による制限と関わるかどうかによって,京阪と東国では異なっていることも示した。この異なりの結果は,現代共通語のテアル,テイルの振る舞いの違いに結びつくのではないかと思われる。
著者
根本 真由美
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.4, pp.106-94, 2007-10-01

本稿は、主に「語を単位」とした語釈が配置されていると考えられる『[和漢/雅俗]いろは辞典』(以下『いろは辞典』)を観察し、明治期語彙研究資料としての『いろは辞典』の有用性を述べることを目的とした。和語・漢語項目共に最も多く観察できた「語釈」のかたちは「見出し項目-漢字列(=漢語)-和語釈義」であった。これは漢語には和語を、和語には漢語を配置しているとみることができ、書名の「和漢」につらなる方針と考えられる。また、漢字列に「漢語」が配置されたということは、明治期においてはそれが最も自然なかたちであったからと考えられる。明治期非辞書体資料に現れる漢字列と振仮名をそれぞれ語と認めたとき、『いろは辞典』の「見出し項目」と「語釈」として「循環」することが見いだせた。これらは「結合」を有していた二語であると考えることができ、明治期の語(や語彙)を考える際に『いろは辞典』が有用であると考えられる。
著者
前川 喜久雄
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.82-95, 2008-01-01
被引用文献数
1

国立国語研究所では、文科省科研費特定領域研究「日本語コーパス」との共同事業として、2006年度から5年計画で、現代日本語を対象とした1億語規模の『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(略称BCCWJ)の構築を進めている。本稿の前半では、均衡コーパスとは何かを解説した後、国語研によるコーパス整備計画であるKOTONOHA計画を紹介する。これは、明治から現代にいたる日本語の書き言葉・話し言葉の全体を把握するために、複数のコーパスを順次構築しようという計画である。本稿の後半ではBCCWJに特化した解説をおこなう。BCCWJを構成する3種類のサブコーパスの関係に注目してHCCWJの基本設計を紹介した後、サンプル長と語の単位の問題に触れる。次いでこれまでによく受けた質問に対する回答を列記し、最後に実装作業の進捗状況と著作権処理に係る問題点を指摘した。
著者
小助川 貞次
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.15-30, 2008-01-01

本稿は、唐代写本として夙に著名な有鄰館蔵『春秋経伝集解巻第二』が、第一群点によるヲコト点本位の訓点資料であることを報告し、加点内容と加点方法の検討から加点年代を平安中期以前と推定する。さらに本資料に見られる加点の特徴を訓点資料の展開史の中で位置づけ、漢籍訓点資料には従来から指摘があるような仏書訓点資料との関係とは別に、中国様式を起源とするもうひとつの流れがあったことを推定する。
著者
青木 博史
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.1-15, 2009-04

動詞の重複形には,終止形重複と連用形重複がある。本稿では,「語」レベルにとどまらず,「句」レベルを含む「構文」として,歴史的観点から分析を行う。終止形重複は,古くは通常の終止形述語同様,文終止に用いられたが,動詞としての述語性を失う形で副詞化した。連用形重複は,従属節専用の形式であるが,述語性を獲得するために「重複+スル」の形を生み出し,「複合動詞重複+スル」「重複句+スル」の形で現在も用いられている。重複構文は,古今を通じて「結果継続」を表すことはない。変化動詞の重複形においても,「重複+スル」等の形で動的な事態の繰り返しを表す。「踏み踏みする」のような「単純動詞重複+スル」が用いられなくなるのは,「踏み踏み」が「語」と認識され,「重複語+スル」の形が拒否されるようになったためと考えられる。
著者
室井 努
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.64-77, 2006-01

本稿は,古代語における数詞表現のあり方をみるために,その手がかりとして,『今昔物語集』において頻出する人数表現を中心とする数詞表現を,現代語の数量詞研究の成果を踏まえつつ,検討を加えたものである。まず,今昔全体の表現の偏りから,基調とする文体差によって名詞句に対する数量詞の前置・後置に差が見られることを確認する。その上で,それらの間には定・不定などの用法差がうかがえること,それらは現代語ではいわゆる数量詞遊離構文が果たしている機能が数量詞転移表現によってなされるなど,現代語とは異なった様相を見せていることなどを明らかにした。また,新たな展開を見せる表現として和文脈を中心に,いわゆる数量詞遊離構文が(平安仮名文において有力であったわけでもないのにも拘らず),その勢力を拡大しようとしているようすが認められた。