- 著者
-
真田 久
- 出版者
- 一般社団法人 日本体育学会
- 雑誌
- 日本体育学会大会予稿集
- 巻号頁・発行日
- vol.67, pp.19_2, 2016
<p> 今日のオリンピック・ムーブメント、パラリンピック・ムーブメントは、多様な価値を認め合い、融合・共生(インクルージョン)を図る、という潮流になっている。多様な価値を認めていくことは、必然的にそのムーブメントの質と量を変容させる。ネガティブ面では、競技大会の肥大化につながる。多様な価値を認めつつ、肥大化による経費の増加や質の低下をいかに防ぐということが今後のムーブメントの大きな課題となる。</p><p> ユーロセントリズムの強かったIOCで、多様性を主張したIOC委員は嘉納治五郎であった。1940年のオリンピックを東京で開催する理由として、オリンピックを欧米の文化にとどめるのではなく、真に世界の文化にしたいのなら、アジアで行うべきであると彼は主張した。嘉納は、女性の講道館入門を1893年に許可し、また留学生にも体育・スポーツを経験させるなど、早くから多様性を認めていった。また東京高等師範学校附属小学校の校長時代に特殊学級を設置し、体育に力を入れ、障害があっても社会の中で自立できる人間の形成を目指した。嘉納が多様性を認めていった背景には、実践知と科学的熟慮の裏付けがあった。この点に、ムーブメントしての多様性やインクルージョンを考えていくヒントを見出したい。</p>