著者
大庭 伸也
出版者
一般社団法人 日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.5, no.4, pp.157-164, 2002-12-25 (Released:2018-09-21)
参考文献数
13

孵化の様子を観察した結果,タガメの卵が孵化するとき,卵殻と薄い膜を破って幼虫が出てくる.卵殻を破って出てくることを「卵殻孵化」,透明な膜を破って出てくることを「胚脱皮」と称することとした.卵塊中の全ての卵が卵殻孵化を終えるのに約20分を要するのに対して,それらの卵が胚脱皮を終えるには約5分しかかからない.その後,体を出して前脚を広げた幼虫のうち,1匹の幼虫が中後脚を動かし,卵殻から出て落下しようとすると,その接触刺激が隣接する幼虫へと連鎖的に広がっていき,卵塊レベルで孵化した幼虫が一斉に水中へと落下した.常に湿った状態では,卵殻孵化が胚脱皮よりも時間を要したのに対し,オスが保護してきた,つまり乾燥と給水を繰り返した,孵化直前の卵に水をかけると,全ての卵の卵殻が割れたことから,保護オスが給水により,卵殻孵化のタイミングを調節可能であることが示唆された.胚脱皮は破裂音を伴うので,その振動を感知した他の卵も胚脱皮すると考えられ,1個の卵の胚脱皮が周辺の卵の胚脱皮を誘発し,全ての卵の胚脱皮が短時間で起こる.以上の結果から,タガメの卵塊における一斉孵化のメカニズムには,卵殻孵化については保護オスが,胚脱皮と幼虫の水中への落下については,卵または幼虫のコミュニケーションが関わっていることが明らかになった.
著者
野村 周平
出版者
一般社団法人 日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.14-26, 2018-03-05 (Released:2019-10-08)
参考文献数
5

我が国における昆虫学の状況の中で,昆虫形態学は体系学または系統学の中での存在感を失ってきたように見える.しかし一方で,昆虫形態を詳細に観察し,記録し,検討することのできるツールは着実に進化している.マイクロフォーカスX線CT(通称マイクロCT)は,昆虫の微細な内部形態を非破壊的に観察し,記録することのできる革新的な技術である.例えば,カブトムシの飛翔筋,セミの♂の発音器や♀の卵巣,また虫入りコハク中の昆虫化石までも,その形態を詳細に観察,記録することができる.昆虫の表面微細構造を観察する方法としては,走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope: SEM)がすでに普及している.しかし近年,乾燥試料ではなく,新鮮な(水分を多く含んだ),あるいは生きている試料さえSEM観察することのできるナノスーツ法®や,100,000倍以上のSEM観察を可能にする電界放出型SEM(FE-SEM)が登場してきた.これらはこれまで十分に研究されていない昆虫のサブセルラー(細胞未満の)構造をより自然な状態で観察することのできる強力なツールである.このような方法によって記録された昆虫内部の,または表面の微細構造の画像は,昆虫研究者ばかりでなく,昆虫の構造をヒントに新たな工学技術を開発しようとするバイオミメティクス(生物模倣技術または生物規範工学)の研究者にとっても極めて有益である.科学分野間の言葉の壁を超えて,このような昆虫の微細形態画像をきわめて簡便に比較解析するツールとして,「画像検索システム」が開発されつつある.これらの新しい技術を開発し,活用することによって昆虫形態学は,昆虫の進化をさらに研究し,よりよく理解する新たな時代の,大きな潮流となる可能性がある.
著者
直海 俊一郎
出版者
一般社団法人 日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.136-142, 2023-06-25 (Released:2023-06-28)
参考文献数
11

『生物体系学』(直海 2002)で展開した体系学の構造論とは,「私が独自に創出した理論」ではなく,分類学と系統学が別学問に変わっていった時代(1970~1980年代)における,体系学の5分科の「実際上の構造」についての理論と,若干の齟齬はあるものの,基本的には再解釈できると考えている.体系学の構造論を論じた第1章第5節では,体系学を5分科(分類学,系統学,狭義体系学,分布学,生物地理学)から構成される学問ととらえ,それらの分科がどのような学問であるかを論じ定義し,そしてそれらの学問の目的と仕事を明らかにした.しかし,専門用語の適切な解説なしで論を進めていったので,実際的にわかりにくいと思われる.そこで,この小文では,体系学の構造論について若干の解説を行った.第1に,分類学と狭義体系学をよりわかりやすく解説した.分類学と狭義体系学の違いとは,それぞれが構築する分類体系の質の高さの違いであり,単に,「第1の分類学」と「第2の分類学」というふうに区別する方がよいように思われる.第2に,自然理解のために有用な体系学的情報の系統学と狭義体系学での分割管理,およびその実例について解説した.第3に,体系学における哲学的行為としての実体変換(「クラス変換」と「個物変換」)について解説した.分類学(および狭義体系学)と系統学では,取り上げられ議論の対象となる哲学的実体は異なっている.実体変換とは,論理的に一貫性のある実りの多い議論を行うために,その実体が取り上げられる分科に相応しい用語を選択することによって,実体をその分科に相応しい哲学的実体に変換するという哲学的行為である.
著者
吉田 匠 野田 聖 東城 幸治 竹中 將起
出版者
一般社団法人 日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.107-114, 2023-06-25 (Released:2023-06-28)
参考文献数
17

甑島列島は九州南西部に位置し,上甑島,中甑島,下甑島とそれらの周辺の小さな島々から成る.甑島列島は,最終氷期に形成された陸橋により九州島と接続したとされるが,多くの固有種が報告されている.これは,甑島列島において独自の生物相が形成されてきたためと考えられる.しかし,甑島列島では水生昆虫類の報告は少なく,本研究で着目したカゲロウ類に関する報告はない.そこで,甑島列島に生息するカゲロウ目昆虫を調査した.その結果,4科(Baetidae, Ephemeridae, Heptageniidae, Dipteromimidae)にわたる少なくとも5属7種のカゲロウ目昆虫を採集した(属種の同定ができなかったコカゲロウ科がBaetis属以外であれば6属となる).また,採集した甑島列島のカゲロウ類はすべて九州島との共通種であり,上甑島と下甑島で採集したカゲロウ相に違いはなかった.本報は,甑島列島におけるカゲロウ目昆虫類の最初の記録である.
著者
鈴木 邦雄
出版者
一般社団法人 日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.15, no.3, pp.133-150, 2012-07-05 (Released:2018-09-21)

A posthumous work Animal Evolution in Changing Environments with Special Reference to Abnormal Metamorphosis (1987) by a great authority on insect morphology, the late Dr. Ryuichi Matsuda (1920-1986), has been re-evaluated recently by many evolutionary biologists especially in the fields of the so-called 'evo-devo' (evolutionary developmental biology: e.g. Hall 1999; West-Eberhard 2003; Hall et al. 2004 eds.) and 'eco-evo-devo' (ecological evolutionary developmental biology: e.g. Gilbert & Epel 2009). Matsuda himself named his fundamental idea of animal evolution 'pan-environmentalism'. Based on a historical survey of Matsuda's works (a total of 92 titles including original articles, reviews, and books compiled by Suzuki 1988b), the background of his 'Pan-environmentalism' was outlined.
著者
上田 紘司 藤本 泰文
出版者
一般社団法人 日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.25, no.4, pp.153-164, 2022-12-25 (Released:2022-12-25)
参考文献数
30

宮城県北部の伊豆沼・内沼の周辺に位置する2つの池において,絶滅危惧種に指定されているオオセスジイトトンボParacercion plagiosum(トンボ目:イトトンボ科)の季節消長,繁殖期および生息環境を調査した.オオセスジイトトンボは,両池において6月上旬から8月中旬まで確認され,個体数のピークは6月下旬であった.繁殖行動(タンデム連結・交尾器の結合・産卵)は6月下旬から8月上旬にかけて両池で確認された.2つの池の水生植物の構成種は異なり,両池とも水際にはヨシPhragmites australisやミクリ属の1種Sparganium sp.など数種の抽水植物,水面には浮葉植物のヒシ類Trapa spp.が確認された.しかし,浮遊植物のイヌタヌキモUtricularia australisは一方の池でのみ確認された.本種の産卵は,ヒシ類が優占する池ではすべてヒシ類で行われたが,ヒシ類とイヌタヌキモが混生する池では,産卵行動の70%がイヌタヌキモで行われた.このことから,イヌタヌキモへの産卵はヒシ類と比較して本種の適応度を高める何らかの要素を持つ可能性を示唆した.伊豆沼・内沼では,富栄養化により沼の広い範囲をハスNelumbo nuciferaやヒシ類が優占する水環境となっており,イヌタヌキモが生育するような環境は貴重となっている.この個体群を保全していくには調査池の環境管理や伊豆沼・内沼で実施されている湖岸植生帯の復元活動が重要となるだろう.
著者
小川 直記
出版者
一般社団法人 日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3, pp.96-105, 2019-09-25 (Released:2021-09-25)
参考文献数
52

昆虫には,跳躍機能を持つものがしばしば知られる.強力な跳躍を行う昆虫は,大きな跳躍筋だけでなく,その収縮で産み出されるエネルギーを弾性のある組織に一度蓄え,一気に放出することのできるカタパルト機構という仕組みを持つ.多くの昆虫はこの仕組みを脚に持つが,半翅目は,全昆虫の中でも珍しく,飛翔機能のある胸部内にカタパルト機構を用いた跳躍機能を獲得している.さらに,このような特殊な機能の発達が,同じ目の中で複数回起こっていることもわかってきた.本稿では,昆虫の跳躍機能について概説するとともに,このような半翅目における跳躍機能の進化史について,これまでに得られている知見をまとめた.
著者
阿部 純大 久末 遊
出版者
一般社団法人 日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.63-65, 2022-06-25 (Released:2022-06-29)
参考文献数
8

We newly record Foenatopus cinctus (Matsumura, 1912) from Honshu, Shikoku, Kyushu, Yaku Island, and Iriomote Island, Japan. The variation on this species is reported by Hong et al. (2011) as vein 2-cu1 is 0.5–1.2 times as long as vein cu-a. However, some specimens we examined have vein 2-cu1 less than 0.5 times as long as vein cu-a or almost disappeared. We identified them as F. cinctus based on other characters.
著者
杉本 美華
出版者
一般社団法人 日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.17-29, 2009-03-25 (Released:2018-09-21)
参考文献数
34

日本には約50種のミノガ科が生息しており,幼虫の携帯型の巣筒であるミノは大きさや概形,表面に使われる素材等の特徴で属あるいは種までの同定が可能である.成虫が脱出後の空になったミノの保存性が高いことから,ミノでの同定によって過去の生息範囲を推測することができる.若齢幼虫期のミノは,形態が単純で種の特徴が十分現われていないために正確な同定は期待できず,これまで主に中齢幼虫期から終齢幼虫期のミノが同定に用いられた.しかし,日本産のミノガについて,このような識別形質を含むミノの形態の詳細な記載とその比較はこれまでほとんど行なわれてこなかった.そこで本研究では,ミノの形態から属あるいは種の同定を容易にすることを目的として,日本産ミノガ科23属30種について,成長した幼虫あるいは終齢幼虫のミノの写真を示し,その形態的特徴と蛹化状況を記述するとともに,これまで発表されていなかったミノによる種や属の検索表を2論文に分けて発表する.第2報では,害虫として注目されている種やレッドデータにリストアップされている種を含めた大型種10属11種について記載を行なった.その結果,ミノの本体は円筒形,紡錘形,または円錐形で,表面には種特異的な被覆物がつけられていた.中齢ないし老齢幼虫期のミノは,種や属を同定するための有効な特徴を備えており,これらの特徴に基づいて,30種についてミノの検索表を付けた.
著者
大庭 伸也
出版者
一般社団法人 日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.92-93, 2012-04-05 (Released:2018-09-21)

The giant water bug, subfamily Lethocerinae, which has the largest body size among Belostomatidae, is known to be a vertebrate specialist that preys mainly upon fish and amphibians. Here, I report that a giant water bug, Kirkaldyia (=Lethocerus) deyrolli (Heteroptera: Belostomatidae), was catching hold of a Japanese mamushi, Gloydius blomhoffii, in a pond. This is a first report of Lethocerinae eating a Viperid snake.
著者
大庭 伸也
出版者
日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.5, no.4, pp.157-164, 2002
参考文献数
13

孵化の様子を観察した結果,タガメの卵が孵化するとき,卵殻と薄い膜を破って幼虫が出てくる.卵殻を破って出てくることを「卵殻孵化」,透明な膜を破って出てくることを「胚脱皮」と称することとした.卵塊中の全ての卵が卵殻孵化を終えるのに約20分を要するのに対して,それらの卵が胚脱皮を終えるには約5分しかかからない.その後,体を出して前脚を広げた幼虫のうち,1匹の幼虫が中後脚を動かし,卵殻から出て落下しようとすると,その接触刺激が隣接する幼虫へと連鎖的に広がっていき,卵塊レベルで孵化した幼虫が一斉に水中へと落下した.常に湿った状態では,卵殻孵化が胚脱皮よりも時間を要したのに対し,オスが保護してきた,つまり乾燥と給水を繰り返した,孵化直前の卵に水をかけると,全ての卵の卵殻が割れたことから,保護オスが給水により,卵殻孵化のタイミングを調節可能であることが示唆された.胚脱皮は破裂音を伴うので,その振動を感知した他の卵も胚脱皮すると考えられ,1個の卵の胚脱皮が周辺の卵の胚脱皮を誘発し,全ての卵の胚脱皮が短時間で起こる.以上の結果から,タガメの卵塊における一斉孵化のメカニズムには,卵殻孵化については保護オスが,胚脱皮と幼虫の水中への落下については,卵または幼虫のコミュニケーションが関わっていることが明らかになった.
著者
伴 光哲 山内 健生
出版者
一般社団法人 日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.41-49, 2016-04-05 (Released:2019-04-25)
参考文献数
34

1. 屋久島の原生的照葉樹林,約40年生スギ人工林,および常緑針広混交老齢林において,Townes型マレーズトラップによってナガカメムシ上科を捕獲し,その環境指標性を検討した.2. 3科11属16種182個体が採集され,それらのうちの6属8種(ヨツボシチビナガカメムシ,ヒゲブトナガカメムシ,クロツヤナガカメムシ,キモンナガカメムシ,ルイスチャイロナガカメムシ,オオモンシロナガカメムシ,ムラサキナガカメムシ,イシハラナガカメムシ)は屋久島から初記録であった.3. 捕獲個体数が多かったヤスマツチビナガカメムシとオオモンシロナガカメムシはいずれも盛夏に捕獲の極大があった.4. 種数,個体数は島西部の原生的照葉樹林で最も高く,島東部の約40年生スギ人工林で最も低い値を示した.5. 多様度指数は島東部の原生的照葉樹林で最も高く,島東部の約40年生スギ人工林で最も低い値を示した.6. 重複度指数(R0)を基にクラスター解析を行った結果,隣接した地域の異なった植生タイプの森林より,距離が離れていても共通の植生タイプの森林の方が種構成の共通性が高く,種構成は植生に影響されることが示唆された.
著者
杉浦 真治 深澤 遊 山崎 一夫
出版者
一般社団法人 日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.5, no.4, pp.143-144, 2002-12-25 (Released:2018-09-21)
参考文献数
6

Platurocypta punctum (Stannius) (Diptera: Mycetophilidae) was firstly recorded from Japan based on the adult specimens emerged from a fruiting body of Fuligo septica (L.) (Myxomycetes: Physarales: Physaraceae). We observed the larvae feeding on spores within the fruiting body at Kamigamo Experimental Forest in Kyoto, central Japan. P. punctum may be closely associated with slime molds.
著者
山内 健生 渡辺 護 林 成多
出版者
一般社団法人 日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.24-30, 2013-01-05 (Released:2018-09-21)

島根県産アブ類について,野外調査と標本調査を実施し,20種を記録した.島根県におけるジャーシーアブの記録は,誤同定に基づいている可能性が非常に高いため,島根県のアブ科の種リストから本種を削除することを提案した.タイワンシロフアブ,マツザワアブ,アカバゴマフアブ,トヤマゴマフアブは島根県本土新記録となる.アカウシアブ,シロフアブ,ハタケヤマアブは隠岐諸島新記録となる.既知の記録と新記録を合計すると,28同定種が島根県に分布していることが明らかとなった.