著者
生田 和良 IBRAHIM Madiha Salah
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

エジプトにおける鳥インフルエンザウイルス(H5N1)のアウトブレイク発生は他の国に比べ遅かったが、他の国の発生頻度が低下する中で、今も多くのアウトブレイクが続いている。しかし、エジプトにおけるH5N1の情報は極めて少ない。本年度は、エジプトの家禽類(ニワトリとアヒル)からのサンプル(呼吸器系、腸管系、中枢神経系)を入手し、それぞれからウイルスを分離した。これまでに、ニワトリ由来株A/chiken/Egypt/CL6/07とアヒル由来株A/duck/Egypt/D2br10/07の高病原性を確認し、ウイルス遺伝子配列を決定した。これまでに報告されているエジプト株clade 2.2のものと比較して、両ウイルスはM以外の遺伝子にアミノ酸置換が認められ、この置換はニワトリとアヒル由来株間で異なっていた。系統樹解析においても両株は異なるクラスターに位置していたことから、エジプトのH5N1はニワトリとアヒルでそれぞれ独立して進化していると考えられた。
著者
椎野 勇太
出版者
独立行政法人国立科学博物館
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

古生代中期に大繁栄した翼形態型腕足動物スピリファー類は,殻の形態機能によって自動的に殻内外の水を交換できる「ろ過機能体」であった.具体的には,翼形態種の殻正中線上に見られる湾曲部が,自動的な流入・流出を助ける圧力差を殻の開口部に生み出し,殻内側でらせん状渦流を発生させる形態機能を持つ.これによって,翼形態種が殻内側に持っている螺旋状の採餌器官を用いて効果的な採餌を行う適応形態であった.一方,「燕石」の所以でもある側方に伸びた翼様形態については,殻内側で生じる渦流に関与していることが予想されつつも,翼形態まわりに生じる乱流現象によって,具体的な機能や効果は不明であった.この問題を解決するために,翼の発達したCyrtospirifer cf. verneuiliを用いて流水実験および流体解析の比較研究を行い,その上で流体解析のデータを慎重に検討した.その結果,翼を持つスピリファーの受動的採餌水流は,翼形質の開口部付近で流れが剥離し,開口部と殻の下流側に生じる大きな剥離渦が強く影響していることがわかった.そしてこの剥離渦が開口部付近の流れを断続的に引きずるような挙動となり,殻の内側で渦が形成された.これら一連の研究結果を踏まえると,これまでに扱ってきた短翼形のスピリファー類は,水の流入と渦流の形成をサルカスだけで担う一方,長翼形のスピリファー類はサルカスの機能によって水を流入させ,翼様形質の効果によって渦流を形成していたと結論付けられる.つまり,前者は特定の安定した環境で効果を発揮し,後者は形質の持つ機能を役割分担(リスク軽減)をすることで幅広い環境へと適応することができたかもしれない.翼の未発達な種に比べ,様々な環境から長い翼を持つ種が産出することが知られており,形態機能の"ロバストさ"が幅広い適応環境を生み出していたことが強く示唆される.
著者
田中 佐千子
出版者
独立行政法人防災科学技術研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

平成16年度は,観測された地震データから地球潮汐による地震トリガー作用の特徴およびその発現条件を明らかにすることを目的とし,統計的手法に基づいて以下の3つの研究を行った.1.日本周辺の地震データについて,地震発生時刻における潮汐応力の圧縮軸方位に着目し,地球潮汐と地震発生の関係を調査した.その結果,両者の間に有意な相関が認められる領域が存在することを発見した.それらの領域について,地震発生が集中する潮汐応力の圧縮軸方位の抽出を試みた.抽出した方位を震源メカニズム解から推定されるテクトニック応力の方位と比較・検討し,地球潮汐による応力変化がその領域内で支配的な応力場を増大させる方向に働く際に地震がトリガーされる可能性を示した[Tanaka et al.,2004].2.全世界で発生した浅発逆断層型地震について,地球潮汐によって断層に加わる応力変化の振幅に注目し,地球潮汐と地震発生の関係を調査した.その結果,加わる応力変化の振幅が大きいほど両者の間に強い相関が認められることが明らかとなった.地震発生は地球潮汐による応力変化が断層のすべりを促進する位相付近に集中する.これらの特徴は,地球潮汐による応力変化が地震発生に無視できない影響を与えていることを強く示唆している[Cochran et al.,2004].3.全世界のプレート沈み込み境界で発生した大地震11個について,その震源域近傍における地球潮汐と地震発生の関係を調査した.その結果,調査した11例中6例で,本震の発生に先立つ数年間に顕著な相関が現れていたことが明らかとなった.本震発生後,両者の相関は消滅した.高い相関が認められた本震発生前の期間では,地球潮汐による応力変化が断層のすべりを促進する位相付近に地震発生が集中しており,地球潮汐による地震トリガー作用の観測が大地震に至る応力蓄積過程の監視に有効である可能性が示された[AGU Fall Meeting 2004で発表].
著者
林 香那
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は、17世紀前半のイギリス・カピチュレーションの更新状況とその内容について分析し、さらに前年度までの研究成果と合わせて研究課題についての包括的な成果を論文としてまとめ、発表した。17世紀初頭には、後退した両国関係を回復するべく派遣された大使グローバーが黒海交易への参入を実現し、続く大使ピンダーが1614年カピチュレーション更新しているが、ここからレヴァント交易における絹輸入拡大の傾向を見て取ることができた。同時期に東インド会社による東インド物産輸入が活発化し、さらに1620年代以降には元来東方物産の輸入を目的としていたレヴァント交易が毛織物輸出に重点を移し、後に絹輸入との単品目交換という特徴的な交易形態へと変化していくことを鑑みれば、該カピチュレーションがレヴァント交易の動向を敏速に反映していたとことが分かった。またこの時期までのイギリス大使らは、その経歴からレヴァント・カンパニーの一員としての立場を踏襲していたと見られるが、商人としてレヴァントの事情に精通した経験は大使の資質と不可分であり、地中海域での海賊被害や大使館経営の金銭的困窮からレヴァント交易が危機に陥る中、その資質の高さによってオスマン宮廷内で尊重されていた様子が伺えた。特に大使ローはアルジェリア・チュニスの海賊問題への対策として1622年にカピチュレーションを更新し、交易活動を保護しているが、オスマン宮廷での信頼がその原動力となっていたことが明らかになった。以上を踏まえ作成した論文では、16世紀末から17世紀初頭には、イギリスの対オスマン帝国外交はレヴァント・カンパニーが主導し、イギリス大使らはレヴァント商人の要求を反映したカピチュレーションを獲得しているが、その交渉に際しては、金銭的負担或いは大使個人の資質によるオスマン宮廷中枢との人的紐帯が欠かせなかったと指摘出来た
著者
福本 景太
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

自閉スペクトラム症(ASD)は、社会的コミュニケーションおよび相互関係における障害と、限定的な反復行動等の行動異常を有する神経発達障害である。我々は以前、ASD様行動を示すモデルマウスに共通して、大脳皮質のスパイン動態に異常があることを明らかにした。しかしこれまで、ASDにおいてスパイン動態の異常を誘引する分子メカニズムは明らかになっていない。そこで我々はASD患者において頻繁にみられるヒト染色体15q11-13領域の重複を模したモデルマウス、patDp/+マウスを用いてスパイン動態へ影響する分子の探索を行った。本重複領域には4種類の父性染色体由来発現遺伝子、Mkrn3、Ndn、Magel2、Snrpnが存在するが、これらがスパインへ及ぼす影響は不明であった。最初に、大脳皮質第II/III層の錐体細胞へ4つの標的遺伝子を各々過剰発現し、生後3週齢でスパイン動態の計測を行った。その結果、Ndn過剰発現群ではスパイン形成が促進され、逆にNdn KOマウスではスパイン形成が阻害されていた。次にスパインを形態的に分類した結果、Ndn過剰発現群では未成熟なスパインが増加しており、Ndn KOでは逆の影響がみられた。さらに電気生理学的解析から、Ndn過剰発現群ではmEPSPの振幅と頻度の減少がみられた。次にpatDp/+マウスの大脳皮質を用い、シナプトソームのプロテオミクス解析を行った。その結果、patDp/+マウスにおいて数十種類の蛋白質が変動しており、その中でもStau1とTom1に関しては、 Ndn KOマウスの大脳皮質において、遺伝子発現量が変動していた。以上の結果から、NdnはStau1やTom1などの分子を制御し、未成熟なスパインを増加することで正常なシナプス形成を阻害すること、その結果、神経の電気活動に影響を及ぼすことで、ASD発症に関与している可能性が示唆された。
著者
角井 誠
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究は、フランスの映画監督ジャン・ルノワールの演技指導のあり方を明らかにすることによって、フランス映画を演技論の観点から再考し、映画における演技の独自性を解明することを目的としている。本年度も昨年度に引き続き、パリの映画図書館(BIFI)などにおいて作品の製作資料や映画雑誌の調査を進め、ルノワールの演技論や演技指導のあり方を同時代の演技をめぐる言説や実践のなかに置き直すことを試みた。本年度はとりわけ、昨年度に行ったサイレント時代におけるルノワールの演技論についての研究を踏まえたうえで、トーキー以降の演技論について検討した。具体的には、トーキー移行期のルノワールが、一方で台詞を警戒する前衛的な立場から距離を取りつつ、他方で当時主流となった、台詞を中心とする演劇的な映画とも一線を画しつつ、人物の個性に即した独自の声の演出、演技指導のあり方を模索していった過程を当時の資料に基づき考察した。また、その過程で確立されていった、テクストの朗読による「イタリア式本読み」と呼ばれるリハーサル方法についても、同様の方法を用いていた舞台演出家ルイ・ジュヴェとの関係性という観点から検討を行った。以上の作業を通じて、同時代の映画および演劇における言説を背景に、ルノワールの演技論の輪郭を浮かび上がらせる手がかりを得ることができたと考えている。これら研究の成果は、早稲田大学演劇博物館グローバルCOE「演劇・映像の国際的研究拠点」の紀要および国際シンポジウム「ACTING-演じるということ」において発表した。
著者
松井 愛子
出版者
千葉大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

テロメア短縮によって誘導される細胞老化時にはオートファジーを始め、細胞体積変化などの様々な形質変化が誘導されることがこれまでの研究結果から明らかとなった。しかしそれらの分子機構はまだわかっていないものも多い。そこで、細胞老化時に起こるオートファジーを始めとした形質変化の分子機構を明らかとし、その生理的意義を解明することを目的とした。昨年度の研究から、細胞老化時にはオートファジーが誘導されることでTORC1活性が低下することを明らかにした。そこで、本年度ではいくつかのオートファジー変異細胞を用いて細胞老化時のTORC1活性を解析したところ、その中にはTORC1活性を低下させる変異細胞はなかった。次に、細胞老化時オートファジーの誘導原因を解明するために、テロメアタンパク質であるRap1との関連性を解析した。その結果、テロメア短縮時にRap1の発現量は低下するが、Rap1の発現量が低下してもTORC1活性の低下は見られなかったことから、Rap1発現量の変化とオートファジー誘導とに因果関係がないと考えられる。一方老化細胞で見られる形質変化の一つである、液胞体積増大の原因を解析するために、高浸透圧ストレス応答反応を調べた。すると、老化した細胞では高浸透圧ストレス応答機能が低下していることがわかった。そこで、高浸透圧ストレス応答異常とRap1発現量変化との関連性を解析したところ、Rap1発現量の低下に伴い、液胞体積の増大と高浸透圧ストレス応答異常が引き起こされることがわかった。つまり、老化した細胞では、Rap1の発現量が低下することで高浸透圧応答異常を引き起こし、液胞体積が増大することが示唆された。今回の結果から、細胞老化時に見られる形質変化の分子機構の一端が解明され、今後の老化研究の進展に貢献することが期待される。
著者
古川 亮
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

本研究課題の遂行課程で、粘性の圧力微分の逆数を超える剪断率を与えたとき、液体の一様状態が不安定化し、遂にはキャビテーションやシアバンドどいった非線形現象に至るという全く新たな機構を提案した。この機構は特に粘性の大きな液体系について広く成立しうるものであると予想しており、この研究で得られた知見を基に、さらなる一般化を行った。特に過冷却状態あるいは、ガラス状態にある極めて高粘性な液体や固体(金属ガラスや地球マントルなど)の塑性変形の機構、あるいはシアバンド形成、破壊、疲労現象などの不均一化を伴う変形について理解するために、自由体積などミクロな描像を有効的に組み入れたメソスケールモデルの立場から、系統的な研究を行ってきた。そのほかに、下記のような研究を展開した。(i)過冷却液体中に成長する動的不均一構造と輸送物性の関係について、主に数値シミュレーションを援用して、新たな知見を得た。(ii)膜の連続体シミュレーション法を開発し、流体力学相互作用など複雑な効果がある場合につい研究を行った。これらの研究についても、現在、論文投稿中である。
著者
クラーク スティーブン (2013-2014) スティーヴン クラーク (2012) WILLIAMS Laurence LAURENCE Williams
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

本研究のテーマは「1660年から1780年にかけてのイギリス文学・文化に見られる日本の影響」である。日本の1639年以来の「鎖国政策」がイギリスとの交流を完全に断絶するものではなかった、という提言がある。17世紀から18世紀にかけての鎖国時に西洋で流通していた「日本」のイメージは、西洋諸国(特にイギリス)にとって、自国の政治・経済の枠組みを意識的に比較検討するためのモデルであったことが明らかになる。17世紀から18世紀にかけてのイギリスにとって日本の鎖国は、当時のイギリスの重商主義・保護貿易政策を極限まで推進した場合の実例モデルであり、宗教や人種のマイノリティに対して強権的な姿勢で臨んだ場合の実例モデル、さらには中央集権的国家の代わりに封建制度と幕府体制によって国家をおさめた場合の実例モデルでもあった。鎖国時代の日本は、イギリスにとってまさに自国の「ありえたかもしれない姿」を実験的に示す格好の手本であり、活発に議論し分析すべき対象であった。これまでの成果を、東京大学、香港大学、関西学院、そして日本イギリスロマン派学会2013年全国大会において発表した。また、イギリスの「British Journal for Eighteenth-Century Studies」(イギリス18世紀研究)、東北ロマン主義研究(TARS)、と「New Directions in Travel Writing Studies」(Palgrave Macmillan, 2015)にこれらの成果が研究論文として掲載され出版される。2014年6月に東京大学で「Romantic Connections」国際学会を開催しました。
著者
安井 早紀
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

25年度はアジアゾウの接触行動の機能や個体間関係についてまとめ、ゾウの仕会について総合的な結論を導き出すことを目的として研究を進めた。したがって、これまでに収集したデータの分析、まとめと発表を中心に行った。まず、24年度から進めていたアジアゾウの接触行動について分析を進めた。観察の結果、アジアゾウのメス同士で最もよく観察された鼻先で相手の口を触る行動には、触り方によって2タイブあることが分かった。普段から頻繁に観察された鼻がU字型になって相手の口を触るUタイプと、触る際に鼻がねじれてS字型になるSタイプである。この2タイプの機能を分析すると、それぞれが異なる機能を持っている可能性が明らかになった。これまで鼻先で他個体を触る際の触り方による機能の違いに注目した研究は行われておらず、本研究で初めて明らかになった。口で鼻先を触る行動は、本研究においてもいくつかの先行研究でもゾウ間で最も頻繁に見られる社会行動の一つであり、この行動の機能を正確に把握することは、ゾウ間の社会関係を解明する上で非常に重要と考えられる。この成果については、6月に国際セミナー、9月と2月に国内学会またはシンポジウムで発表を行った。さらに、現在英語論文を作成し、投稿準備中である。上記の結果を使用して、メスアジアゾウ間の個体間関係についても分析を行った。その結果、多くの個体は集団内に1~2頭、特に強い親和的関係を結んでいる相手がいることが明らかになった。さらに、ゾウは集団内で、他個体が自分以外の個体とどのような関係を結んでいるかということに影響を受けながら、このような個体間関係を形成している可能性が示唆された。また、ゾウ使いとの結びつきが強い個体は、ゾウ同士の結びつきが弱くなる傾向があることが示された。これらの結果についてはさらに詳細な分析が必要だが、アジアゾウの社会性の本質を知るうえで重要な知見と考えられる。
著者
堀部 直人
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

昨年度までのニューラルネットワークを用いたコンピューターシミュレーションならびにキイロショウジョウバエを用いた研究に引き続き、運動における記憶の効果、ならびに多様な運動の生成機構を解析するため、自律運動を行う油滴の運動について解析を行った。この油滴は無水オレイン酸とニトロベンゼンを混合したものであり、pHを調整した微量の界面活性剤を含む溶液中で不規則な運動を行う。これは、単純な履歴情報を用いて運動するシンプルな系であり、運動における記憶の効果を調べるのに適したものである。キイロショウジョウバエと同様の解析を行った結果、油滴からもLevy walkを見いだすことで、効率の良いとされる運動の生成にさほど記憶情報を参照する必要がないことを示した。さらに、油滴の運動軌跡を自己組織化マップを用いて分析し、運動要素を特定、油滴の形と対流との相互作用で多様な運動要素が生成されることを示した。複雑な運動が、さほど記憶情報を用いることなしに生成されていることを示すとともに、油滴の形といったなんらかのパラメーターを変化させるだけで多様な運動が生成されうることを示している。小数のパラメーターを調整することで、記憶情報に頼らずに複雑で多様な運動を次々と生成していくことは、生物の適応的な行動にとっても重要と考えられる。本研究は、この機構がシミュレーション上ではなく、実際に存在する物理系で起こることを発見したという点で、新奇で意義深いものである。
著者
五十嵐 悠紀
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究はシミュレーションとモデリングを同時に行うことにより,物理的な制約条件を加味した3次元形状モデルを作成することを目的とする.予め物理的制約条件をデザインプロセスに組み込むことで,モデリング後に制約条件を評価してい従来手法に比べて効率よくモデリングすることが可能になる.我々はシミュレーションとモデリングを並行して行うというフレームワークを利用して,物理的制約付の3次元形状デザインという研究テーマに取り組んだ.今年度はカバーデザインという制約付のモデリングに関する研究を行った.カメラやティーポット,車など,日常の3次元物体にはカバーが存在する.各々の持ち物に応じて自分だけのカバーをデザインしたい場合もあるだろう.しかし,既存の3次元オブジェクトを包むためのカバーをデザインすることは素人には難しい.そこで我々は既存3次元モデルを包むカバーをデザインするシステムを提案し.既存3次元モデルからカバー形状を計算し,領域分割をした後,2次元へと展開し型紙を生成する,また,ユーザによってデザインされた取り出し口から3次元モデルを取り出すことが可能か否かを取り出しテストによって検証した.また,制約付きモデリングを2次元に適用した例として,ステンシルデザインのためのドローエディタの研究開発を行った,ステンシル型版は常に1枚につながっているという制約を満たすようにデザインしていかなくてはいけないため,素人がオリジナルなステンシル型版をデザインすることは大変難しい.そこで我々はステンシル型版を生成するための手法を提案した.
著者
五十嵐 悠紀
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究ではコンピュータを用いて手芸作品の設計を支援する研究を行っている.学術的にはモデリングを行いながら並行してシミュレーションを行うことで,布や毛糸など素材の特性を活かしたモデリングを効率良く行うことができることを提案してきている,身近な手芸作品を例に挙げ,スケッチインタフェースを用いて物理的制約の下でのモデリングツールをいくつか提案することでこの手法の有効性を示してきた.本研究によりこれまで初心者ではできなかった手芸作品の設計(デザイン1をコンピュータで支援することが可能になり,これは手芸分野への大きな貢献であると言える.今年度は昨年度から引き続き、ビーズデザインの設計支援および制作支援について研究を行った.我々の開発したBeadyシステムを利用することで,子どもや主婦でも簡単に自身のオリジナルのビーズデザインを設計することができる.また,従来の2次元の制作図ではなく,3次元CGを用いた制作支援により制作も簡便になるように工夫した.以下に詳細を記す.3次元ビーズ作品のデザインおよび制作のためのインタラクティブなシステムを提案した.ユーザはまずビーズ作品の構造を表すメッシュモデルを制作する.それぞれのメッシュの辺はビーズ作品のビーズに対応している.システムはユーザのモデリング中に常に近傍のビーズとの物理制約を考慮して辺の長さを調整する.システムは次にメッシュモデルを適切なワイヤーつきのビーズモデルへと変換する.ワイヤー経路の計算のためのアルゴリズムも提案した.システムは手動でビーズ作品を制作するための1ステップごとの制作手順ガイドを提示する.前年に研究開発したインタラクティブにデザインするインタフェースの他に,主に六角形から成るようにデザインしやすい六角形メッシュモデル用インタフェースの提案,既存3次元モデルからの自動変換アルゴリズムの提案を行った.
著者
五十嵐 悠紀
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究ではコンピュータを用いて手芸作品の設計を支援し、製作過程も支援する研究を行ってきた.今年度はパッチワークを題材にデザイン・製作を支援するシステムPatchyを作成し、研究・開発を行った。パッチワークは布をつなぎ合わせてデザインを作成する広く普及している手芸の1つである。ところが、出来上がり図は縫い合わせたあとでしか見ることができず、色合わせや柄合わせなどはあらかじめ出来上がりを想像してデザインするしかなかった。通常は鉛筆画でデザインをしたあと、色鉛筆で布に対応するような色を塗って配色を確かめてから実際に作ることが多く、初心者はデザインに長けた人がデザインした図柄を真似て作ることが多い。そこで我々はシステムを使って外形をデザインし、デザインした閉じた領域の中に、画像ファイルをドラッグアンドドロップすることで出来上がり図を試行錯誤してみることのできるシステムを提案する。画像ファイルには、実際に使いたい布をスキャンしたテクスチャ画像を用意し、これを用いる。ユーザは布と布の切り替え線(実線)の他、ステッチとしての縫目(点線)もデザインすることができる。既存研究のつまんで引っ張る機能[Igarashi et al. 2005]を実装してあり、ユーザが外形をつまんでひっぱることで、テクスチャもリアルタイムに追従する。内部的なデータ構造としては2次元であるが、ピクセルごとに擬似的な法線方向を計算し、法線と光線方向を加味した色合いを計算し、描画している。このようにすることで、あたかも実際に縫い合わせたかのようなぷっくりとした立体的な描画を、一般家庭に普及しているような安価なノートPCにおいてリアルタイムで実現している。
著者
落合 一泰 WINCHESTER MarkJohn
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

平成24年度の成果としてまず、研究分担者(ウィンチェスター)が執筆した<アイヌ>という生体験を近代の意味との関連で思想的に考察する長編論文が英字ジャーナル「Japan Forum」(Routledge)に出版された。同論文は、近代をめぐる時間の哲学思想が現代における新しい時空間の経験のあり方、またはそれが<アイヌ>という生体験にいかなる影響を及ぼしてきたのかについて触れている。また、3月2日~3日に、ウィンチェスターは「『民族問題』の回帰」という研究ワークショップを一橋大学で開催した。ワークショップ参加者は、カナダ(マギル大学)、米国(ファーマン大学、コーネル大学)、日本(同志社大学、一橋大学)から来た。報告題目は次の通りである。「民族問題と資本」、「Female Weavers Refusal of Real Subsumption in Early 20^<th>Century Okinawa」、「原始的蓄積とりベラル・ヒューマニズム」、「帝国の人種主義:琉球民族の民族問題について」、「『主体の無理』の時間性をめぐって」。植民地主義の歴史の、その取り返しがつかない現存こそが、現在のわれわれの生を制約しているものの一つという観点にたったこのワークショップでは、労働力産出における民族的差異の役割、グローバリゼーション下での国家の暴力が世界的に暴露している象徴としての(先住・少数)民族の回帰、対抗権力の問題、宇野弘蔵の「無理を通す機構」をめぐる思想的側面、プロレタリア化と民族問題、ルイ・アルチュセールの重層的決定と構造的因果性やジャック・ラカンの同一化の問題、発話の身体性とその時間性などをめぐって活発に議論が出来、今回の研究成果のさらなる発展の可能性が明らかになった。
著者
佐々木 崇
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2000

平成14年度の研究では、クワインの哲学から汲み取られる諸問題を掘り下げて考察するために、重要な哲学者との比較や、現代哲学における議論の展開を検討することに重点を置いて研究を行った。また、クワインの存荘論に関して、その議論の形式的な側面と内容的な側面に関する研究を行った。そして、その成果を論文にまとめ、学術雑誌への投稿や学会での口頭発表という形で明らかにした。まず、クワインの哲学上の重要な主張である自然主義の論点を、パースの哲学と比較することによって検討した。パースの哲学を取り上げたのは、パースが、クワインにつながるプラグマティズムの思想を打ち立てながらも、自然主義に対しては対立する主張を行っており、この両者の主張を比較検討することで、自然主義を考察する上で有意義な手がかりが得られると考えら、れるからである。この研究によって、自然主義に関する両者の主張の背景には、人間の本性に関する把握の仕方の相違があることを明らかにした。次に、クワインの哲学における根本的な問題に焦点を絞ってを研究した。一つは、論理的真理に関する認識論、的問題である。この問題を、現代に行われている議論を検討することを通じて掘り下げて考察するとともに、クワインが用いる内在性と超越性という対概念に着目することで難点を明らかにした。もう一つは、存在論に関する問題である。この問題に関しては、形式的な側面から、他の論者との比較を通じて検討するとともに、内容的な側面から、クワインの初期から後期までの主張の流れを跡付けた上で、難点を指摘した。他の哲学者との比較とクワイン自身の議論の一貫性の検討を中心に行った、こうした一連の研究によって、クワインの哲学を掘り下げて理解するとともに、今後に取り組むべき課題を汲み取ることができた。
著者
大栗 弾宏
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究は、マリファナに含まれ摂食促進作用を持つカンナビノイドの味細胞における味応答修飾効果、およびレプチンとの拮抗性について、正常系(C57BL/6)マウス、あるいはレプチン受容体変異系であるdb/db肥満マウス、さらにカンナビノイド受容体欠損であるCB1-KOマウスを用いて、カンナビノイド腹腔内投与前後での味覚感受性の変化を電気生理学的および行動学的手法により解析し、末梢味覚器からの情報による食嗜好性の形成・調節メカニズムの検討、ならびに肥満との関連性を検討することを目的としている。正常系マウスを用いて、舌前部の味蕾を支配する鼓索神経応答記録の経時的変化を解析したところ、各種甘味および旨味の相乗効果を引き起こすMSG+IMP応答のみ、内因性カンナビノイド(アナンダミドあるいは2-AG)投与5分後に増大し始め、約30分後にピークに達し、その後ゆるやかにコントロールレベルに戻ることがわかった。またその増大効果は、カンナビノイド投与濃度依存的であることが明らかとなった。CB1-KOマウスでは、それらの効果が認められなかった。さらに、正常系マウスに比べて甘味特異的に高い応答性を示すdb/dbマウスにおいてもそれらの効果が認められなかったが、例数は少ないもののCB1アンタゴニストであるAM251の投与により甘味応答の抑制を示す傾向にあった。一方、行動応答解析においても、正常系およびCB-1KOマウスは神経応答と同様の結果を示すことがわかった。このことから、カンナビノイドはCB1を介し、中枢のみならず末梢からも摂食(特に甘味嗜好)を促進し、食調節に関与している可能性が示唆された。以上の結果をまとめ、現在論文投稿準備中である。
著者
Slater David FULCO FLAVIA
出版者
上智大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-11-09

Dr. Fulco’s research was meaningful for the progress of the project“Voices of Tohoku”. Her interdisciplinary approach between humanities and social sciences was particularly successful in emphasizing the importance of individual and collective memory to build more resilient communities.She established her fieldwork in Minamisanriku (Miyagi) to follow the activities of a group of kataribe (storytellers of the disaster), and analyze the connection that they have with their community. She conducted one-to-one interviews with kataribe practitioners and other people involved in the recovery process to collect background data.Through participant observation and interviews, she attempted a classification of who they are, how they assume this role in their community and which are their preferred audiences. Analyzing the practice of kataribe identified which and whose are the stories they tell during the tours. To diffuse the partial results of her research during the fellowship she participated in several international conferences both abroad and in Japan. She was invited to conduct three lectures in Japan. She is currently working on three journal articles and one book chapter that will be soon ready for peer-review. She also started a project to explore and promote cultural practices in post-disaster areas involving photography. As part of this project she organized an exhibition at the Italian Institute of Culture in Osaka.
著者
山口 亮介
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

特発性大腿骨頭壊死症の病態および修復に関して、動物モデル及び疫学調査等を用いて、基礎的、臨床的研究を行った。基礎的研究として、ステロイド性骨壊死家兎モデルを用いて、ステロイドの投与経路によって薬物体内動態およびステロイド性骨壊死の発生頻度がどのように変化するについて検討を行った。臨床におけるステロイド投与法と、モデルにおける投与法は相違点があるものの、その詳細や薬物動態についてはこれまで検討されていなかった。雄日本白色家兎に対して、経静脈、経口、経筋肉内の3種の経路でステロイド剤を投与し、骨壊死発生率および血中薬物動態、血液学的変化を検討した結果、ステロイド性骨壊死発生の危険因子として、ごく短期間の高ステロイド濃度を引き起こす投与法より、一定期間一定濃度を維持する投与法がより強く関与している可能性が示唆された。臨床的研究として、記述疫学調査によって特発性大腿骨頭壊死症の詳細な記述疫学調査を行った。福岡県では過去3年間に新規認定患者は339人であり、発生率は年間10万人あたり2.26人であった。誘因はステロイドあり31%、アルコールあり37%、両方あり6%、両方なし25%であった。治療法では約半数で手術が行われており、人工関節手術が最も多かった。ステロイド性骨壊死では平均41mgの投与量、4.6年の投与期間であった。アルコール性壊死では1日あたり平均2.7合、約25年の飲酒歴であった。記述疫学結果をまとめ特発性大腿骨頭壊死症調査研究班会議にて報告した。さらに平成25年8月からは、米国テキサス州に渡航し、Texas Scottish Rite Hospital for Childrenにて、大腿骨頭壊死の病態に関する基礎的な研究を開始した。小児における大腿骨頭壊死疾患としてPerthes病が知られているが、当施設では未成熟豚を使用したPerthes病モデルを用いて、骨壊死のどのような組織変化が滑膜炎、関節炎を引き起こすかにかについて分子生物学的な検討を行っている。