著者
北田 皓嗣
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

MFCAの導入モデルを構築し,そのモデルの利用可能性を明らかにするという3カ年の研究計画に対して,平成23年度には,これまで継続してきたアクションリサーチと事例研究を翻訳の社会学の視点から分析することで,企業の経営志向と環境志向の関係について,企業の資源管理活動に着目することで実践的なレベルでMFCAがどのような役割を果たしているのかについて分析した。このようにMFCAを通じた資源管理実践の変容についてプロセスを明らかにするため,次の2つのように研究を実行した。まずアクションリサーチを通じて,研究計画で掲げていた中小企業へのMFCAの普及の可能性を検討するという目標に対して,MFCA導入のために必要となる経営資源が相対的に不足している中小企業において計算実践を通じて組織構成員の実践的知識を形成しながらMFCAを導入するというプロセスを飽きたかにしたという貢献をすることができた。これによりMFCAを通じた環境と経済の両立の意味について組織で学習する際に,計算実践そのものが役割を果たしていることが明らかになった。もうひとつは,3カ年を通じて継続的に行ってきたサンデンでのMFCAの事例への分析を通じて,MFCAを通じて企業レベルでの環境と経済の両立の実践と組織内での環境担当者の役割や位置づけの変化との関係について明らかにしてきた。MFCAを通じて資源生産性を向上させようとするときに生じる環境保全活動の枠組みと経営活動の枠組みとの間の齟齬について,これまでの研究では管理可能性原則を通じて責任の体系の問題として議論されてきた。これに対して本研究ではMFCAの導入主体である環境担当者の役割に着目することで,MFCAを通じた組織での権力関係の変化を通じて環境と経営の齟齬が解消されるプロセスを明らかにした。
著者
窪田 暁
出版者
総合研究大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究の目的は、ドミニカ共和国(以下、ドミニカ)からアメリカに渡る野球選手を対象とし、彼らの移動経験とスポーツを介した国際移動の実態を民族誌的に記述することを通して、「野球移民」の背景にある近代スポーツ文化の「土着化」の過程を明らかにし、国際移民研究のなかに「野球移民」を位置づけることである。そこで、昨年度から継続中の(1)ドミニカ国内の野球システムについての実態調査(2)野球がどのように土着化しているのかを解明する(3)アメリカのドミニカ移民コミュニティにおける野球への関わりについての調査を実施した。(1)の調査では、昨年度に調査したベースボールアカデミーを退団した選手にインタビュー調査をおこない、アカデミー経験がどのような意味をもつのかについて聞き取りをおこなった。(2)に関しては、ひとつのコミュニティにおける参与観察から、野球が人々の日常生活や価値観を規制していることがあきらかとなった。また、(3)のアメリカでの移民コミュニティでおこなったインタビューならびに参与観察からは、移民社会において野球が祖国と移民をつなぐ役割をはたしている様相を観察することができた。これらの調査結果は、研究代表者が「野球移民」と呼ぶカテゴリーの実在性を、完成された選手送出システムとドミニカに根ざした野球の文化性の事例から実証可能であることを示している。先行研究が野球の伝播やスポーツ帝国主義の視点で論じてきたことで野球選手の移動とその背後にあるスポーツの文化性については見過ごされてきた。本研究がおこなった現地調査でのデータから、「野球移民」の背景にある野球文化があきらかになりつつある。これらの調査結果は、学会や研究フォーラムで随時発表をおこなっている。
著者
栗田 萌
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究では、近年グラフェンなどで実現されるディラック電子のようなゼロギャップ半導体において、電子相関の効果で新奇の量子相が出現する可能性を探るべくVMCを用いた計算を試みた。スピン軌道相互作用が無い場合でも、ゼロギャップ半導体の対称性が電子相関により破れて系がトポロジカル絶縁体になる可能性があり、これがトポロジカルモット絶縁体と呼ばれる系であり本研究の課題である。計算はハニカム格子系で行い、これにオンサイトのクーロン相互作用Uおよび周辺サイトとのクーロン相互作用V1,V2を導入した。その結果、今までの平均場での研究と比べてトポロジカルモット絶縁体の領域は他の秩序相に潰されてしまい、大きく制限されてしまうことがわかった。しかし、ハニカム格子上の六角形の対角線上のホッピングパラメーターをコントロールすることでトポロジカル絶縁体のオーダーパラメーターが残りそうな領域を現在見いだしている。理論的にはフェルミ速度が小さいほどトポロジカルモット絶縁体になりやすく、VMCによる数値計算の結果、フェルミ速度を従来のハニカム格子の10%程度にまで小さくすることでトポロジカルモット絶縁体が安定する領域を見つけ出すことが出来た。この研究に関する投稿論文は現在執筆中である。また、スピン軌道相互作用が存在する一般的なハミルトニアンのシュレディンガー方程式を解くための変分モンテカルロ法の開発を行った。そのベンチマークとして変分モンテカルロ法にてキタエフ模型の解を求めた。従来使われていた変分関数では、キタエフ液体の基底状態をうまく表現することができなかったため、我々は波動関数に射影演算子をかけて解の精度を上げることに成功した。24サイトおよび32サイトの模型においてエネルギー誤差0.1%程度の波動関数の構成に成功した。この研究の成果は現在Physical Review誌に投稿していて、審査中である。
著者
大西 琢朗
出版者
首都大学東京
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究の目的は,多様な論理の妥当性を統一的に説明しうるような「二元論的/双対的な意味のモデル」を,「証明論的意味論」の立場から確立することである。平成26年度はこの目的に照らして(1)「推論のパラドクス」に対する証明論的意味論の立場からの解明,および(2)「様相演算子としての否定」にかんする形式的研究,を行った。(1)について:推論のパラドクスとは,演繹的推論の正当性 (説得力があること) と有用性 (新しい知識の獲得を可能にすること) という2つの特徴のあいだには衝突があるのではないか,という問題である。本研究では,この問題にかんするマイケル・ダメットの議論を批判的に検討し,論文「間接検証としての演繹的推論」として発表した。そこではまず,彼の枠組みのなかでも特に「検証可能性」という様相的な概念に注目し,それが彼の議論においてほんらい意図されている役割を十分に果たせていないということを明らかにし,次に,オルタナティブな推論モデル,すなわち(二元論的/双対的な)「双側面説」をベースにしたモデルを提示し,それがダメットの枠組みの欠陥をある仕方で解消できる,と論じた。(2)について:否定演算子を,いわゆる可能世界意味論によって定式化される様相演算子と捉える研究伝統に対し次のような寄与を行った。第一に,様相としての否定を形式化するシークエント算(ディスプレイ計算)の体系を構築した。第二に,「自己双対的」な否定は「不可能性」と「非必然性」という二種類の否定的様相を同一視することで得られる,ということを明らかにした。これにより,従来の研究で構築されてきた枠組みのなかに含まれていた,いくつかの不自然な点を解消することができた。この研究成果は学会・研究会で口頭発表した後,Australasian Journal of Logicに投稿し,現在,修正の上掲載可という査読結果を得ている。
著者
京極 博久
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

最近の研究から, 核小体を除去(脱核小体)した卵核胞期(GV期)の卵母細胞は, 正常に成熟するが, 受精後の前核期の核中に核小体は形成されず, 胚は2~4細胞期で発生を停止することが示された。正常な前核期胚の核中に形成される核小体は, 卵核胞期(GV期)の核小体と同様に緊密な形態をしている。2細胞期以降, この緊密な卵母細胞型の核小体の周囲から体細胞型の核小体が形成され始め, 胚盤胞では完全に体細胞型の核小体となる。本研究では, 前核中の核小体が, それ以降の胚発生に必須であるかを前核から核小体を除去することによって調べた。また, 脱核小体した前核期胚から発生した胚に核小体が再形成される可能性を探った。まず, 顕微操作により雌雄両前核から核小体を除去した後, 体外で発生させ, 胚盤胞への発生率を調べた。また, 2細胞期へと発生した胚を移植することによって産仔への発生を調べた。GV期で脱核小体した胚は発生しなかったが, 前核期で脱核小体した胚は正常に胚盤胞へ発生し, 胚移植により正常な産仔となった。次に, 核小体の形成を確認するために, GFPタグのついた卵母細胞の核小体に特異的な蛋白質NPM2のmRNAを用いたライブセルイメージングと体細胞の核小体に特異的な蛋白質(B23, UBFなど)に対する抗体を用いた免疫蛍光染色を行った。前核期で脱核小体した胚は, 卵母細胞型の核小体なしに, 発生過程で体細胞型の核小体を形成した。以上の結果から, 卵母細胞型の核小体は前核期以降の胚発生に必須ではないこと, 卵母細胞型の核小体がなくとも胚は体細胞型の核小体を形成することが明らかとなった。
著者
唄 花子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

【研究の内容】本研究は、着床期の長い反劉動物をモデルとし、胚・栄養膜細胞と子宮細胞の相互作用による妊娠成立機構の解明を目的とした。初年度には、ウシ栄養膜細胞CT-1と子宮内膜上皮細胞(endometrial epithelial cells, EECs)を共培養することにより、着床周辺期の遺伝子発現を再現するモデルを確立した。しかし、EECsは、数回の継代で性質が変化してしまい、安定性に問題があった。そこで、安定した細胞を得るため、本年度は、不死化子宮内膜上皮細胞(imortalized EECs, imEECs)を作出することを目標として研究を行った。不死化遺伝子をEEcsに感染させ、薬剤選択を行ない、imEEcsを作出した。得られたimEECsは、60回以上継代した後も増殖能を持ち、形態にも変化はなかった。imEECsは、IFNTおよびホルモン処置への反応性も有しており、子宮上皮細胞としての性質を維持していた。しかし、imEECsは、上皮細胞のマーカー(サイトケラチン)と間質細胞のマーカー(ビメンチン)が共に陽性であり、EECsとしての性質を維持しながらも間質細胞の性質も有することが示唆された。更なる研究に用いるためには、培養基質を変える等の検討が必要である。栄養膜細胞との共培養実験に使用できるか否かも検討している。また、着床周辺期に重要な胚側の因子として、GATA6がIFNTの遺伝子発現制御に関与することを見出した他、内在性レトロウイルス由来配列に着目し、着床周辺期に発現するいくつかの配列を見出している。【意義・重要性】本研究により、長期の継代にも耐えられるimEECsを作出した。課題は残るが、IFNTやホルモンへの応答性を検討するためには研究を行う上での安定性の問題が克服できたといえる。また、新たにIFNT遺伝子の制御に関与する因子として見出したGATA6は、反芻動物とマウス胚の知見とで違いがある点が興味深い。今後、動物種による違いを探るきっかけとなり得ると考えている。【研究成果】本年度の研究成果として投稿した論文は7報が採択された。また、2報は採択決定済である。
著者
宮西 香穂里
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

本研究の目的は、ジェンダーの視点から、プエルトリコの米軍基地と地域社会についての分析を試みることである。その際、交際・結婚、売買春および反基地運動の3領域に焦点を当てる。以上の研究目的にもとづいて、関連文献のレビューを行い、日本文化人類学会やAsian Studies Conference Japan (ASCJ)において報告した。今年度は、昨年行ったプエルトリコでの現地調査の資料整理を中心に進めた。特に、米海軍基地が撤退した後の基地の街、セイバや基地周辺に住む人々について調査を行った。セイバの基地周辺で、米軍を相手としたバーを経営する50代のプエルトリコ人女性は、基地があった頃の生活を振り返り、米軍基地との思い出を語った。また、彼女は、プエルトリコの東部、ビエケス島での基地反対運動について厳しく批判をした。インタビューの最後には、現在抱えるバーの深刻な経営問題について語り、基地撤退後の苦しい生活を話した。その他のインタビューからも、基地撤退後の基地の街で生きる人々の抱えるさまざまな問題が明らかになった。また、インタビューの資料整理に加えて、随時プエルトリコの米軍基地に関する文献調査を継続した。以上のように、米軍基地と基地周辺の地域社会の関係は、非常に複雑であり、多くの地域住民が米軍基地にさまざまなかたちで関係している。また、米軍基地反対運動を通じて、プエルトリコは沖縄やハワイなど米軍基地をかかえる様々地域とつながっていることがわかった。今後は、さまざまな立場で米軍基地と関係する人々の視点から、米軍基地と地域社会との重層的な関係を考察していきたい。
著者
馬場 智一
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

平成24年度は交付申請書に記載した研究実施計画のうち(1-3)~(1-5)および(2-1)~(2-3)を遂行した。これによりレヴィナスによる西洋哲学批判には以下の二つの重なり合う焦点があることが明確になった(1)パルメニデス、プラトンから始まる「融即」の哲学の歴史。(2)特にその中でも近代哲学の前提する主体概念の「照明」構造。上記の二つの焦点は、レヴィナスが翻訳したフッサールの『デカルト的省察』とレヴィナスが聴講したハイデガー講義『哲学入門』における相互共存在をめぐる対立にその出発点がある。融即概念はハイデガーがこの講義で「前学的」な現存在の相互共存在を特徴づける際に訴える「マナ表象」に近いものである。レヴィナスは、社会性の存在論的基礎をこうした相互的な合一に置くことに対して強く反対し、またフッサールのように照明の構造を備えた「閉じた」モナドから出発することも拒否した。この批判はしかし外在的批判ではなく、そもそも融即状態とは何かについての現象学的な分析に支えられている。この分析がいわゆる「イリヤ」の概念であり、ハイデガーやフィンクの「像」論への批判もこうした背景から初めて理解される。レヴィナス自身の立場は、同僚のジャコブ・ゴルダンの影響下、マイモニデス以来の無限判断の論理に基づいている。レヴィナスは西洋哲学を〈同〉の哲学の歴史として大胆に批判していることはよく知られているが、それが前提とする「融即」概念がどのようなものなのか、正確な吟味はなされてこなかった。また非常によく知られた「イリヤ」概念がそうした批判的哲学史観とどのような関係にあるのかも余り論じられなかった。さらにはその出発点にあるフライブルク留学期の意義が、その後の思想展開に照らし合わせて推し量られることも稀であった。平成24年度の研究成果はこうした現状に対して大きな貢献ができたといえる。
著者
高橋 晃周
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

研究計画に基づいて以下の野外調査を行い、様々な海洋大型動物の環境利用についてデータを取得した。(1)2004年7月より8月まで、米国アラスカ州プリビロフ諸島セントジョージ島に滞在し、同島に繁殖するハシブトウミガラスの海洋環境利用について調査を行った。ハシブトウミガラスに潜水深度・水温・体軸方向の加速度などのパラメータをファインスケールで測定するデータロガーを装着し、12個体から採餌行動に関する情報を得た。その結果、ハシブトウミガラスが水温躍層深度の異なる複数の水塊を利用し、水温躍層直下へ頻繁に潜水を行っていることなど、ハシブトウミガラスのファインスケールでの海洋環境利用について新しい事実があきらかになった。(2)2004年9月より10月まで、伊豆諸島御蔵島に滞在し、同島に繁殖するオオミズナギドリの環境利用について調査を行った。照度・着水の有無・水温を記録するデータロガーをオオミズナギドリ11個体に装着した。来年度(2005年6-7月)にデータロガーを回収し、海洋環境利用についてのデータを取得する予定である。(3)2004年11月より2005年3月にかけて、英国サウスジョージア諸島バード島にあるBritish Antarctic Survey Bird Island Research Stationに滞在し、同島に繁殖する南極海洋生態系の様々な高次捕食動物の海洋環境利用について調査を行った。潜水深度・遊泳速度・水温・体軸方向の加速度などのパラメータをファインスケールで測定するデータロガーを装着し、マカロニペンギン43個体、ジェンツーペンギン12個体、アオメウ15個体、マユグロアホウドリ5個体、ナンキョクオットセイ10個体から採餌行動に関する情報を得た。繁殖期間の進行に伴う環境利用の変化や海洋環境利用の種間の違いなどについて、現在データ解析を進めている。
著者
若林 幹夫 RYCHLOWSKA Irena Weronika RYCHLOWSKA I.W RYCHLOWSKA I.W.
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

本研究は研究分担者がポーランドで着手していた後期資本主義の文化の論理に関する研究の継続として、西欧のポストモダンと日本の伝統思想の類似的な関係と並行現象を対象とするものである。最終年度の研究として、平成18年度にはこれまで継続してきたフィールドワーク、資料収集をさらに進めるとともに、そうした資料の具体的な分析や解釈の作業をおこなった。東京では建物だけでなく、文化的な仕掛けや記号、そして様々な人工物が都市イメージを形作り、さらには主要な建築を支配しており、その結果、都市の中を移動することは場所やランドマークの間を移動するというよりも、様々な経験と視覚の間を移動することになる。したがって得られたデータの分析や解釈も、東京における時間と空間の固有のパターンだけでなく、都市景観から消費財の細部にいたる様々なスケールにわたる事象や経験を対象としておこなわれた。具体的には、東京の現代の都市文化と空間的な秩序について、「かわいい」という擬人化的美学、原宿のコスプレーヤーたちとゴシック・ロリータ文化の広がり、秋葉原の再開発とオタク文化等を、人びとと物、そして空間や場所との相互依存関係という点から分析することを試み、さらに比較社会学的な分析を加えることで、一見すると特殊日本的にも見えるこうした現象が、世界的な規模で広がる後期資本主義的現象とそこでの意識のあり方の一つの現れであるという仮説を得た。東京の都市文化や空間文化のそうした諸側面は、日本の文化、宗教、民間信仰と東京の都市デザインや現代日本の消費財のデザインとの間の一貫性とパラレリズムを示している。それは後期資本主義の文化と、日本の文化、宗教、民間信仰との間に一貫性やパラレリズムが存在するという仮説を示唆するものである。上記の研究成果は研究分担者により1冊の著作としてまとめられ、公表される予定である。
著者
熊谷 悠香
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

当初の予定ではPI(3,4)P2の動態をマウス乳がんに置いて観察する予定であった。しかし、バイオセンサーの感度不足のためか、生体イメージングで目的分子の動態変化を観察することは難しかった。そこで、細胞増殖に関与する分子であるERKの活性を観察することとした。1. HER2陽性乳がんに置けるERKの活性を二こうしていき顕微鏡を用い生体観察した。その結果、個々のがん細胞に置けるERK活性は不均一であり、長時間にわたって維持されることが明らかとなった。2. MEK阻害剤、EGFR/HER2阻害剤をマウスに静脈注し、がん組織に置けるERK活性の変化を観察した。その結果、ERK活性の高い細胞は低い細胞に比べ活性を顕著に下げること、ERK活性の低い細胞はほとんど阻害剤に反応しないことが明らかになった。1と2の結果から、ERK活性ががん細胞の何らかの特性を反映しているのではないかと考え、実験3を実施した。3. ERK活性に基づき、細胞を分取し、tumorsphere形成能、がん形成能、がん幹細胞マーカーの発現度を検討した。その結果、ERK活性の低い細胞は高い細胞に比べ、tumorsphere形成能、がん形成能、がん幹細胞マーカーの発現レベルが高いことが明らかとなった。これらの結果は、ERK活性の低い細胞群にがん幹細胞が多く含まれることを示す。4. さらにERK活性とがん細胞の幹細胞性を調べるため、正常マウス乳腺細胞株J3B1AにMEK阻害剤を添加し、ERK活性を抑制したさいのがん幹細胞マーカーの発現レベルを検討した。その結果、MEK阻害剤処理群はがん幹細胞マーカー(CD24, CD61)の発現を充進させることが明らかとなった。以上の結果は、ERKの活性ががん細胞の幹細胞性を制御する可能性を示すものであり、MEK阻害剤の投与ががん細胞の幹細胞性を上昇させる可能性を示唆するものである。
著者
徳留 靖明
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

(1).イオン性前駆体を用いたゾル-ゲル反応における構造形成過程の解析をおこなった。また、多様な反応系への本手法の拡張を試みた。まず、小角X線散乱(SAXS)その場観察により、多孔構造形成時の粒子形成過程および粒子凝集過程を明らかにした。1次粒子の粗大化を制御するとともに迅速な粒子凝集を誘起することが本手法を用いた多孔体作製に必要な条件であることが示された。SAXS測定で得られた知見に基づき、オングストローム領域、ナノメートル領域、マイクロメートル領域の3つの異なるサイズ領域に細孔を併せ持つ材料の作製にも成功した。これらの内容は国際学術論文誌にて発表済みである。併せて、リン酸カルシウム系における多孔体作製に関する研究を、昨年度に引き続きおこなった。試料作製手順および後処理手順を適切に制御することにより、多様な結晶構造を有するリン酸カルシウム多孔体の作製に成功した。上記内容および現在進行中の遷移金属酸化物多孔体作製に関する研究結果の一部は、国内および国際学会にて発表済みである。(2).無機ゾル-ゲル反応を用いて、有機ELデバイス中の界面構造の精密制御をおこなった。具体的には、無機ゾル-ゲル構造体の作製条件を変化させることにより、従来の研究では充分な検討がおこなわれていなかった作製条件-デバイス特性相関を系統的に調査した。本研究で得られた基礎科学的な知見に基づき、長寿命・高輝度・低電圧デバイス作製に向けた研究を進める予定である。上記の研究内容は国際学会にて発表済みであり、一部の研究結果は国際学術論文誌に投稿中である。
著者
官田 光史
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究は、太平洋戦争期における多様な主体の「非常体制」構想とその相互関係を実証的に検討することで、危機における明治憲法の解釈と運用のあり方を総合的に解明しようとするものである。本年度は、2つ視角、すなわち1日本国憲法制定時の国家緊急権をめぐる議論の展開、2「非常体制」構想の産物としての「応召代議士」という視角から研究を進めた。1では、防衛研究所図書館、国立国会図書館憲政資料室、国立公文書館などに赴き、史料調査を行った。これらの史料をとおして、(1)敗戦直後における法制局部内研究の動向、(2)憲法問題調査委員会における議論の動向、(3)GHQ(民政局)と法制局の折衝、(4)帝国議会における議論の動向、(5)講和後における非常事態法制定論の論理を明らかにすることができた。この成果については、現在、「国家緊急権という言葉」として、学会報告を準備中である。2では、秋田県大仙市の強首樅峰苑(小山田家資料館)などに赴き、史料調査を行った。これらの史料をとおして、(1)「応召代議士」(秋田2区選出の小山田義孝ら)の法的措置をめぐる政府と軍部の動向、(2)小山田の召集経緯、(3)小山田の戦地体験を明らかにすることができた。この成果については、現在、「褌に虱はびこる夏の陣-衆議院議員・小山田義孝の出征から帰還まで-」として、学術雑誌への投稿を準備中である。さらに、一昨年度から本年度の成果をまとめて、「太平洋戦争期の戒厳施行問題」として、学術雑誌への投稿を準備している。この原稿を執筆するなかで、1945年8月10日に植民地の関東州で臨時戒厳が施行されたことも確認することができた。
著者
山本 結花
出版者
岡山大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

真社会性ハチ目やシロアリ目に見られる不妊カーストがどのように進化したのか。これは、ダーウィンの自然選択理論における最大の難点であった。ハチ目は半倍数性であり、血縁度に雌雄非対称性が生じるため、血縁選択説によって社会性の進化を説明することが出来る。一方、シロアリ目は倍数性である故に血縁選択説による社会性の進化を説明できず、真社会性シロアリ目の存在は、血縁選択だけでは説明しきれない部分を浮き彫りにしている。シロアリの真社会性はハチ目の真社会性とは全く独立に進化したものであり、シロアリの研究が進むことによって、昆虫における社会性の進化を総合的に理解することが可能になる。候補者は真社会性昆虫の最大の特徴である繁殖分業に着目し、以下の研究を行った。これまでに、二次女王の分化を抑制する女王フェロモンの成分がヤマトシロアリにおいて特定されていた。本研究では、シロアリの女王フェロモンにおける種間交差活性試験を同属7種のシロアリ(R. speratus, R. amaminanus, R. miyatakei, R. yaeyamanus, R. okinawanus, R. flavipes and R. virginicus)を用いて行った。その結果、ヤマトシロアリR. speratusの女王フェロモン成分は近縁の2種(R. amamianusと、R. miyatakei)においても女王分化を抑制する効果を持ち、これら2種ではヤマトシロアリと同じ成分が女王フェロモンとして利用されていることが示唆された。さらに、他の同属他種に対する抑制効果の有無と種間の系統関係から、フェロモンの分化は単に系統学的な要因だけではなく、生態学的な要因の両者から影響を受けていることが示唆された。本研究は、女王フェロモンの種間交差活性に対する初めての報告であり、女王フェロモンの進化過程を理解する上で重要な知見となる。
著者
岡野 英之
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

■エボラ禍により渡航できず、代わりに北欧アフリカ研究所で客員研究員として滞在した■平成26年度はリベリア、シエラレオネがエボラ出血熱の災禍に巻き込まれたため渡航できず研究が十分に進まなかった。渡航予定であった期間、および、現地調査費用を流用する形で北欧アフリカ研究所(Nordic Africa Institute)で二か月間客員研究員をし、現地の研究者と交流を行った。■3つの口頭発表を行った■本年度の研究成果の口頭発表は三本ある。日本アフリカ学会での発表は、シエラレオネ人難民で内戦下のリベリアへと逃げざるを得なかった人々の経験を紹介することで、武装勢力の統治下で人々がいかなる暮らしをしているのかについて発表した。また、国際人類学民族誌学連合(International Union of Anthropology and Ethnographic Sciences: IUAES)の発表では、武装勢力の幹部がいかに人脈を用いて活動を展開しているのかを明らかにした。さらに、京都大学がカメルーンで12月に開催した国際会議では、元司令官が紛争後に部隊のコネクションを通じて新しいビジネスに乗り出していることを明らかにした。■本研究プロジェクトの成果の一部を書籍として発表した■2015年2月に昭和堂から『アフリカの内戦と武装勢力―シエラレオネにみる人脈ネットワークの生成と変容―』を上梓した。本書は、シエラレオネの内戦の動きを中心に、研究成果をまとめたものである。
著者
平野 貴俊
出版者
東京藝術大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

本年度は、フランス国立公文書館でフランス国営放送ORTF(Office de Radiodiffusion Television francaise、運営期間1964~1974[Televisionのe2つにアクサン・テギュ、francaiseのcにセディーユ])とフランス文化省に関連する資料を閲覧し、口頭発表でその研究成果を発表した。日本音楽学会全国大会での発表では、ORTFと文化省が1960年代半ばの「音楽の危機」をいかに打破しようと試みたかを論じた。1964年ころから、『ル・フィガロ』等の新聞・雑誌に寄稿する音楽批評家は、フランスにおけるレコード産業の興隆と、自国の音楽家の外国での認知度の低さを糾弾した。こうした問題に対処するため、1966年文化省に新設されたのが音楽局 Direction de la Musique である。発表では、本改革を準備した音楽家の多くが、1950年代に国営放送の音楽活動審議会に参加したことに着目し、1960年代に音楽行政の主体が国営放送から文化省へと移行したと述べた。以後、ORTFは文化省と協同して危機に対処することになる。ORTF音楽監督ミシェル・フィリッポ Michel Philippot(在任1964~1972)は、文化省の改革に沿う形でレコード会社との連携、ORTF出版部門の活用を推進した。一方、フィリッポの後任ピエール・ヴォズランスキー Pierre Vozlinsky(在任1972~1974)は、文化省への従属に懐疑的な態度をとり、独立した公的組織として質の高い音楽番組を製作することを重視した。こうした方針の変遷は、1970年代までにフランスの音楽界が上記の危機を乗り越えたことを示唆している。2014年12月には、以上の内容を増補した研究発表を、パリのフランス国立社会科学高等研究院におけるシンポジウムで行った。
著者
南澤 究 SANCHEZ GOMEZ Cristina SANCHEZGOMEZ Cristina
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

N2Oは強力な温室効果ガスであると共に、オゾン層破壊の原因物質でもある。植物根圏はN2O発生源の一つであり、私たちのグループはDNA校正機能を低下させたダイズ根粒菌Bradyrhizobium japonicumから、突然変異によりN2O還元酵素(N2OR)活性の上昇したNos強化株を作出し、N2O削減効果を実証してきた。しかし、Nos強化株におけるN2OR活性上昇の原因は不明であったため、本研究ではその原因解明を行ってきた。昨年度まで、(1)bll4572(nasS)遺伝子の変異がNos強化株におけるN2OR活性上昇の原因であること、(2)本遺伝子はB. japonicumの脱窒系においてnosZだけでなくnapAの転写制御に関与している新規転写制御因子であること、(3)NasTタンパク質による根粒菌脱窒の遺伝子発現促進をnasS産物が負に制御することが明らかとなった。本年度は、まずnasST介在nosZ遺伝子発現誘導の硝酸濃度プロファイル解析を行った。種々の濃度の硝酸および亜硝酸添加条件下のnosZおよびnapEの遺伝子発現の比較を行ったところ、細胞レベルのNasSTシステムの硝酸感受の臨界濃度は、50uM付近であり、ダイズ根圏における硝酸濃度より高いことが分かった。したがって、植物根圏において、NasS変異によりN2O還元酵素活性を上昇させられる科学的根拠が明らかとなった。また、次世代シーケンサーを用いたnasST変異体の網羅的な遺伝子発現解析の準備を行った。具体的には、野生株およびnasS変異株を好気条件で培養した細胞からRNAを抽出後、cDNAを作成し、次世代シーケンサーのRNA-seqによる発現解析系を確立した。
著者
曽田 めぐみ
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究の目的は日本近世絵画に描かれた「いのりのかたち」に焦点を絞り、江戸時代の庶民信仰の様相を美術史の視点から明らかにするものである。本研究課題の主軸をなす河鍋暁斎筆「地獄極楽めぐり図」(静嘉堂文庫美術館蔵)は、暁斎の有力なパトロンであった勝田五兵衛の娘、田鶴が夭折した際に追善供養のため制作された作品である。最終年度においても引き続き「地獄極楽めぐり図」研究を行い、河鍋暁斎記念美術館のご協力を得ながら口頭発表や論文執筆を通じて研究成果を発表した。本年度の研究成果として第一にあげられるのが、「地獄極楽めぐり図」において田鶴が摩耶夫人に見立てられている事を指摘した点であろう。この点については拙稿「河鍋暁斎筆『地獄極楽めぐり図』について(四) ―田鶴に投影された摩耶夫人の表象」(『河鍋暁斎研究誌 暁斎』第115号、河鍋暁斎記念美術館、2015年1月)にまとめた。本稿では中でも本作第三十八図「田鶴の極楽往生」に注目している。本図は田鶴が浄土に達した場面を描いたものだが、その構図やモチーフは伝統的な浄土図と趣が異なる。研究を進めていく中で、摩耶夫人がルンビニ園で釈迦を出産した様を描いた「釈迦誕生図」の構図やモチーフを基盤として、本作第三十八図が描かれたことがわかってきた。「釈迦誕生図」は版画や粉本を通じて江戸時代に広く流布したことは既によく知られており、河鍋暁斎記念美術館所蔵の粉本「中国仏閣図」も実際には「釈迦誕生図」を描いたものであることが本研究によって明らかにされ、ここに描かれた摩耶夫人の姿勢や表情が「地獄極楽めぐり図」第三十八図の田鶴と著しく類似することが判明した。以上、三年間の採用期間を通じ、全40図からなる「地獄極楽めぐり図」を一図ずつ解明していくことで、江戸時代における宗教表現の研究を遂行した。
著者
豊田 雄
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

扁桃体は側頭葉内側部に位置する脳部位で、とりわけ扁桃体基底外側核(BLA)は恐怖条件づけの形成と恐怖の消失に関与する主要な部位である。近年、恐怖記憶の発現と恐怖の消失がBLA内の一部の神経細胞集団の活動によって担われることが明らかになりつつある。しかし、この神経細胞集団を構成する個々の細胞およびそのシナプス伝達の変化については明らかになっていない。そこで私は、恐怖の発現と消失に対応したシナプス伝達とその構造的基盤である形態について明らかにすることを研究の目的とした。活動した神経細胞を生きたまま可視化できるArc-dVenusトランスジェニックマウスに恐怖条件づけを行い、恐怖記憶の想起時に活動した神経細胞からパッチクランプ記録を行ったところ、恐怖記憶に対応した神経細胞の微小興奮性シナプス後電流(mEPSC)の頻度が増加し、ペアパルス比(PPR)が低下することが見出された。シナプスを多く含むと考えられる樹状突起上のスパイン形態については有意な差は認められなかった。この結果は、恐怖記憶に対応した神経細胞に入力するシナプス選択的に伝達物質の放出確率が増大した可能性を示す。また、同様にして消失記憶に対応した神経細胞についても解析を行ったところ、mEPSCの頻度が増加したが、PPRに有意な差は認められなかった。樹状突起上のスパイン形態において、サイズの小さなスパインにおいて密度が増加していることを見出した。この結果は、消失記憶に対応した神経細胞に入力するシナプス選択的に、シナプスの数自体が増加した可能性を示す。以上の結果は、個体動物の記憶・学習に対応した神経細胞のシナプス入力選択的に伝達効率が増強し、恐怖記憶と消失記憶は異なるメカニズムで貯蔵されることを示唆している。本研究は、学習とシナプス伝達効率の変化を結ぶ新たな知見であると考えられる。
著者
武岡 暢
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

研究計画中、平成23年度分の内容についての要点は論文の執筆であった。しかし実際には、中間報告的な投稿論文を1本書き上げた他には、主として調査と学会報告に注力することとなった。以下ではおおざっぱな時系列順に、調査、学会報告、論文の順番で研究実施状況を説明する。(1)調査昨年度までに研究を進めてきたセックスワークに関して、本年度はさらに客引き、スカウトという、ストリートで活動するアクターにまで調査を進めた。国内にはそもそもセックスワークに関する先行研究の蓄積が薄いが、海外においてもセックスワークに関わる男性の研究は少ない。(2)学会報告客引きとスカウトへのインタビューという貴重な調査を実施できたことから、これを広く学会で発表することが重要と考え、9月と11月にそれぞれ学会報告を行った。また、これとは別に、昨年度までの研究成果を元に、8月にはブエノスアイレスで開催された世界社会学会International Sociological Associationでも研究報告を行った。(3)論文9月と11月の学会報告での議論を元に、論文を執筆した。ここでは客引きとスカウトを、2000年代以降に世界的に強化された取締りの対象=「都市の無秩序」として取り上げた。法制度的制約のなかでの経済的合理性の追求と、それのみに還元されない彼らの意味付けを明らかにする内容であった。