著者
服部 亜由未
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本年度の研究計画に基づき、以下のように研究活動を実施した。1.出稼ぎ者送出地域の新聞(『遐邇新聞』『秋田遐邇新聞』『秋田日報』『秋田魁新報』マイクロフィルム版)の記事を収集した。記事の経年分析により、ニシン漁業出稼ぎ状況、ニシン漁業に対する考え方やその変化を読み取ることができた。今回は秋田県のみであったが、こうした出稼ぎ者送出地域における報道を、他の地域と比較分析することで、労働力の輩出構造とその展開が明らかになると考えられる。2.ニシン漁獲地域の新聞(『小樽新聞』マイクロフィルム版)の記事を収集した。特に、ニシン漁衰退期にいかなる報道がなされ、各関係者がどのような対策を講じたかを検討し、その結果を『歴史と環境』の1章で述べた。1.の出稼ぎ者送出地域の報道と組み合わせることで、両側面から重層的にニシン漁業を論じることが可能となる。本年度は、後志沿岸地域のニシン漁業転換期である1935・1936年に年代を絞って検討を加えた。3.ニシン漁家経営の衰退にともなう変容に関して、『人文地理』に掲載された中規模ニシン漁家の事例と比較し、より一般性を高めるために、本年度は大規模ニシン漁家青山家の事例について実証し、両漁家の結果を比較検討した上で『歴史地理学』にまとめた。4.最終年度にあたり、これまでの研究成果を、学位論文「近代北海道における鰊漁業の歴史地理学的研究-衰退期に注目して-」にまとめた。この論文は、近代北海道の発展の基となったニシン漁業を取り上げ、従来議論されることが少なかった衰退期に焦点をあてて、ニシン漁業従事者がいかにその危機を脱しようとしたのかを考察したものである。実証研究では、3年間特別研究員として取り組んできた「近代における北海道ニシン漁業出稼ぎ」を中心に、近代北海道のニシン漁業をニシン漁家やニシン漁獲地域のみならず、出稼ぎ者や出稼ぎ者送出地域側からも検討することで、立体的に分析する方法論を展開した。
著者
近藤 隼人
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度は、イーシュヴァラクリシュナ(4-5c)著『サーンキヤ頒』(Samkhyakarika,SK)に対する注釈書『論理の灯火』(Yuktidipika,YD)(ca.680-720)における認識論解明の総仕上げとして、正しい認識手段(pramana)の一つ<信頼できることば>(aptavacana)に焦点を当てた。この<信頼できることば>はSK第5偈にて"aptasruti"と換言されるが、YDはその"aptasruti"に対して三種の複合語解釈を示す。第一は、人為でないヴェーダを<信頼できることば>に含める解釈、第二は、ヴェーダ以外の人間の手に成る聖典や教養文化人(sista)など世間的な人物の言明を含める解釈、第三は、一語残留規則(ekasesa)を用いて上記二解釈を折衷する解釈をとっていた。SK第2偈で示されるように、サーンキヤはバラモン正統哲学の一派としては例外的にヴェーダ供儀に対して懐疑的な姿勢を示しているが,YDはそのような純粋な意味では正統派とは呼びがたいサーンキヤの伝統から踵を返し、<信頼できることば>に対してSKが与える定義的特質はヴェーダも含意しうることを理論的に示すことによって他の正統哲学諸派との折り合いをつけようとしたことが、この複合語解釈から窺知される。その姿勢を裏付けるためにも、YDがaptaをいかに位置づけているのかを検討した。この問題はヴェーダの非人為性,すなわちaptaは「信頼できる」という形容詞として解釈すべきか、「信頼できる人」として解釈すべきか、という議論とも密接に関連する。形容詞の場合には上記第一解釈、「人」の場合には上記第二解釈に相当する。YDにおけるaptaおよびaptavacanaの位置づけをすべて検討した結果、YDにおける本来的なaptaの用法としては、「信頼できる人」、とりわけ世間的に信頼できる人物を念頭におき、日常生活を営む上での試金石ともいうべき位置づけを与えていたものと結論づけた。本研究のこの成果は、仏教思想学会(於東洋大学)、日本印度学仏教学会(於龍谷大学)、インド思想史学会(於京都大学)にて口頭発表し、論文としても発表した。
著者
青木 一勝
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

三波川変成帯最高変成度岩石の昇温および後退変成作用の温度-圧力-時間(P-T-time)条件を明らかにするため、三波川変成帯の模式地である四国中央部汗見川地域の最高変成度地域に産するザクロ石と石英が主要構成鉱物であるガーネタイトの岩石学的および熱力学的研究を行った。その結果、この岩石の最高変成P-T条件は、P=15-19kb,T=500-520℃であり、エクロジャイト相変成作用を被ったことを明らかにした。さらに、この地域に産する変成岩中に現在観察される鉱物組み合わせは、変成帯上昇時においてP=7-11kb,T=460-510℃(緑簾石角閃岩相)の条件で加水後退再結晶作用を被ったことにより生成したことも明らかにした。更に、Nano-SIMS(東大、佐野研設置)を用いてジルコンU-Pb年代分析を行った結果、その加水後退再結晶作用が85.6±3.0Maに起きたことが分かった。以上のことから、汗見川地域に産する最高変成度岩石は、エクロジャイト相の変成作用を被った後、上昇過程で85.6±3.0Maに緑簾石角閃岩相の条件で加水後退再結晶作用を被ったことが示された。以上の結果とこれまでに明らかにしてきた結果を組み合わせ,三波川変成帯の変成・形成プロセスを考えると、三波川変成岩の原岩は、沈み込み後、累進変成作用が進み、120-110Maに変成ピークを向え、最高変成度部では、エクロジャイト相に達した。その後、造山帯の走向と直交した南方向に、薄いスラブ状に上昇を開始し、66-61Ma頃に地殻中部(15-17km深度)で下位の四万十変成岩の上位に定置し、貫入を停止した。上昇中に昇温変成作用が進行している四万十変成岩から大量の流体が三波川変成岩を通過することにより、加水後退再結晶が進行し、三波川変成岩の多くは再結晶化して、累進的な構造、鉱物、年代の記録を失った。その後、地殻の隆起が起こり、50Ma頃に表層に露出し、現在に至ったと考えられる。
著者
松沢 哲郎 WATSON C.f. WATSON C.F.
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

Within the last fiscal year I have carried out a complete experimental study investigating cultural transmission of an arbitrary gesture in Japanese macaques using the group diffusion paradigm. I also collected data regarding the observation of a Japanese macaque carrying her dead infant for an unusually long period, followed by mother-infant cannibalism. I will present the findings of both studies at an International conference, this summer, and will write them up as an original research article and an observational case study, respectively, for submission to journals. The JSPS grant has enabled me to collaborate with Japanese researchers. I plan to attempt to carry out a survey of potentially cultural behaviours across Japanese macaques in Japan.
著者
石塚 真由美 DARWISH Abdallah DARWISH Abdallah DARWISH ABDALLAH
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

シトクロムP450の分子種のひとつCYPIA1は様々な発がん物質や変異原物質を代謝的に活性化し、化学物質の毒性を決定する重要な異物代謝酵素である。CYPIA1はAhR(アリルハイドロカーボン受容体)によって転写調節を受けており、CYPIA1の上流域のXRE (Xenobiotic Response Element)に結合してその転写を活性化することが知られている。最近、我々はカロテノイド類がAhRの機能に影響を及ぼすことを見出しており、カロテノイドがCYPIA1の生理的な動態の決定因子の一つである可能性を見出している。そこで、本研究では、カロテノイド類がAhRに及ぼす影響、およびその他のシトクロムP450分子種を制御する転写調節因子とのクロストークを明らかにし、カロテノイド類の新たな機能を明らかにすることを目的とする。本年度は、実際に産業動物などがどの程度の重金属類を蓄積しているのかを明らかにし、実施に環境中で人や動物が暴露されている範囲での金属暴露を細胞を用いて行った。H4IIE細胞、およびHepG2細胞を用いて実際に動物が暴露される可能性のある濃度で金属類及びカロテノイドの暴露が異物代謝酵素群にどのような影響を及ぼすのかについて調べた。金属類の曝露によりシトクロムP450、グルクロン酸抱合酵素等の発現量が減少した。メカニズムとして酸化ストレスの介在が考えられたが、同時に転写調節因子の発現量も減少していた。
著者
安藤 哲 LE VanVang LE Van vang
出版者
東京農工大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

昆虫性フェロモンは超微量な天然生理活性物質であり、一頭の雌が分泌するフェロモン量は大変限られている。しかしながら、各種クロマトグラフィー法や機器分析技術が発達したため、大量飼育の困難な害虫も研究対象にできるようになった。ベトナムで採取し性フェロモンを溶媒抽出し、それを航空便で輸送し日本にて分析した。構造決定した化合物を日本にて有機合成し、それを誘引源としたトラップをベトナムの圃場に設置し雄蛾の誘引を調査することで、効率よく多くの種のフェロモンを同定することができた。当該特別研究員も年に数回、2国間を行き来し研究を進めるとともに、カントー大学において多くのスタッフの協力の下に害虫の採集と野外誘引試験を実施した。主な研究成果は以下の通りである。1)ポメロの実を食害するPrays endocarpaの性フェロモンの同定とその防除への応用: ポメロはベトナムでは贈答用に使われる高級柑橘で、フェロモン腺抽出物の分析より本種の処女雌は(Z)-7-tetradecenalなどを分泌することがわかった。合成化合物を用いた野外試験の結果、雄成虫は合成アルデヒドのみの誘引源に強く誘引され、12月および3~4月に発生のピークがあることが判明した。更に、そのアルデヒドをポリエチレンチューブに封入した製剤(ディスペンサー)を作成し、それを果樹園で1ヘクタールあたり200~400本設置した。その結果、被害が明確に低減し、本種を対象とした交信撹乱技術を確立することができた。2)ミモザに潜るスカシバガの性フェロモンの構造決定:ミモザは中南米原産の低木で世界各地に植生域広げ、農耕地の荒廃をもたらしている。生物的防除を目的に、ミモザの幹に潜るスカシバガの一種Carmenta mimosaの性フェロモンを分析したところ、(3Z,13Z)-3,13-octadecadienyl acetateであることが判明し、合成化合物を用いた雄蛾の誘引にも成功した。現在、年間を通した発生消長を検討中である。
著者
三浦 直希
出版者
東京都立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

昨年度に引き続き、フランスの思想家エマニュエル・レヴィナスの経済倫理思想の研究を行った。レヴィナスの経済倫理は、彼自身がユダヤ人であることから、タルムードをはじめとするユダヤ教・ユダヤ思想と密接な関係を有している。この点を際立たせるために、新約聖書に依拠するカトリックの作家ポール・クローデルとの対立に注目することで、レヴィナスにおけるユダヤ的経済倫理を重点的に分析した。その結果、レヴィナスはキリスト教の愛・無償性すなわち贈与に基づく他者との関係を批判し、公正・平等性すなわち交換に基づく関係を重視していることが判明した。レヴィナスの経済倫理は、その意味では、厳正な<正義>の実現を目指すものであると言ってよい。とはいえ、彼の思想には、後年に大きな変化が生じている。かつて批判された愛や無償性が重要性を持つ概念として再登場し、その経済倫理思想全体が交換ではなくまず贈与に基づく<善>のエコノミーとして再構築される。それとともに、強い批判を受けていたはずのクローデルの経済倫理思想が再評価される。レヴィナスは、初期の反発にも関わらず、最終的にはクローデルの主張にほぼ一致する形で倫理のエコノミーについて語っている。ただし両者の経済倫理は、単に愛や贈与の無償性のみに依拠したユートピア的な思想ではなく、これを根本としつつも、交換の正義の実現をももくろむ現実的かつ実践的な思想である。以上の点を学会にて発表し、学会誌に論文を掲載した。
著者
高橋 弘充
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究の目的は、日本のX線観測衛星「すざく」と、本年度に米国から打ち上げに成功したガンマ線観測衛星Fermi(旧名GLAST)を用いて、超新星残骸(SNR)を共同観測し、世界で初めてSNRからπ^0起因のガンマ線の有無を直接的に検証することである。「すざく」衛星についてこれまでに、我々が開発した硬X線検出器(HXD)の2つの検出器(シリコンPIN半導体とGSOシンチレータ)のバックグラウンドモデルの再現精度を定量的に評価することで、SNR(RXJ1713.7-394,SN1006)のデータ解析において、SNRからの微弱なシンクロトロン放射をこれまでにない精度で測定することに貢献してきた。また今年度も従来どおりに衛星の運用に携わり、検出器の性能向上に努めた。Fermi衛星について2008年6月の打ち上げ前から、衛星の運用が行われる米国・スタンフォード線形加速器センター(SLAC)に滞在し、衛星の模擬運用に参加した。この経験を活かし、打ち上げ後もSLACで実際の運用に携わり、さらに帰国後は日本から運用に参加するだけでなく、日本メンバーに運用のノウハウを伝え、検出器チーム全体で日米欧3局24時間体制での衛星運用を維持することに尽力した。初期観測データの解析においては、LAT検出器の較正を行いながらいち早く結果を出すため、銀河系内でもっとも明るいガンマ線天体であるパルサーを扱っている。とくにFermi最初の観測論文(CTA1パルサー)においては、Fermiのデータを解析するだけでなく、私のこれまでのX線観測の経験を活かし、「あすか」やXMM-NewtonなどのX線衛星のデータ解析も行った。これにより、ガンマ線で発見されたパルス周期がX線で検出されていないことを確認することができた。SNRはパルサーよりも暗いため、現在は日々のサーベイ観測によって得られたデータを蓄積している段階である。
著者
家田 仁 MALEE Uabharadorn
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

本研究は,特にタイを対象とし,日本側受入研究者と協力しながら,タイの社会的,経済的,文化的背景ならびに交通に関するデータを把握・分析し,日本との比較を通じて,持続的発展に向けた有効的かつ現実的な交通システムならびに交通政策の提案を目的としたものである.研究の実施に当たっては,日本の交通整備状況ならびにその問題点を把握するための調査を実施するとともに,タイの交通システムに関するデータ収集,交通システム上の問題整理を行った.その結果,以下の点が明らかとなった.・タイは,日本と非常に類似した交通インフラ整備をこれまで行ってきているとともに,交通機関選択の状況等でも日本とかなり類似する点が見られること・タイでは,これまで長期にわたって,総合的な交通政策を目指していたにもかかわらず結局部分的な交通施策の実施に終始してきたこと・今後,タイでは,より実質的な総合交通政策を実施するための方策を検討する必要があること・総合的な交通政策実施のためには,以下の点が重要であること.(1)交通システムの安全性向上,(2)交通から発生する環境負荷軽減,(3)インターモーダルを意識した交通効率性の向上,(4)交通システムにおける競争原理の導入,(5)地域および国土レベルの視点からみた広域交通インフラの整備,(6)旅客,貨物双方を意識した先端的な交通技術の導入,(7)交通行政の効率化,(8)交通サービスの料金システムの改善,(9)タイがアジア圏の中心的な存在となるための国際的なネットワーク整備,(10)効果的な土地利用の誘導に資する交通政策.
著者
谷口 晴香
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

本研究では落葉樹林帯に属し冬季に積雪がある青森県下北半島(以下、下北)と照葉樹林帯に属す鹿児島県屋久島低地(以下、屋久島)に生息するニホンザルを比較し、環境に呼応した離乳の様式が存在するかを明らかにすることを目的とした。採用2年目は、以下①②③を行った。①夏季に下北において個体数調査およびニホンザルの食物の硬度計測を行った。②下北と屋久島において、食物の物理的性質(大きさ、操作数、高さ、かたさ)が母子の食物利用の差に与える影響を、一般化線形混合モデルを用い総合的に分析した。その結果、母親と比較しアカンポウは、1口で食べられる食物、抽作を伴わない食物、低い位置にある食物に採食時間を費やしていた。両地城ともに2000J/㎡以上. のかたさの品目に関しては、アカンボウは母親と比較しあまり採食しない傾向にあった。環境条件が異なっていても身体能力が未熟なアカンボウは、共通し利用しやすい食物に採食時間を費やす傾向にあった。③母子の別れに関して分析を行った。下北では採食場面での母子の別れが多く観察され、アカンボウの母離れのきっかけとして、「食物」が大きく関与していた。一方で、屋久島では、採食が母子の別れのきっかけになることもあったが、他のアカンボウとの合流をきっかけに母親と別れるという社会的な要因も影響していた。屋久島は、冬季を通し、アカンボウ同士の交流が多くみられ、また採食場面においても母親より食物利用が類似している他のアカンボウと共食することが多かった。この違いは、おそらく屋久島のアカンボウが下北より栄養や体温維持の面で母親に依存する必要が少ないためと考えられる。生息環境により離乳の様式は異なっていた。分析②と③の一部を、ニホンザル研究セミナー、および第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会において発表を行った。また、②の内容の一部を、国際学術雑誌に現在投稿中である。
著者
中川 さやか
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

生物の多様性をもたらす進化プロセスを総合的に理解するためには、研究に適した対象生物と進化現象を選択して研究を行う必要がある。ツツザキヤマジノギク(以後ツツザキ)は、花形態が近縁種と大きく異なる上に、集団内で著しい変異がある。この変異にCYC相同遺伝子(以後C}℃)の関与が予測され、また、予備的な調査により、花形態の違いによって送粉者誘引効率効率が異なることによる自然選択が生じる可能性が考えられた。本研究ではまず、ツツザキにおいて、候補遺伝子を用いた形態変異の遺伝的基盤を明らかにし、形態間に適応度の差があるかどうかを確認することで、集団内変異が適応進化の文脈で理解できるかどうかを検討する。さらに、花形態変異がどのようなプロセスで生じているのかを理解するために、集団の歴史的背景の解明を行う。これらの研究からツツザキ集団の花形態進化プロセスを包括的に理解することを目的とする。具体的には以下の3つの問題設定に沿い研究を行う。:【1】花形態の変異に遺伝的基盤はあるか/【2】花形態の違いが適応度の差をもたらすか/【3】集団内の花形態のばらつきはどのように生じたのか【1】に対する成果ツツザキの筒状花個体と舌状花個体より、CYCの単離を行い、配列にアミノ酸変異があることが明らかになった。【2】に対する成果野外において、筒状花個体と舌状花個体の訪花昆虫の訪花頻度と結実率の調査を行った。解析の結果、筒状花個体よりも舌状花個体の方が訪花頻度、結実率が高いことが明らかとなった。花タイプによって適応度の違いがあることが示唆された。【3】に対する成果野外集団において、各パッチの増殖率や各花タイプの出現頻度の調査を行った。その結果、筒状花個体の頻度が減少していることが明らかとなった。パッチ間で環境が異なることや、筒状花個体の結実率が暗いパッチより明るいパッチで高くなることなどが、集団内変異の存在を可能にしていると考えられた。起源については、今後さらなる解析が必要である。
著者
永井 卓 KARJA Ni Wayan Kurniani
出版者
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

ブタ胚の効率的な体外生産では、体外成熟・受精卵子の胚盤胞期胚までの発生率およびその品質が極めて低いことが問題となっている。今回の研究課題によって、1)受精後二日間の培養液中へのグルコース添加によって、体外生産豚胚の発生率が低下する、2)培養液中にグルコースを添加した場合、受精後二日目の胚がグルタチオン濃度を対照区と同レベルに維持することが胚発生に有効であることが判明した。これにより、胚には活性酸素種を取り除こうとする機能が備わっているが、発生培養2日目までの培養液へのグルコースの添加は、3.5mMが上限であり、高濃度の添加は胚発生を促進しないことが明らかになった。また、発生培養液中へのDPIおよびDHEAの添加は、体外生産胚の胚盤胞期胚への発生を促進させなかったが、胚中のNADPH濃度が低下し胚が生産する活性酸素種のレベルが低下し、特に、DPIを1nM, DHEAを10および100μM添加した場合に、DPIおよびDHEAを添加しなかった対照区と比較して、得られた胚盤胞期胚の細胞数が有意に多くなり胚の品質が高くなった。従って、ブタ体外成熟・受精卵子を効率的に体外で発生させるには、発生培養2日までの発生培養液に添加するグルコースの濃度を3.5mMにおさえること、また、胚の品質を高めるには、胚発生を抑制する活性酸素種の発生を抑えるDPIおよびDHEAの添加が有効であるとことが判明した。
著者
佐藤 義明
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

霊長類が左右の手のうちどちらをよく使うのか(側性)については、ヒトの利きや脳皮質の非対称性と関係づけて論じられてきた。オマキザルは、非常にさまざまな探索行動や操作技能を示し、ナッツを樹木の幹に叩きつけるといったように、周囲の環境の表面を利用することがある(基盤面使用)。本研究では、オトナメスのオマキザル(Cebus apella)5個体において、基盤面使用で手の側性がみられるかどうかを調べた。実験者は、部屋のなかを自由に動いている各個体にクルミを1個ずつ与え、その時点からクルミを割るまでをビデオカメラで記録した。すべての個体が片手への側性を示していて、2個体は右に、3個体は左に偏っていた。側性の強さに個体差があり、側性は1個体では非常に強く、3個体では中程度で、残りの1個体では弱かった。オマキザルに典型的である基盤にナッツを叩きつける行動に関しては、手の使用に側性があり、個体によってそれが一貫していることが示唆された。移動のあいだクルミを保持している手についても調べたところ、3個体に偏りがみられ、ナッツを割っているときの手の偏りと個体内で一致していた。移動時の保持の手は、直前の行動であるナッツの叩きつけに影響されていたことが示唆される。また、手の側性と割るのにかかった時間、叩きつける頻度や速さとの相関から、個体によって手の側性にかかわるクルミ割りの戦略が異なっていることが示唆された。手の柔軟な使用を含む行動で側性がみられ、それが行動の能率と関係しうるということは、チンパンジーやヒトの道具使用の進化のなかで獲得されたはずの行動の適応を評価するために、重要な参照点を供する。
著者
本郷 宙軌
出版者
琉球大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究は次の3つの計画から構成されている.計画1:過去のサンゴ礁生態系の復元(最終氷期以降のサンゴ礁試料を用いて,過去のサンゴ礁生態系を復元する.とくに,サンゴ礁生態系の成立維持に関わった重要な生物(以下,鍵種)を発見する.).計画2:現在のサンゴ礁生態系の評価(過去100年間を対象に,地球温暖化と人為影響を受けたサンゴ礁生態系の現状評価を行う.).計画3:将来のサンゴ礁生態系の予測(将来の地球温暖化と人為影響下におけるサンゴ礁生態系の予測を行う.).・計画1の実施状況:南西太平洋におけるサンゴ礁生態系の鍵種発見についての成果を国際誌に公表した.また,西インド洋におけるサンゴ礁生態系の鍵種発見についての成果をまとめた.さらに,これまで進めてきた3つの海域(北西太平洋と南西太平洋,インド洋)の鍵種の生物地理が明らかとなったため,国際誌に投稿した.・計画2の実施状況:沖縄県石垣島のサンゴ礁生態系を対象に現状評価を行なった.過去15年間のサンゴの被度の低下が,高水温と頻繁に来襲した台風による影響であることが明らかとなった.また,人間活動に伴う陸域からの赤土流出も影響していることも明らかとなった.この成果は国際誌に公表した.・計画3の実施状況:琉球列島(沖縄本島と石垣島,久米島,奄美大島,徳之島)のサンゴ礁生態系を対象に将来予測をおこなった.石垣島を対象とした例では,将来の海面上昇と台風の強度の増大に注目したところ,鍵種が減少している西海岸では今後,サンゴ礁生態系の成立が困難になる可能性が高いことが明らかとなった.この成果は国際誌投稿に向けて準備中である.
著者
村田 正行
出版者
埼玉大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

移動度の変化をホール係数測定により実験的に評価するために、集束イオンビーム加工を利用したホール測定用電極の作製を行った。サンプルの直径が非常に細い点とビスマスが大気中で酸化しやすいという点から、ナノワイヤー側面に局所的な電極を取り付ける事は非常に多くの困難を要する。そのため、ビスマスナノワイヤーにおけるホール測定の結果は、これまで報告されていなかった。そこで、本研究では研磨と集束イオンビーム加工を利用して、石英ガラス製の鋳型中に配置されたビスマスナノワイヤーに対してナノスケールのホール測定用の局所電極を作製した。このように作製した直径700nmのビスマスナノワイヤーを利用してホール係数の測定に成功し、キャリア移動度の評価を行った。ナノワイヤーにおけるホール係数の測定は世界で4例目、ビスマスナノワイヤーに関しては初めての結果となった。また、直径160nmのビスマスナノワイヤーのゼーベック係数の温度依存性を測定したところ、これまでの直径200nm以上のサンプルでは現れなかったゼーベック係数の上昇が観察された。これまでの研究では、ワイヤー直径を小さくすることによりキャリアの平均自由行程が制限され、キャリア移動度が減少するために、ゼーベック係数は徐々に低下する傾向があった。しかし、直径160nmのビスマスナノワイヤーの測定結果は、予想される温度依存性よりも上昇し、50K程度で極値を持つような温度依存性が得られた。理論計算によると直径200nm以下ではバンド構造が変化することにより、ゼーベック係数が変化すると予想されている。このようにビスマスナノワイヤーにおけるゼーベック係数の上昇を世界で初めて観測した。
著者
金 セッピョル
出版者
総合研究大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

本年度は、主な調査対象であるNPO法人「葬送の自由をすすめる会」において、初めての会長交替による変化が著しく現れた年であった。その変化を捉えるために、既存のメンバーと新しく加わったメンバーとを分けて、インタビュー調査、各種集まりでの参与観察を行った。新しい会長は、今年61才で、70~80代が中心メンバーになっていた会の中では若い世代に属する。また、いわゆるポスト団塊世代であり、これまでの戦争体験者、団塊世代の会員たちとは異なる方向性を持っているようである。既存の会の方向性が、画一的な葬法や家制度、葬式仏教への反発と脱却だったとしたら、新会長が掲げる方針は、より合理主義に基づいている。このような方針に対して既存のメンバーたちが見せる反応や対応を調べると同時に、新しい方針に賛同して集まってくるメンバーたちに対してインタビューおよび、ライフヒストリー調査を行った。既存の世代の特徴が、①遺骨を「撒く」ことにこだわること、②国家・家・仏教といった既存の葬送を大きく形づける社会関係の拒否、③「個」の追求にあるとしたら、現段階で考えられる新しい世代の特徴は、①遺骨を「撒く」ことにこだわらないこと、②当たり前となった「個」である。彼らは、国家、家制度、仏教などが目に見える形で社会全般を支配していた頃とは違い、「個」という考え方が前提となっている時代に生まれ育った。従って既存の世代のように、ある意味、過激な形でそれまでの社会関係を否定する必要はなく、遺骨を「撒く」ことにこだわらないのではないか、という暫定的な結論が導出された。
著者
武内 和彦 HEO Seung-Hoon HEO Seunghoon HEO Seung hoon
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本年度の主な研究活動は5月に英国・Palgrave Macmillan社より出版された「ヨーロッパおよびアジアにおける敵対国間の和解(Reconciling Enemy States in Europe and Asia)」を初めて単著で執筆したことである。本著書の出版は知的忍耐力と経済援助を必要とする長期に渡る困難な作業であった。出版直後に、播国連事務総長が研究トピックに個人的関心があるということで、5月に東京における個人的な会合に招待された。事務総長からは全面的な支援の約束と積極的に市民社会と関わりながらテーマの研究を続けて行くよう奨励を受けた。以降、自身の論考を大手新聞記事で発表し、世界各地で出版記念イベントを開催し、大学にて講義を実施した。6月にはジュネーブにて最初の出版記念イベントを開催した。7月に開催したソウルでの二回目の出版イベントは自身で主催し、教授、外交官、ジャーナリストのみならず、主婦、高校生、会社員、そして同僚が東京から応援に駆けつけてくれた。11月12日に慶應義塾大学において、ポーランド・ドイツ間、および韓国・日本間の和解についての講義依頼があったが、10月31日の採用期間終了までに韓国へ帰国しなければいけなかったので、日本への航空券を自費で購入し会議に参加した。会議では慶應大学の学生と自身の研究成果を分かち合い、議論を行い、現在でもメールやソーシャルメディアを通じて知的対話を続けている。高等教育システムでの教鞭をとることへの新たな才能を発見させてくれた東京大学、慶應義塾大学そして国連大学の学生に心より感謝したい。これらの経験は教員としてだけではなく、人生の先輩として自身の経験を学生と分かち合いたいという気持ちを奮い立たせる貴重な経験となった。先週韓国国会にて行われたSchool for Politicsの卒業式で本年度最優秀講義賞を受賞した。受賞金額は慶應大学での講義のために支払った日本への航空券代と同額であったため、今後日本の大学から面接等に呼ばれた際の航空券代として使用する予定である。
著者
平林 宣和 劉 文兵
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

本研究においては、「文革期のプロパガンダ演劇における社会主義的近代性」に着目し、身体、ジェンダー、プロパガンダといった観点から、文革時代の中国のプロパガンダ演劇を考察することにより、そこに内包された社会主義的近代性の独自性を明らかにした。その成果として、劉文兵が2006年6月の日本舞踊学会、および同年8月開催の「早稲田大學演劇博物館21世紀COE研究発表会」において研究発表をおこなった。また同時に、映画メディアと文革の関係に注目、文革時代から文革終焉直後にいたるまでの映画表象の歴史的変遷を、2006年8月に上梓された『中国10億人の日本映画熱愛史』(集英社新書)、そして表象学会の学会誌掲載予定の論文「忘却への欲望トラウマの回帰--中国映画における文革の表象」において検証した。さらに、文革期から文革終焉直後にかけての中国の映画製作を概観する「政治と表象」という構想のもと、単著の書籍を執筆している(すでに作品社の2007年度刊行の学術書としてラインナップされている)。一方、早稲田大学演劇博物館「21世紀COE演劇の総合的研究と演劇の確立」のプログラムの一環としてアーカイブの作成に従事し、1960年代初頭から70年代後半までの『人民日報』『文匯報』のデータベースを構築した。そのほか、中国映画の巨匠である張芸謀監督、謝晋監督、賈樟柯監督にたいするインタビューをも重点的におこない、それに基づいた学術論文やインタビュー記事をも執筆している。
著者
藤尾 圭志
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

特別研究員はまず腫瘍抗原特異的細胞傷害性T細胞モデルを作製した。用いた腫瘍細胞はマウス線維肉種p815にマウスアロ抗原H-2Kbを発現させたp815 Kbである。H-2Kb特異的T細胞レセプター(TCR) aKbのα鎖及びβ鎖をレトロウイルスベクターを用いてDBA2マウスCD8陽性細胞に感染させた。発現の確認出来るb鎖はCD8陽性細胞の50%で発現を認めた。aKb TCR感染CD8陽性細胞はp815Kbに対し強い細胞傷害活性を示し、同時にIFN-gを産生した。p815 Kb接種時にaKb TCR感染CD8陽性細胞を同時に接種することにより腫瘍の拒絶を認め、レトロウイルスベクター系によるTCR遺伝子導入で、生体内でも機能的な抗腫瘍細胞傷害性T細胞を作製できることが確認された。次にマウス皮下に形成されたp815腫瘍に浸潤したT細胞のTCRの回収を試みた。p815腫瘍に浸潤しているCD8陽性細胞ではVβ10陽性細胞が優位に増加しており、腫瘍浸潤T細胞からCD8陽性Vβ10陽性細胞をシングルセルソーティングを行いcDNAを合成し、PCRを用いてTCRα鎖及びβ鎖を回収した。回収したTCRプールから、SSCP法で腫瘍内への集積を確認出来たクローンと同一の配列のTCRb鎖を使用するTCRを選択した。選択したTCRをDBA2マウスCD8陽性細胞に感染させると、感染細胞はp815腫瘍に対し優位な細胞傷害活性を示した.感染細胞は腫瘍保持マウスへの移入により腫瘍への集積を確認した。よって腫瘍浸潤Tリンパ球からSSCP法を用いてTCRを回収し、レトロウイルスベクター系を用いてCD8陽性細胞に導入することにより生体内でも腫瘍特異性を示す、腫瘍特異的細胞傷害性T細胞を作製できることが確認された。
著者
上田 周太朗
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

フェニックス銀河団は2011年にSouth Pole Telescopeにより発見され、z=0.596に位置する。その後の多波長観測から、この銀河団の中心に位置する銀河の中で、800M・/yrという非常に大きな星形成率を持つことが明らかになった。これほど大きな星形成率を持つ銀河団中心銀河は存在しない。先行研究では、銀河団高温ガスがX線放射により冷え、中心銀河に降着し(cooling flowと呼称)、そのガスが星形成を引き起こしているという主張がなされている。Cooling flowは本来全ての銀河団の中心領域で起きうる現象だが、冷えている途中のガスなどはいまだ未発見で、何らかのメカニズムで抑制されていると考えられていた。もしかするとフェニックス銀河団でのみ、cooling flowが抑制されていない可能性がある。抑制源として考えられているのが、中心銀河に存在する超巨大ブラックホール(SMBH)の活動である。我々は中心銀河に存在するSNBHの観測を通して、フェニックス銀河団の特異性を明らかに知るため、新たにX線観測を行った。高い分光性能とワイドバンド観測が可能なX線天文衛星「すざく」を用いて、我々はフェニックス銀河団の観測を行った。その結果、先行研究では未発見の中性鉄K輝線を初めて検出した。中心銀河の中に存在するSMBHの周囲に中性物質が大量に存在していることを示唆する。またX線スペクトルに強い吸収成分が存在し、埋もれたSMBHであることが判った。中性物質の柱密度と中性鉄K輝線の強度には相関が、SMBHのX線光度と輝線強度には反相関の関係があることが、銀河団に付随しない銀河のX線観測から示唆されている。このフェニックス銀河団の埋もれたSMBHの場合、柱密度と輝線強度には他の銀河と同様の相関を示すが、X線光度と輝線強度の関係は、他の銀河よりも大きい値を持つことが判った。この結果は、銀河団中心銀河と他の銀河で、SMBHの周辺環境が異なっていることを示唆する。その要因の1つがcooling flowかもしれない。これらの結果をまとめ、学術論文として出版した。