著者
林 英一
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

2011年4月に日本学術擁興会研究者海外派遣基金第2回優秀若手研究者海外派遣事業にて派遣されていたガジャマダ大学文化科学学部歴史学科から戻り、1年間にわたる現地調査(現地の公文書館における文献収集と聞き取りを中心とするフィールドワーク)で得られたデータを整理した。その上で9月に『Merekayang terlupakan:Memoar Rahmat Shigeru Ono.Yogyakarta:Penerbit Ombak(邦題『残留日本兵の記憶』2011年、波出版社)』という著書をインドネシアで出版した。これはインドネシア語ではじめて残留日本兵について論じた本で、そのため様々な反響が現地で起こった。その模様については、『共同通信』、『毎日新聞』、『読売新聞』、『JAPAN TIMES』、インドネシアで最も影響力のある時事週刊誌といわれている『TEMPIO』などで記事が出た。また12月には『皇軍兵士とインドネシア独立-ある残留日本人の生涯』(2011年、吉川弘文館)という著書を日本で刊行した。これはインドネシア独立戦争後に残留日本兵がいかに国籍・市民権を取得し、現地社会に「内なる他者」として再統合されていったのかを、インドネシア残留日本人の典型的な人物であるフセン・藤山秀雄氏のライフヒストリーを描くなかで明らかにしたものである。以上のように現地語で研究成果を発表するとともに、現地側の視点から研究対象をとらえ直すことによって、従来、ジャーナリスティックな観点あるいは政治外交史の視角から、その歴史的役割が論じられていたインドネシア残留日本兵の実像に、社会文化史的な視点から迫ると込う.当初の目的をある程度達成することができた。
著者
井波 輔
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

本研究はニッケル触媒を用い、従来は報告例の少なかった遷移金属触媒による含硫黄複素環化合物の簡便な合成法を確立することを目的として行ってきた。最終年度である今年度は、これまでの2年間で得られた知見を基にして、これまでに報告例のなかった、硫黄を含むヘテロ芳香環の直接的な切断を伴った環化付加反応を2つ見いだした。一つ目は炭素2位にトリフルオロメチル基を有するベンゾチアゾールとアルキンの環化付加反応である。本反応の直接的な生成物は7員環のベンゾチアゼピンであるが、反応系を加熱することで硫黄の脱離が促進され、6員環であるキノリン環を得ることができる。本反応は形式的に硫黄原子とアルキンの置換反応と見なすことができ、非常に興味深い反応である。また、反応機構解明のために当量実験を行った結果、鍵中間体である酸化的付加体を得ることに成功し、その構造を単結晶X線構造解析によって同定することができた。これによって本反応が芳香環の直接的な切断を伴って進行していることを実験的に確認した。さらに。この反応で得られた知見を基にして、ベンゾチオフェンを基質として用いた場合にも同形式の反応が進行することを見いだした。ベンゾチオフェンを基質として用いた場合、7員環生成物であるベンゾチエピンを良好な収率で得ることができた。本反応では、2位の置換基として、一般的に電子供与性の置換基と見なされるメトキシ基や、電子求引性基として見なされるフルオロ基のどちらも用いることができることを明らかとした。これら二つの反応は、これまで全く報告例のなかった芳香環の直接的な切断を経る環化付加反応であり、得られる生成物が重要な構造を有しているだけでなく、学術的にも非常に興味深い反応である。
著者
宮内 裕貴
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

今年度は主に2つに分類される研究を平行して進めてきた。一つ目は昨年に引き続き、D.LewisとP.Griceの言語観を考察するという研究である。2人の言語観を考察するうえでかかせないのは、哲学で「命題的態度」と呼ばれる問題についての考察である。命題的態度は従来、例えば「私はクラーク・ケントは空か飛べないと信じている」のような信念文を分析するうえで、命題的態度の発話者Sが「クラーク・ケントは空か飛べない」という命題pとの間に、信じる(B)という関係に立っている、つまりSBpという構造を命題的態度が持っていると考えられて来た。この命題的態度についてS.Schifferの著書The Things We Meanを手がかりに研究を続けて来た。命題について問われるのはその存在論的身分である。一般的な物と違い、命題は目に見えるわけでも触れるわけでもない。しかしSchifferはPleonastic Propositionという命題を導入する事により、この命題が従来の存在論の中に組み込まれても従来の存在者の数を保存拡大(変化させない)ことにより、命題が存在する事によって生じる問題を排除したうえで、命題が存在するという立場をとる。このSchifferの立場が擁護可能かということを考察するのが今後の課題である。二つ目はD.Lewisが著書Conventionにおいて、conventionという概念を合理的再構成することによってconventionという概念の正当化を行ったことの意味を研究することである。論理実証主義者が算術命題の必然性を説明するために「規約主義(conventionalism)」という考え方をとり、その規約主義への批判がV.O.Quineらによって積極的になされ、その結果言語にconventionが存在するという考え方自体が否定されることを通して、conventionという概念自体が曖昧な概念だとみなされたことに対して、D.Lewisはconventionの概念(特に言語の中に存在する事)を全うな概念であると擁護し、それらの見解に対してアンチテーゼを提出したということができよう。問題はLewisがたとえconventionという概念を合理的再構成することによって正当化できていたとしても、その正当化はあくまで規約主義批判への応答という文脈に立ってなされていることである。これはどのようなことかと言うと、Lewisがconventionの概念を正当化するうえで、合理的再構成という手段をとったのは規約主義批判への応答の手段としてではないかということを明らかにする必要がおるからである。つまりLewisは現実にconvention(規約、慣習)のあり方を見て、実際に人々がどのように慣習にのっとって振る舞っているかを見て、そこから現実に成立しているconventionのメカニズムを探すことによってconventionの概念を正当化するという手段をとらなかった。Lewisはこのように現実的にconventionが成立している地点から出発することも可能だったはずである。しかしLewisはそういった地点からconvention概念の正当化をしようとはしなかった。この点についてもっと研究を進める必要がある。
著者
吉崎 貴大
出版者
東京農業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

本研究は、1) 時計機構の乱れる可能性がある交代制勤務者において、心臓目律神経活動の24時間の概日リズムを評価すること、2) 成人男子学生を対象に食事時刻の違いが心臓自律神経活動の24時間の概日リズムと血中脂質に及ぼす影響について検討することを目的とした。日常生活下における調査では、医療施設に勤務する日勤者(14名)および交代制勤務者(13名)とし、身体活動、自律神経活動、睡眠、食事、眠気、疲労、気分等に関するモニタリングを実施した。その結果、日勤日では、概日リズムに影響する外部刺激(身体活動、睡眠、食事)は交代制勤務者と日勤者との間に有意な差がみられなかった。しかしながら、交代制勤務者は日勤日における概日リズムの頂点位相が日勤者に比べて有意に後退しており、睡眠-覚醒リズムや勤務時間帯との時間関係が適切でない状態であることが示唆された。一方、食事時刻に関する実験的な検証では男子大学生(7名および14名)を対象とした。研究デザインは前後比較試験および並行比較試験とし、2週間にわたって食事時刻を変えることが概日リズムの頂点位相に及ぼす影響を検討した。なお、介入中は1日3回の規定食以外の飲食を禁止し、運動、昼寝の制限を指示した。さらに、起床は6:00、就寝は24:00を維持するよう指示した。その結果、2週間にわたって1日3回の食事時刻を5時間ずつ遅らせたところ、概日リズムの頂点位相が有意に後退した。また、食事時刻を5時間ずつ前進させたところ、食事時刻を変えなかった対照群に比べて概日リズムの頂点位相が有意に前進し、さらには血中脂質が有意に減少した。それゆえ、本研究で得られた知見は、概日リズムの変調を起因とする症状・疾患に対して、食生活を整えることが重要である可能性を示唆しており、将来的に一次予防策を提案する際に、貴重な基礎資料となることが期待される。
著者
水野 智博
出版者
名城大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

1.腹膜透析液暴露による膜補体制御因子の発現変化・申請者は、腹膜における膜補体制御因子の破綻によって、組織障害が惹起され、高浸透圧下、低pH下では、さらに増悪することも明らかにしてきた。この結果から、腹膜透析液の暴露が補体制御能を低下させていると考え、本研究を着想した。本年度の成果として、中皮細胞表面に発現する膜補体制御因子を、フローサイトメトリー法を用いて解析することに成功し、高浸透圧かつ低pHの腹膜透析液暴露により、細胞表面の補体制御因子発現が低下していることを見出した。以上の結果から、腹膜透析液暴露により補体制御能が低下していることが示され、臨床応用に向けた重要な成果となった。2.補体制御機構の破綻を介した腹膜障害に対する抗C5a療法の有用性・申請者は、膜補体制御因子の機能を抑制することで急性腹膜障害が惹起されることを報告している。本研究では、上記した急性腹膜障害に対して抗C5a療法が有用であるか検討を行った。C5aを不活化する低分子ペプチド(以下AcPepAとする)を0.33,0.67,1.33mg/bodyで経静脈内投与したところ、1.33mg/bodyの用量で組織障害が有意に抑制された。1.33mg/bodyの投与量を用いて、AcPepA投与から6,12,24時間後の組織変化を確認したところ、各時点での組織障害軽減作用が認められた。さらに、C5a受容体アンタゴニストとAcPepAを用いて、その作用を比較したところ、同等の組織障害軽減作用が認められた。以上の結果から、腹膜組織障害に対する抗C5a療法の有用性が示唆され、臨床応用に向けた重要な成果が得られた。これらの結果を取りまとめ、学術誌へ論文投稿中であり、日本透析医学会、補体シンポジウム、国際補体ワークショップにて学会発表も行った。
著者
荒井 悠介
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

平成26年度は、ギャル・ギャル男を中心としたユース・サブカルチャーズ「イベサー」のメンバーとその引退者、彼らをとりまくメディアに対する調査・研究を行った。研究内容は以下の2点に集約される。1点目はユース・サブカルチャーズの普遍的な要素とその背景の社会に関して考察するもの。2点目は彼らを取り巻く近年の社会環境の変化に伴う彼ら自身の変化を考察するものである。1点目では、彼らは勤勉さと悪徳を併せ持った価値観及びそれに結びついたサブカルチャー資本を持ち、それを一般経済社会における社会的な成功に結びつく資本として捉え、実際に社会に出た後に活用し続けることを明らかにした。またこの知見を通じ、ある種のプロテスタント的美徳に加え、悪徳も現在の資本主義社会に分かちがたく結びついているということを考察し、以上の知見をそれぞれInternational Sociological Association、European Association for Japanese Studiesにて発表した。2点目では、近年発達したソーシャルネットワーキングサービスは、彼らにとって監視と、不良性が永続的に記録され拡散される可能性をもたらすものとして認識されており、将来に繋がるリスクのある不良性のある行動を忌避させることに繋がっていること。また、ポジティブな情報発信を行うことが、将来の成功に結びつくと捉えるようになっていることを明らかにした。そして彼らの活動と楽しみを、現実の空間に集まり不良行為を楽しむという「ギャザング」から、多くの人間に評価される楽しそうでポジティブなリアリティをシェアするという「シェアリング」へと変化させたということを明らかにし、The Japanese Studies Association in Southeast Asiaにてその知見を発表した。
著者
末次 健司
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

従属栄養植物は、開花期以外は地上に姿を現さないため、分布情報すら明らかではない種が多く、生態学的な研究を行うには困難が伴った。そこで私は、従属栄養植物の精力的な探索と記載分類を地道に行い、詳細な研究を遂行するための土台を作成した。その上で、野外観察から分子生物学的手法に至る様々な手法を駆使し、従属栄養植物の実態に迫る研究を展開してきた。特筆すべき点として、これまで注目されていなかった地上部での適応を含め検討したことが挙げられる。例えば、大半の従属栄養植物は虫媒の植物から起源しているが、それらの生育場所は薄暗い林床であり、ハナバチなどの訪花性見虫の賑わいとは無縁の世界である。このような環境に生育する従属栄養植物は、薄暗い林床で受粉を達成しなければならない。そこで従属栄養植物の送粉様式を調査したところ、多くの種類が昆虫に受粉を頼らずにすむ自動自家受粉を採用していることを明らかにした。こうした自殖の進化は暗い林床で確実に繁殖するのに役立つたと考えられる。しかし、暗い環境に進出可能な見虫を送粉者として利用できれば、林床でも他殖を行うことが可能かもしれない。このような例として、私は、ヤツシロラン節の多くの種が、ショウジョウバエ媒を採用していることを発見した。また従属栄養植物の種子散布様式についても興味深い知見が得られた。そもそも従属栄養植物は、その寄生性ゆえに、胚乳などの養分を持たない非常に小さな種子を作る。そのため、従属栄養性と風による種子散布の間には関連があると考えられてきた。しかしながら暗く風通しの悪い林床では風散布は不適であるため、完全に光合成をやめた従属栄養植物の一部は、液果をつけ、周食動物散布を再獲得していることが明らかになった。
著者
篠原 康
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

極性半導体の例としてGaAsを対象にコヒーレントフォノンの生成過程を微視的な理論から明らかにした。また、SbとSiについてコヒーレントフォノンの観測過程のシミュレーションを行った。さらに研究の実施計画にはない点として、応用数理に基づく効率的な固有値解法をBogoribov-de Genness方程式に適用し、その有効性を実証した。GaAsに対して、これまでに開発した手法を適用し、その生成機構の第一原理シミュレーションを行った。これまでに明らかにしてきたSiやSbと同様、Raman過程に伴うコヒーレントフォノンの励起機構が第一原理的に再現されることを確認し、極性半導体のGaAsにおいても既存の理解が適用できることを示し、力の絶対値を評価した。さらに、極性半導体特有のメカニズムである瞬間的な表面電場の消失に伴う物理過程を特徴づけるBornの有効電荷の計算を行った。既存の研究では定常電場を含めた自由エネルギーを最小にするアプローチで第一原理的に計算されていたが、我々は電場を断熱的に加えることで定常電場を模したシミュレーションを行い、我々のアプローチで、理論の先行研究、および実験値と良い一致を見、本アプローチで定常電場がかかった状態をうまく記述できていることを示した。論文をまとめる為の計算結果は概ねとり終わっている。コヒーレントフォノンの生成過程の第一原理シミュレーションでは、Siに対しては十分な結果が得られたが、Sbについては、十分な精度を計算で達成するためには莫大な計算コストがかかることが判明したため、他の物質でのシミュレーションも合わせて論文にまとめる方針を検討している。前年度デュアルディグリープログラムで培った応用数理の知見を活かし、高効率固有値解法である櫻井杉浦法をBogoribov-de Genness方程式に適用し、高効率計算が出来る事を実証し、超大規模系の理論計算の可能性を示した。
著者
大津 直子
出版者
白百合女子大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

最終年度にあたる今年、漸く谷崎の創作と『源氏物語』の翻訳とがどのように関わるのかという問題を、第一の訳〈旧訳〉を手掛けていた三年半の間で執筆した唯一の小説、『猫と庄造と二人のをんな』の中から検証した。現在は投稿・査読中であるため、詳細は省くが、三年かけてようやく谷崎が三度にわたり『源氏物語』を訳し続けたことの意義について論じるという入り口に立ったことになる。研究員着任直後に。中古文学の手法からのアプローチが作家の翻訳の検証に必ずしも有効に機能しないことが判明したため、より合理的に目的を遂行できるよう、谷崎の創作との連関を検証する方向に研究計画を変更し、創作と翻訳との連関を、國學院大學蔵『谷崎潤一郎新訳 源氏物語』草稿から発見するいう成果を得た。
著者
細谷 亨
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究の目的は、戦時中に満洲に送られた日本人農業移民(満洲開拓民)を、敗戦後の海外引揚をふくめて総合的に検討することにより、これまで別個に論じられる傾向の強かった満洲移民史と海外引揚史の接続をはかることである。研究の遂行過程においては、開拓民を最も多く送り出した長野県下伊那郡の農村を対象に、政策展開をふまえつつ海外引揚における母村の対応を明らかにした。分析からは、従来あまり言及されることのなかった引揚者援護事業における公的扶助(生活保護)の役割が大きな比重を占めていたことが確認できた。現金給付と現物給付からなる公的扶助は、必ずしも引揚者のみを対象にしたものではなかったが、敗戦後の生活困窮者問題や占領期における社会福祉政策の拡充とも相まって引揚者援護とも結びついていく。もちろん、そのことがただちに引揚者の生活再建を意味するわけではないが、これまで「差別」の視点で語られることの多かった地域における引揚者問題を再検討する手がかりを得たといえる。満洲開拓民の送出についても重要な成果を得ることができた。長野県諏訪郡の農村を対象とした研究では、開拓民が満洲への移住に際して、自家の農地を親戚・知己に貸与して出かけており、敗戦後の農地改革の際、農地を返還してもらい、母村の自作農に復帰するケースを明らかにすることができた。かかる傾向は、当該村だけでなく、程度の差を含みつつも多くの村で確認できることであり、満洲開拓民(分村移民)の遂行が農家の存在形態や母村の対応に大きく規定されていたことをよく表している。上記の研究は、実態面および政策面の双方において、より詳細な検討が必要であるが、満洲開拓民を戦時と戦後の歴史過程のなかに位置付けるうえで重要な貢献をなし得たと考えている。
著者
小泉 京美
出版者
東洋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

「満洲国」および「関東州」における日本語文学・文化関連資料の調査成果を、コレクション・モダン都市文化第5期第85巻『満洲のモダニズム』(ゆまに書房、2013年6月)に発表し、日本および満洲におけるモダニズムの展開について論じた。また、『アジア遊学』167 (2013年8月)の特集「戦間期東アジアの日本語文学」に、「まなざしの地政学―大連のシュルレアリスムと満洲アヴアンガルド芸術家クラブ―」を発表し、満洲事変以降の大連の地政学的条件と、絵画・写真・詩など多様なジャンルを横断して展開したシュルレアリスムについて論じた。さらに、国際シンポジウム「文化における異郷」(2013年11月16日、輔仁大学、台湾)に参加し、「故郷喪失の季節―満洲郷土化運動と満洲歳時記―」と題して口頭発表を行った。1930年代に南満洲鉄道株式会社の社員会で活発化した満洲郷土化運動と、満洲における日本語文学の展開との関わりにっいて論じたもので、満洲におけるインフラ整備とメディア開発の進展が、日本語文学の展開に果たした役割を検証するとともに、満洲の日本人社会の変容が、日本語文学に与えた影響について考察した。口頭発表の成果は、「満洲郷土化運動と〈日本文学〉―短歌・俳句・歳時記―」(『東洋通信』、第50巻第9号、2013年12月)及び「故郷喪失の季節―満洲郷土化運動と金丸精哉〈満洲歳時記〉の錯時性―」(『フェンスレス』第2号、2014年刊行予定)に発表した。
著者
中村 圭子
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

本研究において新たに改良した有機物その場観察法及び非汚染試料作成法により,Tagish Lake隕石中には空洞コアとマントルから成る構造を持つ微粒子が多数存在することが判った。さらに,この粒子を多量に含む切片のラマン及び顕微赤外分光測定を行った。これらの測定の結果,粒子は主にアモルファス炭素とC=O,C-H結合から成る脂肪族カルボン系有機物及び芳香族有機物から成ることが判った。このような有機粒子は,本研究で行った電子顕微鏡その場観察により隕石中で初めて発見されたが,これまで生物学者らが行ってきた有機物のmembrane実験生成物と酷似した形状・組成を呈している。以上のように,本研究では「隕石中有機物の直接観察の成功及びその成因の解明」という大きな成果がもたらされた。研究成果は'Hollow organic globules in the Tagish Lake Meteorite as possible products of primitive organic reactions'と題して、学術雑誌International Journal of Astrobiology(2002) 1., p179-189に掲載された。研究論文発表に伴い、本雑誌出版社のCambridge Pressおよび研究活動のために渡航していたアメリカ航空宇宙局においてプレスリリースが行われ、各メディアによって高い関心をもって受け入れられた。●アメリカCNNテレビ・アメリカCBSテレビ・インタビュー●ワシントンポスト誌・サイエンス欄掲載●ロシア国営新聞イズベスチヤ・サイエンス欄掲載●ドイツ・アストロバイオロジーNow,惑星科学協会・ニュース速報掲載●ニューサイエンティスト誌・ニューサイエンス欄掲載●Yahoo!ニュース・Space.com等 インターネットニュース等掲載
著者
吉良 史明
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本年度は、昨年度に引き続き、中島広足周辺の国学者の資料を調査収集することに専念した。また、集めた資料をもとに今年度の研究課題として示した二つのテーマに取り組んだ。以下にその詳細を記す。まず一つ目のテーマである中島広足と幕末の国学者の交流の模様に関して。今年度研究業績の図書に示した『近世後期長崎和歌撰集集成』において、広足が中央の著名な人物と親交を深める際には肥前諏訪神社宮司青木永章、長崎会所請払役近藤光輔の両人を介していたことを明らかにした。そしてさらに、永章と光輔の文事を明らかにすることに主眼を置き、研究を進めた。結果、現時点までに永章の文事の実態を明らかにしつつある。同人が長崎文壇の中心人物の一人であったこと、また京都の綾小路家より雅楽の伝授を受け、その雅楽を長崎の地に広めていたこと、さらに江戸の歌人と長崎の歌人の交流の仲立ちをしていたことを明確にした。結果、永章は中央の文化を長崎の地に伝え、長崎の文化的興隆に多大な役割を果たした人物であることを明示し得たかと思う。次に二つ目のテーマである幕末国学者の歌作の実体に関して。歌語「神風」は地名の伊勢にかかる枕詞として上代より近世後期に至るまで詠まれてきた。一方、幕末の国学者の間においては、神に仇するものを滅ぼす意味に詠じられていたことも事実である。そこで、何故かく歌語「神風」が変容して和歌に詠まれるに至ったか、広足とその周辺の国学者の歌、ならびに歌学を検証した。結果、近世後期に折しも『蒙古襲来絵詞』が復元され、折柄の外圧の高まりを受けて外寇史の考証が盛んに行われる過程において、神風に護られた国とする神国史観が構築されたこと、また万葉集の柿本人麻呂詠の高市皇子の挽歌を証歌として、歌語「神風」を神に仇するものを滅ぼす意味ととる解釈が幕末の国学者の間において盛んになされていたこと、神風は神国の象徴であり、挙国一致を図る上で欠かせないイデオロギーとして和歌に詠まれていたことを明らかにした。なお、その成果は、すでに学会発表として公にしている。以上、本年度は上記の二点に関して、研究を進め、近日中に論文に取り纏める予定である.
著者
小倉 匡俊
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

本研究の目的は、動物園で飼育されている霊長類と鳥類を対象に認知科学的手法を導入し、認知能力の進化史を解明すること、および飼育環境を改善する環境エンリッチメントを開発することである。中でも、ヒトに特徴的な認知能力のうち道具使用行動に着目する。ヒトの進化の隣人である霊長類と、系統的に遠いが相同な行動を進化させた鳥類を対象として、道具使用行動の実験を実施し、背景にある認知能力の進化史を明らかにする。また、飼育環境の改善に不可欠である飼育環境に求められる認知要因の解明と環境エンリッチメントの発展にも貢献できる。こうした研究目的および昨年度までの実施状況に基づき、実施2年度目である本年度は東山動植物園を研究のフィールドとして、鳥類と霊長類を対象とした認知実験と行動観察を継続した。まず、鳥類を対象とした研究においては、本年度は簡単な刺激弁別課題をおこない、認知実験に必要な手順を学習させた。対象とした5個体のうち4個体で学習を完了できた。続いて道具使用行動についての実験に移る予定だったが、対象個体が繁殖期に入り実験の継続が難しくなったため、いったん中断した。霊長類を対象とする研究では、チンパンジー・ゴリラ・オランウータンの大型類人猿3種を対象として選定し、道具使用行動を採食場面に導入することによる環境エンリッチメントの評価を目的として、行動観察を実施した。平常時の行動時間配分および行動レパートリーについて分析をおこなった。行動観察のために開発したモバイルアプリケーションについて論文と学会発表で公表した。また、平行して共同研究者と協力しておこなったコアラの採食選好性などについての研究をそれぞれ学会発表として公表した。自身の研究分野について書籍で概説したとともに、学会発表で公表し、アウトリーチ活動として高校で出前授業をおこなった。
著者
樋口 貴俊
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

本研究では、熟練した野球打者の投球視認能力を空間的な正確さと時間的な正確さに分けて分析することを目的として、以下の2つの実験を行った。まず、実験1では、空間的な投球視認能力の解明を目的として、大学野球選手9名を対象とし、ボールが投じられてから一定時間後に透明な状態から不透明な状態へと変化する視界遮へいメガネを打者に装着させた状態でピッチングマシンから投じられたボールを見送った後に、バットでボールの通過位置を示す課題を行わせた。実際にボールを打つ際と同程度の視覚情報のみを打者に与えるために、投球がホームプレートに到達した時点で遮蔽メガネが不透明状態になるように設定した。バットとボールの位置を2台の高速度カメラで記録した画像から計測した結果、バット長軸方向よりもバット短軸方向のボールとバットの距離の方が有意に大きかった。このことから、投球の高さを認識する能力が打者のパフォーマンスの優劣に大きく影響する可能性が示唆された。次に、実験2では、時間的な投球視認能力の解明を目的として、大学野球選手12名に、捕手方向から撮影した投球映像を呈示し、画面上に引いた線とボールが重なる瞬間にボタンを押す課題を3つの異なる球速の映像で合計90試行行わせた。毎試行直後にボタンを押した時間と正解時間との差を呈示し、次試行での修正ができるようにした。各条件の最初の10試行は各被験者が試行錯誤を行うと仮定し、分析対象外とした。いずれの条件においてもボタン押しのタイミングは実際のボール到達よりも早く、ボール速度が遅い条件の方が時間的誤差も大きかった(高速球条件 : -9.1ms, 中速球条件 : -9.91ms, 低速球条件 : -13.2ms)。投球視認できる時間の長い条件において時間的誤差が大きかったことから、投球視認時間が長くても時間的な正確さは改善されない可能性が示唆された。
著者
飯野 敬矩
出版者
奈良先端科学技術大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

昨年度は、接着力評価のための外力であるフェムト秒レーザー誘起衝撃力の評価研究を中心課題とし、その計測学的理解を深めた。また、それまで不明瞭であった衝撃力の現象論的描像を考察し、接着力の定量化におけるその適用範囲の指針を示した。これらの研究を行った上で、神経一マスト細胞共培養系を接着力評価のモデル系に用い、両者間の接着力を3時間ごとに定量化することでその時間変化を明らかにした。測定には7~30時間共生培養を行った培養系を用い、3時間毎に接着力を定量化した。測定時間は90分間とした。その結果、90分間で約150細胞の接着力を定量化することに成功した。この結果をヒストグラムにまとめたところ、両者の接着力は、0.5-2.0×10-12Nsであることが示された。また、共生培養7-14.5時間では、接着力が0.8×10^<-12>Nsである細胞が最も多く、そこから1.6×10^<-12>Nsにかけて、細胞数は指数分布を示した。また、共生培養時間の経過に伴い、指数関数の時定数が増加する形で、接着力が強化される細胞数が増加した。さらに時間が経過すると(共生培養16.5-18時間)、この指数分布において1.6×10^<-12>Nsにもピークが現れた。その後、共生培養20時間において0.8×10^<-12>Ns、及び1.6×10^<-12>Nsをピークとした二峰性の正規分布を示した。それ以降では、接着力の分布に顕著な変化はみられなかった。これは、共生培養20時間程度で接着が成熟状態に至り、且つその状態が系内の半数程度の細胞の接着力が倍程度まで強化される状態であることを示唆する。これまで、接着力を統計学的データとして時間軸に沿って示した報告例は無く、新規性の高い成果を得ることができた。現在、神経とマスト細胞の接触面への細胞接着分子の集積の可視化に成功しており、今後、接着分子の細胞内挙動の時間変化を明らかにすることで接着の力学機構と分子機構のダイナミクスを統合的に解析し、理解することが可能になると予測される。
著者
川村 静児 FRIEDRICH Daniel FRIEDRICH Daniel
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

当該年度には以下の研究を実施した。(1)鏡は吊り下げらており、原理的には揺れがおさまれば、常に一定の平衡状態の姿勢が再現されるはずである。しかし、我々の吊り下げ鏡は、大きな揺れにより平衡状態が変化したり、また時間がたつと姿勢が変化したりして、干渉計を安定に動作させることが困難であった。そこで様々なテストを行った結果、鏡とワイヤーの接触点を規定するクランプに問題があることが判明した。そこで、ワイヤーのクランプ機構を改良したところ、吊り下げ鏡の姿勢は安定になった。(2)輻射圧の反バネ効果は、20mg鏡の角度不安定性を引き起こすことが分かっている。これに対し、我々は、1インチ鏡の姿勢制御を行うことによりこの不安定性を回避する方法を検討してきた。複雑な制御トポロジーを持つこのシステムについて適切なモデルを構築しそれを使いシミュレーションを行ったところ、以前に得られた実験結果を非常にうまく説明することに成功した。(3)改善された吊り下げ鏡を用い、光共振器を動作させたのだが、実験室の振動が大きく、安定な動作が困難であった。実験室内の振動レベルを測定したところ、数ヘルツの周波数で、引っ越し前に実験を行っていた場所と比べ数倍程度大きく、それにより鏡の姿勢が揺らぎ、昼間は全く動作状態に追い込むことができず、深夜にかろうじて短時間の動作が可能となるような状況であった。(4)装置の振動レベルを抑えるため、より強力な防振システムの開発を行っている。具体的には、装置全体を振り子で吊るし、磁石を用いた渦電流によって共振周波数での揺れを抑える。(5)周期的微小重力環境については、断続的なデータの解析方法を確立した。実験装置に関する種々の改良を行った。いろいろな想定外の困難のため、当初の計画通りには進まなかったが、最終目標に向かって一歩進むことはできたと思われる。
著者
呉 志鵬
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

「個人フォトコレクションの分析と可視化」という課題を研究しているが、昨年に画像分析に焦点を置き、「6次元ラベル」に基づく新しい画像アノテーション方法を提出した。その方法は現在流行するソーシャルネットワークを利用し、インターネットにおける画像の視覚的な特徴及びそれに付属するソーシャルインフォメーションへの分析を通じて画像を精確に注釈する。今年度、画像の可視化に注目した研究を行った。具体的には以下の2点に分けられる。1. インターネットにおける大量の画像向けの可視化 : 制約付きコラージュの即時生成本研究では、新しい自動的・高速なコラージュ生成を提案した。複雑な画像顕著性分析をしないで済み、ユーザの定義したキャンパスサイズにぴったりおさまるように入力画像のコラージュを生成する。その方法は大量データのリアルタイム動的画像コラージュの生成に適している。極めて高速であり、100枚の画像を処理するには0.5ミリ秒以内で済み、従来の計算法より速度は何オーダーも桁違いに早くなった。その成果は国際会議APASIPA 2013に発表され、フルペーパー論文をすでにIEEE Transaction on Multimediaに投稿した(査読中である)。2. ユーザー個人向けの画像可視化 : 漫画化等の視覚効果の生成我々の研究は自然的画像の1. 漫画2. 鉛筆手描き3. アニメーション4. 油絵への高速な変換処理を実現した。漫画を例にしてみれば、1000^*800の入力画像である場合、既存研究では数十秒から数分間までの時間が必要であるのに対して、我々の方法では0.8秒だけで十分であり、百倍にも早くなっていると言える。出力画像の品質から見ても、既存の5つの漫画風画像転換Appと比較しても提案手法の品質が遥かに優れていることを確認した。本研究は国際会議PCM2013とICASSP2014にて発表した。また、関連のdemoを超臨場感コミュニケーション産学官フォーラム(URCF2013)で展示した。
著者
北場 育子
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

地球磁場が気候に与える影響を検証するため、以下の研究を行った。1.複数の地磁気逆転を含む110~70万年前の大阪湾堆積物の古環境解析を行った。本年度は、特に、地磁気の逆転が起こらなかったステージ25の珪藻・硫黄・花粉を分析し、海水準と気候を復元した。また、先行研究による年代モデルの見直しを行い、より高精度な年代軸を入れた。さらに、アリゾナ大学で炭素同位体分析を行い、新たな古環境指標を得た。その結果、全体的な気候変化は、日射量変動に起因する氷体量変化によって生じる海水準変化と調和的な変動を示し、通常、地球の気候はミランコビッチ理論で説明できることを確認した。しかし、ステージ19と31では、最高海面期に日射量変化では説明できない寒冷化が生じていた。この寒冷化は、それぞれ、マツヤマ-ブリュンヌ地磁気逆転期と、ハラミヨサブクロン下限の地磁気極小期に一致しており、約40%以下への地磁気の減少が、約1~4℃の気温低下を引き起こしたことを明らかにした。成果の一部をGondwana Research誌に公表したほか、近日中にScience誌に論文を投稿し、国内外の学会で発表を行った。2.110万~70万年前に生育していたブナ属は、絶滅種を含むため、植物化石に基づく同時代の気候復元は困難であるとされてきた。そこで、この絶滅種の分類学的位置と生育条件を明らかにした。この成果は、第四紀研究に論文を公表し、国内の学会で発表した。3.インドネシアのハラミヨサブクロン下限相当層の花粉分析を行った。この層準では古地磁気強度を得ることが困難であり、地磁気強度と気候の関連を検証するには至らなかったが、地磁気逆転境界付近を境に、環境が大きく変化したことを明らかにした。このほか、共同研究として、新第三紀~第四紀の磁気層序と植生・気候変化に関する研究や、インドネシアのマツヤマ-ブリュンヌ境界付近の人類化石産出層に関する古地磁気・古気候学的研究を行い、論文を公表した。
著者
朝倉 三枝
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究は、1920年代にパリのモード界で活躍した画家のソニア・ドローネーが企てたイメージ戦略を、同時代に典型的な女性像「ギャルソンヌ」との関連から解明しようと試みるものである。本年度はまず、フランス国立図書館のアーカイブに保管されているメゾンの宣伝用の写真や広告文の分析を行い、彼女が1920年代初頭にモード界に進出する際、どのような手法で他のデザイナーとの差別化を図ったのかを考察した。その中で、ソニアが当時、パリのモードに現れたばかりの新しい女性像、すなわち活動的で媚びないギャルソンヌのイメージをいち早く取り入れると同時に、写真の背景に自分や夫で同じく画家のロベール・ドローネーの絵画作品を設置したり、広告文中で繰り返し「キュビスムの画家」という言葉を用いたり、さらには彼女自身がモデルとして自作の衣服や装飾品を身に纏い宣伝用の写真に登場することで、自らの画家という出自や、同時代の前衛芸術との結びつきを意図的に強調していたことが明らかとなった。また本年度は、ソニア・ドローネーとの比較検討を行うため、同時代に活躍していたクチュリエ、ジャンヌ・ランバンの仕事にも注目し、パリの装飾美術館所蔵のランバンの写真資料の分析も併せて行った。その結果、ソニアの芸術家という立ち位置を改めて確認すると同時に、これまで保守的と評価されてきたランバンのデザインが、実際には懐古的でロマンティックなものから、ギャルソンヌにふさわしい現代的な感覚に溢れるものまで、実に幅広くユニークなものであったことを突き止めた。以上のように、「ギャルソンヌ」の女性表象という視点を得ることで、本研究は服飾史や美術史、ジェンダー論など、諸分野においてこれまで見落とされてきた問題に新たな視座を提示することができたものと思われる。