著者
井筒 弥那子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本年度は論文執筆を行った。まず、統計検定法の再検討を行った。異なる光環境で選択を受けた集団に関して、すべての組み合わせ計9組と対照検定として同じ環境で飼育した集団同士の比較計6組の検定を行い、結果を比較したところ、1対1の検定を複数回行う方法は本研究には不適切であると判断されたため、最終的に3つのレプリカ集団のシーケンス結果を合わせたデータを用いてFisher’s exact testを行い、有意差上位5%に着目することにした。他にもAllele Frequency Change(AFC)やOdds ratioなどの異なる指標を用いて適応に関与するゲノム領域の候補を絞り込んだ。これまでの研究結果をまとめ、アメリカの遺伝学会誌G3(GENES,GENOMES,GENETICS)に投稿し受理された。同時に進めていたトランスクリプトーム解析に関して、次世代シーケンサーを用いたRNAseqの結果を確認するために、qPCRでいくつかの遺伝子の発現量を調べて、RNAseqのデータと一致することを確認した。また、前述の選択実験で異なる光環境で選択を受ける遺伝子の候補84個とトランスクリプトーム解析で発現量に変化が見られた遺伝子310個を比較したところ3つの遺伝子が重なることがわかった。3つは、キチン分解酵素や神経系で発現している遺伝子、卵黄膜成分の遺伝子であり、交尾行動から産卵までの適応度に影響する形質への関与が予想された。トランスクリプトーム解析に関しては、現在論文を執筆中である。
著者
内藤 靖彦 ROPERT?COUDERT Yan ROPERT-COUDERT Y. M.
出版者
国立極地研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

西オーストラリアにおいてリトルペンギン(Eudyptula minor)の採餌生態に関する研究を行った。これまでこの鳥の海での行動に関することはほとんどわかっていなかった。この研究には2つの目的があり、1つは基礎的な生態研究で、もう1つは個体群の保護、管理に役立つ情報を得ることであった。野外調査は2001年9月と2002年8月にオーストラリア、パース近郊の動物園およびペンギン島のリトルペンギン繁殖地で、共同研究者のDr.B.C.Cannell(マードック大学)とともに実施した。Dr.Cannellはこの研究における個体群の保護、管理に関わる部分を担当した。現地ではデータロガーの装着回収、ヒナの計測、餌生物の採集を行った。得られたデータは日本で解析し、この種において初めて潜水採餌戦略に大きな個体差があることを発見した。これはすでに論文としてまとめられ、現在Waterbirds(国際学術誌)で印刷中である。他に2つの論文を準備中であり、1つはB.C.Cannell et al.によるリトルペンギンの潜水行動の特徴を記載したもので、本種の保護と管理には海中における施策が不可欠であることを示している。もう1本は加速度データロガーを用いたリトルペンギンの詳細な行動時間配分に関するものである。潜水採餌戦略の個体差に関しては2001年12月に国立極地研究所で開催された極域生物シンポジウムにおいても発表した。
著者
松田 泰斗
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

学習・記憶に重要な役割を果たす成体海馬ニューロンは、海馬神経幹/前駆細胞から恒常的に生涯に渡り新しく産生され続けることがわかっている。しかし、うつ、老化、虚血、てんかん発作など様々な病態下においては、この恒常的なニューロン新生が破綻し、脳高次脳機能に悪影響を及ぼすことが知られる1)。例えば、てんかん発作後の海馬では、神経幹/前駆細胞の増殖が亢進するとともに、異所性かつ形態・機能が異常なニューロンの新生が誘発される(図1A)2)。産生された異所性ニューロンは正常なニューロンの機能をも阻害してしまうことで、空間認識記憶の低下を招くことやてんかん再発作に関与することがわかっている。しかし、これまで、生体がこのようなニューロン新生恒常性の破綻をどのように防ごうとしているのかは詳しく分かっていない。今回われわれは、ミクログリアに発現する自然免疫受容体TLR9を解析し、内因性リガンドによって活性化されたTLR9シグナルがてんかん発作依存的な異常ニューロン産生を抑制することを突き止めた。また、このような生体が有する異常ニューロン産生抑制機構は、てんかん発作による学習・記憶能力の低下や再発作の程度を緩和することに貢献していることがわかった。
著者
安井 大輔
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

筆者の研究は、多文化時代における食文化の変容と生成に、比較社会学的視点からアプローチし独創的な研究領域を切りひらこうとするものである。従来、自らの文化的民族的アイデンティティを表出する資源としてみなされてきた〈食〉が、グローバル化の進展とともに多文化化しハイブリッド化していくなかで、どのようにその位置を変化させてきたのかは、現代世界の社会・文化研究にとってきわめて有意義なものである。とりわけ筆者は、沖縄や本土から南米に移住した「日系人」が日本に再移住して、沖縄や朝鮮半島からの移住者などと接触しながら、マジョリティ社会のなかで、つくりあげる食文化を長期のフィールド調査によって分析している。具体的なフィールドは横浜市鶴見区の臨海地域である。戦前から沖縄からの本土移民および在日韓国・朝鮮人の集住地であった当地は、1990年の出入国管理法の改正以降、ブラジル・ボリビア・ペルー等から沖縄出身日系人の二世、三世たちが多数移住するようになった経緯を持つ。そして現在は、沖縄と韓国と南米の両文化が混交する文化接触領域Contact Zoneとなっている。筆者の研究目的は、ホスト性とゲスト性が幾重にも錯綜した現代世界の縮図でもあるこのような場を通して、いかに文化の再創造と再整理がおこなわれているのかを探求し、多文化化する現代世界の新たな文化秩序の解明と展望に寄与することである。さまざまな属性を持つ人々の共存する都市における文化やエスニシティを研究するには、他者と差異化し同一性を確認する装置として働く"エスニックフード"の維持・変容という食文化からの視点が不可欠であると考えている。この認識にもとづき、今年度は上記の文化接触領域におけるレストランや家庭食・行事食の調査を行い、食によるエスニック集団の表象と地域内外における人々の食実践について研究を進め、学会発表と論文の執筆を進めた。
著者
秦 玲子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

平成24年度には、年次計画に基づき、ニュージーランドの先住民マオリの伝統的タトゥー、モコについて、(1)ニュージーランド国内におけるフィールド調査を行ったほか、昨年度の研究成果を引き継ぎ、(2)地域エリアの領域に焦点を当てた現地稠査、(3)文献資料の収集と調査を行った。また、(4)研究大会やシンポジウムに参加し、成果発表や情報収集を行った。(1)ニュージーランド国内における現地調査モコが彫られる場、そしてモコと非マオリのタトゥーとの接触を考察するため、ニュージーランド国内における長期調査を予定していたが、これを変更して短期の調査を行い、施術の観察とインタビューを行った。今年度の調査における最大の成果は、特に①30代の若い世代の彫師たちの活動と②彫師たちの国内外の客獲得のための宣伝活動について調査を深めることができた点である。(2)地域エリアの領域に焦点を当てた現地調査昨年度ソロモン諸島における太平洋芸術祭の調査を通じて明らかになった、太平洋地域のタトゥーとモコの関わりをより詳細に検討するため、サモアとクック諸島を訪れてフィールド調査を行った。(4)研究大会・シンポジウムへの参加6月の文化人類学会での研究発表のほか、3月のオセアニア学会や日本国内のタトゥー関連シンポジウムに参加し、文化人類学、オセアニァ、タトゥーについての理解を深めた。
著者
平井 悠久
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

本研究は、電力の制御に関わる技術体系であるパワーエレクトロニクスにおける、要素素子の高性能化に関する研究である。シリコンカーバイド(SiC)は、次世代パワーエレクトロニクス材料として要素素子の性能を向上可能な物性を有しているが、SiCと絶縁膜を積層して形成するMOS界面に導入されてしまう界面欠陥の除去が技術的課題である。本研究は、SiC/SiO2からなるMOS界面の材料学的な構造を、電子デバイスにおいて重要となるナノメートル領域に対して調査し、電子デバイスの性能を向上させる手法を獲得することを目的として行った。本年度は、昨年度に着目したウェット雰囲気を応用した実験により、4H-SiCのSi面上に形成したMOS界面の電気特性の評価を行った。ウェット雰囲気を用いて、MOS界面の特性を表す重要な指標であるチャネル移動度およびしきい電圧に注目して評価を行った。現状の技術では、これらはトレードオフ関係にあるが、本研究では両者を独立に制御する手法について検討した。その結果、界面近傍の領域のみを選択的に処理する低温(800度程度)ウェット処理を用いることで、チャネル移動度を現状の標準プロセスと同等以上に向上させつつ、しきい電圧を構成する一つの成分であるフラットバンド電圧の変動を独立に制御できることを明らかにした。これは、低温を用いることで界面にのみ選択的にウェット処理の効果を適用し、フラットバンド電圧変動の原因となる電荷の形成を抑制することが可能になったためと考えられる。本研究の成果の一部について、当該分野最大の国際会議であるICSCRM2017において口頭発表を行った。このように、チャネル移動度向上のためのSiC上のMOS界面形成に対するプロセス指針を提示した。
著者
荒波 一史
出版者
独立行政法人国立環境研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

昨年度に引き続き、英国との共同研究を行った。まずは、殺菌剤のトリクロサンが、紫外線照射下で脱塩素化して二塩化ダイオキシンになることに着目し、純水と淡水と海水を用いて、人工光照射下での光分解実験を行った。その結果、純水中のトリクロサンはほとんど分解せず、淡水に比べて海水中のトリクロサンの方がほぼ倍の速さで分解した。これは、環境水中に含まれる有機物や塩類が、トリクロサンの光分解を促進していることを示唆する。特に塩類の効果に関しては、本研究で初めて示された。一方で、ダイオキシンは海水中で残存しやすいことが示唆された。次に、揮発性および残留性有機化合物における、炭素と塩素の安定同位体比(13Cと37Cl)および炭素の放射性同位体比(14C)に関する文献を集め、個別化合物おける各種同位体比の測定法、起源推定における適用例をレビューした。その結果、新しい炭素が含まれる生物起源炭素と古い炭素が含まれる人為起源(化石燃料起源)炭素を識別できる14Cが、最良の起源推定ツールとして示された。一方で、13Cと37Clに関しては、環境動態(同位体分別効果)を調べるツールとしての可能性が示された。そこで、英国沿岸で採取した汚染底質の抽出試料を分画し、Natural Environment Research Councilに13C測定を依頼し、14C測定のためにプリマス大学で分取型GCを用いて分取濃縮した。また、国際学会では「バイオアッセイを用いた廃油中PCBの簡易分析法の開発」と「トリクロサンの光分解」を発表した。閉会式では、注目すべき研究として、後者の研究が紹介された。
著者
中村 匡良
出版者
奈良先端科学技術大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

シロイヌナズナのspiral(spr)3変異体は体軸がねじれるために、葉器官が反時計方向に回転して見え、根は寒天培地上を右方向に向かって伸長し、根の表皮細胞は右向きにねじれる。spr3の原因遺伝子はγチューブリン複合体の一構成員GCP2のホモログをコードしていた。1.AtGCP2は生存に必須の因子である。シロイヌナズナ(At)GCP2ノックアウト株は作出されなかった。atgcp2ヘテロ株の解析から、AtGCP2は雌雄配偶子の形成や発達に重要であり、生存に必須の因子であることが示唆された。2.間期表層微小管はAtGCP2を介して形成される。GFPを融合したAtGCP2コンストラクトをRFPで微小管標識した植物体に形質転換することで、微小管とAtGCP2を同時に生細胞で観察できる植物体を作製した。共焦点レーザー顕微鏡による観察を行ったところ、AtGCP2が既存の表層微小管に出現し、そして40°の角度を持って微小管が文枝形成される動態が観察された。このことから、表層微小管はAtGCP2を含む微小管重合核を介して形成されることが示唆された。3.シロイヌナズナ微小管重合核は微小管形成角度を維持することにより表層微小管構築に寄与する。表層微小管は細胞膜内側で形成されたのち、マイナス端が形成した部位から移動することが特徴的である。また、形成部位から微小管を遊離するには微小管を切断するカタニンタンパク質が関与することが考えられている。事実、シロイヌナズナカタニン変異株の間期表層微小管動態を観察したところ、微小管の形成部位からの遊離は観察できなかった。マイナス端遊離のないカタニン変異株にspr3変異を付与するとカタニン変異株の表現型にspr3の表現型である右巻きねじれが付与された。このとき、表層微小管形成角度はspr3変異株のみのときと同様変化していた。以上のことから、植物細胞の伸長方向には、AtGCP2を含む微小管重合核による40°という高等植物に特徴的な角度を持った微小管形成の維持が重要であることが示唆された。
著者
高野 英晃
出版者
日本大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

昨年度までに放線菌S.griseusのストレス応答性σ^Hはanti σ因子RshAを介して培地中のグルコースに応答した形態分化及びストレプトマイシン生産の開始に関与することを報告した。今回は、RshAによって制御されるσ^H以外のσ因子群及びRshAに対するanti-anti σ因子の同定と解析を目的とした。網羅的なTwo-Hybrid-Systemを用いた実験から、RshAはσ^Hと同族のσ^F及びσ^Lと相互作用することが判明した。この結果は、in vitroランオフ転写実験からも支持され、RshAはσ^Hと同族のσ^F及びσ^Lと相互作用し、それらの活性を負に制御することが明らかになった。RshAの過剰発現によってσ^Fとσ^L依存的なプロモーターの転写が阻害されたことは、細胞内においてRshAがσ^Fとσ^Lの活性を抑制していることを示している。遺伝子破壊実験から、これらのσ因子群は共通して菌糸のメラニン生産及び胞子の色素生産に関与することが考えられた。上記と同様なTwo-Hybrid-Systemを用いた解析から、RshAはS.coelicolor A3(2)において同定されているanti-anti σ因子BldGによって制御されることが予想された。このBldGとRshA間の相互作用は、Pull down assayによって得られた結果からも支持された。このBldGの機能は、in vitroランオフ転写アッセイの結果からRshAに対するanti-anti-σ因子であることが判明した。染色体上のbldG遺伝子を欠失させることで作製したbldG遺伝子破壊株は、S.coelicolor A3(2)の場合と同様に分化能を完全に欠損し、この破壊株においては、σ^Hσ^F及びσ^Lに依存的なプロモーターの転写が著しく低下していた。このことから、RshAの制御はBldGを介して行われることが考えられた。
著者
見浪 知信
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

平成29年度は、論文執筆およびその刊行、さらに博士論文の提出を目標に研究を進めた。その結果、論文を2本、刊行することができたことに加え、博士論文も提出することができた。2本の論文は、商品流通の制度的基盤について、輸出振興政策をとりあげ分析したものである。1本目は、輸出斡旋機関について、その展開および運営を明らかにした。輸出振興機関は、外務省、農商務省(商工省)といった国の機関と並行して、大阪をはじめとする地方でも整備が進んだ。このような国と地方の重層的な情報ネットワークは、日本の輸出拡大を情報面から支えていたことを実証した。2本目は、輸出振興政策について、1930年に成立した輸出補償法に焦点を当て、制定過程や法改正などを踏まえ、その意義について論じた。また輸出補償法の改正過程についても、その対象国および補償率が拡大および、名古屋市や大阪市といった地方との連携のもとで展開を明らかにした。これら2本の論文に加えて、『貨物集散統計』などの資料を用いて、両大戦間期日本の大都市を対象に、商品流通の観点から国内分業および国際分業構造を分析した。具体的には、戦間期日本における3大都市(東京市、大阪市、名古屋市)について、商品流通の定量的な分析から、それぞれの分業構造を概観した。さらに、戦間期における代表的工業製品である綿布について、大阪を対象にその流通構造を検討した。また、両大戦間期における雑貨輸出について、東京と大阪の比較の観点を踏まえて、その拡大の要因を検討した。さらに、1930年代の大阪における重化学工業化について、貨物集散統計を用いて分業関係の広がり、およびその特徴を明らかにした。これらを組み合わせることで、「両大戦間期日本の地域間分業構造-大阪市の貨物集散とその制度的基盤-」のタイトルで、京都大学博士(経済学)を取得した。
著者
清水 有子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究は、16-17世紀、日本の統一政権によるキリスト教禁教が徹底した排撃性をともなった原因を、清朝中国および李氏朝鮮の同事例との比較を通して考察し、そこから東アジアにおける近世日本の統治の特質を解明することを目的としている。本年度の研究成果は以下の2点である。第1に、日本のキリシタンの内面的世界と在地社会への影響解明に取り組んだ。イエズス会宣教師の報告書を読解したところ、当該期の日本人のキリスト教受容の特徴として、受容が個人の問題ではなく、個人に優越する地位を占め、個人を規制していた共同体の問題であることが考えられた。このため、戦国期の社会構造やそこで既存宗教(寺社等)が果たしていた役割をテーマとする先行研究を収集・読解し、当該時期のキリスト教受容の構造を歴史的に理解し把握することに努めた。その結果、日本では領主領民が一体となったキリシタン領国を形成したが、彼らはキリスト教信仰を通して外国の統治者、政治勢力との精神的紐帯を有し、固有のヴィジョンあるいはアイデンティティを持つ勢力として成長しつつあった点が明らかとなった。またこの点こそが日本の統一権力に過酷な禁教政策をとらせた要因であるという結論に達した。以上について本年度中に活字の成果を出すことはできなかったが、平成24年8月に開催される東北アジアキリスト教史学会で口頭報告する予定である。第2の成果として、従来の研究成果をとりまとめ、単著『近世日本とルソン-「鎖国」形成史再考』を東京堂出版より刊行した。本書では、日本のキリシタン禁教政策を、フィリピン諸島ルソン島のスペイン勢力との交流関係を切り口に再考し、日本のキリシタンの自律的動向を禁教の原因とみなした。本年の研究成果から、日本のキリシタン禁教は、ルソンとの交流関係を背景に、外国の君主との精神的紐帯を有する固有の領主勢力として成長しつつあった、キリシタンに対する統一政権の対抗的措置とみなすことができる。そしてその過酷さの要因は、キリシタンが統一政権に代わり国家統治を担う勢力として抬頭することを可能とした、日本の社会構造に求められる.
著者
越後 拓也
出版者
独立行政法人国際農林水産業研究センター
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

有機鉱物全般に共通する特徴を見いだすべく、1852年から2010年までの約300編の文献を参照し、その結晶構造および生成機構を議論した。その結果、有機鉱物最大の特徴は、生成機構と構造ユニットの関係にあることが判明した。その生成機構は、(1)炭素一炭素結合の生成と解離を伴う構造ユニットの形成(2)十分に安定化した構造ユニットの濃集と結晶化、の2段階に分けられる。代表的無機鉱物である珪酸塩鉱物の生成機構においては、構造ユニットが重合する際にシリコン-シリコン結合は生成されず、必ず架橋酸素と呼ばれる酸素原子を介して重合する。また、構造ユニットの重合と、鉱物の結晶化は同時進行することからも、有機鉱物の生成の際に起きる重合反応とは根本的に異なる重合メカニズムであることを解明した。ゲータイト(Fe^<3+>OOH)やヘマタイト(Fe^<3+>_2O_3)は鉄を含む鉱物および材料の変質物として生成する一般的な二次生成鉱物である。低温(4℃)から高温(70℃)までの様々な温度で合成したゲータイトの結晶形態を原子間力顕微鏡で調べたところ、幅と厚みはほぼ同じであったが、4℃で合成したものは長さ1μm以下なのに対し、70℃で合成したものは長さ2μm以上であることが分かった。これらのゲータイトに対し、X線光電子分光分析を行ったところ、高温合成のゲータイト最表面に存在する酸素の46%がヒドロキシル基であるのに対し、低温合成のものは42%にとどまった。また、ヘマタイトについては、平均粒径7nmの板状結晶と30nmの菱面体結晶をアスコルビン酸で溶解させたところ、7nmの板状結晶が30nmの菱面体結晶の2倍以上の速度で溶解することが判明した。以上の結果は、ナノ鉱物の表面構造や化学反応性が、結晶全体の組成や構造だけでなく、粒径や形態といった外的要因にも依存していること示している。
著者
坂本 智弥
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

脱共役タンパク質(UCP-1)の活性化を介してエネルギーを消費する、褐色・褐色様脂肪細胞は、全身の糖脂質代謝制御に重要な役割を果たすことが近年明らかとなった。我々はこれらの細胞の発生・活性に伴うエネルギー代謝の促進を通じて、肥満・糖尿病の予防・改善を行うことができると考えた。本研究では、褐色・褐色様脂肪細胞の発生メカニズムや、それらの細胞の発生・活性化が肥満によってどのように変化するかを検討した。まず、動物個体レベルで褐色脂肪細胞の発生を観察できる実験系の確立を試みた。UCP1発現調節領域が活性化される、細胞でレポーター遺伝子(赤色蛍光タンパク質)が発現する遺伝子改変マウスを樹立し、蛍光タンパク質由来の蛍光強度の変化を通じて、動物個体レベルで非侵襲的・経時的にUCP1の転写活性を検出できる実験系を確立した。この遺伝子改変マウスを用いることで、薬剤・食品成分の褐色脂肪細胞誘導能を動物個体レベルで簡便に評価をできると考えられる。さらに、肥満により白色脂肪組織で炎症性サイトカインが増加することに着目し、培養細胞モデルや肥満・糖尿病モデルマウスを用いて、炎症性サイトカインと褐色・褐色様脂肪細胞の発生を検討した。その結果、肥満状態の脂肪組織に浸潤したマクロファージに由来する炎症性サイトカインが、脂肪細胞のextracellular signal-related kinas (ERK)活性化を介して、褐色・褐色様脂肪細胞の発生を抑制することを見出した。これは、肥満により、脂肪組織のエネルギー消費が低下し、肥満を助長する「悪循環」メカニズムの一旦を明らかとしたものだと考えられ、新たな薬剤・食品成分のターゲットと成り得る。
著者
水川 敬章
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度の研究成果としては、以下の4点を挙げることができる。1、前年度より取り組んでいたセクシュアリティに関連する澁澤龍彦の作家イメージの形成の問題を、池田満寿夫等が制作した視覚芸術の作品との関係、そして、三島由紀夫『豊饒の海』などの澁澤が作中人物のモデルとなった小説との関係から検討した。エロティシズムや性をテーマとした澁澤の批評作品が、視覚芸術や小説において解釈され表象されていることが理解された。2、同様に継続的に調査を行った澁澤責任編集の雑誌『血と薔薇』の研究では、1960年代の男性共同体における性的欲望の表象の問題に着目し、サディズムとマゾヒズムに関する思想的問題から検討を加え、その位置付けについて論証した。3、澁澤が形成した文化圏(以下澁澤文化圏)の圏域で発刊された雑誌『an・an』の性表象について、1970~73年の同誌を対象として研究を行った。澁澤訳のシャルル・ペローの童話における少女表象、同誌に掲載されたヌード写真・漫画・言説について分析を行い、60年代の澁澤文化圏が醸成した男性共同体におけるマゾヒズムへの傾倒と、性に関するアナクロニズムが強く表現されていることを論証した。4、澁澤の他の作家や芸術家への影響について、ハンス・ベルメールの受容の問題から研究を進めた。澁澤のベルメール論・球体関節人形論等について分析を行い、その言説に女性嫌悪がある一方で、オルタナティブな性の肯定という生政治に対する批判的な意義があることを確認した。この結果を踏まえ、澁澤のベルメール受容に影響を受けたと考えられる同時代の土方巽の表現と後の世代の押井守の映像作品等について調査・検討を試み、それらに澁澤が展開した批評性の継承があること、特に後の世代の作品には女性嫌悪の超克があることを論証した。1の成果の一部については論文として発表し、2~4の成果の一部については、学会シンポジウムにおいて発表を行った。
著者
菅沼 起一
出版者
東京藝術大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

今年度は、以下の3点を中心に研究を行った。①声楽ポリフォニーの器楽演奏という、インタヴォラトゥーラの上位に位置するメタ概念の考案とその妥当性の検証②ジローラモ・ダッラ・カーザ『ディミニューションの真の方法』(ヴェネツィア、1584年)の邦訳と、特に記譜法史的観点からの内容研究③16世紀リュート教則本におけるインタビュレーションの方法の調査と資料収集。特に②の研究からは、多くの教則本資料との比較研究から、ダッラ・カーザが著作において、西洋音楽史上初めて32分音符単位の細かな音価の音符を使用したという仮説が浮上し、そして著作の出版以後、ヨーロッパ全土で32分音符のしようが急速に普及した流れが明らかになった。そこから、細かな音価を用いたディミニューションのヴィルトゥオジティ、そしてそれらが記譜法の歴史に与えた影響のインパクトについて論じることができた。このような、既存の演奏習慣研究の枠を超えた観点を用いた、当時の演奏教則本の研究手法は、今後の研究においても非常に有効であると考える。また、今年度は3度の学会発表と1つの査読論文の投稿を行った。学会発表は、それぞれ①『ファエンツァ写本』の装飾音型の分析と、15世紀におけるディミニューションの様式性と、16世紀資料との関連性についての考察②ダッラ・カーザ(1584)と、同時代の音楽家のルイージ・ゼノビの書簡を扱った、16世紀後半のディミニューションの演奏美学的位置付けに関する論考③中世より続く装飾の「二分法」とバロック期における特殊性の指摘、それをベースにした18世紀フルートの装飾資料の分析発表、を行った。また、東京藝術大学に提出された論文は、上記研究②の研究成果をまとめたものである。
著者
寺澤 優 (2016) 奈良 優 (2015)
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

戦前日本の都市(東京)性風俗を分析し、当時の風俗管理の社会的意義を考察する本研究は、今年度は当初の予定を多少変更し、前年度の成果のアウトプットとともに、芸妓の実態把握・分析と1930年代に高揚する廃娼論の検討を進めた。芸妓については、先行研究を通読した上で、1930年代までの花街が内部でどのように構成され、いかなる問題を抱えていたのかという分析はいまだなされてこなかった事に着目し、それを解明することに努めた。その結果得られたのは、1920年代までに東京の各花街では内部紛争が頻発しており、死者が出るような抗争がおきていたという事実であった。この内部紛争は関東大震災の復興過程で花街指定地と新規参入業者の増加により同者間競争が激化したこと、そしてそれまでの秩序が乱れはじめたことが主な要因であった。つまり、1930年代の芸妓と花街の衰退はカフェーの台頭以前に、すでに内部で大きな構造的問題を抱えており、単純にカフェーの台頭が性風俗産業界の変化をもたらしたのではなかったと結論付けた。また、研究目的の一つである官憲による管理統制は芸者に関しては、非常に緩い取締しか行われておらず、売買春を黙認しているような状態であったということも明らかになっている。次に廃娼論については、労働運動の傍ら大正期に花街・遊郭遊びを経験しながらも、1930年代には廃娼論者となった村嶋帰之の思想を彼の著作を使って追跡した。遊興を通じて、芸妓がブルジョアジーに独占されていることに対し、憤慨しつつも娼妓買い、芸者遊び止められなかった村嶋が遊興を止めるに至ったのは、自身の病気と「遊興が虚弱体質をつくる」という優生学的見地に触れたことであった。そして、「絶娼論」を唱えるが、1930年代のカフェー女給に関しては融和的な姿勢をとり、部分的支援を行ったことが明らかになった。その成果は研究会等で報告した。
著者
城所 収二
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究の目的は、熟練した野球選手が打球を左右へ打ち分けた際に、どのようなスイングによって『引っ張り』や『流し打ち』を打ち分けているのかを、3次元的なバットの振る舞いとして調査するとともに、打ち分け技術に長けた選手のスイングの特徴を明らかにすることであった。初年度の研究によって、流し打ちにおける打球の飛翔する方向(左右)は、インパクト時の頭上から見たバットの向き(水平バット角)のみでは決まらず、バットの下向き傾斜(鉛直バット角)とボールの下側を打撃すること(衝撃線角度)の相互作用の影響を受けることが明らかとなった。そこで2年目は、水平バット角に起因する左右への打ち分けを第1メカニズム、鉛直バット角と衝撃線角度の相互作用に起因する打ち分けを第2メカニズムと定義し、実際の打撃において第1メカニズムと第2メカニズムのどちらがより大きく打球の左右方向に貢献しているのかを調査した。大学野球選手16名に、マシン打撃による左右への打ち分けを行わせた。その結果、流し打ちのフライと引っ張りのゴロでは、第1と第2の両メカニズムが打球の左右角に約50%ずつ貢献していた。一方で、流し打ちのゴロや引っ張りのフライを打った時には第1メカニズムの貢献が100%を上回っていたことから、流・ゴや引・フを打つには従来通りバットを狙った方向へ向けてインパクトすることが必要となる。最後に、これまで大学・社会人・プロ野球選手を対象に収集してきた1500試技以上の打撃データをもとに、水平バット角と鉛直バット角の組み合わせからどのポイントでインパクトすることが打球速度の最大化につながるのかを調査した。その結果、打球速度が最大となったのは、引っ張りではヘッドを下げた鉛直バット角の大きなインパクトであり、センター返しや流し打ちではバットヘッドを捕手寄りに、すなわち第1メカニズム優位なインパクトであったことが示された。
著者
三浦 さおり
出版者
琉球大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

これまでに我々は、雄性先熟魚クマノミにおいて、全ての個体で未分化生殖腺が卵巣へ分化すること、その後しばらくしてから卵巣内に精巣が分化することにより両性生殖腺を形成するという特異的な性分化を経ることを明らかにした。しかしながら、クマノミの性分化過程において、どのように性ホルモンが関与しているのか不明である。雌性ホルモンの精巣分化の役割を明らかにするために、外因性の雌性ホルモンの精巣分化前の生殖腺と両性生殖腺への影響を調べた。その結果、雌性ホルモンは、卵巣内への精巣組織の分化を抑制し、両性生殖腺形成を阻害した。さらに、両性生殖腺の精巣組織の消失を引き起こした。このことから、雌性ホルモンは、精巣分化および両性生殖腺の形成、発達を抑制する可能性が高いことが示された。雄性ホルモンの性分化における役割を明らかにするために、外因性の雄性ホルモンの性分化および両性生殖腺の発達に及ぼす影響を調べた。その結果、雄性ホルモンは、卵巣分化の前後の生殖腺に雄化を誘導しなかった。さらに、両性生殖腺の卵巣への精巣分化、発達においても影響を与えなかった。しかしながら、卵巣腔の形成の遅延や輸精管様構造の分化を引き起こした。このことから、雄性ホルモンは、生殖細胞の分化よりはむしろ体細胞の分化に関与している可能性が高いことが示された。従って、これらの結果から、雄性先熟魚クマノミの性分化過程の卵巣分化には、雌性ホルモンおよび雄性ホルモンのどちらも直接関与している可能性が低いことが明らかになった。一方、精巣分化に伴う両性生殖腺の形成には、雌性ホルモンが低下し、雄性ホルモンが上昇することが重要であるものと考えられる。