著者
宮脇 慎吾
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

ハダカデバネズミ(naked mole-rat, NMR)は、マウスと同等の大きさながら、異例の長寿動物(平均生存期間31年)であり、未だ腫瘍形成が確認されていない癌化耐性齧歯類である。申請者は、NMR、ヒト、マウスおよびラットの4動物種での組織別遺伝子発現比較で同定した、心臓においてNMRで特異的に高発現するgene Xの解析を行った。報告のある動物種のなかで、gene Xが心臓で高発現しているのはNMRのみであった。gene Xは通常肝臓で発現して血中に分泌され、アリルエステラーゼおよびパラオキソゲナーゼとしての酵素活性を有する抗酸化酵素である。しかしながら、NMRの血清におけるgene Xの酵素活性を測定した結果、酵素活性は測定限界値以下であった。gene Xはカルシウム依存性の酵素活性を有するが、NMRの血中カルシウム濃度は検出限界値以下であったことから、NMRでは、他種とは異なるカルシウム非依存的な様式を有する可能性が考えられた。申請者は次に、細胞の癌化や個体の老化との関係が報告されている癌抑制遺伝子INK4aとARFのクローニングと機能解析を行った。NMRにおいては、INK4aとARFに種特異的な配列変化が存在することが知られている。この遺伝子の種特異的な機能・個体の癌化・老化耐性との関係を解析するために、抗体作製等の解析基盤を確立し、発現様式と遺伝子機能に関して解析を行った。結果として、マウスやヒトと同様に、細胞老化ストレス時の発現上昇、細胞周期を停止させる機能は保存されていることが明らかとなった。さらに、NMRからiPS細胞を作成して造腫瘍性の検証を行ったところ、NMR-iPS細胞はARF遺伝子の種特異的な発現制御により腫瘍化耐性であることを見いだしている。今後、これらの遺伝子の詳細な機能差、個体の癌化・老化耐性への寄与についての解明をさらに進めていく。
著者
川島 京子
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

エリアナ・パヴロバが日本で展開したパヴロバ・バレエスクールの実態研究に続き、本年度は、彼女によってもたらされた日本のバレエを、世界的なバレエ伝播の中で捉えるべく考察してきた。彼女の来日前経歴については、日本、グルジア、ウクライナ、ロシアの各関係機関に協力を要請し、調査を続けている。現在までにエリアナ・パヴロバの家系に関する資料は確認できたが、彼女が師事した教師については未だ確証を得ていない。彼女のロシアでの芸歴調査は、日本バレエの出自を知ることでもある為、本研究において引き続き最重要課題としてゆきたい。本年度の研究発表としては、彼女の日本での22年間に及ぶ活動のうち、彼女がまだバレエスクールを設立していない来日当初の活動(1919年亡命来目〜1924年関東大震災によって離日)に注目する事によって、上記テーマについて考察した。来日背景、活動内容、日本側のバレエ受容という観点から、彼女によって日本に移植されたバレエがロシア革命によって世界中に伝播したロシアバレエの一片であり、外国人居留地から生まれた西洋文化の一つに位置づけることが出来る。しかし、当時日本に於いて、バレエが学校教育からは除外され、逆に文化人を対象に女性の身体の西洋化の目的でもてはやされた中で、エリアナのバレエ活動は文化人・資産家の子女を対象にして生涯プライベートで行われることとなった。さらに、それが日本の伝統芸能の家元制度に自然に組み込まれる事によって、現在の日本バレエの特殊性を生む結果ともなったといえる。以上については、年度末に舞踊学会誌に投稿すべく準備中である。また、本研究において、エリアナ・パヴロバに関する第一次資料を収集してきた。これらを直弟子及び関係者からの証言と照合し、現在、100近くの公演の詳細と日本滞在中の足取りの大部分が明らかになった。収集した資料については、資料集としての発表を準備中である。
著者
吉橋 亮太
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

まず前年度の成果である動画中の鳥検出システムを拡張し,検出と追跡の2タスクを同時学習可能なニューラルネットワークを開発した.昨年度は物体検出で利用可能なフレームワークとして,1. 背景差分法による鳥候補領域の抽出,2. 候補領域の追跡による,鳥候補軌跡の生成,3. 鳥候補軌跡の深層学習による識別の3ステージからなるパイプラインを実装していた.しかしながらこの方法には鳥候補軌跡の生成には個別の既存の追跡機を利用しており,このステージでは学習の恩恵を受けられないという問題があった.今年度は追跡による候補軌跡の生成とその識別を深層学習によって同時に行う新たなフレームワークを開発した.この手法では検出と追跡が同時に単一のネットワークで行われることによる性能向上が得られ,実験により昨年度のシステムから8%程の鳥検出率の向上が可能となることが分かった.この成果はオーストラリア国立大学およびオーストラリアの国立研究機関であるData61-CSIROの尤 少迪 講師との共同研究として得られた.そのほか昨年度の成果であるTwo-stream CNNによる動画特徴量を利用した検出に関して,評価実験の拡張と論文誌への投稿を行った,こちらの論文でのアルゴリズムの評価は,より広いコミュニティに成果をアピールするために,歩行者検出に関する外部の動画データセットであるCaltech Pedestrian Detection Benchmarkを利用した.結果として開発にあたってベースとした既存の静止画による検出器からの性能向上を確認した.また当初の計画より進んだ成果として,風力発電所画像での野鳥検出と領域分割の同時学習による高精度化,UAVからの畜牛検出への新たな応用の2つに関しての研究成果が,受け入れ研究室での学生とのコラボレーションの結果として得られた.
著者
押谷 健
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

最終年度である本年度は、スキャンロンの契約主義の関係論的性格を明らかにすることを通じて、スキャンロンの契約主義が、人々が有する多様な価値へのコミットメントに起因する道徳的不一致を適切に理解し、調停するための有効な視角を与えうる理論であることを明らかにした。スキャンロンの契約主義は、しばしば関係論的性格を有するとされる。しかし、スキャンロンが想定する道徳的関係とはいかなるものであるのか、明確に理解されてきたとはいえない。これに対して本研究は、スキャンロンの契約主義は、次の二つの関係を想定する点で、「関係論的」であると指摘した。第一の関係とは、理由応答的存在者の間に成立する関係である。我々は、こうした関係に我々と立つ他者に対して、理にかなった仕方で拒絶しえない原理に基づいて行為する理由がある。第二の関係とは、相互承認の関係である。この関係は、理由応答的存在者同士の関係に立つ我々が、互いに対して理にかなった仕方で拒絶しえない原理に基づいて行為することに成功したときに成立する価値ある関係である。上記の研究を通じて明らかにされた契約主義の関係論的性格は、契約主義が次の二つの点において、価値の多元性に起因する道徳的不一致に取り組むための有効な視角を提示しうることを示している。第一に、契約主義によれば、我々が価値づける理由のある多様な関係やプロジェクトから生じる規範は、道徳的関係の規範と対立しうる。契約主義は、こうした対立の可能性を認めうる点において、多様な規範がどのように関連しあうのかについての直観的に説得的な記述を与えることができる。第二に、契約主義はなぜ道徳的関係の規範が、こうした多様な関係性の規範に対して通常の場合は優先するのかを正当化することができる。そのためスキャンロンの契約主義は、多様な関係の規範の間の衝突を調停するための有効な視角を与えうる理論であるということができる。
著者
浜名 真以
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

「嬉しい」「悲しい」といった感情語は,コミュニケーションや感情の制御,理解を促すものである。感情語の使用や理解を精緻に捉えるために,本研究プロジェクトでは,1)子どもを対象とした研究,2)母子を対象とした研究を実施してきた。本年度は研究の実施を進めるとともに,国内外の学会や学術誌においてこれまで得られた知見の発表を行った。本年度新たに得られた知見として,1)に関しては,幼児期における自己のネガティブ感情と他者のネガティブ感情の推論についての研究を行った。1つ目の研究では,感情を経験する場面として,友達に自分の制作物を壊されるという被害場面を設定し,幼児を対象にその状況の解釈や感情推論に関する質問を行った。その結果,幼児は被害者が他者である場合に比べ被害者が自己である場合の方が,加害者の敵意をより低く,被害者の修復能力をより高く評価するといったように状況を楽観的に解釈し,そこで経験するネガティブ感情の強度をより低く評価することが明らかになった。2つ目の研究では,幼児を対象に経験主体が自己である場合と他者である場合のポジティブ状況とネガティブ状況への遭遇頻度の見積もりついて尋ねた。その結果,幼児は,他者に比べて自己はネガティブ状況に遭遇しにくいと考えていることが明らかとなった。2)に関しては,幼児期の子どもの母親が感情言及を強く方向づけるイラストを見せながら子どもに状況を説明する際の感情語の発話と,その子どもの感情語彙数,感情理解,社会的行動との関連についての縦断調査を行った。1時点目の結果として,ポーティブな感情制御発話をする母親の子どもほど問題行動が少ないこと,多くの種類の感情語を話す母親の子どもほど感情語彙数が多いことが示された。これらの結果から,母親の感情についての語りは子どもの社会情緒的コンピテンスに寄与することが示された。縦断調査は現在も継続中である。
著者
岩田 夏弥
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

近年、集光強度が10^<20>W/cm^2を上回る極短パルス高強度レーザーが実現され、これを用いた高エネルギー粒子加速をはじめとする様々な応用研究が進展している。本研究では平成24年度、位相空間ラグランジアンに基づく数理手法を当該分野に新しく導入し、高い非線形性・非局所性を有する高強度レーザー物質相互作用において重要な役割を果たすレーザー光の動重力の高次非局所効果を記述する方程式を導くことに成功した。また、集光強度10^<20>W/cm^2を超える輻射減衰領域でのレーザー物質相互作用がもたらす極限物質状態を再現する大規模数値実験の実現を目指し、粒子計算コードEPIC3Dの開発を行った。これらを基礎として本年度は、非局所動重力理論の重要性を明らかにする応用研究を行った。ここでは、相互作用の微細制御への有用性が期待される、ビーム軸近傍で平坦な強度分布を持つレーザーを考え、これに対し従来の局所理論と今回導いた非局所理論を比較すると、レーザー場と単一粒子の相互作用時間に1桁に及ぶ差異が現れることを見出した。さらに、本研究で開発を進めてきた計算コードEPIC3Dを用いてプラズマ及びクラスター媒質中での高強度レーザー伝播シミュレーションを行い、平坦な集光構造を持つレーザー場中では非局所動重力によるプラズマ粒子の掃出しとそれによる静電場生成の結果、レーザー場が変調を受け低エミッタンスの電子ビームが生成されることや、クラスタークーロン爆発や相対論的イオンの効果が相乗的に作用して高エネルギーイオン加速が実現することなどを明らかにした。これらの結果は学術雑誌Physical Review Lettersに掲載され、国際会議IFSA2013の口頭発表に採択された。以上の研究は、高強度場科学に新しい理論手法を提示し学術・応用研究の進展に貢献するとともに、大規模数値計算を通して計算機科学の進展に資するものである。
著者
役重 みゆき
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

平成25年度には、国内外の各地域において、報告者の対象とする時期と同時期の遺跡出土資料実見調査を行い、データの収集に努めた。特に重要な成果は、本研究の最大の目的であるサハリン、北東アジア(中国・吉林省)における資料実見調査を行った点である。サハリンにおいて、サハリン州立大学附属の博物館において、サハリンのアゴンキ5遺跡、オリンピヤ5遺跡から出土した細石刃石器群資料を見学した。細石刃核の形態のみならず, 掻器や彫器といった共伴するトゥールの形態も非常によく類似することが確認できた。後期細石刃石器群期には、北海道とサハリンにおいて均質な細石刃文化が広がっていたことが推測された。中国・吉林省では、北朝鮮との国境付近の遺跡で、長白山(白頭山)から産出する黒曜石を素材とし、北海道における細石刃石器群初頭の石器群と類似した資料が出土していると報告されていた。北海道への細石刃石器群の流入過程を考えるうえで、大陸においてすでに細石刃石器群の分化が起こっていたかどうかは、人類集団の適応戦略や移動・居住形態の観点から大変興味深いものである。これらの点を確認するために実見調査を行ったが、結果として、報告されていたような初期細石刃石器群は認められなかった。むしろ、後期細石刃石器群である広郷型や、忍路子型細石刃核、それらに特徴的に伴うトゥールが多く観察された。より重要な点は、北海道において初期細石刃石器群とほぼ同時期に存在する川西C型石刃石器群と類似する資料が確認されたことである。川西C型石刃石器群は、研究者によって本州以南から流入したとする説と、大陸から流入したとする説があるなど、その来歴が不明であった。両者とも大陸から同時期に北海道に流入したと考えた場合、同じ集団の所産であり、同一文化の異なる技術的側面を示すものか、または異なる技術をもった異なる集団が同時期に同じ地域に移住しある時期に共存していたのか、今後の議論の方向性に大きな影響を与える手がかりを得た。昨年度に行った石材調査や、今年度の調査成果をまとめた論文を執筆中である。目的としていた重要資料の調査をすべて行うことができ、成果の多い年度となった。
著者
円城寺 秀平
出版者
山口大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

胃癌は、未だに世界のがんによる死亡者数の第3位であり、新たな治療戦略が必要とされている。SETは、炎症反応の増強やがんの悪性化に重要な役割を果たす多機能タンパク質であり、重要ながん抑制因子であるタンパク質脱リン酸化酵素PP2Aの活性を阻害することでがんの悪性化に寄与する。実際に多くのがんでPP2Aの不活性化が認められており、一部のがんではSETの発現上昇と悪性度との相関が報告されている。しかし、胃癌におけるSETの発現や機能については明らかになっていない。そこで胃癌におけるSETの機能を解明することで、SETが胃癌に対する新規治療標的となりうるか検討することを目的に研究を行った。今年度の研究成果として、ヒト胃癌細胞株におけるSETの発現抑制は転写因子E2F1と、そのターゲット因子である幹細胞マーカーNANOGの発現を低下させた。このことから、SETはPP2A阻害を介してE2F1とNANOGの発現上昇を引き起こし胃癌細胞の幹細胞性を亢進させていると考えられる。また、SET標的薬であるOP449はE2F1の発現を減少させて抗がん効果を示したことから、胃癌に対する新規治療標的としてSETの有用性が期待される。また、SET標的薬 OP449とキナーゼ阻害薬であるdasatinibの併用効果を胃癌細胞株で検討したところ、相加効果が認められた。さらに、HER2陽性の胃癌患者に適応されるHER2抗体trastuzumabに対して抵抗性を示す胃癌細胞株MKN7にも、OP449は抗がん効果を示した。これらの結果は、既存のキナーゼ阻害薬とホスファターゼ活性化薬の併用効果、薬剤耐性がんに対する抗がん効果を示すものであり、今後 SET 標的薬を初めとしたホスファターゼ活性化薬の臨床応用の可能性を強く後押しするものである。本研究の成果から、SETを標的とした抗がん戦略の新たな可能性が示された。
著者
矢部 滝太郎
出版者
山口大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

がんの発生や悪性化は細胞内タンパク質の過剰なリン酸化により引き起こされるため、これまで分子標的抗がん剤の開発は、タンパク質リン酸化酵素キナーゼの異常な活性化を阻害することにのみ焦点が当てられてきた。しかしながら近年、細胞のがん化・がんの悪性化には、キナーゼ活性の上昇だけではなく脱リン酸化酵素であるホスファターゼの活性低下も極めて重要な役割を果たすことが分かってきた。そのため、このホスファターゼを活性化する抗がん戦略が新たな分子標的抗がん剤創薬において有効であると考えられる。細胞内の主要なセリン/スレオニンホスファターゼであるProtein Phosphatase 2A (PP2A)は重要ながん抑制因子として知られており、多くのがんにおいて細胞内PP2A阻害タンパク質の発現上昇によるPP2A活性の低下が観察されている。そこで本研究課題では、細胞内PP2A阻害タンパク質であるSETとPME-1によるPP2A阻害機構を解明し、これらを標的としてPP2A活性を回復させるPP2A活性化剤の抗がん効果の立証を目的とした。今年度はSETに関して、胃がんにおいてSETが、がんの発生や悪性化に重要な役割を果たしていることを明らかにし、またその分子機構を解明した。またPME-1に関して、我々は細胞内のPP2Aのメチル化レベルを正確に測定する方法を確立した。さらに、野生型および変異型PME-1のリコンビナントタンパク質を用いてPME-1の機能解析を行い、PP2AcとPME-1の相互作用と脱メチル化活性の関係を明らかにした。本研究で示した原理は、免疫沈降法を用いてPP2AcとBサブユニットの結合を評価する際にも重要であり、PP2A複合体の制御機構を解析する上で極めて重要な知見である。
著者
金田 淳子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

今年度は、マンガ同人誌の男性向けジャンル、女性向けジャンルのそれぞれについて、(1)同人誌のなかで何が描かれているか、(2)担い手はどのようなアイデンティティを持っているか、について調査・研究を行った。その結果、以下のことが明らかになった。まず(1)では、性的な物語に焦点を絞って分析した。男性向けジャンルにおいてはキャラクター(主に女性キャラクター)が性的対象として描かれるものが多かった。他方で、女性向けジャンルにおいては、キャラクター(主に男性キャラクター)を性的対象として描き出す側面もあるが、同時に2人のキャラクターの性的な「関係」を描き出すという側面が強く、このような物語内容は「やおい」と呼ばれる男性どうしの性愛を描く同人誌において、関係を表す専門用語が案出されるなど、特に発達していた。このように、本研究では性的な物語の形式におけるジェンダー差が明らかになった。また(2)では、同人活動を行う者は男女ともに「おたく」というアイデンティティを持っており、「おたく」集団内でのより高い地位の獲得を求めて同人活動を行っている。「おたく」集団においては固有の文化資本が形成されており、それは「(同人活動への)愛」「(同人誌制作の)技術」「(同人誌市場における)人気」「(マンガについての)知識」などである。このうち、「知識」を文化資本とする傾向は男性のみに見られた。ただし「おたく」はアンビバレントなカテゴリーであり、「おたく」集団内での地位がそれほど高くない多くの当事者においては、男女とも、自らが「おたく」であることを自己卑下し、隠す行動や、隠す行動を規範化する言説が見られた。このように本研究においては、マスメディアで「おたく」が肯定的にとりあげられるようになった現在でも、多くの当事者にとって、「おたく」が否定的なアイデンティティとして生きられている側面が明らかになった。
著者
三木 祥治
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本年度は、昨年度単離を行った腸管内の常在性細菌及びその菌に感染する腸内常在性バクテリオファージを用いて、それらの混在によってin vitroで免疫細胞に対してどのような遺伝子誘導を引き起こし、in vivoでどのような生理現象を引き起こされるか明らかにすることを目的に実験を行った。まず昨年度マウス腸管内内容物から単離した菌についてPCR法を用い菌種同定を行ったところ、この菌が腸球菌の一種(En.)であること、またファージについて全ゲノムシークエンス解析を行ったところ、新規ファージ(E.ファージ)であることが明らかとなった。次にin vitroの検討として、qRT-PCR法を用い解析を行った。Raw細胞をEn.及びE.ファージで刺激したところ、En.単独刺激と比較して、IL-6の遺伝子誘導が約5倍増強されることが明らかとなった。一般的にファージが宿主菌に感染すると溶菌が引き起こされることが知られていた為、このRaw細胞をEn.及び溶菌を引き起こす抗生物質を用いて刺激したところ、E.ファージを用いた検討と同様に、En.単独刺激と比較して、約4倍IL-6の遺伝子誘導が増強された。一方、溶菌を引き起こさない抗生物質を用いた検討ではIL-6の遺伝子誘導の増強は全く見られなかった。これらの検討から、En.の溶菌によって免疫細胞からIL-6の遺伝子誘導が引き起こされることが示された。さらにin vivoの検討としてDSS誘導性大腸炎を引き起こしたマウスにおいてE.ファージを投与したところ、E.ファージを投与した群ではcontrol群と比較してDSS誘導性大腸炎に対し感受性を示すことが明らかとなった。この結果について、IL-6はDSS誘導性大腸炎の増悪因子であることから、En.の溶菌により腸管内免疫細胞からIL-6の遺伝子誘導が強く引き起こされた為ではないかと考えられる。
著者
中立 悠紀
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

本年度は大きく分けて二つの事柄に関して研究してきた。一つは1952年に起きた戦犯釈放運動が、どのようなメディア環境下で行われていたのかということを検討してみた。これは当時の新聞(全国紙と全ての県紙)の社説・論説、掲載紹介された投書を分析することによって、当時の報道の様相と、世論の動向を考察した。また当時よく読まれていた雑誌の上位15誌が戦犯釈放問題と釈放運動をどのように評価し報道していたのかも分析した。分析の結果、新聞の大多数が戦犯釈放運動を支持していたことが分かった。ただし当時の新聞は少なくとも BC 級戦犯を犠牲者とし、この釈放推進を概ね支持していたが、一方で A 級戦犯については依然批判的に見ていた新聞社も多かったし、紙面に掲載された投書でも戦争指導者(A級戦犯)の責任を別個のものとして論じるものがいた。雑誌については戦犯に対して同情的な記事が多数であったことが確認された。もう一つは戦犯が靖国神社に合祀された過程について研究してきた。戦犯釈放運動の中心的機関であった復員官署法務調査部門が、実は靖国神社に戦犯を合祀しようとしていた組織でもあったことが分かった。法務調査部門は 1952 年 4 月の講和条約発効直前から戦犯の合祀を企図し始め、靖国の事実上の分社・護国神社への先行合祀など、靖国合祀のための布石を打っていた。戦争受刑者世話会も法務調査部門と共に合祀を目指し、1954 年に靖国側から将来合祀する旨を引き出した。そして 1958 年 より法務調査部門は靖国神社との戦犯合祀の折衝に実際に臨んだ。しかし筑波藤麿靖国神社宮司は A 級戦犯の合祀に関しては慎重姿勢であった。そのため A 級戦犯は合祀対象から脱落したが、靖国は法務調査部門の要請を受け入れ、1959 年に法務調査部門が調製した祭神名票に基づき、大部分の BC 級戦犯を靖国に合祀した。
著者
河田 真由美
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

(1)ヒト大腸癌臨床検体を用いた研究大腸癌患者の血清および病理検体のmRNA、蛋白発現を解析したところ、癌部腸上皮細胞においてCHI3L1/YKL-40が高発現していることが確認され、その発現が強い検体ほど血管新生およびマクロファージの浸潤が強い傾向にあった。(2)ヒト大腸癌細胞株を用いた研究ヒト大腸癌細胞株SW480とヒト血管内皮細胞HUVEC、ヒトマクロファージ細胞THP-1を用いて、Boyden chamber法とtube fromation assayにて遊走能と血管新生能を検討した。SW480にCHI3L1を強制発現したものではHUVECとTHP-1の遊走能およびHUVECの血管新生能が著明に亢進し、ノックダウンしたものではそれらが有意に低下した。癌微小環境に影響をおよぼしているケモカインに注目し、抗体アレイ法で調べたところIL-8(CXCL8)とMCP-1(CCL2)を介していることが確認された。(3)マウスのxenograft modelを用いた研究ヌードマウスを用いて空ベクターおよびCHI3L1/YKL-40発現ベクターを遺伝子導入したヒト大腸癌細胞株HCT116を皮下接種した。4週間経過観察したところCHI3L1/YKL-40を発現した腫瘍はコントロールに比べて約3.5倍の大きさになっていた。また腫瘍を標本にして免疫染色したところCHI3L1/YKL-40を発現した腫瘍では有意に血管密度およびマクロファージの浸潤数が多かった。これらの結果はヒト大腸癌検体を用いた実験結果とヒト大腸癌細胞株を用いた実験結果とも合致しており、CHI3L1/YKL-40が腫瘍の増大に関与するともに間質細胞である血管内皮細胞やマクロファージにも影響を及ぼしているという結論を導いた。
著者
高安 伶奈
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25

本年度は最終年度でもあり、これまで研究してきた内容について、2つの論文を投稿した。1つはヒト唾液細菌叢の概日リズムの発見であり(DNA Res. 印刷中)、もう一つは腸内細菌叢が食事や病態の影響を受けない個人間で共通したきわめて普遍的な構造(累積相対量分布; CRAD)を持つことを発見し、さらにその形成メカニズムの数理モデルを考案した内容についてである(PLoS Comp. Biol, revised中)。昨年までに、唾液の細菌叢に概日リズムがあり、食事が与える影響が小さいことを発見していたが、新たに、食後30分前後に食事の内容や、個人によらず、Lautropia mirabilisの相対存在比が増加することを発見した。また、Lautropia以外にも、食事中や、食事直後に食事の内容等に応じて増加する細菌群を同定した。これらの内容を、11月にアメリカ・ヒューストンで行われたHuman Microbiome Congressでポスターにまとめ、発表を行い、その原因について情報交換を行った。現在、原因の探求についての追加実験の解析を行っており、今後論文として投稿する予定である。また、マウスの腸内細菌叢に対して抗生剤を単発投与する実験を行い、菌叢構造の入れ替わりは抗生剤濃度に応じて起こるものの、適量投与でも過剰量投与でも2週間程度で、水飲み投与のコントロール群と同等の水準まで回復し、その回復の速度にはある程度個体差があることを新たに発見した。
著者
井手 智仁
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本年度は,昨年度合成した第1世代大環状化合物をテンプレートとして用いた,より大きな環サイズを有する第2世代大環状化合物の合成を行った.第1世代大環状化合物は,6個のベンジルアルコール側鎖を有しており,これが第2世代大環状化合物の骨格ユニットを取り付ける足場となる.この側鎖をメシル化した後,第2世代の骨格ユニットである,2,6位にフェニレンエチニレン2量体側鎖を有するフェノールを,Williamsonエーテル合成によって導入した.この2段階の反応によって,36%の収率で第2世代大環状化合物の前駆体を得ることに成功した.この前駆体の閉環は,擬希釈条件下において,大過剰量の銅塩を用いたGlaserカップリングにより行った.その結果,収率14%で第2世代大環状化合物を得ることに成功し,新規精密合成法を立証できた.得られた第2世代大環状化合物は,テンプレート部分も含めて分子量11636に達する,単一構造を有する巨大な化合物である.また,2重の環構造と,第1世代大環状化合物合成に用いたヘキサフェニルベンゼンテンプレートをコアに有しており,複数のπ共役系がアルキル鎖・エーテル鎖で隔離された,特徴的な構造を有している.このため,それぞれのπ共役系間でのエネルギーや電荷の移動が期待される.そこで,コアの最大吸収波長を励起波長として蛍光スペクトル測定を行ったところ,コアのテンプレート・第1世代の環骨格からの蛍光は微弱に観察されるのみであり,最も外側の第2世代の環骨格の蛍光が主として観察された.これは,π共役系間における蛍光エネルギー移動が起きていることを示唆する結果である.以上のように,大環状化合物をテンプレートとしてさらに大きな大環状化合物を得るという,新規精密合成法を実証することができ,また,合成した2重大環状化合物において,コアから外周部への放射状の蛍光エネルギー移動を見出すことができた.
著者
塩崎 謙
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本年度は,前年度に引き続きトポロジカル結晶絶縁体・超伝導体の分類問題について取り組んだ.トポロジカル結晶絶縁体・超伝導体とは固体結晶が有する空間群の対称性によって守られた自由フェルミオンのトポロジカル相である.時間反転対称性,粒子・反粒子対称性といった基本的な対称性と空間群対称性が絡み合うことにより,莫大な数の独立な対称性クラスが存在する点に問題の難しさがある.固体物質のトポロジカル分類表の確立に向けて網羅的かつ系統的な分類問題の解決法を見出すことは早急に解決すべき課題である.本研究ではまず,空間群の対称性のみによって守られたトポロジカル結晶絶縁体に注目した.バルクのトポロジカル非自明性に起因したギャップレス表面状態の保護に寄与できる空間群対称性は,表面の存在と両立する2次元的な空間群対称性に限り,17種類の異なる2次元空間群が存在する.数学のK理論を用いることにより17種類の2次元空間群に対するトポロジカル結晶絶縁体の分類の計算を行った.その結果,いくつかの非共形な空間群対称性(点群操作に半端な並進を伴う空間群)によって守られたトポロジカル結晶絶縁体はZ_2の分類を示すことが新たに分かった.また対応する表面状態は,2つの自由度がある種のメビウスの帯のような構造を取っており,メビウスの帯がねじれる点において縮退が守られているといった新しいタイプの機構により表面状態が守られていることが分かった.
著者
FEDOROVA ANASTASIA
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25

京都大学で執筆した博士論文 “Japan’s Quest for Cinematic Realism from the Perspective of Cultural Dialogue between Japan and Soviet Russia, 1925-1955”を単行本として纏めるにあたって、これまでの研究成果を再吟味した上で、新たな一次資料の調査・収集を行い、戦後の東アジアにおけるリアリズム映画の比較研究をさらに発展させた。2016年9月1日 ~ 2017年5月31日にかけては、イェール大学(アメリカ)のEast Asian Languages and Literatures学部に客員研究員として籍を置き、東アジア諸国における映画関係資料が豊富に所蔵されているコロンビア大学東アジア図書館(Makino Collection)や、左翼系の映画運動史に関する資料が集められたニューヨーク大学図書館(Tamiment Library & Robert F. Wagner Labor Archives)での資料収集を行った。このとき得られた研究成果は、英語でまとめた上で、世界最大規模のアジア研究学会であるAAS (Associatio for Asian Studies) で口頭発表を行った。去年から本年度にかけては、戦後の日本で刊行された唯一のソビエト映画専門誌である『ソヴェト映画』(1950年~1954年)の復刻版の作成にも携わってきた。雑誌『ソヴェト映画』の総目次や索引を作成し、『ソヴェト映画』の刊行と廃刊の裏にあった歴史的背景、戦後のソビエト連邦における映画制作事情、戦後の日本におけるソビエト文化の受容形態を考察した解説文を執筆した。これらの総目次と解説文を所収した『ソヴェト映画』の復刻版は2016年7月に不二出版から発行された。
著者
小野原 彩香
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究は言語変化の微細な動態を明らかにするために、地域性、社会構造の異なる複数の小規模な地域を対象として、言語形式と言語外的要因との関係を定量的に明らかにし、言語動態を把握することを目的としている。以上の目的を達成するために最終年度(2016年4月1日~2016年9月30日)には、次のような調査・研究を行った。前年度に、はびろネット(滋賀県米原市柏原の市民グループ)と共同で行った米原市及び岐阜県関ヶ原町の語彙と文法に関するアンケート調査では行わなかったアクセント調査を行った。これは、当初予定していた通り、網羅的にデータを収集し、各側面の変化や伝播の違いを明らかにするためである。この調査では、昨年度行ったアンケート調査の地域と同一地域において、調査を行い、現在も継続中である。被調査者も前回のアンケート調査で対象とした祖父母世代、親世代、中学生世代の各世代を対象とし、調査内容は、名詞、形容詞、動詞、付属語アクセントである。また、前述の米原市及び岐阜県関ヶ原町の語彙と文法に関するアンケート調査のデータを用いて、言語変化と変化の要因についての定量的な分析を行った。このアンケート調査では、中学生、親世代、祖父母世代の3世代の言語使用状況について調査を行ったが、そのうち、祖父母世代から中学生世代への各質問項目の使用率の増減を言語変化率として利用した。この言語変化率と関連する要素として、先行研究で取り扱われてきた人口に関する要素、面積、年齢構成(高齢化率、15歳未満率)と、新たに土地の利用割合を選択し、言語変化率を目的変数、各言語外的要因を説明変数として、一般化線形混合モデルへの当てはめを行った。
著者
宮村 泰直
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

昨年度までに、独自に開発した重合闘始剤を利用した「ジエンモノマーのシンジオタクティック選択的立体規則性重合」によって、剛直な主鎖に対して側鎖が上下方向に交互に突き出した「くさび型ポリマー」を得ることに成功している。また、その特異な分子構造によって側鎖が分子間で互いに噛み合い、ナノファイバーを形成することで溶液をゲル化するなどの興味深い性質を有していることが明らかになっている。上述のように、シンジオタクティックな立体配置を有するくさび型ポリマーは側鎖を一次元的に突き出した構造をもつため、側鎖に導入した官能墓を対面的に固定することが可能である。当該年度は、このくさび型ポリマーにπ共役系の機能団を導入し、これらの側鎖官能基群が対面型に配置されることを利用したエキシマー発光材料の開拓に取り組んだ。最も単純なπ共役ユニットとしてフェニル基を選択し、これを側鎖に導入したくさび型ポリマーの合成を行った。得られたポリマーの溶液・固体状態ともに、紫外光(320nm)照射によってほぼ白色に発光することが明らかになった。単体では紫外領域にのみ発光性を示すフェニル基が可視光領域に及ぶ広い発光スペクトルを示すようになったことから、エキシマー発光を与えるポリマーを得られたことがわかる。対象実験として、立体規則性の異なるイソタクティックポリマーの側鎖にフェニル基を導入して同様の実験を行ったところ、発光強度・量子収率が低い水準に留まった。イソタクティックポリマーはらせん型構造をとることがしられており、以上の検討からフェニル基が対面型に配置されるくさび型構造がエキシマー発光に重要であることが示された。本研究で開拓した単一の発光種から白色発光をあたえる分子デザインは、今後の有機白色LEDの開発に新たな指針を与えるものである。