著者
橋爪 大輝
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25

本研究は、政治理論家ハンナ・アーレントの思想を哲学/倫理学的な観点から体系的に解明することを目ざすものである。当該年度は、下記の点において研究の進展を見た。(1)アーレントは、世界において他者とかかわる人間が、かかる他者と世界から後退し自分自身と対話することで自立を確立すると考える。彼女が思考と呼ぶのはこうした動態に他ならない。思考の機制と構造を、論文「〈一者のなかの二者〉の構造と成立機序」(『倫理学年報』第66集、日本倫理学会、2017年3月)において私たちは示した。(2)アーレントは、人びとが形づくる共同性(〈政治〉)が公と私に分かれると考える。このような公私二元化には批判も多いが、私たちはこの二元論が公共性を確保するために欠かせない論理構成であることを、その〈親密圏〉批判を手掛かりに以下の学会報告において論証した。「アーレントの親密圏批判の意義」(ワークショップ「親密さの倫理」日本倫理学会第67回大会、2016年9月)。(3)人びとの共同性が営まれる場は〈世界〉と名指される。世界は、彼女にあってその外延を伸縮させるものであり、彼女は人間が制作する〈もの〉からなる世界を「物世界」と呼ぶ。論文「有用性を越えて持続する〈もの〉」(『社会思想史研究』第40号、藤原書店、2016年10月)では、このような〈もの〉に関する理論を解明した。(4)本研究は2015年度公刊の論文にて、アーレントの政治概念を「関係と主体を同時に出来させる〈あいだ〉の生成」として、高度に抽象的なその理路をひとまず解明していた。とはいえ、彼女は政治を具体性の相においても思考していた。論文「政治の闘争性」(『倫理学紀要』東京大学大学院人文社会系研究科 倫理学研究室、2017年3月)では、彼女の「戦争」や「アゴーン(闘争)」といった概念を糸口に、かかる抽象的概念を具体性の場に受肉させることを試みた。
著者
伊藤 伸一
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

粉体-水混合ペーストなどを乾燥させてできる乾燥破壊パターンは、乾燥のさせ方の履歴に依存して時間発展し、その統計的性質である平均破片サイズや破片サイズ分布などは時間に依存して変化する。特に、時間変化する破片サイズ分布は、平均サイズでスケールする事で時間に依らない分布形へ収束していく事(動的スケーリング則)が知られている。我々は乾燥破壊パターンの時間発展を連続体モデルや確率モデルを使って調べ、破片サイズ分布の時間発展の性質を調べた。本年度はこれらの成果を纏めた論文を2報投稿しそれぞれ受理された。そしてさらなる研究として、確率モデルの詳しい解析と実際に乾燥破壊実験を行なって、理論と実験のそれぞれの破片サイズ分布を比較し、理論の妥当性を議論した。我々はGibratの確率モデルを拡張した確率モデルを考案し、そこに連続体モデルから計算される破片の寿命を取り入れ、乾燥破壊パターンの破片サイズ分布の時間発展を表現するモデルを構築した。そして、その確率モデルのマスター方程式を詳しく解析し、モデルパラメーターと破片サイズ分布関数形の定量的な関係付けを行なった。そのパラメーターと分布形の関係が実際の乾燥破壊実験での亀裂パターンでもあわられるかどうかを検証する為、炭酸水酸化マグネシウム粉体と純水の混合ペーストを用いた乾燥破壊実験を行なった。結果として、実験で得られた破片サイズ分布の関数形は理論が予測する関係を部分的に満たし、乾燥履歴は破片サイズ分布の関数形に残される事が分かった。我々の現段階までの結果は、実測においてパターンの時間発展を追う事が出来なくても、動的スケーリング則と合わせて考える事で、破片サイズ分布の関数形から乾燥履歴を読み取る事ができる事を示唆している。この成果は論文に投稿する予定である。
著者
武田 貴成
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

本研究課題では、亜鉛欠乏による炎症のメカニズム解明を目指し、主に細胞外アデニンヌクレオチド代謝に注目して研究を進めた。具体的には、当該年度実施した研究により、主に①in vitro系において亜鉛欠乏培養が細胞外アデニンヌクレオチド分解酵素の活性を大きく減弱させることを確かめ、研究課題の仮説を裏付ける基礎を固めた。さらに②この酵素活性の低下によって、実際にアデニンヌクレオチド分解まで影響するのかを調査するため、新たにHPLCを利用した解析系を立ち上げ、亜鉛欠乏培養により正常なATP、ADPの除去、およびアデノシン産生が大きく阻害されていること見出した。これに加え、③in vivo解析においても、低亜鉛食の給餌がin vitroの結果と同様に各酵素活性の低下、およびそれに伴った細胞外アデニンヌクレオチド分解の減退を引き起こすことを見出した。このような当該年度の研究により、亜鉛欠乏によって正常な細胞外アデニンヌクレオチド代謝が妨害されるという仮説を裏付ける解析結果を得た。これにより今後の研究の方針が決定したほか、これまでに亜鉛栄養と細胞外アデニンヌクレオチド代謝との関連を示した報告は知られていないことから、本解析結果は新規性・独立性という点において大きな意義を持つ。また、今回樹立した各酵素活性の測定系、およびHPLCによる定量系は簡便且つ正確であり、今後本研究課題を遂行していく上でも有用な手法となることが期待される。
著者
藤原 宏子
出版者
日本女子大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究では、セキセイインコの雌雄を5週間つがわせた後に、行動(目的1)と脳(目的2)を調べ、配偶者コールの記憶に性差があるかを検討した。さらに、配偶者の声の記憶(聴覚記憶)に関する脳部位の研究に、非侵襲的な脳計測方法の導入を試みた(目的3)。1、行動実験(目的1)昨年度の音声呈示実験で得られた行動データについて、詳細な統計的解析を行った。その結果、配偶者コールの記憶を獲得・保持する能力には性差がないことを明らかにした。2、脳実験-侵襲的方法(目的2)鳥脳の大脳後部の二次聴覚領域は、音声知覚・記憶に関与すると考えられている。配偶者コールを呈示した時の、セキセイインコ・二次聴覚領域における神経活動を調べた。神経活性のマーカーであるimediate early geneの発現を免疫細胞化学的に調べた結果、配偶者コールの刺激によって、二次聴覚領域では雌雄共に同程度の発現がみられることを明らかにした。論文公表に向けての打ち合わせを、共同研究者のオランダ・ユトレヒト大Bolhuis教授と電子メールにより行った。3、非侵襲的方法による脳活動の解析(目的3)Tchernichovsky教授(米国、City University of New York)の研究室に短期滞在し、非侵襲的方法のfMRIを小鳥脳に適用する技術を習得した。日本国内では、鳥脳研究へのfMRI適用例はないが、青木伊知男博士(放射線医学総合研究所)の協力により、セキセイインコのfMRI実験の準備を開始した。以上の成果により、つがいの絆を脳機能の側面から理解していくための大きな手がかりが得られた。
著者
的崎 尚 PARK Jung-ha PARK Jung-Ha
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

ヒトにおいては皮膚ケラチフサイトで約1ヶ月、赤血球で約3ケ月、骨細胞で約10年、脳神経細胞で数10年の寿命があると言われているが、最終分化後の個々の細胞の寿命がどのようにして決定されるかについては明らかとなっていない。本研究では、細胞寿命を決定する分子基盤の解明を目指し、特に、生体内でのターンオーバーが早く、この解析の糸口となり得ると考えられるマウス腸上皮細胞を研究対象として解析を進めている。平成24年度までの解析では・マウス回腸の腸上皮細胞はクリプトと呼ばれる領域で分裂した後に腸絨毛の先端まで移動し、分裂後約3-4日で消失していくことを確認すると同時に、これらの過程は腸内細菌によって制御される可能性を見出していた。そこで平成25年度は無菌マウスに腸内細菌を経口投与し、腸内細菌が腸上皮細胞のターンオーバーに与える影響について観察を行った。その結果、腸内細菌を投与したマウスでは無菌マウスと比べて腸上皮細胞の分裂数が増え、移動が速くなることが確認できた。また腸上皮細胞の三次元培養(オルガノイド培養)を行い、腸内細菌の構成成分や代謝物が腸上皮細胞にどのような影響を与えるかについて解析を行ったところ、腸内細菌の代謝物が腸上皮細胞の分裂に寄与している可能性を見出した。現在、どのような分子メカニズムで腸内細菌の代謝物が腸上皮細胞の分裂を制御しているのかについても解析を進めるとともに、マウスに腸内細菌の代謝物を与えた場合に腸上皮細胞のターンオーバーにどのような影響が出るかについても解析を進めている。
著者
小泉 元宏
出版者
東京芸術大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

当該研究における最終年度にあたる本年度は、研究課題の調査研究に加え、成果のとりまとめと発表を中心的課題とした。主な実施内容は次の通りである。1.東アジア地域における国際美術展の開催形式、およびその変遷を相対化するため、欧州における先駆的事例との比較や、それらとの関係性を文献調査、インタビュー、フィールドワークなどの質的調査などを用いて分析した。なかでも、近年の国際美術展の「アートプロジェクト」化の傾向、すなわち、たとえば文化観光を用いた地域活性化など、特定の社会的課題に対して芸術諸活動を用いながらその解決を目指す活動にかんする調査を進めてきた。これは、単に芸術祭を社会における自律的な存在の文化装置としてみなすのではなく、NPO、市民、学校などの社会の諸主体と密接に結びつき、重なり合う、社会活動の一部としての芸術活動の意義や課題をみるための試みである。既存の国際美術展研究は、主に美術史や芸術学の分野から、その位置づけを行ってきたのにたいして、社会学的観点から、社会的諸主体と国際美術展やアートプロジェクト、芸術諸活動との関係性を見る研究として先駆的意義および重要性がある。2.これらの成果は、東京芸術大学における博士学位論文、「Asia Cultural Forum」、「音楽文化学」、「芸術社会学研究会」など、関係学会、研究会における諸論文や発表として、ならびに市民講座などのアウトリーチ活動として、広く成果を学術界と社会に向けて発信してきた。
著者
鎌倉 祥太郎
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

今年度の研究では、新左翼運動の中でも思想的に特徴のある津村喬とその周辺の研究を、昨年度から引き続き行った。津村喬は反差別運動の思想的な紬であり、その他者論は現在に至ってもなお重要であると考えられる。今年度は、文学者団体である新日本文学の大会で津村が行った大会報告と、平野謙・栗原幸夫といった年長の文学者の否定的反応の検証を行った。そこでは、津村が述べる1970年代のテクスト論・読者論が、「政治と文学」論争の内に自己の文学観や、政治運動と文学運動の関係性を発展させてきた平野らの議倫とがコンフリクトを起こしていることに注目した。この研究の成果は、2014年度に論文化し、『待兼山論叢』に掲載される予定である。また、それと並行し、戦前から戦後をつなぎ新左翼運動へと至る社会思想とそのコンテクストを明らかとするために津村の父親であり、総評事務局長を務めたことのある高野実に注目し、敗戦直後の組合運動とそこでの高野のかかわりについて考察した。戦前の労働組合組織では右派にあたる総同盟が戦後再建され、左派活動家の役割が重要となっていく局面において、高野が果たした指導的役割と、経済復興会議が政党政治と切り結びながら労働組合運動に与えた影響を検討した。また、今年度は中国への調査旅行も続けて行った。津村の思想の特色の一つとして中国観、とくに毛沢東思想に影響を受けているという点が挙げられる。戦争の記憶をめぐる日中の歴史認識の違いを、まずは国家レベルでとらえるために、本年度は戦争記念館を訪れ調査を行った。戦後日本の社会運動研究が一国史的な枠組みに閉じないためにも、有益な調査であったと考える。
著者
岡崎 佑香
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

平成28年4月より大河内泰樹教授(一橋大学)の研究指導の委託により、エファ・ボッケンハイマー博士(ドイツ・シーゲン大学)の指導の下で研究を遂行した。平成28年6月に、Society for Women in Philosophy(イギリス・ブライトン)の年次大会にて"Precarity as Independence in Hegel’s Phenomenology of Spirit"と題した研究報告を英語で行い、欧州のフェミニズム哲学研究者と意見交換を行った。本研究報告は、平成27年度の研究成果である論文「ヘーゲルの自立性再考――ケア論の新展開に向けて」(日本女性学会学会誌『女性学』第23号(2016年3月)に掲載済み)を基にしており、ボッケンハイマー博士と複数回の意見交換をした成果を反映させたものである。欧州のフェミニズム研究者からは本研究の実践的意義を問われたのに対して、ボッケンハイマー博士からはヘーゲルの読解に関して報告者とは異なる読解の可能性を提示された。平成28年11月に「文芸共和国の会」(福岡・北九州市立大学)にて、他分野の研究者や市民を対象とした「ヘーゲルとフェミニズム」と題した研究報告を行った。この研究報告では、ジュディス・バトラーのヘーゲル批判を批判的に参照しながら、『精神現象学』精神章において女性の欲望が共同体の再生産との関連でどのように論じられているかを考察する足掛かりを得ることができた。平成28年11月よりフリーデリケ・クスター教授(ドイツ・ヴッパータール大学)と博士論文の研究計画に関する意見交換を行った。平成29年4月より同教授の主催するコロキウムに、ボッケンハイマー博士とともに参加し、上述の研究成果をドイツ語で報告する予定である。
著者
岩佐 亮明
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

相対代数的K理論の研究を行った。スキームXとその閉部分スキームDのペア(X,D)を考える。興味の対象は、K理論スペクトラム間のK(X)からK(D)への標準写像のホモトピーファイバーK(X,D)である。[Relative $K_0$ and relative cycle class map]ではDがアフィンの時にK_0(X,D)の構造を完全複体の言葉で記述し、応用としてモデュラス付きChow群CH_*(X|D)からK_0(X,D)の適当な部分商へのサイクル写像を構成し、これが全射であることを示した。また、このサイクル写像の核がトーションである証明のアイデアもある。高次の相対K群とモデュラス付き高次Chow群の関係は分かっていることは少ないが、Krishna氏との共著[Relative homotopy K-theory and algebraic cycles with moduli]にて、ホモトピーK理論(WeibelのKH理論)に関しては相対ホモトピーK理論KH(X,D)とモデュラス付きサイクル理論との関係を満足のいく形で確立することができた。すなわち、Atiya-Hirzebruch型のスペクトル系列が存在することを証明した。
著者
秋山 武和
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

大脳の高次機能の中で論理的判断および美的判断の中枢の局在を明らかにすることを目標とした。近年の脳画像研究では、こうした判断を行っているときの脳神経活動が主に機能的MRIを用いて検討されてきた。しかし、先行研究はいずれも機能的MRIしか用いておらず、時間分解能などの点で不明な点が多い。論理的思考の神経相関を調べた研究では、ロンドン大学神経科学研究所のGoelらのグループが、三段論法の課題を遂行に関わる脳部位の同定(Goel et al.,2000;Goel&Dolan,2001)、信念バイアスの影響(Goel&Dolan,2003)、演繹的推論と帰納的推論に関わる脳部位の違い(Goel&Dolan,2004)などについて研究を行っている。また、美的判断についてはKawabata&Zeki(2004)が、眼窩前頭前野、前帯状皮質、運動野などヒトの感性情報処理に関わる脳部位の同定を行っている。本研究では、機能的MRIに加えて、脳磁図(MEG)や経頭蓋磁気刺激装置(TMS)を用いて、より詳細な分析を行うことを目的とした。20-30歳台の若年健常人を対象とした。論理的判断の中枢に関する研究で成果が見られた。三段論法解決時に大脳皮質運動野に単発経頭蓋磁気刺激を与えることにより、演繹的推論時における両側大脳皮質運動野の興奮性変化を調べた。PET、機能的MRIを用いた研究では、演繹的推論時には両側頭頂葉、後頭葉および左外側側頭葉、前頭前野の大脳皮質活性化が報告されているが、本研究では演繹的推論時には右大脳皮質運動野の興奮性が増加し、左大脳皮質運動野の興奮性は変化しない傾向がみられた。
著者
長崎 晃一
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

今回の研究では非局所演算子としてインターフェースの上に埋め込まれたトフーフト演算子について調べた。この演算子は超弦理論側では数枚のD1 ブレーンとして記述できる。多数のD3 ブレーンが重なった系にこのD1ブレーンが端を持つように入れるとD1ブレーンはこのD3ブレーンの世界体積上の磁場と見る事ができる。N枚のD3ブレーンが重なった世界体積上に実現されるゲージ理論はゲージ群SU(N)を持った非可換ゲージ理論になるが、その上に存在する磁荷はYoung 図で表され、それはトフーフト演算子の表現に相当する。この系ではD1 ブレーンの枚数が磁荷、Young 図でいうと箱の数に対応している訳であるが、一般に箱の数を決めてもそれに対応するYoung 図は複数構成できる。こういったことから弦理論側のブレーンの図からは見ることが難しいブレーンの詳細な情報がこのYoung図の表現により調べられるのではないかと期待できる。ここではトフーフト演算子を含んだD5ブレーンをプローブとしてD3-D5系を発展させた系からトフーフト演算子を調べることを考えた。 結果、D3ブレーン上の磁場を積分する事によって得られるチャージとYoung図を構成する箱の数に確かに対応がつけられる事を確かめた。さらにAdS/CFT対応についての検証を進めるため、次のようなゲージ理論を考えた。ゲージ理論をリーマン面上にコンパクト化した理論が最近活発に研究されている。例えばBeniniたちは中心電荷の計算をリーマン面にコンパクト化した理論において計算している。私はこの理論においてリーマン面上に境界がある場合への一般化を試みた。そして超対称性がN=(2,2)という場合において't Hooftアノマリーとの関係から中心電荷を求める事に成功した。また境界条件としてGaiottoとWittenが提案したNS5-境界条件がリーマン面の境界においても可能である事を確認した。
著者
石原 比伊呂
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

平成23年度において、これまでと同様に研究を順調に進展させた。具体的には「足利将軍家と笙」(『日本歴史』766 2012)、「足利義嗣の元服」(『東京大学史料編纂所研究紀要』22 2012)を発表し、また近々に「北山殿行幸再考」(『年報中世史研究』37 2012)、「義詮期における足利将軍家の変質」(『鎌倉遺文研究』29 2012)が公刊されることとなっている。一年間に4本の論文発表は研究者として十分すぎる成果であり、また、鎌倉遺文研究会にて「義詮期における足利将軍家の変質」(2011年6月24日早稲田大学文学部第2会議室)、中世史研究会(名古屋)にて「足利義材の近江出陣と笙」(2012年2月28日国鉄会館7階「桜・梅」)と2本の口頭報告を行い、更には書評として「書評と紹介桃崎有一郎著『中世京都の空間構造と礼節体系』」(『日本歴史』757 2011)を公表した。「足利将軍家と笙」においては、一九九〇年代より盛んになっている雅楽史を政治史に絡めて考究するという研究動向を踏まえ、それらの諸研究における不備を指摘するとともに、室町時代における雅楽(笙)と将軍家の関係について、その全体像を明らかにした。「足利義嗣の元服」と「北由殿行幸再考」は、姉妹編とも言える内容である。ともに、足利義嗣という存在、すなわち足利義満の庶子について、改めて、その政治的位置づけを考え直した。さらに、「義詮期における足利将軍家の変質」は、本研究課題が「室町時代における公武関係の研究」と銘打っていることを鑑みたとき、最も成果として重視すべき内容となっている。上述の三本の論考は、どちらといえば、既存の「室町時代における公武関係の研究」に存在する誤りを是正し、不足分を補填するという要素が少なくなかったのに対し、本稿は、既存の枠組みを正面から全面的に書き換えることを意図した内容となっている。また、口頭報皆や書評についても、室町時代の公武関係を考究したものである。
著者
根本 裕史
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は、ゲルク派の創始者ツォンカパの時間論と業報思想についての考察を通じて彼がインド仏教中観帰謬派の思想体系をどのように解釈しているか明らかにすることである。本年度はまず彼の『中論大註』および講義録『現量章疏』に依拠して、時間に関する表現の問題について検討した。彼は未来を「事物の未生起状態」と定義し、過去を「事物の消滅状態」と定義する。その結果、三つの時間は話者の属する時間とは無関係に措定され、無時制的な時間表現が可能となる。以上のことを英語論文"Tsong kha pa on the Three Times: New Light on the Buddhist Theory of Time"としてまとめた。つぎに、ツォンカパの『密意解明』に依拠して、彼が自身の時間論を応用して独自の業報思想解釈を展開している点を解明した。彼によれば過去になされた業は「業の消滅状態」として存在しており、その消滅状態が中観帰謬派の学説では効果的事物(結果を生み出す能力を具えた存在)とされる。それゆえ、ツォンカパが理解する帰謬派の学説では、唯識派が説くようなアーラヤ識の存在を前提とする業異熟の理論ではなく、業の消滅状態そのものが果をもたらすのだという独特の理論が採用される。以上のことを英語論文"Tsong kha pa on the Madhyamakavatara VI 39"として発表した。ツォンカパや後代のゲルク派の時間論を解明するためには、チベット語意味論の観点からの分析が必要である。本年度は「ドゥラ」とよばれる問答の手引書を精査し、チベット語の限定詞kho naが適用された場合にどのような命題解釈ができるか、特にrtag pa kho na(「常住なものだけ」)の有無をめぐる議論について考察した。その成果を第14回世界サンスクリット学会にて発表した。
著者
池田 裕
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

第一に、当該年度は日本における争点態度の構造を検討した。「政治と科学に関する意識調査」(PIAS調査)のデータを用いた分析によれば、憲法改正・原子力発電所・集団的自衛権・靖国神社・尖閣諸島・道徳教育・生活保護・女性管理職・保育サービス・夫婦別姓・同性結婚のなかで、最も人気があるのは尖閣諸島・生活保護であり、最も人気がないのは原子力発電所・靖国神社である。11項目の争点態度は、自民党政治・伝統的秩序・社会的平等・家族多様性の四つの次元を構成する。この四つの次元は、互いに独立しているのではなく、互いに関連している。加えて、保革自己イメージは四つの因子のすべてを有意に予測する。具体的には、自身を保守的だと考える人ほど、自民党政治と伝統的秩序に好意的で、社会的平等と家族多様性に好意的でない。第二に、当該年度は保革自己イメージと政府支出への支持の関係を検討した。日本版総合的社会調査(JGSS)のデータを用いた分析によれば、環境保護・犯罪取締・教育・安全保障・社会保障・雇用対策のなかで、最も人気があるのは社会保障であり、最も人気がないのは安全保障である。6項目のあいだの相関は、単一因子によって十分に説明される。線形回帰モデルにおいて、政府支出への支持に対する保守主義の効果は統計的に有意でない。しかし、分位点回帰の結果は、条件付き分布の中位の分位点に対して、保守主義が有意な負の効果を持つことを示している。それゆえに、自身を保守的だと考える人ほど、政府支出の増加を支持する傾向が弱いという仮説は部分的に支持される。日本では、有権者のイデオロギー的立場が、社会福祉への選好や小さな政府への選好とほとんど相関しないとされている。それに対して、本研究の結果は、社会的平等や政府支出に関して、保守と革新のあいだに意見の隔たりがあることを示している。保守と革新の対立は深刻でないが、無視することはできない。
著者
小野 泰教
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究では清末開明知識人郭嵩〓(1818-1891)らが中国社会最大の問題点として、当時の「官権」の在り方(官僚・官僚制の在り方)に関心を有していたことに注目し、彼らの間の二つの官権観-一つは従来の政治主体としての士大夫官僚を活性化させるべきとするもの、もう一つは民の意思を実現する行政専門家としての官僚を創出すべきとするもの-の葛藤から清宋政治思想史を描き出すことを目標とした。本研究は三部構成で、第一部は、従来の官権の在り方への懐疑や前述の二つの官権観が西洋認識とともに出現する段階(郭嵩〓・劉錫鴻の議論)、第二部はこつの官権観が地方行政の改革に反映されていく段階(陳宝箴・黄遵憲の議論)、第三部は科挙の是非を中心に国政の改革につながっていく段階(張之洞・袁世凱の議論)である。本年度は、1.第二部につき、従来-地方行政改革とされてきた湖南戊戌変法が、実は本研究第一部から続く官権観の議論の実現として捉えることが可能であることを明らかにし、第一部と第こ部を連結させた。2.研究に着手してまもない第三部につき、中国社会科学院により洛陽で開催された「第三届中国近代思想史国際学術研討会」に参加、第一線の中国人研究者から直接指導を受けた。3.第一部から第三部を俯瞰するため、郭嵩〓を起点として1890年代までの士大夫官僚と専門技術者との関係を考察し、この時期一貫して、旧来型士大夫官僚を重視する官権観と、専門技能を有する官僚を重視する官権観との対立があったことを明らかにした。4.知識人の言説に加え事績をも再検討し、研究の精度を高めた。本研究の起点であり、旧来型の士大夫官僚の在り方を重視した郭嵩〓の事績を分析し、彼が財政、外交、民衆教化に同時にかかわっていたことを指摘、専門性を超えた旧来型士大夫官僚の能力を重視する郭の官権観の意義を確認した。研究代表者は本年度(初年度)で日本学術振興会特別研究員DC2を辞退した。
著者
大多 哲史
出版者
横浜国立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25

次世代の診断技術である磁気粒子イメージング(Magnetic particle imaging: MPI)に用いる磁性ナノ粒子の最適化を目的とした評価を行った。コア粒径の異なる磁性ナノ粒子の交流磁化測定を行い、各粒子の高調波信号を検出した。水中に粒子を分散させた液中サンプルと寒天により粒子自体の回転を抑制した固定サンプルを作製し、粒子回転の磁化反転に与える影響を観測した。またLangevin関数を用いた理論計算に磁気異方性のパラメータを追加することで、超常磁性粒子における磁気異方性の影響を考察した。コア粒径の大きな粒子においては液中サンプルと固定サンプルの差が大きく、これは磁気異方性の影響が顕著に表れているためと考えられる。従来は磁気異方性の影響が表れないとされていた超常磁性粒子において磁気異方性の影響を見出した。また超常磁性、強磁性をそれぞれ表したLangevin関数とStoner-Wohlfarth理論を用いてMPIに用いる最適な粒子パラメータ解析のための数値計算モデルの作成を行った。さらに磁気スピンの歳差運動を表したLLG (Landau-Lifshitz-Gilbert)方程式を適用したモデルによって超常磁性、強磁性の両方に適応可能な磁化反転モデルの作成に着手した。本研究成果はMPIやがん温熱治療における有効な磁性ナノ粒子の開発に留まらず、磁性ナノ粒子を用いたバイオ・医療のアプリケーションにおいて大きな寄与をもたらすものである。また実測と理論計算を複合させた粒子の磁化反転モデルの作成が必要とされる研究課題であるため、粒子磁化特性の実測に加えて理論計算による磁化反転モデルの開発に着手できたことは重要な成果である。
著者
西嶋 傑
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25

私はこの1年間の研究において前年度までの研究を発展させ、日本人腸内細菌叢のメタゲノム解析を大規模に行い(106人、約350Gbp)、それらと外国人のデータ(11カ国、757人)の比較を行うことで日本人腸内細菌叢の特徴を明らかにした。この研究成果は学術論文としてまとめられ、DNA Research誌へ掲載された。具体的な成果は以下の通りである。まず、私は各被験者のメタゲノムデータをリファレンスとなる細菌ゲノムへマッピングすることで、各サンプルの菌種組成を計算した。それらの菌種組成を国間で比較した結果、同じ国の被験者同士の方が異なる国の被験者同士よりも、菌種組成が統計的有意に類似していることが判明した。この結果はヒト腸内細菌叢の菌種組成が国により異なることを示す。特に日本人の腸内細菌叢にはBifidobacteriumとBlautiaが優占する一方、古細菌のMethanobrevibacter smithiiが少ないことが明らかとなった。また、メタゲノムデータのアセンブル、遺伝子予測を行った結果、日本人の腸内細菌叢から約490万の非重複遺伝子配列が得られた。この遺伝子配列と先行研究において外国人被験者から得られた遺伝子セットとの比較を行った結果、約230万の遺伝子配列は日本人のデータのみに存在することが明らかとなった(<95% 相同性)。次いで、それらの遺伝子セットにメタゲノムデータをマッピングし各遺伝子の定量を行い、国間での比較を行った結果、特に日本人の腸内細菌叢には炭水化物やアミノ酸の代謝系機能が豊富である一方、細胞走化性や複製・修復機能が少ないことが明らかとなった。これらの結果は日本人の腸内細菌叢の特徴を初めて明らかにしたものであり、今後腸内細菌叢が関与する病気の治療や予防、健康促進のための重要な基盤データとなることが期待されると考えられる。
著者
眞島 いづみ
出版者
北海道医療大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

平成29年度は、平成28度の唾液細菌叢解析に引き続き、健康な児童50名分の唾液サンプルを更に追加して、出身地域別にその細菌叢を解析した。結果として、地区間に有意な差は認められなかったが、口腔清掃状態別にそれを解析すると、先の解析結果同様、清掃状態が悪化するに従い、Veillonella属細菌の割合の増加が認められた。これらの解析から、う蝕や歯周病の直接的原因である口腔バイオフィルムの初期形成に重要な役割を果たすVeillonella属細菌が、口腔清掃状態が悪化するに従い、定着しやすくなることが明らかになった。更に、本口腔細菌叢解析の過程で、既報のVeillonella属細菌には分類されないVeillonella属細菌未同定株を分離した。ゲノムシークエンスデータによるAverage Nucleotide Identity算出、複数のハウスキーピング遺伝子の塩基配列解析、生化学的性状検査等を行った結果、本未同定株を新菌種Veillonella infantiumとして確立し、国際機関に株の寄託を行った(JCM 31738T、 TSD-88T)後、口腔内におけるその出現頻度を明らかにした。また、研究実施計画に基づき、上記新菌種を含む口腔Veillonella全7菌種標準株のドラフトゲノム解析後、KEGGデータベースを用いて比較ゲノム解析を行った。特に口腔バイオフィルムの初期形成に影響を与えることが示唆されているVeillonella tobetsuensis由来Autoinducer (AI)-1、AI-2及びCyclo-Leu-Proの代謝経路を含めた機能解析、当該産物産生責任遺伝子の同定作業を遂行した。これら研究成果により、口腔バイオフィルム初期形成菌であるVeillonella属細菌を応用した口腔感染症の予防及び治療法の確立の可能性が強く示唆された。
著者
國分 功一郎
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

とかく神話的なものとの親近性が強い「発生」という観念を、スピノザがどのようにして合理的に認識しようとしていたのか。それを次の二つの観点から明らかにすることが本研究の目的であった。1.旧約聖書における世界および人類の発生の神話に対するスピノザの批判。これを、マイモニデス(1135-1204)およびラ・ペイレール(1596-1676)の思想との比較において考察すること。2.事物がその原因からいかに発生するのかを描写することに重きを置いたスピノザの認識論。その内実と可能性を検討すること。15年度の研究は、特に2の点について行われた。その成果は、公表された二本の論文に現れている。「総合的方法の諸問題-ドゥルーズとスピノザ」では、20世紀のスピノザ研究をリードしたフランスの哲学者、ジル・ドゥルーズの『エチカ』読解を参考にしながら、『エチカ』の体系が発生するその源であるところの神の観念がいかなる手続きを以て析出されているのかを詳細に検討し、その手続きを「総合的方法」と命名した。では、この方法は、どのような経緯で、どのような理由から開発されたのか。上の論文が提起したこの新たな問題を、スピノザの著書『デカルトの哲学原理』から検討したのが、「スピノザのデカルト読解をどう読解すべきか?-『デカルトの哲学原理』におけるコギト」である。同論文は、スピノザの総合的方法がデカルトに対する批判から生み出されたものであるという仮説の下、スピノザによるデカルトの解説書である『デカルトの哲学原理』という書物を、特にコギトの問題に絞って論じたものである。本研究により、スピノザは、神話的思考に対する批判とデカルト哲学に対する批判から、発生の合理的認識を可能にする哲学体系を練り上げ、それを『エチカ』という書物に結実させたのだという事実が明らかになった。
著者
新妻 実保子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

知能化空間における人と環境(場所やモノ)とのインタラクションを観測し,「人がある場所やモノをどのような目的で使用しているのか」を示す人に対する「場所やモノに対する意味づけ」を推定することにより,人の活動内容に応じた柔軟にサービス設計を実現しようとするものである.場所やモノの機能や意味づけを設計者が一意的に紐付けてしまうことは,実際にサービスを提供されるコンテキストと紐付け内容(サービス)との不一致を引き起こし,知能化空間にとって根本的な問題となる.本研究はこれを解決するものである.場所やモノヘの意味づけを推定するためには人の活動履歴を獲得する必要かおる.本研究では,"Spatial-Knowledge-Tag(SKT)"と名づけた仮想的なタグを用いて,実空間内の3次元座標と情報とを紐付け,人の活動履歴を実空間へ記述する「空間メモリ」を使用する.空間メモリシステムは,利用者が自らの手先や胴体の位置を用いて実空間における情報の蓄積と取り出しを実現するものであり,従来のコンピュータに比べて直感的かつ瞬時な情報の取り扱いが実現する.そのため,SKTは空間内に配置された利用者にとって活動を遂行するうえで必要な情報とみなすことができ,またその配置の構成は利用者の活動目的や情報整理のポリシーの現れであると考えることができる.すなわち,利用者によって主体的に作成されたSKTはその利用者の活動履歴そのものであるといえる,これより,利用者がある環境を使用する中で作成されたSKTを(事前知識を用いずに)分類すること,人の活動内容を表現する表現形式を検討する(パラメータを選定する)こと,分類されたSKTの構成と表現形式に基づいて活動内容を記述すること,活動内容による場所とモノの意味づけを推定(マッピング)することが課題となる.空間メモリを用いた活動内容の記述において,観測される活動は空間メモリを用いている場合のみであるというける問題点あつた.人の活動は,空間と人,人と物の動的な相互作用とみることができることから,物を観測対象として含めることによって,記述対象を広げ,かつ記述精度を向上させることにつながると考えられる.人とモノの動的な関係を記述するため,いつ(when),だれが(who),なにを(what),どこで(where),どのように(how)使用したか,という人とモノの物理的なインタラクションに着目し,モノ情報として記述するシステムを構築した.物理的インタラクションの発生を検出するため,人の手とモノに3軸加速度センサを有するアクティブ型RFIDタグを取り付けた.操作者を特定することにより,(when,who,what)が取得される.それぞれのモノの位置を計測することは困難であるため,人の手の位置を観測し,モノの操作者が特定されたときモノの位置として与える手法を提案した(where).そして,人の手には慣性センサを取りつけ,腕の加速度や姿勢を計測し,モノの使用動作とした,これをクラスタリングすることにより,主要な使用動作パタンを抽出する(how),という手順で4W1Hとしてのモノ情報の獲得を実現した.