著者
下ヶ橋 雅樹 佐藤 将 迫田 章義
出版者
社団法人 環境科学会
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.21, no.5, pp.379-390, 2008-09-30 (Released:2010-06-28)
参考文献数
25
被引用文献数
3

バイオマス利活用への関心が高まる中,特に近年,エネルギー作物を利用したバイオ燃料生産システムが注目されている。エネルギー作物は食糧生産との競合を避けるため,現状で農地として利用されていない耕作放棄地などへの作付けが望まれる。さらには,耕作放棄地への作物の再作付けは農地復興の上で高い期待も寄せられる。しかしながら一方で,エネルギー作物生産に伴う過剰な施肥等により環境負荷を増加させる可能性も否定できない。したがってエネルギー作物を利用したバイオマス利活用システムを長期継続的なものとするためには,その作付けが与える環境影響も含めた包括的な観点から持続可能性を評価し設計する必要がある。 本研究ではこの持続可能性の指標として,エネルギー作物の耕作放棄地への再作付けに伴う水環境への窒素負荷と,バイオエタノール生産にいたるまでのシステムのエネルギー収支の2点を取り上げ,その評価をもととした設計手法の確立を試みた。バイオ燃料生産システムとしては多収穫性稲からのバイオエタノール生産に注目した。施肥方法と収穫量及び環境負荷の関係の評価には,稲作における稲の生育と農地の水および窒素の循環をシミュレートする数理モデルを構築し,このモデルを用いてある環境条件下で各種肥料を施用した場合の耕作放棄地での飼料用の多収穫性稲の収穫量と水環境中への窒素負荷を推算した。また上記に関連して得られた多収穫性稲の生産に係るエネルギー消費とともに,バイオエタノール生産におけるエネルギー消費を推算した。最終的には,施肥方法や生産するエタノールの純度の違いが水環境への窒素負荷とエネルギー収量に与える影響を同時に評価する方法を提案した。これらの一連の手法は合理的なエネルギー作物利活用システム設計手法として有用である。
著者
岡野 多門 安東 重樹 安本 幹
出版者
社団法人 環境科学会
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.24, no.6, pp.521-530, 2011 (Released:2012-12-05)
参考文献数
20
被引用文献数
3

漂着ライターを鳥取県の複数の砂浜で2004年4月から繰り返し調査し,それらの由来地域を調べた。撤去した総数は27,968個で,印刷文字からそれらの27%の排出由来地域を同定した。日本,朝鮮半島,中国・台湾に由来するライターの個数比は約6:11:10である。しかし同時に調査を行った水・清涼飲料用ペットボトルの由来地域個数比は約6:2:1であった。この由来地域比率の著しい相違は消費量の違いだけでなく,日本に比べて朝鮮半島や中国および台湾での印刷文字入りライターの消費率が高いためと推測された。ペットボトルと異なり,ライターを投棄する時期の偏りは小さいが,両者の漂着時期は似ている。ただし排出地によって海への流出や漂流経路が異なることから,由来地域によって漂着時期が異なる。したがって由来地域別漂着量の測定には漂着時期の相違を考慮した適切な時間間隔の定期調査の継続が必要で,由来地域別漂着量の比較は文字入りライターの使用状況の近い地域に限って可能である。このような調査分析によって,韓国の黄海側からの日本海への流入が少なく,日本海に流入できる日本の南西限界が長崎県付近で,また対馬海流に逆行する漂流が少ないことが分かる。また日本の都道府県まで帰属できたライターの68%が鳥取県由来で,それらを鳥取県の東部,中部,西部の3地域由来に分けると,各地域由来ライターの67-88%が同じ地域内の調査海浜に漂着していた。これらの結果は,河口から流出したライターが直線的な海岸地形でも,沿岸域にとどまる傾向の強いことを示す。沿岸域にとどまりやすい現象とライターの詳細な地名情報を組み合わせることで,狭い地域からの民生由来ごみの排出量の比較や,ごみ流出防止策の実効性を評価することが可能である。ただし狭い地域間の比較を行う場合は,人の往来によるライターの印刷地名と投棄地の乱れを確認することが必要である。
著者
尾崎 宏和 一瀬 寛 福士 謙介 渡邉 泉
出版者
社団法人 環境科学会
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.3-15, 2015-01-30 (Released:2016-03-05)
参考文献数
38

足尾銅山による環境汚染を通史的に検討するため,渡良瀬遊水地に隣接する沼で底泥表層から深度25cm までのコア試料を2本採取して,重金属濃度の鉛直分布を検討した。汚染レベルは,試料の最深層のすぐ上部から増加し始め,中層部と表層付近でピークを示した。コア1では,とくに深度12~14cmと2cm以浅でMn,Cu,Zn,Ag,Cd,Sb,Pb,Biに増加傾向がみられた。このうち第13層ではCu濃度は最大値51.6mg/kgを示した。コア2では,Cu濃度は深度4~10cmと深度15~19cmで高く,後者ではMn,Zn,Ag,Pb濃度も上昇した。こうした変化を足尾銅山の銅生産履歴と比べると,江戸時代末期から明治初期の近代的操業の開始とともに汚染は明瞭となり,日露戦争後の急速な軍備拡張政策や第一次世界大戦後の好景気,戦後の高度経済成長期の増産でさらに進行したと考えられた。一方,第二次世界大戦末期から終戦直後は汚染の軽減が認められ,当時の生産低迷を反映していると推測された。コア1 最表層部では,とくにAgとSb,次いでCu,Zn,Pbの濃度が明瞭に増加した。高度成長期の増産を支えた外国産鉱石は,足尾産鉱石と比較してAgやSbはCuに対して高い濃度を有している。底泥内での元素の鉛直移動を考慮しても,輸入鉱石はとくにAg,次いでCu,Zn,Pb,Sbの表層分布に影響したと考えられた。以上から,本研究は汚染の履歴は当時の国内外の社会,政治,経済状況と強く関連することを明らかとした。
著者
海老瀬 潜一
出版者
社団法人 環境科学会
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.9, no.3, pp.377-391, 1996-08-31 (Released:2011-03-01)
参考文献数
18
被引用文献数
3

東シナ海と太平洋の境に浮かぶ屋久島には,全国平均より少し低い4.65のpHの酸性雨が4,300mmという年間降水量で負荷されるため,その土壌層の薄さゆえに影響の大きさの評価が重要である。それも水文学的に降水の流出経路から見て,基底流出と洪水時流出の両方からの検討が必要である。屋久島の主要な溪流河川について夏季と冬季の晴天時水質調査と洪水時水質調査を併せて実施した。晴天時水質調査から多くの測定値が,アルカリ度(<0.1meq・1-1),pH(5.5<pH<6.5)および電気伝導度(<40μS・cm-1)といずれも低く,流域としては陸水の酸性化を中和する緩衝能が小さく,これら3つの水質項目間に高い1次比例の関係の存在が明らかとなった。3月上旬の129.5mmの豪雨による宮之浦川の洪水時流出の水質変化調査を実施した。水位ピーク時付近にpH(5.65)とアルカリ度(0.0194meq・1-1)と大きな低下が明瞭に認められた。降雨後のpHやアルカリ度のゆっくりとした回復状況から推定して,浅い土壌層を経た流出成分の評価からも,土壌層の酸性化を中和する緩衝能の小ささが指摘できる。このように,屋久島の陸水酸性化の正確な定量評価には,水文学的に見て酸性雨の洪水時流出の短期的影響と晴天の継続する基底流出の長期的影響に分けて,継続した観測が必要と考えられる。
著者
松本 健一 高木 三水珠
出版者
社団法人 環境科学会
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.30, no.6, pp.346-356, 2017-11-30 (Released:2017-11-30)
参考文献数
25

今後,気候変動が進展すると予測される中,気候変動によるコメの生産量への影響が懸念され,影響回避のための適応策の推進が重要となる。本研究では,気象条件がコメの単収に及ぼす影響を1993~2014年の市町村レベルのパネルデータを用いて日本全国・地域別モデルにより分析した。さらに,パネルデータ分析の推計結果と気候変動シナリオに基づき,将来の気候変動がコメの生産に及ぼす影響と適応策の効果を分析した。分析の結果,コメの単収と気温の間には上に凸の二次関数の関係が,降水量・日照時間との間にはほとんどの地域で負・正の関係が見られた。そして,将来の気候変動の程度が大きい場合,多くの市町村で単収が減少するが,高緯度地域ではその影響が相対的に小さかった。適応策として栽培時期を1カ月前に早めた場合,ほとんどの市町村で影響が低減されることが示された。しかし,すべての影響が回避されるわけではなく,さらなる影響の低減には他の適応策の導入が同時に必要となる。
著者
阿部 達也 松本 茂 岩田 和之
出版者
社団法人 環境科学会
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.203-214, 2017-05-31 (Released:2017-05-31)
参考文献数
47

近年,ハイブリッド自動車等のエコカーへの需要が高まり,政府も補助金や減税等でエコカーへの買い替えを後押ししている。これらの買い替え促進政策は主に自動車の性能に応じて設定され,その適用は全国一律となっている。一方で,燃費改善に伴い走行距離が増加してしまうというリバウンド効果の存在は国内でも確認されているものの,地域間でリバウンド効果に差があるかどうかは今のところ検証されていない。もし,地域間でリバウンド効果に差があるならば,全国一律のエコカー普及制度は非効率的なものとなる。そこで,本研究では地域間,特に大都市圏と地方部との間でリバウンド効果に差が見られるかどうかを,790世帯の家計調査の結果を用いて検証した。分析の結果,大都市圏ではリバウンド効果は確認されなかった一方で,地方部ではリバウンド効果が約34%もあることが明らかになった。このことは,大都市圏と地方部で一律のエコカー普及策を導入した場合,地方部での費用対効果が大都市圏よりも低くなってしまうことを意味する。より効率的に自動車からの温室効果ガスを削減させるためには,現状のような全国一律の普及施策ではなく,地域間で補助金等の価格差を設けると同時に,地方部では公共交通機関への代替を促すような制度設計も必要である。
著者
亀山 康子
出版者
社団法人 環境科学会
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.133-136, 2009-03-31 (Released:2010-06-28)
参考文献数
2

国際関係論(International Relations)において,環境というテーマは比較的新しいが,近年では,環境関連の研究が国際関係論の中でも進展しつつある。本稿では,国際関係論全般の歴史を概観し,その中での環境研究の意義と到達点について考察する。 国際関係論とは,国家と国家の間の関係に関する学問である。しかし,環境問題は,(1)被害の及ぶ範囲が国境を越える,(2)解決に向けた国際的議論において,国内アクターの参加が求められる,という2点において,従来型の国際関係論で前提となっていた国際問題と異なる・そのため,新たな理論が必要となってきた。現在,国際関係論の主な環境研究として,(1)国際環境条約の交渉過程の分析,(2)国際環境条約の効果に関する分析,(3)複数の国際環境条約のリンケージに関する分析,(4)ある特定の国の外交政策の一部としての環境外交,(5)国内アクターの国際的活動等がある。 地球環境問題をテーマに掲げる国際関係専門家の数が増えるにつれ,学会においてもその勢力は急速に増している。欧米では,早くから(2)の中でも環境研究者が1990年代以降勢力を拡大した。これと比べると,日本ではまだ発展途上にある。 環境科学会において,今後,国際関係論との関係はますます密になっていく可能性がある。国際関係論のように学問分野内での環境研究者のフォーラムが未発達の場合,環境科学会のように,すべての学問分野に門戸を開き続ける学会の存在は今日でも貴重といえる。また,環境科学会では,政府関係者,自治体関係者,産業界,市民団体,学生,が集う場を提供しているため,多様な立場の個人の意見交換の場としての機能が今後も期待される。
著者
尾崎 宏和 一瀬 寛 福士 謙介 渡邉 泉
出版者
環境科学会
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.3-15, 2015

足尾銅山による環境汚染を通史的に検討するため,渡良瀬遊水地に隣接する沼で底泥表層から深度25cm までのコア試料を2本採取して,重金属濃度の鉛直分布を検討した。汚染レベルは,試料の最深層のすぐ上部から増加し始め,中層部と表層付近でピークを示した。コア1では,とくに深度12~14cmと2cm以浅でMn,Cu,Zn,Ag,Cd,Sb,Pb,Biに増加傾向がみられた。このうち第13層ではCu濃度は最大値51.6mg/kgを示した。コア2では,Cu濃度は深度4~10cmと深度15~19cmで高く,後者ではMn,Zn,Ag,Pb濃度も上昇した。こうした変化を足尾銅山の銅生産履歴と比べると,江戸時代末期から明治初期の近代的操業の開始とともに汚染は明瞭となり,日露戦争後の急速な軍備拡張政策や第一次世界大戦後の好景気,戦後の高度経済成長期の増産でさらに進行したと考えられた。一方,第二次世界大戦末期から終戦直後は汚染の軽減が認められ,当時の生産低迷を反映していると推測された。コア1 最表層部では,とくにAgとSb,次いでCu,Zn,Pbの濃度が明瞭に増加した。高度成長期の増産を支えた外国産鉱石は,足尾産鉱石と比較してAgやSbはCuに対して高い濃度を有している。底泥内での元素の鉛直移動を考慮しても,輸入鉱石はとくにAg,次いでCu,Zn,Pb,Sbの表層分布に影響したと考えられた。以上から,本研究は汚染の履歴は当時の国内外の社会,政治,経済状況と強く関連することを明らかとした。
著者
メゴ ピナンディト イマム ロザナント イイ ヒダヤ スゴンド サントソ シティ アシアティ アンオンド プラノウォ 松井 一郎 杉本 伸夫
出版者
SOCIETY OF ENVIRONMENTAL SCIENCE, JAPAN
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.205-216, 2000

エアロゾルの高度分布 海岸,都心部,内陸部の3地点に設置したミー散乱ライダーによりインドネシア,ジャカルタのエアロゾルの高度分布を観測した。1997年の9月から10月の乾季の1週間,大気境界層構造を観測した。ラジオゾンデによる観測をジャカルタにおいて同じ期間に実施した。この期間に海陸風循環を伴う大気境界層構造の日変化が明瞭に捉えられた。大気境界層より上空の高度2から5kmにおいてもエアロゾル層が観測された。流跡線解析の結果,このエアロゾル層はカリマンタンの森林火災によるものと考えられる。一方,雨季における大気境界層構造の観測を1997年12月に実施した。観測されたエアロゾル分布構造は乾季のものと異なり明瞭な日変化を示さず,境界層の上部に雲が生成される例が多く見られた。乾季の境界層の高度が最大で約2.5kmであるのに対して,雨季では3-4kmに達する場合も見られた。
著者
三浦 季子
出版者
社団法人 環境科学会
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.30, no.2, pp.75-81, 2017-03-31 (Released:2017-03-31)
参考文献数
56

近年,熱帯地域では,森林から農地への転換によって表層土壌が失われ,土壌の劣化が深刻化している。土壌微生物は物質循環などの土壌の生態系機能を担っていることから,環境変化や人為的攪乱に対する土壌微生物群集の変動を理解することは重要である。しかしながら,農業活動が土壌微生物群集にどのような影響を与えているのか明らかにされていない点が多い。本解説では,耕起や施肥などの農業活動が土壌微生物群集に与える影響に関する既存研究をまとめ,熱帯地域における持続可能な農業活動のための研究の方向性について議論したい。
著者
村田 勝敬 嶽石 美和子 岩田 豊人
出版者
SOCIETY OF ENVIRONMENTAL SCIENCE, JAPAN
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3, pp.169-180, 2004

フェロー出生コホート研究(Faroese Birth Cohort Study)は,メチル水銀の小児神経発達影響に関する研究として世界的に有名である。この理由は,米国科学アカデミーが米国環境保護庁(EPA)のメチル水銀に関する基準摂取量(RfD)を再検討する際に参照すべき重要な研究であると結論したことにある。本稿は,北大西洋に浮かぶ18の島々からなるフェロー諸島が環境科学領域の研究対象集団として何故選択されたのか,そこで検査された7歳児および14歳児からどのような研究成果が得られたのか,そしてリスク評価の経過でフェロー諸島にどのような変化がもたらされたのかについて概説した。また,この出生コホート研究の解析過程で吟味された"リスクの過小評価"についても触れた。
著者
倉増 啓 鶴見 哲也 馬奈木 俊介
出版者
社団法人 環境科学会
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.22, no.5, pp.362-369, 2009 (Released:2010-09-25)
参考文献数
10
被引用文献数
2

経済学の世界において,これまでは幸福を表す指標として効用が用いられてきたが,近年では包括的自己評価点として基数的計測が可能である主観的幸福度指標に利点を見出す研究が増えてきている。本研究では主観的幸福度指標を軸として,GDP,失業など経済の条件が幸福に与える影響を取り除いた上で,環境の条件が幸福とどのような関係性にあるのかについて検証を行う。先行研究でも扱われている環境汚染指標の浮遊粒子状物質(PM10)濃度と二酸化硫黄(SO2)排出量を分析の対象とし,さらに,先行研究では扱われていないエネルギー消費量,二酸化炭素(CO2)排出量といった地球全体に関わる指標についても検証を行った結果,PM10濃度および一人当たりSO2排出量の低減が主観的幸福度向上の可能性を有していることが示唆された。
著者
亀山 康子
出版者
SOCIETY OF ENVIRONMENTAL SCIENCE, JAPAN
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.133-136, 2009

国際関係論(International Relations)において,環境というテーマは比較的新しいが,近年では,環境関連の研究が国際関係論の中でも進展しつつある。本稿では,国際関係論全般の歴史を概観し,その中での環境研究の意義と到達点について考察する。 国際関係論とは,国家と国家の間の関係に関する学問である。しかし,環境問題は,(1)被害の及ぶ範囲が国境を越える,(2)解決に向けた国際的議論において,国内アクターの参加が求められる,という2点において,従来型の国際関係論で前提となっていた国際問題と異なる・そのため,新たな理論が必要となってきた。現在,国際関係論の主な環境研究として,(1)国際環境条約の交渉過程の分析,(2)国際環境条約の効果に関する分析,(3)複数の国際環境条約のリンケージに関する分析,(4)ある特定の国の外交政策の一部としての環境外交,(5)国内アクターの国際的活動等がある。 地球環境問題をテーマに掲げる国際関係専門家の数が増えるにつれ,学会においてもその勢力は急速に増している。欧米では,早くから(2)の中でも環境研究者が1990年代以降勢力を拡大した。これと比べると,日本ではまだ発展途上にある。 環境科学会において,今後,国際関係論との関係はますます密になっていく可能性がある。国際関係論のように学問分野内での環境研究者のフォーラムが未発達の場合,環境科学会のように,すべての学問分野に門戸を開き続ける学会の存在は今日でも貴重といえる。また,環境科学会では,政府関係者,自治体関係者,産業界,市民団体,学生,が集う場を提供しているため,多様な立場の個人の意見交換の場としての機能が今後も期待される。
著者
岡 知子 仲井 邦彦 亀尾 聡美 佐藤 洋
出版者
SOCIETY OF ENVIRONMENTAL SCIENCE, JAPAN
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3, pp.163-168, 2004

母親の食事由来の低濃度メチル水銀の胎児期曝露が,その後の児の発達に与える影響を検証する疫学的調査として良く知られているのは,デンマーク領フェロー諸島前向き研究(Faroe Islands Prospective Study)とセイシェル小児発達研究(Seychelles Child Development Study:SCDS)の2つである。両研究は,曝露量,対象集団の規模,および神経発達の検査法が比較的類似しているにも関わらず,結果的にはSCDSではフェロー諸島で認められた様な小児の神経・認知・行動への影響は見出されていない。本稿では調査の背景となったセイシェル共和国の自然と人々,生活様式,を紹介するとともにこれまでの調査の主要な結果をまとめ,SCDSの位置づけなどを考えてみた。
著者
時松 宏治 小杉 隆信 黒沢 厚志 伊坪 徳宏 八木田 浩史 坂上 雅治
出版者
社団法人 環境科学会
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.20, no.5, pp.327-345, 2007-09-28 (Released:2010-06-28)
参考文献数
36

本論文は「持続可能な発展(SustainableDevelopment;SD)」指標の将来値の推計方法と,将来が「持続可能かどうか」の提示を試みようとする論文である。推計する指標は,世鉦が発行するWorldDevelopmentIndicator(WDI)で提示されているGenuineSaving(Sg,)とWealth(W)である。前者はフローの概念,後者はストックの概念に基づいている。こ¢指標の開発者であるD.W.Pearce,G.Atkinson,K.Hamiltonらロンドン大と世銀のグループらによると,これら2つの指標がともに正であることが「持続可能な発展」の必要条件である。理論的な定式化は最適経済成長理論に基づく世銀のHamiltonらの考え方を利用した。その上で,これら2つの指標の将来値の推計に必要なデータを,統合評価モデルから休生的に得られるシミュレーションデータに求めた。そのシミュレーションデータは,殿存の統合評価モデル(GRAPE)に日本版被害算定型ライフサイクル影響評価手法(LIME)を組み込んだGRAPE/LIMEモデルによる最適経済成長のシミュレーション結果を用いた、LIMEを用いた理由の1つは,LIMEは環境影響の経済評価にコンジョイント分析による支払い意思額を用いていることにある。Hamiltonらによる持続可能な発展指標の推計には支払い意思額と環境影響物質の排出量が必要となるが,GRAPE/LIMEモデルを開発することによりこれらがモデルで内生的に整合的に得ることが可能となる。また,環境影響被害を防ぐ支払い意思額は一種の外部コストと解釈可能であり,外部コストの内部イヒをGRAPE/LIMEモデルで行うことで,最適経済成長のシミュレーションを行うことが可能となった。 以上の方法により,2!00年までの世界10地域におけるsgおよびWの推計が可能となった。結果について議論をするのは今後の課題であるが,今回の推計方法によると,世界といわゆる先進国では21世紀にわたって「持続可能な発展」の必要条件を満たすが,いわゆる発展途上国においては21世紀後半になるまで,「持続可能な発展」の必要条件を満たさないことになった。 本研究の手法により,次の点で,従来の「持続可能な発展」指標の推計方法を,学術的にアドバンスすることが可能となった。1つ目は,従来では過去あるいは現在における推計だったものを,最適経済成長理論に基づいて,将来時点の推計を可能にしたことである。2つ目は,従来では推計に必要な各種データを整合的に収集して実証すること自体に難しさがあったが,本研究の方法では統合評価モデルにより内生的に得られるデータを利用して推計するため,整合性が高まったことである。3つ目は,異なる複数の指標から何らかの形で統合化する場合には,推計者の主観的判断により指標間のウェイトを決定せねばならないケースが多かったが,本研究ではその統合化に環境経済学の方法によるコンジョイント分析を用いたことである。 本研究は「弱い持続可能性」の立場に立って「持続可能な発展」指標の将来を推計する方法と結果を提示することには成功したものの,将来の「持続可能性」を評価し議論するという点では,今後多くの課題に取り組む必要がある。「持続可能な発展」の将来,Genuine Saving,Wealth,統合評価モデル,最適経済成長シミュレーション
著者
田野崎 隆雄 田中 勝 ピエール モスコビッツ 築谷 淳志 中村 和史
出版者
SOCIETY OF ENVIRONMENTAL SCIENCE, JAPAN
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.16, no.6, pp.465-473, 2003

現在欧州統合の一環として行われているEU各国の環境法規のハーモニゼーションは,CEN-ISOといったNGOの定める規格類をその試験方法として採択し,標準化を図ってきた。欧州においては廃棄物のキャラクタリゼーションが中心になり,特に暴露シナリオによる環境影響評価のハーモニゼーションを進めている。ここでは,汚染土壌及び廃棄物の評価方法の状況を紹介し,その背後にある環境影響評価の考え方を指摘した。
著者
大政 謙次 戸部 和夫 細見 正明 吉田 舞奈 小林 瑞穂
出版者
社団法人 環境科学会
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.33-42, 2000-02-29 (Released:2010-06-28)
参考文献数
30
被引用文献数
1

0.1~0.5,uLL-1のオゾン(O3)暴露下での15種の樹木の葉面におけるO3収着速度と蒸散速度,純光合成速度の同時測定を行った。また,芝地や土壌表面等のO3収着速度も調べた。 O3を暴露した15種のいずれの樹木においても,O3収着速度,蒸散速度および純光合成速度が低下した。このことは,O3暴露に伴って気孔の閉孔が引き起こされたことを示している。また,0.5,uLL-1のO3を6時間暴露した樹木の総O3収着量およびO3暴露終了時の純光合成速度の減少割合は,いずれも,樹種間で大幅に異なる値をとった。最も大きいO3収着量を示したポプラ(2.57kmolm-2(mo1/mol)-1)は,最も小さいO3収着量を示したヤマモモの7倍以上であった。また,サンゴジュ等では,O3暴露に伴う光合成速度の減少割合が数%程度であったのに対し,ポプラとポトスでは70%程度の減少が見られた。可視障害は,暴露後,ポプラ,ケヤキ,ヤマツツジの3種の植物にのみ現れた。樹木のガス交換速度の測定結果を簡易ガス拡散モデルによって解析したところ,樹木表面での吸着・分解は少なく,樹木によるO3収着のほとんどは,葉面の気孔を介しての吸収であると推察された。 黒ボク土表面のO3収着速度は,土壌含水率の増加とともに低下した。乾燥した黒ボク土表面の単位面積あたりのO3収着速度は,最も高いO3収着能力を示したポプラの単位葉面積あたりのO3収着速度に匹敵するものであった。このことは,緑地のO3収着能力を評価するうえで,土壌表面の寄与が無視できないことを示している。 以上の結果から,都市域における公園や宅地等における植被や土壌面は,O3による大気汚染の緩和に重要な役割を果たしていることがわかった。
著者
吉田 聡 村松 康行
出版者
社団法人 環境科学会
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.63-70, 1994-01-31 (Released:2011-10-21)
参考文献数
21
被引用文献数
20

1991年に日本国内で採取(一部市場で購入)したキノコ117試料について,137Cs,134Cs及び40Kを分析した。この結果を1989年と1990年に得た結果と合わせて考察したところ,全部で124種類(284試料)のキノコ中の137Csの濃度は,<3から16300 Bq/kg-乾燥重量(<0.4から1250 Bq/kg-湿重量)まで種類によって大きく異なった。これに対して,40Kの濃度は比較的一定であった。中央値は137Cs:53,40K:1180Bq/kg-乾燥重量であった。チェルノブイリ事故に起源をもつ134Csの濃度は全体的に低く,1991年には11試料のみで検出された。134Cs/137Cs比を用いて求めたチェルノブイリ事故起源の137Csの割合は低く,日本産のキノコ中の137Csは,主として1960年代に行われた核実験からのフォールアウトに起源を持つことが示唆された。採取したキノコを菌根菌と腐生菌の2つに分類したところ,前者の方が高い137Cs濃度を示した。日本人がキノコ(主として野生キノコ)を食べることにより137Csから受ける実効線量当量を試算したところ1.3×10-6Sv以下と非常に低い値であった。これは,自然界から受ける線量の約0.05%以下であった。
著者
一ノ瀬 俊明 大西 暁生 石 峰
出版者
社団法人 環境科学会
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.167-179, 2013-03-29 (Released:2014-04-15)
参考文献数
25

中国の黄河流域において,大西ら(2006)の推計した水資源需給構造と,Ichinose et al.(2009)の推計した地下水利用構造とを地域別に直接比較することにより,データが存在せず実態把握の困難であった当該流域における地表水の利用構造を描き出すことを試みた。黄河流域に大部分が含まれる35 の地級行政単位を抽出し,立地の近接性と水資源需給構造の形態的類似性(共通する特徴)に着目してそれらを12 の小流域に分類した。一般に上流域では地表水に依存し,農業での利用割合が低いため,地下水利用の季節変動性は小さい。一方,中流域から下流域では地下水への依存の度合いが高くなり,農業での利用割合が高くなるため,地下水利用の季節変動性は大きくなる。とりわけ,その傾向は黄土高原において顕著である。また,最下流域では再び地表水に依存している。さらに地下水利用構造の類似性にもかかわらず,小流域の中でも地表水を含めた水資源の需給構造に多様性が見られる地域がある。とりわけ中流域では,大河川へのアクセスの状況に応じて多様性が顕著である。