著者
松本 俊彦
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.432-437, 2020-04-01

はじめにあなたは今,ひそかに薬物問題に悩んでいて,漠然と「このままではマズい」と感じている。しかし他方で,うまくコントロールできている点を無理に探し出して安心しようとしたり,問題を職場環境のせいにして,「次年度異動すれば状況はよくなる」と自分に信じ込ませようともしている。日々,気持ちはこの両極をあたかもヤジロベエのように揺れ動きつつ,「これが最後の1回」と自分にいいきかせるのを,もう何回,何十回も繰り返してきたことだろう。いや,ちがう。もしかするとあなたは自己嫌悪のあまり自暴自棄になり,すでに「いざとなったら死んでしまえばよいのだ」と背水の陣を敷いているのかもしれない。 私は今,この文章を,現在進行形で薬物問題に悩む麻酔科医に向けて書いている。
著者
小田 裕
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.77-81, 2020-04-10

学生時代の6年間,音楽・語学・スポーツに明け暮れて楽しく過ごし,気がつけば半年後に卒業を控えていた。臨床研修制度はまだなく「卒業すればすぐに入局」で,専門科目を決めるまでに時間的猶予はなかった。結果的に,「早く常勤のポストを得る」ことが最重要課題となった。そして「これから医者の仕事は一般化するのか,専門化するのか?」をふと考えた時,麻酔科を選ぶことに躊躇はなかった。医者としての第一歩は出身大学の病院でスタートした。また「取れるものはさっさと取ろう」ともくろんだ私は,卒業後すぐに大学院に入学した。専門医よりも「まずは学位」の時代であった。ここから局所麻酔薬との長い付き合いが始まった。大学での生活が長く,最近までトップとして麻酔科を運営することはなかったため,「これ」といった体験には乏しいが,心の中,そして日々の生活の中には常に臨床と学究的活動が共存した。卒業から40年近く経つ現在も変化はなく,後者が私の考え方や行動に重要な影響を与えていることに今更ながら驚いている。
著者
広田 喜一
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
雑誌
INTENSIVIST (ISSN:18834833)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.259-269, 2018-04-01

酸素は生命に必須な分子である。それ故,基礎医学の範疇にとどまらず,基礎生物学の重要な研究課題であり,多くの論文が発表され続けている。臨床医学の分野でも「酸素」にまつわるさまざまな研究結果が存在し,読者諸氏もよくご存じのとおり,心肺蘇生時の酸素投与ではその有用性を超えて,有害性の有無を検討する臨床研究さえ存在する1)。集中治療を含むいわゆるクリティカルケア領域ではさらに複雑で,このような現状を背景に酸素にまつわる知見の整理をする必要がある。この観点から本特集「酸素療法」が企画されたのであろう。 本稿では,基礎生物学的な観点から低酸素応答・酸素代謝にかかわる研究の現状を解説し,臨床現場での判断に還元できる応用可能な生体と酸素についてのコンセプトを提示したい。Main points●生体内では酸素は欠乏しやすい。●生体の低酸素状態は,低酸素分圧性低酸素,貧血性低酸素,高酸素分圧性低酸素,組織低灌流・虚血,組織酸素代謝失調に分類できる。●貧血性低酸素は,低酸素分圧性低酸素に匹敵する強さの生体応答を惹起する。●転写因子である低酸素誘導性因子1(HIF-1)は,生体の低酸素応答で重要な役割を果たしている。●生体の低酸素による細胞毒性の発揮には,活性酸素種が重要な役割を果たす。●低酸素は炎症の進展とクロストークをする。●乳酸は生体の酸素失調の結果,産生される場合がある。
著者
甲斐沼 篤
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.814-817, 2018-08-01

海上保安庁は,東南アジア海域等における海賊対策の一環として,2000年から巡視船を東南アジア等の各国へ派遣しており,2017年度はインドおよびマレーシア派遣が計画されました。巡視船の長期航海派遣には,常勤医師の配乗が必要となり,京都府立医科大学への依頼を受け,海上保安庁の非常勤職員として参画しました。国を守る公務員として守秘義務もあるため,すべてを語ることは難しいですが,海上保安庁の活動を知っていただくよい機会ですので,その経験と感じたことを紹介します。
著者
吉野 鉄大
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.772-774, 2020-12-01

症例75歳の男性。2型糖尿病で治療中。数日前からの発熱,湿性咳嗽,呼吸困難で受診し,胸部X線で浸潤影を認めたため,肺炎の診断で入院加療となった。入院後,食事中のむせ込みや食後の酸素化不良がみられたため,しばらく絶食管理の方針となった。 この患者の血糖コントロールのために,経口血糖降下薬を中止してインスリンのスライディングスケール単独で経過をみるのはどうか?
著者
森島 久代
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.396-403, 2013-04-01

皆様,こんにちは。この度,第116回日本産科麻酔学会 学会長の照井 克生 先生から,「産科麻酔の新たな一歩」という学会のテーマの一環として,私のこれまでの研究歴を振り返り,日本の(産科)麻酔科医が,もっと積極的に研究に向かえるような助言を,ということでご指名いただきました。
著者
山中 大樹 河野 崇
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.143-148, 2018-09-20

■臨床の視点▲エンドトキシン誘発性痛覚過敏とは?自然免疫応答は,宿主を病原体から守る高度な生体内防御システムである。病原体(抗原)の侵入は,各病原体に特有の分子構造にToll様受容体(Toll-like receptor:TLR)を代表とするパターン認識受容体が反応することで察知される。その結果,免疫担当細胞が活性化されサイトカインを分泌することで生理的な炎症反応を引き起こし,病原体を排除する。炎症に関連する免疫担当細胞としては,樹状細胞やマクロファージが重要な役割を担うが,中枢神経系ではミクログリアやアストロサイトといったグリア細胞がその機能を果たす。このような免疫系は生体防御に働くばかりではなく,急性および慢性の病態にも関連する。例えば神経損傷時には,免疫担当細胞の活性化により末梢性侵害受容器の過敏化(末梢神経感作)や脊髄後角神経の過敏化(中枢神経感作)が生じ,痛みが遷延することが知られている。 エンドトキシンはグラム陰性菌の細胞壁成分であるリポ多糖(lipopolysaccharide:LPS)であり,細胞内毒素としてTLR-4を介して自然免疫応答を誘発する。LPSの大量投与(4.0ng/kg)により,敗血症の病態が再現される。また,LPSの少量静脈内投与(0.4ng/kg)による全身炎症モデルは,ヒト健康ボランティアを対象とした臨床研究にも広く応用されており,多くの論文が報告されている。この少量LPS炎症モデルでは,全身の各種侵害刺激に対する疼痛閾値が低下することが一貫して示されている1)。われわれの研究でも,ラットモデルを用いて血行動態に影響を与えない程度の少量のLPS投与により,後肢足底切開後の自発痛が増強されることを報告した2)。このようなLPSによる痛みの増強は,エンドトキシン誘発性痛覚過敏と呼ばれている。実際,感染症などの全身炎症時には,発熱,食欲不振,疲労,抑うつ,傾眠,そして痛覚過敏といった全身症状を呈する。これらの症状はsickness behaviorと呼ばれ,生存のための適応的反応と推測されている。sickness behaviorはLPS投与により再現されるため,エンドトキシン誘発性痛覚過敏はsickness behaviorの一部と考えられる。また,LPS投与後の内臓や骨格筋の痛覚過敏は,それぞれ機能性腹痛症候群,線維筋痛症の病態としても注目されている。
著者
田中 愛子 藤野 裕士
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.271-284, 2018-04-01

延髄にある呼吸中枢は胎生早期に発生し,一生の間途切れることなく呼吸リズムを産生する。その中心にあるのがcentral pattern generator(CPG)であり,延髄腹側に吸息と呼息にかかわるニューロン群が縦列している。呼吸リズムは単一のニューロンから発するのではなく,CPGにある複数のニューロン活動がリズミカルに組み合わさることで,ホメオスタシスを保つための柔軟な調整を可能にしている。また,延髄には二酸化炭素とpHの変化を感知する中枢化学受容器が存在し,頸動脈小体における酸素および二酸化炭素とpHの変化に対する末梢化学受容と合わせてCPGに刺激伝達を行っている。これらのフィードバック機構は生後に発達し,環境や体内需要に合わせて呼吸を調節している。Main points●呼吸中枢は延髄にあり,腹側呼吸ニューロン群を中心としたcentral pattern generator(CPG)が呼吸リズムを産生している。●呼吸は吸息相・呼息Ⅰ/Ⅱ相の3相に分類され,少なくとも6つのニューロン群によるバーストの組み合わせでコントロールされている。●延髄には中枢化学受容器があり,PaCO2とpHの変化をCPGにフィードバックしている。●頸動脈小体にある末梢化学受容器が低酸素に反応し,PaCO2とpHの変化についても中枢化学受容器と共同してフィードバックを行っている。
著者
森本 康裕 野上 裕子
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.600-604, 2009-07-01

脳神経外科手術時の血糖管理は,他の手術時とは異なるいろいろな側面を持っている。 ブドウ糖は脳で代謝される主な基質であり,低血糖は避けなければならない。逆に,高血糖状態で脳虚血が起こると神経学的予後を悪化させるという報告が多い。この両面から,脳神経外科手術時には血糖値に注意が払われてきた。血糖値の上昇を避けるため,手術中には糖を含まない輸液を用いるとされてきた。また,ブドウ糖投与は脳浮腫の原因となる。しかし,レミフェンタニルを使用するようになったことで,少量のブドウ糖負荷では血糖値を上昇させることはなくなった。近年,重症患者における厳密な血糖管理〔intensive insulin therapy(厳重血糖管理)〕が患者の予後を改善するとして注目されている。しかし,この厳重血糖管理については見直しがされてきている。さらに,急性脳障害患者への適応は議論の分かれるところである。 本稿では,脳神経外科手術時,特に脳障害患者に対するブドウ糖の投与と血糖コントロールについて,最新の知見を紹介したい。
著者
伊藤 洋 榊原 健介 三木 靖雄
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.1028-1031, 2012-10-01

平成23年12月のある日,当院の救急救命科医師から連絡が入った。 「脳死患者から移植臓器提供がありそうで,移植コーディネーターからの説明が終わり,1回目の法的脳死判定が行われる」と…。 その前月に,愛知医科大学病院における『脳死患者からの臓器摘出マニュアル』が,平成22年7月に日本臓器移植ネットワークが発表した『臓器提供施設の手順書』をもとに作られたばかりで,それまでに1度だけ委員会が開かれただけだった。約10年前と1年前に,それぞれ別々に医局関連病院で,脳死ドナーから臓器摘出が行われたという話は聞いていたが,当院では初めてだった。 それから実際の臓器摘出術までは約1日。高度救急救命センターを運営する救急救命科と中央手術部での麻酔管理をする麻酔科とで,業務が分かれている当院の特性もあるが,院内のコーディネートを含め,さまざまなことを感じた。 本稿では,その実体験から見えてきた脳死下臓器提供の実際と課題について述べる。
著者
讃岐 美智義
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.79-85, 2019-04-19

研修医が気管挿管の練習のために気管挿管シミュレータを使う際,頭部を思いっきり後屈させたあげく喉頭鏡のハンドルを後ろに倒して口の中をのぞこうとする。この行為こそが,気管挿管の上達の大きな妨げになると考える。現状のシミュレータと患者では,頸椎の可動域,開口,舌の状態が明らかに異なっているのである。 麻酔導入時の初期研修医“あるある”なのだが,頭位も悪く開口もできていないのに,看護師から喉頭鏡を受け取ろうとする。いけないのは初期研修医だけではない。介助についている看護師も喉頭鏡を受け取ってと言わんばかりに,研修医の目前に点灯した喉頭鏡をちらつかせる。喉頭鏡を渡すことが気管挿管の介助だと思っている。受け取る方も悪ければ,渡す方も悪いのだ。 あげくに研修医は,受け取った喉頭鏡を左手に持ったまま右手で患者の口を開け…(おもむろに)喉頭鏡を入れようとするが,どうやってもうまく入らない。喉頭鏡を入れるスペースが口腔内にないため,無理矢理,喉頭鏡のブレードで強く舌を押し込みつつ喉頭鏡を進める。なんとなく入ったと思ったら(本当は口腔外にブレードの大部分が出ていて,入っていないのだが),喉頭鏡のブレードを後方に倒してみる。しかーし,喉頭が見えるどころか舌しか見えない。バキッ。前歯にあたる(指導医は冷や汗)。歯が折れなかったとしてもこの時点で,唇,舌,口腔内をひどく傷つけ出血していることは日常茶飯事である。初回はこんなモノだ。この状態を見た指導医は喉頭鏡を取り上げて,自ら手本を見せる(取り上げられるのは仕方がないが,お互いに気まずい空気が流れるのが問題である)。2回目の研修医は,ちょっと賢くなって開口してから喉頭鏡を受け取る(これは大きな一歩である)。しかし,頭部を異常に後屈しているのは変わらない。これを見た指導医は,頭位をすこーし戻してスニッフィング位にするのだが,研修医は患者の額に自分の手を押しあてて後屈を強めてしまう(あぁ〜っ,頸椎が…と指導医は冷や汗)。昨日シミュレータで練習してきたらしい。シミュレータでは頭部後屈を強めれば,喉頭がよく見えたという。そのまま気管挿管を続けさせてみるが,やはり口腔内を傷つけてしまい,喉頭鏡を指導医に取り上げられる。このような珍研修が繰り返され,気管挿管の上達は牛歩のごとしである。これでは,気管挿管がまともにできないまま,麻酔科研修が終わってしまう(本当は気管挿管ではなく,マスク換気や気道の開通全般について理解し,実践してもらいたいのに…)。 このような研修医ばかりではないが,何回やっても気管挿管ができない研修医がいるのは確かである。そのまま年を重ねると,気管挿管ができない○○科専門医となる。実際,十分に経験を積んだ内科系の医師に,気管挿管はどうしたらできるようになるかと,真面目な相談を受けたことがある。初期臨床研修制度が始まる十数年以上前から気管挿管を指導していた筆者は,麻酔科に研修にやってきた医師に,1〜2か月の研修期間内にどのように気道確保を教えようかと考え,教育法を試行錯誤していた。そして,初期臨床研修制度が始まった2004年前後には,ついに研修医向けの気道確保伝授法を確立した。これが,気道確保マスター法SANUKI Methodである。現在は,これを指導医ではなく後期研修医もマスターすべき指導法と位置づけ,屋根瓦方式で世の中に広めようと布教中であるため,ここに紹介したい。
著者
武居 哲洋
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.572-578, 2015-07-01

つい10年ほど前まで,救急医学系の学会に参加するたびに「アルコール性ケトアシドーシスalcoholic ketoacidosis(AKA)の1例」といった症例報告に遭遇するほど,本邦ではあまり知られない疾患であったが,近年はその知名度もずいぶん高まってきたように思える。しかし,本疾患に関するサンプル数の大きい系統立った臨床研究はほとんど存在しないため,いまだに不明な点が多く,誤解も根強く存在している。本コラムでは,過去の総説,臨床研究を俯瞰することで,AKAの病態生理,診断,治療についてできるかぎりシステマチックにまとめることを試みた。 まずPubMedで「alcoholic ketoacidosis」および「alcoholic ketosis」を検索し,英文で書かれた総説と臨床研究を抽出した。一部割愛したが,1971年以来11篇の主要な総説が抽出された1〜11)。医学中央雑誌で「アルコール性ケトアシドーシス」「アルコール性ケトーシス」を検索したところ,和文の総説は1篇のみであった12)。システマチックレビューやメタ解析は存在しなかった。一方,法医学関係の研究を除外すると臨床研究はわずか7篇しか渉猟し得ず,すべて観察研究であった13〜19)。この臨床研究の少なさこそが,AKAに関する我々の理解不足につながっていることは否めない。すなわち,AKAに関する臨床的なエビデンスで確立されたものは何一つ存在しないと言ってもいいだろう。 個人的にも,日常的にAKAに関していくつかの疑問をもっている。数少ない文献を手がかりに,本コラムでは下記の疑問にできるかぎり答えていきたい。なお,我々の施設でも相当数のAKA症例を経験しているため20,21),これらの自験例の結果も交えながら解説することをお許しいただきたい。・慢性アルコール依存患者の代謝性アシドーシスはAKAで説明がつくのか?・AKAは突然死の原因として重要なのか?・AKAの診断にケトン体濃度測定は必要か?・AKAの標準的治療は何か?Summary●大酒家は容易にケトーシスを発症し,アルコール性ケトアシドーシスは決してまれな疾患ではない。●ケトアシドーシスには主にβ-ヒドロキシ酪酸が関与しており,アセト酢酸の関与は少ない。●大酒家の代謝性アシドーシスには,乳酸アシドーシスをはじめとした他の原因がしばしば合併する。●適切な輸液療法により転帰は良好とされるが,時に多臓器不全から死に至ることがあり注意が必要である。●アルコール性ケトアシドーシスは栄養障害の一形態とも考えられ,栄養障害を総合的に治療する視点が必要である。●血中β-ヒドロキシ酪酸値を含んだアルコール性ケトアシドーシスの診断基準の作成が望まれる。
著者
坪川 恒久
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.218-219, 2016-03-01

亜酸化窒素(笑気)は,最も古くから使われている全身麻酔薬であり,鎮痛作用,鎮静作用を併せもつ。しかし,近年,亜酸化窒素を使用する機会は大きく減少している(レミフェンタニルの登場でとどめを刺された感がある)。ビタミンB12,葉酸の代謝阻害によりミエリン鞘の合成を障害するし,閉鎖腔への析出も一部の疾患では問題になる。しかし,亜酸化窒素は無味無臭で緩徐導入に適している。亜酸化窒素の最小肺胞濃度(MAC)は104%と鎮静作用は弱く,血液/ガス分配係数が0.47とデスフルランと同等であり(213ページ表1参照),すみやかに吸収,排泄される。そのため,高濃度で投与することになり,薬物動態学的には興味深い現象を引き起こす。亜酸化窒素を使いこなすことで,吸入麻酔の幅が広がる。また,鎮痛作用もN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体を介していて,オピオイドとは異なることから,術中のワンポイントとしての使い方もある。まだまだ捨てたもんじゃない。
著者
日比野 将也 植西 憲達
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.154-158, 2020-01-01

細胞内液pHは細胞外液pHよりも低く,細胞内で常に産生され続ける酸(H+)の影響を受けているが,複数の機構が働くことで細胞内液pHは一定の値を保つことができる。しかし細胞内液または細胞外液pHの極端な低下によりこれらの調節機構が破綻し,細胞に障害を及ぼす。細胞内液pHを上昇させる治療法として炭酸水素ナトリウムの投与があるが,これはかえって細胞内環境を悪化させる可能性がある。一方でTHAMは細胞内アシドーシスの悪化を避けることが期待されているが,臨床応用できるほどエビデンスは十分でない。
著者
山田 達也
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.124-128, 2010-02-01

下行大動脈手術後の対麻痺は,患者のQOLや予後に大きく影響する重大な合併症である。この脊髄虚血による対麻痺の発生頻度は減少しつつあるものの,下行大動脈手術後で10%前後1),胸腹部大動脈瘤術後では10~20%2)と報告されている。 脊髄は1本の前脊髄動脈と1対の後脊髄動脈からの血流を受けており,前脊髄動脈は運動領域である脊髄前面の2/3を,後脊髄動脈は知覚領域である脊髄後面の1/3に血液を供給している。これらの脊髄動脈は上位から椎骨動脈,上行頸動脈,深頸動脈,肋間動脈,腰動脈などから血流を受けているが,特に胸髄領域の前脊髄動脈は,ごく一部の前根動脈から血流を供給されており,これをAdamkiewicz動脈あるいは大前根動脈という。Adamkiewicz動脈は神経根に沿って脊髄レベルに到達し,ヘアピンカーブを描きながら前脊髄動脈に流入する。この特徴的な走行が術前の造影MRIやCTによる同定の決め手となっている。下行大動脈手術後に運動麻痺をきたすのはこの動脈の血流が障害を受けるためとされている。 脊髄保護は心筋保護に例えると理解が容易となる(表1)。脊髄のkey arteryはAdamkiewicz動脈であり,心筋における冠動脈に相当する。虚血には虚血時間,遮断中の側副血行路や灌流圧の維持,虚血中の酸素消費量などが関係し,今回のテーマである脳脊髄液(CSF)ドレナージは遮断中の灌流圧の維持を目的に行われる。ここではCSFドレナージの意義について概説する。