著者
伊藤 信一 鈴木 智和 小南 陽亮
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.61, no.2, pp.123-131, 2011-07-30 (Released:2017-04-21)
参考文献数
9
被引用文献数
1

陸生のカニ(陸ガニ)が生息地の植物に対して果実採食と種子散布という作用を及ぼすことは熱帯・亜熱帯において数例知られているが、日本のような温帯では報告例が見当たらない。そこで、本研究では、陸ガニによる果実の選好性と採食・運搬行動を明らかにし、その結果から陸ガニが温帯海岸林において種子散布者や種子食者として作用するかを検討した。調査は浜松市にある海岸林とその周辺の竹林で行い、日本に広く分布するアカテガニ、ベンケイガニ、クロベンケイガニを対象に、果実の選好性、種子の取り扱い、果実の採食場所を比較した。飼育下でも野外の生息地においても、3種の陸ガニは多様な果実を好む傾向がみられた。アカテガニでは採食時に種子を破損する頻度が他の2種よりも低く、海岸林の多様な植生で活動し、採食した果実の種子を巣穴から離れた場所にも落としていた。一方で、クロベンケイガニでは、種子を破損する割合が高く、生育可能な植物が限られる湿った環境で主に活動しており、巣穴近くに果実を運んで採食する傾向が強かった。ベンケイガニでも種子を破損する頻度が高かったが、活動する植生は多様であった。これらの結果から、種子散布者となる可能性はアカテガニ、ベンケイガニ、クロベンケイガニの順に高く、種子食者となる可能性はその逆であると考えられた。すなわち、温帯の海岸林においても陸ガニは種子散布者または種子食者となっている可能性が高く、陸ガニの種によってその作用は異なることが示唆された。
著者
高槻 成紀 鹿股 幸喜 鈴木 和男
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.31, no.4, pp.435-439, 1981-12-30 (Released:2017-04-12)
被引用文献数
1

Defecation rates, dry weights and numbers of pellets of Sika deer (Cervus nippon) and Japanese serow (Capricornis crispus) were determined at the Sendai Yagiyama Zoological Park for one week each in April, August, October of 1979 and in February or March of 1980. Defecation rates were greater in the Sika deer (11-13 times/day) than in the Japanese serow (2.2-4.6 times/day), while the fecal amounts per defecation were smaller in the deer (c. 19-23 gr, 81-95 pellets/def.) than in the serow (c. 37-64 gr, 200-360 pellets/def.). The daily amounts of defecation were rather greater in the deer (c. 210-280 gr, 880-1200 pellets/day) than in the serow (c. 130-210 gr, 810-980 pellets/day). Slight differences were found in the seasonal changes of the defecation rates and daily fecal amounts for the deer, however for the serow these rate and amount increased in the fall.
著者
石庭 寛子 十川 和博 安元 研一 星 信彦 関島 恒夫
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.69-79, 2016 (Released:2016-06-01)
参考文献数
66
被引用文献数
1

本稿では、化学物質汚染による野生個体群への影響を明らかにする1 つのアプローチとして、生物で普遍的に起きている「適応」に焦点をあてた評価例を紹介する。ダイオキシン類による汚染によってアカネズミ個体群内に、ダイオキシン抵抗性個体が増加するような集団構造の変化が起きているか否かを明らかにするため、ダイオキシン感受性の違いを識別する遺伝子マーカーを開発し、野外集団への適用を試みた。遺伝子マーカーとしてダイオキシン類の作用機序に深く関わるダイオキシン受容体(AhR)に着目し、野生集団におけるAhR 遺伝子の配列解析を行ったところ、アカネズミのAhR にはタンパク質の機能に差をもたらす変異、グルタミン(Q)、アルギニン(R)が799 番目のアミノ酸に存在していた。さらに生体での機能を調べるため、各遺伝子型を持つアカネズミへダイオキシン投与を行ったところ、Q を持つ個体はダイオキシンに対する反応が高く、R を持つ個体は低かった。このことから、このAhR のアミノ酸変異は、アカネズミ個体群においてダイオキシンに対する抵抗性保持個体を検出する遺伝子マーカーとして有用であると示唆された。ダイオキシン汚染地域のアカネズミ個体群において、確立された遺伝子マーカーのアリル頻度を調べたところ、非汚染地域と比較してアリル頻度に差は見られなかった。ダイオキシン類の暴露下で、Q タイプは有利性が低下し、R タイプは有利性が相対的に増加するが、その選択係数は非常に低く、世代数の経過も少ないためにアリル頻度の変化は見られなかったと考えられる。
著者
村井(羽田野) 麻理 櫻井 淳子 桑形 恒男
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.43-54, 2009-03-30 (Released:2016-10-08)
参考文献数
60
被引用文献数
2

植物は、土壌中から多量の水分を根の表面で吸収し、維管束を経由してその一部を成長や各種成分の輸送に利用しつつ、大部分を葉の気孔から蒸散させている。地下部から地上部へ向かう水の流れは大気からの蒸散要求によって駆動されているが、流れの速さは気孔開度または植物体内の水透過性によって大きく変化する。アクアポリンの発見を契機に、植物体内の水透過性が地上部または地下部の条件に応じてダイナミックに変化することが再認識されており、特に根の水透過性の変化とアクアポリンとの関係については、多くの知見が集積しつつある。そこで本稿では、(1)根の水透過性を変動させる様々な要因、(2)根の水透過性の変化が地上部に及ぼす影響、(3)根内部の水経路、(4)細胞レベルでの水透過、(5)アクアポリン、(6)根での水吸収に必要なコストなどについて、地上部と地下部の結びつきを意識しながらこれまでに得られている知見を紹介したい。
著者
豊田 光世
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.247-255, 2017 (Released:2017-08-03)
参考文献数
13
被引用文献数
1

自然環境の保全を進めるうえで、多様な主体の参加と協働とはいかなる意味をもち、それらを支える合意形成とはどうあるべきなのだろうか。本稿では、新潟県佐渡市で進めてきた三つの事例を比較しながら、地域協働の保全活動推進に向けた合意形成のあり方を考察する。合意形成は、異なる意見を統合し、対立を克服するプロセスである。対立の可能性を検討するコンフリクトアセスメントから始まり、話し合いの実践、合意の形成、合意事項の実践と進む。それぞれの段階において、あるいは現場の状況に応じて、考慮すべきことが変化する。特に、「参加」というものをどのように理解するかということが、合意形成の質に大きく影響する。本稿では、市民参加の異なる捉え方を踏まえ、話し合いの場のデザインやプロセス設計の具体的考慮点と工夫を事例から分析し、協働という深い参加を実現するための合意形成に必要な視点を示す。
著者
八木 光晴 福森 香代子 小山 耕平 森 茂太 及川 信
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.103-112, 2013-03-30 (Released:2017-04-28)
参考文献数
97
被引用文献数
5

生物の個体当たりのエネルギー代謝速度と個体サイズ(体サイズ)の関係(代謝スケーリング:metabolic scaling)を探る研究の歴史は古く、生理学、生態学、農学、水産学や薬理学など様々な学問の基礎をなしてきた。代謝スケーリング関係には、異なる体サイズを示す種の集団(代謝速度の系統発生)を対象とする場合と、ある種における様々な体サイズからなる個体の集団(代謝速度の個体発生)を対象とする場合とがある。過去の研究の多くは、哺乳類や鳥類などの代謝速度の系統発生を対象としてきており、代謝速度の個体発生は無視されるか、代謝速度の系統発生と同じであるかのように曖昧に扱われてきた。その一方で、代謝速度の系統発生と代謝速度の個体発生の生物学的な意味は明確に異なっており、両者は厳密に区別されるべきとの指摘もなされてきている。そこで本論では、代謝速度の系統発生と個体発生の違いの整理を試みる。さらに、代謝速度の個体発生が、これまで生態学において重視されてきた「食う-食われるの関係」をはじめとする生物間相互作用と密接に関係し合っていることの実証例を紹介し、今後の研究の方向性について議論する。
著者
中村 太士 中村 隆俊 渡辺 修 山田 浩之 仲川 泰則 金子 正美 吉村 暢彦 渡辺 綱男
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.129-143, 2003
参考文献数
33
被引用文献数
6

釧路湿原の多様な生態系は, 様々な人為的影響を受けて, 劣化ならびに消失しつつある. 大きな変化である湿原の樹林化は, 流域上地利用に伴う汚濁負荷の累積的影響によって起こっていると推測される. 汚濁負荷のうち特に懸濁態の微細粒子成分(ウォッシュロード)は, 浮遊砂量全体の約95%にのぼる. 既存研究より, 直線化された河道である明渠排水路末端(湿原流入部)で河床が上昇し濁水が自然堤防を乗り越えて氾濫していることが明らかになっている. Cs-137による解析から, 細粒砂堆積スピードは自然蛇行河川の約3〜8倍にのぼり, 湿原内地下水位の相対的低下と土壌の富栄養化を招いている. その結果, 湿原の周辺部から樹林化が進行しており,木本群落の急激な拡大が問題になっている. また, 東部3湖沼の中でも達吉武沼流域では, 土壌侵食ならびに栄養足負荷の流入による達吉武沼の土砂堆積, 水質悪化が確認されており, 水生生物の種数低下が既存研究によって指摘されている.ここではNPO法人トラストサルン釧路と協働で, 自然環境漬報の集約にもとづく保全地域,再生地域の抽出を実施している. また, 伐採予定だったカラマツ人工林を買い取り, 皆伐による汚濁負荷の流出を防止し自然林再生に向けて検討をすすめている. 湿原南部には1960年代に農地開発されたあと, 放棄された地区も点在しており,広里地域もその一つである. この地域は国立公園の最も規制の緩い普通地域に位置しており, 湿原再生のために用地取得された. ここではタンチョウの1つがいが営巣・繁殖しており, 監視による最大限の注意を払いながら, 事前調査結果にもとづく地盤据り下げならびに播種実験が開始されている. 釧路湿原の保全対策として筆者らが考えていることは,受動的自然復元の原則であり, 生態系の回復を妨げている人為的要因を取り除き, 自然がみずから蘇るのを得つ方法を優先することである. さらに, 現在残っている貴重な自然の抽出とその保護を優先し可能な限り隣接地において劣化した生態系を復元し広い面積の健全で自律した生態系が残るようにしたい. そのために必要な自然環境情報図も環境省によって現在構築されつつあり, 地域を指定すれば空間的串刺し検索が可能なGISデータベースがインターネットによって公開される予定である.
著者
小池 文人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.25.1_1, (Released:2020-05-15)
参考文献数
16

生態学に関わる応用分野は、環境省や農林水産省、国土交通省をはじめ、さまざまな省庁に分散し、鳥獣保護管理法や都市緑地法など自然に関わる法律も各省庁への所管が決まっている。これに応じて省庁から都道府県を経て市町村の担当課に至る行政の系列が形成されている。系列間では国から市町村に至るまでそれぞれのレベルでの連携が望まれるが連絡は必ずしも良くない。ここでは行政系列に対応する伝統的な大学教育のカリキュラムを解析することで、各系列における基本的な生態学的知識のレベルを調査し、未来に向けた生態学的技術の提供と系列間の協働を促進するためのアプローチを検討した。個体以上のレベルを扱うマクロ生物学である生態学に固有な技術的資源には、生物の数の増減を予測する個体群の技術と、種間の相互作用の結果を予測する群集の技術、物理・化学的な環境を予測する狭義の生態系の技術、実際の地域の複雑な景観をあつかう技術に加えて、生物の種ごとに違う生活史や、自然の状態に関する知識ベースがある。教育課程の中では医師養成と建築技術者養成、土木技術者養成で生態学に関する授業が少なく、獣医師養成と農業技術者養成は中程度で、森林技術者養成と水産技術者養成では多くの授業が行われていた。個体群に関する授業は水産技術者養成で特に多かった。個体群技術は新興感染症の伝播制御と緊急防除や生物であるヒトの少子化対策を含むが、医師養成や建築技術者養成などではあまり扱われていなかった。都市の森林や河川、海岸を主管する行政系列の人材を育成する建築技術者養成と土木技術者養成では生活史や群集が扱われていなかった。系列間の連携の手がかりとして基礎的な生態学の授業がこれらの伝統的な大学教育プログラムに組み込まれることが望ましいが、出身者がヒトを含めた生態系管理の主担当となるのはカリキュラム面で困難であり、生態学の技術と知識の教育を受けた人材が計画を立てる中央省庁だけでなく現場の作業に関わる市町村にも入る仕組みの構築が必要である。行政系列どうしの縦割りの弊害の解消にはアカデミック・セクターが主導して現場担当者のレベルで勉強会や情報交換会を開くと効果的であり、保全生態学研究誌はさまざまな応用分野が集うことができる共通のプラットフォーム構築のためオープンアクセス化を進めている。
著者
池田 透
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.159-170, 2001-01-15 (Released:2018-02-09)
参考文献数
23

日本各地で野生化しているアライグマの現状とその管理課題について考察を試みた.アライグマは雑食性で多様な環境で生息可能であり,逃亡・遺棄によって野生化が生じると,人間を怖れないために人間の生活圏内でも条件にさえ恵まれれば急激に増加する可能性を持っている.また,日本には天敵も存在しないためにアライグマが野山に拡散するに連れて在来の生物へも影響が及び,生態系の撹乱が危惧される.生物多様性条約への批准を機に日本でもようやく移入種問題が取り上げられるようになったが動きは遅く,現在のアライグマ対策は地方自治体が主体となって展開している.農業被害に端を発した北海道の対策は,生態系の保全を念頭においた科学的対策構築へと展開してきたが,法的規制に関連する予防措置や対策継続のための長期的予算確保など問題も多く残されている.今後は移入種問題を危機管理の問題としてとらえ,移入種に対する管理指針の確立とガイドラインの制定とを含めて国家的対策としての体制を整え,自治体との連携作業で事態に対処することが望まれる.
著者
伊藤 寿茂 丸山 隆
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.85-94, 2004-08-25 (Released:2017-05-26)
参考文献数
50
被引用文献数
3

Seasonal and diel flow patterns of glochidia of the freshwater unionid mussel Pronodularia japanensis in a paddy field ditch were investigated by using drift nets (5×20cm frame, 0.113mm mesh). The glochidia were collected from May to September, maximally in July, mainly during the daytime and equally at both the surface and bottom layers of the study ditch. The flow distance was estimated to be less than about 180m. Dead glochidial shells were collected until October, equally during the day and night. Consequently, the use of drift nets was found to be valuable for investigating the flow patterns and spawning seasons of Pronodularia japanensis glochidia.
著者
塩寺 さとみ 伊藤 雅之 甲山 治
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.15-29, 2020 (Released:2020-05-21)
参考文献数
124

熱帯泥炭湿地林は東南アジア、中南米、アフリカの低緯度地域にみられる森林である。その内訳はインドネシアでもっとも多く、全体の47%を占める。定期的、もしくは季節的な冠水によって落葉落枝の分解が抑制されることにより、林床に厚く泥炭と呼ばれる未分解の有機物が蓄積されており、貧栄養かつ低pHという特徴で知られている。泥炭湿地林には固有種や希少種が多くみられると同時に、その過酷な環境に適応した特殊な構造や機能を持つ植物が多くみられる。また、種組成や種特性は泥炭の深さやピートドーム内の場所によって大きく異なる。泥炭は15 mの深さに達することもあるため、泥炭湿地林は巨大な炭素と水の貯蔵庫という意味でもこれまで重要な役割を果たしてきた。このように、泥炭湿地林は、気候条件・水文環境や、泥炭、水、植生のあいだの微妙なバランスの下、長い年月をかけて成立し維持されてきた。人為的な撹乱がこのバランスに与える影響は著しく、その意味で泥炭湿地林は他の生態系よりも脆弱であるといえる。 泥炭湿地林の環境は農業や様々な土地利用には不向きであるため、これまで長年の間、開発の手を免れてきた。しかし、東南アジア地域では、1980年代頃より泥炭湿地林の排水をともなう大規模な農地開発等により急速にその面積の減少や森林の劣化が進み、正常な生態系機能は急速に失われつつある。泥炭湿地林の排水によって開発が行われる際には、これまで維持されてきたバランスが大きくくずれ、泥炭の分解や地中火、人為火災延焼による大気中への温室効果ガスの放出やこれに付随する地盤沈下が生じる。さらに火災による煙害は地域社会のみならず近隣諸国にも影響を与える国際的な環境問題となっている。大規模な排水、および火災の被害を受けた泥炭湿地林ではその回復は非常に難しい。さらにインドネシアでは、土地開発と経済発展、土地所有権や移民問題など様々な問題が複雑に絡み合う状況が泥炭湿地林の保全や回復を一層困難にしている。そこで本稿では、東南アジア地域の熱帯泥炭湿地林に焦点を当て、人為的撹乱が泥炭湿地林に与える影響とその回復の可能性、そして泥炭湿地林の将来について議論する。
著者
宮竹 貴久
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.10-24, 2006-04-25 (Released:2016-09-06)
参考文献数
114
被引用文献数
1

花の開花、珊瑚の配偶子放出、昆虫の交尾など、生殖活動を行うタイミングが決まっている生物は多い。集団間で繁殖するタイミングがずれると生殖隔離が生じる。本論では、生殖隔離において生物の時間的な側面がどのように関わっているのかについて議論する。多くの生物の行動や生理的な反応は、一定間隔で生じる事象、すなわちリズムを伴って生じる。生物リズムは、約1日に近い周期の長さを持つサーカディアンリズム、それよりも長いインフラディアンリズム(>24h)、それよりも短いウルトラディアンリズム(<24h)の3つに分けられる。野外で生殖隔離に生物の時間現象が関わっているとされる事例についてこの3つのリズムの分類に沿って紹介する。次に、近年急速にその理解が進んだ体内時計を司る分子遺伝的機構と異時的な生殖隔離(Allochronic reproductive isolation)の関わりに着目して研究されたショウジョウバエとミバエの研究事例を紹介する。とくに時計遺伝子の多面発現効果が、交尾時刻の変化を介した生殖隔離を引き起こしうる可能性についてウリミバエを用いたモデル研究について解説する。最後に、アロクロニックな生殖隔離の研究における今後の問題点について議論する。時計遺伝子と種分化の関係という新しい研究領域が開かれつつある。
著者
北野 潤
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.69, no.3, pp.193-195, 2019 (Released:2019-12-24)
参考文献数
17

ゲノム解析技術、及び、ゲノム編集技術が急速に進展してきたことから野生生物の種分化ゲノム解析はますます容易になりつつあり、現在は、遺伝学と生態学を融合することが可能な時代と言える。本コメントペーパーでは、特集号であまりカバーされていないゲノム内コンフリクトの種分化における役割について紹介するとともに、今後どのような研究が可能となるかについて、一つの考察をしてみたい。
著者
深澤 遊 九石 太樹 清和 研二
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.239-249, 2013-07-30 (Released:2017-04-28)
参考文献数
63
被引用文献数
2

土壌中の菌根菌群集は地上部の植生に重要な影響を与える。森林を構成する各種植物の多くは外生菌根(ECM)菌かアーバスキュラー菌根(AM)菌と菌根を形成するが、これら2つの菌根タイプはおのおの宿主範囲が異なる。このため、樹種の異なる森林の境界あるいは森林と他の植生との境界では、土壌中の菌根菌群集も異なり、これが両植生間での実生更新の違いをもたらすことが予想される。本稿では、代表的な森林の境界として、森林と草地の境界、森林と森林の境界、森林と皆伐地の境界の3つを取り上げ、森林の境界で起こっている植生動態、特に樹木実生の更新において、地下の菌根菌群集が与える影響について、実証的な報告をレビューする。森林と草地の境界では、草本の大部分がAM性であるため、隣接する森林の樹種がECM性かAM性かによって、森林由来の樹木実生の定着に及ぼす菌根菌の影響は異なっていた。ECM性の樹種の場合、実生への菌根菌の定着率や多様性は森林に近いほど高く、実生の生存・生長も良かった。一方AM性の樹種の場合、森林から離れても実生の菌根菌定着率は低くならないが、菌根菌の種組成は変化し、それが実生の生長に与える影響は樹種により異なっていた。森林と森林の境界では、ECM性の樹種とAM性の樹種がそれぞれ優占する森林同士が隣接している場合、実生と異なる菌根タイプを持つ樹種が優占する森林で更新しにくいことが示唆された。森林と皆伐地の境界では、森林から離れても実生の菌根菌定着率は変わらず種組成が変化するが、皆伐地に適応した菌種が定着するため実生の生長はむしろ森林内よりも良いことが、主にECM性の樹種による研究から明らかになっている。全体的な傾向として、境界から10m前後離れると地下の菌根菌群集が急激に変化していた。これは樹木の根圏に樹種特異的な菌根タイプが保持され、実生への重要な感染源となることを示唆している。ただし、詳細な調査がなされた樹種は少なく、今後さらに多くの樹種で一般性を検証していく必要がある。特に、AM性の樹種で研究例が少ない。マツ科のECM性樹種を主要な造林樹種としている欧米と異なりAM性のスギ・ヒノキが主要な造林樹種である我が国の人工林の適切な管理のためには、AM性の樹種を対象とした更なる研究の進展が望まれる。
著者
肥後 睦輝
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.141-150, 1994-08-20 (Released:2017-05-24)
参考文献数
30
被引用文献数
2

The size frequency distribution, the proportion of non-flowering stems, the sex ratio and the number of stems in each individual were investigated in three populations of Eurya japonica. Plants of each population, Plot-K, Plot-B, Plot-A, grew in a Castanopsis cuspidatadominated stand, a Pinus densiflora-dominated stand and a Quercus serrata-dominated stand with a canopy gap, respectively. The light condition for the growth of E. japonica seemed to be the most favorable in Plot-A, because of a canopy gap (400m^2 in area) and the highest proportion of deciduous broad-leaved tree species in the canopy and subcanopy layers. The proportion of non-flowering stems was lowest in Plot-A (19.7%). Sex ratios were 1 : 1 in all three populations. The male stem ratio was lowest in Plot-A (43.8%), but a significant difference in the male stem ratio was detected only between Plot-A and Plot-K (53.6%). For all populations there were significant differences in the size frequency distribution between flowering stems and non-flowering stems, and the mean size of non-flowering stems was smaller than that of flowering stems. There were no differences in the size frequency distribution between male and female stems. Although male stem ratios tended to increase with increasing DBH in all populations, there was a significant positive correlation between the male stem ratio and DBH only in Plot-K under the most unfavorable light condition. The proportion of the number of individuals with a single stem to the total number of stems (SS ratio) was significantly highest in Plot-A. However, there were no intersexual differences in SS ratios among all the populations. These results suggest that light condition may affect the flowering, vegetative growth and male stem ratio in E. japonica populations.