著者
巌佐 庸
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.169-177, 2015

生態学における数理モデルには、多数の変数を含み多様なプロセスを表現する現実的なモデルと、本質を捉えようとして少数の変数だけを追跡する単純なモデルとがある。モデルの対象となっているシステムでは、個体の間に、種だけでなく年齢、性、場所、社会的地位、体調などさまざまな違いがあり、詳細なモデルといっても、それらのいくつかを表現し、他の違いを無視して束ねることではじめて数理モデルとして成り立つ。本稿では、多数の変数を持つ複雑モデルと、少数の変数しか持たない単純モデルがあるときに、それらの間に矛盾が無いための条件について説明した。単純モデルの少数の変数は、複雑モデルの多数の変数から計算できるとした。単純モデルの変数の将来の変化について、複雑モデルにより計算した値から計算する正しい値と単純モデルを用いて計算した値とが、すべての状況で一致する場合には、完全アグリゲーションが成立するという。両者が力学系(非線形の微分方程式システム)で与えられる場合について、必要十分条件を導いた。例として、(1)複数の競争種を束ねた場合、(2)複数の生息地をまとめた場合、(3)齢構成を単純化した場合、(4)コホートの個体数と個体重を束ねる場合、(5)捕食者被食者系で両者の比率のみに注目する場合、などを例にとり説明した。完全アグリゲーション条件は厳しすぎて多くの場合に成り立たないが、どのような状況でモデルの単純化が誤差をもたらすかについての洞察が得られた。次に、単純モデルによる予測の誤差を最小にする最良アグリゲーションを議論した。モデルを短期的予測に使う場合と長期予測に使う場合で最良の単純モデルが異なることがわかった。
著者
矢原 徹一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.111-119, 2007
参考文献数
54
被引用文献数
6

進化生態学は、まず表現型モデルによる研究によって大きく発展し、その後に、量的遺伝学のアプローチや、系統樹を用いた種間比較統計学を取り入れて、発展してきた。エコゲノミクスの成果は、これら3つの方法論の前提に疑問を投げかけている。多くの表現型モデルは制約条件としてトレードオフを仮定している。この仮定に関しては、量的遺伝学のモデルを用いた研究からすでに反証が蓄積されてきた。これに加えて、QTLマッピングにもとづくエコゲノミクス研究はトレードオフ構造が進化の過程で短期間に変わることを示した。この結果は、量的遺伝学のモデルが仮定している、Gマトリクスの安定性に対する反証でもある。また、個々のQTLの表現型効果が一様ではないことがわかり、種間比較統計学が利用している形質復元法の前提も揺らぎつつある。いまや、進化生態学は、表現型の遺伝的背景という「ブラックボックス」の中を見ることを要求されている。
著者
石井 弓美子 嶋田 正和
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.183-188, 2007
参考文献数
36

生物種間相互作用は生物群集の構造に重要な影響を与える。特に、数の多い餌種をその存在比以上に選択的に捕食するようなスイッチング捕食は、多種の共存を促進する強力なメカニズムとして注目され、多くの理論研究が行われてきた。しかし、その実証研究は遅れている。頻度依存捕食を引き起こすような捕食者の採餌行動についてはすでに多くの研究が行われているが、それらの行動が個体数動態、さらに群集構造に与える影響についての実証研究は多くない。理論研究によれば、ジェネラリストである共通の捕食者によるスイッチング捕食は、被食者間の共存を促進することが示されている。本稿では、多種の共存促進メカニズムとしてのスイッチング捕食について、理論と実証のそれぞれの研究について紹介する。また、著者らが行った2種のマメゾウムシ(アズキゾウムシCallosobruchus chinensis, ヨツモンマメゾウムシC. maculatus)と、その共通の捕食寄生者である寄生蜂1種(ゾウムシコガネコバチAnisopteromalus calandrae)からなる3者系実験個体群では、寄生蜂によるスイッチング捕食が2種マメゾウムシの長期共存を促進するという結果を得た。寄生蜂を入れずにマメゾウムシ2種のみを導入した系では競争排除により必ずアズキゾウムシが消滅したが、そこに寄生蜂を導入したときには3者が長期間共存し、さらに2種マメゾウムシの個体数が交互に増加・減少を繰り返すような「優占種交替の振動」が見られた。そこで、寄生蜂の2種マメゾウムシに対する寄主選好性を調べると、数日間の産卵経験によって寄主選好性が変化した。産卵した経験のある寄主に対して選好性を持つため、寄生蜂は、頻度の多い寄主に選好性をシフトさせ、頻度依存捕食をしていることが分かった。この結果はスイッチング捕食が被食者の共存持続性を増加させることを示した数少ない実証例である。
著者
佐藤 宏明 神田 奈美 古澤 仁美 横田 岳人 柴田 叡弌
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.185-194, 2005
参考文献数
31
被引用文献数
6

糞粒法によってニホンジカの生息密度を推定するためには,単位面積当たりの糞粒数を測定する他に,1頭1日当たりの排糞回数と排糞粒数,および糞粒消失速度を知る必要がある.しかし,これらの値は地域や植生,季節で異なるにもかかわらず,労力上の問題から他地域で得られた値で代用されている.そこで本研究では奈良県大台ヶ原にて糞粒法による信頼度の高い生息密度推定値を得ることを目指し,2001年5月から11月までの月1回,1頭1回当たりの排糞粒数を調査するとともに,原生林,ササ草地,移行帯の三植生で糞粒消失速度を測定した.原生林とササ草地では固定区画を設定し,月毎の加入糞粒数を数えた.以上の測定値と既存の1頭1日当たりの排糞回数を用いて原生林とササ草地における生息密度を推定した.さらに,糞粒消失速度と気温,降水量,糞虫量との関係も調べた.その結果,糞粒消失速度は植生と季節で大きく異なり,気温,降水量,糞虫量とは無関係であった.これまで報告されている視認にもとづく区画法による生息密度推定値と比較したところ,糞粒法による推定値は過大であり,また植生と季節によっても大きく変動していた.これらの結果をもとに糞粒法による生息密度推定の問題点を検討し,大台ヶ原におけるシカの個体数管理のための望ましい生息数調査法を提案した.
著者
大園 享司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.304-318, 2007
被引用文献数
2

冷温帯産樹木の落葉を材料として、その分解過程と分解に関わる菌類群集の役割を実証的に明らかにした。調査地は京都府の北東部に位置する冷温帯ブナ天然林である。35ヶ月間にわたる落葉分解実験の結果、14樹種の落葉のリグニン濃度と落葉分解の速度および落葉重量の減少の限界値との間に負の相関関係が認められた。また窒素・リンの不動化-無機化の動態がそれぞれリグニン-窒素(L/N)比、リグニン-リン(L/P)比の変化によく対応していた。実験に用いた落葉樹種のいずれにおいても、リグニン分解はホロセルロース分解より遅く、落葉中のリグニン濃度は分解にともなって相対的に増加する傾向が認められた。落葉に生息する微小菌類と大型菌類について調査を行い、29樹種の落葉から49属の微小菌類を、また林床において一生育期間を通して35種の落葉分解性の担子菌類を記録した。ブナとミズキの落葉において分解にともなう菌類遷移を比較調査した。リグニン濃度が低く分解の速いミズキ落葉では、リグニン濃度が高く分解の遅いブナ落葉に比べて、菌類種の回転率が高く、菌類遷移が速やかに進行した。担子菌類の菌糸量はミズキよりもブナで多く、またブナでは分解にともなって担子菌類の菌糸量の増加傾向が認められた。分離菌株を用いた培養系における落葉分解試験では、担子菌類とクロサイワイタケ科の子嚢菌類がリグニン分解活性を示し、落葉重量の大幅な減少を引き起こした。落葉のリグニン濃度が高いほど、菌類による落葉の分解速度が低下する傾向が培養系でも示された。同様に、先行定着者による選択的なセルロース分解によりリグニン濃度が相対的に増加した落葉においても、菌類による落葉の分解力の低下が認められたが、選択的なリグニン分解の活性を有する担子菌類の中には、そのような落葉を効率的に分解できる種が含まれた。これら選択的なリグニン分解菌類は野外においても強力なリグニン分解活性を示し、落葉の漂白を引き起こしていたが、林床におけるその定着密度は低かった。
著者
森 照貴 三宅 洋 柴田 叡弌
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.377-386, 2005
参考文献数
52
被引用文献数
2

岐阜県北部を流れる2つの小規模河川において、河畔林が現存する河川区間(現存区)と河畔林が伐採された河川区間(伐採区)との間で環境特性および底生動物の群集構造を比較した。相対光量子束密度および底生動物の生息密度は現存区よりも伐採区で高かった。刈取食者および捕食者に属する底生動物の生息密度は現存区より伐採区で高かった。光量の増加に伴う付着藻類の一次生産量の増加が、底生動物(特に刈取食者)の増加を引き起こしたものと考えられた。付着藻類量は伐採区よりも現存区で多かった。刈取食者の生息密度が増加するに伴い摂食圧が増大したために、付着藻類の現存量が減少したものと考えられた。河畔林の部分的な伐採により底生動物の群集構造が変化していた。伐採による群集構造の変化は、コカゲロウ属の生息密度の変化と強い関係があるものと考えられた。河畔林の部分的な伐採は、光環境の改変を介して、高次の栄養段階に属する底生動物の群集構造に影響を及ぼすことが明らかになった。
著者
尾形 英二
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
植物生態学会報 (ISSN:02899949)
巻号頁・発行日
vol.2, no.3, pp.104-107, 1953

海水中に浮游している海藻胞子の種類ならびにその量を知ることは, 海藻群落の消長を追究する上に極めて必要なことと思われる。筆者(1952)はこの目的をもつて胞子分析と仮に名づける方法を試み, その方法の概略と結果の一部を既に発表した。その実験はテングサ群落中で行つたのであるが, 各種胞子の量的組成^<8)>のうちテングサ胞子は予想外に少く, サンゴモ胞子は予想外に多い事実から, これら胞子の関係に興味をもつた。またサンゴモはいわゆる磯焼の原因となり, ふつう有用藻類の害藻といわれている。そこで筆者は1952年8月, サンゴモ群落附近の海水中を対象として, サンゴモ胞子の分布を調査してみた。その結果を次に予報的に報告したい。
著者
伊佐治 久道 杉田 久志
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.47, no.2, pp.121-129, 1997
参考文献数
29
被引用文献数
6

The removal of fallen seeds of Aesculus turbinata was investigated by simple marking methods. In order to clarify the agent animals, an experiment was carried out to examine the sizes of the animals using a set of netted cages with different-sized apertures, together with wood mouse censuses. Current-year seedlings were found on the upper part of the slopes than the upper front line of the crowns of A. turbinata, where no seeds had fallen in the previous autumn. Of the total fallen seeds, 96% were removed from their original location and then disappeared by the end of autumn. Line marking revealed that the mean interval for transportation was 12 days, and that the mean and maximum transportation distances for non-missing seeds were 0.61 m and 2.11 m, respectively, although the lines of most of marked seeds had been cut and the seeds were missing. The maximum distance from the original location to the missing point was 6.45 m, and seeds were buried in cases of 31.5% of transportation. The agent animals were assumed to be small enough to allow them to pass through as aperture size of less than 40 mm but more than 16 mm. Feeding signs on seeds, and droppings found around seeds, seemed to be those of wood mice. The mouse censuses showed that Apodemus speciosus and A. argenteus were dominant. Thus, it is concluded that fallen seeds of A. turbinata were transported through the scatter-hoarding behavior of wood mice, mainly A. speciosus.
著者
畑田 彩 鈴木 まほろ 三橋 弘宗
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.57-61, 2008
被引用文献数
3 2

連載「博物館と生態学」では、毎回生態学と関わりの深い博物館事業をテーマとして取り上げてきた。当初予定した6回が終わったところで、これまでの執筆者を中心に連載によって達成できた点や今後の課題について話し合った。その内容をまとめることで、連載「博物館と生態学」の意義を考えてみたい。
著者
大道 暢之 角野 康郎
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.113-118, 2005
参考文献数
20
被引用文献数
2

近年,日本各地において急速に分布を拡大している南米原産の外来水生植物ミズヒマワリ(Gymnocoronis spilanthoides DC.)の結実は今まで未確認であったが,筆者らが調査した結果,群馬県藤岡市,千葉県東金市・松戸市,愛知県豊橋市・田原市,大阪府高槻市,福岡県筑後市において種子形成を確認することができた.大阪府高槻市芥川では開花期が6-12月で結実は7-10月であった.段階温度法による発芽実験より,種子は休眠性を持たず,発芽適温は15-35℃であった.明条件で発芽が促進されるが,暗条件下においてもある程度の発芽が認められた.さらに水中での発芽も認められた.種子は越冬可能であるため,植物体が越冬不可能な寒冷な地方にも,今後,分布を拡大する可能性がある.
著者
湖城 重仁
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3, pp.109-111, 1968

The distribution of marine-algae in Fukaya Canal, which connects Ago Bay directly to the Pacific Ocean, and in its vicinity was studied. It was found that the vegetation with respect to the zonation and the number of species change gradually through the canal in the sublittoral zone, but in the littoral zone they change remarkably, especially at the canal exit.
著者
鈴木 紀子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.28, no.4, pp.277-280, 1978

The biological economy in the nymph of Locusta migratoria when it feeds on the leaves of the grass Bromus unioloides was studied with special reference to dry matter and phosphorus at a constant temperature of 25℃. The phosphorus contents of the food plant, nymphal body, feces and the exuviae were 0.35%, 0.93%, 0.22% and 0.03%, respectively. The conversion efficiency for dry matter from the plant to the insect body was 16%, while that for phosphorus was 52% ; the latter being thus about three times as much as the former.
著者
鈴木 啓助
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.175-182, 2008
被引用文献数
2

我が国の日本海側地域のような多雪地域では、降雨にもまして降雪によってもたらされる多量の降水が水資源として極めて重要になる。また、雪は冬期間流域内に堆積することにより天然のダムとしての役割も果たしている。山岳地域では低地よりも多くの降雪があることは定性的には推定されているが、量的に議論することは様々な困難を伴う。さらに、風の強い山岳地域では、降雪粒子の捕捉率が低下するため正確な降水量の測定もできない。山岳地域の降雪を含めた降水量を定量的に把握し水収支を明らかにすることは、水資源の観点からも重要である。また、我が国における降雪量が、地球温暖化とともに減少するとの予測結果も報告されている。しかしながら、これらは標高の低い地点のデータを用いて行った研究であり、標高の高い山岳域でも同様なことが言えるかどうかは疑問である。標高の高い山岳地域では、降雪量が増加するとも考えられるのである。なぜなら、気温の上昇によって大気中の飽和水蒸気圧も増加するから、可降水量は増加し、気温は氷点下のため降雪粒子が融けて雨になることもないからである。