著者
阿部 永
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.26, no.4, pp.221-227, 1976-12-31 (Released:2017-04-11)

Seven hundred and sixty four specimens of Clethrionomys rufocanus bedfordiae (THOMAS) were collected in a wind shelterbelt on the Ishikari Piain, Hokkaido, from May to November of 1966 and 1967,and 300 specimens of voles which had been reared in captivity were used for the determination of age criteria for wild voles. In the stage before the formation of separate roots in M^2,the features of eruption and wearing of M^2 and the neck formation in M^2 were employed as age criteria. Seven age classes were recognized in this stage of growth. After the formation of separate roots in M^2,root ratios {(root length/total length)×100} were used and divided into 12 classes. Growth rate of the separate roots was better in the laboratory-reared specimens than in the wild in the early stages of growth, but it was reversed in older stages. Maximum iongevity of this vole in the natural habitat appeared to be in the region of 70 to 80 per cent of root ratios. The deficiency in employing body weight and the length of head and body as age criteria was enumerated.
著者
島谷 健一郎 齋藤 大輔 川口 英之 舘野 隆之輔 井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.165-178, 2004-12-25 (Released:2017-05-26)
参考文献数
32
被引用文献数
1

Genes move between plants through reproduction, in a process known as gene flow. There are various statistical methods for quantifying current spatial genetic structures of populations, and the recent development of highly polymorphic markers has made it possible to identify gene flow between individuals with high accuracy. Nonetheless, none of the previous methods provides satisfactory visual imaging of the continuously changing spatial genetic structure resulting from gene flow and reproduction. In this study, we developed visualization techniques for illustrating spatial genetic structures on commonly used spreadsheet files, for one specific case study. When combined with basic gene flow models over two generations, we can quantitatively assess the effects of ecological factors in reproduction on spatial genetic structures of offspring, together with visual illustrations. Consequently, for the specific population, we can easily recognize how spatial genetic structure is affected by the density of parents and distance distributions of pollen and seed dispersal, and that if the ratio of maternal adults succeeding in reproduction is small, then extensive pollen flow will be necessary in order to preserve the current genetic diversity.
著者
市岡 孝朗
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.431-437, 2005
参考文献数
25
被引用文献数
1

熱帯域には、アリ植物と呼ばれる、アリと密接な相利共生系を形成するように独特の進化をとげた植物種が多くの分類群にみられる。アリ植物は、茎などの組織を変型させて空洞を形成し、そこを巣場所として共生するアリに提供する。アリ植物に営巣する共生アリは、植食者からアリ植物を防衛する。東南アジア熱帯を中心に分布するオオバギ属植物には何種類ものアリ植物種が含まれており、広い地域で複数のアリ植物種が共存する。オオバギとアリとの間に成立する相利共生系には、パートナーシップに強い特異性が見られ、両者の関係のあり方や相互依存度の強さは、オオバギの種ごとに異なっている。そうした二者間の関係性の種間変異は、特に、アリによる対植食者防衛(アリ防衛)の強さとそれと相補的にはたらく植物の物理的化学的防衛(非アリ防衛)の強さのバランスに顕著にあらわれることが近年明らかになってきた。アリ防衛と非アリ防衛のバランスの種間変異は、オオバギをとりまく植食者群集や共生アリを捕食する動物の群集の多様化をもたらすことが考えられる。本稿では、現在までの研究をふりかえって、これまでに明らかになったアリ-オオバギ共生系の多様性を紹介するとともに、アリ-オオバギ共生系の多様性が、それをとりまく生物群集にどのような影響をあたえているのかといった問題を議論した。筆者とその共同研究者によるこれまでの研究の結果は、アリ-オオバギ共生系にみられる多様性が、この系に関連する生物群集の多様性を増大させる効果をもっていることを示唆している。
著者
北村 俊平
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.159-171, 2007-07-31 (Released:2016-09-15)
参考文献数
172
被引用文献数
2

今日、東南アジア熱帯の森林は急激な減少を続けており、そこに生息する動物も絶滅の危機に瀕している。この総説では、東南アジア熱帯における動物による種子散布の有効性を取り扱った既存の情報(果実食動物の行動圏、腸内滞留時間、散布距離、種子散布地の特定、林床における果実消費、二次散布)を整理し、新熱帯やアフリカ熱帯における最新の研究成果を交えながら、東南アジア熱帯において種子散布に貢献する果実食動物の絶滅がもたらす影響について考察する。東南アジア熱帯においては、日中にどのような動物がどのような果実を利用するかについてはかなりの情報が蓄積されつつある。一方、夜にどのような動物が果実を利用しているか、林床でどのような動物が果実を利用しているか、どのくらいの距離を種子は散布されるのか、どこに種子は散布されるのか、散布後の種子の運命はどうなのか、の情報は非常に限られている。現段階の情報では、東南アジア熱帯において、ある特定の果実食動物の絶滅が、生態系に及ぼす影響を予測することは困難である。種子散布や種子捕食といった動物と植物の相互作用を介した生態系機能についての研究は、持続的な森林管理や熱帯林生態系の回復や復元に必要不可欠である。種子散布を担っている果実食動物相は地域により異なるので、情報の少ない東南アジア熱帯における独自の研究の進展が待たれる。
著者
増田 直紀 中丸 麻由子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.219-229, 2006-12-05 (Released:2016-09-10)
参考文献数
62
被引用文献数
1

複雑ネットワークは、要素と要素のつながり方の構造と機能に焦点をあてた新しい研究分野である。生態学の多くの対象においても、地理的空間、あるいは抽象的空間で個体や個体群同士がどのようなつながり方にのっとって相互作用するかは、全体や個々のふるまいに大きく影響しうる。本稿では、複雑ネットワークについて概説し、次に食物綱や伝播過程の例を紹介しながら、生態学へのネットワークの応用可能性を議論する。
著者
小池 文人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.1-9, 2019 (Released:2019-07-01)
参考文献数
7

本学術雑誌の印刷冊子から電子媒体への移行を検討するため、本誌の購読者と非購読の生態学会会員に対して、様々な形態で提供されている学術雑誌の利用状況に関するアンケートを行った。最も多く利用されていたのは利用者個人の手続きなしで利用できる雑誌であり(機関契約のセット購読やオープンアクセスジャーナル等)、次に利用されていたのは印刷冊子であった。多くの学会で行われているような個人のパスワードでアクセスする雑誌の利用は3誌以下で全く利用しない回答者も多く、都度払いのpay per viewはほとんど利用されていなかった。本誌の移行に関しては、だれでも自由にアクセスできる形態か多数の雑誌のセット購読など、利用者個人の手続きなしで利用できる形態が最も望ましく、次は現在と同じく印刷媒体での提供であり、個人のパスワードでアクセスする形態はサーキュレーションの低下をもたらす可能性がある
著者
藤井 伸二
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.67-72, 2009-05-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
36

近畿地方北部におけるオナモミ属3種(イガオナモミ、オオオナモミ、オナモミ)の相対的な過去の変遷について、植物標本に基づいた調査を行った。その結果、オナモミの1950〜1960年代の急速な減少とその後の絶滅、オオオナモミの1950年以降の優占化、イガオナモミの1980年代の急速な勢力拡大は大阪湾を起点にした河川沿いの内陸部への侵入によって起こったことが明らかになった。近縁種群の過去の変遷を知る上で、植物標本の情報を活用することの有効性が示された。
著者
白木 彩子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.85-96, 2012-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
37
被引用文献数
4

2004年2月、北海道苫前町においてオジロワシの風車衝突事故による死亡個体が日本で初めて確認された。それ以降、本種の衝突事故の発生は続いているが、事故の対策はとられていない。オジロワシのような法的な保護指定種が多数死亡しているにも関わらず、実質的に放置されている現状には問題がある。そこで本報告は、これまでに発生したオジロワシの風車衝突事故の事例から事故の特徴や傾向について分析することと、事故の発生要因についてオジロワシの生活史や生態学的な特性から考察することを主な目的とした。また、これまでの保全の経緯も踏まえつつ、今後の保全対策のあり方について考えを述べた。2003年から2011年5月までに、北海道内の風力発電施設で確認された鳥類の風車衝突事故は20種を含む82件だった。このうちもっとも多いのはオジロワシの27件で、齢別にみると幼鳥を含む若鳥がほとんどを占め、主として越冬期にあたる12月から5月に事故が多い傾向がみられた。風車衝突事故による死亡個体のうち半数程度は北海道で繁殖する集団由来の留鳥であると推測されたが、個体群へのインパクトを正しく評価するためにも、今後、衝突個体が留鳥か渡り鳥なのかを明らかにすることは重要である。オジロワシの風車への衝突事故は風車が3基の施設で11件と最も多く、小規模の施設でも多数の事故が発生し得ることが示された。事故の発生した風車は海岸部の段丘崖上や斜面上にあるものが半数以上を占め、これらの地形はオジロワシにとって衝突するリスクの高い条件のひとつと考えられた。死骸の多くは衝突事故の発生から数日以内に発見されており、このことから、確認された死骸は実際に衝突死したオジロワシのうちの一部であることが推測された。現在のところ、風力発電施設によるオジロワシ個体群に対するインパクトを評価するために必要なデータは不十分な状況であるが、とくに地域集団に対する悪影響が懸念されることから、衝突事故の防止は急務と考えられる。具体的には、施設建設前の適切な立地選定と、稼働後に発生した事故対策措置である。衝突事故が発生している既存の風車については、今後の衝突の可能性を査定した上で、オジロワシの利用頻度の低い場所への移設や日中の稼働停止も含めた有効な事故防止措置の実施が望まれる。
著者
正富 宏之 正富 欣之 富士元 寿彦 増澤 直 小西 敢 藤村 朗子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.1910, 2020-05-15 (Released:2020-06-28)
参考文献数
29

世界におけるタンチョウ Grus japonensis Mlerは、大陸個体群と北海道個体群の二つの地域個体群に分かれる。北海道個体群の道東から北海道北部への繁殖域の拡大を、 2003年から 2015年まで航空機により調査した。北海道の北端宗谷地方には、 1860年ころまで確実にタンチョウが生息していたが、その後 2000年代初頭まで、この種の出現記録はなかった。しかし、地上調査により 2002年に日本海に面するサロベツ原野地区で夏に 2羽を見つけ、翌年から飛行調査を行い、 2004年には営巣活動に続いて 45日齢ほどのヒナも観察した。また、 2006年にオホーツク海側のクッチャロ湖地区で初めて 2羽を目撃し、 2008年には繁殖を認めた。その後、 2014年にサロベツ原野地区で 3番い、クッチャロ湖地区で 2番いが営巣し、 2015年は北限となる稚内大沼地区でも 1番いが加わり、計 6番いが就巣し、宗谷地方の主要繁殖適地における営巣地分布拡大を確認した。その結果、 2004年から 2015年までに、ペンケ沼周辺で 13羽、クッチャロ湖周辺で 9羽の幼鳥が育った。これに伴い、宗谷地方の春 -秋期個体群は 2015年までに最多で 15羽(幼鳥を含む)となり、明確な増大傾向を示した。宗谷地方へのタンチョウ進出は、道東における繁殖番いの高密度化によるもので、収容力に余地のある道北の個体群成長は、道東の過密化傾向抑制(分散化)にとり極めて意義深い。しかし、個体は冬に道東へ回帰し給餌場を利用すると思われるので、感染症等のリスクを抱えたままであるし、 2016年以降の営巣・繁殖状況等も不明である。従って、道東と分離した道北個体群創設や越冬地造成等も含めた効果的対応手段策定のため、道北一帯で飛行調査を主軸とする全体的動向把握を継続的に行うことが不可欠である。
著者
村上 裕 久松 定智 武智 礼央 黒河 由佳 松井 宏光
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2005, (Released:2020-11-10)
参考文献数
19

二次的自然としての水田やため池を繁殖場所として利用するトンボ類は、水稲の生育ステージや、ため池の植生、水位管理、周辺環境等が種個体群の存続を許容するものであったことから、水田面積の拡大とそれに伴うため池の造成により安定的な分布域を形成したものと考えられる。本研究は、ため池の水際を主な産卵場所として利用し、冬期に減水したため池の乾出した底質で卵が越冬する可能性を指摘されてきたオオキトンボを対象種とし、ため池の水位管理方針が幼虫発生に与える影響を研究した。現地調査として、本種の産卵行動が例年確認されているため池から無作為に抽出した 3地点で成熟個体および羽化後の未成熟個体のラインセンサスを行ったほか、ため池管理者へ水位管理に関する聞き取り調査を行った。また、ため池の満水位直下の砂礫を採集し、乾燥状態で管理後に翌春湛水して孵化した幼虫数を計測した。調査の結果、冬期に大きく減水したため池の干出した砂礫から多くの幼虫が発生した。ただし、他の池と同等の成熟個体が飛来し、産卵行動が確認され、冬期に減水していたにも関わらず孵化幼虫が認められないため池も存在した。
著者
常木 勝次 安達 之彦
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.166-171, 1957
被引用文献数
3

A horizontal, well sun-shiny area of 16×20 sq. m. in the precincts of a temple, deeply surrounded by trees and shrubs, inhabited by four species of ants-Camponotus herculeanus japonicus MAYR (abbreviated to C), Formica fusca japonica MOTSCHULSKY (abbr. to F), Aphae-nogaster famelica SMITH (abbr. to A) and Tetramorium caespitum jacoti WHEELER (abbr. to T)-was adopted as the observation ground. It was sectioned into a net of 2 m (partly 1 m)meshes and was baited at all corners of the meshes with such small insects as house flies and the like. All the baits were numbered by means of a tiny label respectively which was attached with a silk thread, in order to make clear their original positions even when they were carried afar by the ant. They were always replaced by another new ones as soon as dragged off. Observations were made as to the species and the nest of the ant by which the bait was found and transported. Also every event occurred during the transportation was recorded in detail. The investigation was conducted during 8-10 o'clock a.m. every day from Aug. 3 to 26,1956. The records thus obtained were put in order on a sheet of section paper per species (Figs. 2,4 and 5) and the foraging range of each nest population, its size, form and distribution, as well as its intra-and interspecific relations were investigated. Also the social order among the species concerned could be elucidated through the observation of their behaviour during forage and bait transportation. The results can be summarized as follows : 1) Habitat segregation and territoriality can be observed, as a rule, among nest populations of the same species (Fig. 2,4 and 5). Such relations, however, could not be confirmed, as a rule, between populations of different species, although there can be admitted some tendency towards such a segregation between A and T, A and F and C and A. 2) Foraging distance is greatest in F, next to it in C and much less in A and T, the last mentioned two being nearly equal to each other in the range of their foraging. (Fig. 3). 3) Social order among the species concluded from the observation of the behaviour at the time when they met with one another is A=T>C>F. While the ratio of the total number of the baits carried away by each species is C>T>F>A. However, when the dimension of the ants is taken into consideration, it comes to be efficiently T>F>C>A. Possibly this is the practical scale of the population prosperity among them.
著者
角谷 拓 須田 真一 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.187-192, 2010-07-31 (Released:2017-04-21)
参考文献数
22
被引用文献数
5

類似の環境変化のもとでも種の絶滅リスクはその生態的特性に応じて異なる。種間の絶滅リスクの差異の生態的要因を解明するための統計モデルによる分析手法が発展しつつある。本稿では、日本産トンボ目の種ごとの絶滅リスク評価、および絶滅リスクに及ぼす生態的特性の効果を分析した研究を紹介する。このような種間比較アプローチは、種の絶滅リスクに大きな効果を持つ人為要因の特定に有効である。
著者
福森 香代子 奥田 昇
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.113-123, 2013-03-30 (Released:2017-04-28)
参考文献数
60
被引用文献数
3

生物代謝のサイズスケーリング則は、生物学における最も普遍的な規則の一つである。近年、個体の代謝を生態系レベルにスケールアップして生態系の構造と機能の関係を理解する試みが注目されている。本稿では、スケーリング則を用いた生態系代謝に関する理論的枠組みと実証研究を紹介する。特に、生態系代謝を決定する主要因とみなされている生物群集の体サイズ分布が生態系代謝に及ぼす影響を検証する我々の実験的研究の概要を紹介するとともに、その実験結果から見えてきた新たな理論の展開について考察する。最後に、生物代謝をマクロ生態学の視点から理解しようと試みる「生態学の代謝理論」の将来展望について述べる。
著者
香坂 玲
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.60, no.3, pp.361-367, 2010-11-30 (Released:2017-04-21)
参考文献数
25
被引用文献数
1

近年、企業活動における生物多様性との関わりのなかで、「リスク」という用語がキーワードとなりつつある。生態リスクは、健康や開発といった領域ごとに、生態毒性学や保全生態学などから派生する形で議論されてきた。本稿では、「リスク・コミュニケーションと企業活動」に関連する文献のレビューを行ない、論点を提示する。まず、養殖、鉱業、遺伝子組換え体(Living Modified Organism;以下LMOs)など操業領域ごとの議論を概観し、その操業領域ごとの議論から、企業活動とリスク・コミュニケーションの方法論やプロセスについての議論にまで敷衍する。リスクを巡る議論とその評価は、科学者主導のものではあるが、科学者、企業、地域住民にとって極めて倫理的な側面も含まれていることを、レビューを通じて提示する。次に具体事例として経団連のアンケート調査結果について報告を行なう。全体を通じてリスクに関わる概念の整理を行なった上で、生態学の立場から企業活動に対してどのように提言を行なっていくことが効果的なのか、実践的な課題である科学-政策インターフェースを視野に入れて、論点の整理を行なう。
著者
福井 眞 荒木 希和子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.147-159, 2017 (Released:2017-08-03)
参考文献数
45
被引用文献数
3

種子植物にはクローン成長で親ラメットの近隣に娘ラメットを生産することで、遺伝的に同一な株の集合が個体となるクローナル植物がある。多くの陸上植物は固着性であり、一度定着したラメットはその場所から移動できないため、クローン成長によるクローンサイズの拡大に伴い、同一クローン内のラメットでも時間空間的な環境変動を経験する。このようなクローン成長に対し、種子繁殖は遠方への分散で環境変動のリスクを回避することができる。繁殖戦略の違いは分散戦略の違いと、遺伝組成の相違の観点から議論されてきた。成育地での撹乱は個体の死亡に大きく影響するが、個体の成育環境への適合性を前提として撹乱前後の成育環境の変化に注目した分散戦略の進化はこれまで考えられてはこなかった。本稿では、成育地への撹乱はそこにいる生物個体の死亡に直接影響するというよりも、成育地の土壌水分や光強度といった性質の変化を通して間接的に影響するものとして、成育環境の時空間変動を表現した空間明示型の個体ベースモデルによってシミュレーションを行った。時空間的に変動する成育環境において、クローン成長のみの繁殖は不適であった。しかし、少ない機会で種子繁殖による遺伝的多様性を保ちつつ、旺盛にクローン成長を行う戦略がこのような環境で有効性を発揮することが示された。また、自然界でクローン成長を行っている植物は、このような時空間的な環境の違いに応じた繁殖をおこなっているかをクローナル植物の野外データを用いて検証した。野外個体群内の個体の位置と遺伝子型を調べ、ペア相関関数によって空間的遺伝構造を種間で比較した。さらに、シミュレーションにおいても同様のデータの取り扱いが可能であるため、自然界で見られる空間的遺伝構造を再現するようさまざまな変動環境下でシミュレーションを行った。その結果、スズランの野外個体群のデータは、成育環境との適合性を考慮したうえで、インパクトの小さい環境変動が高頻度で起きているシミュレーションの空間的遺伝構造パターンが類似し、このような環境変動が個体群構造に影響していることが示唆された。
著者
小路 晋作 伊藤 浩二 日鷹 一雅 中村 浩二
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.279-290, 2015-11-30 (Released:2017-05-23)
参考文献数
65
被引用文献数
3

水稲の省力型農法である「不耕起V溝直播栽培」(以降、V溝直播と略す)では、冬期にいったん給水し、代かきを行った後、播種期前に落水して圃場を乾燥させる。イネの出芽後(石川県珠洲市では6月中旬以降)から収穫直前まで湛水し、夏期の落水処理(中干し)を行わない。また、苗箱施用殺虫剤を使用しない。このようなV溝直播の管理方式は、水田の生物多様性に慣行の移植栽培とは異なる影響を及ぼす可能性がある。本稿では、石川県珠洲市のV溝直播と移植栽培の水田において、水生コウチュウ・カメムシ類、水田雑草、稲株上の節足動物の群集を比較し、以下の結果を得た:(1)V溝直播では6月中旬以降に繁殖する水生コウチュウ・カメムシ類の密度が高かった。この原因として、湛水期間が昆虫の繁殖期や移入期と合致すること、さらに苗箱施用殺虫剤が使用されないことが考えられた。(2)V溝直播では夏に広く安定した水域があり、そこにミズオオバコ等の希少な水生植物が生育し、有効な保全場所となった。(3)両農法の生物群集は、調査対象群のすべてにおいて大きく異なり、両農法の混在により生じる環境の異質性が、水田の動植物のベータ多様性を高める可能性が示唆された。一方、V溝直播には以下の影響も認められた:(1)4月から6月中旬にかけて落水するため、この時期に水中で繁殖する種群には不適である。(2)初期防除が行われないため、一部の害虫(イネミズゾウムシ、ツマグロヨコバイ)の密度が増加した。本調査地におけるV溝直播水田では、慣行の移植栽培と同様に、8月中旬に殺虫剤散布が2回行われており、生物多様性への悪影響が懸念される。本調査の結果は、一地域に二つの農法が混在し、それぞれに異なる生物群集が成立することにより、今後の水田動植物の多様性が保全される可能性を示している。
著者
松本 祐樹 森 貴久
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.219-226, 2016 (Released:2017-07-17)
参考文献数
17

1998年から神奈川県において、本来は中国に分布するアカボシゴマダラ名義タイプ亜種Hestina assimilis assimilisが確認されている。アカボシゴマダラ幼虫の食餌植物は在来種であるゴマダラチョウH. persimilis japonicaとオオムラサキSasakia charondaと同じエノキCeltis sinensis Persであるため、在来種との食物資源をめぐる競合が危惧される。山梨県でのアカボシゴマダラの侵入については報告例が少なく、現在の分布状況や個体数密度は不明である。また、越冬して定着しているかについてもわかっていない。本研究は、2012年から2014年に神奈川県から山梨県県央部にかけてのアカボシゴマダラの幼虫の分布と山梨県での越冬の可能性について明らかにした。アカボシゴマダラの山梨県での分布は山梨県県央地域まで確認されたが、生息率は山梨県県央地域と東部地域は神奈川県地域に比べて低く、県境地域ではその中間だった。また、自然下でも実験下でも山梨県内で越冬できることが確認されたが、自然下での生存率は8%と低かった。これらの結果から、アカボシゴマダラは山梨県県央部にまで徐々に分布を拡大していること、および山梨県での越冬は生理的には可能だが、自然下では生理的要因以外の要因で越冬しにくくなっていることが示唆された。今後、山梨県内でのアカボシゴマダラの生息率が上昇すれば、在来種蝶への悪影響が懸念される。