著者
萩原 俊紀
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.59, no.10, pp.510-513, 2011-10-20 (Released:2017-06-30)
参考文献数
6

クメン法は開発されて半世紀以上が経った今でもフェノールの工業的合成方法の主流となっている優れた反応である。高校の教科書にも必ず記載されているが,その反応機構についてはまったく触れられていない。それはこの反応がプロピレンとベンゼンの求電子置換反応,ラジカル連鎖機構によるクメンの空気酸化,アニオン転位を伴うクメンヒドロペルオキシドの酸分解などを含む,高校の有機化学の範囲をはるかに超えた複雑な機構で進行しているためである。本講座では有機化学の基本となる電子と結合の関係から始まって,クメン法の反応機構をできるだけ平易に解説する。
著者
石渡 明弘
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.61, no.8, pp.400-403, 2013-08-20 (Released:2017-06-30)
参考文献数
15

水素(H)の同位体である重水素(^2H,D)を利用した様々な化学・生化学的応用が広がっている。重水素の発見より約90年の月日が経つ(そろそろ一世紀を迎えようとしている)が,その重水素について,発見の経緯を少し述べた後に,同位体効果を利用した研究,質量分析,核磁気共鳴分光分析での利用と,反応解析などへの重水素標識の応用研究について,生体関連分子の化学の観点から紹介する。
著者
稲垣 都士 池田 博隆
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.28-31, 2019-01-20 (Released:2020-01-01)
参考文献数
11

フロンティア軌道論は福井謙一博士らによって1952年に提案された反応理論である。化学反応はフロンティア軌道(HOMO,LUMO)におもに支配される。福井博士はさらに1964年に軌道の対称性が反応を支配することを発表した。フロンティア軌道理論は,正電荷と負電荷の静電引力を基礎に置く有機電子論から,分子の中の電子の波動性を表している軌道に基づく反応論へ転換する先駆である。もとは分子間の反応に対して提案された理論であるが,分子内の反応へも展開され,分子の安定性にも応用できる。フロンティア軌道論の発表からもう半世紀をはるかにこえ,高校や大学での化学教育に今以上に軌道を導入することは可能であり,その試みが期待される。
著者
牛田 智
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.64, no.8, pp.406-407, 2016-08-20 (Released:2017-02-01)
参考文献数
6

藍は,日本人にとって最も身近な天然染料であるが,日本だけでなく,世界各地で古くから用いられてきた。その青色の色素はインジゴと呼ばれるが,緑色をした藍植物に含まれる無色の成分から,酵素反応や酸化といった化学反応で生まれ,また,染色する場合は,酸化還元というプロセスが関与する。これらのことは,教材という観点から考えると,歴史,地理,生物,芸術・工芸,化学など,様々な方向からのアプローチが可能である。本稿では,藍に関するちょっと不可思議な秘密を解説する。
著者
菊池 聡
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.49, no.11, pp.684-687, 2001-11-20 (Released:2017-07-11)

疑似科学とは, 現代科学で未知の対象を扱っているから「疑似」科学なのではない。その理由は, 主に実証的な科学に要求される考え方のいくつかが不十分であったり, 欠落していることにある。そして, この科学の思考法を含む領域横断的なクリティカルシンキングの態度と技術が科学教育の大きな目標となりうる。さらに疑似科学を考えるとき, その動機と理論, 確率論的科学と決定論的科学を分けて考える必要のあることも指摘した。最後に宏観異常現象による地震予知をとりあげ, 疑似科学と科学の問題を具体例で考察した。
著者
永田 和宏
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.64, no.2, pp.82-83, 2016-02-20 (Released:2017-06-16)

我が国独特の砂鉄製錬法であるたたら製鉄で造った和鉄は,表面がFeOや黒錆び(Fe_3O_4)で覆われることで錆びはほとんど進行しない。和鉄中の過飽和酸素が加熱や湿気などを契機に分解し瞬時に緻密な膜で覆われる。たたら製鉄や大鍛冶の脱炭工程,小鍛冶の工程で,1,500℃以上の固液共存状態で酸素を吸収し,急冷凝固して酸素は過飽和に固溶する。
著者
小田 寛貴
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.66, no.8, pp.380-383, 2018-08-20 (Released:2019-08-01)
参考文献数
2

鎌倉時代以前の古写本の大部分は,掛軸などにするために頁毎・数行毎に切断され,現存するものは極めて少ない。しかし,切断された断簡としては,かなりの量が伝世している。これが古筆切である。ただし,古筆切には,後世に制作された偽物や写しも多く混在する。そのため,炭素14(14C)年代測定という放射化学的手法によって古筆切の真贋や書写年代を決定することは,失われてしまった古写本の一部分が復元されることを意味する。さらに,こうした古筆切を史料とすることで,新たな歴史学・古典文学・書跡史学の研究が可能となる。
著者
籔内 一博
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.28-31, 2017-01-20 (Released:2017-07-01)
参考文献数
3

光は均質な媒質中を進む限りは直進するが,反射,屈折,回折あるいは散乱などによりその進む向きを変える。また,複数の光が出会うと干渉によりその強度が変化する。これらの現象の多くは,光の波長の影響を受けるため,進む光が可視光線であれば色の発現に結びつく。本稿では,これら光の進み方に関する光の基本的性質と色の関わりについて見直したのち,我々が日常目にしている青空,白い雲,夕焼けあるいは虹といった,太陽光を源として空が見せる多彩な色についてその仕組みを解説する。
著者
村上 雅彦
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.136-141, 2017-03-20 (Released:2017-09-01)
参考文献数
5

高校化学でも学習する炎色反応は,現在の重要な微量元素分析法である原子分光分析法の始まりといえる。本講座では,原子と光の相互作用(発光・吸光・蛍光)を利用した各種原子分光分析法の原理とその発展の過程について,励起源(物質を原子化し励起するためのエネルギー源)や光源などの技術の進歩を通して概説する。
著者
倉橋 智成
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.59, no.11, pp.568-571, 2011-11-20 (Released:2017-06-30)
参考文献数
4

硫酸はあらゆる酸の中で多方面に使用され続けている化学物質の一つであり,その製造には長い歴史がある。硫酸の製造は当初,窒素化合物や硝酸塩を用いる硝酸法から始まったが,製品の濃度が低く不純物が多い事などから近年ではより高濃度,高品質で安価な硫酸が得られる触媒を用いる接触法が確立された。当時は白金触媒が用いられていたが白金が高価なため,現在ではバナジウム触媒が使用されている。現在では硝酸法は姿を消し接触法での製造に至っている。また公害問題がクローズアップされ多くのプラントでは,吸収塔一塔から二塔への二段接触式が採用され転化率(収率)が97%→99.8%まで向上している。当社での実例を交えながら代表的なプロセス技術を解説する。
著者
中原 勝儼
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.37, no.5, pp.492-497, 1989-10-20 (Released:2017-07-13)

すべての分野がそうであるように, 化学でもその内容を伝えるのには必要な専門用語がある。現在我々が普通に使っている化学用語あるいは物質名は, いつのころから使われるようになったのであろうか。日本の現在の化学の出発点が, 江戸時代末期から明治初期にかけてのヨーロッパの化学の導入, 理解である以上, 当時の用語を現在と比べてみるのも興味あることといえよう。その間の変遷はいろいろあるにしても, 当時用いられていたものがそのまま現在まで残っているものもある。しかしその下地のなかった当時, はじめて訳語をきめなければならなかった先人たちの苦労はいかばかりであったろうか。
著者
吉田 晃
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.65, no.8, pp.384-387, 2017-08-20 (Released:2018-02-01)
参考文献数
5

ラヴォワジエの研究の出発点は1772年のリンと硫黄の燃焼実験であり,その際の質量変化に着目したことであった。2年後には,プリーストリから示唆された酸素気体を対象として定量実験を繰り返し,この酸素が質量変化をもたらす原因であることを突き止め,フロギストンではなく酸素と結びついていた熱素(カロリック)の遊離が燃焼の際の熱をもたらすことを明らかにした。
著者
松尾 淳一
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.61, no.5, pp.244-247, 2013-05-20 (Released:2017-06-30)
参考文献数
6

ある炭素-水素結合を炭素-重水素結合に置き換えた場合に,反応速度が遅くなることがある。その効果を速度論的同位体効果という。その置き換えた結合がその反応にて切断される場合は,一次同位体効果として知られている。また,重水素にて置き換えた結合が反応によって切断されない場合は二次同位体効果として知られ,その重水素の位置の違いから,α二次同位体効果およびβ二次同位体効果として分類されている。これらの速度論的同位体効果によって,反応のどの段階が一番おそい段階(律速段階)なのか知ることができ,さらに反応の遷移状態の構造に関しても情報を得ることができる。したがって,速度論的同位体効果を明らかにすることは,反応機構を調べる際の重要な方法の一つとなっている。
著者
黒田 チカ
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
東京化學會誌 (ISSN:03718409)
巻号頁・発行日
vol.39, no.12, pp.1051-1115, 1918 (Released:2009-02-05)
被引用文献数
1
著者
田中 秀明
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.59, no.4, pp.220-223, 2011-04-20 (Released:2017-06-30)
参考文献数
14

現代社会のエネルギー媒体の主役である化石燃料(石油,石炭,天然ガス)には限りがあり,現状の勢いで消費が続くと早晩逼迫・涸渇する。一方,次世代を担うエネルギー媒体として期待されている水素は,物質としては地球上に大量に存在し,燃焼生成物も水のみである。このため,エネルギー・環境問題の緩和にも繋がるものと期待されるが,太陽光,風力,水力,地熱等,再生可能エネルギーを利用した水電解などにより抽出(製造)していく必要がある。加えて,水素の大量供給には高効率で安全な輸送・貯蔵技術も必要とすることから,経済産業省やNEDOなどの下にこれまでに様々な研究開発が実施され,課題克服や安全性検証が図られてきた。それでもなお「水素は危険」という先入観のために,その大量貯蔵に違和感を覚える向きもある。このような中,水素貯蔵に対する危険性を科学的・客観的な規準に基づいて正しく把握し,適切な安全対策を立て,将来の利用・普及に繋げることは,科学及び教育に携わる者の責務である。本稿では,水素の高効率貯蔵媒体として約半世紀にわたって開発されてきた水素貯蔵材料を採り上げる。そして,その安全に関する数ある性状の中から発火・爆発危険性について,我々が実際に行った新規に開発された当該材料に対する危険性の検証例を示し,他の貯蔵材料との比較についても紹介する。
著者
山本 安宏
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.66, no.11, pp.520-523, 2018-11-20 (Released:2019-11-01)
参考文献数
5

日本の硫酸工業は明治初期の貨幣の金属洗浄用から始まり,化学肥料工業の台頭,合成繊維の量産化,無機化学製品の伸長による硫酸需要の増大に合わせて供給体制を確立してきた。当初の硫酸製造法は単体硫黄,硫化鉱を原料とした硝酸式(鉛室法)であったが,非鉄金属製錬ガス,石油精製の回収硫黄およびコークス炉ガス等へと原料が変化し,高濃度,高純度の硫酸を製造する接触式へ変遷してきた。現在,世界では2億7千万t/年以上の硫酸が製造され,今後さらに需給拡大の見通しである。本稿ではその興味深い硫酸工業について紹介する。