著者
河野 啓子 武澤 千尋 後藤 由紀
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
pp.2023-018-A, (Released:2023-08-03)

目的:わが国において今まで行われてきた「産業看護に関する研究」の推移を概観し,今後どのような研究の強化が求められるのか,その方向性を見出すことを目的とした.対象と方法:医中誌Webを用い,キーワードを「産業看護」and「研究」とし,1903年以降に発行されたすべての文献を対象とした.全760件の中から,商業誌を除外した483件とハンドサーチにより追加した3件を加えた486件について,その種類及び年代別の発行数を集計した.研究内容の分類は,原著・総説論文に該当する194件について行い,実践方法と実践能力の側面から分類した.結果と考察:486件の文献全体を種類別に見ると,会議録230件(47.3%)であり,全体の5割近くを占めていた.原著・総説論文は194件(39.9%)であり,ほぼ4割を占めていた.原著・総説論文のうち,実践方法の側面からの分類では,総括管理107件(55.2%),健康管理86件(44.3%),作業環境管理1件(0.5%)であり,作業管理,労働衛生教育はともに0件であった.実践能力の側面からの分類では,知識125件(64.4%),技術23件(11.9%),コンピテンシー46件(23.7%)であった.年次推移をみると,論文数ではいずれの種類の論文も年代区分が進むにつれて増えていた.また,全486件中,会議録が最も多く,1992年までは8割を超えていたが,次第にその割合は減少し,直近では5割を下回っていた.一方,原著論文は当初2割を下回っていたが,年代区分が進むとともにその割合が増加し,直近では4割を超え,数も会議録を上回り,よい経過をたどっていると考える.論文の内容についてみると,実践方法に関する論文では,作業環境管理,作業管理,労働衛生教育に関する研究がほとんどみられなかった.また,実践能力に関する論文では,知識に関する研究が最も多く,技術ならびにコンピテンシーに関するものもある程度なされてはいるものの,産業看護職にとって重要と考えられるにもかかわらず,まだ手がつけられていない領域があることが浮き彫りにされたと考える.結論:わが国の産業看護に関する論文については,1980年に初めて会議録が発表されて以来,論文数は着実に増えていることが明らかになった.論文の内容について,実践方法の側面からの分類では,総括管理が最も多く,そのうち産業看護管理が8割近くを占めていたことから,研究を通して産業看護の発展を目指した努力がうかがえた.一方で,作業環境管理に関する研究は,ごく少なく,作業管理,労働衛生教育に関する研究は0件であったことから,今後,これらに関する研究の必要性が示唆された.実践能力の側面からの分類では,知識に関するものが全体の6割を超え,産業看護職としての成果を上げるために必要なコンピテンシーに関する研究は2割強であった.また,コンピテンシーの内訳についても数の少ない領域があり,これについても今後の強化の必要性が示唆された.
著者
櫻谷 あすか 津野 香奈美 井上 彰臣 大塚 泰正 江口 尚 渡辺 和広 荒川 裕貴 川上 憲人 小林 由佳
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
pp.2022-015-E, (Released:2023-07-15)

目的:近年,質の高い産業保健活動を展開するために,産業保健専門職がリーダーシップを発揮することが求められている.本研究では,産業保健専門職が権限によらないリーダーシップを発揮するために必要な準備状態を測定するチェックリスト(The University of Tokyo Occupational Mental Health [TOMH] Leadership Checklist: TLC)を開発し,TLCの信頼性・妥当性を統計的に検証することを目的とした.対象と方法:文献レビューおよび産業保健専門職を対象としたインタビューに基づき,6因子54項目(自己理解10項目,状況把握10項目,ビジョン9項目,心構え12項目,業務遂行3項目,人間関係構築10項目)から構成される尺度のドラフト版を作成した.次に,産業保健専門職(人事労務,安全衛生,健康管理のいずれかの部門に所属する者)300名を対象に,webによる横断調査を実施し,信頼性・妥当性を検証した.結果:主因子法・プロマックス回転を用いた探索的因子分析を実施した結果,5因子51項目が得られた(自己理解8項目,状況把握10項目,ビジョン9項目,心構え12項目,業務遂行12項目).次に,確認的因子分析を行った結果,適合度指標はCFI = 0.877,SRMR = 0.050,およびRMSEA = 0.072となった.また,TLCの5つの下位尺度のCronbach’α 係数は,0.93~0.96となった.TLCの合計および下位尺度はいずれも,ワーク・エンゲイジメント,職務満足度,および自己効力感との間に有意な正の相関が認められた(p < .05).一方,心理的ストレス反応との間に有意な負の相関が認められた(p < .05).加えて,「権限によらないリーダーシップを発揮したことはあるか」という質問に対して「はい」と回答した群は,「いいえ」と回答した群に比べて,TLCの合計得点および下位尺度得点が有意に高かった(p < .001).考察と結論:本研究で産業保健専門職向けに新たに開発したTLCは一定の内的一貫性,構造的妥当性,構成概念妥当性(収束的妥当性および既知集団妥当性)を有することが示唆された.
著者
石丸 知宏 倉岡 宏幸 清水 少一 原 邦夫
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.74-81, 2023-03-20 (Released:2023-03-25)
参考文献数
18
被引用文献数
2

目的:監理団体による技能実習生の健康と安全への支援の現状と課題を明らかにする.さらに,実習先の産業保健職との連携の有無に分けての評価を通して,課題解決に向けた産業保健職との連携の有用性を検証した.対象と方法:2021年10月に国内の監理団体3,262機関に対して郵送での質問紙調査を行った.技能実習生および実習先企業との窓口業務に従事している者に回答を依頼した.監理団体による技能実習生の健康と安全への支援(22項目)の実施頻度と難易度を尋ね,産業保健職との連携と各支援の難易度との関連性を多重ロジスティック回帰分析で評価した.結果:932件が解析対象となった(有効回答率 28.6%).受け入れ技能実習生の出身国はベトナムが最も多く(76.6%),受け入れ人数は10–49人が最も多かった(30.3%).この1年間に実習先の産業保健職との連携の経験があった団体は17.0%であった.「健康診断の実施にあたっての説明,通訳」,「交通安全の教育の実施,通訳」,「医療機関への付き添い,通訳」は実施頻度が多く,80%以上の団体がその対応が簡単であると回答した一方で,「精神の不調に関する相談対応」,「結婚,妊娠,出産における相談対応」,「セクハラ,パワハラへの相談対応」が簡単であると回答した割合は30–40%であった.産業保健職との連携の経験があった監理団体では,「交通安全の教育の実施,通訳」(p値 = .049)に有意差を認め,「安全衛生教育の実施,通訳」(p値 = .072)の実施が簡単であると回答する割合が高くなる傾向を認めた.考察と結論:監理団体は技能実習生のメンタルヘルス不調,結婚・妊娠・出産,ハラスメントへの相談対応に最も課題を抱えていた.産業保健職との連携の経験があった監理団体は,交通安全や安全衛生の教育をより簡単だと感じる傾向にあった.そのため,監理団体と産業保健職との連携促進に,教育機会や教育を計画する安全衛生の担当者の存在が重要だと考えられた.
著者
二瓶 映美 安齋 由貴子
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.64, no.4, pp.173-185, 2022-07-20 (Released:2022-07-25)
参考文献数
21
被引用文献数
2

目的:30歳代および40歳代(以下,成人中期とする)の喫煙率は約37%であり他の年代に比べて高く,そのうち,約4人に1人は「たばこをやめたい」という意志を持っている.産業保健職はこのような禁煙希望者をはじめとする喫煙者の禁煙支援にあたり,まずは禁煙外来への受診を勧めるが,受診につながらないケースも少なくない.一方で,自力で禁煙に成功した者が多いという報告もある.しかし,喫煙はニコチン依存であり,禁煙希望者が自力で継続していくのは容易ではない.また,直ちに禁煙の意志がない者など喫煙者の禁煙希望は多様であり,産業保健職は喫煙者の禁煙支援にあたり,禁煙への取組み状況を的確に捉え,それに応じた支援を行っていく必要がある.これには禁煙成功者が禁煙に取り組んできた体験が参考になると考えた.そこで,本研究では成人中期男性労働者が禁煙成功に至った体験の特徴を明らかにし,その特徴を捉えた禁煙支援の在り方について検討することを目的とした.対象と方法:成人中期男性労働者で,1日あたり平均5本以上の喫煙歴があり,禁煙外来の治療を受けずに現在6か月以上禁煙している者とした.14名の協力を得て,半構造化面接を30–60分程度行った.面接は,喫煙開始時から禁煙を試みたきっかけ,禁煙方法や取り組む中での心境や状況の変化,過去の失敗経験,現在の思いについて,インタビューガイドを用いて実施した.面接内容の逐語録を作成し,質的帰納的に分析を行い,ラベル,サブカテゴリ,カテゴリ,コアカテゴリを抽出した.結果:成人中期男性労働者が禁煙成功に至った体験の特徴を表す概念として,683のラベルおよび117のサブカテゴリ,32のカテゴリが抽出され,最終的に9つのコアカテゴリが抽出された.以下,コアカテゴリを【 】,カテゴリを≪ ≫で示す.まず,研究協力者は【禁煙の挑戦に対する躊躇】を抱いていたが,喫煙者を取り巻く社会の変化等により【喫煙者であり続けることへの懐疑】を抱き,【困難な挑戦を始める覚悟】をしていた.禁煙開始後は,【たばこからの離脱に伴う苦痛】の中でも【自分に合う禁煙方法の試行錯誤】や【気力を盾にした喫煙欲求との戦い】により,【禁煙成功が実現できそうな予感】を感じ始めていた.さらに禁煙の継続により,【禁煙成功者としての生き方の確立】を獲得する一方で,【禁煙後に遭遇した戸惑い】を感じていた.また,≪喫煙でマイナスイメージを持たれるのを回避する≫,≪他者に対する自分のプライドを守る≫,≪周りから認められたことに喜びを感じる≫と,他者との関係性を示すカテゴリが抽出され,周囲からの評価を意識していることが明らかになった.考察と結論:本研究の結果から,【喫煙者であり続けることへの懐疑】は,禁煙挑戦への転換点として捉えられた.禁煙支援にあたり,まずは喫煙者が【喫煙者であり続けることへの懐疑】の思いにつながるアプローチを行うことが重要であると示唆される.禁煙後は,【禁煙後に遭遇した戸惑い】を軽減し【禁煙成功者としての生き方の確立】をし続けられるように,継続的なフォローアップが必要であると考えられる.さらに,本研究では周囲の評価を気にする意識が禁煙に対する行動変容につながることが示され,「公的自意識」に対するアプローチは新たな知見となる可能性が示唆された.
著者
小川 真規 和田 耕治 小森 友貴 太田 由紀
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.32-41, 2022-01-20 (Released:2022-01-25)
参考文献数
12

目的:病院機能評価に認定された関東地方の医療機関における産業保健活動を把握することである.方法:470医療機関に質問票を郵送した.質問項目は,病院規模,産業保健体制,感染症対策,メンタルヘルス対策,働き方改革への取り組み,産業保健上の優先課題である.結果:140医療機関から回答を得た.職場巡視の毎月実施率は6割弱であった.入職時の肝炎検査,4種抗体検査は65%程度の実施率だが,インフルエンザワクチンはすべての医療機関で行われていた.多くの医療機関で産業医にメンタルヘルスに関する相談ができる体制があった.働き方改革は,カンファレンスの時間の工夫,タスクシフト・シェアに取り組んでいた.今後の課題は,血液媒介感染症予防,呼吸器感染対策,医療従事者の健康管理を多くの医療機関が挙げていた.結論:医療機関の産業保健活動は,法定項目及び感染症関連の項目は実施率が高かった.働き方改革は,カンファレンスの時間工夫,タスクシフト・シェアの取り組みが上位を占めていた.
著者
藤野 善久 高橋 直樹 横川 智子 茅嶋 康太郎 立石 清一郎 安部 治彦 大久保 靖司 森 晃爾
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.54, no.6, pp.267-275, 2012-12-20 (Released:2012-12-12)
参考文献数
9
被引用文献数
1 1

目的:産業医が実施する就業措置について,適用範囲,内容,判断基準など共通の認識が存在しているとは言えない.本研究では,現在実施されている就業措置の実態から,就業措置の文脈の類型化を試みた.方法:就業措置の文脈を発見するために,インタビューとフォーカスグループディスカッション(FGD)を実施した.インタビューは開業コンサルタントの医師6名に行った.またFGDは計6回,19名の医師が参加した.インタビューおよびFGDのスクリプトをコード化し,就業措置の類型化の原案作成を行った.つづいて,これら類型化の外的妥当性を検証するために,産業医にアンケートを実施し,就業措置事例を収集し,提示した類型への適合性を検証した.結果:インタビューおよびFGDのスクリプト分析から4つの類型が示唆された(類型1:就業が疾病経過に影響を与える場合の配慮,類型2:事故・公衆災害リスクの予防,類型3:健康管理(保健指導・受診勧奨),類型4:企業・職場への注意喚起・コミュニケーション).また,産業医アンケートで収集した48の措置事例はすべて提示した4つの類型のいずれかに分類可能であった.また,この4類型に該当しない事例はなかった.収集した事例から,類型5:適性判断を加え,本研究では最終的に,産業医が実施する就業措置として5類型を提示した.考察:現在,産業医が実施する就業措置は,複数の文脈で実施されていることが明らかとなった.ここで提示した5類型では,医師,労働者,企業が担うリスクの責任や判断の主体が異なる.このように就業措置の文脈を明示的に確認することは,関係者間での合意形成を促すと考えられる.
著者
金森 悟 甲斐 裕子 川又 華代 楠本 真理 高宮 朋子 大谷 由美子 小田切 優子 福島 教照 井上 茂
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.57, no.6, pp.297-305, 2015 (Released:2015-12-18)
参考文献数
13
被引用文献数
4 4

目的:全国の企業を対象に,事業場の産業看護職の有無と健康づくり活動の実施との関連について,企業の規模や健康づくりの方針も考慮した上で明らかにすることを目的とした.方法:東京証券取引所の上場企業のうち,従業員数50名以上の3,266社を対象とした.郵送法による質問紙調査を行い,回答者には担当する事業場についての回答を求めた.目的変数を種類別健康づくり活動(栄養,運動,睡眠,メンタルヘルス,禁煙,飲酒,歯科)の実施,説明変数を産業看護職の有無,調整変数を業種,企業の従業員数,健康づくりの推進に関する会社方針の存在,産業医の有無としたロジスティック回帰分析を行った.結果:対象のうち415社から回収した(回収率12.7%).産業看護職がいる事業場は172社(41.4%)であった.健康づくり活動の実施は,メンタルヘルス295社(71.1%),禁煙133社(32.0%),運動99社(23.9%),栄養75社(18.1%),歯科49社(11.8%),睡眠39社(9.4%),飲酒26社(6.3%)の順で多かった.産業看護職がいない事業場を基準とした場合,産業看護職がいる事業場における健康づくり活動実施のオッズ比は,メンタルヘルス2.43(95%信頼区間: 1.32–4.48),禁煙3.70(2.14–6.38),運動4.98(2.65–9.35),栄養8.34(3.86–18.03),歯科4.25(1.87–9.62),飲酒8.96(2.24–35.92)で,睡眠を除きいずれも有意であった.従業員数が499名以下と500名以上の事業場で層化し,同様の解析を行った結果,いずれの事業場においても,禁煙,運動,栄養に関する健康づくり活動実施のオッズ比は有意に高かった.しかし,メンタルヘルスと歯科については,499名以下の事業場のみ実施のオッズ比が有意に高かった.結論:全国の上場企業の事業場において,企業の規模や健康づくりの方針を考慮した上でも,産業看護職がいる事業場はいない事業場と比較して栄養,運動,メンタルヘルス,禁煙,飲酒,歯科の健康づくり活動を実施していた.健康づくり活動の実施には,事業場の産業看護職の存在が関連していることが示唆された.
著者
寶珠山 務
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.45, no.5, pp.187-193, 2003 (Released:2004-09-10)
参考文献数
42
被引用文献数
7 11

いわゆる過労死は, 医学的な概念ではなく, 過重労働により虚血性心疾患や脳血管疾患など致死的職業性疾病が発症したと判断されて労災補償認定がなされたものを指す. 近年の文献レビューから明らかになったことは, 1) 多くの研究で過重労働は心血管系疾患の発症やリスク因子の増悪を促進することが支持されていること, 2) 過重労働により死亡リスクを直接示した研究報告は今のところなされていないこと, および3) 過重労働による健康障害は労働者の特性により変化し得ることである. いわゆる過労死の最近の認定割合は増加傾向にあり, 1988年度の3.1%から2001年度には20.7%に達したが, これは認定基準の改正と関係があると思われる. 認定基準に盛り込まれた過重労働があるか否かの判断の対象になる期間は, 1987年に示されたものには1週間であったが, 2001年に示された最新のものでは最長で6カ月まで拡張された. 社会学的な分析によれば, 日本の長時間労働は, 労働時間制度だけでなく, 労働に関する社会文化的背景と関係することが指摘されている. 2002年に厚生労働省から発表された過重労働の健康影響の予防対策は, いわゆる過労死の発生予防を目的とした初めての政策であり, 全ての労働者にひと月の残業時間が45時間を超えないように求めたもので, さらに, それが100時間を超えた労働の実態があった場合は, 当該労働者および事業場へ指導が課されることになっている. その政策は全労働者を一律に対象とするPopulation strategyであり, 特定のリスクファクターを有する労働者などを対象にしたHigh-risk strategyではない. その施策の実施にあたって, 弾力性のある活用, 例えば, 高齢労働者や高ストレス状態にある労働者に対し, 職場の生産サイクルと歩調を合わせた管理を強化すること等で, より実効性のある成果が得られるものと思われる. 特に, 産業医や産業看護職などの産業保健専門職は, いわゆる過労死問題の解決への重要な役割を果たし得ると思われ, 政策決定のエビデンスの確立を目指した調査研究への取り組みやさらなる対策への進展にも関与することが期待される.
著者
小松 優紀 甲斐 裕子 永松 俊哉 志和 忠志 須山 靖男 杉本 正子
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.140-140, 2010 (Released:2010-06-02)
参考文献数
47
被引用文献数
5 10

職業性ストレスと抑うつの関係における職場のソーシャルサポートの緩衝効果の検討:小松優紀ほか.東邦大学医学部看護学科―目的:本研究は,職業性ストレスと抑うつの関連性における職場のソーシャルサポート(以下サポート)の緩衝効果について検証することを目的とした. 対象と方法:調査方法は無記名自記式質問紙を用いた横断的研究である.対象者は某精密機器製造工場に勤務する40歳以上の男性712名であった.調査項目は,年齢,職種等の属性,抑うつ,職業性ストレス(仕事の要求度・仕事のコントロール),職場のサポート(上司のサポート・同僚のサポート)等であった.職業性ストレスと職場のサポートの測定はJCQ職業性ストレス調査票(JCQ)を用いた.抑うつは抑うつ状態自己評価尺度(CES-D)を用い,得点が16点以上の者を抑うつ傾向とした.職業性ストレス,サポートについては各尺度の得点を中央値で二分し,得点の高い群を高群,低い群を低群とした.職業性ストレスおよびサポートの高低別のCES-D得点の平均値の比較をt検定にて行った.またCES-D得点を従属変数とし,対象者の属性,職業性ストレス,サポート,職業性ストレスとサポートの交互作用項を独立変数として階層的重回帰分析を行った.交互作用が有意であった場合には,年齢を共変量として共分散分析を行い,職業性ストレスの高低別にサポートの高低がCES-D得点に及ぼす効果を検討した. 結果:調査の結果,全対象者のうち抑うつ傾向者は23.2%であった.仕事の要求度の高低別のCES-D得点は,高群が低群よりも有意に高かった.仕事のコントロール,上司のサポート,同僚のサポートそれぞれにおけるCES-D得点は,各低群が高群よりも有意に高値であった.階層的重回帰分析を行った結果,仕事の要求度,仕事のコントロール,上司のサポート,同僚のサポートはそれぞれCES-D得点に対する有意な主効果が認められた.さらに仕事のコントロールと上司のサポートの要因間でCES-D得点に対する有意な交互作用が認められた.また,仕事のコントロールの低い状況でのみ,上司のサポート高群よりも低群のCES-D得点が有意に高値であった. 結論:これらのことから,上司によるサポートは仕事のコントロールの低さと関連する抑うつを緩衝する効果がある可能性が示唆された. (産衛誌2010; 52: 140-148)
著者
横川 智子 佐々木 七恵 平岡 晃 立石 清一郎 堤 明純 森 晃爾
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.54, no.5, pp.163-173, 2012-09-20 (Released:2012-10-24)
参考文献数
77
被引用文献数
2 2

目的: 健康診断結果をもとにした職務適性評価および就業上の措置に関する海外の文献を調査分析し,就業上の措置に関する明確な判断基準や数値基準に関わる情報や職務適性評価の過程における手順や留意点を見出すことを目的とする. 方法: 職務適性に関連するキーワードをもとにPubMedで検索して英文の文献を入手し,調査対象となった論文の国,健康診断のタイミング,職務適性評価の対象疾患,対象職業,対象者の健康度による分類,職務適性評価の目的や基準における考え方,職務適性評価の決定プロセスについて文献を整理し分析した. 結果: 条件に該当した英語論文は70件であった.これらの文献では,職務適性評価に関連して以下の2点に着目していた.1) 労働者自身および周囲の労働者,公共に対する安全の確保およびリスクの回避,2) 軍人や消防士のような業種における危険に対応できる能力.さらに障害者や有病者については,事業者の責任としての合理的配慮という考え方が求められていた.各論文中で述べられている職務適性評価の決定プロセスについては,どの国においても,1)職務分析,2)障害・疾病によって生じている職務に関連した制限・リスク評価といった労働者分析,3)障害者と事業者との話し合いによる合理的配慮の提示および実現可能性や有効性,コスト等に基づく評価からの必要な就業配慮の選択,4) 1)~3)の内容と各分野の専門家の意見をもとにした職務適性判断という流れが示されていた. 考察: 本調査により,医師による健康診断結果をもとにした就業上の措置に関する意見の明確な判断基準や数値基準に関わる情報を見出すことはできなかったが,労働者の健康度と職務の要求度および危険度を照合した上で職務適性を評価するプロセスを明らかにすること,就業上必要な意見を述べる技術力が医師に求められていることが改めて確認された.さらに障害者や有病者の職務適性評価に関して,日本においても事業者の義務としての合理的配慮について注目されることが予想される.健診事後措置においては判断基準や数値基準に頼るだけでなく,意見を述べる際の手順や留意点を明確にする必要がある.さらに就業上の意見を述べなければいけない医師には,職務適性評価を行う十分な技術が求められることが示唆された.
著者
職域における喫煙対策研究会 大和 浩 姜 英 朝長 諒 藤本 俊樹 中川 恒夫 平野 公康
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.64, no.3, pp.146-151, 2022-05-20 (Released:2022-05-25)
参考文献数
6

目的:改正健康増進法では,バスやタクシーなど旅客運送用車両での喫煙は禁止され,屋外や家庭,それ以外の車両等で喫煙する場合についても「望まない受動喫煙が発生しないように配慮すること」が求められている.しかし,一般企業の業務車両や自家用車で同乗者が居るにもかかわらず喫煙している状況が散見される.本研究では,車両の中で喫煙した場合の受動喫煙の実態を明らかにすることを目的とした.対象と方法:5人乗りの自動車内で運転者が紙巻きタバコを1本喫煙し,すべての窓を閉鎖した状態,一部の窓を開けた状態,すべての窓を開放した状態の計6パターンで,助手席と後部座席において喫煙により発生する微小粒子状物質(PM2.5)の濃度をデジタル粉じん計で測定した.なお,結果:すべての窓を閉鎖した状態では車内のPM2.5 は 3,400 μg/m3 に達した.一部の窓を 10 cm開けてもPM2.5 は 500~3,000 μg/m3,すべての窓を開放しても数百~1,500 μg/m3 と高い濃度になることが認められた.考察と結論:業務車両や自家用車で同乗者の望まない受動喫煙を防ぐ配慮としては,窓を開放する対策では不適切であり,車内で喫煙しないことが求められる.
著者
塩崎 万起 宮井 信行 森岡 郁晴 内海 みよ子 小池 廣昭 有田 幹雄 宮下 和久
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.115-124, 2013 (Released:2013-08-15)
参考文献数
29
被引用文献数
5 6

目的:警察官は他の公務員と比べて心疾患による休業率が高く,在職死亡においても常に心疾患は死因の上位を占めることから重要な課題となっている.本研究では,A県の男性警察官を対象に,近年増加傾向にある虚血性心疾患に焦点をあて,各種危険因子の保有状況とその背景要因としての勤務状況や生活様式の特徴を明らかにすることを目的として検討を行った.対象と方法: 症例対照研究により,虚血性心疾患の発症に関連する危険因子について検討した.対象はA県警察の男性警察官で,1996–2011年に新規に虚血性心疾患を発症した58名を症例群,脳・心血管疾患の既往がない者の中から年齢と階級をマッチさせて抽出した116名を対照群とした.虚血性心疾患の発症5年前の健診データを用いて,肥満,高血圧,脂質異常症,耐糖能障害,高尿酸血症,喫煙の有無を両群で比較するとともに,多重ロジスティック回帰分析を用いて調整オッズ比を算出した.続いて,男性警察官1,539名と一般職員153名を対象に,横断的な資料に基づいて,各種危険因子の保有率およびメタボリックシンドローム (MetS) の有所見率,勤務状況および生活様式の特徴を年齢階層別に比較検討した.結果: 虚血性心疾患を発症した症例群では,対照群に比べて発症5年前での高血圧,耐糖能障害,高LDL-C血症,高尿酸血症の保有率が有意に高かった.多重ロジスティック回帰分析では高血圧(オッズ比 [95%信頼区間]:3.96 [1.82–8.59]),耐糖能異常 (3.28 [1.34–8.03]),低HDL-C血症 (2.26 [1.03–4.97]),高LDL-C血症 (2.18 [1.03–4.61]) が有意な独立の危険因子となった(モデルχ2:p<0.001,判別的中率:77.0%).また,警察官は一般職員に比べて腹部肥満者 (腹囲85 cm以上)の割合が有意に高く(57.3% vs. 35.3%, p<0.001),年齢階層の上昇に伴う脂質異常症や耐糖能障害の有所見率の増加もより顕著であった.45–59歳の年齢階層では個人における危険因子の集積数(1.8個 vs. 1.4個, p<0.01)が有意に高く,MetS該当者の割合も高率であった(25.0% vs. 15.5%, p<0.1).さらに,MetS該当者では,交替制勤務者が多く (33.6% vs. 25.4%, p<0.01),熟睡感の不足を訴える者 (42.5% vs. 33.7%, p<0.01),多量飲酒者 (12.8% vs. 6.3%, p<0.01)の割合が高くなっていた.結論:警察官においても高血圧,耐糖能障害,脂質異常症などの既知の危険因子が虚血性心疾患の発症と関連することが示された.また,警察官は加齢による各種危険因子の保有率およびMetS該当者の割合の増加が一般職員よりも顕著であり,その背景要因として,交替制勤務や長時間労働などの勤務形態と,飲酒や睡眠の状態などの生活様式の影響が示唆された.
著者
岩切 一幸 高橋 正也 外山 みどり 平田 衛 久永 直見
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.12-20, 2007 (Released:2007-02-16)
参考文献数
23
被引用文献数
23 17

高齢者介護施設における介護機器の使用状況とその問題点:岩切一幸ほか.独立行政法人労働安全衛生総合研究所―近年,介護者の筋骨格系障害が急速に増加している.この対策としては,介護機器の使用が必要と考えられることから,現在の高齢者介護施設における介護機器の使用状況と問題点・要望を把握することを目的としたアンケート調査を実施した.調査では,特別養護老人ホーム2施設と介護老人保健施設1施設を対象に,事業所調査票と個人調査票を配布した.解析対象者は,平均年齢32.2歳の介護福祉士およびケアワーカーの81名(女性63名,男性18名)とした.施設の平均入所者数は70.0名,平均要介護度は3.6であった.3施設とも車いすと高さ可変式ベッドは必要数確保されており,常に使用されていた.しかし,床走行式リフト,天井走行式リフト,スライディングボードの導入数は少なく,それぞれの使用割合も14.8%,16.0%,23.5%と低かった.特に使用割合の低かったリフトの問題点は,乗り降りに手間がかかる,落下の危険性を感じるであった.その他にも,機器の問題点や改良への要望があげられた.介護者は,約9割の者が介護動作に関する教育や訓練を受けていたにも関わらず,移乗作業での腰部負担は大きいと訴えていた.このことから,筋骨格系障害の予防策としては,欧米のような介護機器の使用が必要と考えられた.また,そのためには,使い勝手を考慮した機器の改良も必要と考えられた. (産衛誌2007; 49: 12-20)
著者
川又 華代 金森 悟 甲斐 裕子 楠本 真理 佐藤 さとみ 陣内 裕成
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
pp.2022-017-E, (Released:2023-03-19)

目的:身体活動の効果のエビデンスは集積されているが,事業場では身体活動促進事業は十分に行われておらず,「エビデンス・プラクティス ギャップ」が存在する.このギャップを埋めるために,本研究では,わが国の事業場における身体活動促進事業に関連する組織要因を明らかにすることを目的とした.対象と方法:全国の上場企業(従業員数50人以上)3,266社を対象に,郵送法による自記式質問紙調査を行った.調査項目は,身体活動促進事業の有無,組織要因29項目とした.組織要因は,事業場の健康管理担当者へのインタビューから抽出し,実装研究のためのフレームワークCFIR(the Consolidated Framework For Implementation Research)に沿って概念整理を行った.目的変数を身体活動促進事業の有無,説明変数を組織要因該当総数の各四分位群(Q1~Q4),共変量を事業場の基本属性とした多重ロジスティック回帰分析を行った.最後に,各組織要因の該当率と身体活動促進事業の有無との関連について多重ロジスティック回帰分析を行った.結果:解析対象となった事業所は301社であり,98社(32.6%)が身体活動促進事業を行っていた.Q1を基準とした各群の身体活動促進事業の調整オッズ比は,Q2で1.88(0.62–5.70),Q3で3.38(1.21–9.43),Q4で29.69(9.95–88.59)であった(傾向p値 < .001).各組織要因と身体活動促進事業との関連については,CFIRの構成概念のうち「内的セッティング」に高オッズ比の項目が多く,上位から「身体活動促進事業の前例がある」12.50(6.42–24.34),「健康管理部門の予算がある」10.36(5.24–20.47),「健康管理部門責任者の理解」8.41(4.43–15.99)「職場管理者の理解」7.63(4.16–14.02),「従業員からの要望」7.31(3.42–15.64)であった.考察と結論:組織要因該当数と身体活動促進事業の有無に量反応関連が認められ,組織要因の拡充が身体活動促進事業につながる可能性が示唆された.特に,社内の風土づくりや関係者の理解の促進が有用であると推察された.