著者
植田 英三郎
出版者
大阪府立大学
雑誌
大阪府立大學經濟研究 (ISSN:04516184)
巻号頁・発行日
vol.53, no.3, pp.95-111, 2007-12
著者
東 優子 三田 優子 石井 由香理 齋藤 圭介 元山 琴菜 宮田 りりぃ
出版者
大阪府立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2012-04-01

研究開始当初、ジェンダー非同調性をめぐる的国際的議論において、日本を含むアジア地域の固有の経験や営み(文化的装置)が反映されることがほとんどなかった。また国内では90年年代以降に輸入された精神疾患概念「性同一性障害」に依拠して支援システムが構築されてきた。本研究では、1)1990年から2012年までに国内で発表された1483本の文献資料を収集し、学問領域別に「性同一性障害」の言説の発展と定着の経緯を分析し、2)他のアジア諸国の現況については、国際的組織が主体となって実施したケア・支援システムの現況調査に協力し、冊子資料の策定とその邦訳版制作に関わった。
著者
道下 雄大 山口 裕文
出版者
大阪府立大学
雑誌
大阪府立大学大学院生命環境科学研究科学術報告 (ISSN:18816789)
巻号頁・発行日
vol.58, pp.13-37, 2006
被引用文献数
1

民家庭園など人の身近な場には,遺伝資源または文化遺産として重要なさまざまな維管束植物が生育している。これらの植物の多様性を体系的に知るために,2005年の春と秋に長崎県平戸市の2集落と松浦市の2集落において庭園に生育する維管束植物を調査し,その利用法と導入経緯を聞き取り調査した。確認された161科868種の植物について,確認した戸数,常在度,鉢植えの実態(鉢比率),利用法をまとめた。有用植物では,ナンテン,イヌマキ,ヒラドツツジ,ツワブキ,ツバキ,マンリョウ,シンビジュームの順で常在度が高く,雑草ではカタバミ,オニタビラコ,ムラサキカタバミ,メヒシバ,ツユクサ,キツネノマゴ,コミカンソウ,ツメクサの順に常在度が高かった。651種の植物は,観賞用,垣根,食用,薬用,儀礼用,工芸用などにされていた。有用植物の約8割は観賞用で,花や葉や果実が観賞対象とされ,盆栽や忍玉としても利用されていた。国外産多肉植物は鉢植えとされる傾向が高く,シンビジューム,フチベンベンケイ,クンシラン,クジャクサボテンの順で鉢比率が高かった。40科58種では地方名を記録した。調査対象地の民家庭園の植物は,観賞植物を中心として高い多様性を示した。
著者
村田 京子
出版者
大阪府立大学
雑誌
人間科学 : 大阪府立大学紀要 (ISSN:18808387)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.115-139, 2006

バルザックの『ベアトリクス』に登場する女性作家カミーユ・モーパンは、バルザックと親しかったジョルジュ・サンドがモデルである。本稿ではカミーユという人物を通して、バルザックが思い描くサンド像を、他の男性作家たちの女性作家論と比較しながら分析する。まず、femme ecrivainとfemme auteurの違いを指摘しておきたい。というのも、バルザックは両者を明確に区別し、カミーユはecrivainであってfemme auteurではないと否定しているからだ[以下、便宜上femme ecrivainを「女性作家」、femme auteurを「女流作家」と訳す]。実際、バルザックの未完の作品『女流作家』には、カミーユと性質の全く異なる女性が登場する。主人公の女性は、7月王政期に流行した「ジャンリス夫人風の文学」[道徳的な教訓に満ちた作品]を目指すブルジョワ作家である。作者hはこうした文学を痛烈に批判し、彼女をbas-bleu[ブルーストッキング]と呼んで「作家になることで、女ではなくなる」と述べている。Bas-bleuという言葉は1820年代に「文学かぶれの女」という意味で使われ始め、40年代にはbas-bleuは新聞や本、芝居などで非難・中傷の的になった。その根底には、当時のジェンダー規範が関っている。フランス革命以降、公的生活と私的生活が分離し、女性の役割は「妻」「母」という家庭内の領域に限られるようになる。それゆえ、女性が作家となって私的空間から公的空間に移行することはジェンダー規範に抵触し、「女ではなくなる」ことを意味する。さらに「作家」は知的創造に関わり、男の職業でも高次の機能を果たすものであった。それを女性が行うことは男の眼には「力の簒奪」と映ったのである。また、Bas-bleu批判には性的メタファーが用いられたが、それは「出版=思想の切り売り」とみなす「思想の売春」という考えに基づく。それは男性作家にも付きまとう強迫観念で、ましてや女性の場合、その肉体と結びつけられ「売春婦」扱いされた。男の側からのこうした批判の矢面に立ったのが、ジョルジュ・サンドであった。したがって、女性が公的空間で知的能力を発揮するのはエゴイズムの所産とみなされ、その能力は家庭内に留めるべきだとされた。バルザックも例外ではなく、女性の作家が次々に輩出される当時の傾向をサンド主義と呼んで非難している。ただし、サンド本人に関しては、例外的存在として、その能力を高く評価した。それゆえ、サンドをモデルとしたカミーユ・モーパンは「女流作家」とは違い、真の天分に恵まれた作家として登場する。実際、カミーユは生い立ちや身体的特徴など様々な点でサンドに酷似している。とりわけ両者とも男の特徴を有し、両性具有的な性質を帯びている。自己の内に自立精神を育み、男の特権とされる知性と行動力を備え、しかも女の魅力に輝くカミーユはまさに両性具有の夢を実現していた。彼女の自由な生き方は、伝統的な道徳を重んじる人々には「怪物じみたこと(monstruosite)」として映っている。彼らにとって彼女は精神的にも肉体的にも堕落した女で、既成秩序を乱す「怪物」であった。それは「女流作家」に対する当時の社会の反応を写し取ったものである。それに対して語り手は、カミーユの怪物性はむしろ、「女性特有の弱さ」を持たず、普通の人間を超越した、その偉大性にあるとしている。彼女の悲劇は、彼女が偉大すぎて男の愛の対象になり得ないことであった。カミーユがカリストとの愛に破れたのも、その力ゆえんであった。それはバルザックがサンドに見出したもので、カミーユ=サンドは力を獲得することで、従来の男女の支配関係を逆転させたが、その優越性が女としての幸福を妨げてしまったと、彼は考えている。カミーユは最後には地上の愛を断念し、僧院に引きこもる。同時に、自らの作家人生を「エゴイズムの発作」と呼んで全否定するようになる。当時の社会的規範を超越したかのように見えたカミーユも結局、こうした規範を内在化せざるを得ない。そこには、当時のジェンダー観に影響されたバルザックの考えが反映されている。カミーユのmonstruositeとしてはさらに、母性愛の欠如を挙げることができる。バルザックは母性愛を最も崇高な感情とみなし、母親になることを女性の「天職」と考えている。彼は『人間喜劇』の中で、不幸な結婚に苦しむ女性を多く登場させているが、サンドのように結婚制度への異議申し立てをするのではなく、満たされない愛情を母性愛に昇華するよう勧めている。その観点に立てば、母性愛を拒否するカミーユは一種の奇形(monstruosite)であったが、彼女もまたカリストの「知性の母親」になることで、「怪物」から崇高な「母親」に変貌する。それに対して2人の子どもの母であるサンドは母性愛を重視するものの、バルザックの勧めるような、父権制の枠の中で献身的な母親の役割を果たすのではなく、女としての自己実現と母性愛を両立させようとしている。そこにサンドとバルザックの考えの相違が見出せる。最後にカミーユの「作家」性について述べておきたい。バルザックには女性がなぜ書くのか、どのような主題で書くのかといった女のエクリチュールへの問題意識は見当たらない。カミーユの作家活動は書くことではなく、むしろ行動そのものにあり、言葉の力によって他者の心を支配し、その運命の「作者」になることであった。『ベアトリクス』では男の登場人物はすべて、彼女に操られる客体であって、行動の主体ではない。それもまた、彼女のmonstruositeの本質を成している。バルザックはカミーユによって象徴される女性の脅威を悪魔祓いするためにも、彼女にそれまでの人生を全否定させ、僧院に追いやって沈黙を課したように思える。そこに、優れた才能を持つ女性作家を評価しながらもその力を恐れる、バルザックの両面的な感情が見出せる。そしてそれが、バルザックのジョルジュ・サンド観でもあった。
著者
宮崎 真由
出版者
大阪府立大学
雑誌
人間社会学研究集録 (ISSN:1880683X)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.73-94, 2006-03-31

Despite the liberty of individuals, the government sometimes compels an individual to refrain from a particular act 'for his/her own good'. This is usually justified by one of the following arguments: harm to others, offense to others, legal moralism, or paternalism. Our purpose in this paper is to examine the arguments justified by paternalism and to suggest more precise criteria for invoking paternalism. We have identified two distinct types of situations where paternalistic restrictions are justified. In one case, a person is acting in a non-rational fashion, while in the other, a person is acting in a completely rational fashion. There are some stronger arguments against paternalism in the latter situation. However, we may regard paternalism as justified when a nation needs to protect or promote its basic "goods", such as health, which any reasonable individual would want to have, as Gerald Dworkin has suggested, except that some individuals clearly express their will to refuse their basic "goods". Therefore, we admit that fully rational individuals' decisions should be respected and that they should pursue their own good. However, we can allow authority's interference with an individual's choices as long as that interference is related to his/her basic "goods", such as life or health.
著者
Britton Joseph
出版者
大阪府立大学
雑誌
言語と文化 (ISSN:13478966)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.11-27, 2007-03

The Japanese youth are re-defining and re-shaping themselves-physically, mentally and spiritually. What does this new presentation mean for Japan's future and how is it influencing the youth culture's perception of communication? This paper, part of which is based upon my interviewing (400) 18-22 year old Japanese, along with a control group of (20) 23-60 year old working Japanese over a period of 7 years will begin by exploring the changing nature of Japan's youth and their tendencies. A special focus will be placed on the rising power of Japan's otaku-nerds/geeks; especially the akiba-kei- the gadget obsessed, self-centered, young men and the fast growing number of women. Next, we will take a journey into the unique communication paths they are forging with robots and through the mediums of simulated games and virtual social networks. And last, we will examine the refreshingly new social interaction products they are cultivating and, in turn, the challenges these innovations place upon society. My premise is that Japan is becoming an otacool nation. This word I have created is a combination of otaku and the intriguingly, fashionable social distinction of being cool.
著者
東野 哲三
出版者
大阪府立大学
雑誌
大阪府立大学紀要農学・生物学 (ISSN:03663353)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.127-161, 1963-03-31
被引用文献数
1

繊維素原料としての竹パルプの利用面を開拓するために,また竹パルプより抄造された紙の性質を改善するために,パルプの主要部分である竹繊維の理化学的性質並びにその微細構造を十分理解しておく必要がある.一方パルプ原料としての竹材の伐採時期は化学的にはいつがよいか,或はまた竹材の化学成分から見てパルプ化の方法としては,如何なる蒸煮法が適当であるか等も明らかにすべき重要な問題である.これら竹繊維の利用を中心とする化学的な諸問題を,追究した結果を要約すれば次のようである.1 竹材の伐採時期について 発筍後1〜2ケ月の筍はリグニン含量が成竹の約50%であり,そのホロセルロース含量並びに繊維素の平均重合度は成竹と殆んど変らない.従って化学成分上では成竹に比べて遜色がないが,絶乾物の収量が低いのでパルプ原料としては難点がある.しかし発筍4〜6ケ月以後は生育15年以上に至っても,リグニンの含量は殆んど差がない.すなわちすでに4〜6ケ月で木質化は完了しているのである.従って4〜6ケ月後の幼竹は成竹と蒸解性に大きな差はない.またこの幼竹は,竹稈の形態並びに絶乾物収量上にも,或は繊維膜構造上においても成竹と全く変らず,従って竹材は4〜6ケ月乃至遅くとも1年にしてパルプ原料として使用可能である.これは木材の伐採時期とは比較にはならぬほど早い.それ故竹の伐採時期は従来考えられていた3〜5年よりさらに早めて,4ケ月〜1年にて使用するよう栽培面で改良を加えることが望ましい.2 竹材の化学成分 竹材の化学成分組成を見るに,リグニンは約20%で松材より少ないが,ペントザンは20〜25%でかなり多い.そのためアルカリ抽出物が極めて多い.例えば1%NaOH抽出物として竹材の30%近くが溶出する.この抽出物中の主要構成糖はキシロースでその他にアラピノース等の微量の糖を伴う.従ってアルカリ蒸解では脱リグニンは容易であるが,ヘミセルロースが溶出し易いので,その蒸煮法については注意を要する.3 竹材の薬液浸透性 竹の導管は直径が大きく上下に通じているので,これを通路とする竹稈軸方向の浸透が最も速やかであり,次に膜が薄い柔細胞を通じての切線方向並びに内側からの半径方向の浸透が速く,外側並びに節部はその特殊な構造のため浸透が極めて遅い.また繊維組織は緻密で,細胞内腔及び紋孔が極めて狭少なため浸透性が最も悪い.従って竹材は初期の組織間浸透は松材と同程度に進み,速やかにその平衡点に達するが,その後の繊維組織内の浸透は著るしく遅い.元来蒸解とは脱リグニンによる繊維組織の離解であるから,問題となるのは内部の浸透である.かゝる意味では竹材の薬液の浸透は容易とは言えない.次に竹チップに対する各種溶液の浸透状態を比較するに,化学成分の影響によってアルカリ溶液が最も浸透速やかであり,水,黒液,酸及び塩類の順に浸透は遅くなる.4 竹材の蒸解 竹材はへミセルロースが多く,組織内の薬液浸透が遅いので,亜硫酸(石灰)法では黒煮を起し易い.従って同法は適当でない.しかし中性亜硫酸塩法ではこのような危険はなく竹材には好適である.一方クラフト法は薬液の浸透がよく蒸解は容易であるが,へミセルロースが溶解し易くパルプ収量が低下する恐れがあるので,竹材には必ずしも好適とは言えない.従ってクラフト法を適用するときは,出来るだけへミセルロースの溶出の少ない条件を選ぶか,薬品使用量を節減することを考えて同法の欠点を補うようにすべきであろう.(a)二段蒸煮:希アルカリによりあらかじめ可溶成分を抽出除去することにより,クラフト蒸解における薬品量が一部節減出来るのではないかと考えて実験を行ったが,結果はカセイソーダ抽出時に竹材がその抽出量に比例してアルカリをかなり消費するので,二段蒸煮の効果は表われず,この方法では蒸解薬品の節約は出来ないことがわかった.アルカリ抽出の代りに酸加水分解前処理を行っても同様効果は認められなかった.(b)クラフト一段法:竹材の蒸解速度は松材の10倍も早く,130℃前後の比較的低温度の蒸煮でもパルプ化が可能である(松材は170℃).従って1段法では低温蒸煮により蒸解を早目に止め,残存リグニンを多段漂白により除去するようにするがよい.蒸煮薬品の添加量については収率,脱リグニンの状態等から考えて有効NaOHはチップ当り16〜18%使用するのが適当であろう.5 竹繊維素の重合度分布 竹の天然繊維素の平均重合度は約1700で,直接硝化法による場合は分布曲線上に2個のPeak (D. P. 1000及び2000)が認められ,その分布の状態は松材のそれに類似しているが,均一性においてこれより高い.しかし竹のホロセルロース中の繊維素の重合度分布曲線にはPeakが1個見られるのみである.また竹のα-繊維素の場合は,それがうけたアルカリ処理の影響が著るしく,重合度はかなり低下している.このように重合度及びその分布状態において,竹の繊維素は松材のそれに比べて大差が見られず,従って繊維素製品の物理的性質に対する繊維素重合度の影響については,松材繊維の場合と同様に考えてよい.6 竹繊維の微細構造 (a)層状構造:竹繊維は膨潤に際して極めて多種多様の膨潤形態を表わすが,その膨潤形態における特徴は,二重乃至三重膨潤が起ることである.この三重膨潤の観察並びに膨潤により分化した層の計算から,竹繊維膜の層数は最少6層(くびれ部の3層,膨潤部の3層)からなることが認められる.また偏光顕微鏡直交ニコル下における竹繊維横断面の明暗層を合計すると,同じく6〜8層が存することが伺われる.さらに銀化処理せる横断面の顕微鏡観察により,竹繊維の膜壁には7〜9層が存在し,薄層(S1_0,S2_0,S3_0,S4_0及びT)と厚層(S1,S2,S3及びS4)とが交互に重なり合って出来ていることがわかった.(b)フィブリル走向:偏光顕微鏡並びに膨潤等顕微化学的研究結果より,薄層はフィブリルが繊維軸に鈍角に,厚層は鋭角に配列していることが推察出来る.(c)理化学的処理による微細構造の変化竹繊維は上記のように層状構造が明瞭で,フィブリル走向の異る層が交互に配列しているため,理化学的処理に対してはかなり特異的な態度を示す.例えば叩解処理により竹繊維は切断よりも層の剥離,割裂,フィブリル化の方が起り易い.また叩解の進行により繊維膜は外側から分離するが,場合によってはS1_0,S2_0等の層の影響によって特異な蛇腹状のたるみを生ずる.さらに叩解が進めばその部分が割裂し層の剥離並びに破砕が起る.剥離膜は微細にフィブリル化する.一方化学的処理例えば酸処理により,S1_0〜S3各層は変化を受け,細かくフィブリル束に横断され,一部は溶解消失する.しかしS4_0より内層にはその作用が達せず,従って銅安液処理により,S3層までのものとS4_0層より内層のものとからなる特異な膨潤体となって表われる.7 竹パルプの叩解性 (a)濾水性:ビーターのクリアランスの大なる場合の叩解では,小型繊維の竹BKPはブナBKPと同様,ロール刃と承刃との間を素通りする傾向があり叩解は遅い.ビーターのクリアランスの小なる場合は,竹BKPにおいても両刃間における圧力が大となり,その結果叩解速度は増大する.今フリーネスで表わした叩解速度を比較すれば,竹,松,ブナ各BKPは夫々3.3,2.7,1となり,竹BKPが最も大であり従って叩解が容易である.一方濾水時間(これはパルプ紙料の表面,専ら繊維形態特にその大小に支配される因子であるが)で叩解度を測れば,繊維の形状からしてこれは当然松,竹,ブナBKPの順序になることが予想される.しかるに濾水時間による叩解速度を比較すれば,竹,松,ブナ各BKPは夫々2.8,1.3,1となり竹パルプが極めて大である.これらのことは竹繊維がその特異な膜構造とヘミセルロース高含量のため,如何に叩解によりフィブリル化し,粘状化し易いかを示している.(b)比表面積:竹繊維は多層構造を有し,非結晶領域の部分がかなり多いため,未叩解竹パルプの比表面積はブナ,松材パルプよりかなり大である.前記のように竹パルプは叩解が早いので,比表面積もかなり変化すると考えられる.今叩解による比表面積の増大速度を比較すれば,竹,松,ブナ各BKPのそれは夫々5.6,5.0,1である.すなわち叩解により多層構造の竹繊維は,主として層の剥離,割裂を受けて膨潤,フィブリル化し比表面積が著るしく増大する.8 竹紙の強度 (a)抗張力及び破裂度:竹パルプはへミセルロースを多く含有するため,松材パルプより抗張力,破裂度に及ぼすへミセルロースの影響は大なる筈である.しかし未晒パルプの場合はその表面がリグニンで蔽われているため,へミセルロースの影響は表われないので,小型繊維の竹紙の抗張力,破裂度は松材のそれより遙かに弱い.しかし漂白すればへミセルロースの影響が表われ,竹パルプは叩解による膨潤,層の剥離並びにフィブリル化が活 となり,繊維間の接着及び絡合がよくなる.結果として竹紙の抗張力,破裂度は漂白により松材のそれのように低下することがないので,松材との強度差が殆んどなくなる.しかも叩解によりこれら強度は著るしく増大する.(b)引裂度:竹繊維はその多層構造から極めて強靭なるため,引裂きに対し松材繊維より抵抗性を示し,従って竹紙の引裂度は松材のそれより遙かに高い.しかし叩解の進行とともに竹紙の引裂度は低下する.(c)耐折皮:この強度は抗張力,破裂度の性質をかねているが,特に繊維の形態すなわち長短,大小に著るしく影響されるので,竹パルプのような小型繊維からなる紙の耐折度は極めて弱い.しかし竹パルプは叩解による層の剥離,並びにフィブリル化が顕著で接着力を増大するため,叩解の進行により耐折度は著るしく改善され松材のそれに接近する.しかしながらパルプを漂白すると耐折度は著るしく低下する.従って晒竹パルプは筆記・印刷紙用に,また未晒竹パルプは耐折度が高いので軽包装紙用パルプとしてその使途が考えられる.
著者
木曽 陽子
出版者
大阪府立大学
巻号頁・発行日
2014

学位記番号:論社第27号, 指導教員:田垣 正晋
著者
山本 由美子
出版者
大阪府立大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2015-04-01

本研究は生命科学技術、なかでも出生前検査をめぐる諸問題を中期中絶と女性の任意性に注目するものである。あらたな出生前検査の出現は、同検査と中絶をめぐる諸体制が、女性の身体リスクを過小評価したうえに成り立ってきたことを表面化させた。また特定の属性の胎児に焦点をあてる出生前検査やそれに伴う中絶を容認する根拠は、以前として曖昧であることを浮き彫りにした。本研究では、生殖をめぐって展開される生命科学技術と医療専門家および国家による統治と、そこに内包される問題を医学的・社会的・倫理的に明らかにした。また出生前検査と「言語的承認」の関係を分析することにより、統治のあらゆる段階において女性が客体化されていることを明らかにした。この統治の仕組みは、特定の属性の胎児の排除を不問にしたまま、生命科学技術における商業性の排除、女性の任意性および女性身体の保護のいずれも担保しえていないことが分析された。〈女性身体の保護〉の理論構築では、医療システムを超えた〈子産みの統治性〉というあらたな概念を用いることで、生殖の統治それ自体からの解放をも展望する分析が可能となることが示唆された。なお、研究遂行の過程で、21トリソミー発見をめぐる女性科学者の功績が公正に評価されていれば、21トリソミーの人々の現在の立ち位置が大きく変わっていた可能性が示唆された。今後の研究のあらたな論点として取り入れ、引き続き分析していく予定である。
著者
嘉田 勝 吉信 康夫 友安 一夫 渕野 昌 薄葉 季路 岩佐 明 加茂 静夫 加藤 匠人 静間 荘司
出版者
大阪府立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究の開始後に、当初想定できなかった研究遂行の障害が複数件生じ、当初想定していた研究方法の大幅な縮小を余儀なくされ、特に、主題として設定した「巨大基数公理を用いた集合論の手法による位相空間論へのアプローチ」については、特筆すべき成果を挙げられなかった。その一方、本研究の遂行の過程で派生的に生じた、「(1) 点列の集合への収束とコーエン強制」 「(2) 和集合公理を除いた集合論の公理系における、種々の選択公理関連命題の強弱関係」「(3) 囚人の帽子パズルの無限集合への一般化」の3点の集合論および位相空間論の問題については、興味深い成果が得られており、今後の研究の進展も期待できる。
著者
大野 朋子
出版者
大阪府立大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2011

地域固有の植物景観を形成する要因の一つとして、人間とタケ類との関わりと植物としてのタケ類がどのように伝播し、拡散しているのかを東南アジアにおける少数民族にみられるタケ類の利用をモデルとして調査した。リス族、ラフ族、モン族、アカ族は10種程度のタケ類を利用に合わせて使っている。4つの民族は共通して竹製の笙を使うが、材料のタケの種類は、ラフ族、リス族、アカ族では共通して自生種を使い、モン族では自生ではない温帯性のタケ類を栽培し、使用する。モン族は、文化的背景のもと笙を葬儀に使う特別なものとして扱うためにその材料となるタケを伴って居住地を移動し、資源供給の確保のために栽培することが明らかになった。
著者
寺迫 正廣
出版者
大阪府立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

釧路・白糠地区で釧路アイヌ文化懇話、釧路アイヌ語の会会長として、アイヌ語研究、アイヌ語再生運動、アイヌ文化再生運動の中心で活動を続ける松本成美の活動を調査し、その軌跡を纏める作業を行った。松本のアイヌ語・アイヌ文化再興への取組は(1)貫塩喜蔵の『サコロペ』、(2)山本多助の幻の『アイヌモシリ』、(3)吉良平治郎の事跡という3つの出会いを軸に展開されてきたと言える。かれは、これらの出会いによって、アイヌ語とアイヌ文化世界の豊かさに目を開かれと言える。義務感ではなく、真に面白いと感じるからこそ、釧路アイヌ文化懇話会例会を一度も休まず20年間続けてこれたが、それにしても、この長い年月、活動成果を定期的に刊行し続けるエネルギーは尋常ではない(20年間に11冊+特集号1冊)。専門の編集者もいないなかで、よくもここまでできるものだと驚かされる。しかも、松本の仕事は、自分は前面に出ず、できるだけアイヌの人々が活動しやすいように環境を整えること、アイヌの人々とともに地名研究、辞書づくりを行うなど、常に共向作業でつくってきた。北海道の人口の百分の一にも満たない数のアイヌ言語や文化を再生には和人との共同作業が必須であるとの信念に拠るものである。80歳になった今も、活動意欲は衰えを知らない。まさに自らがその共同作業の中心にいて、責任を負っているからだ、ということが明白になった。
著者
伊藤 太一郎 中村 孝 神澤 公 藤村 紀文
出版者
大阪府立大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1996

次世代の強誘電体不揮発性メモリーとして嘱望されている、MFS型FETの実用化に向けた検討を行った.現在我々が提唱しているMFS型FETのための物質は、YMnO_3であるが、実用化に向けていくつかの問題点が生じていた.大きなリ-ク電流、小さな残留分極である.この原因を探るために、様々な角度から検討を行った.単結晶上やPt基板上に作成されたYMnO_3薄膜はデバイスとして十分に機能する0.2μC/cm^2程度の残留分極値を示すが、Si直上に成長させた試料においては結晶性が悪く残留分極を示さなかった.いくつかの界面修飾を検討した結果、還元のY-Mn-OやY_2O_3が界面層として結晶性の向上に効果があることがわかった.これらの界面層を付加することによって、Si表面のキャリアを制御できることが確認された.そのときのメモリーウインドウ幅は1.1Vであった.これらの試料を用いて詳細なC-V特性、パルス特性等の電気特性の検討を行った結果、MFS型FETの基本的な動作は確認されたもののいくつかの問題点を明らかにすることができた.一番大きな問題点は保持特性が悪いことである.リ-ク電流が原因と考えられる.そこでパルク試料を用いてリ-ク電流の原因を探った.その結果、リ-ク電流はMnの価数揺動に起因しており、またそれはAサイトをYbと置換すること、Zrのド-ピングによって低減することが明らかにされた.また、AサイトのYB置換によってプロセス温度の低下が確認された.YbMnO_3Zrの薄膜化の検討を始めたところであるが、RMnO_3を用いたMFS型FETデバイスは実用化へ大きく前進した.
著者
矢吹 万寿 鈴木 清太郎
出版者
大阪府立大学
雑誌
Bulletin of the University of Osaka Prefecture. Ser. B, Agriculture and biology (ISSN:03663353)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.51-193, 1967-03-31

この研究は筆者の一人が,戦時中福岡県耳納山麓に疎開中台風に見舞われたが,山は防風の役目を果すものと考えられているにかかわらず,風下側の山麓の農作物の被害が平地のそれより甚大であったことを観察し,この奇異な現象に興味を持ったことから始められた.其の後の調査によると,このような現象は日本各地に発現しており,また日本のみならず世界各地で問題となっていることを知った.この論文はそれ以来約15年間にわたって行われた研究の集積である.この論文は第1部と第2部とにわかれ,第1部では,この種の局地風として有名な,北陸地方のフェン,清川ダシ,ヤマジ風,広戸風,耳納山オロシ,比良八荒(講),上州空っ風について現地の資料および高層資料によって解析するとともに,特に筆者らによって約3年間直接観測を行った六甲山の両山麓におこるオロシについて解析された結果について述べた.第2部においては,模型実験によって山越気流を解析した結果について述べた.この種の実験は風洞によって自然状態を再現することが困難であるので,水槽を用い,塩水濃度を変えることにより,大気の自然条件を再現させた.実験は斉一密度流,二層流,三層流,安定成層流,寒冷前線および温暖前線通過時の流れについて行った.この実験により,山越気流の全容を知ることが出来るとともに,P.Queneyの理論およびJ.Forchtgottの観測によって得られた山越気流をも再現することが出来た.現地観測,高層資料および模型実験から,このいわゆる山越気流は,滝あるいは堰堤の落下する水と同様に,冷気が山腹を落下するとき重力により加速され,山麓に強風域を生ずるものと考えられる.したがって山の風下測に強力な吹き下し風が発達するためには,1.山項近くに不連続面が在存し,上下両層の密度差が大きいこと.2.一般風が強いことが必要であり,下層が安定であればさらにこれを強める.したがって不連続線の進行方向と山脈の走行方向とから山越気流の性質が決ってくる.寒冷前線の場合は前線の通過直後から山越気流が発生し,同時に雨も伴う.日本では寒冷前線は主に北西風を伴うから,寒冷前線によって発生する山越気流は,広戸風,良比八荒,六甲山南麓オロシ(神戸の北風)などあであり,温暖前線の場合は前線通過前におこり,これによって発生する山越気流は,耳納山オロシ,ヤマジ風,六甲山北麓オロシなどである.また閉塞前線は低気圧の北側にあり,東風を伴うから,主に南北に走る山脈に山越気流は発生し,生駒山オロシ,平野風(奈良県)などで,英国のMt.Crossfellもこれに属すゝものと考えられる.これらの分類は一般的なことで,不連続線の通過方向によっては,ヤマジ風が寒冷前線によって,比良八荒が温暖前線によって発生する場合もある.従来山越気流は発生する場所によって,その前兆なり,現象が全く相反することもあって,問題とされていた点も,これによって統一的に解析できるものと考える.
著者
山田 義顕
出版者
大阪府立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1997

平成9年度は、装甲艦<A>問題が浮上する時期に、<ローマン事件>を契機として、すでに軍部対政府・議会という対立関係から、軍部・政府対議会という対立関係に政軍関係が変化していたことを指摘した。平成10度は、まず装甲艦<A>の成立過程を、軍事的、外政的側面から検討した。この点ではまず、海軍指導部が、ヴェルサイユ条約によって厳しい制約を受けながらも、北海でフランス艦隊に対抗できる新型艦の開発に成功した過程をたどった。その過程で、「砲撃では巡洋艦に、速力では大型戦艦に優越する」「小型巡洋戦艦」(いわゆるボケット戦艦)として、装甲艦<A>の決定をみたことを明らかにした。またこの装甲艦<A>は、ドイツ海軍が単に沿岸防衛に専守する任務をもつものではなく、制海権を目標とした戦前のドイツ大洋艦隊の道を再び歩む方向を決定づけたことを指摘した。つまり装甲艦<A>は、ドイツ海軍のイデオロギー的連続性を示すものであったのである。ついで、ヘルマン・ミュラー大連合内閣の時期に、1928/29年予算に計上された装甲艦<A>の第一回分割払いの問題を、「政党と海軍」、「政治と海軍」を中心に取り上げた。ここでは、装甲艦<A>の軍事的、外政的、財政的な面から建造に反対する諸政党に対し、国防大臣ヴィルヘルム・グレーナーが、どのようにこの艦の必要性を説いたかを検討した。両年度の研究実績の詳細については、『研究成果報告書』の第1章と第2章でまとめた。