著者
千田 洋幸
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.20-30, 2006-03-10 (Released:2017-08-01)

<文学>教育によって獲得される認識の枠組は、テクストの読解を学校的価値観に依拠させ、学習者の歴史的・社会的関心の発現を阻害する方向にしか機能し得ていない。即ち、現状における<文学>教育は、学習者のリテラシー低下に荷担していると言わざるを得ないのである。制度としての国語教育とは「規律・訓練」の場である、というしごく当然の前提に立つなら、<文学>を"学ぶ"ことと"読む"こととを差別化し、<文学>教育への過剰な幻想を葬り去る-即ち、「<文学>を学ぶこと」の不要性を認識する-必要がある。
著者
安 智史
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.31-43, 2014-02-10 (Released:2019-02-28)

詩人・萩原朔太郎を、関東大震災後の東京郊外に移住し、郊外化現象をテクスト化した文学者として捉え直した。彼にとっての「郊外」は、郷里前橋の郊外、東京東郊(田端)をへて、西郊(馬込、小田急線沿線)へと変遷する。それは遊歩空間であると同時に、都市消費社会の確立にともなう社会状況との緊張関係の渦中に、彼自身を投げ込む場所でもあった。その諸相を朔太郎の散文(散文詩、エッセイ、小説)および詩集『氷島』収録詩篇を中心に検証した。
著者
佐藤 晃
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.47, no.7, pp.1-9, 1998-07-10 (Released:2017-08-01)

安東(秋田)実季は、中世・安藤(東)氏から近世大名・秋田氏への転換期に、蟄居の身となった人物である。実季が、死の前年まで綴った系図は、蝦夷に系譜を持ち、奥州安倍氏の血を引く自家のアイデンティティを、「勅免シテ北国ノカタメトナ」ったものへと定位し直すものだった。そのため系図のなかの多くの記述が、朝廷に対する「勅免」劇の反復といった内容を持つものとなった。正史の歴史叙述の行間に自家の存在を滑り込ませ、かつ、その在り方を観念的に論理化してみせたのが、実季の系図作りの<創造>であったといえよう。
著者
佐藤 晃
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.47, no.7, pp.1-9, 1998-07-10

安東(秋田)実季は、中世・安藤(東)氏から近世大名・秋田氏への転換期に、蟄居の身となった人物である。実季が、死の前年まで綴った系図は、蝦夷に系譜を持ち、奥州安倍氏の血を引く自家のアイデンティティを、「勅免シテ北国ノカタメトナ」ったものへと定位し直すものだった。そのため系図のなかの多くの記述が、朝廷に対する「勅免」劇の反復といった内容を持つものとなった。正史の歴史叙述の行間に自家の存在を滑り込ませ、かつ、その在り方を観念的に論理化してみせたのが、実季の系図作りの<創造>であったといえよう。
著者
西原 志保
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.57, no.12, pp.11-23, 2008-12

女三宮は、研究史の中でその存在が六条院世界や物語のありようを変容させたものの、内面を語らないといわれる。しかし、女三宮の心内語や心情に添った描写、会話文など、女三宮のことばは少なくない。それゆえ、源氏や紫の上の述懐がどのような点で「内面」と見られ、女三宮のことばが見られなかったのかを、近代的な内面観や研究史との関わりから押さえた上で、女三宮のことばのありようについて論じる。特に女三宮のことばが短く断片的であること、時間感覚に着目する。
著者
田中 貴子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.51, no.7, pp.37-43, 2002-07-10

安徳天皇が女性ではなかったか、という噂は、江戸時代の随筆などではかなり見受けることができ、安徳が実は壇ノ浦では死なず、薩摩や摂津の山中などへ逃げ延びたという伝説とともに、人口に膾炙していたようである。その理由として、『平家物語』「公卿揃」で、安徳生誕の折り、甑を間違って落としてしまった、という逸話が挙げられることが多い。たしかに安徳は、建礼門院のいわゆる「地獄めぐり」で、法華経による救済を望んでいたし、『愚管抄』では女神である厳島明神の化身だとされていた。これらの例を見ると、史実はともかく、海の底へ「帰っていった」安徳が童子であったがゆえに八歳で成道した海龍王の娘と重ね合わされていたことは明らかであろう。
著者
大東 和重
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.61, no.11, pp.35-46, 2012-11-10 (Released:2018-01-12)

本稿は、日本統治下台南の文学者、呉新榮(Goo Sin-ing)が残した日記などの資料を通して、一九三〇年代の植民地の地方都市における、ある作家の文学活動について概観するものである。東京留学から戻った呉新榮は、医業のかたわら、内地や台湾の新聞や雑誌、書籍を熱心に読み、地元の文学青年たちや台湾全島の文学者たちと文学団体を結成し、郷土を描く詩や郷土研究のエッセイを発表した。呉新榮の活動には、一九三〇年代における、台湾人作家による台湾文壇の成立――台湾人作家たちが、熟達した日本語を用いて、台湾人読者に向けて作品を書く状況の成立が刻み込まれている。
著者
小二田 誠二
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.53, no.11, pp.2-10, 2004-11-10 (Released:2017-08-01)

新聞小説のもとになったと言われる続き物は、江戸戯作の作法に倣った物であるという。実際、江戸戯作の中には読者の好評を理由に当初の計画よりも長編化する作品が少なくない。定期刊行物に連続して掲載されるという意味での連載以前に、分割して出版された小説における本文生成について、『椿説弓張月」『春色梅児誉美』『道中膝栗毛』を材料に、それぞれに異なる「長編化」方法の意味を考察する。
著者
日比 嘉高
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.62, no.1, pp.44-56, 2013-01-10 (Released:2018-01-31)

この論文では、戦前の外地における日本語のリテラシーを、第二次大戦前に外地へ出店した書店の分析をつうじて考察する。具体的には、外地書店の同業者組織である外地の書籍雑誌商組合の歴史、そして外地書店が生まれ育つ際の典型的道筋の素描という二つの課題から外地書店の歴史に迫った。地域を横断して俯瞰的に展開を描出すると同時に、文化的な〈接触領域〉として、外地書店という空間を考えた。
著者
越前谷 宏
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.54, no.4, pp.44-53, 2005

「火垂るの墓」のアニメ化に際して採られたメデイアミックス戦略が、流布本としての新潮文庫の装丁・編集の両面に渡って変容をもたらせたこと、また、映像化という<翻訳>過程で原作に散在していた重要なノイズが消去されてしまったこと、高畑の意図とは異なったかたちで受容されたこと、さらには、ナショナル・メディアとしてのテレビが<八月の物語>として繰り返し放送することの意味について考察した。
著者
酒井 浩介
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.58, no.12, pp.47-58, 2009-12-10 (Released:2017-08-01)

一九二〇年代の新潮合評会の佐藤春夫と久米正雄の会話の記録の不備を手掛りとして座談会と速記の関係に着目し、帝国議会議事速記録(一八九〇)から小林秀雄までを射程に座談会の批評的な意義を考察する。座談会とは会話を活字として現前させようという欲望によって生み出された言説のトラブルなのであり、それは書き言葉の無意識として現れ、言文一致という形で整除された近代文学にひびを入れることで批評性を獲得するのである。
著者
光石 亜由美
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.58, no.11, pp.34-44, 2009-11-10 (Released:2017-08-01)

一九一〇〜二〇年代のモダニズムの一面を変態や異常を消費する人々の出現として捉え、<女装><変態><犯罪>というキーワードで谷崎潤一郎「秘密」(一九一一年)に描かれた女装を分析した。「秘密」では、セクソロジーの言説を背景に、<女装すること>ではなく、<女装という変態を演じること>に快楽を見出し、女装をロマン化する。しかし、同時に、着脱可能な<表層>のドラマとしての女装が「秘密」以後の映画や探偵小説の中で消費されることも暗示している。
著者
渡辺 麻里子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.63, no.7, pp.58-68, 2014

<p>談義や論義の場で生まれた書物には、時折、その場を彷彿とさせる表現が見られる。論義書の伝静明作『天台問要自在房(百題自在房)』十巻は、「申されずるでそう」「申されまじいて候」等、口語表現が多用されている点でも注目されてきた。本稿では、本書の他に、『鷲林拾葉鈔』や『轍塵抄』などの談義書について取り上げ、談義書に特徴的な表現について論じる。また、漢字の表記、特に読み方にこだわる表記をめぐる問題について検討する。</p>
著者
栗田 廣美
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.34, no.7, pp.52-60, 1985-07-10

明治四十三年に書かれた『叛逆者』は、クロポトキンの『相互扶助論』(MutualAid)を密かになぞりつつ、国家主義的<現代文明>への痛烈な批判を内在させた、有島の大逆事件への回答だと言える。それは、作家的出発に際しての<芸術宣言>でもあるが、その論理は、少年時代以来、有島の内部に育ちつづけた歴史意識-<中世への共感>に支えられていた。有島にとっての<歴史>の意味は、彼の芸術の生成を考える上で、重要なものである。
著者
吉田 司雄
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.50, no.4, pp.30-44, 2001-04-10

江戸川乱歩「二銭銅貨」、坂口安吾「アンゴウ」、大岡昇平「暗号手」。これら「暗号」解読を作中に組み込んだ作品群は、テクストを読むという行為自体を問題化している。メッセージの送信者が目指した受信者としてではなく、いわば「選ばれなかった読者」としてメッセージに向かい合う時、情報伝達行為の問題性もまた明らかになる。そこから、情報化社会における文学研究のありようを考える手掛かりを探ってみたい。