著者
小山内 崇
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
戦略的な研究開発の推進 戦略的創造研究推進事業 ALCA(先端的低炭素化技術開発) 技術領域
巻号頁・発行日
2013 (Released:2015-09-30)

ラン藻は、遺伝子操作が容易な酸素発生型光合成細菌である。本研究では単細胞性ラン藻Synechocystisを中心に、コハク酸生産技術の開発を行う。コハク酸は、プラスチックなどの汎用化学工業原料として知られ、バイオベースの生産が進められている。コスト抑制には、細胞外への放出が重要であるが、申請者らの先行研究により、特定条件でのコハク酸の細胞外分泌が明らかになった。そこで本提案では、転写制御因子と概日時計遺伝子の改変によって糖異化を促進するという手法で、コハク酸を増加させる。また、メタボローム解析によって、代謝データの集積と代謝産物の相関解析・in silico解析を行い、コハク酸生産に向けた代謝の理解と制御を進める。また、ラン藻培養系の改良、適用ラン藻種の拡大、残渣の有効利用を検討し、低炭素型のコハク酸製造プロセスの開発、及び、幅広い物質生産に応用可能なラン藻細胞工場の構築を目指す。本提案では、炭素の流れを包括的かつ統合的に変える「炭素源供給の量的緩和」という新しい概念での代謝工学を確立するとともに、低炭素化に資する画期的なバイオリファイナリーを構築する。
著者
若山 照彦
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2003

我々はクローン動物および体細胞由来ntES細胞を効率よく作出する方法の開発および初期化のメカニズムの解明を試みている。昨年我々はntES細胞と受精卵由来のES細胞には違いが見られないことを証明したが、19年度はさらに詳しい比較と倫理問題の解決を試みた。我々は核移植の影響を調べるために、単為発生ES細胞を用いた遺伝子発現解析法を確立し、これによってついに我々は特定の遺伝子におけるメチル化状態について、ntES細胞とES細胞の間に違いがあることを発見した。現在このntES細胞特異的なDNAメチル化状態の違いが、その後の細胞分化や応用にどのような影響を与えるのか解析中である(Hikichi, et. al., 2007,2008)。一方倫理問題の解決については2つのアプローチを試みた。体外受精に失敗した卵子は、加齢により質が低下することから廃棄されている。この廃棄卵子を用いれば健康な女性から卵子を提供してもらうという倫理問題は解決する。そこでマウスを用いたモデル実験を行った結果、体外受精に失敗した卵子でも核移植およびntES細胞の作成には問題ないことを明らかにした(Wakayama, et. al., 2007a)。この成果は多数の全国紙やテレビで紹介された。また、胚を殺さずに1割球(細胞)を取り出し、そこからES細胞を樹立する手法を開発し、生命の萌芽である胚を壊すという問題についても回避できることを明らかにした(Wakayama, et. al., 2007b)。他に核移植技術をより簡素化した手法についての研究も報告した(Kishigami, et. al., 2007;Wakayama, et. al., 2008)。
著者
片岡 洋祐
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2013-04-01

プラズマは光・荷電粒子・ラジカル等からなり、その医療応用においてはさまざまな可能性が示唆されているものの、確立された理論に基づく医療技術あるいは装置は未だ確立されていない。特に、中枢神経組織へのプラズマの作用についてはほとんど研究が進められておらず、その作用や医療応用の可能性すら議論できる状況にない。そこで、ラット大脳皮質を対象に大気圧プラズマ照射がどのような作用を有するかについて、光組織酸化反応との相違点から明らかにしてきた。具体的には、光組織酸化の場合、一過性のシナプス伝達抑制が引き起こされるが、プラズマ照射ではそういった神経伝達への影響は小さかった。また、強い光組織酸化反応では周辺細胞の脱分極現象が引き金となって片側大脳皮質にSpreading depressionが発生し、グリア前駆細胞やミクログリアが一斉に増殖を開始する一方、プラズマ照射ではSpreading depressionを発生させることなく多数の増殖細胞を出現させることを発見した。こうしたプラズマによる細胞増殖の誘導と組織再生との関係について分子メカニズムを解明し、さらに、再生誘導に最適なプラズマ照射条件を見出した。
著者
入來 篤史 岡ノ谷 一夫 熊澤 紀子
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2006

「好奇心」とは、新たな経験を求める行動傾向を表出するための内発的な動機付けの要素とされ、ヒトの創造性発現の重要な基盤になっていると考えられる。本研究は、熊手状の道具使用を習得する能力があることが予備実験により確認されている、齧歯類デグー(Degu; Octodon degu)を新モデル動物として用いて、高次認知機能研究の新たな座標軸たる「好奇心」という視点に切り込み、齧歯類ではこれまで類例の無い道具使用学習が、この動物に特徴的に発現する「好奇心」に由来するとの仮説に基づいて、道具使用を触発する脳内機構を神経科学的メカニズムの解明することを目的としてきた。昨年度は、齧歯類デグーが前肢による熊手状の道具使用を習得する能力のあることを確認し、新モデル動物として確立することやその訓練過程の軌跡の定量化に成功した。さらに、デグーが道具の機能を理解していることを示唆するデータと共にまとめた論文が、本年度PLoS ONE誌に掲載されることになった。さらに、本年度はこのモデルを用いて道具使用行動習得に伴うニューロン新生の変化について組織学的に検討したところ、海馬歯状回の新生ニューロン数が道具使用訓練群で増加しているという結果が得られている。また、大脳皮質についても検討を行ったところ、他のげっ歯類ではほとんど見られない幼弱ニューロンの存在を大脳皮質前頭野で確認しており、その細胞とニューロン新生との関連性について詳細に検討を進めている。
著者
吉田 尚弘 安田 琢和
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

我々が発見したアトピー性皮膚炎モデルマウスの表皮において疾患発症前にキチナーゼ様タンパク質Chi3l1の発現が認められる。そこでChi3l1を表皮で過剰発現したTGマウスを作製すると、尻尾の表皮構造が破壊され、魚鱗癬様の外見を呈した。アトピー性皮膚炎モデルマウスをコンベンショナル環境で飼育すると同様の魚鱗癬様外見を呈した。同皮膚ではTight Junction構成タンパクが発現低下し、この分子が表皮バリア形成に関与することが示唆された。
著者
清水 貴史
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

発生過程において同じシグナル伝達因子が、いろいろな部位で異なった組織形成に関与している。WntやFgfシグナルは、脊椎動物において後方組織形成に重要であることが知られている。我々は、ゼブラフィッシュにおいてWnt3a/8とFgf3/8が、その下流遺伝子cdx1a/4(caudal関連遺伝子)を介して、体幹・尾部の神経組織の形成を制御していること示してきた。今回、Cdx1a/4機能阻害胚における神経系のパターニングを詳細に調べた。Cdx1a/4機能阻害胚では、hoxb7a(4体節)より後方のhox遺伝子の神経系における発現が消失していた。これらの胚では後方神経領域において、本来の前後軸とは反対に、尾側から吻側に向って菱脳節(r)4-7・前方脊髄が形成されるていた。後方菱脳節、前方脊髄のパターン形成には、レチノイン酸(RA)およびFgfの濃度勾配が重要であると考えられている。ゼブラフィッシュ胚後方では、尾側からFgfの、体幹部からRAの濃度勾配が本来の菱脳節、前方脊髄とは前後反対に形成される。Cdx1a/4機能阻害胚では、後方神経が形成される代わりにFgfとRAの濃度勾配を感知して、新たな後方菱脳節が尾側に形成されると考えられた。そこでCdx1a/4機能阻害胚においてRA合成及びFgfシグナルの阻害実験を行った。Cdx及びRA合成阻害によりr5より後方の神経形成が阻害され、Cdx及びFgfシグナル阻害によりr4, r5の形成が阻害された。また、Cdx機能阻害胚における異所的な菱脳形成は、後方hox遺伝子(hoxb7a、a9a、b9a)の過剰発現によって阻害された。これらのことから、CdxはFgf及びRAシグナルに対する組織応答性を制御していることが示唆された。また、Cdxは、Fgfと協調して後方hox遺伝子の発現を制御して神経系のパターン形成に重要な役割をしていることが明らかとなった。以上の研究成果は、胚におけるシグナル因子に対する組織応答性の違いを生み出す機構を明らかにすることによる再生医学の基礎研究として重要であると考えられる。
著者
天野 真輝
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2006

本研究ではマルチホップ・メッシュネットワークの具体的な事例として,ノードに音響センサを搭載したセンサーネットワークを取り上げ,アプリケーションをベースとして通信や情報処理の手法を解析および提案した.平成19年度の主要な研究成果としては1.平成18年度に開発したセンサーノード間の無線通信プログラムライブリを作成することで,拠点ノードへ情報を集中転送させるスター型の通信構造を可能とした.この通信プログラムを用いることで,センサーノードを空間的に複数配置して広範囲の音声情報計測を可能とした.2.単一のセンサーノードによって計測された足音情報に対して,3つの特徴量を提案し歩行者数の推定との関係を解析した.提案した特徴量はそれぞれ・計測時間内パルス数:計測時間8[s]内において,一定のしきい値を超えた信号の総数・1パルス信号の強度平均:時間0.125[s]内に含まれる一定のしきい値を超えた信号列を1パルスとして考え,1パルスに含まれる信号強度の平均を取ったもの・全信号平均強度:一定のしきい値を超えた信号に関する平均強度を考えた.計測時間内パルス数および1パルス信号の強度平均は歩行人数に対して比例関係があり,全信号平均強度は無相関であった.このため前者2つの特徴力が歩行者数の推定の指標となる.結果として単一のセンサーノードで得られる局所的な足音情報によって歩行者数の推定が可能となった.さらに局所的な処理手法の提案によって通信負荷を増加させることないシステムの構築ができた.
著者
丹羽 仁史
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

我々は、マウスES細胞において、インテグリンを介した細胞外マトリクスとの接着と、カドヘリンを介した細胞間の接着が、液性因子と協調して未分化状態維持シグナルを入力しているとの仮定の下に、これらの接着分子の機能解析を試みた。まず、インテグリンの細胞内シグナル伝達経路を遮断する目的で、integrin-linked kinase(ILK)の競合阻害変異体を強制発現させたところ、ES細胞は分化抑制因子LIFの存在下でも分化傾向を示した。一方、ES細胞の凝集塊を浮遊培養すると、その表層は原始内胚葉に分化する。このとき、可溶型E-cadherin細胞外ドメインを添加すると、この分化が阻止されたことから、この凝集塊表層における原始内胚葉分化は、ここに位置した細胞における細胞接着総量の減少が関与していることが示唆された。これらの細胞外シグナルは、最終的には転写因子の発現調節を介して、分化運命の決定を制御する。我々は、マウスES細胞で転写因子Gata6を強制発現させることによって誘導される原始内胚葉細胞が、初期胚から樹立されるXEN細胞と同等の細胞生物学的特性を示すことを証明した。また、転写因子による分化運命決定モデルとして、栄養外胚葉分化に関わる転写因子Cdx2と、多能性維持転写因子Oct3/4の相互抑制機構を明らかにするとともに、もう一つの多能性維持転写因子Sox2の機能を解明することにも成功した。これらの結果は、今後Gata6による原始内胚葉分化誘導調節機構の解析に大きく資するものであると考えている。
著者
土屋 晴文 榎戸 輝揚 楳本 大悟
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2012-04-01

日本海側の冬の雷や雷雲からガンマ線が観測されている。Gamma-Ray Observations of Winter Thunderclouds (GROWTH)実験では、2006年より柏崎刈羽原子力発電所の構内に、放射線検出器と、光や電場を測定する装置を備えてガンマ線の観測を続けており、雷や雷雲は電子を10 MeV以上に加速できることを明かした。本研究では、BGOシンチレータで構成された検出器を新たに導入して、ガンマ線事象の検出数を向上させた。加えて、雷雲から1分にわたり511 keVの陽電子の対消滅線が放射されていることを明かし、雷雲が大量の陽電子を生成しているかもしれないことを示した。
著者
伊藤 昭博 平井 剛
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

細胞のがん化におけるタンパク質SUMO化の役割を、ケミカルバイオロジー的手法を用いて明らかにすることを目的とした。これまでに複数のSUMO化阻害剤の同定に成功した。その中でもspectomycin B1のようなSUMO E2を阻害する低分子化合物は抗乳がん剤として有望であることを示した。さらに、SENP1阻害剤は低酸素微小環境下のがん細胞の生存に重要な転写因子HIF-1αの活性を減少させることを見出した。加えて、スプリットルシフェラーゼの原理を応用したHTS可能なSUMOとSIMの結合を測定可能なアッセイ系の構築に成功し、SUMO-SIMの結合を阻害する世界初の小分子化合物の同定に成功した。
著者
北條 慎太郎
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2013-04-01

申請者は、亜鉛トランスポーターが輸送する亜鉛イオンがシグナル因子として機能し(亜鉛シグナル)、骨軟骨代謝や免疫応答に深く関わることを明らかにしてきた。亜鉛の欠乏症は重篤な免疫機能の低下を引き起こすことが知られているが、亜鉛や亜鉛トランスポーターがどのように免疫系を制御しているのか、その分子機序は明らかにされていない。本申請研究は、免疫系の一つの柱である抗体産生に関わるB細胞において高い発現を示す亜鉛トランスポーター ZIP10に注目し、B細胞特異的にZIP10を欠損したマウスを構築することによってその機能を解析した。ZIP10欠損マウスでは末梢の成熟B細胞の減少が認められ、それが関与する抗原特異的な抗体産生能が減弱していた。また、ZIP10を欠損したB細胞の寿命は野生型と比較して短く、この表現型はB細胞内因性の異常に起因していることが判明した。成熟B細胞の生存や抗体産生能はB細胞受容体(BCR)シグナルによって制御されていることが知られている。ZIP10欠損B細胞では、BCR刺激依存的な細胞増殖能の低下が認められ、BCRシグナル伝達の異常が確認された。興味深いことに、予想に反して、ZIP10欠損B細胞ではBCRシグナル伝達の中心的な役割を果たすSrcファミリーキナーゼ LYNの活性化がBCR刺激後に亢進しており、この原因の一つとしてLYNの制御因子であるCD45の脱リン酸化活性が減弱していることがわかった。すなわち、今回得られた結果は、ZIP10がBCRシグナル伝達における新規のレギュレーターであり、CD45の活性を介してシグナル強度を調節することによって、B細胞の機能を制御していることを明示するものである (論文投稿準備中)。本研究は、第八回 トランスポーター研究会年会 優秀発表賞 および 第86回日本生化学会大会 鈴木紘一メモリアル賞 の表彰を受けた。
著者
高橋 淑子
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

平成14年度は主に、ヤマトヒメミミズの再生過程でなにがおこっているのかという基本的な知見を得ることに集中した。得られた結果を以下に示す。1.再生過程におけるからだの前後極性を知るために、5種類のHox遺伝子のcDNA断片を得た。2.より効率よくシグナルを得るためのin situ hybridization法を探索した。3.人工的にミミズを切断した直後、どの細胞種が再生過程の中心的な役割を担うかについて、増殖細胞のマーカーであるPCNAを用いて、切断後経時的にその発現を観察した。結果、ネオブラスト周辺の数細胞が最初に増殖を開始することがわかった。これに引き続き、表皮が増殖能を獲得することも観察された。4.再生過程に特異的に発現する遺伝子群を探ることを目的に、ESTプロジェクトを開始した。平成15年度は、前年度の観察から得た再生過程でみられるイベントの知見をもとに、分節と再生に関与する遺伝子を同定することに注目した。今年度の活動と得られた結果を以下にまとめる。1.前年度から進行しているESTプロジェクトの結果に加えて、「再生中ミミズ」と「再生を完了しているミミズ」のサブトラクトラクションを行うことで、再生芽に特異的に発現する遺伝子の候補を34クローン得た。2.これら全ての遺伝子についてin situ hybridization法を用いて、発現パターンによるスクリーニングを行った結果、再生中期の再生芽に発現する21遺伝子を特定した。また、このうち11遺伝子は既に再生初期で発現が認められた。3.上記の結果を発現パターンでカテゴリー別に分類したところ、再生初期から表皮に強い発現をみせる遺伝子、表皮を除く再生芽に発現する遺伝子をはじめとして、さまざまな発現パターンを示す遺伝子が得られた。これらの活動から、ヤマトヒメミミズの再生過程の分子機構に関し、全く新しい知見を多く得ることができた。
著者
斉藤 隆 多根 彰子
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2012

T細胞の活性化は、副刺激シグナルによって正に負に制御されている。特に負の制御は、活性化が過剰になり自己免疫疾患にならないようにフィードバック制御として重要な役割を果たす。抑制受容体として重要なPD-1によるT細胞活性化のダイナミックな抑制制御のメカニズムを解析した。T細胞活性化は、TCRミクロクラスターによって誘導されることを明らかにしてきたが、抑制受容体PD-1は、T細胞活性化に伴ってTCRミクロクラスターと共存し、TCRがcSMACを作ると、PD-1もCD28と同様にcSMAC(CD310w領域)に集結した。PD-1は活性化に伴ってリン酸化され、SHP2をリクルートしてTCRミクロクラスターに集結したTCR直下のシグナル分子の脱リン酸化を誘導した。PD-1による活性化抑制がTCRミクロクラスターに共存することが必須かを解析するために、細胞外領域の長さを変えた種々のPD1変異分子を作製発現させて、その局在と機能を解析した。細胞外領域の大きな分子は、TCRミクロクラスターとも共存できず、SHP-2をリクルートせず抑制活性を持たなかったのにたいして、Igドメインが2つまでの小さな分子では、ミクロクラスターに存在しSHP-2をリクルートして、活性化抑制を示した。このPD-1ミクロクラスターを介した活性化抑制を、より生理的条件下で誘導されているか、を解析した。抗原ペプチドにて頻回免疫したマウスのT細胞は、PD1を高発現し、抗原刺激への反応が抑制されたアナジー状態にある。PD-L1存在下で刺激するとPD-1はTCRミクロクラスターに局在し、SHP-2をリクルートして活性化抑制をするが、抗PD-L1抗体でブロックすると、ミクロクラスター局在も抑制活性も見られなくなった。これらより、PD-1は活性化にともなってダイナミックに動態し、PD-1がミクロクラスターに存在することによってSHP2を介して、PD-1によるT細胞活性化の抑制制御に重要であることが判明した。
著者
小池 貴久
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2008

理論的に存在し得るK中間子原子核の中で最も基本的なものは"K-pp"系の束縛状態であると予想されているが、その存在は未だ実験的に確立されていない。茨城県東海村のJ-PARCにおいて、ヘリウム3標的の(飛行K-, n)反応を用いたK-pp探索実験が進行中であるが、K-ppの束縛エネルギーや幅の値を実験データから引き出すためには、理論計算によるスペクトルとの比較が必要である。そこで同反応スペクトルを理論的に十分な信頼性をもって計算できるチャンネル結合DWIA(歪曲派インパルス近似)計算の枠組みを完成させることが本研究課題の目的である。本年度の主な成果は、1. K-pp単一チャンネルDWIA計算の枠組において、K-ppのpoleの位置は複素エネルギー平面内で固定された点ではなく、実軸上のどのエネルギー点から見るかによってその位置が変化するという"moving pole"の考え方を提唱し、スペクトルの形は"moving pole"の動き方と関係づけられることを明らかにした。これは実験データの解釈に影響を及ぼす重要な結果である。この成果はPhysical Review Cで公表した。2. K-p―πΣ間チャンネル結合DWIA計算の枠組にさらにπAチャンネルの効果を加えた結果、これまでよりも詳細なsemi-exclusiveスペクトルの記述が可能になった。定量的議論のためにはまだ相互作用のモデルに改良の余地が残されているものの、適当な相互作用ポテンシャルさえ与えればチャンネル結合DWIA計算が可能になったことは大きな成果である。今後、他の様々な反応への応用も期待できる。以上の成果は日本物理学会、及び多数の研究会等において公表した。
著者
榊原 均 木羽 隆敏 信定 知江 小嶋 美紀子
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2009-07-23

高CO2により引き起こされる植物の成長促進において、トランスゼアチン型サイトカイニンの生合成亢進が要因の1つであることを明らかにするとともに、その原因となる遺伝子と制御機構を明らかにした。サイトカイニン作用の調節には、量的なものに加え、側鎖修飾による質的な調節機構があることを明らかにした。窒素栄養に応答したサイトカイニン生合成調節は、外環境(硝酸イオン)と内環境(グルタミン代謝)の複数の因子によって制御されていることを明らかにした。
著者
松山 晃久
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2012-04-01

細胞の寿命の1つに、分裂を止めた状態でどれだけの期間生存できるかという「経時寿命」がある。経時老化は我々の臓器など分裂を停止した細胞の寿命制御機構を研究する良いモデルだが、細胞の寿命をその場で測定する方法がないために研究が遅れている。そこで本研究では即時に細胞の老化度を測定できるシステムを開発することを目指した。老化に伴って量が変動するタンパク質を分裂酵母の全5,000種類のタンパク質から探し出した。それらに蛍光タンパク質を融合することにより、目的タンパク質の量を可視化し、老化度と蛍光強度が相関するものを見出した。その結果、細胞の蛍光輝度を測定するだけで老化度が測定できるようになった。
著者
西川 伸一 樽井 寛 伊藤 光宏 錦織 千佳子 松井 利充 永井 謙一 宮崎 泰司 伊藤 仁也
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
基盤研究(S)
巻号頁・発行日
2008

MDSに脱メチル化剤が大きな期待を集めているが、作用機序については不明だ。本研究では、最終的に4人の患者さんの骨髄から得たCD34陽性ブラスト細胞について、治療前後経時的にゲノムワイドにメチロームと遺伝子発現を解析した。まず、正常、DCMD1, RAEB2と悪性度が進むに連れて、プロモーター領域のメチル化が上昇する傾向を見る事が出来た。また、メチル化の変化が見られた遺伝子でも、極めて限られた転写調節領域が特異的に、転写のメカニズムと連携してメチル化が行われている事がわかった。この遺伝子リストには白血病に深く関わる多くの遺伝子が存在していた。
著者
佐藤 正晃
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究は、研究代表者が過去に確立した蛍光カルシウムセンサータンパク質発現トランスジェニックマウスや深部脳イメージングなどの技術を用いて、マウスが二光子レーザー顕微鏡周囲に作り出されたバーチャルリアリティ環境下で空間行動を行うときの海馬CA1野の神経回路活動をイメージングした。得られた各細胞の活動の時系列データについて、活動のタイミングとその時点の動物の仮想的な位置を解析したところ、全細胞のうち一部分の細胞集団が場所特異的な活動を示すことが明らかとなった。またイメージング画像中での各細胞の位置から、このような場所細胞群の海馬神経回路内の解剖学的配置を明らかにした。
著者
風間 北斗 遠藤 啓太 塩崎 博史 BADEL Laurent 髙木 佳子
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
若手研究(A)
巻号頁・発行日
2011-04-01

ヒトの活動を支える記憶は、細胞の活動や形態の変化として脳内に刻み込まれると考えられている。しかしながら、記憶のメカニズムに関しては未知な部分が多い。本研究は、ショウジョウバエ成虫の匂い記憶をモデルとし、細胞・シナプス・回路レベルで記憶のメカニズムを解明することを目指した。その結果、単一動物を対象にして匂い記憶を形成させる手法を確立すること、記憶に関わる複数の神経細胞群から同時に活動を記録すること、匂い記憶に必要な脳領域に存在する細胞の電気的性質やシナプスの性質を調べることに成功した。
著者
入來 篤史
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2008

行動経済学はバブルを引き起こすと考えられるヒトの非合理的な行動の一部について説明することを始めている。たとえば、「貨幣錯覚」と呼ばれる現象は、インフレーション下で名目所得が増加すると実質所得は減っていても所得が増えたように錯覚することであり、購買行動を誘発することでバブルを引き起こすと考えられる。一方、神経経済学はバブルに関わるヒトの非合理的な行動を支持する神経基盤を明らかにしつつあるが、バブルが発生しているときに取引しているヒトの脳活動はこれまでに計測されていない。我々は、実際にバブルの様相を呈し破綻に至った投資会社の株式価格データを用いて、実際に株取引を行っているときの脳活動を計測した。被験者は取引により収益を最大化するよう求められ、参加の謝金が収益に依存することを理解して実験に参加した。実験の結果、バブル期の買い注文に関わる脳活動のなかで被験者の収益に相関するのは腹内側前頭前野(BA32)であった一方、売り注文に関わる脳活動のなかで被験者の収益に相関するのは外側前頭前野(BA10)であった。これらは我々の仮説を支持する。また、fMRI実験後に行った時間展望尺度アンケートの結果と相関するバブル期の買い注文の脳活動が左下頭頂小葉(BA40)に見られた。これらの結果から、下頭頂小葉で計算される株価の見通しが認知バイアスとして働くことで腹内側前頭前野の非合理的判断を誘導したのではないだろうか。もしそうであるならば、下頭頂小葉がヒトで大きく発達したことが、経済的な予測を可能にするのと同時にバブルという病理を生み出しているのかもしれない。