著者
山下 脩二
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.1-13, 1988-05-31 (Released:2008-12-25)
参考文献数
37
被引用文献数
8 8

本報告の目的は最近の日本におけるヒートアイランド現象に関する研究を,特にその気候学的側面を中心にして概観し,展望することである。先ず,都市化という観点から都市気候の形成プロセスを概念的に把握し,研究の位置づけを可能にした。つまり,都市化は人口の集中,地表面構成物の改善,生活空間の地上・地下への拡大で表現できる。そして,これらが地表面における幾何的・物理的特性や熱的条件を変化させ,その結果が放射収支・熱収支・水収支の改変となり,ヒートアイランドの誕生となる。以上のプロセスのうち,現在わが国で研究されているものや,とくに関心が寄せられているものについて触れた。気候学的関心としてはまず現象としてのヒートアイランドの把握である。分布的特徴と最大ヒートアイランド強度の出現時刻について述べ,人口との関係についてアメリカや西ヨーロッパとの違いを明らかにした。次にヒートアイランドの形成要因について,都市表面の幾何的凹凸(ラフネスパラメーター,大垣市),天空率(多摩川流域の都市),土壌水分(川越市)の面から考察した。しかし,これらはいずれも人口の場合と同様相関的関係であり,地理学的関心は高いが,ヒートアイランドの物理的構造へと結びつけていく必要もある。さらに都市の放射収支と熱収支について概観し,考察した。放射収支については夜間のヒートアイランドと長波長放射場との関連について主として小林 (1979, 1982) の研究を紹介した。熱収支の体系的研究はわが国ではなされておらず,顕熱や潜熱を個別に扱っているにすぎない。また,都市キャニオン内での熱収支の体系的観測も今後に待つほかない。最後に今後の研究課題・方向について言及した。
著者
スパイヤー R. 吉野 正敏
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.137-153, 1986-12-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
43
被引用文献数
3 9

スリランカにおける気候要素と米作との関係を分析し,次のことを論じた.第1に最近の110年間について米の収量の長期傾向をみると1950年までは年々の変動は小さく,その後は大きい。第2に水稲栽培に関係する気温・降水量・放射・蒸発散などの気候要素との関係を論じ,最も強い制約を与えるのは降水量であることを示した.第3に米のは種および収穫面積,収量と降水量との関係を相関係数と傾向線の分析によって示した.その結果,これらの米作の諸量:は降水量偏差との2次式で表現される。第4には特にドライゾーンにおける潅漑の重要性について議論した.最後に,最近の米作における諸問題を展望した.種々の農業気候の問題のうち,米作を進展させ,干ばつ常習地域における減収を軽減するために2~3の提案を行なった.
著者
Arthur GETIS 石水 照雄
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.154-162, 1986-12-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
4

日本の3大都市圏のうち,名古屋は現代アメリカ都市に類似した街路パターンをもち,自動車保有率が高い。この名古屋大都市地域について, 1973年および1979年の石油ショックによるエネルギー費用の増大が,その機能的土地利用ないし居住・雇用のパターンにどのような影響を及ぼしたかを考察した. 中心都市名古屋の中央部では,日本の他の大都市でも見られるように,人口が減少し,商業活動の増加および高地価によって,同市を直接とり囲む近郊地区への人口移動が行なわれ,それら近郊地帯は急速に成長しそいるが,なお人口増加に対する大きな潜在力をもっている. 1973年の石油ショックに照らして,人口増加の緩慢化が予期されたが, 1969-75年間を通じて,名古屋の近郊地帯では,人口増加が見られた. エネルギー費用の増大は,日本人にとって顕著な支出となり,個人生計費の中でエネルギー費用が占める割合が拡大し,自動車のサイズ拡大の傾向が鈍化し,その使用頻度が減少するという形で対処が行なわれた。 1975-79年期以降,愛知県では新規工場の設立が顕著に下降し,新しい工業用地の開発が減少し,鉄鋼・輸送用機械・繊維・衣服など主要部門での成長が鈍化ないし衰退している. 名古屋市では,工業発展が鈍化しているが,繊維工業を除きその変化は顕著ではない.豊田市での工業発展はかなり減速した.名古屋から郊外への工業分散は,同大都市地域におけるかなり大きな人口の郊外化を十分説明するほど大きくはなく,近郊における工業発展は,その増加の上で顕著とはいえない.日本では,土地の供給不足および集約的利用から地価が高騰しているが,名古屋の中心地区でも,以前のちゅう密・低層の住宅地域が商業地域へと変容してきている. 日本では,公共および民間の相当多くの雇用機関による従業者への住宅手当や通勤の実費支給,および政府による国鉄・私鉄両者に対する補助金がある。このような補助金供与は,通勤者が運賃距離よりも時間距離の方を重視させる傾向をもつ. 電力供給の潜在的可能性から見て,工業発展の可能性のある地域は,愛知県では,とくに名古屋の近郊であると思われる. 名古屋大都市地域では,エネルギー費用がいっそう高騰して初めて,エネルギー費用が人口および工業の郊外分散ないし他地域分散を誘導すると思われる.
著者
宮内 崇裕
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.1-19, 1987-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
54
被引用文献数
4 9

本稿の目的は,東北日本弧の非火山性外弧に属する上北平野の第四紀地殻変動を地形学的方法と火山灰編年学的方法によって区分・編年のなされた段丘の変位や基盤の地質構造から明らかにすることである.そして,以下のような結果を得た. 上北平野の西縁は,第四紀前期における三浦山断層と辰ノロ撓曲の活動によって奥羽脊梁山脈や三戸丘陵から分化した.辰ノロ撓曲の運動は鮮新世より第四紀を通じて継続してきた.この構造線は平野周辺の地域を上北ブロックと奥羽-三戸ブロックの2つのブロックに分けているようにみえる.平野北部では東西の軸をもつ褶曲運動が,平野南部では北方への傾動運動がみられる.北方への傾動運動は北上山地の曲隆を示唆する.ほぼ南北にのびる活構造は,第四紀の東北日本に卓越する東西水平圧縮の広域応力場のもとでの地殻短縮を示しているが,東西方向に軸をもつ地殻変動は同じ応力場では起こりにくい. 平野全体の隆起運動は少なくとも第四紀後期には継続している.段丘の変位が褶曲運動や傾動運動に伴うものであるとすると,上北ブロックは最近12万年間には0.1~0.2mm/年の速度で広域に隆起してきたことになる. 奥羽-三戸ブロックの広域隆起速度は,辰ノロ撓曲の活動を加えることによって0.3~0.41mm/年と推定される.上北平野のこのような広域隆起は,日本海溝から平野の沖合にかけて発生した大地震に伴う地殻変形,あるいは東北日本弧の長波長の地殻変動によるものと考えられる.
著者
梅原 弘光
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.20-40, 1987-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
33
被引用文献数
1 1

1970年代のフィリピンでは,それまで停滞といわれていた稲作農業が,「緑の革命」と呼ばれた技術革新の影響で,非常に大きな変化を経験した.本稿では,それがどのような性格のものであったか,その変化のパターンはどうか,その地理学的意味は何か,を考察する.そのための接近方法として,ここでは革新技術の基本構成要素と考えられる種子,投入財,それに融資の三要素に注目し,それがもたらした変化を検討する. その結果明らかとなったのは,フィリピンでは稲作における種子生産の専門化が大いに進んでいること,農業投入財ならびに機械力への依存がますます高まったこと,資金需要の増大にたいする農業融資の著しい拡大,などである. ここで注目しなければならないのは,投入財需要が急速に増大したにも拘わらず,それが,よくいわれるように,国内の農業関連産業を大きく刺激することはなかった点であろう.むしろ,投入財はもっぱら外国資本もしくは海外からの輸入に大きく依存した.その結果,国内では商業部門だけが特に盛んとなった.「商業エリート」の台頭は,まさしくこうした事態を反映するものである. もう一つ重要なのは,稲作技術革新の普及が,結局,先進工業国による開発途上国の市場的統合に向かっている点であろう.特に興味深いのは,技術普及のための小農融資額が,米不足時代に近隣諸国から輸入した米の支払い代金の額にほぼ等しい点である.従来,フィリピンは食糧をタイやビルマなど域内諸国に大きく依存していた.技術革新の導入により米の自給を達成したものの,今度は投入財を先進工業国からの輸入に大きく依存することになった.政府の積極的な小農融資拡大は,フィリピンの対外市場関係のこの転換をもたらすものであった.
著者
斎藤 功 矢ヶ崎 典隆
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.66-82, 1987-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
20
被引用文献数
3 3

ブラジル北東部は伝統的に海岸部のサトウキビ地帯,内陸部のセルトン(半乾燥地域の粗放的牧畜地帯)および両者の漸移地帯のアグレステに区分されてきた.しかし,その区分の指標は必ずしも明確ではない. 本稿ではパライバ州の海岸部カーボブランコから内陸部のパトスまで,ほぼ東西に10km(海岸部は5km)ごとに1km2の調査地点35カ所を選定し,土地利用調査を実施した。つまり,1km2内の栽培作物,果樹,牧場の形態等を記載する集約的調査と地形,牧柵,残象作物等の景観観察を併用することによって,東西270kmにわたる土地利用の地帯的変化を明らかにすることを目的とした. その結果,海岸部はジョアンペソアの都市化地区,タブレイロスのサトウキビ栽培地区,パッチ状タブレイロスの根茎作物栽培地区の3地区に区分された.また,アグレステは地形性凹地・トウモロコシ・フェジョン・綿花栽培・パークランド型牧場地区,地形性多雨・トウモロコシ・フェジョン・サバナ型牧場地区,密生有刺潅木林牧場地区に区分された。さらに,粗放的牧畜によって特色づけられるセルトンは,疎生有刺潅木林のボルボレマ高地区とパトス盆地地区に区分された.したがって,全体的にみるとパライバ州の農業的土地利用は,景観的にも8つの農業地区から成立していることが明らかになった. 以上の結果は家畜飼養と栽培作物のムニシピオ別統計分析および道路脇の小商品農産物の直売店の観察からも裏付けられた.
著者
溝口 常俊
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.83-102, 1987-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
8
被引用文献数
1 1

現在のバングラディシュの商品流通において,定期市とならんで重要な役割を果たしているのが行商人である.本稿は,従来ほとんど顧みられることのなかった行商人に焦点をあて,その空間的,時間的行動を明らかにすることを目的としている.種々雑多な行商人の中でも,最もポピュラーなアルミニウム食器の行商人を選び,行商先の村,販売額,掛売額等を聴き取った. アルミニウム食器の生産・流通経路は,まず諸外国から輸入されたアルミインゴットが,チッタゴンからダッカへと運搬され,工場で各種の食器が生産される.それが卸売店を経てマーケットタウンの小売店および全国に散らばる行商人販売網を通して消費者にわたる. ミルザプール(ダッカ北西70kmの町)に拠点を構える行商人の行動様式をみると,年間のスケジュールでは,乾期に出稼ぎ地で行商をし,雨期は自村で漁業をおこなう.行商活動は9人のグループを組み共同生活をしながらおこなわれる。食料,生活必需品は共同購入するが,行商であげた利益は各自の財産となる.販売圏は根拠地からおよそ6km圏内で,それぞれ天秤棒を担いで売り歩く.各自得意先の村と顧客を持っており,一週間のスケジュールとしては金曜日(ムスリムの休日)に休みをとる傾向がみられる.仕入れはダッカおよび近隣の町カリヤクールの卸売店でおこない,グループの1人が交代で月に1~2回でかける. 各自200人前後の顧客を持っており,彼等に対して,中古品を回収するとともに,掛売をしている.この販売方法が買手にとって都合がいいばかりでなく,売手にとっても結果的には高収益をもたらすことになっている. さて,ムスリムが多数を占める社会ゆえかムスリムの女性はもちろん,ヒンドゥーの女性すらめったに外出しない.高密度に分布している定期市への買物も男性がおこなう.それゆえ,戸別訪問してくれる行商人が彼女たちに強く求められるのである.事実,筆者がある1日,行商人につきそって取材した時,女性がいききと品定いめに現われた.また,行商人の「未収金帳簿」の顧客リストに少なからず女性の名前が連ねられていた.サリー,腕輪などもその多くをほとんど行商人から入手している. 今後の課題として,アルミ食器以外の多種多様の行商人の行動様式を,本稿で試みた空間的および時間的行動調査を通して分析し,明らかにしていきたい.
著者
佐藤 都喜子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.103-115, 1987-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
17
被引用文献数
1 1

医学地理学にはいくつかの分野があるが,本研究は,地域医療に関する地理学的研究である. ここでは,ハワイ州オアフ島住民のさまざまな医療行動のなかで,入院患者(Hawaii Medical Service AssociationおよびMedicaidの加入者)がどのように特定病院を選択しているかということを明らかにしようとした.そのために,患者とその主治医の結びつきが明確にされているデータを用い,主として計量的手法による分析をおこなった.その結果,入院患者が病院を選択する基準は,従来言われてきた医療機関までの時間距離より,むしろ病気の特性と医師のエスニシティ(民族集団への所属)が重要な要因であることがわかった。この事実をアメリカ医療制度をふまえて検討すると,病院選択に際して,患者よりむしろ医師が決定権をにぎっている傾向がみられることになる。特定の病院への選好が強い医師の判断が住民の一連の入院施設の選択行動において重要な意味を持つのである。従って,今後の研究課題として,患者と医師の種々の関係を具体的な事例に基いて分析することにより,医師の役割の特性をより明確にすることができるであろう。
著者
石川 義孝
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.31-42, 1986-06-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
25
被引用文献数
1 1

空間的相互作用の概念は,今日では一般的に,人・物・情報といった多様な地表上の流れ全般をさすと考えられている.資金の空間的流動も当然その中に含まれるが,このデータを使った空間的相互作用モデルによる分析は従来皆無であった.ところで,無制約型・発生制約型・集中制約型・発生集中制約型の4つのモデルからなる空間的相互作用モデル族は,現在のバラエティに富む空間的相互作用モデルの基礎をかたちつくっている.しかし,既往の経験的研究は,このモデル族に含まれる諸モデルの一部のみを利用してきたにすぎず,当該モデル族の包括的な行動が,現段階で十分に明らかになっているとは言い難い. 本稿は,1899(明治32)年の資料『全国要地為i換取組高地方別表』を利用して,わが国の57都市間送金額のこのモデル族による分析を通じて,上記の課題に答えることを意図している・まず,出発地・到着地の質量項や距離減衰関数の複数の種類を考慮した12のモデルを利用して, 3, 192(57×57.57) にわたる全体フローの分析を行なった.そして, (1)距離パラメータ推定値はモデルごとに一貫した変化を示さない, (2)適合度は無制約型→発生制約型→集中制約型→発生集中制約型モデルの順に高まる, (3)負の指数関数を持つモデルが負のパワー関数を持つものより適合度が良好である,といった知見を得た.既往の成果とのずれは,資金流動と人口流動の性格の違いから説明した. また,全体フローの分析は,対象とした都市群の平均的な姿を示すに過ぎず,都市間の差異を隠すことから,集中制約型モデルによる各都市への為替流入のみに着目した分析も試みた・距離パラメータ推定値は,一般的に・いわゆる六大都市や港湾都市が広い影響圏を持ち,一方,城下町起源の地方都市は狭い影響圏を持つことを物語っている.さらに,適合度の都市間変異は,東京・大阪という2大中心との結びつきの程度によって大きく規定されていることが判明した. 最後に,これまでの空間的相互作用研究は,暗黙のうちに人口流動のみを念頭に置いてきたが,今後は各種のフロー現象の特殊な性格も留意されなければならないことを指摘した。
著者
江口 卓 松本 淳 北島 晴美 岩崎 一孝 篠田 雅人 三上 岳彦 増田 耕一
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.43-54, 1986-06-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
10
被引用文献数
3 3

降水量は,世界の気候を明らかにする上で重要な気候要素であるが,全球の降水量分布の詳細な解析は,月より短い時間スケールではこれまで行なわれていない.著者らは, FGGE特別観測中の日降水量資料をもとに作成した旬降水量資料を用い,特に無降水域に着目し,全球の大陸上の降水量分布の季節内変動および季節間の相異を明らかにすることを試みた。そして,無降水域からみた世界の:気候区分図を提示し,大陸の西岸・東岸の気候区界について論.じた。 無降水域の季節重ね合わせ図にもとついて3種類の無降水域,「極小無降水域」・「平均無降水域」・「極大無降水域」を定義した.北半球では, DJF季(12~2月)には,平均無降水域がアフリカ北部からチベット高原にかけて広く分布する.一方, JJA季 (6月中旬~8月中旬)には,それはアフリカ北部から西アジアにかけて分布する.南半球では, DJF季には,平均無降水域は各大陸の西岸に限られて分布するが, JJA季には各大陸に広く分布し,また,極小無降水域が南アメリカの北東部に出現する.無降水域の季節内での変動は, DJF季の北アメリカ北部とオーストラリアで特に大きい. 以上2季節の無降水域の分布の解析結果から, 4つの季節無降水域を設定した。それらは,冬と夏の極小無降水域 (mNPA), 冬と夏の平均無降水域 (wsNPA), 冬のみの平均無降水域 (wNPA) と夏のみの平均無降水域 (sNPA) である.大陸の西部ではmNPAとwsNPAが広く分布し,かつすべての無降水域型が帯状に並列している.各大陸の西部では,各無降水域型がアリソフやヶッペンの気候型とよく対応している.しかし,大陸の東部には, wNPAが現われるか,または無降水域はまったく出現せず,アリソフやケッペンの各気候型との関連も良くない。無降水域の分布からみると,各大陸の東部と西部との境は,各大陸上でもっとも高い山脈の西側に位置することが明らかになった.
著者
ワッソン ロバートJ
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.55-67, 1986-06-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
44
被引用文献数
51 58

本稿はオーストラリア乾燥・半乾燥地域における人間活動に伴なう環境変化に関する日濠共同研究の一環として,オーストラリア砂丘地帯の地学的背景や特徴ならびに,原住民およびヨーロッパ人と砂丘活動との関係について概説したものである。 大陸の約40%は砂丘で覆われるが,バルハンを除く各種の砂丘が分布する (Figure 2). これらの砂丘はシンプソン砂漠のように広域にわたって,単純な線状砂丘が広がる場合から,グレートビクトリア砂漠西部のように基盤地形の複雑さを反映して,モザイク状に分布する場合まで,その分布状態は変化に富んでいる。また,砂丘砂の給源も,基盤岩石をはじめ,河成堆積物など多種にわたる。 砂丘堆積物の性格は2つに類型化される.1つは石英砂を主としたもので,砂質河成堆積物を給源とする。他の1つは粘土と石英粒の混合したものである。後者の堆積物には粘土微粒子が含まれる.この粘土微粒子は比重が小さいため空中を長距離運搬されてきたものである.粘土微粒子の形成は地下水位の低下や日射による塩類晶出および藻類やバクテリア等の生物起源と考えられ,環境変化の指標になる。 砂丘砂層の年代測定は14Cおよびサーモルミネッセンスによって行なった.オーストラリアの砂丘形成開始期はスターレット砂漠で20万年B.P.までさかのぼる.マリー地域(大陸南部の現在の半乾燥地域)では40万年B. P. より若いと推定され,古地磁気の検討からも, 70万年B. P。よりは新らしいと考えられる。したがって,オーストラリアの砂丘形成はナミビ砂漠やサハラ砂漠に比べて,きわめて新らしい時期に始まったと言える.最終氷期の砂丘形成は3万年B.P.前後から始まり, 2.5万年~1.4万年B. P. の最終氷期の極相期に最も活発であった (Figure 3). 完新世後期に砂丘形成は再び活発になり,半乾燥地域では1,000年B.P.まで,乾燥地域では現在まで活動が続いている. 河成,風成,湖成堆積物および地形の検討からは,内陸地域の環境は5万年B. P.~3万年B. P. の湖沼が拡大していた時期と3万年B. P.以降の湖水位が変動する時期とに分けられる.後者の時期には砂丘が活発に形成された.現在の風向・風速,日射,蒸発量およびミランコヴィッチの曲線から推定される最終氷期の日射量等を考慮して,上記の地学現象を検討すると,次のような環境が復元される.すなわち,砂丘形成が活発であった最終氷期の極柑期には,夏には風速が強く,強い日射でもあったため,現在よりも蒸発が盛んで,乾燥していた・冬は低温で,植生の生育;期間は短縮される傾向にあり,雨水の流出は高まっていた. なお,氷期の砂丘の伸長方向と現在の風向との検討から,氷期には亜熱帯高圧帯は現在より50程度北上していたこと,大陸北部では,モンスーンが弱まっていたため南東貿易風が卓越していたことが推定される (Figure 1). アボリジニーズの砂丘形成に対する影響は火(野火)の使用によって引き起されると考えられる.しかし,砂丘形成の主たる原因は気候であることを示す証拠が多く,アボリジニーズの影響を示す証拠はほとんど知られていない. ヨーロッパ人入植後,土地の劣悪化が急速に進み1915~1945年の間に砂丘の活発な再活動もあった・この時期には,気候の乾燥化および風速の増加があり,ヨーロッパ人の入植に加え,気候悪化が生じたため,砂丘活動が発生したと言えよう.一方,1945年以降・オーストラリアの降水量は増加している。しかし,砂丘活動は引き続き継続している.それ故,少なくとも一部の地域では・農耕行ニ為が砂丘活動に大きな影響を与えているものと思われる.(文責・大森博雄)
著者
大島 襄二
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.69-82, 1986-12-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
20
被引用文献数
3 3

オーストラリアの北都,ニューキニア本土との間にあるトレス海峡は,いま,オーストラリア側に18島,パプァ・ニューギニア側に2島の有人の島がある.これらは一般的にいえぽ海に依存する人々,アイランダーズの生活空間として概括されるが,詳細にみればそれぞれの島の自然地理学的特性と,そこに住み着いた人の民族的・歴史的背景の相違を反映して,海への認識のしかたが微妙に喰違っている.それを,海面利用形態・伝統的漁法・資源利用状況・近代的漁業導入などの観点から比較分析し,その生態的・文化的多様性を明らかにする. 結論として以下のような3点をその分類の基準とすることができた。 (1) 両岸からの距離:当然のことながら本土から離れている海峡中央部では海への依存度が高い。東部諸島・中部諸島・西部諸島がそれである.他方,ニューギニア本土に近い北西部諸島・キワイ諸島や,ケープ・ヨーク半島に近いプリンス・オブ・ウェールズ諸島では本土との交易によって農産物を期待できる. (2)自然地理学的・生態学的要因:火山島は肥沃な土壌があり農業を営むことができる.クラン毎の土地区分はリーフ内の水面に及ぶ。サンゴ礁島では土地が狭くかつ痩せているので漁業に頼らざるを得ない.よい漁場は島民共有の財産と考えられる. (3) 歴史的条件:近世以降の外来者の定住によって混血が進んだ島では,伝統的な生活習慣は失われ,資本主義漁業たとえば真珠やエビに志向したし,近世以前でも交易が盛んだった沿岸部の島では対岸の影響を受けることが多かった.
著者
伊藤 悟
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.103-118, 1986-12-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
28
被引用文献数
2 2

本研究は,東京大都市圏を事例として距離の摩擦の側面を解明することを目的とした.そのために,発生制約型のエントロピー最大化モデルを,東京大都市圏内の自動車交通流に適用することによって,第1に,同モデルの距離パラメータの地域的パターンを抽出し,第2に,同パラメータに共存する行動・配置の各要素の効果を峻別し,さらに第3に,距離の摩擦の測度である行動要素に関連する地域的属性を追求した.以下は,本研究の成果を要約したものである. 1. 一般化HYMAN法によって推定された距離パラメータは,東京大都市圏の中心部と縁辺地帯において低く,逆にそれらの中間地帯において高い.すなわち,距離パラメータの地域的パターンはドーナツ状の構造を示す. 2. 指数型の距離逓減を示す仮想的流動を用いて配置要素のみを導出した結果,東京大都市圏の中心部から縁辺地帯に向けて,この要素は次第に増加する傾向を明確に示す. 3. 距離パラメータから配置要素を減じた残差として行動要素を峻別した結果,その行動要素の地域的パターンは,距離パラメータの場合ほど明瞭ではないものの,同様にドーナツ状の構造を示す. 4. 行動要素を規定する地域的属性は卸・小売業,不動産業および,農林水産業の特化であり,行動要素すなわち距離の摩擦と,これらの地域的属性の両者からみた東京大都市圏は, 8つの類型地区が織り成す同心円構造を呈する.
著者
高橋 重雄
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.119-127, 1986-12-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
25
被引用文献数
5 5

消費者は,食料品の購入に際して, 2ヵ所以上のストップ(買物やその他の目的を果たすために立ち寄る場所)を訪れる場合が多い。このようなマルティプルストップ・トリップが行なわれる場合,従来,多くの研究で仮定されていたシングルストップ・トリヅプの場合に比べ,消費者は一般的に,トリップの始点である家からより遠距離の店舗に出かける傾向がある.マルティプル・ストップが買物距離にどのような影響を及ぼすかという問題は,消費者の目的地選択パターンを理解する上で重要である.カナダのハミルトンで得たデータに対する分析の結果,消費者の家から食料品店までの買物距離は,外出の際に立ち寄るストップの数,成し遂げるトリップ目的の数,および食料品店に立ち寄る時期(トリップの最初の段階で立ち寄るのか,それとも別の目的を果たした後に最後の段階で立ち寄るのか,あるいはトリップの途中段階で立ち寄るのか)という3要因に関係していることが明らかになった.
著者
篠田 雅人
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.128-136, 1986-12-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
17
被引用文献数
5 5

本研究では, 1980年代前半のサヘル干ばつに伴う, 8月の風と水蒸気量の異常について調べた. 1980年代前半の干ばつの特徴は,グリニジ子午線において, 1982-83年の全緯度帯にわたる降水の減少と1984年の降水帯の南偏である. 1984年には,東経35度でも降水帯の南偏が認められる. ニアメ (13°N, 2°E) では, 1982-84年に中上層の東風が強化される。上層の東風の強化は, 1968-73年の干ばつ時には認められない。さ、らに, 1984年に露点差 (T-Td) が極大となるが,この原因としてギニア湾からめ水蒸気供給の減少が考えられる.一方,ハルッーム (16°N, 33°E) では,露点差が1983年に急増し,』1984年に極大となる.このとき,下層の降水をもたらす赤道西風が薄く850 mbに達しない.ハルツームにおいて,西風が1983年には300-500 mbに, 1984年には700 mbに出現するという異常も認められる.
著者
藤原 健蔵 中山 修一
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.130-148, 1985-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
21
被引用文献数
1 2

干ばつ常習地域における農村開発の研究は,人間居住地域の安定的拡大の視点から,国際的な重要課題といえよう・本稿の目的は,デカン高原南部の干ばつ常習地域での現地調査を通して,現行の農村開発事業における問題点を明らかにしようとした. 現地調査は,1980年秋,エルドナ村及びビダラケレ村の両村で実施された.前者の農村開発は,1957年以降,大規模な潅漑用水計画を通して進められた.他方,後者では,1950年代後半以降,コンター・バンドや用水井戸の建設など,比較的小規模な開発事業が多様に展開された. 調査の結果,両村をめぐる開発事業は,その手法を異にするものの,農業の発展と生活水準の向上に一定の開発効果を上げていることが評価された.他方,今後解決されなければならない課題の幾つかが明らかとなった.エルドナ村では,潅漑用水路による過剰給水が,生態系のバランスを破壊し,耕地の塩性化という深刻な問題を引き起こしていた.また,ビダラケレ村では,農民がコンター・バンドの適正な維持に消極的なため,強度な表土流出によって耕地の荒廃が進みつつあり,加えて用水井戸の開発も,地下水源の限界から伸び悩みの状態であった。 デカン高原南部の干ばつ常習地域における農村開発は,今や開発手法の再検討が求められる.現行の手法の継続は,行政当局と農民の双方による急速な経済成長への強い期待も加って,生態系の破壊を一層押し進め,さらに農民間の社会的緊張関係をも増長することになるであろう.
著者
田中 実 西沢 利栄
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.165-171, 1985-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
16
被引用文献数
3 4

1983年に観測されたブラジル北東部(ノルデステ)の干ばつと南ブラジル(イグアス・パラナ川流域)の大雨をもたらした大気循環について解析を行った. 北部ノルデステ(10°Nより北)地方の雨季は,3月から5月に集中しているので,1983年の4月の大気循環を中心に解析を行った.また,北部ノルデステ地方に雨の多かった1974年についても,4月の大気循環の比較解析を行った.さらに,1891年以降の北部ノルデステ地方の干ばつおよび南ブラジルの大雨とエルニーニョとサウザンオッシレーション(ENSO)との対応について調査した。 1983年の干ばつと大雨を伴った循環は,850mbでは南大西洋高気圧が平年より強くノルデステ地方へ張り出し,この高気圧を反時計廻りに回る北よりの風が,南ブラジル上空の前線帯で上昇し大雨を降らせた.また,観測時代における北部ノルデステ地方の干ばつは,ENSOの年か,その翌年に出現しやすいことがわかった.1983年の大干ばつも1982年から1983年にかけての大きなENSOの後半に観測された.
著者
青山 高義
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.172-184, 1985-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
14
被引用文献数
2 2

チロル地方の日降水量分布型とそれに関わる気象条件を整理し,さらに山岳の影響について考察した.まず1956年と1957年の日降水量分布図250枚を,4つの分布型(I, II, III, IV型)に分類した.各分布図に10 km×10 kmのメッシュをかけ,日降水量10mm以上の頻度分布を各降水量分布型ごとに求めた.それぞれの頻度分布図は地形の影響を明瞭に示しており,I型は北方せき止め型,III型は南方せき止め型,又はフェーン型,II型はI型とIII型の漸移型,IV型は全域型である.なおIII型とVI型では,しばしばレインバンドを伴う. 次に,各降水量分布型出現時の天候型,上層風向,対流不安定について検討した.I型,III型は上層風型汎天候のもとに発生し,I型は上層風向NW~Nで安定な成層状態,III型では上層風向SW~Sで相対的に不安定な成層状態の中で発生する傾向がある.IV型は上層風向が南寄りであるが,III型より西成分が大きく,大気は最も不安定である. 日降水量分布には,I型とIII型で山岳のせき止め効果と雨陰効果が認められ,III型とIV型ではこれ等の作用に加えて特定地域にレインバンドを形成する作用などが認められる.そこで,これ等の山岳の影響を先に示した降水頻度分布図に基づいて調べた・地形の影響を隣り合うメッシュ間の頻度差で表せると考え,卓越風向に沿って頻度が増加する場合をせき止め効果,減少する場合を雨陰効果としてその分布を求めた.以上の結果に天気界の出現位置(AOYAHA,1985)を考慮して,せき止め効果,雨陰効果による地域区分をI型(第5図)とIV型(第6図)について行った.またレインバンドについては,1948~1957年のIII型,IV型に分類される大雨日の多雨軸分布を示した(第7図).
著者
太田 陽子 ピラツオリ P. 河名 俊男 森脇 広
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.185-194, 1985-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
25
被引用文献数
7 11

琉球列島南部の小浜島・黒島・波照間島の3島(第1図)について,海成段丘,離水ノッチ,ビーチロック,貝・フジツボ・サンゴ化石など,完新世に形成されたと思われる海岸地形・堆積物・化石を調査した.調査した島の地形分類図,試料採取地点などは第2, 4, 5図に,試料のC-14年代は第2表に示される.これらの3島では約4,000yBPから1,000yBPの間の海水準は今よりわずかに高い位置にあったと思われる.すなわち,小浜島では海成段丘堆積物中の貝や原地性のサンゴのC-14年代はそれぞれ約2,600yBP, 3,300yBPで,旧海面は海抜約1mの位置にある.黒島ではビーチロック中の貝化石のC-14年代は約4,200yBPで,旧海面の年代を示すビーチロックやフジツボがやはり海抜約1mの高さに見出される.以上のように,これらの3島においては約4,000年前以降に今より約1m高い位置に海面があり,それ以降わずかながら離水したことが認められる.しかし,日本の各地にみられる縄文海進最盛期(約6,000年前)を示す資料はこれら3島から現在のところ見出すことはできなかった.なお波照間島の南東岸,高那崎付近の海抜約20mに達する平坦面上にサンゴ石灰岩の巨礫が多数みられる.これはその配列の方向やC-14年代から,1771年の明和地震による津波の堆積物であることが明らかになった.
著者
源 昌久
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.195-207, 1985-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
22
被引用文献数
1 1

明治・大正期の啓蒙思想家であり,地理学者であった志賀重昂(1863~1927)の著作,『地理學講義』(訂正5版,1892)中で紹介されている,ある英国地理学者および彼の著書を書誌学的アプローチを通じて確定することを筆者は初めに試みた.その結果,その人物は,今日の英国の地理学史研究においても忘れさられてしまった地理学者J. M. D. MEIKLEJOHN (1830~1902)であり,その著書は,A new geography on the comparative method with maps and diagrams (1889) であることが判明した.志賀は, MEIKLEJOHNの著作に活用されている比較法に注目し,これを日本の地理事象へ適用している.また,山上萬次郎(1868~1946)・濱田俊三郎(1870?~1946?)は,『新撰萬國地理』(1893)を著述したが,その内容はA new geography…の地誌の部分の翻訳であった.『新撰萬國地理』は,中等学校用参考書として十数版を重ね多数の読者を得た.山上・濱田の二人は,MEIKLEJOHNの比較法を応用して『新撰日本地理』(1893)を刊行し,本書も多数の人々に読まれた.さらに,牧口常三郎(1871~1944)は,『人生地理學』(1903)の中でA new geography…を著述の際に利用した参考文献として記載している. このように日本人地理学者たちの著作を通じて,わが国にアカデミック地理学が確立する以前に,A new geography…が流布していく過程を分析した.