著者
寺柿 政和 宮本 雅史 槇野 亮次郎 立石 悠 井上 圭右
出版者
南江堂
巻号頁・発行日
pp.155-159, 2016-07-01

症例は83歳女性で、以前から夜間に下腿の冷える感じやこむら返りを自覚した。夜に健康補助食品の生姜湯(黒生姜湯)を飲んだところ、翌朝から動悸を感じるようになった。血液検査では中性脂肪、随時血糖、HbA1c、尿素窒素、Cr、尿酸BNPの上昇がみられた。12誘導心電図では頻脈性心房細動を示した。心拍コントロール目的でベラパミルを内服した。動悸症状は軽減するも持続し、心電図では心房細動が続いており、心拍数は毎分約90に減少していた。生姜湯は継続して服用し、下腿の冷感やこむら返りは改善していた。しかし、動悸が持続していたため、みずから生姜湯の服用をやめたところ、翌朝起床時には動悸は消失していた。その3日後、心電図では洞調律に復していた。負荷心電図を行ったが、負荷不十分で判定は困難であった。その後は動悸の再発もなく、洞調律を維持している。
著者
網野 皓之
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.246-250, 1997-04-15

人間だれもが長寿を願っている.また,医学医療が寿命の延長を目指して努力を重ねてきたのも当然のことと理解できるだろう. しかし,成果は今一つはっきりと日に見えてこない.検診に関しても有効性を科学的に明らかにした研究は少ない.日本においては皆無である.にもかかわらず,全国いたるところで検診車が走り回っている.なぜだろうか.
著者
平山 宗宏
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1438-1440, 1968-12-10

ハイジェッター実用化の意義 針を使用する注射の苦痛と恐怖感をとりのぞく方法はないだろうか,という要求から出発したと考えられるいわゆる針なし注射器として,自動皮下噴射注射器・ハイジェッター(Hyjettor)が実用化されている.このハイジェッターは米国で,もとは軍隊での使用要求から開発されたというが,現在では一般にも広く使用され,わが国でもすでに約200台が輸入実用に供されているので,ここではその概要を紹介したい.筆者自身使用経験は十分でないので内容に不備の点があれば経験のある方がたのご叱正をいただきたい.
著者
丹治 進
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.95-105, 2005-02-20

要旨 陰茎切断は,稀な疾患で,自傷がその原因であることが多い。性器自傷は,精神医学領域の問題が背景となっており,最近では統合失調症に代わって,性同一障害などの人格障害が増加傾向にある。切断陰茎は,陰茎再接着術により救急的な救済が得られる。その制限時間は,24時間ともいわれているが,はっきりとした根拠はない。陰茎の血管神経系が再吻合されなくとも,勃起機能の温存が得られる報告が多いことから,陰茎深動脈の再吻合の必然性はいまだ示されていない。一方,皮膚や亀頭の欠損は,陰茎背動静脈再吻合で著明に改善される。
著者
椎山 理恵 持丸 奈央子 舩越 建 大山 宗徳 菅井 基行 天谷 雅行
出版者
協和企画
巻号頁・発行日
pp.193-196, 2018-02-01

<症例のポイント>toxic shock syndrome(TSS)は黄色ブドウ球菌の産生するtoxic shock syndrome toxin-1(TSST-1)やエンテロトキシンが原因となって、高熱、全身性の皮膚の紅斑、ショック症状をおこし、多臓器不全をおこすブドウ球菌感染症の一種である。タンポンを使用していたこと、また口腔粘膜の充血と体幹・四肢にびまん性の境界不明瞭な紅潮を呈した特徴的な皮疹から、早期にTSSを疑い治療開始したことで救命しえた。患者の腟・タンポンの培養から検出されたStaphylococcus aureusはMSSAであり、TSST-1/SECの毒素産生株であったことが確認できた。
著者
東 泰弘 高畑 進一 松原 麻子 西川 拡志 重田 寛人 由利 禄巳 中岡 和代 兼田 敏克
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.161-166, 2019-02-10

要旨 【背景】日本版ADL-focused Occupation-based Neurobehavioral Evaluation(日本版A-ONE)の内的妥当性を検討した.日本版A-ONEは,日常生活活動(activities of daily living;ADL)観察を通して,神経行動学的障害を同定する評価法である.【対象と方法】対象は,脳卒中の診断のある65例であった.全65例の22 ADL項目に対してRasch分析を行った.次に属性による特徴を明らかにするために右半球障害30例と左半球障害35例に分けて同様に分析した.【結果】全65例の分析では,「理解」,「表出」,「箸の使用」,「浴槽移乗」,「洗顔と手洗い」の5項目が不適合項目となった.右半球障害の分析では,「理解」,「浴槽移乗」の2つが,左半球障害の分析では,「理解」,「表出」,「箸の使用」,「洗顔と手洗い」の4つが不適合項目となった.【結語】全65例で不適合項目となった5つを除く17項目で内的妥当性が認められた.不適合項目になった理由として,特定の障害の有無で能力が決定する項目があったことが考えられた.今後は,対象者数を増やして検討する.
著者
村井 俊哉
出版者
日本リハビリテーション医学会
巻号頁・発行日
pp.46-51, 2018-01-18

高次脳機能障害とは,社会的行動障害とは 高次脳機能障害とは,もともと精神科,神経内科,脳神経外科などで医学的病名として用いられていた脳梗塞後遺症,頭部外傷後遺症,器質性精神障害などにまたがるわが国特有の行政用語である.行政用語としての「高次脳機能障害」という名前が作られた背景には,脳梗塞や頭部外傷,脳腫瘍などさまざまな疾患により生じる後遺症が,これらさまざまな診療科の狭間にあり,どの科でも十分な診療や支援が受けられないという状況があった. 2001年度に開始された高次脳機能障害支援モデル事業において,脳損傷患者のデータの分析が行われた結果,脳損傷後の後遺障害の中でも,特に記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害に着目し,これらの障害を示す一群を,「高次脳機能障害」と呼ぶことが定められた.高次脳機能障害の4症状領域のうち,記憶障害,注意障害,遂行機能障害は「認知」の障害とみなすことができるが,そこに分類できないようなさまざまな「行動」の障害はすべて「社会的行動障害」に含まれている.「高次脳機能障害者支援の手引き」では,社会的行動障害として,意欲・発動性の低下,情動コントロールの障害,対人関係の障害,依存的行動,固執が列挙され,訓練プログラムの章では,抑うつ,感情失禁,引きこもり,被害妄想,徘徊もそこに加えられている1).同じ高次脳機能障害として並列に挙げられてはいるものの,記憶障害・注意障害・遂行機能障害と社会的行動障害はその概念的な基盤が異なる.すなわち,記憶障害・注意障害・遂行機能障害は特定の情報処理過程の障害として定義され,脳の特定のネットワークの損傷がその神経基盤として想定されている.一方で,社会的行動障害は特定の脳領域が障害されると起こるという,脳との明確な対応関係があるものではなく,さまざまな問題行動の総称として用いられる.すなわち,概念を規定する背景理論が希薄なのである.このことが社会的行動障害を神経心理学的に理解することを難しくしており,高次脳機能障害を専門とする臨床家の中でも社会的行動障害に苦手意識をもつ者が多い原因となっているのである.しかし,社会的行動障害は,高次脳機能障害に伴うそれ以外の主要症状以上に脳損傷患者および介護者の生活に多大な困難をもたらすことが多く,高次脳機能障害の臨床を行ううえで社会的行動障害は避けて通ることはできない.
著者
原 二郎
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.39, 2003-10-30

白内障術後眼内炎の発症抑制に関与する因子として,睫毛切除,抗菌薬投与,灌流液への抗菌薬添加などを文献的(1966~2000年の英文での論文88編)に考察し,イソジンによる術前洗眼のみが眼内炎の発症抑制に有効であったと2002年Ciullaらは報告している1)。 イソジン(ポビドンヨードpovidone-iodine,PVP-I:polyvinyl pyrrolidone iodine)液の眼科での使用を歴史的にみれば,1959年神谷ら2)が,治療(投薬用)には64倍希釈液,洗眼(処置用)には16倍希釈液を用いて,流行性角結膜炎を含めた急性結膜炎(約200例)の治療を行い,副作用や刺激作用はなく結膜炎の治療に有効であったと報告している。1981年中谷3),眼科手術領域でのイソジンによる消毒効果と家兎での眼障害を検討し,結膜囊消毒には8倍希釈液の使用を勧めている。
著者
清水 淳
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.438-445, 2017-05-01

オフポンプ冠動脈バイパス術(OPCAB)の術中管理では,グラフト採取中に輸液により前負荷を維持し,吻合開始後は血管収縮薬を使用して血圧を維持するといった方法が一般的であろう。榊原記念病院(以下,当院)でも2005年当時は,収縮期圧80mmHgを目標にし,吻合開始までに3000mL程度の輸液を行い,吻合開始後はノルアドレナリンの持続投与で管理を行っていた。その後,ノルアドレナリンからフェニレフリンへの変更(ノルアドレナリンによるβ刺激作用が吻合の妨げとなる症例があるため),吻合開始までの輸液量の低減(メモ1)などを行うとともに,目標血圧を徐々に低下させ,現在の収縮期圧60mmHgを目標とする管理に至った。 近年OPCABでは,グラフト吻合のクオリティが低くなる可能性が指摘されている1)。この問題に対して,吻合のクオリティ維持を目指した管理が当院の現在のスタイルといえるかもしれない。一般的とはいい難い部分もあるが,筆者らが現在のやり方に至った経緯と管理上のtipsを紹介する。
著者
山田 真希子
出版者
金原一郎記念医学医療振興財団
巻号頁・発行日
pp.59-62, 2018-02-15

人間を含む社会集団を営む動物は“共感”と呼ばれる,他個体と心理的につながるための能力を持つ。われわれは,共感によって他人の痛みを理解し,相手を思いやり,救済などの利他的行動をとることが可能となる。しかし,共感は内集団に働くものとして進化したため,誰に対しても共感するとは限らない。また,痛み共感には痛みの共有による苦痛が伴うため,利他的行動を妨げる可能性もある。痛みの共感が,どのように人と人を結びつけているのか,向社会行動とどのようなかかわりを持つのかについて,これまで得られている認知神経科学の知見から概観する。そして最後に,痛みの共感が,痛みの真の“共有”であるかについての論争に触れる。
著者
高橋 正雄
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1032, 2019-10-10

芥川龍之介が大正10年に発表した『藪の中』は,関山から山科へ向かう山中で,多襄丸という盗賊が,通りすがりの夫婦の妻を夫の面前で凌辱するという話である. ところが,そこで起きた事実に対する3人の当事者の陳述が異なるために真相は藪の中ということになるのだが,この事件を性的暴行事件という視点から捉えた場合,注目されるのは,「清水寺に来れる女の懺悔」として記されている妻の陳述である.
著者
西村 正治 川上 義和
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.349-356, 1984-04-15

低酸素換気応答とは,文字通り生体に低酸素刺激を加えたときの換気の応答パターンを評価する検査方法である。周知の如く,一般に生体に低酸素血症を誘導すると末梢化学受容器,ヒトでは主として頸動脈体を介して換気は代償的に増加する。しかし酸素受容が生命維持に最も重要で必須の生理学的事象であるにもかかわらず,不思議なことにこの低酸素換気応答の程度は個体間のばらつきが非常に大きく,ときには低酸素により換気はむしろ抑制されるという現象すら生ずる。従ってこの応答が種々の心肺疾患の病態の修飾因子となり,病因・病態の解析や治療とくに酸素療法を考えるうえでも重要な意味をもつものと想像されるが,検査手技の複雑さや検査自体のもつ危険性のため,必ずしも日常的な臨床検査項目となるには至っていない。当施設においては,動脈血ガス二重制御装置の開発以来1),高炭酸ガス換気応答と合わせて,本検査を数多くの健常人や患者で比較的容易に施行できるようになった。本稿においては,それらの知見も合わせて,測定方法と評価法に関する現在の問題点を概説し,次に臨床的立場から慢性閉塞性肺疾患と低酸素換気応答にふれ,最後に低酸素換気抑制の問題についても解説を加えたい。
著者
菅原 英和 日下 真由美 笠井 世志子 水間 正澄 石川 誠
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.123-129, 2021-02-10

はじめに 障害者のリハビリテーションは,身体的,精神的,社会的,職業的,経済的な有用性を最大限に回復させることを主目標としている.就労世代の脳卒中では,自宅に退院しただけでは主目標を達成したことにはならず,退院後もさまざまなリハビリテーションによる支援を受けながら,復職や何らかの社会参加の可能性を徹底的に追求しなければ最大限の回復を目指したことにはならない.ただ,高次脳機能障害や失語,片麻痺などの障害を遺した患者の復職支援は簡単ではない.患者と家族が回復の階段を一歩一歩着実に登れるよう,地域のリハビリテーション資源や専門職がおのおのの役割を果たしながらも休職期間の限られた時間のなかで機を逃さずに連携し,最後は職場をも巻き込んで復職へのソフトランディングを実現できるよう適切にコーディネートする必要がある.連携や支援の輪が途中で切れてしまい十分なリハビリテーションを受けられずに復職の可能性が消えてしまう,あるいは準備不足の状態で復職を迎えてしまいうまく定着できずに退職してしまうような事態は何としても避けたいところだが,実際には残念なケースが少なからずあるのではないかと思われる. このような「危うい治療過程」となっている就労世代の脳卒中リハビリテーションを少しでも確かなものにするためには,地域のリハビリテーション資源の役割分担と連携を明確にし,一部のモチベーションの高い職種や個人に依存しすぎない就労支援のシステム作りが求められる. 本稿では,就労世代の脳卒中患者が,急性期,回復期,生活期のリハビリテーションから就労支援を経て復職に至るまでのあるべき連携とおのおのの役割,共有するべき内容について述べてみたい. 就労世代の脳卒中患者が復職を目指してリハビリテーションを行う場合,「就労準備性」を高めていくという共通の目標を共有しながら進めていくことが重要である.「就労準備性」とは,働くことについての理解・生活習慣・作業遂行能力や対人関係のスキルなど基本的な能力のことである.図1は「就労準備性ピラミッド」と呼ばれているもので,復職を目指すにあたっては「健康管理」,「日常生活管理」,「対人技能」,「基本的労働習慣」,「職業適性」の5つの項目に対する能力を,着実に積み上げていくことの重要性を表している1).実際には,これら5つの項目にはさらに細分化された下位項目が設けられており,チェックリストや支援計画書という形でさまざまな就労支援機関で使用されている. 「就労準備性ピラミッド」の積み上げは就労支援のサービスに移行してから開始するのではなく,発症直後の急性期病院にいる段階から開始されるべきである.急性期,回復期そして生活期の外来リハビリテーションや自立訓練を通じて「健康管理」,「日常生活管理」,「対人技能」を底辺から着実に積み上げていき,就労支援機関に移行した後は「基本的労働習慣」,「職業適性」の仕上げに専念できるようにしておくのが理想的である.「健康管理」,「日常生活管理」などの基礎が脆弱であると,就労支援へスムーズに移行できなくなるだけでなく,何とか復職できたとしても長期的にはさまざまな部分で綻びが出て働き続けることが難しくなってしまう. 図2は,回復期リハビリテーション病棟に入院するような中等度〜重度の障害を有する就労世代の脳卒中を想定して,発症から復職までにかかわるべき主なリハビリテーション資源と専門職を,急性期,回復期,生活安定期,就労準備期,就労定着期の5つの時期に分けて示したものである.これらの資源は施設面でも制度面でもバラバラに存在しているが,復職を支援する統一体として要所要所で手を結び合って機能していく必要がある.
著者
船瀬 広三
出版者
日本リハビリテーション医学会
巻号頁・発行日
pp.573-578, 2012-09-18

脊髄伸張反射の可塑性 筋紡錘入力によって無意識に生じる脊髄伸張反射も上位中枢からの下行性入力による修飾を受け,柔軟な可塑性を有することがWolpawら1,2)によって報告されている.軽いトルクのかかったハンドルをサルに握らせ,そのハンドル位置をサルの目前の画面に表示しておく.この状態でサルの肘関節をトルクモーターによって他動的に伸展させ,与えられた肘の伸展に対して保持しているハンドル位置を画面上に設定された範囲にとどまるようにさせ上腕二頭筋から伸張反射を導出する.この反射サイズがコントロール条件のサイズより大きい(up条件),あるいは小さい(down条件)時にのみ報酬としてジュースを与える.これらの試行を1日に数千回繰り返すと,伸張反射サイズはup条件では増大し,down条件では減少する.同様な結果は,サルとラットのH反射やヒトの伸張反射においても観察される.このような現象は,反射誘発の刺激強度に変化がなく刺激タイミングが予測できない状況下では,伸張反射回路の構成から考えて上位中枢からの影響によるものであると考えられ,事実,皮質脊髄路を破壊したラットでは観察されない.学習によって獲得したこのような伸張反射の変化は,除脳標本においても維持されており,脊髄レベルでの変化が“memory trace”として残存するものと考えられる. 姿勢の保持や不意の外乱時に骨格筋収縮の自動制御装置として機能する伸張反射回路は,感覚細胞(筋紡錘),神経細胞(motoneuron:MN),筋細胞(筋線維)の3つの細胞で構成されるシンプルな単シナプス性反射であるが,その利得調節機構はそれほどシンプルではない.伸張反射の利得はαMNの興奮性に影響を与えるpresynapticな要因(シナプス前抑制やpost-activation depressionによるⅠaシナプスでの伝達効率の変化など)とpostsynapticな要因(MNに対する促通あるいは抑制性シナプス入力),およびγMN活動で支配される筋紡錘感度によって調節されており3,4),MN自体の性質やシナプス入力などのpostsynaptic factorとⅠaシナプス終末上のシナプス前抑制やpost-activation depressionによるⅠaシナプスの伝達効率変化などのpresynaptic factorによって調節されている.同時にγMNによる筋紡錘感度調節の影響も受けており,状況に応じた柔軟な反射利得調節が行われている.中でもⅠa終末部でのシナプス前抑制によると思われるH反射の変化は,学習1,2)やトレーニグ5)だけでなく姿勢条件6~12)や運動課題3,13~16)にも依存することが報告されている.例えば,ヒラメ筋(m. soleus:SOL)H反射は座位や伏臥位条件に比べて立位条件では抑制される.Katzら11)は座位と立位時(肩をサポートした立位とサポートなしの立位)に異名筋Ⅰa促通法やpost-stimulus time histgram(PSTH)法を用いてシナプス前抑制の動態を調べたところ,座位条件に比べ立位条件において,また同じ立位条件でもサポート有り条件よりサポート無し条件において,SOL-MNではシナプス前抑制が増強し,大腿四頭筋(m. quadriceps:Q)MNでは減弱していることを報告している.自発的な運動単位発火が必要なPSTHの実験を除いて,立位条件においては非被験筋側に重心を移動させ,H反射誘発側には背景筋電図(background EMG:bEMG)が生じていない状態で実験を行っている.この措置によって座位と立位条件ともにH反射誘発時にbEMGは生じないことになりα-γ連関による筋紡錘活動も低下していることになる.この状態でのⅠa終末部でのシナプス前抑制の増強は介在ニューロンへの下行性入力によることが示唆される.興味深いことにSOL-MNとQ-MNとでシナプス前抑制が逆の効果を示しており,足関節伸筋では伸張反射利得を減弱させ関節可動性を増して下行性調節を行いやすくし,膝関節伸筋では逆に伸張反射利得を増強して膝関節を固定する方向に作用していることが考えられる.また,同じ立位姿勢でも,通常の歩行時より走行時13,14,16),より難易度が高い線上歩行時ではSOL-bEMGとH反射の関係を示す回帰直線の傾きが低くなることが報告されている3).この回帰直線の傾きの低下は,随意運動時のαMN活動が同程度であってもⅠaシナプスを介したH反射誘発時に活動するαMN数は異なっていることを示しており,Ⅰa終末部のシナプス前抑制が増強していることを示唆している.
著者
藤田 公生
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.928-930, 1990-10-20

ひとの横顔は,みるひとの左手のほうを向いて描かれることが多い,本誌の局所解剖シリーズをみてもわかるように,解剖図で矢状断面を描くときは向かって左が腹側で右が背側である.ところがこれに反対をしているひとがいる.こう書くとすぐにわかるかも知れないが,超音波医学会の偉いひとが,われわれは患者の右側面からみた図,つまり頭側を左,足側を右に記録しようと決めてしまったのである.本誌をみてもわかることであるが,この原則もすでに定着している.この原則が実は,長い間私たちの慣れ親しんできた図と対立してしまった. 私たちの多くは,尿道造影を斜位でとるときも腹側が左になるように撮影してきた.放射線医もMRCTの矢状面を描くときは左に向かった図を示している,これも本誌をみればわかることである.だから超音波断層像だけが反対を向いているので,総合的に画像診断をしようとするときにちょっと具合が悪いことが起こる.彼らもこれに気付いたものだから,放射線医にも図を右向きに変更するように迫っているという,こんなことは力関係で決まるものだから,ひょっとすると解剖の教料書も今後は全部右向きにさせられるかも知れない.
著者
本 仙一郎
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.388, 1964-05-10

われわれ臨床医は日常浣腸を患者に施しているが浣腸剤やその使用法については案外無関心であるし,医者自身が不潔なものとしてプレまかせであるのが現状ではあるまいか。浣腸は排便を促すものであるが,これが診断の助けともなり,治療に役立つものであればこれほどありがたいものはない。浣腸剤としてグリセリン,薬用石ケン,オレーフ油,重曹,食塩などが用いられている。私は主として食塩を用い,他にはグリセリンを使用するのみである。500cc入りのイルリガートルに2mのゴム管と先にエボナイト製肛門挿入管(約5〜6cm)を連結する。42℃,2%食塩水500ccをこのガートルに充たす。患者を側臥位にして下肢を軽く屈曲せしめ肛門にワセリンを塗布,ガートルを1.5m高さに保持して肛門挿入管を静かに肛門内に3〜4cm挿入,食塩水を注入する。温度が下らないように速やかに注入する。急激に行なうと失禁することもあるので注入時ゴム管を片手でおさえて速度を加減する。患者は300cc入るとだれもが軽い排便感が起こるが,そのまま注入をつづけ便意促追がつよく患者が我慢しえないというまで注入する。その後,ただちに排便させる。成人であればこの食塩水の直腸許容注入量(私は仮に直腸収容量と名づく)は男女ともに平均420ccである。
著者
島田 裕之
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.698-702, 2014-10-15

認知症の危険因子と保護因子 認知症の予防へ向けた取り組みを計画するには,その危険因子と保護因子を理解し,介入対象となる住民を特定する必要がある.年代別に認知症の危険因子をみると青年期における高等教育や,それ以降の知的活動は認知的予備力の向上と関連し,この認知的予備力は加齢による認知機能の低下に大きな影響は及ぼさないが,認知症発症抑制に寄与するかもしれないと考えられている1).中年期においては生活習慣病の管理が重要であり,高血圧,脂質異常症,糖尿病は脳血管疾患の危険因子であるとともにアルツハイマー病の危険因子でもあり,服薬管理,規則正しい食生活,運動習慣の確立が保護因子となる.高齢期には老年症候群などの因子が重要な認知症の危険因子となる. 例えば,高齢期のうつ症状は,活動性を低下させ社会的孤立を招くとともに,脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor;BDNF)の発現を減少させる.BDNFの低下と海馬の萎縮は関連し2),これが脳の予備力低下につながる.また,転倒などによる頭部外傷は将来のアルツハイマー病発症の危険因子である3,4).これらの高齢期における老年症候群などの因子を回避するためには,身体,認知,社会的活動を向上し,活動的なライフスタイルをいかにして確立していくかが高齢期の認知症予防対策として重要であると考えられる(図1).
著者
衛藤 由佳
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.125-129, 2021-04-15

本別冊の中心読者である後期研修医は,ある程度の経験を積み,自分の手技に少し自信がついてきた頃だろう。過去の『シェヘラザードたち』を読めばわかるとおり,一人でなんでもできるような気になって患者を危険にさらしてしまった,と反省している先輩は多い。筆者は,どちらかというと臆病者で,さらに慎重派の先輩に囲まれていたため,少しでも不安があれば「一人でやらない」「人を呼ぶ」を徹底していた。気道確保に関していえば,後期研修医であっても手術室外での挿管はさせてもらえないこともあった。しかし,そのおかげもあってか,輪状甲状膜切開などの緊急外科的気道確保に至ったことはなく,困難症例から先輩たちのテクニックを学んだり,さまざまな考え方を知ることもできた。 麻酔科の専門性といえば,気道管理にある。当直中に「麻酔科の先生! 挿管助けてください!」と呼ばれたことのある読者もいるだろう。今夜お話しするように,手術室外での気道確保は手術室内と異なる点が多く,一人で対応しようとすると危ない落とし穴がいくつもある。そこで,きたる麻酔科コールに備えて,気をつけるべき点を挙げていく。
著者
林 眞弘
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.85-90, 2018-01-15

抄録 統合失調症の治療は現在もドパミンD2受容体遮断作用を有する薬剤が主体で,精神科領域でのパーキンソニズムは一般的な神経症状である。パーキンソン病(PD)は,65歳以上の有病率は約1%と言われており,初老期以降の統合失調症患者でPDの合併に注意が必要である。一方若年性PDの有病率は40歳以前で0.00001%以下ときわめて低いため,成人早期の統合失調症患者に合併した際に,PDの診断・治療が遅れる恐れがある。今回,発症から約10年の経過を経て心筋MIBG,DaTSCANでのPDの診断が確定し,ドパミン補充療法にて精神・運動症状の顕著な改善を認めた43歳の統合失調症症例を経験した。その症状・経過とともに黒質線条体神経系の変性に関連のあるPD様症状も検討した。