- 著者
-
杉本貴代
- 出版者
- 日本教育心理学会
- 雑誌
- 日本教育心理学会第57回総会
- 巻号頁・発行日
- 2015-08-07
0.はじめに 本研究では,日本語の心的辞書の中核を成す和語(やまとことば)に固有の現象である「連濁」の獲得過程と言語発達を検証することにより,子どもの言語処理と心的辞書の発達的特徴を検討する。連濁は,複合語の後部要素の語頭子音が濁音化する現象であり(例:いちばん+ほし→いちばんぼし, /h/→[b]),日本語の心的辞書を特徴づける語種の一つである和語に固有の現象として知られている(窪園 1999, 他)。脳科学的手法による研究から,連濁は言語の音声,形態,統語,意味の各範疇の情報処理に関連することが示されており(尾形他 2000, 酒井他 2006),その獲得の過程を明らかにすることは,日本語獲得過程と言語処理の統合的理解に寄与すると考えられる。これまでの成人対象の研究から,連濁が生起されるためには,①和語であるか否かの語種の区別に関する知識と,②単語を解析して有声阻害子音の有無を判別する能力の2条件が求められると考えられてきた(成人の連濁の2条件)。しかしながら,近年の先行研究から,子どもは初めから成人の2条件をそのまま学んでいるわけでなく,幼児は自ら利用可能な言語情報を用いて独自の連濁処理方略を発達変化させ,就学期を境に質的変化を経て成人に近づいていくことが示唆されている(杉本 2014)。1.問題と目的 音声言語を用いる幼児の連濁方略が児童期に質的に変化する要因は何であろうか。本研究では,幼小移行期の文字言語の学習とそれにともなう発達的変化に注目する。かな文字と漢字を学ぶ定型発達児の知見(杉本2015)に新たに点字を習得する盲児の事例を加え比較考察することにより,習得する文字種の特性により,心的辞書の再構成と言語処理方略に差異の有無を検討する。2.方法 実験は,定型発達児対象の先行研究(杉本2015,印刷中)と同じ2(アクセント)*2(既知/新奇語)の2要因反復測定計画とし,複合名詞産出課題を用いた。研究協力者は,東京方言地域(早田 1999)に居住する全盲の幼児2名(59カ月齢,72ヶ月齢)と先天盲の大学生1名であった。幼児2名のうち,1名は点字既習であり,もう1名は未習得であった。実験に際し,盲児に分かりやすい触覚刺激を用いた複合名詞産出課題を開発した。言語産出実験と発達検査を実施し,かな文字・漢字を習得途中の同年齢の定型発達児の知見と比較した。 実験結果の予想として,点字未習得の盲児は,定型発達幼児と同様にプロソディにもとづく連濁方略を用いると予想される。点字既習の盲児においても,ひらがな,カタカナのような区別を学習しないため,点字未習得の幼児と同様に音声特徴のみにもとづく連濁方略を使うと予想される。3.分析と結果 全盲の研究協力者を得にくい状況から,本研究は事例研究として分析した。まず,点字未習得の盲児は,プロソディにもとづく連濁方略(平板型アクセント語をもつ連濁和語のみ連濁させる),同年齢の定型発達幼児と同様の連濁方略を用いていることが明らかになった。一方,定型発達のかな文字習得児と点字習得児では,連濁方略に差異が見られた。すなわち,点字習得児は,幼児期固有の連濁方略には依存しておらず,成人と同様に連濁和語をすべて連濁させること(平板型≒頭高型語)に加え,外来語と漢語もすべて連濁させる非和語への拡張が確認された。点字習得児の非和語への規則的な拡張は,定型発達の幼児・児童にまれな傾向であることから(杉本2013),点字の学習と同時に別の手がかりをもとに語彙を分類(レキシコンの再構成)している可能性が考えられる。4.結論 点字を習得している/していない全盲の幼児の連濁方略に明らかな差異が確認された。点字未習得の幼児は,同年齢の定型発達児と同様の連濁方略を持つが,点字を習得している幼児の連濁方略は,定型発達幼児には見られない傾向であるため,点字学習の影響が考えられる。しかし,その因果関係は,本横断研究からは結論づけられるものでなく,今後の縦断的調査により,個人内の発達変化を追跡する必要がある。【謝 辞】 本研究にご協力くださいましたお子さんと保護者の皆様,先生方に心より御礼を申し上げます。本研究の一部は,平成26年度文部科学省科学研究費補助金挑戦的萌芽研究(課題番号26580080)および国立国語研究所共同研究プロジェクトの助成を受けました。