著者
柴山 由理子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.91-103, 2021 (Released:2022-07-03)

フィンランドの農民政党は、国民連合党と社会民主党とともに長年に渡り主要政党の一つに位置付けられている。その創設は、初の普通議会選挙が実施される前年の1906年と、北欧諸国の中でも比較的早いタイミングであった。農民同盟の 創設者サンテリ・アルキオ(Santeri Alkio)は、民族ロマン主義運動、啓蒙思想や進歩主義の思想に影響を受け、独立運動を支持し、議会開設を求める自由主義政党の青年フィンランド人党での活動後に、農民同盟の前身となる地域政党を立ち上げた。中心的なイデオロギーとして、「地方」や「農民」を重視するほか、アルキオは「土地の精神」を掲げ、フィンランド人のアイデンティティを模索した。ここに、フィンランド語を重視した民族主義運動の流れをくむ愛国主義的側面を見い出すことができる。一方、個人主義や自由主義、特に社会自由主義の思想の影響も強く、中道右派政党の出発点に社会自由主義の思想が埋め込まれていたことが指摘できる。本稿ではアルキオの思想から、フィンランド農民政党の特徴を考察する。
著者
浅野 由子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.11-22, 2021 (Released:2022-07-03)

本年スウェーデンは、SDGsの世界ランキングで1位に位置づけられ、世界から注目されている。特にウプサラ市は、2018年と2020年に世界自然保護基金(WWF)主催の"One Planet City Challenge 2018,2020"で、世界一気候に優しい都市として選ばれている。本研究では、そのウプサラ市において、持続可能な社会に向けてどのような環境政策が行われ、またそれが持続可能な開発目標(SDGs)とどう関係し、「質の高い教育」に貢献しているのか、①世界自然保護基金(WWF)主催の持続可能な都市プロジェクト②スウェーデンイノベーションシステム庁(VINNOVA)助成のイノベーションプロジェクトを研究対象とした。調査の結果、ウプサラ市の環境政策ではESDが重要な役割を占め、数多くのプロジェクトが、国・自治体・企業・学校・NGO等の民間団体が協働して、SDGsを促進していることが明らかとなった。最終的に、今後の新しい「学び」の変革を考える上でも、若者のアクティブ・ラーニングは、貴重であることが明らかとなった。
著者
Rydén Lars
出版者
Japan Association for Northern European Studies
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.1-9, 2021 (Released:2022-07-03)

Living in the Safe and Just Space for Humanity is the double outcome needed to reach the Sustainable Development Goals (SDGs) adopted by the UN in 2015. We need both to stay within the planetary boundaries identified by a group of scientist in 2009 and reach the social goals of reducing poverty and hunger, safeguarding health, protecting equality, providing education etc of the 2030 Agenda. Goal 12 Responsible production and consumption has a central position among the SDGs. For cities goal 12 of resource management is dominated by energy, waste and water. Here we see much collaboration between cities and universities. While cities implement, universities and researchers develop and research the technologies needed. This may be of general character, but there are many cases where a close collaboration between a city and its university has developed. Cases to be examined include: Energy production and efficient use especially for heating; Waste management and biogas production from organic food waste to be used for the city buses; Mobility management and biking with a focus on improved conditions for biking to reduce car driving and air pollution while supporting health and wellbeing; Urban planning, densification and greening, analyzing the conflict between densification and urban green as well as how building multifamily housing in wood reduces climate impact and makes more sustainable housing.
著者
Chino Yabunaga
出版者
Japan Association for Northern European Studies
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.91-102, 2020 (Released:2021-07-01)

This comparative study examined the direction of welfare reforms across different levels of governments and investigated the welfare transition in Finland and Japan, based on the discussion by Sellers and Lidström (2007) and Häusermann (2011). Finland’s four cases revealed some variations in both the central–decentral direction and the retrenchment or protection type of welfare transition. With respect to the three Japanese cases, the reforms demonstrated a tendency in transferring municipality tasks to second-tier authorities and they indicate a retrenchment or protection type of welfare transition. The fundamental purpose and motivation of the reforms were to maintain the lives of people in the welfare state with an ever-changing environment and an ageing population during austerity. Therefore, the nature of the reform cases in the two countries can be categorised as a protection type rather than a retrenchment type, although these reforms implied a centralised nature, which is an evident retrenchment type of welfare transition rather than a decentralised one. These reforms displayed the potential for service innovation and welfare development through the use of innovative Information and Communications Technology (ICT) and Artificial Intelligence (AI) environments in a changing post-industrial society, especially in Finland.
著者
柴山 由理子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.67-80, 2020 (Released:2021-07-01)

国民年金機構Kelaは、1937年国民年金法の制定によって議会直属の機関として設立されたフィンランド社会政策の主要な担い手である。本稿では、フィンランド社会政策の特徴をKelaの歴史的発展経緯から考察する。同組織は設立当初から農民政党との結びつきが強く、政治的な組織であることが指摘できる。Kelaは農民政党の意向を反映しながら管轄業務を拡大し、一律給付方式の保障や現金給付の割合の高いサービスを実現してきた。一方、社会民主党の役割は限定的で、同党が志向した所得比例方式の保障は妥協の産物としてKelaによる社会保障の枠外に置かれた。フィンランド社会政策の対立軸は「農村」対「都市」であり、Kelaを中心とする政治的対立に注目することは同国の社会政策の特徴を捉える上で意義深い。本研究では、フィンランド社会政策研究に「Kelaの視点」を加える必要性を主張し、比較福祉国家論の「社会民主主義レジーム」に多様性がある可能性を示す。
著者
尾崎 俊哉
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.53-66, 2020 (Released:2021-07-01)

デンマークは、EUでも小国の1つである。しかしOECDによると、直近5年の平均GDP成長率は年2%程度と、先進国としては顕著に経済が拡大している。その理由の1つが、世界的に高い競争力を持つ企業を多く輩出している点である。なぜかくも小さな経済から、これほど多くの世界的企業が輩出されているのか。その国際的な競争優位は、何らかの「デンマーク的な経営モデル」によってもたらされているのだろうか。 本稿は、企業経営の特徴を国の次元で考察する意義と理論を検討し、導かれた仮説をケーススタディの手法で検証する。そこから、デンマークの主要な多国籍企業が、小国でグローバル競争のなかに翻弄されていることを、労使が政策立案者と共有していることを示す。その上で、ガバナンス、労使関係、能力構築、企業間取引において、きわめてユニークな制度を持つこと、そのような制度的な条件を比較優位として取り込む経営努力を行っていることを明らかにしたい。
著者
吉岡 洋子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.115-122, 2020 (Released:2021-07-01)

本研究は、スウェーデン教会が行う福祉事業、特に子ども支援について、そこで生み出される人々のつながりに注目して明らかにし、市民社会による子ども支援の特性について示唆を見出すことを目的とする。方法は、A教区に関する文献資料研究とディアコンへのインタビューであり、教区福祉事業の全体像と、子どもに関わる事業、子ども支援について整理分析した。福祉事業は、文化・余暇活動等の場での早期課題発見や、福祉的テーマごとの集いとして実施されていた。子ども関連事業の大半は文化・余暇活動であり、子ども支援としては、テーマごとの集い、余暇活動の補足、学習支援が実施されていた。結果から、スウェーデン教会の特性発揮のあり方や、子ども支援を通じて生まれる人々のつながりのゆるやかさや多面性を考察した。公的福祉制度の枠外で、行政には対応できない、精神的・社会的な側面で市民社会が子ども支援を行っていることが見出された。
著者
鈴木 京子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.103-113, 2020 (Released:2021-07-01)

現代の日本では急速に高齢化が進んでいる中で、高齢期になっても自立した生活を送るには男女ともに若いころから自立した生活を送ることが重要であることが指摘されている。しかし現状では高齢者の自立はどのように達成されるのかを分析する段階には至っていない。そこで本研究ではindependent(自立している、独立していると訳せる)であると言われているノルウェーの人々を対象にインタビュー調査を行い、自立を獲得していくプロセスを若年層と高齢層に分けて修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて分析した。その結果、ノルウェーでは比較的若い時期に[自立](自分でできることをやること)と[自律](自分で決めること)がなされたうえで親から《独立》するという鍵概念がコア・カテゴリーとして浮上した。高齢者の場合にはその先にはキャリア人生があり、その後は子どもから自立した《独立》した老後の人生を送るという道筋が描けた。
著者
原田 亜紀子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.13-26, 2020 (Released:2021-07-01)

本稿は、デンマークのユースカウンシルでの民主主義の実践による市民形成を検討する。ユースカウンシルは地方自治体が設置した若者政策提言組織であり、若者アソシエーションの一つでもある。 事例の分析枠組として、デンマークの政治学者、バングとソーレンセン、そして英国の政治学者マーシュと社会学者リーによる「新しい政治的アイデンティティ」の理論と、北欧閣僚理事会が提示した「‘参加’の過程」を援用し、エリートに限定されない多様な若者の政治参加を考察する。 3つの事例においては、インフォーマルな対話の機会により幅広い若者を包摂していること、職員が若者と地方自治体の橋渡しをし、「秘書」として「教育者」としての役割を果たしていること、ユースカウンシルが非制度的政治参加と制度的政治参加を接続する機能があること、そして若者を権利主体としてみなし政治的に包摂すると同時に教育的に支援する体制があることが明らかになった。
著者
石田 祥代 是永 かな子 本所 恵 渡邊 あや 松田 弥花
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.39-52, 2020 (Released:2021-07-01)

本稿は、フィンランドの義務教育から後期中等教育への移行とその支援について、インクルーシブ教育の観点から明らかにすることを目的とする。文献調査と聞き取り調査を実施した結果、①義務教育段階の特別な教育的支援として三段階支援のシステムがあること、②同様の支援システムが後期中等教育においても整備されつつあること、③義務教育修了後、特別な教育的ニーズのある生徒は、基礎学校10年生、高校、職業学校、ヴァルマ、テルマから進路選択を行っていること、④基礎学校における移行支援として、キャリアカウンセラーと特別支援教育教員による進路相談、進学先との調整、学校訪問同行などが行われていることが明らかになった。一方、今後の課題として、①高校・職業学校における進学後のフォローアップ体制の不備、②退学問題への対応の強化、③授業での教育内容調整や直接的支援の必要性、などが示唆された。
著者
藤田 菜々子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.35-46, 2019 (Released:2020-07-01)

本稿は、1930 年代という大恐慌期におけるイギリスとスウェーデンでの新たな経済理論・経済政策の生成について、若手経済学者集団「ストックホルム学派」が果たした役割を考察する。ケインズ経済学とストックホルム学派の関係については、先行性がいずれにあるかが主に理論比較から議論されてきたが、人物交流面からの検討も有効である。経済学クラブにおける世代間対立、失業委員会における学派認識と政策提言を経て、ストックホルム学派は形成された。その過程 は初期にケインズから影響を受けたが、また逆に「ケインズ革命」の理解・受容を後押しする影響をイギリスに与えた。
著者
是永 かな子 石田 祥代
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.57-66, 2019 (Released:2020-07-01)

本研究は、スウェーデンにおける子ども健康チームの取り組みを、資源の少ない小規模自治体に注目して、フィールド調査及び関連文献の検討から分析することを目的とした。スウェーデンにおいては、いじめや精神的不安定等子どもの多様な問題に対応する子ども健康チームの設置が求められている。しかし小規模自治体であるトッメリラコミューンは各学校の規模も小さく、自校での子ども健康チーム設置が困難であった。そのためコミューンとして中央子ども健康チームを整備して、コミューンが雇用した専門家の巡回訪問で各学校における支援を提供していた。具体的には、コミューンとして学校心理士や学校福祉士等、必要な専門家を雇用して学校兼任配置したり、支援の申請や分析・介入方法を自治体で共有 したり、重篤な課題に関しては医療や福祉局、警察などと連携したりすることで、多方面からの子どもの支援体制を構築していた。
著者
石田 祥代 是永 かな子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.47-56, 2019 (Released:2020-07-01)

デンマークにおける地方自治構造改革は、2004年1 月の「特別委員会による地方自治構造改革についての提案書」ならびに同年6 月の「与野党間における合意書」の締結を経て、2007 年1 月にアムト(amt;県に相当)の廃止をもたらした。同時に、5 つの広域自治体レギオン(region)が創設され、コムーネ(kommune;市町村に相当)は3 万人以上の人口を目安に271 から98 に再編された(Indenrigs-og Sundhedsministeriet, 2005)。教育に関しては、ギムナシウム(gymnasium;高等学校に相当)と高等職業訓練コース(VET;職業専門学校に相当)等の後期中等教育、加えて、高等教育試験課程(HF;大検に相当)はアムトから国へと管轄が移行した。義務教育では、責任を負う管轄はコムーネであり改革前後に大きな変化はなかったものの、特別教育への影響は大きかった。すなわち、従来の特別教育では、コムーネがその責任で対応する場合と、国やアムトが特別な予算を用意して対応する拡大特別教育(vidtgående specialundervisning)があった。拡大特別教育は、比較的重度の障害児を対象としていたので、2007 年以降、重度の障害児も含め全ての子どもを対象とする義務教育の責任はコムーネが負うこととなった。インクルーシヴ教育の目 標値が設定されるに至り、全国のコムーネはインクルーシヴ教育計画を練り、それに基づき実践を行ってきたが、その中で新たな課題に直面するコムーネも少なくなかった。例えばそれらは、特別学校が移管されなかったコムーネにおける特別学校・学級の新設、対象となる子どもの範囲の拡大、移民の増加であり、全国各地で特別教育の費用が急増した。そのため、デンマーク政府は各コムーネに特別教育予算の適正化を図ることを要請し、インクルージョンセンターの設置による通常学校での対応の具体的支援や16 コムーネのパイロットスタディを開始したものの、現在も各コム ーネの固有の条件をふまえた様々なインクルーシヴ教育への取組が模索されている。本研究ノートでは、とくにインクルーシヴ教育推進の中心機関となるPPR が地域性と資源を活用し試行を繰り返している2 つのコムーネに注目し、地方自治構造改革後にインクルーシヴ教育をどのように進めてきたのかに関して、他コムーネとの共通性と2 コムーネの多様性を明確にしながら、浮き彫りにすることを第一の目的とする。改革以降、インクルーシヴ教育はコムーネの責任で行われ、その実践はコムーネごとに独自性をもった取組となっているからである。そして、デンマークが経験した大規模自治体再編後の急激な地方分権制度の進展に伴うインクルーシヴ教育における混乱とその収束を明らかにするために、2 コムーネの調査に筆者らの一連の研究とこれまでに遂行したフィールド調査の分析を検討に加え、その 取組の特徴を示すことを第二の目的とする。