著者
田渕 宗孝
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.37-45, 2018 (Released:2019-07-01)

N.F.S. グロントヴィを「政治」から捉えなおす研究が近年増加している。しかしその検討にあって、グロントヴィのフォルクおよびナショナリズムはどのように捉えられているのだろうか。フランス革命を批判するグロントヴィは、「学問性」を取り戻すことを主張し、そのためにも宗教の「直観」や「感情」「声」に依拠した啓蒙を薦めようとした。そしてそれは母語や神話等に依拠するナショナリズムによって裏打ちされるものである。「人々の声」や「自由」というグロントヴィの基本概念が、政治という観点からの考察で言及される場合、それは安易にも彼を民族主義から「サルベージ」してしまうことにはならないのだろうか。グロントヴィの「直感」や「声」からfolkelighed という彼のキーワードへの流れにみられるのは、宗教と民族主義の融合したものでもある。
著者
田辺 陽子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.27-36, 2018 (Released:2019-07-01)

本稿の目的は、ノルウェーの先住民高等教育機関・サーミ大学において成人向けに開講されている「北サーミ語初心者実践コース」に注目し、受講生の学習動機、言語復興に関する学習の成果や課題を提示することである。インタビュー調査の分析によって明らかになったのは、主に次の事項である。①学習動機に関しては、サーミ以外の受講生に「道具的志向」と「統合的志向」が目立ったのに対し、サーミの受講生には「連続的志向」がみられた。②学習成果としては、地域社会や自然・文化資源を学習環境の一部として取り入れたプログラムに対する生徒からの評価は高く、特に会話力の向上を指摘する声が多かった。その一方で、辞書や補助教材については課題が幾つくか残っている。次世代への言語継承には親世代の取組みが重要となるが、サーミ語を学ぶ成人向け教育プログラムが言語復興に果たす役割は大きく、今後の重要な研究課題の一つとなるだろう。
著者
藪長 千乃
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.53, 2017 (Released:2018-07-01)

フィンランドの教育輸出プロジェクトは、2010 年に策定された教育輸出戦略を出発点として本格的に開始した。主要言語圏の高等教育での展開にほぼ独占された国際教育市場においてユニークな存在である。本稿は、このユニークネスを生み出した背景について、政府公式文書、専門家への聞取調査結果等をもとに、教育輸出に至った経緯と理由、他国の一般的な状況との比較、事例を通じて、2010 年代半ばまでの状況を検討した。フィンランドは、高等教育だけでなく、初等・中等教育を含めた教育システムを商品とするという独自性を活かし、新たな市場開拓をしつつある。このような独自性を持つ一方で、事業展開を詳細にみると、留学からオフショア教育へ、開発から貿易へという国際教育市場の2 つの大きな変化に沿ったもので、途上国等での高等教育需要などの環境変化の増大に対応したものであった。
著者
徳丸 宜穂
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.13-25, 2018 (Released:2019-07-01)

技術変化やグローバル化などに対応すべく、先進諸国で新しいイノベーション政策が試行されている。本稿では、北欧諸国がフロントランナーである「イノベーションの公共調達」政策が、どのような制度的・組織的条件の下で施行されつつあるのかを検討するために、フィンランドで当該政策の施行に関与する諸組織の機能・配置と、そのミクロ的基礎である人材移動について、質的・定量的に分析・考察を行った。その結果、第1 に「触媒作用」と呼びうる機能を果たす諸組織が補完的に分厚く存在していることを、主に環境志向的な公共調達を促す諸組織への聞き取り調査に基づき明らかにした。第2 に、部門をまたがる人材移動が盛んであるという事実を、LinkenInから取得したデータの分析から見出した。これらの事実は、コーポラティズムや人材流動性といった、北欧モデルを構成する諸要素が、新しい政策の実施にとって有益に作用している可能性を示唆している。
著者
佐藤 桃子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.21, 2017 (Released:2018-07-01)

デンマークの保育所では、他の社会サービスと同様に利用者委員会の設置が義務化され、保護者が積極的に保育所運営に関与している。本稿では、保護者会の制度化、保育サービスの民営化という歴史的背景から、保育サービスにおいて保護者の関与が拡充されてきた経緯をまとめ、さらにA 市の公立保育所と私立保育所の保護者に対するインタビュー調査の分析を行い、保護者が参加する経路がどのように確保されているかを考察した。A 市の事例より、公立保育所と私立保育所では異なる経路で保護者が運営に関与しており、私立保育所では保護者会が予算や園長の人事などを担う直接の運営主体になっていることが明らかになった。保護者の参加の経路は公立・私立保育所で大きく異なるが、保育サービスの歴史的な発展の中で保護者の関与が大きな役割を果たしていることが示された。
著者
田中 里美
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.37-45, 2016 (Released:2017-12-01)

フィンランドでは2015年、経済的な持続可能性の保障、行政運営方法の改良とともに、 民主主義の強化を目的として、自治体法が改正された。ここでは、民主主義の強化と関連して、自治体が設置可能な機関として、地域の委員会が取り上げられた。本稿では、これに先行して地区委員会を運営してきたロヴァニエミ市を取り上げ、自治体が、住民の参加と影響力行使の権利を保障するしくみの具体と課題を、現地調査、文献調査によって明らかにする。地区委員会設立後まもなく、ロヴァニエミ市によって行われた調査では、地区委員会の理念、意義について、肯定的な評価が多くみられたが、試行終了を翌年に控えた2015年現在、市の地区委員会担当者は、経費の大きさ、決定にかかる時間の長さから、現状での存続を危ぶむ見方を示している。ロヴァニエミ市地区委員会の例からは、近隣民主主義を実行に移す際の難しさがあらためて明らかになった。
著者
長谷川 紀子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.67-76, 2016 (Released:2017-12-01)

ノルウェー、ヌーラン県ハットフェルダル・コムーネ(kommune)に、少数先住民族サーメ児童・生徒のための基礎学校がある。1951年、国立の寄宿制サーメ学校として創立され、特に1980年以降、南サーメ言語・文化教育をノルウェーの普通教育に取り組んだ独自の教育を展開してきた。しかし、2000年以降、徐々に児童・生徒数が減少し、現在は通年の学校として機能していない。本稿の目的は、スウェーデンにあるサーメ学校と比較の観点から、学校の教育的特徴を分析し、児童・生徒数減少の要因と実情について明らかにすることである。学校は、現在、短期セミナーや遠隔教育を駆使して南サーメ言語・文化を伝承する役割を果たしている。しかし、通年で 通う児童・生徒を確保できないがために新たな課題に直面している。この学校は、今後どのような教育機関として位置づけられていくのだろうか。
著者
丸山 佐和子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.23-35, 2016 (Released:2017-12-01)

本論ではスウェーデンの欧州単一市場への統合に伴う経済制度の変更を以下の二つの側面から分析する。第一に、欧州単一市場への統合、すなわち4つの移動の自由の導入のために直接的に生じた制度変更である。第二に、欧州単一市場への統合を前提に実施した国内制度の調和のための制度変更である。続いて制度変更がスウェーデン企業や経済に及ぼした影響を考察した結果、次の三点が明らかになった。第一に、モノ・サービス・資本の移動の自由化はスウェーデン企業の海外展開の障壁を引き下げ、多国籍的活動を後押しするものであった。第二に資本規制が緩和されたことで外資の流入が増加し、スウェーデン企業の資本関係が大きく変化した。第三に、制度の調和のための各種改革はスウェーデンの市場をより開放的で効率的なものに変え、スウェーデン企業を取り巻く経済環境や競争条件も大きく変えた。
著者
是永 かな子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.39-52, 2015 (Released:2018-10-01)

本稿ではスウェーデンにおける高齢者の自立を支える制度と理念について、 高齢者支援にかかわる市中央地区行政当局、 ホームヘルプサービス事務所、 高齢者集会所、 高齢者住宅の現地調査に基づいて考察した。具体的には、イェーテボリ市の各機関において共通項目を用いて聞き取り調査を実施した。 結果として今回の調査研究からは、第一に孤独の回避やコミュニティケア等の予防的かかわり、第二に個別の介護サービス判定に基づく介護と看護の保障、第三に支援内容決定における高齢者の主体的参加の重視という、高齢者の自立を支える制度と理念の近年の傾向が明らかになった。