著者
大平 秀一
出版者
アンデス・アマゾン学会
雑誌
アンデス・アマゾン研究 (ISSN:24340634)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.1-56, 2019-12-20 (Released:2022-04-06)
参考文献数
70
被引用文献数
1

一定の景観を織り成し続ける自然・大地に根ざし、それと共に存続してきた社会・文化の理解を進めようとするとき、その中で蓄積・共有されてきた感性・感覚に着目することは、極めて大きな意味をもつはずである。しかし、不可視かつ輪郭のあいまいな感性・感覚の歴史性を捉えようとすると、それらの社会・文化の大半が歴史的に文字をもたなかったが故に、文字資料の欠如という障壁に直面する。アンデス地域では、強制的キリスト教化の過程で、土着の宗教・儀礼的世界をめぐる先住民の語りが、ケチュア語のまま書き残されている。それは「ワロチリ文書」(c.1608)として知られ、リマ東方のアンデス西斜面領域が語りの舞台となっている。 本論では、この語りを分析対象とし、色彩・明暗の観念に焦点を当てて、山の神々をめぐる先住民の感性・感覚への接近を試みた。その結果、1)地下性を帯びた山の神々の世界は、闇・黒色に包まれていると同時に、羽毛や花で象徴されるような光り輝く多彩性をも帯びていること、2)虹や雷はその多彩性・強い輝き・山の神々のカマック(活力・エネルギー)が地上に吹き出したり放たれたりする現象であること、3)山の神々のカマックが口から溢れ出る様態が、青色・緑青色の息・煙として捉えられていること、4)山の神々は雨や雹そのものと化し、感情が高ぶってカマックが増大している場合には、その雨や雹が赤色や黄色を呈すること、5)ワロチリ地域の主神「パリアカカ(山)」という名称に、山の神々およびその世界の光り輝く多彩性そのものが含蓄されていること、が明らかとなった。 本論で提示した山の神々の世界と色彩・明暗をめぐる感性・感覚・イメージは、物質文化・考古資料・民族誌等を通して、さらに詳細に検討される必要がある。それにより、アンデス先住民の歴史・文化の一層生き生きとした理解が可能になると同時に、先住民の柔らかな精神世界を理解し得ない他者が残した歴史文書の記述を基に、延々と再生産され続けてきた先住民の歴史像・文化像に再考を迫ることにもなるであろう。
著者
木村 秀雄
出版者
アンデス・アマゾン学会
雑誌
アンデス・アマゾン研究 (ISSN:24340634)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.1-54, 2018-03-30 (Released:2022-04-06)
参考文献数
158
被引用文献数
1

中央アンデス南高地の社会は、多様な自然環境、複雑な民族構成、外部世界からの経済的圧力によって多様化されてきたが、同時に封建的大土地所有地や先住民共同体といった歴史的に構築された諸制度によって、構造化されていた。この多様性と制度の規定性を理解するために、地域の古い農業構造を劇的に作り変えた農地改革時における、ペルー・クスコ県・カルカ郡のアシエンダと先住民共同体に研究の焦点を合わせる。 本稿は、「すべての個人の心理的性向や行為は、予測不能で多様なものである」という理論的・仮説的立場をとるが、予測不能な個人の行為が社会的に無秩序に陥ることを防いでいるのが「制度」「ルール」である。一方、個人の行為はハーバート・サイモンのいう「限定合理性」を持つ可能性があり、この「制度」の中で、人類学の視点に呼応する「個人の行為は合理的である」という仮説から本稿は出発する。 研究対象地域においては、「先住民共同体」「アシエンダ」それぞれの内部に歴史的背景や経営体の運営方法の大きな多様性を見出すことができる。ほとんどすべての先住民共同体が彼らの生存食料であるジャガイモなどを栽培する非市場志向圏に位置し、アシエンダは穀物栽培・家畜飼育などの商品生産に適した区域を占有していたといっても、先住民共同体やアシエンダの成立過程や商品生産への適応の度合いの差は多様である。また同時に、個々の先住民共同体メンバーや個々のアシエンダ領主の意識や行動にも大きな違いがある。 「先住民共同体」「アシエンダ」といった公式制度の政治的地位および運営方法の多様性が、個々のメンバーの農地改革に対する態度の違いをもたらし、アシエンダの農業協同組合への転換、隣接する先住民共同体への編入、またはアシエンダ旧領主に対する部分的所有権の承認といった、改革の多様な過程と結末につながったのである。この変化は、古いアシエンダ・システムから、より平等新たな体制への制度的転換をとおして行われたのであるから、アシエンダ領主、先住民共同体メンバー、農村労働者たちの意識や行動の限定合理性は、農地改革後の変化にともなって変化を余儀なくされ、その変化が新たな体制につながったのである。
著者
井邑 智哉 岡崎 善弘 高村 真広 徳永 智子
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.53-60, 2021 (Released:2022-07-01)

本研究の目的は,児童の時間管理が長期休暇中の学習時間や長期休暇後の学習意欲に影響を及ぼすのかを検討することであった。長期休暇前に児童の時間管理(生活リズムの確立,目標設定・優先順位)と学習計画,長期休暇中には毎日の学習時間,そして長期休暇後には自己効力感と学習意欲を測定した。分析の結果,生活リズムの確立得点の高い児童ほど,宿題の予定と実際の取り組みが一致しており,学習時間も長いことが明らかとなった。また生活リズムの確立は,学習意欲,自己効力感に対して正の影響を及ぼし,目標設定・優先順位は自己効力感に対して正の影響を及ぼしていた。
著者
大久保 心
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.31-51, 2021 (Released:2022-07-01)

生活時間研究を通じて,子どもの日常生活の階層間格差や地域間格差,特定の行動の時系列変化が明らかにされてきたが,子どものライフスタイルの総合的な趨勢の検討は十分でなかった。そこで本稿は,子どものライフスタイルの変化と安定の傾向を長期的に把握することを目的とした。10歳以上を対象とした「国民生活時間調査」の小学生,中学生,高校生,および親世代の40代の集計データを用いて,1970年から2020年までの時間量とタイミングの情報から生活時間の時系列変化を確認した。その結果,夜帯の生活時間の時系列変化について,40代と小学生は連動しやすい傾向が見られた一方で,中高生は40代と独立した傾向が見られた。また,日中の生活時間の多様性について,平日は50年間かなり安定していたが,日曜では一貫した変化と安定の傾向は見られなかった。平日と日曜の夜帯について,どの年齢層でも長期にわたり行動の多様化が見られたが,40代と小学生は徐々に夜型化していたのに対して,中高生は夜型傾向の維持と同時に自由行動の増加が確認された。以上の結果から,生活時間データからライフスタイルを捉える場合に時間量とタイミングの両情報の利用が有効であること,生活時間研究が子どもの社会化を長期的かつ客観的に把握するために重要であることが示された。
著者
大沼 美雄
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.79-95, 2021 (Released:2022-07-01)

中国にも日本にもいわゆる年中行事の類がまとめて記述された古文献が数多く伝わっている。例えば,中国に伝わったものを挙げれば『詩経』七月・『礼記』月令・『大戴礼記』夏小正・『四民月令』・『逸周書』時訓解・『同』月令解・『荊楚歳時記』・『管子』四時・『呂氏春秋』十二紀・『淮南子』時則訓・『三才図会』時令など,日本に伝わったものを挙げれば『本朝月令』・『両朝時令』・『日本歳時記』・『東都歳事記』・『九条年中行事』などと枚挙に遑が無いが,これらによれば1年のうちの何月に或いはもっと具体的にその何日に何が行われていたかを知ることができる。ただ,あくまでも1年間の行事を月ごとに又は月日ごとに記述したものであり,1日のうちに行われることを時刻ごとに記述したものではないので,1日のうちのいつ頃に何が行われていたかは殆ど知ることができない。1日のうちのいつ頃に人々がどのような行動を取っていたかについては殆ど知ることができないのである。実は下野国(現栃木県)の旧黒羽城の「時鐘銘」の中の近世中期に撰文された箇所には昼間のみに限定されてはいるが士民の行動を各時刻ごとに記述した部分がある。また,近世後期に成立した黒羽藩政史料『創垂可継』には藩士たちが取るべき行動を具体的な時刻を交えて記述した部分などがある。それで本研究では,旧黒羽城の「時鐘銘」の中の士民の昼間の行動を各時刻ごとに記述した部分を取り上げ,それを専門的な漢学(中国学)の手法や『創垂可継』の中に見える藩士が取るべき行動を具体的な時刻を交えて記述してある部分,また時刻の異名(十二時異名)の中でも特にその時刻に取られる人間の行動を語源とするものなどを用いて解読し,近世中後半期の黒羽藩の士民が昼間の各時刻ごとにどのような行動を取っていたかを明らかにしたものである。
著者
山本 晴彦 松岡 光美 渡邉 祐香 兼光 直樹 坂本 京子 岩谷 潔
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.1-30, 2021-12-31 (Released:2022-07-01)

2020 年7 月6 日から8 日にかけて梅雨前線が九州北部付近に停滞し,太平洋高気圧の周辺から暖かく湿った空気が 流れ込み,広い範囲で記録的な大雨となった。6 日の日降水量は大牟田のアメダスで388.5mm(観測史上第1 位)を観 測し,7 月6 日0 時から翌日の8 日24 時までの48 時間降水量(2 日間)は,福岡県南筑後地方,熊本県山鹿・菊池地 方,大分県日田市南部の東西40km,南北20km の帯状の範囲で,600mm 以上の地域が広がっていた。本豪雨により大牟田市では内水氾濫が発生し,死者2 人,住家被害は全壊11 棟,床上浸水1,341 戸,床下浸水713 戸の計2,054 戸に上った。特に,諏訪川下流左岸の三川地区では,三川ポンプ場の排水能力(64.4mm/時間)を超える集中豪雨に見舞われたことにより,ポンプ場が内水氾濫により浸水して排水機能が停止した。これにより,三川地区では約800 戸が最高2m 近くまで浸水し,復旧が進んでいない住宅も数多く見受けられた。浸水被害が甚大であった三川地区の汐屋町,樋口町,上屋敷町1・2 丁目付近は,戦前はレンコン畑や水田が広がる低平地であったが,1960 年代に入って埋め立て工事に伴う区画整備が急速に進み,標高が周囲より低く浸水リスクの高い地域での開発が被害の拡大を助長していた。
著者
安田 一美
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.97-111, 2021 (Released:2022-07-01)

人間が経験する時間に物理的時間tと心理的時間 τがある(松田他 1996)。人間の各個体に注目したとき,常にこれら2つの時間が同時に経験されている。経験される(t,τ)の組み合わせは,その個体の一生を通して,t-τ平面上にひとつの軌跡を描く。その軌跡を解析することが本論文の主題である。特に注目するのは,生命の発現期と終末期における軌跡の挙動である。本論文では,特殊相対性理論が時間に及ぼす効果は無視する。解析のために本論文では個体の生命力を表す無次元パラメタとして,生命機能指数α(t)という概念を設定した。α(t)は個体の生命発現時と生命終焉時に0で,中間の時間帯(常態期)で正の有限値をとるtに関する連続で微分可能な関数である。t,τ,αは,相互に関係しあって変化する。その関係式を dt/dτ=α(t) と設定しこれを「2つの時間の方程式」,或いは短く「生命指数方程式」と名付けた。α(t)の発現期と終末期における関数形はTaylorの定理を用いて,一般性を失わないように決めた。個体の一生にわたる(t,τ)軌道を計算し次のことが判明した。軌跡は単調増加の連続曲線を描き,tに関しては有限区間に,τに関しては無限区間に分布する。すなわち物理的時間(体の時間)は有限であるが,心理的時間(心の時間)は前方と後方に無限,即ち始まりも終わりもない,ことが判明した。
著者
金 博男
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.61-78, 2021-12-31 (Released:2022-07-01)

本稿は中国における呼吸による理想的時間論がいかなるものであったかについて考察するものである。人間が一昼夜において1万3500回息をするという説は,現存する中国最古の医書である『霊枢』に記されており,後に朱子が考える天地の運行を支持する理論のひとつへと発展していった。「息」自体は,本義が鼻息と思われ,前漢時代からすでに「短い時間」と関係づけられ,一定の程度で時間単位としても機能していた。1万3500回息説は,日本へも伝わり,数多くの『日本書紀』の注釈書に提示されているが,日本人は中国人より一日の呼吸数が少ないという新たな理論展開も見られる。そして,一条兼良『日本書紀纂疏』において,この説を利用して,逆に時刻を知り得ることが述べられている。『西遊記』においては,孫悟空がこれを「実践」したと思しい。所詮は机上の理論にすぎなかったこの説ではあるが,鼻息によって時刻を知る方法が,南宋以降,新たに「発見」され,兪琰『席上腐談』や方以智『物理小識』に記されるに至った。それは,鼻の穴に左右交代に息を通すことによって時辰を知るという説である。この説がさらなる「進化」を遂げたものは,民国時期にも見られるが,中国人の伝統的呼吸論および呼吸にまつわる理想的時間は,西洋の科学知識および現代医学の到来によって崩れつつあった。
著者
山本 晴彦 渡邉 祐香 兼光 直樹 松岡 光美 福永 祐太 坂本 京子 岩谷 潔
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.35-56, 2020 (Released:2021-06-14)

2019年台風19号の通過時に、長野県の千曲川上流に位置する佐久地方の上石堂では、10月12日の日降水量が553mmを記録するなど、上流で記録的な豪雨に見舞われた。千曲川中流の千曲市に位置する杭瀬下水位観測所では12日の21時50分に氾濫危険水位の5mを大きく超える6.40mの水位を観測した。増水した千曲川から新田霞堤の開口部に洪水流が流れ込み、先端部を超えて堤内地の新田・杭瀬下地区に洪水流が流入した。この洪水により千曲市では1,677世帯に浸水被害が発生しており、霞堤の開口部閉鎖についての検討が進められている。浸水した地区は住居誘導地区や都市機能誘導地区に指定されており、浸水被害の軽減対策が求められている。
著者
大沼 美雄
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.65-78, 2020 (Released:2021-06-14)

仏教寺院にある寺鐘の大半は、元々寺鐘としてすなわち寺院内の鐘楼や鐘撞堂といった所に設置される鐘として鋳造されたものであるが、中には藩などが時を報せる時鐘として鋳造したものであったのだが、藩などの消滅などを経て寺院に移され寺鐘になったものもある。そのため、寺鐘の中でも元々は時鐘であったものの中にはその鐘銘の中に時間に関連した記述がよく見受けられるようである。ただ、鐘銘はその殆どが漢文体で綴られているということもあり、本格的に解読されたものは殆ど無い。ましてや時間に関連した記述がある鐘銘が紹介され、その中に見えるそういった記述が研究の対象にされたという例は従来は殆ど無かったと言ってよい。それで本研究では、元々は時鐘であったが後に寺鐘になったものの一例として「旧黒羽城の時鐘(現栃木県那珂川町常円寺の寺鐘)」を取り上げ、先ず最初にそれに刻まれた鐘銘の全文を原文・読み下し文・口語訳の3体で紹介し、時間に関連したどのような記述があるのかを明らかにした。また、その鐘銘の研究の手始めとしてその撰文者、特にその前半部の撰文者のこと、特に荻生徂徠(1666~1728)に関係していた人物であったこと、また黒羽藩の出身者の中には他にも徂徠の高弟が2人いたことを明らかにし、当時の黒羽に徂徠の学説の影響があった可能性を指摘したものである。
著者
山本 晴彦 渡邉 祐香 兼光 直樹 松岡 光美 福永 祐太 坂本 京子 岩谷 潔
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.79-105, 2020 (Released:2021-06-14)

2019年台風19号の通過時に、栃木県の日光から福島県の白河の延びる那須連山、茨城県北部から福島県浜通り地方と宮城県南部の阿武隈高原では、降水量が300mmを超える記録的な豪雨に見舞われた。両山系から阿武隈川に流入した降雨により、中流の須賀川、郡山、本宮、福島、下流の丸森町等では既往の水位を超える洪水災害が発生した。郡山市では阿武隈川からの越水、支流の谷田川の破堤や逢瀬川の越水等により、死者6名、建物被害は1万1千件に上り、1986年の「8.5水害」を超える水害となった。特に、阿武隈川と谷田川に挟まれた水門町、十貫河原、中央工業団地等では事業所や工場等で最高4m近くまで浸水し、現在も復旧が進んでいないケースも見受けられた。
著者
井邑 智哉 岡崎 善弘 高村 真広 徳永 智子
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.57-64, 2020 (Released:2021-06-14)

本研究の目的は,児童用時間管理尺度を作成し,尺度の信頼性と妥当性を検討することであった。児童285名に対して調査を行い,尺度の内的整合性と基準関連妥当性を検討した。因子分析の結果,児童の時間管理は,「生活リズムの確立」と「目標設定・優先順位」という2種類から構成されることが明らかとなった。そして,時間管理に関する2種類の下位尺度は根気強さと正の関連を示し,無気力,不機嫌・怒りと負の関連を示していた。これらの結果から,児童用時間管理尺度は一定の信頼性と妥当性を有していることが示された。今後は今回作成した児童用時間管理尺度を用いて,児童の時間管理が学校生活など様々な場面でどのような影響を及ぼすかを検討することが可能となった。