著者
八代 嘉美 標葉 隆馬 井上 悠輔 一家 綱邦 岸本 充生 東島 仁
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.137-146, 2020-04-30 (Released:2021-04-30)
参考文献数
16
被引用文献数
1

再生医療は社会から高い注目を集めており,その成果は社会のあり方自体に大きなインパクトを与える可能性がある.そのため本格的な普及が始まる以前の段階から,研究者や医療従事者と社会の広い層がその有用性とリスクの理解を共有し,患者が研究や治療への参画を判断する基盤を整えることが重要である.研究機関や企業の広報では,研究成果を発信する際にある程度の宣伝の色彩はやむを得ない部分があるが,学会という非営利セクターが主体となる場合は,客観的かつ冷静な情報発信による知識基盤の整備へとつなげられる可能性がある.本稿では日本再生医療学会が実施してきた事業を紹介し,エマージングテクノロジーに関するコミュニケーション,あるいはそうした活動に関する患者・市民参画のモデルを構築する一助としたい.
著者
高島 響子 東島 仁 鎌谷 洋一郎 川嶋 実苗 谷内田 真一 三木 義男 武藤 香織
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.147-160, 2020-04-30 (Released:2021-04-30)
参考文献数
23
被引用文献数
1

ゲノム研究/医療の発展のために,研究で利用した患者・市民を含む研究参加者個人のゲノムデータを多くの研究者等で共有するデータ共有(GDS)が広がっている.GDSではデータ提供者のプライバシーの保護並びに意思の尊重が倫理的な課題であり,データ提供者となりうる患者・市民の声を反映した仕組みづくりが重要である.GDSに関する患者・市民の期待と懸念について,高度に専門的かつ一般には適切な情報の入手が困難であるGDSに対する意見を得るため,情報共有と対話の二部構成からなる対話フォーラムを試行した.その結果,医療目的の研究・開発に対するGDSは理解と期待が示された一方で,非医学的な領域での利用やデータのセキュリティ,ゲノムリテララシーに対する懸念等が挙がった.研究者との対話を通じて,自身のデータが使われた研究の内容や成果を知りたいといった研究者に対する要望や,市民・患者の参画について具体的な提案が出された.
著者
丸 祐一
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.108-118, 2020-04-30 (Released:2021-04-30)
参考文献数
30
被引用文献数
1

臨床研究が倫理的であるための原則の1 つとしてエマニュエルら(2004)は協働的パートナーシップ(collaborative partnership)をあげている.このようなパートナーシップを構築する活動としては,例えば,臨床試験への「患者・市民参画」(Patient and Public Involvement(PPI))がある.PPIは,診療ガイドラインや臨床試験の研究計画の作成などに患者参画を求める英国での運動であるが,近年,PPIは役に立っているのかという観点から評価に曝されている.しかしPPIが患者・市民の「権利」だから行われるべきならば役に立つかどうかとは無関係に参画は保障されなければならないのではないだろうか.また,医療者と患者・市民との理性的な対話による合意形成というパートナーシップのあり方は,生命倫理における市民運動的な情念を飼い慣らす「生―権力」的な働きをしているのではないか.
著者
花岡 龍毅
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.192-207, 2020-04-30 (Released:2021-04-30)
参考文献数
52

抗がん剤開発における副作用リスクの公平な社会的分担を実現するためには,開発に際して服薬者が果たしている役割を明らかにすることが必要である.本稿の目的は,抗がん剤ゲフィチニブ開発において,副作用被害者のみならず臨床試験参加者をも含む服薬者が果たした役割を公式文書や科学論文を基に明らかにすることである.分析の結果,服薬者は次のような役割を担っていることが明らかになった.(1)第Ⅰ相,および第Ⅱ相の臨床試験参加者およびEAP参加者は,生命・健康をかけて,医薬品候補化合物ZD1839 を医薬品へと転化させた.(2)市販後に服薬した数多くの患者は, ゲフィチニブに潜在していた致死的な有害作用を証明し,第Ⅲ相臨床試験参加者は,ゲフィチニブに生存期間の延長効果はないが,無増悪生存期間の延長効果があることを,やはり生命と健康をかけて証明した.もしゲフィチニブの事例が例外でないならば,この事例から引き出される結論は,抗がん剤開発における必須の関与者が,一方的に副作用リスクを受忍するのは不合理であり,有用な抗がん剤は社会全体に恩恵をもたらしうるものであるから,製薬企業はいうまでもなく,広く社会的にリスクを分担する必要があるということである.
著者
林元 みづき 庭田 祐一郎 伊藤 哲史 植木 進 内田 雄吾 関 洋平 西川 智章 岸本 早江子 神山 和彦 高杉 和弘 近藤 充弘
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.119-127, 2020-04-30 (Released:2021-04-30)
参考文献数
4
被引用文献数
1

Patient Centricityとは「患者中心」を意味する概念であり,患者・市民参画(Patient and Public Involvement:PPI),Patient Involvement,Patient Engagementといった言葉と同義語である.近年,製薬企業が患者の意見や要望を直接入手し,患者の実体験を医薬品開発に活かすことの重要性が認識されつつあり,製薬企業での医薬品開発におけるPatient Centricityに基づく活動(本活動)が開始されている.本活動により,患者には「より参加しやすい治験が計画される」,「自分の意見が活かされた医薬品が開発される可能性がある」といったことが期待される.また,製薬企業には医薬品開発に新たな視点と価値が加わり,「より価値の高い医薬品の開発につながること」が期待される.本稿では,日本の製薬企業で実施されている本活動の事例の一部を紹介する.今後,日本の各製薬企業が本活動を推進することに期待したい.
著者
ヴァン・アウドヒュースデン ミヒェル ケネンス ヨーク 吉澤 剛 水島 希 ヴァン・ホーイヴィーヒェン イネ
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.58-73, 2020-04-30 (Released:2021-04-30)
参考文献数
68

本稿では,福島原子力発電所事故後の市民科学に関する日本―ベルギー共同研究プロジェクト(2017-2019)の経験を振り返る.この社会科学研究プロジェクトでは,市民主導のデータ駆動型放射線モニタリングに対し,公的機関や科学研究コミュニティがどのように反応したかを探究した.質的な(自己)民族誌手法を用い,関係者,特に市民科学者と,放射線防護に関する職業科学者との実りある協力関係を探り,その中で浮かび上がってきた可能性と課題に光を当てる.我々自身を含めた関係者間の関係性は,放射能汚染や環境問題のガバナンスの進退を左右する.このことから,関係者間の相互作用をどのように展開し,交渉し,実行するかについて,あらゆる関係者間での,より再帰的な対話を支持する.
著者
綾屋 紗月
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.74-86, 2020-04-30 (Released:2021-04-30)
参考文献数
10

筆者は2011 年以降,自閉スペクトラム症をもつ仲間と共に当事者研究会を継続する中で,当事者研究の具体的な進め方だけでなく,歴史や理念を明示化する必要性に迫られた.筆者は文献資料やインタビューを通じて当事者研究誕生の歴史的経緯を調べた.その結果,周縁化された当事者のニーズから,難病患者・障害者運動と,依存症自助グループという2 つの当事者活動が合流して,当事者研究が誕生したことを示した.さらに現代社会において,当事者活動から周縁化されがちな自閉スペクトラム症に関する筆者の当事者研究を分析した.その結果,筆者の当事者研究も,社会モデルや,傷ついた記憶の語り直しというかたちで,二大当事者活動の影響を受けていたことが確認された.以上を踏まえ,当事者研究の方法論を開発した.本研究は,研究史,具体的研究事例,方法論という1つの研究領域を特徴づける3 つの側面から当事者研究の全体像をとらえた初めての研究と言える.
著者
田中 慎太郎
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.87-96, 2020-04-30 (Released:2021-04-30)
参考文献数
22

精神疾患の当事者が,専門家と協働して精神医学の研究に参画したり,医師や看護師らと協働して精神医学サービスの改善に参画する動きが英国を中心に広がりつつある.英国での精神医学への当事者参画の動向を確認すると,当事者が医学研究に参画することで,専門家のみで研究を行うよりも研究の質が向上する可能性が指摘されている.当事者と専門家の協働を成功させる上では,入念な準備や組織レベルでのサポート,そして二者間の平等で対等な関係を実現するための様々な仕掛けが必要であることが示されている.しかし,日本の精神医学は,英国に比べ様々な点で改革の途上であるため,当事者との協働を成功させるための改革が不十分である可能性がある.精神医学における当事者との協働を考える上では,当事者のみならず,精神科医療従事者も影響下にある,日本の精神医学の構造を検証することが重要だと考えられる.
著者
東島 仁 藤澤 空見子 武藤 香織
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.97-107, 2020-04-30 (Released:2021-04-30)
参考文献数
16

研究への患者・市民参画(Patient and Public Involvement;PPI)とは,研究開発を,患者・市民の意見や視点を吟味した上で進めることを目指す実践であり,研究者と患者や市民が協働して社会的,科学的,倫理的によりよい成果を生み出すための手段として国内外で期待を受けている.本稿では,国内の研究者と患者団体への調査結果を紹介するとともに,特に人の試料・情報を用いる観察研究におけるPPIの現状と今後のより良い展開に向けた課題について検討する.国内のPPIをめぐる状況は,関連する施策の登場や,PPIや類する活動を重視する国際動向を受けて大きく変わろうとしており,PPIの趣旨と現状の双方を踏まえた将来図の検討と具体的な支援が望まれるところである.